2021 Volume 38 Issue 2 Pages 87-91
甲状腺癌手術における手技のなかで,反回神経,Berry靭帯周囲の操作および副甲状腺の温存について解説した。
基本的には被膜剝離法(CD)で行う。True capsuleとfalse capsuleの構造を理解し,この方法で副甲状腺や反回神経がfalse capsule内に温存される。また下甲状腺動脈と反回神経が交差することとそのバリエーションを理解し,その損傷原因も理解しながら手術を行うことが反回神経損傷を防ぐ重要な点である。またBerry靭帯やZuckerkandlの結節も反回神経温存には欠かせない解剖知識である。さらに術中神経モニタリングが多く使用される昨今,モニタリングの使用に有無での利点欠点についても述べた。小切開や内視鏡手術でも基本的に同様の概念で行うが,操作野が小さく甲状腺外背側の牽引,脱転が不十分になりかねず,CDが不十分になりやすいためIONMなどでの確認が必要である。
甲状腺癌の手術の合併症としては,反回神経麻痺,副甲状腺機能低下,後出血がある。手術手技を考える上で,反回神経の処理,副甲状腺の処理,血管処理などが重要になる。
本稿では,甲状腺癌での手術手技の中で特に反回神経やBerry靭帯周囲の操作,副甲状腺の温存について解説する。
当科で実施している片葉切除の手術手順を示す。全摘も基本的には下記を両側に行うものである。
皮膚襟状切開,広頸筋横切,皮弁作成,前頸筋群を白線で縦切開(ないし横切によるH状切開,後者は巨大腫瘍や進行癌の場合に採用)し,甲状腺を露出する。
片葉切除の場合,まずは上極の処理を行う。すなわち,上喉頭神経外枝(external branch of superior laryngeal nerve:EBSL)を確認温存しながら,上甲状腺動静脈を甲状腺近傍で結紮切離する。この際crico-thyroidal spaceを確認し周囲の筋組織を結紮切離またはエネルギーデバイス(energy device:ED)で切離し,血管のみを十分に露出し結紮切離する。上極がfreeになったら,峡部を縦切開し甲状腺を気管から剝離し授動しやすくする。この際,最下甲状腺動脈を結紮切離してから,EDなどで峡部を縦切開する。場合によっては錐体葉も同時に切除する。皮膚の小切開で行う場合には,甲状腺露出時に峡部切除し,その後甲状腺上極処理に入ったほうが視野の確保はしやすい。その後甲状腺葉を気管前面から剝離しながら,甲状腺を脱転しやすくし,内側,頭側に軽く牽引することで,下甲状腺静脈,中甲状腺静脈をはじめ,一部癒着の胸骨甲状筋も甲状腺近傍で切離する。
これによって切除予定の甲状腺片葉が内側に脱転しやすくなり,甲状腺背側面の観察が容易となる。甲状腺の背外側の剝離は側面で中甲状腺静脈を切離後,側面に癒着している筋肉などの結合織をツッペルなどで鈍的に剝離したのち下極の血管を結紮切離しながら甲状腺被膜近傍で剝離する被膜剝離法(Capsular dissection以下CD)[1~3]で行う。下甲状腺動脈(inferior thyroid artery:ITA)から分枝している上下の副甲状腺をin situに温存しながらtrue capsule からfalse capsuleを剝離する層でITAも含め甲状腺葉の側面を丁寧に結紮切離していくと,輪状軟骨付近でBerry靭帯を気管から結紮切離することで甲状腺片葉切除が完成する。基本的にはCDで行うと反回神経(下喉頭神経,recurrent laryngeal nerve:RLN)を確認しなくとも,いわゆる被膜(false capsule)下に残ることになる。
甲状腺周囲には被膜があり,甲状腺切除にはこの膜構造の理解が重要である。当科では基本的にこの膜に沿って切除するCDで行っている。
甲状腺の被膜にはtrue capsule(fascia)である甲状腺固有被膜(capsular propriaまたはtrue thyroid fascia)と false capsule(fascia)(perithyroid sheath surgical fasciaまたはsurgical thyroid fasciaまたはvisceral fascia)がある。CDではtrue thyroid capsuleとfalse thyroid capsuleの二つの膜があることを十分に理解し,その両者の間を剝離し,後者は甲状腺とともに切除しない。これによって副甲状腺の温存と,RLNの温存が可能になる。特に上副甲状腺はfalse thyroid fascia内にあり,このCDによってin situに温存することが可能である(図1,2)[1~3]。一方下副甲状腺は多くは上副甲状腺同様false thyroid capsule内にあるが,一部甲状腺実質内に埋没しているものやfalse thyroid capsule外に存在している場合もあり,in situに温存することができないことがある。しかしその場合でも剝離ラインを大きく変えず行うことがRLNの温存に有用であり,in situに温存ができなくとも自家移植を行ったり,甲状腺癌の場合には上副甲状腺のみを温存し,以下の気管周囲リンパ節郭清と共に切除する。
capsular dissection(甲状腺右葉側面)文献[1]より改変著者作成
甲状腺右葉を上方内側に牽引し,外背側面を脱転した。False capsuleとtrue capsuleの間で剝離するとfalse capsuleとともに副甲状腺と反回神経が温存される。
capsular dissection(甲状腺右葉横断面)文献[1]より改変著者作成
CDでfalse capsuleとtrue capsuleの間で剝離するとfalse capsuleとともに副甲状腺と反回神経が温存される。
甲状腺手術で最も注意を要するのがRLN温存である。片側の損傷で嗄声,誤嚥,両側で窒息,気管切開となる。近年,小切開手術や内視鏡手術で通常の十分な襟状切開でのような,甲状腺の十分な牽引ができないと神経の誤認があり損傷をきたしかねない。
RLNは右は迷走神経から鎖骨下動脈を反回し,右気管食道溝を上行し,輪状軟骨直下で喉頭に入口している。左は迷走神経から大動脈弓まで下行したところで反回し,左気管食道溝を上行し,輪状軟骨直下で喉頭に入口している。
RLN麻痺は永久で1~2%[4~6],一過性5~6%程度[7~9]とされているが,その原因は1)横断(transection),2)把持(clamping),3)伸展(stretching),4)電気凝固による熱損傷(electrothermal injury),5)結紮時の巻き込み(ligature entrapment),6)虚血(ischemia)などが考えられる[10]。前出の小切開手術などでは5),内視鏡手術をはじめEDを使用するようになった場合には4)に特に注意を要する。
またRLNにはいくつかのバリエーションがあり,甲状腺手術を実施するにはこの点も理解をしておく必要がある。1)喉頭外分枝(extralaryngeal branches:ELB),2)歪曲(distorted RLN),3)ITAとRLNの合流(intertwining between branches of RLN and ITA),4)非反回神経がある[10]。3)4)について図3[11]に示す。
下甲状腺動脈と反回神経の関係(文献[11]より一部改変)
A;RLNがITAの前面を,B;背面を,C;分枝した動脈の間を走行する。A~Cは通常型,D,Eが非反回神経
最近は副甲状腺手術以外甲状腺手術は良悪性ともすべてにIONMが保険適応になっているので,当科では全例に使用している。しかし,施設によってはコスト面から導入していないところもあり,また,IONMの誤作動例の場合もあり,IONM非使用例での検索法はすべてに理解すべきである。CDでは全く神経を確認しないでも葉切除が可能であるが,一般的には甲状腺葉を外背側を脱転しITAが甲状腺に流入するところからRLNが直行しているのを発見することが重要である。その後RLNは気管食道溝に沿ってITAの上下を走行している。甲状腺切除時にRLNを最も損傷しやすい部位は,ITA甲状腺流入部より頭側の2cmの部位である。ここには上副甲状腺が存在していることが多く,CDで上副甲状腺をfalse capsuleとともに剝離していればRLNはfalse capsule内にあり損傷が避けられる。
2)IONMを用いる場合IONM使用時は,上極の血管処理時にEBSLをまず確認する。その後外背側を処理する際にIONMを用い,IONM使用しない場合と同様にRLNが発見されればIONMのプローブ針にて確認を行う。また癒着が激しく剝離に難渋している場合には目視の前に検索することも可能である。通常1mAで使用しているが,RLNが目視できない場合には2mAで検索している。注意すべきはかなり広い範囲で反応するので,方向性がわかれば慎重に剝離を進め1mAに戻しターゲットを絞り込む。
IONM使用は初心者の教育などを除けば目視より優れているのは,肉眼的に温存されていても,術中操作で鞘内の損傷(前述の1)~6))があれば術中に確認できる点である。一方では術終了時にEBSL やRLNの反応が十分であれば自信を持って家族や患者に温存されたことを伝えられる。IONMの使用で,RLNが分枝している場合の運動枝と食道枝の確認もできる。また甲状腺癌では腫瘍やリンパ節が反回神経を巻き込んでいることがあるが,IONMで反応がある場合できる限り温存に努める。また逆に反応がない場合には速やかに合併切除し,神経縫合を行う。Intactな部分での縫合が成績を左右するため,喉頭入口部のRLN断端でのIONMでの反応確認が重要である。
Berry靭帯から甲状腺を切離する際に再びRLNの扱いが問題となる。通常はBerry靭帯の前面にRLNが存在することが多く[2],前述のCDでRLN温存が可能であるが,2.5%は靭帯貫通例があることも忘れてはならない[11]。また,ELBやdistorted RLNに注意し,また外背側の脱転が不十分だと,喉頭に入口するまで周囲の剝離状況によっては歪曲や結紮時の巻き込みなどにもより細心の注意を払う必要がある。
甲状腺の外側から背側への突起であり,甲状腺実質の一部である。両側にある場合,甲状腺の両側に耳が出ているように見える。ZTはITAや副甲状腺とともにRLN位置確認の目安となっている一方,ZTにもバリエーションが多くRLN同定や温存に苦慮することも多い[12]。初心者の手術でZTがあるとやや難易度が上がるようである。
副甲状腺機能低下症は甲状腺手術における,反回神経麻痺,術後後出血とともに避けるべき合併症の一つである。上記温存には前述のCDで行い,true capsuleとfalse capsule間を剝離していく[1~3]。良性疾患であれば上下腺ともに温存するが,前出のように下副甲状腺はin situに温存できない場合には,閉創時に細切し対側の胸鎖乳突筋内に自家移植を行う。癌の場合,多くは乳頭癌であり,本邦では気管周囲の予防的郭清を行う。上副甲状腺は肉眼的に癌が接していなければCDで十分に温存できる。一方で下副甲状腺はⅢリンパ節とともに郭清されることが多い。
一度温存した,副甲状腺,RLNも含むfalse capsule内からRLN周囲の膜および結合織を切離するのがリンパ節郭清であるが,下副甲状腺の多くはⅢリンパ節とともに郭清されることが多く,基本的に乳頭癌の場合はこれを温存することは勧められていない。しかし,上副甲状腺は腫瘍の直接浸潤がない場合は血管茎をつけて温存することが可能である。IONMを使用するようになって郭清後肉眼的には温存されているように見えるRLNでもIONMで反応が消失していることがあり,前述のように横断(transection)のみならず把持(clamping),伸展(stretching),電気凝固による熱損傷(electrothermal injury),結紮時の巻き込み(ligature entrapment),虚血(ischemia)など起こり得る。術中IONMで確認しながら慎重に行う。また閉創直前に完全温存や損傷の可能性の情報を得ることができる
甲状腺の手技でRLN,副甲状腺の温存やBerry靭帯の処理について解説したが,いずれも膜の理解が重要で,CDで行う。またRLNとITAのバリエーションやRLNの損傷の原因を理解しながら手術を行う。小切開や内視鏡手術でも基本的に同様の概念で行うが,操作野が小さく甲状腺外背側の牽引,脱転が不十分になりかねず,IONMなどでの確認が必要である。