2021 Volume 38 Issue 3 Pages 191-195
症例は 65歳女性。他疾患の精査目的に施行された腹部単純CT検査で偶発的に左副腎腫瘍(38×36mm)を指摘された。内分泌学的精査の結果は全て正常範囲内であり非機能性の副腎腫瘍であることが示された。腹部MRI検査(T2強調像)では腫瘍内が内部不整であることが示され,腹部造影CT検査では不均一な造影効果を指摘された。副腎皮質癌である可能性が指摘されたため,腹腔鏡下左副腎摘除術が施行された。腫瘍は左副腎に接していたが連続性は認めなかった,病理学的所見は異型を認めず,角化重層扁平上皮や腺上皮が囊胞状に増生しておりlymphoepithelial cyst(LEC)の診断となった。今回われわれは,副腎皮質癌と鑑別が困難であった,副腎に隣接して発生したLECの症例を経験した。本疾患に関して文献的考察を加え報告する。
lymphoepithelial cyst(LEC)は膵臓,口腔,耳下腺などに発生する比較的稀な囊胞性疾患として知られている[1~3]。組織学的に異型のない角化重層扁平上皮や腺上皮が囊胞状に増生し,リンパ濾胞形成を伴うリンパ球性間質を認める。造影CT検査においては,囊胞壁や隔壁のみならず囊胞内腔にも造影効果を認めることが報告されている。また単純MRI検査においては内部構造が不均一に抽出されるため,しばしば悪性疾患と鑑別が困難となる。今回われわれは副腎に隣接して発生したLECの症例を経験した。当症例においても副腎皮質癌との鑑別が極めて困難であったため,外科的切除術を施行した。われわれが検索しえた症例報告を参照する限り,本症例が国内外で初めての副腎周囲に発生したLECの報告となる。文献的な考察とともに診断・治療の留意点などを報告する。
患 者:60歳代,女性。
家族歴:特記事項なし。
既往歴:高血圧,糖尿病,脂質異常症。
現病歴:他疾患の精査目的に施行された腹部単純CT検査で偶発的に左副腎腫瘍(38×36mm,CT値 46.2)(図1)を指摘されたため当院を紹介受診した。血液生化学検査および内分泌学的検査により機能性または非機能性腺腫の鑑別を行い,造影CT検査および単純MRI検査を施行し,悪性所見の有無に関して精査した。
腹部単純CT,38×36mmの左副腎腫瘍(⇧),辺縁は不整である。
血液生化学検査および内分泌学的検査:HbA1c 6.6%,わずかに上昇を認めた。その他,電解質も含めて異常所見なし。内分泌学的検査はいずれも正常範囲内であった。血中DHEA-S 29ng/ml(正常範囲内)であった。
画像所見:左副腎腫瘍(38×36mm)に対する造影CT検査の所見は,辺縁が不整,壁肥厚を伴う囊胞壁および隔壁に不均一な造影効果を認めた(図2)。単純MRI(T2強調像)では腫瘍内は高信号域および低信号域を含む内部不均一な構造を認めた(図3a)。拡散強調像では腫瘍全体に高信号域を認めた(図3b)。
腹部造影CT,壁肥厚を伴う囊胞壁および隔壁に不均一な造影効果(⇧)を認めた。
a:単純MRI(T2強調像),腫瘍内は高信号域(⇧)および低信号域(⇩)を含む内部不均一な構造を認めた。
b:単純MRI(拡散強調像),腫瘍全体に高信号域(⇧)を認めた。
内分泌学的精査では異常所見は認めないため,非機能性副腎腫瘍と判断した。画像所見では造影CT検査および単純MRI検査において副腎皮質癌を否定できないと判断し,外科的切除の方針となった。左副腎腫瘍に対して腹腔鏡下左副腎摘除術(経腹膜到達法)を施行した。術中観察所見において腫瘍と副腎は一塊に観察された。周囲との癒着は認めず,順調に摘出し2時間19分で手術を終了した。出血は5gであった。術後経過も順調で術後5日目に退院となった。
摘出検体の肉眼的所見:色調の異なる充実性成分が混在していた。また多房性囊胞を示唆する所見を認めた。肉眼的には腫瘍と副腎の識別は困難であった(図4)。
摘出検体の写真,色調の異なる充実性成分の混在(⇨)や多房性の囊胞腔を認めた(⇧)。
病理学的所見:摘出された腫瘍の内部は,35×25×18mm大の腫瘍および55×22×8mm大の副腎で構成されており,腫瘍と副腎は隣接していたものの連続性は認められなかった。弱拡大像ではコレステリン結晶や多房性の構造を認め,周囲にはリンパ球浸潤を伴うリンパ濾胞が多数形成されていた(図5a,b)。強拡大像において囊胞内は角化重層扁平上皮および層状のケラチンが観察された(図5c)。いずれも組織学的な異型は認めなかった。以上より,lymphoepithelial cyst(LEC)と診断された。
a:HE染色(弱拡大),内部に角化物や脂腺成分を有する多房性(⇧)の構造を認める。
b:HE染色(弱拡大),コレステリン結晶(⇧),リンパ球浸潤やリンパ濾胞形成(⇩)を認める。
c:HE染色(強拡大),囊胞内は角化重層扁平上皮(⇩)および層状のケラチン(⇧)が観察された。
LECは膵に発生する比較的稀な良性の囊胞性疾患として知られており,膵囊胞性疾患の約0.5%はLECであると報告されている[1]。口腔内や耳下腺に発生したLECの症例も少数報告されている[2,3]。副腎に隣接して発生したLECの報告はわれわれが検索しえる限りでは国内外で初の報告となる。1985年にLüchtrathらにより膵に発生したLECが初めて報告され[4],その後TroungらによりLECと呼称することが提唱された囊胞性疾患である[5]。病理組織学的には囊胞壁が扁平上皮に覆われ,リンパ球を豊富に認める所見を呈する。組織起源としては胎生期の迷入鰓裂からの発生,膵組織の扁平上皮化生などの説があるが一定の見解は得られていない[6]。LECは良性疾患のため症状がなければ手術適応はないと考えられるが,悪性腫瘍との判別が困難なため外科的切除を要した症例が報告されている[7]。しかしながら,膵LECにおいては超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)を用いて診断を行い,手術を回避しえた報告が散見される[8]。
一方で近年,超音波,CT検査,MRI検査などの画像検査の普及に伴い偶発的に発見される副腎腫瘍(副腎偶発腫)が増加している。治療方針決定に際し,腫瘍が機能性または非機能性か,良性または悪性かの鑑別が非常に重要である。本邦における副腎偶発腫を有する3,678例の疫学調査では,50.8%が非機能性腺腫,17.6%が機能性腺腫,8.5%が褐色細胞腫,3.8%が悪性腫瘍転移,2.3%が囊胞,1.4%が副腎皮質癌,0.5%が偽腫瘍であったと報告されている[9]。副腎皮質癌は約70%が機能性,約30%は非機能性である。機能性の場合はCushing徴候や男性化徴候,血中DHEA-S値や尿中17-KSの上昇を認める。一方で非機能性の場合は自覚症状や検査所見が乏しい[10]。副腎皮質癌の発生頻度は100万人あたり0.5~2人程度と極めて稀であるが[11],平均生存期間は14.5カ月,5年生存率は16~38%とされており予後は不良である[12]。LECは画像所見が副腎皮質癌と類似している点,内分泌学的検査などに特徴がない点,腫瘍に対するCTガイド下生検は播種の恐れがあるため原則禁忌であり,以上より現在のところ術前に良悪性を判定することは困難であると考える。画像所見におけるLECと副腎皮質癌の特徴を(表1)にまとめた。LECは造影CT検査において囊胞壁や隔壁が造影されることが多い[13]。また囊胞内腔にリンパ組織が乳頭状に発育し,充実成分として認められることも報告されている[14,15]。MRI検査ではT1強調像では低信号を呈することが多いとされる。T2強調像では高信号を示すことが多いが,内部のケラチン様物質を反映して低信号を呈することもあり,内部不均一な腫瘍として描出される。拡散強調像では高信号を呈する[6,13,16]。少数ではあるが本邦で膵LECに対してFDG-PETを施行した7症例も報告されており,6例はFDGの集積を認めなかったが,1例は集積を認めた[17]。FDGは活動性の炎症部位にも集積することがあり,その1例は随伴性膵炎を伴っていたため集積が生じたと報告されている。一方で,副腎皮質癌は造影CTにおいて辺縁不整,早期濃染,遷延性濃染を示し,内部壊死を反映して不均一造影効果を呈することが多い[18,19]。MRI検査ではT1強調像,T2強調像ともに内部不均一に抽出される。出血部分は T1強調像で高信号,壊死部分はT2強調像で高信号を呈する[19]。FDG-PETの有用性も報告されており,副腎皮質癌や副腎転移を含めた悪性腫瘍における感度は93~100%,特異度は80~100%と報告されている[10]。しかし褐色細胞腫や腺腫などもFDG集積を認めることがあり注意を要する。
画像所見,LEC*と副腎皮質癌の比較。*副腎周囲に発生したLECの報告はないため,膵LECの所見となる。
腫瘍径に関しては4cmをcut off値とした場合に良悪性の鑑別は感度93%,特異度42%と報告されており,4cmを越える腫瘍の場合は外科的切除術が推奨される[20]。しかしながら4cm未満の場合でも副腎皮質癌の可能性は否定できないため慎重なフォローアップを要すると考える。副腎皮質癌は外科的切除を施行した場合も50~70%と高率に再発を認める[21]。周囲への浸潤傾向のない症例や6cm未満の副腎腫瘍は腹腔鏡下副腎摘除術が選択されることが多い。しかしながら副腎皮質癌に関しては腹腔鏡下副腎摘除術と開腹手術を比較した検討では,それぞれ無増悪生存期間(9.6カ月 vs 19.2カ月),局所再発率(35% vs 28%)と報告されており[22],慎重な術式選択が必要と考えられる。European Society for Medical Oncology(ESMO)のガイドラインでは副腎皮質癌の術式としては視野が十分に確保可能な開腹手術が推奨されている[23]。
本症例では内分泌学的検査により非機能性腫瘍と判断した。造影CT検査およびMRI検査において副腎皮質癌の可能性を否定できないと判断したが,追加検査としてFDG-PETが有用であった可能性がある。また,腫瘍径が比較的小さく(3.8cm),周囲組織との癒着を画像上認めないことから腹腔鏡下手術を選択した。幸い腫瘍はLECであったが,副腎皮質癌を想定している場合は,局所再発率や予後を考慮するならば開腹手術も選択肢にあがると考察する。LECに特異的な画像所見がない点や,膵LECと異なり術前の組織学的検査が困難であるため,現在のところ術前診断により手術を回避することは難しいと考える。今後症例集積に伴う検討で術前診断の向上につながることを期待したい。
副腎皮質癌と鑑別が困難であった副腎に隣接して発生したLECを経験した。LECの画像所見は悪性疾患と類似している所見が多く鑑別がしばしば困難となる。膵LEC同様に不要な手術を避けられるよう,今後さらに症例が集積することを期待する。
本論文の要旨は第32回日本内分泌外科学会総会(2020年9月17日,WEB・誌上開催)において誌上発表した。