2022 Volume 39 Issue 2 Pages 105-109
PPGLに対する治療の第一選択は腫瘍摘出であり,薬物治療は術前治療あるいは切除不能性に対する慢性治療として施行される。PPGLの診断が確定したら速やかにα受容体遮断薬を開始し,頻脈に対してβ受容体遮断薬を併用する。交感神経受容体遮断薬で十分な治療効果が得られない症例にはメチロシンを併用する。PPGLの根治治療は未だ存在せず,治療目標はカテコールアミン過剰症状のコントロール,無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)の延長である。手術困難例では抗腫瘍治療として化学療法,対症療法としてαβ受容体遮断薬やメチロシンの内服が行われる。海外ではチロシンキナーゼ阻害薬,Mammalian target of rapamycin(mTOR)阻害薬,免疫チェックポイント阻害薬が試みられている。
褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PPGL)はクロム親和性細胞から発生する腫瘍である。生化学的あるいは病理学的に良悪性の鑑別や転移・再発の予測が困難であるためWHO内分泌腫瘍分類[1]では悪性腫瘍に分類されているが,約70~90%は単発性で生涯にわたり再発・転移がなく,早期診断,早期治療により治癒する可能が高い。一方,PPGLの約10~30%は遠隔転移が認められ臨床的に悪性と診断される。PPGLに対する治療の第一選択は腫瘍摘出であり,薬物治療は術前治療あるいは切除不能性に対する慢性治療として施行される。
PPGLの診断が確定したら速やかにα受容体遮断薬を開始する。α受容体遮断薬は少量から開始し漸増する。米国内分泌学会の診療ガイドライン[2]では手術や侵襲的処置の少なくとも7~14日前から開始することが推奨されている。起立性低血圧を生じるリスクがあることから,特に高齢者では漸増時に注意を要する。カテコールアミン非産生PPGLでは術前のα受容体遮断薬は必須ではないが,血中カテコールアミン分画やメタネフリン分画が基準値内であってもカテコールアミン非産生とは確定できないため,術中の高血圧クリーゼの予防のために低血圧をきたさない用量での術前投与を検討する。
本邦で承認されている経口α遮断薬はすべて選択的α1受容体遮断薬で,非選択的α受容体遮断薬は静注薬のフェントラミンのみである。血圧,脈拍コントロールに関しては選択的α1受容体遮断薬と非選択的α受容体遮断薬との間に明確な効果の差はないとされている。一方,カテコールアミンは腸管のα2受容体を介して腸蠕動を抑制するため,慢性的なカテコールアミン過剰による重症便秘やイレウスにはα2受容体遮断が必要であり,フェントラミンの点滴静注を要することが多い。術中の血圧コントロールや高血圧クリーゼ治療にもフェントラミン点滴静注を使用する。
PPGLに対するβ受容体遮断薬の単独投与は血圧上昇を誘発するため禁忌である。α受容体遮断薬単独投与によりβ受容体刺激が増強されると頻脈を生じる。この場合にβ受容体遮断薬を併用する。β受容体遮断薬はβ2受容体遮断が望ましくない喘息などの合併症がなければ非選択性がよい。
初期治療をαβ受容体遮断薬で開始する場合があるが,多くのαβ受容体遮断薬はα遮断作用よりβ遮断作用が優位であるため注意が必要である。特にカルベジロール,アロチノロールは,添付文書上,未治療の褐色細胞腫には禁忌である。
カテコールアミン合成阻害薬であるメチロシンは,カテコールアミン生合成の律速段階であるチロシンからドーパへの変換を担う酵素(チロシンヒドロキシラーゼ)を競合的に阻害する(図1)。本薬はPPGLにおける高カテコールアミン血症に対し1979年に米国で承認された。本邦では2015年に第Ⅰ相/第Ⅱ相臨床治験が行われ,2019年に承認された。良悪性を問わず,既存の交感神経受容体遮断薬による治療では十分な治療効果が得られていない症例,外科手術前の処置,外科手術が適応とならない患者の管理,悪性褐色細胞腫患者の慢性的治療に対して保険が適用されている。本邦における臨床治験[3]では16例に12週間の投与が行われ,12例(慢性投与群9例,術前投与群3例)が試験を完結した。尿中メタネフリン分画は平均約45%減少し,31.3%の症例で50%以上減少した。全症例の50%で症状の改善がみられた。また尿中メタネフリン分画減少が約40%であったものの,重症便秘が著明に改善した症例もみられた。
カテコールアミン生合成経路とメチロシンの作用部位
術前治療としてのα受容体遮断薬とメチロシンの併用に関しては,α受容体遮断薬単独より併用の方が術中の血圧・血行動態コントロールが良好で,降圧薬または昇圧薬,補液の必要性が減少し,術後合併症が減少したという報告[4,5]と,メチロシン併用群ではα受容体遮断薬単独群より術中の血圧過上昇,過低下が大きかったという報告[6]がある。いずれも後ろ向き研究であるためさらなる検証が必要である。
メチロシンの効果は用量依存性があるが,最大用量を用いても完全なカテコールアミン合成抑制は得られない。また腫瘍内に蓄積しているカテコールアミン放出による高血圧クリーゼを防ぐことはできない。
メチロシンは血液脳関門を通過するため,脳内カテコールアミン合成が抑制され,眠気,鎮静,抑うつ,不安感,乳汁分泌,錐体外路症状などの中枢神経症状が副作用として出現する可能性がある。本邦での臨床治験時の主な副作用はGrade3以下の眠気・傾眠傾向で,16例中13例にみられた[3]。
悪性PPGLの根治治療は未だ存在しない。PPGLは他の悪性腫瘍と比べて比較的進行が緩徐で,初回診断時から死亡までの経過が数十年と長期にわたる症例もみられる。そのため再発,転移を有する症例の治療目標はADL低下の原因となるカテコールアミン過剰症状のコントロール,無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)の延長である。手術困難例では抗腫瘍治療として化学療法,対症療法としてαβ受容体遮断薬やメチロシンの内服が行われる。
1)化学療法手術困難例では全身的治療である化学療法(CVD療法)を考慮する。1988年,AverbuchらはPPGLが神経芽細胞腫と同じ神経原性腫瘍であることから両者は同様の臨床的,生物学的特徴を有すると考え,神経芽細胞腫に対し有効性の高いCyclophosphamide,Vincristine,Dacarbazine併用によるCVD療法を悪性PPGLに応用した。本邦ではそれぞれの薬剤のPPGLへの保険適用が2013年に承認された。2014年に発表された4つのコホート研究のメタ解析[7]によると,計50例の検討で腫瘍容積の反応性は完全奏効4%,部分奏効37%,不変14%,2つのコホート研究からの計35例の検討で生化学的(カテコールアミン)反応性は完全奏効14%,部分奏効40%,不変20%であった。有効例のPFSは2つのコホート研究から引用され,それぞれ平均20カ月[8],4カ月[9]であった。SDHB遺伝子変異を有する症例において有効性が高いことが報告されている[10]。一方,長期的な効果については,CVD治療例とCVD未治療例との予後を比較した検討が少ないため不明であり,化学療法が生存率の改善に寄与するという証拠は得られていない。
2)分子標的治療細胞傷害により標的組織の増殖を抑制する従来の抗癌薬に対して,近年,細胞増殖に関与する特定の因子を阻害し,標的組織の増殖を抑制する分子標的治療薬が各種の悪性疾患に臨床応用されている。海外では悪性PPGLに対する分子標的治療薬治療が試行されている。
a.チロシンキナーゼ阻害薬
チロシンキナーゼ阻害薬であるSunitinibは血管新生抑制作用,抗腫瘍作用を発揮する。本薬はキナーゼシグナル伝達系に関与する遺伝子の変異を有するクラスター2(表1)に属する症例での効果が期待される。しかし低酸素シグナル伝達系に関与するSDHx遺伝子の変異を有するクラスター1(表1)に属する症例でも効果が報告されており,その機序として,SDHx遺伝子変異に伴う細胞内低酸素経路亢進,活性酸素産生増加,正常酸素下でのhypoxia-inducible factor(HIF)-α亢進,VEGFなどの血管新生因子の活性化の抑制が示唆されている。Sunitinibの長期成績はまだ明らかではないが,17例を対象とした臨床研究[11]および25例を対象とした前向き第二相臨床試験[12]の結果は,病勢コントロールの有効性がそれぞれ57%,83%,第二相臨床試験におけるPFS 13.4カ月であった。
PPGL関連遺伝子
Sunitinibの本邦における一般的な重篤な副作用として心室性不整脈,骨髄抑制(血小板減少),播種性血管内凝固症候群,膵炎が挙げられる。また,重篤ではないが,手掌・足底の皮膚病変(手足症候群),甲状腺機能低下症も特徴的である。
Sunitinibの効果に反して,別のチロシンキナーゼ阻害薬であるImatinibは悪性PPGLに有効でなかったとの報告[13]がある。Pazopanibも臨床治験が進められていたが,対象6例において悪化4例,2例でたこつぼ心筋症を合併する高血圧クリーゼを発症し試験が中止された。各種薬剤の有効性の判定にはさらに臨床試験を重ねる必要がある。
b.Mammalian target of rapamycin(mTOR)阻害薬
mTORは低酸素によるHIFの活性化経路を促進的に調節している。mTOR 阻害薬によるHIF阻害を介した血管新生抑制,腫瘍増殖抑制は悪性PPGLにおいて有効であると推測され海外で臨床治験が施行されたが,Everolimusの臨床試験で対象7例において悪化2例,不変5例,PFS 3.8カ月でありCVD治療を上回る有効性はみられなかった。副作用として間質性肺炎,免疫抑制作用によるウイルス性肝炎,結核などの感染症悪化,腎障害,骨髄抑制などがみられる。
3)免疫チェックポイント阻害薬低酸素・偽低酸素状態は腫瘍組織に対する免疫反応を低下させることが報告されている。悪性PPGLでは腫瘍発育の基盤に低酸素・偽低酸素状態が存在することから,免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待され,米国でPembrolizumabの臨床試験が行われた。11例に対する第二相臨床試験[14]の結果は,臨床的有効割合73%であったが,全奏効率9%,PFS 5.7カ月,腫瘍の進行により経過中に55%の患者が死亡した。2例では明らかな腫瘍縮小がみられ有効性が高かった。この結果から,本薬は第一選択の治療とはなりえないが,今後,有効な症例の遺伝子変異を含めた臨床的背景の解析,他の薬剤との併用などが試みられると考えられる。
4)骨転移治療悪性PPGLは骨転移の頻度が高い。骨転移は易骨折,疼痛,脊髄圧迫による機能障害の原因となりADLを低下させる。このため,骨折予防,疼痛緩和目的で放射線外照射療法,ビスフォスフォネート,デノスマブ,オピオイド系鎮痛薬による治療を検討する。
各種固形癌の骨転移に対しビスフォスフォネート,デノスマブが有効性である。骨折予防,疼痛緩和,高カルシウム血症の予防に有効であるが,乳癌では直接抗腫瘍作用を示すことが報告されている。悪性PPGLの骨転移による骨病変に対しても保険適用があるが,有効性は不明である。
PPGLは稀少疾患であること,ほとんどの症例は初発腫瘍の摘出術により治癒することから,約10年前まで診療における大きな進歩がなかった。しかし近年は特に悪性例に対する診療の質が向上する進歩がみられている。一方でいまだ悪性例の診断,治療には課題が残ることから,多施設共同のさらなる取り組みが必要である。