2022 Volume 39 Issue 2 Pages 82-86
術前から声帯麻痺を認める甲状腺癌反回神経浸潤症例はやや悪性度が高い腫瘍であり,術後療法を考慮して甲状腺全摘術が選択されることが多い。一方,すでに一側声帯麻痺があるため,甲状腺全摘術によって一過性でも健側の声帯麻痺を合併すると,両側声帯麻痺に対する気道確保目的に気管切開を要する可能性が高く,著しく患者の負担が増えることとなる。当院では,2011年以降に,術前に声帯の不全あるいは完全麻痺を伴った甲状腺癌147症例に対して,術中神経モニタリング使用下に甲状腺全摘術を施行した。声帯麻痺の程度,術中所見,反回神経の処理法,およびその結果を後方視的に分析した。気管浸潤による気管合併切除を要した24例を除いた123例中,気道確保目的に気管切開状態となったのは4例(3.3%)であった。術前に十分なinformed consentを得た上であれば,一期的甲状腺全摘術は容認できると考えられる。
術前から声帯麻痺を認める甲状腺分化癌反回神経浸潤症例に対して,当院では,診療ガイドライン[1]に準じて甲状腺全摘術を基本術式としてきた。このような症例では,特に健側反回神経の機能温存に努め,両側声帯麻痺による気管切開を回避したい。その対策として,①嗄声など症状の有無にかかわらず,術前に喉頭鏡検査を施行して,声帯運動の状態を把握する,②術前または術中に声帯麻痺を認めた場合,術中神経モニタリング装置によって,両側の反回神経機能を確認することが必須と考えている。本研究では,術前に声帯麻痺を伴った甲状腺癌147症例について後ろ向きに調査し,当院のこれまでの手術方針の妥当性について検討した。
対象は,甲状腺手術歴がなく,2011年1月から2021年5月までに未分化癌を除く甲状腺癌の診断にて手術を施行した9,357例のうち,術前から一側声帯完全麻痺または不全麻痺を認めた147例(1.6%)。術前後喉頭鏡所見,術中神経モニタリング所見,反回神経の処理法(剝離温存,切除および再建の有無),他臓器浸潤の有無,気管浸潤症例に対する処置,周術期気管切開の有無,について検討した。全例,神経刺激装置にはNIM-Response 3.0TMを使用し,2012年3月以降の症例では,電極付き気管内挿管チューブを全例で使用した。持続神経モニタリング用のAPS電極TMを使用したのは1例のみであった。
患者背景を表1に示す。年齢中央値は66歳,男女比は42:105で女性が多かった。術前診断はほとんどが甲状腺乳頭癌で,病理組織診断結果も術前診断と同様であった。術前喉頭鏡所見では,50例で患側の声帯不全麻痺,98例で完全声帯麻痺(1例は重複)を認めた。全例で甲状腺全摘術およびD1郭清が施行され,71例でD2郭清(2例は上縦隔郭清を含む),28例でD3郭清(2例は上縦隔郭清を含む)が追加されていた。術中神経モニタリング用の電極付き気管内挿管チューブは122例で使用され,25例では電極の付属していない通常の気管内挿管チューブを使用したが,NIM-Response 3.0TMを使用してLaryngeal Twitch法にて声帯筋の反応を評価した。

患者背景
対象147症例において,148側の反回神経への甲状腺癌浸潤を認めた。1症例のみ両側反回神経浸潤を認めた。図1に術中声帯筋反応と反回神経に対する処置および結果について示す。電気刺激による患側の声帯筋収縮反応(Laryngeal twitchまたは筋電図モニターで確認)を認めたのは47側(32%),反応を認めなかったのは101側(68%)であった。術前喉頭鏡所見で声帯不全麻痺であった50側では,術中反回神経刺激による声帯筋反応を27側(54%)で認めた。一方,声帯完全麻痺であった98側でも,術中声帯筋反応を20側(20%)で認めた。患側反回神経の処置として,14側(声帯筋反応を認めた47側中30%,全148側中9%に相当)で神経を腫瘍から剝離温存したが,術後声帯運動が回復したのは6例であった。一方,134側(91%)では,腫瘍とともに反回神経合併切除を施行した。合併切除した反回神経のうち,124側(93%)で反回神経再建術を併施した。

術前声帯麻痺症例における術中声帯筋反応,反回神経に対する処置および結果
反回神経以外の他臓器浸潤部位および症例数を表2へ示す。他臓器浸潤部位としては,食道筋層が最も多く60例,ついで気管が58例,内頸静脈が16例であった(重複あり)。反回神経のみに浸潤を認めたのは49例(33%)であった。気管浸潤を認めた58症例の気管に対する処置は,気管部分層切除27例,気管全層切除および一期的気管縫合形成7例,気管全層切除および気管皮膚瘻造設24例であった。

反回神経以外の他臓器浸潤部位および症例数
気管浸潤による気管合併切除に伴い気管皮膚瘻造設術を施行した24症例を除いて,周術期に気道確保目的に気管皮膚瘻造設術を4症例で施行した(表3)。1例目は,健側反回神経の術中誤結紮による健側一過性反回神経麻痺に対して,気管皮膚瘻造設術を併施した。その後,健側声帯運動が回復し,術後1年で気管皮膚瘻閉鎖術を施行した。2例目は,気管内挿管チューブ抜管後,喉頭鏡検査にて健側反回神経の麻痺は認めなかったものの,上気道閉塞症状が強く,再挿管の後,気管皮膚瘻造設術を併施した。術後3カ月で気管皮膚瘻は自然閉鎖した。3例目は,術翌日に上気道閉塞症状が出現,喉頭鏡検査で健側声帯不全麻痺を認め,同日気管皮膚瘻造設術を施行した。声帯麻痺改善後の術後3カ月後に気管皮膚瘻閉鎖術を施行した。4例目では,一度退院後の術後9病日に,創内出血にて全身麻酔下に止血術を施行した。この際,抜管後に上気道閉塞症状が出現し,喉頭鏡検査にて健側声帯不全麻痺を認めたため,気管皮膚瘻造設術を併施した。術後9カ月後に気管皮膚瘻は自然閉鎖した。上記4症例において,気管皮膚瘻造設術により,放射線ヨウ素内用療法などの治療が遅れ,病状の進行をきたしたと思われる症例は認めなかった。

両側声帯麻痺または上気道閉塞に対して気管皮膚瘻造設術を併施した4症例
甲状腺乳頭癌の手術治療において,Ex2に相当する反回神経浸潤を認める症例は,反回神経以外の複数臓器に浸潤が認められることが多く,悪性度の高い腫瘍である[2]。またこのような症例では,術後に放射線ヨウ素内用療法や他の術後療法が必要となる可能性が高く,甲状腺全摘術が推奨される[3]。一方,術前から片側声帯麻痺が認められる症例において一期的に甲状腺全摘術を施行した場合,一過性であっても健側の声帯麻痺を合併すると,両側声帯麻痺による上気道閉塞のリスクが高頻度に生じ,気管切開などの気道確保が必要となる可能性が高い。一時的であっても,気管切開状態となることは入院期間が延長する上に,患者にとってQuality of lifeを著しく低下させるため,極力避けたい合併症である。本研究の症例シリーズでは,術前から声帯麻痺を認める甲状腺癌反回神経浸潤症例147例に対して,全例で一期的に甲状腺全摘術を施行したが,気管浸潤により気管皮膚瘻造設術を施行した24例を除く123例中,気道確保目的に気管皮膚瘻造設術を要したのは4例(3.3%)のみであった。また4例とも後日,気管皮膚瘻は閉鎖できた。
術前から片側声帯麻痺がある甲状腺癌症例において,当院では健側の反回神経損傷を防ぐため,近年普及してきている術中神経モニタリング装置NIM-Response 3.0TMを使用しながら,健側の反回神経をできるだけ愛護的に剝離温存することに努めている。また術前に嗄声症状がなくても,甲状腺癌浸潤により不顕性に患側声帯麻痺をきたしている症例もあることから,当院では甲状腺癌症例における術前喉頭鏡検査を必須としている[4,5]。術前に両側声帯運動の状況を把握することにより,もし患側声帯麻痺が存在した場合,健側反回神経を温存するための手術戦略をより立てやすくなるからである。本研究シリーズにおいて,両側声帯麻痺または上気道閉塞症状による気道確保が必要となった症例が少ないことには,上記の要因が影響していると考えている。
近年の術中神経モニタリング装置の普及に伴い,国際神経モニタリング研究グループは2018年にガイドラインを発表し,術中神経モニタリングを用いた浸潤性甲状腺癌における反回神経の取扱いについて,具体的なアルゴリズムを示した[4]。これによると,術前から片側声帯麻痺を伴う甲状腺全摘術を予定している患者においては,健側から手術を開始し,健側反回神経の健全性を確認したうえで,患側の切除へ進むことを推奨しており,術前声帯麻痺のある反回神経でも術中,電気刺激に対する声帯筋反応がある場合には温存することも選択肢としている[4,6]。本研究シリーズでも術前から声帯麻痺を認めた148側中,47側で術中に声帯筋反応を認め,14側で腫瘍から反回神経の剝離温存を施行した。14側中,術後に声帯運動が回復したのは6側であったが,術前に声帯麻痺を認めても術中に声帯筋反応が認められる場合には,剝離温存を試みる価値があることを示していると考えられる。
一方,このアルゴリズムに従い健側から手術を開始しても,もし健側で一過性でも反回神経麻痺を起こしてしまうと,両側声帯麻痺による上気道閉塞症状に対して気管切開などの緊急処置が必要となる可能性が高い。両側声帯麻痺を回避するためには,健側反回神経麻痺を回避することが何より重要であるが,これをより高い確率で達成するためにも術中神経モニタリングは有用である。また最近,友田らは術前から声帯麻痺のある甲状腺乳頭癌症例において,患側葉切除中に健側反回神経へのダメージを,APSTM電極を使用した持続モニタリングにより確認し回避できた症例を報告した[7]。この報告では,患側葉切除中に喉頭を健側へ脱転する操作を行ったところ,健側迷走神経刺激による声帯筋電図反応の振幅値が低下したため,脱転操作の中断と再開を繰り返しながら患側葉切除を完遂することで,健側反回神経麻痺を回避できたとしている。本研究症例シリーズでは,APSTM電極を使用した持続モニタリングは1症例のみでしか施行しておらず,また患側葉切除中には運用していなかった。術前に片側声帯麻痺が確認された場合には,術中神経モニタリング装置を駆使して健側の反回神経の健全性を随時確認しつつ行う手術手技が重要と考えられた。
①癌浸潤を患側反回神経のみに認めたのは49例(33%)であり,その他の症例(67%)では,気管,食道など他臓器浸潤も併存していた。
②患側反回神経を剝離温存できた症例は14例(9%),術後声帯運動が回復したのは6例(4%)であった。
③気管浸潤により気管皮膚瘻造設術を施行した24例を除く123例中,気道確保目的に気管皮膚瘻造設術を要したのは4例(3.3%)であった。
④気管浸潤がなく気管皮膚瘻造設術を施行した4症例は,後日,全例気管皮膚瘻を閉鎖できた。
本研究シリーズでは,術前から声帯麻痺を認める甲状腺癌反回神経浸潤症例に対して147例で一期的甲状腺全摘術を施行し,気管浸潤以外の理由で気管皮膚瘻を要したのは4例(3.3%)であった。術前に十分なinformed consentを得た上であれば,一側声帯麻痺を伴う甲状腺癌に対して,一期的甲状腺全摘術は容認できると考えられた。