Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Therapeutic strategies for adrenocortical carcinoma at Nagoya University Hospital: From the viewpoint of endocrine surgery
Takahiro InaishiTakahiro IchikawaIkumi SoedaMasahiro ShibataYuko TakanoDai TakeuchiNobuyuki TsunodaToyone Kikumori
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 37 Issue 4 Pages 270-275

Details
抄録

副腎皮質癌は予後不良な悪性腫瘍であり,難解な手術手技に加えて転移再発症例やcStage Ⅳ症例に対する集学的治療,ミトタン投与のマネージメントなど多岐にわたる診療が必要とされ,内分泌外科医の果たす役割は大きい。

当科において,2004年から2020年の間に外科的切除を施行した副腎皮質癌は13例であり,年齢中央値68歳,男性3例で女性10例,右7例で左6例であった。開放手術10例(開胸開腹9例,開腹1例)で,腹腔鏡手術3例であった。病期分類はStage Ⅰが3例,Ⅱが3例,Ⅲが5例,Ⅳが1例であり,術後補助療法として7例にミトタンを投与した。7例に転移再発を認め,5例が無再発経過中である。副腎皮質癌は予後不良の疾患であり,完全切除を目指した手術手技や,集学的治療に対する幅広い知識を習得することが肝要である。

はじめに

副腎皮質癌は100万人あたり0.7~2人程度と非常に稀な悪性腫瘍であり[,],全ステージにおける5年生存率は16~38%と予後不良である[]。完全切除の可否が予後規定因子になるため[],外科医の果たす役割は大きい。副腎皮質癌は周囲へ浸潤することがあり,開胸開腹による手術や,時には周囲臓器や下大静脈の合併切除といった高度な手術手技を要することがある。また,約60%にホルモンの過剰分泌が認められるため[],周術期の内分泌機能のマネージメントや,薬物療法としてミトタンやetoposide/doxorubicin/cisplatin(EDP)-ミトタン療法など内分泌外科医にとって多岐にわたる知見や手術手技が求められる。今回,当科で外科的切除を行った副腎皮質癌の臨床的特徴と治療成績について検討し,内分泌外科医からみた副腎皮質癌の診療について解説する。

当科における副腎皮質癌の治療成績と,内分泌外科医からみた副腎皮質癌の診療について

名古屋大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科では,2004年から2020年の間に13例の副腎皮質癌に対する外科的手術を施行した。患者背景は,年齢37~75歳(中央値68歳),男性3例で女性10例,患側は右側7例で左側6例であった。1例は初診時に右大腿骨に遠隔転移を伴っており,European Network for the Study of Adrenal Tumors(ENSAT)分類においてcStage Ⅳであった[]。腫瘍径4~17cm(中央値7.5cm)で,内分泌機能検査では機能性6例,非機能性6例,不明1例であった。症例ごとの術式と周術期成績を表1に示し,病理組織学的結果と経過の一覧を表2に示す。ENSATの診療ガイドラインをもとに作成した当科における副腎皮質癌の診療アルゴリズムを図1に示す[]。

表1.

術式と周術期成績の症例一覧

表2.

病理組織学的結果と経過の症例一覧

図1.

当科における副腎皮質癌の診療アルゴリズム([]をもとに作成)

EDP, etoposide/doxorubicin/cisplatin;DFI, disease-free interval

個々の症例に応じて投与。腫瘍床へブースト照射を含めた50~60Gyの照射。DFI6~12カ月以内の場合は,個々の症例に応じて治療方針を決定。

副腎皮質癌に対する術式の選択

副腎皮質癌は腫瘍の完全切除の可否が予後規定因子となるため[],切除可能と判断される症例には癌の遺残のない完全切除を目指す必要がある。副腎皮質癌は,右側では下大静脈や肝臓,右腎臓,左側では膵臓や脾臓,左腎臓などの隣接臓器への浸潤によって,周囲臓器の合併切除や血管バイパスといった高度な手技を要することがあり,手術前から消化器外科,血管外科,泌尿器科,麻酔科と連携をとって手術に臨むことが重要である[]。当科では良好な視野確保を目的として,高位(第6もしくは第7肋間)開胸開腹アプローチを採用している[]。また,副腎皮質癌において最も頻度の多い産生ホルモンはコルチゾールであり[10],術前の画像検査所見のみで良悪性を判定することは困難であるので[],やや大きい腫瘍でコルチゾール産生腫瘍では悪性の可能性を念頭に置いて術式を選択する必要がある。当科において開放手術を施行した10例は腫瘍径が大きいこと(中央値10.5cm)や,術前画像(CTやMRI)で辺縁不整や内部不均一な造影効果といった所見を認めたために,開放による術式を選択した(開胸開腹9例,開腹1例)。2例(症例2,5)においては周囲臓器を合併切除することで完全切除し得た。また,術前にリンパ節転移が明らかな症例はなく,術中に腫瘍近傍に明らかなリンパ節転移も認めなかった。リンパ節郭清について方針やその郭清範囲について,定見は確立されていない[11]。副腎皮質癌に対する腹腔鏡手術に関しては,腫瘍径10cm未満のcStage ⅠまたはⅡの症例では開放手術と腹腔鏡手術で無再発期間や生存率に差はなかったとされるが[1213],コンセンサスはない。内分泌外科医は外科専門医取得までに多くの消化器外科手術の修練を行い,経腹的アプローチによる周囲臓器のオリエンテーションに習熟しているため,当科では経腹的アプローチによる術式を基本とし,右副腎では4ポート,左副腎では3ポートで行い,必要に応じて5mmのポートを追加している。腹腔鏡手術を施行した3例は,腫瘍径の中央値は5cmと比較的小さく,術前画像では境界明瞭で内部は均一であり周囲への浸潤は認めなかった。しかし,症例8と9はそれぞれ中心静脈からの出血と腫瘍の被膜損傷の可能性を認めたために,季肋下切開による開腹手術に移行した。

当科では,副腎皮質癌が疑われた場合,腫瘍径に関わらず周囲への浸潤を認める症例や,腫瘍径が6cm以上の症例に対しては開放手術を選択し,腫瘍径6cm未満で周囲への浸潤を疑う所見を認めない症例に対しては腹腔鏡手術を選択している。ただし,術中所見によって腹腔鏡手術による完遂が困難と判断した場合は,常に躊躇なく開放手術へ移行すべきと考えている。

副腎皮質癌の周術期管理

コルチゾール産生腫瘍に対しては術中および術後のステロイド補充を行っている。投与スケジュールは中心静脈切離時と摘出6時間後,12時間後にそれぞれヒドロコルチゾン100mgを静脈内投与している。術後2日目からは経口ヒドロコルチゾン90mg/dayを開始し,数日おきに漸減して30mg/dayで退院としている。また,クッシング症候群に対して11β-水酸化酵素を阻害するメチラポンによる術前投与の有効性を示した報告があり[14],ホルモン過剰状態の症例に対しては術前のメチラポン投与が考慮される。

副腎皮質癌の再発・切除不能症例に対する治療

原発巣切除後の転移再発症例や,cStage Ⅳ症例に対する治療戦略について定まった見解はなく,そのような症例の治療方針は,個々の状況に応じて決定する必要がある。術後の再発病変に対する外科的切除の後方視的な検討では,再発巣の切除群が非切除群と比較して全生存期間の有意な延長を認めた[15]。また,完全切除が可能であり,原発巣切除後の無再発期間が12カ月を超える場合は,再発病変の切除を検討し,原発巣切除後6~12カ月以内に再発を認めた場合は,個々の症例に応じて治療方針を決定するとされる[16]。当科において再発病変の切除を行った3例(症例1,9,12)では,症例1は再発切除から8年3カ月は無再発で経過し,症例9と12は再発を認めていない。切除不能症例に対する薬物治療に関しては,1次治療としてEDP-ミトタンが推奨されている[1618]。一方でcStage Ⅳを含むborderline resectableな副腎皮質癌に対して術前薬物療法を行った報告では,ミトタン単剤もしくはミトタンを併用した化学療法の投与後に原発巣の切除を行っており,5年無再発率は45%で5年全生存率は65%であり,比較的良好な結果であった[19]。さらに,cStage Ⅳの副腎皮質癌に対する原発巣の切除により全生存と癌特異的生存を有意に改善することを示した報告もある[20]。当科では,原発巣切除後12カ月以降に再発を認め,完全切除が可能な場合は切除を検討し,原発巣切除後6~12カ月以内に再発を認めた場合は,個々の症例に応じて切除も考慮しつつ治療方針を決定している(図1)。cStage Ⅳ症例に関しては慎重な判断が求められるが,症例10のように集学的治療が奏効する場合もあるため(図2),原発巣切除は治療選択肢の1つと考えられる。

図2.

集学的治療が奏効したcStage Ⅳ症例(症例10)

70歳,女性。右股関節痛を契機に右大腿骨転移を伴う左副腎皮質癌と診断した(aとb:治療開始前)。全身治療としてEDP-ミトタンを投与し,右大腿骨転移に対して外照射とデノスマブの投与を行ったところ,原発巣と右大腿骨転移は縮小した(cとd:EDP-ミトタン7コース後)。原発巣が切除可能であったことから,第6肋間の高位開胸開腹アプローチにて被膜損傷することなく腫瘍を切除した。病理組織学検査では,薬物治療により約30%の腫瘍細胞が消失した。術後は骨転移に対するデノスマブのみ継続し,術後14カ月無増悪で経過中である。a:左副腎に74×63mmの内部が不均一に造影される石灰化を伴う腫瘤を認めた。

a:左副腎に74×63mmの内部が不均一に造影される石灰化を伴う腫瘤を認めた。

b:右大腿骨小転子部に45×25mmの溶骨性の腫瘤を認めた。

c:左副腎の腫瘤は62×58mmに縮小した。

d:右大腿骨小転子部の腫瘤は28×25mmに縮小した。

副腎皮質癌に対する術後補助療法

術後補助療法としてのミトタン投与については,Stage Ⅲ症例あるいはKi-67>10%の症例をhigh riskとして2年間のミトタンの投与が推奨されている[1621]。主な副作用としては食欲不振や嘔気,肝機能障害,副腎不全があり,中枢神経障害も報告されている。副腎不全に関してステロイド合成阻害部位はまだ決定されていないが,適切な対応が遅れると生命を脅かすため,ミトタン投与中は副腎不全の症状を見逃さないことと,血中ACTHとコルチゾールを定期的にモニタリングしつつ,ステロイド補充を行うことが重要である。ミトタンは1.5g/dayより開始し,3カ月程で血中濃度を14~20µg/mlに到達させるよう漸増する方法が推奨されている[16]。当科で術後補助療法としてミトタンを投与した症例は7例で,7例中5例がhigh risk症例であり,2例がStage Ⅱであった。ミトタンの導入量は1g/dayが3例で1.5g/dayが4例であり, 最大投与量は1~4.5g/day(中央値3g/day)であった。全例にステロイド補充が行われており,コルチゾール産生腫瘍においては術後からヒドロコルチゾンを投与し,その他の症例においてはミトタン開始1~5カ月後に血中ACTHの上昇を認めたため,ヒドロコルチゾンを投与した[(20~30mg/dayで開始し,維持量は20~70mg/day(中央値40mg/day))]。ミトタン投与における問題点として,ミトタンの血中濃度測定が保険未承認であることが挙げられる。当科では3例(症例7,12,13)について校費申請により血中濃度を測定した。症例7は内服開始3カ月と6カ月に測定し,血中濃度はそれぞれ4.3µg/ml(ミトタン1.5g/day),8.2µg/ml(ミトタン3g/day)であり,症例10は内服開始12カ月と18カ月に測定し,血中濃度はそれぞれ9.7µg/ml(ミトタン2g/day),11.8µg/ml(ミトタン3g/day)であり,症例13は内服開始5カ月に測定し,血中濃度は7.2µg/ml(ミトタン2.5g/day)であり,同じ投与量でも個人差が大きかった。ミトタンは脂溶性が高く,血中濃度の個人差が大きい薬剤であり[22],至適とされる血中濃度の範囲は狭く容量調整は難しいため,血中濃度測定検査を頻回に行えるよう保険収載が望まれる。

おわりに

内分泌外科医からみた副腎皮質癌の診療について自験例を中心に解説した。副腎皮質癌は遭遇する頻度は少ないが予後不良な悪性腫瘍であり,完全切除を目指した術式選択や時に高難度な手術手技に加えて,リスクに応じた術後補助療法の選択,さらには転移再発症例や切除不能症例に対する集学的治療といった幅広い診療が求められる。従って,われわれ内分泌外科医は多岐にわたる知識と技術を深めていくことが肝要である。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top