2022 Volume 39 Issue 1 Pages 11-16
東日本大震災に引き続いて発生した福島第一原子力発電所事故により,主に福島県内に放射性物質が飛散し,福島県民において小児甲状腺がんが心配されたため,福島県民健康調査の詳細調査として甲状腺検査が震災の約半年後に開始された。
これまで実施された先行検査および本格検査(検査1回目)の結果において,悪性あるいは悪性疑いと診断された対象者の二次検査受診時の年齢は,ほとんどが10歳以上であり,診断例数は年齢と比例して増える傾向があったことや,推定甲状腺吸収線量と悪性あるいは悪性疑い結節の発見率との間に線量依存性が認められなかったことなどから,発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は考えにくいと評価されている。
また,甲状腺癌には生涯にわたって死亡や症状などの問題をきたさない可能性が高い甲状腺癌がみられることが知られているため,甲状腺検査においては,関係学会のガイドラインに従い,二次検査の実施基準と穿刺吸引細胞診の実施基準を設け,検査を実施している。
本稿においては,これまでの甲状腺検査の方法と進捗状況について報告するとともに,これまで得られた結果について概説する。
2011年3月に発生した東日本大震災は,東北地方の太平洋沿岸に津波による被害をもたらした。その一つとして,東京電力福島第一原子力発電所において,全交流電源喪失をもたらし,炉心溶融および水素爆発を引き起こした。その結果,福島県を中心に放射能汚染をきたしたため,福島県民において健康被害が深く憂慮され,福島県により県民健康調査が開始された。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故では,放射性ヨウ素を含む食品の摂取による甲状腺の内部被ばくにより,事故時小児だった住民に甲状腺癌が誘発されたことから,県民健康調査の詳細調査の一つとして,震災時点において福島県に在住していた18歳以下の全県民を対象として,2011年10月から福島県県民健康調査「甲状腺検査」が開始された。本稿においては,本検査の現況とこれまで得られている結果を概説する。
2011年3月11日に発生した東日本大震災の大津波により発生した東京電力福島第一原子力発電所事故では,福島県を中心に放射性物質が飛散した。しかし,福島県ではチェルノブイリの経験を踏まえ,農産物の出荷制限をかけるとともに,早期からの避難誘導を行った結果,外部被ばくおよび内部被ばくともチェルノブイリよりも低いと考えられている。福島県県民健康調査では基本調査として震災後4カ月間の居所から外部被ばく線量の推定を行い,最大被ばく例でも25mSvにとどまることを明らかにしている[1]。また,最近の研究では,水道水からの甲状腺等価線量+吸入被ばくによる甲状腺等価線量を高精度で推計する手法により,避難地域7市町村の1歳児の平均甲状腺等価線量は1.2~15mSvと報告され[2],国連科学委員会2020年報告書でも,事故後1年間の外部被ばく線量+食品(水道を含む)+吸入被ばく線量による市町村平均甲状腺吸収線量が最大約21mGy(乳幼児)と推定されている[3]。
原子力発電所事故後に,放射線被ばくによる健康被害の不安が高まったことから,福島県は福島県立医科大学に委託し,福島県県民健康調査を開始した。これには,福島県全住民に対し,震災後4カ月間の居所の調査から外部被ばく線量を推定する基本調査に加え,詳細調査として,避難区域住民に対する健康診査,心の健康度・生活習慣に関する調査,妊産婦に関する調査が行われている。それらに加え,子どもたちの健康を長期に見守るために,詳細検査の一つとして「甲状腺検査」が2011年10月から開始された[4,5]。検査は,20歳を超えるまでは2年毎,それ以降は5年毎に実施され,検査2回目以降の本格検査においては,さらに震災の翌年度(2012年度)に出生した福島県民も対象者に加えている。各回の検査にあたっては,各検査前に書面で同意を得た場合のみ実施している。
甲状腺検査は,超音波検査を実施する「一次検査」と,一次検査にてBあるいはC判定と判定された対象者に行われる「二次検査」で構成される。一次検査は,福島県内全市町村の公共施設にて行われていると共に,市町村や教育委員会などの要望により県内の学校(小・中・高)にも出張して行っている。さらに,福島県内外の認定された検査者が在籍している医療機関でも検査が受けられる体制を整えて実施している。県民健康管理センターでの超音波画像の判定により,5.1mm以上の結節あるいは20.1mm以上の囊胞を認めた場合はB判定,あるいはただちに精査が必要とされる場合はC判定とし,二次検査が勧奨される。
二次検査においても,改めて書面で同意を得た上で,実施しており,問診などの診察および詳細な甲状腺超音波検査,血液検査(TSH,Free T3,Free T4,サイログロブリン,TgAb,TPOAb)および尿検査(尿中ヨウ素)を実施している。さらに,日本超音波医学会の甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準[6]および日本乳腺甲状腺超音波医学会による診断フローチャート[7]に従い,穿刺吸引細胞診の適応と判断された受診者に限定し,超音波ガイド下穿刺吸引細胞診を行っている。
2011年度から2013年度まで一巡目にあたる先行検査が行われ,2014年度から本格検査が開始されている(図1)。現在,本格検査(検査4回目)の二次検査を実施しているとともに,新型コロナウイルス感染症蔓延の影響により期間が3年間に延長された本格検査(検査5回目)の一次および二次検査を実施中である(図1)。また,2017年度から,本格検査の一部として,5年毎に実施される25歳以降の対象者に対する検査が開始されている。2021年6月30日現在の結果の概要を表1に示す。

福島県県民健康調査「甲状腺検査」の進行
実線は各検査の主たる検査期間,破線は追加的な検査受診可能期間を示す。

県民健康調査「甲状腺検査」の結果
これまで,367,637人の対象者に対し,81.7%にあたる300,472人が一次検査を受診した[8]。そのうち2,293人(0.8%)がB判定,1人がC判定と判定され,二次検査が勧奨された(表1)。その結果,2,130人(受診率92.9%)が二次検査を受診し,これまで116例において細胞診上の判定が悪性または悪性の疑いと診断されている(そのうち1例は手術後の病理診断にて良性と診断)。
(2)本格検査(検査2回目)2巡目検査にあたる本格検査(検査2回目)が,2014~2015年度に381,237人に対し実施され,71.0%にあたる270,552人が一次検査を受診した[9]。そのうち,2,230人(0.8%)がB判定,C判定は0人であり,二次検査が勧奨された(表1)。その結果,1,877人(受診率84.2%)が二次検査を受診し,71人において,細胞診上悪性または悪性疑いと診断された。
(3)本格検査(検査3回目以降)本格検査(検査3回目)では,336,667人を対象として,64.7%の217,922人が一次検査を受診し,1,502人(0.7%)がB判定とされ,二次検査を勧奨されている(表1)[10]。そのうち,1,068人の結果が確定し,31人が「悪性ないし悪性疑い」の判定となっている。
本格検査(検査4回目)は,新型コロナウイルス感染症の影響にて検査が一部延期された影響により,検査が終了していないが,2021年6月30日現在,36人が悪性ないし悪性疑いと診断されており,検査3回目と同様の結果となっている(表1)[11]。また,25歳時の検査においても,9人が悪性ないし悪性疑いと診断されている[12]。
チェルノブイリ原子力発電所事故後に発見された小児甲状腺がんは,事故時年齢が低い程多く発見されていたが[13],福島県の甲状腺検査では,チェルノブイリの場合とは異なり,悪性あるいは悪性疑いと診断された対象者の二次検査受診時の年齢は,ほとんどが10歳以上であり,診断例数は年齢と比例して増える傾向があった。先行検査における検討では,男性では13歳以降,女性では8歳以降で年齢依存的な発見率の上昇傾向が認められており[14],この傾向は本格検査(検査1回目)も同様であった[15]。
先行検査において,悪性ないし悪性疑い結節の発見率の地域性の分析を実施したところ,統計的に有意な地理的集積性および地域指標との有意な関連性はいずれも認められなかった[16]。さらに,基本調査の個人の外部被ばく線量の結果をもとに,外部被ばく線量によって分類した地域において甲状腺がん有病率に地域差はみられなかった[17,18]。さらに,本格検査(検査2回目)の結果においても,外部被ばく線量と悪性ないし悪性疑い結節の発見率との関係性は認められなかった[19]。
しかし,原子力発電所事故では,放射性ヨウ素の取り込みと集積による内部被ばくが甲状腺がん発症の主要な要因の一つになるため, 国連科学委員会(UNSCEAR)により発表された外部被ばく線量と内部被ばく線量を合わせた市町村別推定甲状腺吸収線量と悪性あるいは悪性疑い結節の発見率との関係も解析したところ,先行および本格検査(検査2回目)において,線量依存性は認められなかった[20]。これらの結果により,福島県県民健康調査検討委員会において,先行検査と本格検査(検査2回目)においては,発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は考えにくいと評価されている[21,22]。
甲状腺癌は極めて発見率が高く,特に剖検例では,10%以上において微小な甲状腺がんが認められる(ラテント癌)[23]。さらに,成人において浸潤や転移が明らかでない1cm以下の微小乳頭癌の場合は,腫瘍増大や転移などのリスクが極めて低いことが知られている[24]。そのため,生涯にわたって死亡や症状などの問題をきたさない可能性が高い甲状腺癌の診断(疫学における過剰診断)のリスクがある悪性腫瘍の一つであると指摘されている。そのため,本邦では甲状腺がんの詳細な超音波診断に基づく細胞診の実施基準に基づく診断と必要最小限に限定された外科的治療や積極的非手術経過観察(active surveillance)が行われてきた[24]。小児~若年者の甲状腺癌についても,一般的には予後良好とされているが,active surveillanceは推奨されておらず,より慎重な対応が求められている。
甲状腺検査においては,一般的診療に準じ,関係学会のガイドラインに従い,二次検査の実施基準と穿刺吸引細胞診の実施基準を設け,過剰診断のリスク低減を図っている[25]。すなわち,一次検査において5.0mm以下の結節はA2判定とし,二次検査を勧奨しておらず,二次検査においても,5.1~10.0mmの結節では超音波所見上の悪性所見のほとんどを満たす結節のみ,10.1~20.0mmの結節では悪性所見のいずれかを認める結節に対してFNACを勧奨している。これらにより,積極的非手術経過観察(active surveillance)の適応となる超低リスク甲状腺癌の診断を可能な限り次回に延期し,過剰診断のリスクを低減する取り組みが行われている。
また,甲状腺検査後の診療においても,甲状腺腫瘍の診療ガイドライン[26]に従い,甲状腺癌の多数を占める低~中リスクの症例には片葉切除を採用している。さらに,超低リスク微小癌に該当する場合においては,対象者の同意のもと,直ちに外科的治療を行わず,暫定的に経過を観察する対応も行い,過剰治療への対策も行われている。これらの結果として,実際外科的治療を受けた症例において,ガイドライン上[26],経過観察が可能な超低リスク微小乳頭癌症例は極めて少なく,適切な対応が行われていると考えられている[27]。
福島における原子力発電所事故から10年以上経過しているが,現在も放射線の健康被害を心配されている方は少なくなく,今後も継続した取り組みが必要である。日本内分泌外科学会の会員の皆様には,これまでの甲状腺検査へのご理解とご協力に感謝申し上げるとともに,今後も引き続きご支援をいただければ幸甚である。