2020 Volume 37 Issue 3 Pages 192-196
近年,甲状腺および副甲状腺の手術時に施行される術中神経モニタリングの周辺機器の開発がすすみ,2016年より迷走神経を持続的に刺激するAPSTM電極が使用可能となった。術中持続神経モニタリング(Continuous Intraoperative Nerve Monitoring:CIONM)と呼ばれる方法で,手術操作による神経への影響をその場で判断できる。神経の切断やクランプなどの分かりやすい神経障害の他に,神経が確実に温存され肉眼的に正常と思われる“思いがけない”神経麻痺の原因は牽引であることも分かってきた。牽引が原因の神経障害では,ダメージが軽いうちに術操作を中断すると,神経機能は速やかに改善する。CIONMを施行することにより,このダメージをすばやく検知し対応することにより,術後早期の声帯麻痺の頻度は減少し,理論的には両側声帯麻痺をかぎりなく0に近づけることが可能と考えられる。
甲状腺および副甲状腺手術時の反回神経の探索,同定,健全性の確認や上喉頭神経外枝の同定に,簡単で信頼できるツールとして電気刺激による術中神経モニタリング(IONM(Intraoperative Nerve Monitoring))が頻用される。2016年1月には,迷走神経の持続的刺激を可能にするAPSTM電極(Medtronic社)が薬事認可を受け,NIM-response®3.0(Medtronic社)を用いた持続神経モニタリング(Continuous Intraoperative Nerve Monitoring:CIONM)が可能となった。
IIONMとCIONMの比較
術中の反回神経麻痺の原因は様々である。誤切断やclampなどの比較的分かりやすい原因の他に,外科医にとって“思いがけない麻痺”の原因としてあげられるのが,牽引による神経麻痺であろう。従来の神経刺激プローベを用いた間欠的神経モニタリング(Intermittent nerve stimulation;IIONM)でも,術者が気になる操作をおこなった後に刺激プローベを使用することで,神経麻痺がおこった操作や時点を推測することはできた。一方で,外科医が“思いがけない麻痺”と感じる神経障害の原因である牽引操作の場合には,神経のダメージは徐々におこることが多い。どの程度の牽引の強さで,どのくらいの持続時間で完全な麻痺がおこるかを評価することができなかった為,神経障害がすすんでいても,手術操作を止めることはできなかった。CIONMでは,反回神経の中枢側である迷走神経を手術の開始から終了まで持続的に刺激することができる為,術操作の神経への影響をその場で経時的に判断することが可能である。神経ダメージをamplitude(振幅)とlatency(潜時:刺激から波形立ち上がりまでの時間)を用いて早めに検知することが可能であり,その時点で術操作を中断することによって,神経機能の改善を期待することができる[1]。術後早期の声帯麻痺の頻度は減少し,理論的には両側声帯麻痺をかぎりなく0に近づけることが可能と考えられる。
CIONMでは,通常の操作に加えてまず迷走神経にAPSTM電極を装着する手技が必要である。輪状軟骨の高さ付近にて頸動脈鞘を切開し,迷走神経を長軸方向に1cm程度360度露出させる。迷走神経は,約78%は総頸動脈と内頸静脈の背側に存在する[2]が,稀に前方に存在する(図1)。鉗子でAPSTM電極を把持し迷走神経走行に対して45度の角度より回旋させ留置する。APSTM電極のサイズは,2種類(2mm(黄)と3mm(緑))が利用可能である。電極装着がゆるいと電極面が神経に接着せず刺激が十分ではないことがある為,適切なサイズを選ぶことが必要である。当院ではすべての患者に2mmのサイズ(図2)を使用している。
左迷走神経,内頸静脈,総頸動脈の位置関係
迷走神経にAPSTM電極(2mm)装着
持続神経モニタリング時の迷走神経のベースラインのamplitude は500μV以上が望ましいとされる[3]。Adjust操作により導出された筋電図のamplitudeの帯グラフを確認し,挿管チューブに装着された電極を適切な位置に調整する(図3)。体位変換後には,挿管チューブの深さが変化し,回転がかかってしまうことがある為適宜調整が必要である。又,挿管チューブ径が細いと声帯と電極の接着面が十分でない為,適切な筋電図が取得できないことがある。適切なチューブ径(TriVantage:5~9mmの5種類)から選択することも重要である。十分なamplitudeが得られた後,各迷走神経のベースラインを測定し,連続刺激を開始する。連続電気刺激(0.5秒~1分毎に設定可)(図4)による喉頭筋電図波形は,amplitude(μV)とlatency(mS)の時系列グラフとしてリアルタイムに表示される。この2つの情報から,術中操作による神経ダメージを推測する。牽引などの操作で神経がダメージを受ける場合には,まずamplitudeが低下しその後latencyが延長する[3]。神経のダメージの程度を推測するアラーム値設定には,様々な組み合わせがある。多くの施設でベースライン値よりamplitude 50%低下かつlatencyの110%延長に陥った時点がアラーム値として選択される[3](図5)。当院の31名の症例検討では,amplitude50%低下のみで判断すると手術操作時間の27.8%,latency110%延長のみで判断すると手術操作時間の21.8%が該当することとなったが,推奨されているアラーム値(amplitudeかつlatency延長)で判断すると該当するのは2.6%であった。現時点では両方の組み合わせが,神経ダメージを適切に判断しているものと思われる。アラーム値に達した場合には,トレンドグラフの赤色表示とともに警告音として,術者に注意喚起がうながされる(図6A)。アラーム音が惹起された場合には,一旦手術操作を止め,amplitudeおよびlatencyが回復してくるのを待ち手術を再開する(図6B)。手術中のamplitudeとlatencyの変化は連続した線グラフとして表示され保存が可能であり,術後の振り返りに有用である(図7)。
Adjust中のモニター画面
挿管チューブの位置調整によって帯グラフが変動。
術中神経モニタリング使用時のモニター画面
アラームの設定画面 ①Amplitudeのみ,②Latencyのみ,③Amplitude or Latency,④Amplitude and Latencyの4つから選択 APSの連続刺激(2/sec~1/minで選択可)
術中神経モニタリング使用時のモニターの基本画面
上段はLatencyの変化,下段はAmplitudeの変化
術中神経モニタリング
(A)下甲状腺動脈と反回神経交差部にて,反回神経直上で神経に触れた際にAmplitudeが低下
(B)手術中断するとAmplitudeおよびlatencyが徐々に改善
持続神経モニタリングの最終報告書
Amplitude(青点)とLatency(緑点)の持続的変化。アラーム設定値はAmplitude 50%(青横線)以下およびLatency 110%(緑横線)延長。赤点はAmplitudeあるいはLatencyがアラーム値を超えた時点を示す。
この症例では,左側の迷走神経にAPSTM電極を装着。BaselineのAmplitudeは1,754uV,Latency は6.00ms。アラーム設定値はAmplitude 877uVおよびLatency 6.60ms。
神経損傷と関係ないと思われる操作時でもamplitudeやlatencyは変動する。神経にダメージを与える操作に由来するものなのか,単なる挿菅チューブの電極と声帯とのずれに起因するものか,その度に判断する必要がある。又,アラーム値に達した場合に,手術中断にて速やかに回復すれば問題ないが,回復しない場合には何分間待って再開するかも,実臨床では悩ましい問題である。牽引が原因の神経障害の場合には,Loss of signalとなってしまった後でも術中操作を中断すると20分以内で回復することがある[1,3~5]。Loss of signal後に神経機能が術中に回復するかの最終判断は,20分程度待ってからおこなうことが現時点では妥当である
迷走神経に装着するAPSTM電極は,神経にダメージを与えないように工夫して作製されている一方で,外れやすいという欠点もある。電極が外れる際の刺激や再装着の操作によって神経機能を障害してしまうのではないかとの危惧もある。最終の神経健全性の判定は,APSTM電極を装着した迷走神経の中枢側を従来のプローベによる電気刺激で判断することも忘れてはならない。
CIONMを適切に使用すれば,牽引や圧迫などが原因となる“思いがけない”神経麻痺をさけることができる。患者のQOL低下に直結する両側声帯麻痺の頻度をかぎりなく低くすることは可能であり,自分自身の術操作を見直すよいツールとなりえる。