2020 Volume 37 Issue 4 Pages 263-269
クッシング症候群の多くは副腎腺腫から過剰にコルチゾールが分泌されることによって生じ,高血圧や糖尿病などを呈する。網羅的な遺伝子変異解析により,クッシング症候群を生じる副腎腺腫において,半数以上の症例にプロテインキナーゼAの触媒サブユニットをコードするPRKACA遺伝子の変異が生じていることが知られるようになった。変異は全て206番目のロイシンに生じており,変異によって触媒サブユニットと調節サブユニットの結合が阻害され,サイクリックAMP非依存性にプロテインキナーゼAが活性化している。また,およそ2割の症例ではGNAS遺伝子が変異しており,合計で7割の症例において,プロテインキナーゼAの活性化に関わる遺伝子に体細胞性変異が生じている。一方で,サブクリニカルクッシング症候群ではCTNNB1遺伝子に高頻度に変異が生じているとされ,症候性のクッシング症候群とは独立した病態であることが推測される。
クッシング症候群は20~40代の女性に好発する疾患で,副腎皮質からコルチゾールが過剰に産生され分泌されることにより,中心性肥満・満月様顔貌・高血圧・2型糖尿病・うつ・骨粗鬆症など多彩な徴候や症状を呈する。副腎皮質におけるコルチゾールの産生は,下垂体前葉から分泌される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)によって調節されている。ACTHが副腎皮質細胞の受容体に結合すると,アデニル酸シクラーゼが活性化されることにより細胞内のサイクリックAMP(cAMP)濃度が上昇する。さらに,サイクリックAMPがセカンドメッセンジャーとしてプロテインキナーゼA(PKA)を活性化することにより,コルチゾールの生合成が促進される(図1)。
プロテインキナーゼAの活性化の分子機構
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が副腎皮質細胞の受容体に結合すると,Gタンパクが活性化されることでアデニル酸シクラーゼによりサイクリックAMP(cAMP)が合成される。するとプロテインキナーゼAの触媒サブユニット(PRKACA)が調節サブユニットから解離し,酵素活性を示す。ACTH非依存性クッシング症候群では,GNASまたはPRKACAの変異により,プロテインキナーゼAが恒常的に活性化した状態となる。
クッシング症候群はその病因により,ACTH依存性とACTH非依存性の2つの病型に分類される。本稿では,ACTH非依存性クッシング症候群の大部分を占めるコルチゾール産生副腎腺腫における病態について,その原因となる遺伝子異常に関して述べる。
ACTHは主に副腎皮質細胞のメラノコルチン2受容体に対して作用する。この受容体は7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体であり,ACTHが結合することによってGタンパク質が活性化する。これに伴いアデニル酸シクラーゼによってアデノシン三リン酸(ATP)がサイクリックAMPへと変換される。サイクリックAMPはセカンドメッセンジャーとしてプロテインキナーゼAを活性化するが,ホスホジエステラーゼ(PDE)によって5ʼ-AMPへと分解される(図1)。
プロテインキナーゼAは通常は2つの触媒サブユニットと2つの調節サブユニットによる4量体ホロ酵素として存在している。この状態では,触媒サブユニットの酵素活性部位が,調節サブユニットに覆われているため,キナーゼ活性が発揮できず不活性である。細胞内のサイクリックAMP濃度が上昇すると,調節サブユニットにサイクリックAMPが結合する。すると,調節サブユニットの立体構造が変化し,触媒サブユニットとの結合が解離する(図1)。調節サブユニットから遊離することで活性化した触媒サブユニットは,核内へと移行して転写因子CREB(cAMP response element binding protein)をはじめとする標的タンパク質をリン酸化する。リン酸化を受け活性化したCREBは種々の遺伝子の発現を誘導し,コルチゾールの合成が促される。
次世代シークエンサーをはじめとするゲノム解析技術の飛躍的な発展にともない,全ての遺伝子を対象として網羅的に遺伝子変異を検出することが可能となった。このことにより,生じている分子異常を効率的に捉えることが可能となり,悪性腫瘍を中心とした各種の疾患において,症例間で共通して生じている遺伝子異常を検出することで,疾患の分子病態の理解が急速に進んでいる。
ACTH非依存性クッシング症候群のほとんどは副腎のコルチゾール産生腺腫によって生じるが,これについても次世代シークエンサーによる網羅的な遺伝子変異解析が行われたことによって,原因となる遺伝子変異に関する報告が2014年に相次いで4報出版された[1~4]。ここでは,われわれのグループによる研究成果を中心に,明らかにされた遺伝子変異とその機能的意義について述べる。
われわれは,コルチゾール産生副腎腺腫の症例8例を対象に,副腎腺腫組織ならびに正常組織(正常副腎組織または末梢血)からDNAを抽出して,次世代シークエンサーを用いて全エクソン領域の塩基配列の決定を行った。次に,腫瘍由来のDNAと正常細胞由来のDNAの塩基配列を比較することにより,腫瘍細胞に生じている遺伝子変異を網羅的に検索した。この結果,1例あたり平均5.6個の遺伝子変異を同定した。このうち,複数の症例に共通して変異が生じていた遺伝子は,プロテインキナーゼAの触媒サブユニットをコードするPRKACA(protein kinase A catalytic subunit alpha)遺伝子であり,8例中4例にこの遺伝子の変異がみられた。また,1例にGNAS(guanine nucleotide binding protein,alpha stimulating)遺伝子の変異を認めた。
GNAS遺伝子はGタンパク質αサブユニットをコードしており,下垂体腺腫や膵管内乳頭粘液性腫瘍などの内分泌系腫瘍において高頻度に体細胞性変異が生じているほか[5,6],コルチゾール産生副腎腺腫でも変異が報告されている[7,8]。GNAS遺伝子の変異によりGタンパク質が持続的に活性化した状態となり,サイクリックAMPが産生され続け細胞内に蓄積することでプロテインキナーゼAが恒常的に活性化することが知られている[9]。
両者の変異を合わせると,8例中5例がサイクリックAMP-プロテインキナーゼAのシグナル伝達に関連する遺伝子の変異を有していた。さらに57症例を追加して,これらの遺伝子について変異解析を行ったところ,合計で65例中34例(52%)にPRKACA遺伝子の変異を,11例(17%)にGNAS遺伝子の変異を検出した(図2)。これらの変異は完全に排他的に生じており,およそ7割(65例中45例)の副腎腺腫にどちらかの遺伝子変異が生じていることが明らかにされた。GNAS遺伝子の変異は,全例が既知の変異ホットスポットであるArg201に生じており(Arg201CysまたはArg201His),Gタンパクの機能が活性化していることが示唆された。また,興味深いことに,PRKACA遺伝子の変異も特定の部位に生じており,いずれもLeu206がArgに置換する変異であった(図2)。
ACTH非依存性クッシング症候群におけるPRKACAおよびGNAS変異
変異は特定のアミノ酸にのみみられ,PRKACA変異はLeu206,GNAS変異はArg201にホットスポットを形成していた。
われわれはさらに,PRKACA遺伝子が変異することの機能的な意義について検討を行った。プロテインキナーゼAの立体構造を検討したところ,触媒サブユニットのLeu206は,調節サブユニットのIle99と疎水性相互作用を形成しており,触媒サブユニットと調節サブユニットとの結合に重要な役割を果たしていると考えられた。PRKACA遺伝子の変異が生じると,触媒サブユニットのLeu206がArgに置換し疎水性のアミノ酸側鎖が伸長するため,触媒サブユニットと調節サブユニットとの間に立体障害が生じ,両者の結合が阻害されることが予想された(図3)。つまり,この変異が生じると触媒サブユニットが常に遊離した状態となるため,調節サブユニットによる制御を受けずサイクリックAMPに非依存的にプロテインキナーゼAが活性化するものと考えられた。
プロテインキナーゼAの立体構造
触媒サブユニット(PRKACA)のLeu206は調節サブユニットとの結合部位に位置する。LeuがArgに置換することにより側鎖が延長し,結合が阻害されるものと予測された。
このことを検証するために,精製したタンパク質を用いて免疫沈降実験を行いタンパク同士の結合の有無を検討するとともに,プロテインキナーゼA活性の測定を行った。野生型のプロテインキナーゼA触媒サブユニットに調節サブユニットをくわえると,両者の結合がみられると同時にプロテインキナーゼA活性が抑制されたが,これにさらにサイクリックAMPを追加することによってそれらの結合は解離し,キナーゼ活性も回復した(図4)。一方,変異型の触媒サブユニットを用いた場合は,調節サブユニットをくわえても結合せず,サイクリックAMPの有無にかかわらずキナーゼ活性は高い状態を維持していた(図4)。HEK293T細胞に野生型あるいは変異型の触媒サブユニットを発現させて同様の検討を行ったところ,同様に変異型の触媒サブユニットは調節サブユニットと結合せず,サイクリックAMP非依存的にプロテインキナーゼA活性が上昇していることを確認できた。また,変異型の触媒サブユニットを発現させた細胞では,プロテインキナーゼAの主要な標的タンパク質であるCREBが,cAMP非存在下でもリン酸化されていた。
精製タンパクを用いたキナーゼ活性の測定
野生型PRKACAは,調節サブユニット(PRKAR1A)を加えると活性が低下し,サイクリックAMPを加えることで活性が回復する。一方,変異型PRKACAは,調節サブユニットを加えても活性は高い状態を維持する。
野生型または変異型の触媒サブユニットを発現させたHEK293T細胞に,3種類のプロテインキナーゼA阻害剤(H89,KT5720,Rp-cAMPS)をくわえた後,プロテインキナーゼA活性を測定し,阻害剤の効果の違いについて検討した。H89およびKT5720は,遊離した触媒サブユニットに対し直接的にキナーゼ活性を妨げる薬剤であり,これらは野生型ならびに変異型の触媒サブユニットを発現させた細胞に対して同程度の阻害効果を示した。一方,Rp-cAMPsは調節サブユニットに対するcAMPの結合を競合的に阻害することにより触媒サブユニットの遊離を防ぐ効果を持つ薬剤であるが,野生型の触媒サブユニットを発現させた細胞に対しては阻害効果を示したが,変異型の触媒サブユニットを発現させた細胞に対しては十分な阻害効果を示さなかった(図5)。このことからも,変異型の触媒サブユニットのプロテインキナーゼA活性は,cAMPに依存していないことが確認された。
変異と阻害剤の効果
プロテインキナーゼAの阻害剤のうち,H89およびKT5720は遊離したPRKACAの活性を阻害する。この2つは,変異型PRKACAのキナーゼ活性も阻害した。一方,Rp-cAMPSはcAMPの調節サブユニットへの結合を競合的に阻害し,PRKACAの解離を防ぐ。変異型PRKACAはcAMP非依存的に活性化しているため,Rp-cAMPSによる阻害効果は弱かった。
PRKACA遺伝子およびGNAS遺伝子の変異の有無と臨床像との関連について検討した。PRKACA遺伝子の変異例では,変異のない例と比較して,1mgのデキサメサゾンによる抑制試験における血清中のコルチゾールの濃度が有意に高く,副腎腺腫の直径が有意に小さかった(図6A)。このことから,PRKACA遺伝子の変異例では細胞あたりのコルチゾールの産生能が上昇していることが示唆された。症例が少ないため統計学的な有意差は検出できなかったものの,GNAS遺伝子の変異例においてもこれと同様の傾向がみられた。
変異と臨床像との関連
A:1mgデキサメサゾン抑制試験における血清コルチゾール値ならびに腫瘍最大径
B:症候性クッシング症候群ならびにサブクリニカルクッシング症候群における変異の頻度
また,症候性クッシング症候群に比べてサブクリニカルクッシング症候群ではPRKACAおよびGNAS遺伝子の変異頻度がきわめて低かった(図6B)。サブクリニカルクッシング症候群ではβカテニンをコードするCTNNB1遺伝子が高頻度に変異しており,Wntシグナル伝達経路が亢進していると言われている[10,11]。分子病態の面からは,症候性クッシング症候群とサブクリニカルクッシング症候群とでは明確な違いがみられ,両者は独立した病態であることが推測される。ただし,サブクリニカルクッシング症候群の分子病態については十分には明らかにされておらず,大規模かつ網羅的なゲノム解析による解明が待たれる。
クッシング症候群はもっとも代表的な内分泌疾患の1つである。ゲノム解析によって明らかにされた分子病態に関する知見により,クッシング症候群の診断や治療が進展することが期待される。