Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Surgical treatment for thyroid carcinoma
Akihiro MiyaAkira Miyauchi
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2021 Volume 38 Issue 2 Pages 92-95

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抄録

隈病院で行っている甲状腺癌に対する標準的な手術を紹介する。甲状腺癌の手術では意図した範囲の完璧な切除,出血と副損傷を避けること,きれいな手術瘢痕とすることが重要である。特に重要なポイントとしては,反回神経,上喉頭神経外枝と副甲状腺への対応がある。1)術中神経モニタリング装置(NIM)の導入後は,全症例で反回神経のみならず上喉頭神経外枝を確認し温存に努めている。この結果,上喉頭神経外枝の認識率が大幅に向上し,音声障害が減少した。2)副甲状腺機能温存のために,上副甲状腺は下甲状腺動脈のみならず,上甲状腺動脈の血流も保つようにする。副甲状腺を温存できない場合には,筋肉内に移植する。甲状腺は頸部中央区域リンパ節とともに切除するので,下副甲状腺はこれらの中から見つけ出し移植する。これらの手技は術後のQOLに大きく影響するので,特に注意を払っており,さらに良質の手術を提供できるように努めている。

はじめに

今回は隈病院で行っている甲状腺癌の標準的手術,特に反回神経,ベリー靭帯,副甲状腺の対応についての紹介を依頼されたので,本稿ではT1N0M0の甲状腺乳頭癌を想定して,甲状腺右葉および峡部切除と頸部中央区域郭清術(右側)について解説する。術中神経モニタリング装置(NIM)の導入後は,全症例で上喉頭神経外枝を確認しているので,その有用性についても述べる。

手術の手順

表1の手順で手術を行っている。

表1.

手術の手順

1.手術体位

両肩の背面に肩枕を入れて前頸部を伸展すると甲状腺が前方に出るため手術しやすくなる。加齢変化や頸椎症などのために,頸部伸展不良の患者さんが増加しているので,過伸展によって術後神経症状の発症しないように注意する。それを予防するため,必要があれば全身麻酔を行う前に肩枕を入れて5~10分程度観察後に両手のしびれ感などの症状が出ないように枕の高さを調整してから麻酔を行っている。

2.皮弁作成

皮膚切開時の出血を少なくするために,局所麻酔薬エピネフリン入り1%キシロカインを皮下に注射して,5分間経過後に切開する。皮膚は鎖骨上2横指のレベルで襟状に切開する。中央以外の広頸筋が存在する部位で先ず広頸筋を切開すると皮弁の厚さが確認しやすく,次に前頸静脈に注意して中央部を切開する。広頸筋背面で,前頸筋との間を頭尾方向に電気メスで剝離する。頭側正中は舌骨のレベルまで剝離する。左右をあまり剝離する必要はない。これは甲状腺切除の直接の操作は前頸筋下で操作であるためである。皮弁の尾側は胸骨切痕上縁まで剝離する。皮膚切開は無理に小さくする必要はなく,神経麻痺や出血のリスクを考慮して十分に視野を確保し,閉創時に十分な美容的配慮をした広頸筋・皮膚縫合を行うのが良策であると考えている。小さい切開創を筋鈎などで過度に牽引する方が瘢痕形成の原因となりやすい。

3.甲状腺へのアプローチ:前頸筋の処理

前頸筋外縁と胸鎖乳突筋内縁との間を切開して肩甲舌骨筋の上縁を確認する。前頸筋の正中を縱方向に,頭側は甲状軟骨前面上縁まで,尾側は胸骨切痕上縁まで十分に切開すると展開が良くなる。胸骨舌骨筋と胸骨甲状腺筋の間を頭側から尾側まで剝離する。肩甲舌骨筋上縁に出るように胸骨舌骨筋背面にシリコンチューブを通して,これで胸骨舌骨筋を外側に牽引して視野を確保する。胸骨甲状筋外縁で頸神経ワナの分枝を確認し、これを温存する。これは反回神経再建で使用する可能性を考慮してルーチンに実施している。

NIM挿管チューブを使用する場合は,総頸動脈と内頸静脈の間でNIMのプローブで迷走神経を刺激して反応を確認する。両側手術の場合は,この時点で両側に牽引チューブを通しておき,甲状腺切除前に両側の迷走神経の反応を確認する。これは最初の片葉切除の間に,対側の反回神経麻痺を合併することがあるためで,手術開始時に両側迷走神経で麻痺の有無を必ず確認しておく。

4.甲状腺上極の処理

上喉頭神経の確認・温存と上甲状腺動脈の上副甲状腺への血行温存が重要なポイントである。

甲状腺切除は上極側から開始する。胸骨甲状筋はなるべく上縁の甲状軟骨付近で横切開する。これにより甲状腺上極の視野が良好となり,上喉頭神経外枝の確認と上甲状腺動静脈の処理がしやすくなる。甲状腺癌や良性でも甲状腺が非常に大きな場合は胸骨甲状腺筋の尾側も横切開して合併切除する。良性であまり甲状腺が大きくない場合は,頭側を切開した胸骨甲状腺筋を甲状腺から外尾側に剝離して残している。胸骨甲状筋を切開・切除しても音声などに特に障害をきたさない[]。

甲状腺上極を外側尾側に牽引して,先に切開した胸骨甲状筋背面で甲状腺と輪状甲状筋の間(cricothyroid space)を剝離して,上喉頭神経外枝をNIMプローブで刺激して確認する(図1)。上喉頭神経外枝は上甲状腺動静脈の分枝と併走する場合や,下咽頭収縮筋の中を走行して肉眼で認識できない場合がある。神経の走行に注意しながら上甲状腺動静脈の分枝を結紮切離する。そして,必ず切離する前に上甲状腺神経外枝の中枢側を刺激して反応があることを確認する。切離してしまうと結紮点が頭側に移動し,温存確認の神経刺激が行い難くなる。舛岡らの報告では,NIMを用いると上喉頭神経外枝の認識率が大幅に向上し,音声障害が減少した[]。

図1.

上喉頭神経外枝の確認

甲状腺を左側から撮影。甲状腺右葉上極に上喉頭神経外枝があり,NIMプローブで刺激して確認。

*矢印:右上喉頭神経外枝,RL:甲状腺右葉上極

上甲状腺動脈は術後出血を防止するために二重結紮する。上甲状腺動脈から上副甲状腺に血流がある場合があるので,副甲状腺への血行温存のため,上甲状腺動脈の背側枝を温存する(図2)。

図2.

上副甲状腺の温存

甲状腺を右側から撮影。上甲状腺動脈を結紮切離する際に,上副甲状腺への血行温存のため背側枝を温存。

*矢印:上甲状腺動脈の背側枝,Pa:右上副甲状腺,RL:甲状腺右葉上極

5.錐体葉の切除と喉頭前リンパ節の郭清

錐体葉はできるだけ舌骨付着部で切除して,これを含めて喉頭前リンパ節を郭清する。輪状甲状腺上縁付近で左右両側から上甲状腺動脈の分枝があるので結紮切離する。ベリー靭帯付近の処理の視野確保に備えて,この部位を先に処理しておく。

6.下甲状腺静脈の処理と反回神経の確認

総頸動脈前面に沿って尾側に切離を進める。中甲状腺静脈は結紮切離する。胸骨甲状筋の尾側は腕頭動脈の前面で切開する。右側の反回神経は,宮内らのIma(最下)アプローチ法を用いて探索すると容易であり,時に存在する反回神経の早期分岐例であっても誤損傷を避けられる。腕頭動脈前面で下甲状腺静脈の一番外側の静脈を結紮切離し,次に総頸動脈起始部で気管との間を剝離すれば反回神経を容易に確認できる[]。 腕頭動脈前面に残った下甲状腺静脈や胸腺などの組織は気管右傍まで結紮切離する。腕頭動脈前面で操作すると反回神経を損傷することはない。

7.右気管傍リンパ節(Ⅲ)郭清

反回神経に沿って頭側に剝離を進めて,腕頭動脈上縁から甲状腺右葉下極まで右Ⅲリンパ節を郭清する。これらは甲状腺と一塊にしておき,最後にまとめて切除する。反回神経背面に転移を疑うリンパ節が存在する場合は,これらも郭清する。

8.下甲状腺動脈の処理

右反回神経に沿って頭側に剝離を進める。反回神経の走行は,この動脈の分枝の前面,分枝間,あるいは背面とバリエーションがあるので,動脈の処理の際に反回神経の損傷が起きるリスクがある。甲状腺の手術で一番注意するポイントである。上副甲状腺への血行を温存するため,下甲状腺動脈の上行枝は温存する。下副甲状腺は甲状腺および中央区域郭清組織と一塊として切除するので下甲状腺動脈の尾側への分枝(下行枝)は結紮切離する。下副甲状腺は摘出標本から回収し細切して胸鎖乳突筋内などに自家移植する。上副甲状腺の温存のために,甲状腺被膜を,少し甲状腺組織を残すくらいの意識で甲状腺から剝離して副甲状腺への血流を温存する。この手技は,“capsular dissection”と呼ばれている。上副甲状腺は周囲組織からの血流も保つため周囲脂肪組織とともに残す。下甲状腺動脈が甲状腺の尾側から流入する場合もあり,しばしば頭側への分枝を温存することが困難なため,甲状腺上極処理の際には,上甲状腺動脈の背側枝を温存して上副甲状腺の血行温存に努めることが,副甲状腺機能の温存のために重要なポイントである(図2)。

9.Berry靭帯の処理

甲状腺の背面に,輪状軟骨および気管背側面に強く結合させているBerry靭帯がある。栗原が報告しているように,反回神経はこの靭帯に接して,その外側を走行する[]。甲状腺切除のためにこの靭帯を反回神経から数mm離れた部位で切離する。Berry靭帯は,気管との間を尖端が細い小児用止血鉗子などで剝離して結紮切離する(図3)。靭帯は硬いので,幅が広い場合には,2回に分割して処理する。Berry靭帯周囲には血管が多いので,これらを確実に止血する。Berry靭帯部を止血鉗子で挟んで甲状腺を切除し,挟んだ組織を針糸で止血するのも良い方法である。最近はエナジーデバイスで凝固・切離することもあるが,反回神経の熱損傷に注意する。Zuckerkandl結節と呼ばれている突起様の甲状腺組織が,喉頭入口部付近で反回神経を覆うようになっていることがある。甲状腺を切除する際には,この突起部の背面を剝離して飜転し反回神経を確認・温存する。時には,Zuckerkandl結節が反回神経と気管の間に入り込んでいることがある。この場合は反回神経を剝離後にZuckerkandl結節背面を剝離して前方に引き出し,次にベリー靭帯を切離する。Zuckerkandk結節を反回神経周囲で一旦切離して切除する方法もある。

図3.

ベリー靭帯の結紮・切離

甲状腺を右側から撮影。ベリー靭帯を剝離後に吸収糸を通して結紮・切離。

*矢印:ベリー靭帯,RN:右反回神経

10.甲状腺切除

甲状腺右葉は峡部まで気管から剝離する。甲状腺峡部を小児用鉗子で挟みながら2~3回に分割して切離し,残存甲状腺断端を結紮する。そこから尾側に向かって,気管前リンパ節を含む組織を結紮しながら切離して,甲状腺とリンパ節を一塊にして切除を終了する。

考 察

甲状腺癌手術においては,右反回神経は,宮内らが報告したIma(最下)アプローチ法で探索している。このIma法は,従来の甲状腺下極で見つける方法と比較すると,短時間(9.6±16.6対31.2±24.4秒,p<0.0001)かつ容易に反回神経を見つけ出すことができる[]。通常の手術では反回神経を見つけ出すためにNIMの必要性はあまりないが,NIMの利点のひとつは,両側声帯麻痺の可能性がある場合に,気管内挿管チューブの抜管前の評価ができるようになったことである。進行甲状腺癌や再手術症例では非常に有用である。しかしながら,当院では1年間約1800件の手術があるため,コストとNIM気管内挿管の手間の問題から,甲状腺全摘術の場合はNIM挿管チューブを使用しているが,片葉切除の場合はNIM挿管チューブを使用せず電極と刺激プローブのみを使用して用手法で喉頭筋収縮を確認している。

NIMを用いて上喉頭神経外枝を確認できるようになったことは,甲状腺の手術において高音発声障害を予防するために大変役立っている。従来は上喉頭神経外枝温存のために,上甲状腺動静脈処理はなるべく甲状腺に近い分枝を結紮切離していたが,それでも術後に高音発声障害を伴うことがあった。舛岡らが報告したように,NIM-Response 3.0と従来の神経刺激装置Vari-Stim 3を使用した場合の上喉頭神経外枝の認識率は89.2%対17.8%で,NIMを使用群は有意に認識率が向上した。また,音声障害がある女性患者の割合は有意に減少した[]。上喉頭神経外枝が上甲状腺動静脈の分枝と甲状腺上極近傍で交差する場合や上喉頭神経外枝の際下点が甲状腺上極よりも背側に及ぶ場合は,従来の術式のように甲状腺近傍で上甲状腺動静脈の分枝を結紮切離する手技では上喉頭神経外枝が損傷される可能性が大きいので,このような症例ではNIMが非常に有用である。

副甲状腺機能の温存も重要なポイントである。上副甲状腺への血流温存のためは,下甲状腺動脈のみならず,上甲状腺動脈からの血流も保つように努める。副甲状腺を温存できない場合には,確実に移植することが術後副甲状腺機能を保つために必要である。下の副甲状腺は甲状腺と共に切除されるので,見つけ出して移植する。木原らの報告では,甲状腺全摘した場合の永続性副甲状腺機能低下症は副甲状腺を1腺以上温存した群は11.2%,移植のみ群は33.3%で,1腺以上温存した郡は低下症が有意に少なかった。また,移植のみ群でも移植腺が2腺の場合は50.0%であったが,3腺以上では11.1%と少なかった[]。したがって,副甲状腺は少なくとも1腺は温存できるように心掛け,温存できそうにない場合は他の切除した副甲状腺と共に移植する。

これらの手技は症状に直結し,QOLに大きく影響するため,外科医全員に習得させ,手術に際して特に注意を払っている。

おわりに

甲状腺癌に対して当院で実施している甲状腺切除術について解説した。エナジーデバイスが開発されているが,それに合わせて手術手技が変わっていくかもしれない。しかしながら,今回特に取り挙げた反回神経,上喉頭神経外枝,副甲状腺の扱いは,甲状腺手術にとっては重要なポイントであることには変わりないので,参考にしていただけると幸いである。

【文 献】
 

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