2022 Volume 39 Issue 2 Pages 93-98
褐色細胞腫(pheochromocytoma)/傍神経節腫(paraganglioma):PPGLは各々,副腎髄質,傍神経節細胞より発生する腫瘍である。PPGLは本世紀に至り遺伝的背景の研究の急速な進歩により,その概念が全く変わった疾患である。その理由としては下記の2点に集約されよう。(Ⅰ)新しい原因遺伝子SDHBおよびSDHDを初めとして多数の原因遺伝子の同定により,遺伝性の頻度が10%を遥かに上回り,約30~40%であることが明らかにされた。(Ⅱ)悪性化と密接に関係する遺伝子(SDHB)が発見されたこと。
すなわち,PPGLの診療においては遺伝子診断により,症例毎に「悪性(遠隔転移)」「再発・多発」のリスク評価のうえ,個別化した医学的管理を行うことが求められる。今後のがんゲノム治療時代の新たな問題として,ガン遺伝子パネルの2次的所見(secondary findings:FS)で同定されるPPGL遺伝子変異が挙げられる。
褐色細胞腫は,クロム親和性細胞が腫瘍化したものである。英語名のpheochromocytomaはギリシャ語のPheo-chrom(黒ずんだ色,つまりクロム酸塩で黒ずんで染まる細胞)に由来する。副腎髄質から発生したものを褐色細胞腫,傍神経節(腹腔動脈沿い・腹腔内・骨盤腔後壁などにあるクロム親和性細胞)から発生したものをパラガングリオーマと呼んで区別することがある(褐色細胞腫・パラガングリオーマpheochromocytoma/paragangliomaをPPGLと略す)。病態は昇圧をきたすホルモンであるカテコ―ルアミンを過剰に分泌することに起因する高カテコールアミン血症である。同ホルモンやその代謝産物の過剰の証明は診断の基本となる。原因として最近注目されているのは,遺伝子の変異による遺伝性(家族性)の褐色細胞腫・パラガングリオーマである。本稿ではPPGLの遺伝子診断に関する諸問題を中心に概説する。
疫学としては高血圧患者10万人に対して1~2人程度の有病率と推定されている。男女差はなく,いずれの年齢にも発症しうるが,30~50歳代に多い。本邦でのPPGL患者は2,920例で,そのうち11%(320例)が悪性であった(2009年厚生労働省研究班)。
診断については,ここでは個々については詳しく述べないが,本稿で扱う「遺伝子診断」の診断・治療全体における立ち位置を示す(表1)。ちなみに,ホルモン測定法としては新規の検査である「血中遊離メタネフリン測定法」が,検査能に優れかつ外来の採血のみで済むため勧められる(メモ参照)。
PPGLの診断と治療の基本的な流れ
PPGL診断-治療の全体における本稿でとり上げた遺伝子診断の立ち位置を黄色示す。
●遺伝形式は常染色体優性遺伝
原因遺伝子の主なものは,SDHA,SDHB,SDHC,SDHD,SDHAF2,FH,RET,VHL,TMEM127,MAX,NF1である。これらの遺伝子はマイクロアレイ解析による遺伝子発現プロファイリングにより,主に2種類の「Cluster 1」と「Cluster 2」に分類される[1,2]図1(最近「Cluster 3」と呼ばれるMAML3融合遺伝子とCSDE1遺伝子の体細胞変異によりWnt-ß-cateninシグナルが賦活化する経路も報告されているが,実態は不明なので今回は述べない)。
PPGLの分子生物学的発症機序
原因遺伝子はマイクロアレイ解析による遺伝子発現プロファイリングにより,主に2種類の「Cluster 1」と「Cluster 2」に分類される。「Cluster 1」に属する遺伝子(SDHA,SDHB,SDHC,SDHD,SDHAF2,FH,VHL)の病的バリアントで発症する症例では,パラガングリオーマの症例が多く病状が進行性で悪性化しやすい。他方,「Cluster 2」に属する遺伝子(RET,TMEM127,MAX,NF1)の病的バリアントで発症する症例は(副腎)褐色細胞腫が多く,「Cluster 1」に比較すると病状はマイルドで悪性化が少ない傾向にある[1]。最近「Cluster 3」と呼ばれるMAML3融合遺伝子とCSDE1遺伝子の体細胞変異によりWnt-ß-cateninシグナルが賦活化する経路も報告されているが,実態は不明なので今回は述べない。
●「Cluster 1」はpseudo-hypoxia(偽性低酸素)が病態の核心であり,HIFs(hypoxia-induced factors)の活性化に関連した遺伝子VHL,TCA-cycleを構成する酵素をコードする遺伝子であるSDHx(SDHA,SDHB,SDHC,SDHD,SDHAF2をまとめた総称)やFHが含まれる。「Cluster 2」はチロシンキナーゼ受容体の活性に関連した経路であり,RET,NF1,TMEM127,MAXなどが含まれる。
●「Cluster 1」に属する遺伝子の病的バリアントで発症する症例では,パラガングリオーマの症例が多く病状が進行性で悪性化しやすい。他方,「Cluster 2」に属する遺伝子の病的バリアントで発症する症例は(副腎)褐色細胞腫が多く,「Cluster 1」に比較すると病状はマイルドで悪性化が少ない傾向にある[1]。
2)PPGLの10%ルールは20世紀までの古い格言か?PPGLは10%病とも呼ばれる。すなわち10%は,遺伝性・両側・副腎外・悪性というものである。ところで,今世紀を迎えて,ことに遺伝性の頻度10%に関しては,この有名な法則よりも遥かに高頻度であることが明らかになった[1]。最近の米国内分泌学会のガイドラインにおいて200例以上の症例を対象にした論文を用いてメタ解析を行い,遺伝性の頻度は33.8%(1,250/3,694)と報告された[3]。すなわち,遺伝性の頻度に関して既にこの有名な古典的な法則は現在の実情に沿わない。既に遺伝性の頻度は30~40%という知見は国際的なコンセンサスとなっている[1,3]。
PPGLの遺伝的背景の本邦の大規模な研究報告は,これまで皆無であった。今回,著者らが筑波大学で解析を担当した2007~2020年にかけての大規模な解析結果について報告する。
(1)発端者370例中病的バリアント陽性例は120例で,陽性率は32.4%である。陽性者の内訳は,SDHB(47.5%)・SDHD(22.5%)・VHL(15.0%)が多かった(図2-A)。本邦においても遺伝性はやはり10%を遥かに上回っており,遺伝的なバックグランドを持つPPGLは本邦でも決して稀な疾患ではない。
本邦のPPGL遺伝子診断の最近の現状(筆者らのデータ)[4]
A.日本のpheochromocytoma/ paraganglioma(PPGL)における遺伝性の頻度(筆者らの解析1997年~2021年)
本邦においてもPPGL全体の32.4%は遺伝性であり,10%を遥かに上回った。
B.一見散発性(Apparently sporadic:AS)であっても24.8%に遺伝性が潜在していた。
C.本邦におけるSDHB変異と悪性化の関係
D.部位別の変異保有率と内訳
片側PCCは変異の頻度は低い。HNPGLも50%で変異が陽性であり,かつSDHDだけではなくSDHBも多い。BiPCCとMultifocalは変異頻度が高く,原因遺伝子はVHLが多い。
家族歴が明らかでない場合でも,安易に散発性と診断するべきではない。事実,図2-Bに示すように,家族歴がなく一見散発性(一見散発性に見えること;apparently sporadic pheochromocytomas:AS,またはnonsyndromic pheochromocytomasとも呼ばれる)であっても24.8%に遺伝性が潜在していた。理由としては,PPGLの原因遺伝子にはSDHBのように浸透率が低いもの(浸透率は約3割とされる)や,SDHDのように父親由来で変異が伝わった場合のみに発症する遺伝子が含まれており,家族歴が不明な原因になっている。
3)SDHBの病的バリアントで発症するPPGLは日本でも悪性化と関連する。SDHBの病的バリアント陽性例では高率に遠隔転移(つまり悪性PPGL)を引き起こすことは重要である[1,3]。現在までSDHBバリアント陽性の場合,悪性に至る割合は約30~40%程度と報告される。筆者らのデータを図2-Cに示す。SDHB病的バリアント保持患者中悪性化したのは36.8%であった。以上の結果は,日本においても悪性褐色細胞腫の発症はSDHB病的バリアントと密接に関連していることを示す。
メ モ.「悪性褐色細胞腫」という用語について
PPGLは他の内分泌腫瘍に比して,肺・肝臓・骨などに遠隔転移する(悪性化)症例が多く(約10~20%),一旦悪性化すると難治性になり根治できない。この点が重視されて,2017年のWHOの内分泌腫瘍分類において,褐色細胞腫に関する記載が大きく変更された。特に,(1)第3版に存在した良性と悪性の分類がなくなり,褐色細胞腫は基本的に悪性腫瘍と位置付けられた,(2)TNM分類が掲載された,点が挙げられる。すなわち,「潜在的な悪性腫瘍」と位置づけられた[5~7]。従って今後は「良性」の表現は用いない。ただし「悪性」は長い間,実地臨床の場でなじんだ表現でもある。従って,本稿でもあえて過渡期であり混乱を避ける意味で,「遠隔転移を生じたPPGL」と表記せず,従来と同様に「悪性PPGL」と表記する。
4)どのような症例が遺伝子診断の適応があるか。最近,次世代シークエンサー(NGS)により複数の原因遺伝子を同時に一度で解析可能な時代が到来している。筆者らも2021年の4月からPPGLの12原因遺伝子が解析可能なオリジナルNGSパネルを開発して,その運用を開始している(表2)。他方,PPGLの遺伝性の頻度は極めて高いものの,現時点では遺伝子診断をPPGLの全症例に行うことは,費用対効果を考えると推奨できない。
2022年4月~ PPGLの遺伝子パネル検査の研究受託開始のお知らせ。
図2-Dに示すように,本邦でも若年(35歳以下)・副腎外(パラガングリオーマ),両側性・多発性・悪性の症例は,遺伝性のバックグラウンドが潜在している場合が多いため,一度は遺伝性を疑うべきである[1,4]。他方,最も多い病型である片側副腎の場合,遺伝性の頻度は10%をやや超える程度である。
●血縁者への対応
PPGLにおける原因遺伝子と臨床像との関連性が判明してきつつある。つまり,発端者においてどの原因遺伝子に病的バリアントが同定されるかにより,at riskの血縁者に対する発症前診断の意義が異なり,臨床的マネージメント(サーベイランス)についても個別化対応につながることになる。
5)がんゲノム治療時代の新たな問題;2次的所見(secondary findings:FS)で同定されるPPGL関連遺伝子バリアント2次的所見(secondary findings:FS)について具合的に説明をすると,たとえば,ガンの治療薬選択の目的で十種の遺伝子を同時に調べるガン遺伝子パネル検査で本来目的としない想定外の遺伝子に,病的な生殖細胞系列のバリアントが見つかる場合を指す。このような2次的所見として,予期せずにPPGLの原因遺伝子が同定される場合が本邦でも報告されている。がん遺伝子パネル検査を受けたがん患者本人や家族にとっては,本来目的としない想定外の遺伝子に病的バリアントが見つかった場合の困惑は大きい。まして,PPGLという「耳にしたこともない病気の遺伝子のバリアントが見つかった」と知らされても,なおさら,困惑は大きいはずである。特に家族については意図しないで,PPGL発症前診断をしたことに等しい。今後,生殖細胞系列所見から同定されたPPGL発症前バリアント保持者についても具体的な対応法の整備が求められる[8]。
PPGL診療においては,遺伝子診断により症例毎に「悪性(遠隔転移)」「再発・多発」のリスク評価のうえ,個別化した医学的管理を行うことが求められる。今後,がんゲノム治療時代の新たな問題として,ガン遺伝子パネルの2次的所見で同定されるPPGL遺伝子バリアントの取り扱いが挙げられる。
メ モ
血中遊離メタネフリン測定法(血中遊離メタネフリンおよび同ノルメタネフリンを測定する検査法の通称)[9,10]
①日本人褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PPGL)患者においても,血中遊離メタネフリン測定法は尿中メタネフリンおよび同メタネフリン測定法(従来法のゴールドスタンダード)に比して非劣性であり,診断に有用なことが証明された。
②血中遊離メタネフリン測定法は感度が最も高いので,褐色細胞腫の疑われる患者に対してfirst screening(第一の検査)としての診断に最も適している。また,一回の採血のみですむこと(酸性蓄尿のために入院不要)を考えると外来診療で非常に使いやすい。
③以上の利点より血中遊離メタネフリン測定法は2019年1月1日に保険収載された。