2021 Volume 38 Issue 2 Pages 63-67
甲状腺癌で広範なリンパ節転移を伴う症例では初診時に縦隔リンパ節に転移を伴うことは稀ではなく,縦隔リンパ節に再発を生じる症例も時に経験する。縦隔リンパ節転移に対し手術を施行した自験例42例を対象とし,術式や合併症,予後を解析し,その安全性と有効性を検討した。甲状腺は全例で全摘または補完全摘が施行され周囲臓器への浸潤症例も多く認めた。重篤な合併症を7例に認めたが手術関連死亡例はなく,術後の全生存期間中央値は16.9年と良好であった。初発乳頭癌症例では頸部の外側区域治療的郭清症例と比較しても全生存期間に有意差は認めなかった。分子標的薬が広く使用されるようになり進行甲状腺癌に対する治療戦略も多様化しているが, 切除可能な縦隔リンパ節転移に対しては胸骨切開を加えた縦隔郭清により予後の改善が得られ,特に乳頭癌初発症例に対する外科的治療は予後の改善に繋がり,有用性が高いと考えられる。
甲状腺癌で広範なリンパ節転移を伴う症例では,初診時に縦隔リンパ節転移を伴うことは稀ではない。また縦隔リンパ節に転移再発を生じる症例も時に経験される。転移縦隔リンパ節に対するアプローチは,通常の甲状腺癌手術で行われる頸部襟状切開のみでは困難であり,胸骨切開を加えた操作が必要となる。このため手術による侵襲が大きく,術後合併症にもより注意が必要となる。
当科では縦隔リンパ節転移が臨床的に明らかな場合に,主に第3肋間までの胸骨逆T字切開を行い縦隔郭清を施行している。今回それらの縦隔郭清施行症例を後方視的に解析し,その安全性と有用性について検討する。
対象は1996年~2019年に当科で手術した甲状腺癌症例848例中,胸骨切開を加えた縦隔郭清を施行した42症例。平均年齢59.8歳で男性29例(69.0%),女性13例(31.0%)と,男性に多く認めた。初発症例が33例(78.6%)再発症例が9例(21.4%)であり,初発時に遠隔転移を伴っていた症例が9例(21.4%)であった(表1)。
縦隔郭清症例の内訳(N=42)。
これらの症例の臨床病理学的特徴や手術時の所見,周術期合併症,予後(観察期間中央値69.9カ月)などを,診療記録をもとに後方視的に解析した。
組織型は図1の通りで,乳頭癌が34例(81.0%)で最も多く,低分化癌2例(4.8%),未分化癌と髄様癌がそれぞれ3例(7.1%)であった。
縦隔郭清症例の組織型。乳頭癌34例(81%),未分化癌3例(7%),髄様癌3例(7%),低分化癌2例(5%)であった。
術式と術中所見を表2に示す。甲状腺に対する術式は初発例では全て全摘が施行され,再発例では全例で,残存甲状腺切除(補完全摘)が施行されていた。同時に頸部郭清を行った症例は41例で,D2a/bが14例,D3a/bが27例で行われていた。縦隔郭清施行症例では原発巣の周囲臓器への浸潤を伴った進行症例が多く,気管壁全層の合併切除が4例,反回神経合併切除が12例で施行され,縦隔郭清施行時に気管切開をおいた症例が5例であった。手術時間は平均10.5時間で出血量は平均789gであった。
縦隔郭清症例の術式と周術期所見。
術後の重篤な合併症として,気管穿孔と嚥下障害が各2例(4.8%),総頸動脈穿破,気管縫合不全,喉頭浮腫を各1例(2.4.%)で認めた(表3)。合併症を起こした症例では在院期間が長くなり,縦隔郭清全症例での平均在院日数は33.9日であったが,18例(42.9%)は14日以内に退院可能であった。手術に関連した死亡症例は認めていない。
周術期合併症と対応。
術後治療内容は,入院での放射性ヨウ素内用療法が19例(乳頭癌17例,低分化癌2例),外来アブレーションが5例(乳頭癌5例)で施行されていた。外照射は5例(乳頭癌2例,低分化癌2例,未分化癌1例)で,分子標的治療薬は乳頭癌2例で使用されていた(表4)。
術後治療内容。
予後は,原病死11例(26.2%),他病死3例(7.1%),生存が22例(52.4%)で,うち無再発生存が14例(33.3%),担癌生存8例(19.0%)であった(表5)。図2-aに縦隔郭清症例の全生存率を示す。全生存期間の中央値は6,171日(16.9年)であった。縦隔郭清症例の初発症例と再発症例との全生存期間の比較では,有意差は認めないものの,再発症例で短い傾向が認められた(図2-b)。
縦隔郭清症例の予後。
a.縦隔郭清症例の全生存期間。中央値6,171日,16.9年であった。
b.縦隔郭清を施行した初発症例と再発症例の全生存期間。再発症例で短い傾向がみられたが,有意差は認めなかった。
c.乳頭癌初発症例の縦隔郭清群と頸部郭清群の全生存期間。両群間に有意差は認められなかった。
当科で対象期間中に施行した初発甲状腺癌手術症例で,甲状腺全摘術に加えて治療的頸部郭清D2a/bまたはD3a/bを行った症例を頸部郭清群とし,縦隔郭清群と臨床因子を比較してみると,縦隔郭清群では有意に年齢が高く,男性が多く認められた。手術時間,在院日数も縦隔郭清群で有意に長い結果であった(表6)。初発乳頭癌症例における,頸部郭清群と縦隔郭清群の全生存率の解析では,頸部郭清群に比べ縦隔郭清群の生存率は低い傾向を認めたが有意差は認めなかった(図2-c)。
縦隔郭清群と頸部郭清群の臨床因子の比較。
甲状腺癌取り扱い規約[1]では,上縦隔リンパ節は甲状腺癌の所属リンパ節のⅪに分類され「頸部操作では摘出できないリンパ節」と定義されている。上縦隔リンパ節転移の扱いは頸部外側区域と同等のN1bに分類されているが,これは甲状腺からのリンパ流が頸部中央区域を経由して上縦隔に流入することを考えれば,上縦隔領域が外側区域と同等の扱いとなるのは合理的と考えられる。すなわち,特にリンパ行性転移が多い乳頭癌において縦隔リンパ節転移は決して稀な病態ではないと考えられる。文献的には,低い分化度や遠隔転移,多数の頸部リンパ節転移を伴う症例では縦隔リンパ節転移のリスクが高いとされている[2]。
縦隔リンパ節領域に安全にアプローチするためには胸骨切開が必要となり,その場合には手術侵襲が大きくなり手術時間も長時間におよぶ。胸骨切開の要否を最終的に術中に判断せざるを得ない症例もあるが,当科では術前に甲状腺位で頸胸部CTの撮影を行い,胸骨切開の要否の判断に用いている。通常体位でのCT像があればそれと比較することで,病変の可動性も判断でき有用である。胸骨切開法には,L字切開・逆T字切開・胸骨縦切開などがあり[3]転移巣と郭清の範囲によって選択されるが,侵襲程度と良好な術野の展開が可能になる点から逆T字切開が優れるとの報告がある[4]。当科では逆T字切開を第一選択としているが,左右対称に術野が展開でき,尾側の胸骨を温存することで術後の胸骨動揺性が軽減され有用と考えている。術後合併症については,文献的には術後出血や術後リンパ漏とそれに続く感染などの報告がある[5,6]。局所進行症例が多く,同時に広範な頸部郭清を行うことが多く高侵襲手術となるため,当科では手術当日は抜管せず集中治療室(ICU)管理とし,翌日以降に抜管し離床へとつなげている。これにより術後の安静が保て後出血のリスクの軽減が図れていると考えられるが,一方で4日以上におよぶ挿管管理の後,気管穿孔を発症した症例や7日後に喉頭浮腫により気管切開が必要になった症例も認められた。気管穿孔の原因として,気管壁の血流は主に下甲状腺動脈から供給されるが,気管周囲~上縦隔にかけての郭清操作で頸部気管の血流が乏しくなることに加え,長時間の挿管管理による挿管チューブのカフによる圧迫の影響も推測される。文献的には,気管壁毛細血管の動脈圧は40cmH2O,静脈圧は25cmH2Oとされており[7],これを超えるカフ圧での長時間管理は,気管粘膜の壊死や軟骨壊死を引き起こし,穿孔のリスクを高めると考えられているが,甲状腺全摘と気管周囲の頭尾方向にわたる広範な郭清後では,気管の血流は通常より低下していると推測され,ICUスタッフや麻酔科と連携し,カフ圧管理を慎重に行いつつ,挿管管理期間も可及的短期とすることが重要と考えられる。
縦隔郭清症例の予後に関しては,縦隔郭清症例の10年生存率は63%とする報告[8]や,無再発生存率が18%(平均観察期間4.8年)で担癌生存率が25%(平均観察期間5.7年)とする報告[5]がある。当科の解析では,縦隔郭清症例全体での生存期間中央値は16.9年であり,さらに,初発乳頭癌症例での解析では縦隔郭清群と頸部郭清群との間で全生存率に有意差を認めなかったことから,入念な術前評価を行った上で上縦隔リンパ節転移を伴う初発乳頭癌症例に対しては,治療的郭清を積極的に行うべきであると考えられる。同時に,進行症例が多く周囲臓器の合併切除を要する症例も多いため,周術期管理には十分に注意が必要と考えられる。
分子標的治療薬が広く使用されるようになり遠隔転移を伴う甲状腺癌に対する治療選択肢が増えているが,TKIは時に大出血や瘻孔形成などの重篤な有害事象を引き起こす[9]ことが知られている。TKI導入が考慮される症例での転移または再発巣の局所制御の状況が,TKI使用の可否の判断や薬剤の選択に影響することも考えられる。縦隔リンパ節転移が起こる部位は周囲に大血管が存在する部位であり,進行再発甲状腺癌の集学的な治療戦略の点からも,切除可能であれば手術を第一選択として治療にあたるべきと考える。
縦隔郭清は安全に施行可能であり,特に初発乳頭癌症例で治療的郭清が必要な症例には積極的に施行すべきと考えられる。