Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Pathology and molecular tumorigenesis of inherited thyroid tumors
Tetsuo Kondo
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2021 Volume 38 Issue 1 Pages 6-10

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抄録

家族性に発生する甲状腺腫瘍や遺伝性症候群に伴う甲状腺腫瘍が存在する。家族性大腸ポリポーシス familial adenomatous polyposis(FAP)は大腸に多数の腺腫性ポリープが生じ高率に癌化する遺伝性疾患であり,FAP患者の1~2%に甲状腺癌の特殊型が併発する。カウデン症候群,ウェルナー症候群,DICER1症候群,カーニー複合,ペンドレッド症候群では良性から悪性まで様々な甲状腺腫瘍発生がみられる。本稿では濾胞上皮に由来する遺伝性甲状腺腫瘍の病理学的特徴と分子学的発生機序について概説を行う。

はじめに

遺伝性甲状腺腫瘍は濾胞上皮由来の家族性非髄様癌甲状腺癌 familial non-medullary thyroid carcinoma(FNMTC)とカルシトニンを産生するC細胞由来の家族性髄様癌とに大別される(表1)。FNMTCは分化型甲状腺癌の約5%,家族性髄様癌は甲状腺髄様癌の約25%を占めている[]。遺伝性甲状腺癌は症候群に併発するものとしないものにさらに分けられる。遺伝性症候群に関連する例として家族性大腸ポリポーシス,カウデン症候群,ウェルナー症候群,DICER1症候群などがある。遺伝性症候群や他の家族性腫瘍と関連がないものは甲状腺腫瘍が主徴であり,家族性乳頭癌などが知られている。遺伝性甲状腺腫瘍は良性から悪性まで多様であり,散発性の甲状腺腫瘍と組織像に差がないものや,原因となる遺伝子異常によって特徴的な組織学的所見や臨床所見を示すことがある(表2)。

表1.

遺伝性甲状腺腫瘍。

表2.

遺伝性症候群と甲状腺病変。

1.家族性大腸ポリポーシス

家族性大腸ポリポーシス familial adenomatous polyposis(FAP)は常染色体優性遺伝性疾患で染色体5q21-q22に位置するAPCが原因遺伝子である。APC蛋白はリン酸化beta-cateninを分解することにより,Wnt/beta-cateninシグナル伝達経路を負に制御している。APCに異常があるとリン酸化されたbeta-cateninの分解がおこらず,beta-cateninが核に移行・集積して,シグナル伝達の異常亢進がおこり腫瘍発生に関わる。

FAP患者の1~2%に甲状腺癌が合併する。FAPに合併する甲状腺癌は篩状構造など特徴的な組織像を呈することが1994年に報告された[]。乳頭癌と組織学的な類似性があり第4版WHO分類(2017年),第9版甲状腺癌取扱い規約(2019年)では篩型乳頭癌 Papillary thyroid carcinoma, cribriform variantとして乳頭癌の亜型に分類されている[,]。

篩型乳頭癌は若年成人女性(20~30歳台)に多く発症し,予後は良好で,転移は稀である[]。単発,多発の線維性被膜に被包された腫瘍で,内部は乳頭状,充実状,索状,濾胞状構造の増殖からなるが,コロイドはないかあっても乏しい。篩状構造(図1),扁平上皮様細胞の渦巻状,桑実状の細胞巣(モルラ)(図2)が特徴的な組織像である。腫瘍細胞は高円柱状で核の偽重層を示し,粗なクロマチン増加,核溝がみられるが,乳頭癌の特徴であるすりガラス状核や核内細胞質封入体はあっても少ない。腫瘍の細胞質に脂質の沈着からなる泡沫状構造cytoplasmic lipid accumulation (CLIA)を伴うことがある[]。モルラには腫瘍細胞核の淡明化peculiar nuclear clearingがみられる。β-cateninの免疫染色では核内陽性像を認めるが,これはAPC遺伝子の異常を反映している[]。篩型乳頭癌の20%~40%がFAP関連で,残りはFAPと関連しない散発性の篩型乳頭癌である[,]。FAP関連と非関連で腫瘍の組織像に差異はないが,FAP関連では甲状腺内に腫瘍が多発する傾向がある[]。

図1.

FAP関連の篩型乳頭癌。篩状構造。

図2.

FAP関連の篩型乳頭癌。モルラ構造と核のpeculiar nuclear clearing。

2.カウデン症候群

カウデン症候群 Cowden syndromeは常染色体優性遺伝性疾患で,過誤腫を特徴とするPTEN-hamartoma tumor syndrome(PHTS)の一つである。皮膚粘膜病変(顔面の多発外毛根腫,四肢の角化症,口腔内粘膜の乳頭腫症),諸臓器の過誤腫(消化管ポリポーシスなど)を特徴し,20歳代までに症状を呈する。乳癌(25~50%),甲状腺癌(3~10%),子宮内膜癌(5~10%)など悪性腫瘍をしばしば合併する。

カウデン症候群の原因遺伝子の1つとしてPTEN遺伝子(10q23.3)が同定されている[]。活性化したphosphoinositide3-kinase(PI3K)はphosphatidylinositol 3, 4, 5-trisphosphate(PIP3)を産生し,PIP3はセカンドメセンジャーとして下流の細胞内シグナル伝達分子であるAKT/PKBを活性化して細胞増殖,抗アポトーシスに働く。PTENはPIP3を基質とする脂質ホスファターゼで,脱リン酸化反応によってPIP3をphosphatidylinositol 4, 5-bisphosphate(PIP2)に変換することでPI3K経路を負に制御する。遺伝子変異や欠失によりPTEN機能が失われるとAKTが持続的に活性化するため細胞の異常増殖がおこる。

カウデン症候群の50~70%に濾胞上皮由来の甲状腺結節を合併する。両葉に多発する腺腫様結節,濾胞腺腫は特徴的である[1011]。甲状腺癌では乳頭癌よりも濾胞癌の頻度が高く,多発する過形成結節や腺腫からプログレッションすると考えられている[12]。

散発性の甲状腺腫瘍ではPTEN変異は稀である。しかしPTENを含む10q22-23のLOHは濾胞腺腫で7~26%,濾胞癌で27%にみられるため,PTENの機能欠失は濾胞性腫瘍の発生に関与すると考えられている[1315]。

3.ウェルナー症候群

ウェルナー症候群 Werner syndromeは1904年にOtto Wernerが強皮症を伴う若年性白内障患者の兄弟姉妹について記載した報告が最初で,1934年にOppenheimerらが遺伝性疾患としてまとめた。早老性顔貌(白髪,禿頭),若年性白内障,皮膚の萎縮・硬化・潰瘍を主徴とする常染色体劣性遺伝性疾患である。1996年にRecQ型DNAヘリカーゼをコードするWRN(8p12-11.2)が原因遺伝子として同定されている[16]。DNAヘリカーゼはDNA二重鎖を一本鎖にほどく酵素で,WRN蛋白はDNAの複製,転写,修復に関わっている。WRN蛋白の機能が失われることで,DNA修復の異常やテロメア短縮がおこる[1718]。

ウェルナー症候群の患者は健常人に比べて悪性腫瘍の合併頻度が高く,上皮性悪性腫瘍中では甲状腺濾胞癌の報告が多い[19]。甲状腺腫瘍で手術が行われたウェルナー症候群9例をわれわれが検討したところ濾胞腺腫2例(22%),乳頭癌3例(33%),濾胞癌4例(44%)であった。病理組織学的に乳頭癌,濾胞癌とも散発性の甲状腺腫瘍と差異がないが,ウェルナー症候群患者の非腫瘍部甲状腺には萎縮(濾胞の小型化・減少,間質の線維化)と多発の過形成病変が高頻度に混在して認められる(図3)。濾胞の萎縮,過形成などの甲状腺病変もDNAヘリカーゼの機能喪失と関係していると考えられる。

図3.

ウェルナー症候群の甲状腺組織。濾胞の萎縮と結節性過形成。

4.DICER1症候群

DICER1症候群 DICER1 syndromeは小児~若年成人の諸臓器に様々な腫瘍が発生する家族性がん感受性症候群である。家族性の胸膜肺芽腫 pleuropulmonary blastomaの解析により原因遺伝子としてDICER1(14q32.13)の胚細胞変異が2009年に同定された[20]。DICER1 蛋白はマイクロRNAのプロセシングに必要なRNase Ⅲファミリーのエンドリボヌクレアーゼである。胸膜肺芽腫以外には腎ウィルムス腫瘍,腎肉腫,卵巣セルトリライディッヒ腫瘍,胎児型黄紋筋肉腫,毛様体髄上皮腫,松果体芽腫,下垂体芽腫などの希少腫瘍が生じる。甲状腺には40歳までに女性の75%,男性の17%の頻度で腺腫様甲状腺腫(多結節性甲状腺腫)を発症する[21]。

DICER1症候群では甲状腺癌の罹患リスクが16倍と高く,腫瘍部にはDICER1変異の胚細胞変異と体細胞変異のダブルヒットが生じている[21]。また散発性の若年者乳頭癌においては10%にDICER1変異が検出されており,DICER1変異陽性の乳頭癌には乳頭癌の代表的な遺伝異常であるBRAF変異,RAS変異,RET遺伝子再構成が認められない[22]。DICER1変異によるマイクロRNAの変化が甲状腺発癌に関わると予測されるが,その分子学的メカニズムは未だ解明されていない。

5.カーニー複合

カーニー複合Carney complex(CNC)は1985年にCarneyによって報告された常染色体優性遺伝性疾患で,皮膚の色素沈着,粘液腫,内分泌腫瘍や機能亢進,神経鞘腫が特徴である。原因遺伝子として17q23-q24にあるPRKAR1A(CNC1型)と2p16に局在する遺伝子(CNC2型)が知られているが,CNC2型の原因遺伝子は未同定である。カーニー複合に合併する内分泌腫瘍には下垂体腺,原発性色素沈着性結節性副腎皮質病変(PPNAD),大細胞石灰型セルトリ細胞腫,甲状腺腫瘍がある。カーニー複合患者の60~67%に多発甲状腺結節を認め,これらの多くは濾胞腺腫である[23]。患者の4%に甲状腺癌(濾胞癌,乳頭癌)が合併する。

PRKAR1AはプロテインキナーゼAの活性を負に調節するホロ酵素サブユニットである。カーニー複合にみられるPRKAR1A変異は機能喪失型(ナンセンスもしくはミスセンス変異)であり,その結果としてプロテインキナーゼA系シグナルが過剰となることが腫瘍化の原因と考えられている。

6.ペンドレッド症候群

ペンドレッド症候群 Pendred syndromeは先天性難聴と甲状腺腫を特徴とする常染色体劣性遺伝の疾患であり,全先天性難聴の約8%が本症候群に相当する。ペンドレッド症候群の原因遺伝子はSLC26A4(7q21-24)であり,患者の半数に変異が認められている。SLC26A4遺伝子がコードするペンドリン蛋白は陰イオン輸送体で内耳,甲状腺濾胞上皮の濾胞腔面の細胞膜に局在しており,甲状腺ではヨードの濾胞腔内への輸送,甲状腺ホルモンの産生に関与している[24]。変異によりヨード輸送が障害されることで甲状腺機能低下,甲状腺腫を生じると考えられているが,臨床的には甲状腺機能はeutyroidに保たれていることが多い。合併する甲状腺病変は軽度の甲状腺腫大から巨大な腺腫様甲状腺腫まで様々である。甲状腺癌の合併もペンドレッド症候群で報告されている。症例報告の中では濾胞癌の報告が多く,先天的な甲状腺機能低下に伴う持続的なTSH刺激が関連していると推測されている[25]。近年,甲状腺濾胞上皮の新たなヨードトランスポーターとしてSLC26A7が同定された[2627]。ペンドリンのヨード輸送機能を補完する蛋白であり,SLC26A7の機能喪失型変異は先天性の甲状腺腫大,甲状腺機能亢進症の原因となる[26]。甲状腺腫瘍発生へのSLC26A7変異の関与については未だ解明されていない。

おわりに

濾胞上皮に由来する遺伝性甲状腺腫瘍の病理学的特徴と腫瘍発生の分子メカニズムをまとめた。通常の甲状腺腫瘍ではBRAFRASRETなどMAPK経路にドライバー変異が集中しているが遺伝性甲状腺腫瘍のほとんどがMAPK経路以外の遺伝子変異が原因となっており,腫瘍発生の分子メカニズムは多種多様である。これまで十分に解明されていなかった腺腫様甲状腺腫の遺伝子異常についても新たな発見が続いている。研究の展開によりさらなる病態の解明と新たな診断技術の開発が期待される。

【文 献】
 

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