Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Papillary thyroid carcinoma with squamous metaplasia mimicking anaplastic thyroid carcinoma : A case report
Hiroko KazusakaMarie SaitoAya EbinaMami MatsuiMasaomi SenRyuta NagaokaShoko KureRyuji OhashiIwao Sugitani
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 38 Issue 2 Pages 114-118

Details
抄録

扁平上皮化生を伴う甲状腺乳頭癌は時に扁平上皮癌や未分化癌との鑑別を要する。病理医と臨床医が協力することで適切に未分化癌と鑑別することができた症例を経験した。患者症例は66歳女性。乳頭癌(cT1bN0M0 StageⅠ)の術前診断にて甲状腺左葉切除,中心領域リンパ節郭清術を施行した。病理組織学的所見では一部に乳頭状構造が不明瞭で,甲状腺未分化癌を否定できない所見だった。同部位を免疫組織化学法を用いて精査したところ,扁平上皮マーカーのp63,p40は陽性だがKi-67が低値であり悪性度は低く,扁平上皮化生を伴う甲状腺乳頭癌と診断された。

はじめに

扁平上皮成分を認める甲状腺結節性病変は複数疾患の鑑別を要するが,その中でも甲状腺未分化癌は注意が必要である。甲状腺未分化癌は極めて予後不良なため,腫瘍内に高分化癌や低分化癌が混在する場合でも未分化成分が少しでも認められれば未分化癌と分類される。その早期診断・早期治療には速やかな対応が求められるが,一方で未分化癌を正確に診断しなければ過剰治療につながる危険性もある。今回は,病理診断で未分化癌の除外を要した扁平上皮化生を伴う甲状腺乳頭癌の一例を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する。

症 例

症 例:66歳,女性。

主 訴:検診発見の甲状腺結節。自覚症状なし。

既往歴:脂質異常症。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:脂質異常症に伴う動脈硬化評価目的に施行された頸動脈エコーで,甲状腺左葉に20mm大の結節を認めたため当科紹介となった。穿刺吸引細胞診(FNA)を施行したところ乳頭癌の診断となり,手術目的に当科へ入院した。

初診時現症:触診で腫瘤を触れない。

頸部超音波検査:甲状腺左葉中下部に20×13×11mm大の境界不明瞭,辺縁不整で内部に微細石灰化を伴う低エコー腫瘤を認めた。明らかな頸部リンパ節腫大は認めなかった。

血液検査:WBC 6,800/μL,fT4 1.1ng/dL,fT3 2.7pg/mL,TSH 1.2μIU/mL,Tg 16.5ng/mL,TgAb 11.9IU/mL,TPOAb 12.2IU/mL。

穿刺吸引細胞診:悪性。核溝,核内封入体のある異型細胞が大小の集塊を形成し出現していた。背景に壊死や炎症性変化は認めなかった。

頸部・肺造影CT:甲状腺左葉に不均一に造影される腫瘤を認めた。頸部縦隔リンパ節の腫大はなく,肺転移を疑う所見も認めなかった。

手術所見:甲状腺乳頭癌(cT1bN0M0 StageⅠ)の診断にて甲状腺左葉切除および中心領域リンパ節郭清術を施行した。左葉全体の重量は4.40gであり,腫瘍は左葉中部から下極にかけて18×12×10mmだった。胸骨甲状筋への浸潤(Ex1)を認め,一部合併切除を行った。明らかなリンパ節腫大は認めなかった。

病理組織学的所見:左葉中下部に17×13×10mm大の白色結節を認めた。大部分の組織構造はすりガラス核,核溝,核内封入体を有する濾胞上皮が乳頭状増殖を示し乳頭癌の所見だった(図1-a, b)が,割面の30%に乳頭状構造が不明瞭な部分(図2-a)を認めた。組織内に壊死,炎症細胞の浸潤は認めなかった。乳頭状構造の不明瞭な部分内には紡錘型の細胞を認め乳頭癌の核所見が弱い部分(図2-b)があり,未分化癌や乳頭癌の組織亜型が鑑別疾患として挙がり,同部位に免疫染色を施行した。

図1.

a HE染色(×4) 組織構造は乳頭状構造だった。

b HE染色(×400) 核溝,核内封入体を認めた。

図2.

a HE染色(×4) 組織の一部に乳頭状構造の不明瞭な部分を認めた。

b HE染色(×200) 乳頭状構造の不明瞭な部分は紡錘型細胞があり,乳頭癌の核所見も弱い。

結果は,同部位はサイログロブリン陰性,TTF-1およびPAX8の発現減弱,p63およびp40が陽性(図3-a~e)のため扁平上皮への分化が示唆されたと判断した。Ki-67は該当部分での陽性率は8%(図3-f)と比較的低値であり,細胞異型も癌とするには弱いため,今回の組織像は扁平上皮化生を強く疑った。また,臨床経過からも未分化癌は否定的であり,最終診断は扁平上皮化生を伴う乳頭癌 pT3b(Ex1)N1aM0 StageⅡとなった。

図3.

a サイログロブリン染色(×200) 陰性である。

b TTF-1染色(×200) 発現は減弱している。

c PAX8染色(×200) 発現は減弱している。

d p63染色(×200) 陽性である。

e p40染色(×200) 陽性である。

f Ki-67染色(×200) 該当部分の陽性率は8%である。

術後経過:反回神経麻痺はなく術後経過良好であり,術後4日目に退院した。退院後は外来での経過観察を継続しており,術後3年が経過したが再発所見を認めない。

考 察

正常な甲状腺組織は濾胞を構成する単層の濾胞上皮細胞,および濾胞上皮の基底膜に接するように存在する傍濾胞上皮細胞の2種類の細胞により構成され,扁平上皮細胞はほとんど認められない。甲状腺内に扁平上皮細胞を認めた場合は,胸腺や甲状舌管をはじめとする他臓器の異所性遺残,または腺腫様甲状腺腫や橋本病を主体とする組織に炎症が生じることで発生する化生性変化と解釈され,悪性腫瘍として発生するものは稀である[]。

甲状腺悪性腫瘍内に扁平上皮成分を認めた場合,鑑別疾患の中で最も重要なものは,甲状腺扁平上皮癌と未分化癌である。これらはどちらも予後不良な疾患のために早期診断が求められ,これらを鑑別し除外することは治療方針の決定に際して非常に重要である。

甲状腺扁平上皮癌とは腫瘍の全体が扁平上皮への分化を示すものであり,本症例のように腫瘍の一部分のみ扁平上皮成分を認めるものは除外できるため鑑別が容易である。その一方で,未分化癌の過剰診断はしばしば問題となりえる。実際に,甲状腺未分化癌研究コンソーシアムからの報告では,各施設で未分化癌と診断された156例のうち,甲状腺専門病理医が見直したところ33例(21%)は未分化癌でないとされ,そのうち15例が乳頭癌に合併した扁平上皮癌または扁平上皮化生であった[]。特に診断後1年以上の長期生存例では未分化癌と診断された68例中27例(40%)が見直しにより扁平上皮化生や扁平上皮癌を含んだ他疾患と診断されていた。

未分化癌と扁平上皮化生の鑑別には免疫組織化学的検討も有効だが,疾患の鑑別を決定づける要素は組織におけるKi-67の陽性率と核異型の有無・程度である。未分化癌は顕著な核異型と豊富な核分裂像を示し,組織内には広汎な壊死や炎症性変化を伴う。また,急速増大する頸部腫瘤など病歴を含めた総合的な視点が両者の鑑別に必要である。

他に甲状腺乳頭癌内に扁平上皮化生をきたす病態として,びまん性硬化型乳頭癌が挙げられる。

びまん性硬化型乳頭癌とは,結節性病変を形成せず片側性あるいは両側性に腫大をきたす乳頭癌[]であり,扁平上皮化生細胞は渦巻き状の胞巣を形成し,甲状腺全体に観察される。その他の組織学的特徴としては腫瘍細胞の小型胞巣とびまん性浸潤,間質の硝子化,慢性炎症細胞浸潤,多数の砂粒体,広範なリンパ節転移がある。本症例とは腫瘍の組織学的特徴並びに扁平上皮化生細胞の局在が異なるため鑑別可能である。

篩(・モルラ)型乳頭癌はコロイドを含まない篩状構造とモルラの形成を特徴とする,APC遺伝子異常を有する家族性大腸ポリポーシス患者にみられる乳頭癌として知られている。篩(・モルラ)型乳頭癌のモルラはびまん性硬化型乳頭癌にみられる扁平上皮化生とよく似た形態を示すが,両者は全く異なるものである[]。モルラは50~200μm大の渦巻き状,円形細胞集塊として観察され,扁平上皮化生様であるが扁平上皮化生細胞に特徴的である細胞間橋や角化は認めない。また,免疫組織化学的相違としてモルラはサイトケラチン34βE12およびp63が陰性である。扁平上皮化生細胞はサイトケラチン34βE12が陽性のため,モルラは扁平上皮の性格を有していないと考えられ,鑑別可能である。もう一つの免疫組織化学的相違として,β-カテニンの陽性局在が挙げられる。篩(・モルラ)型乳頭癌では腫瘍細胞の核および細胞質にてβ-カテニンが陽性となるが,扁平上皮化生細胞では細胞膜でのみ陽性となるため,鑑別可能である[]。

甲状腺内胸腺癌は甲状腺を原発とする悪性腫瘍のうち0.08~0.15%を占める非常に稀な悪性腫瘍だが,腫瘍内に扁平上皮成分を認めることがあり,時に甲状腺低分化癌や扁平上皮癌と混同される[]。甲状腺内胸腺癌は腫瘍内および間質に胸腺癌と同様,豊富なリンパ球を認めるため鑑別可能である[]。

本症例は当初HE染色のみでは乳頭状構造の不明瞭な部分を認めた。扁平上皮癌は早期に除外できたが未分化癌が鑑別疾患として挙がった。しかし,本症例は術前経過にて腫瘤の急速増大など未分化癌を疑う所見は認めず,組織所見でも壊死や炎症細胞の浸潤がなく細胞分裂像に乏しいため,未分化癌に共通の所見は認められなかった。そのため病理医から未分化癌の可能性について問い合わせがあった際には,カンファレンスを重ねて臨床経過を確認した。その結果,HE像の細胞異型や適切な免疫染色,臨床経過などを含めた総合的な評価により,乳頭癌に合併した扁平上皮化生と診断することができた。

まとめ

HE染色のみでは鑑別に苦慮したが,適切な免疫染色を追加し,臨床所見と併せて考察することで乳頭癌に合併した扁平上皮化生と診断することが可能な症例を経験した。予後不良な疾患を見逃さず,かつ予後良好な疾患に過剰治療を施さないためには,臨床経過を踏まえたうえで症例に合わせた免疫染色を行い,それらを臨床医と病理医が協力して慎重に判断する必要がある。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top