Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Dynamic prognostic risk factors of thyroid carcinoma
Akira MiyauchiYasuhiro Ito
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2022 Volume 39 Issue 3 Pages 194-198

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抄録

甲状腺分化癌の予後因子には術前,術中,術後に分かる多数の予後因子があり,これらはいずれもその時点における最適の疾病管理のために重要である。しかし,これらの因子はいずれもある時点における腫瘍の状態や患者の状態を示す静的な因子である。甲状腺髄様癌における血中カルシトニン値,甲状腺乳頭癌における血中サイログロブリン値およびその変動は一般的には術後に判明するものであるが,これらの継時的変動から求められるカルシトニン・ダブリングタイム,サイログロブリン・ダブリングタイムは上記の静的予後因子よりはるかに強力な動的予後因子である。さらに,この考え方を利用すると個々の患者の予後を数量的に予測することもできる。癌診療における必須のツールである。

はじめに

この特集は,「甲状腺分化癌における予後因子」について現状の知見を解説するものである。一般的に,甲状腺分化癌とは乳頭癌と濾胞癌を指すが,高悪性度の腫瘍である低分化癌と未分化癌との対比として広義には甲状腺髄様癌も含まれる。これらの腫瘍の適切な疾病管理のためには,その腫瘍の進展度と生物学的性質を知り,適切な治療を行い,治療後にはその効果を評価し,その後の予後を予測することが必要である。大変重要なことであるが,乳頭癌,濾胞癌,髄様癌と病理学的に分類診断されても,それぞれの腫瘍の生物学的性質,特に腫瘍の進行の早さには想像以上の大きいばらつきがある。したがって,本稿で述べるように術後の予後予測と適切な対応のためには,ダブリングタイム(Doubling Time,DT),ダブリングレート(Doubling Rate,DR)の考え方が必須である。

1.診療経過とともに変化する予後因子の評価方法

甲状腺癌の治療において経過とともに予後因子の評価方法が大きく変化する(表1)。術前に分かる予後因子はcTNM,年齢,性別であり,細胞診所見も参考となる場合がある。術中に分かる因子としては,原発巣と転移リンパ節における周囲組織への浸潤,sEx,sLN-Exがある。術後に病理組織検査で分かる予後因子には,pTNM,腫瘍の分化度,血管侵襲度 v,Ki-67 Labeling Indexが加わる。現時点では,研究的ではあるが,分子生物学的因子も大きい予後因子である。これらについては,それぞれ,本特集号にて伊藤康弘先生,千葉知宏先生,光武範吏先生から詳しく解説されるはずである。これらに引き続き,術後の疾病管理においては,治療に対する反応の評価,血中腫瘍マーカー値のDT,DRによる評価が重要となる。

表1.

診療経過とともに変化する予後因子の評価方法

2.治療後に分かる予後因子:治療に対する反応の評価

術前のcTNM,術中のsEx,術後のpTNM,v,Ki-67etc.の病理組織所見はいずれも有用な予後因子,特に腫瘍死に関する予後因子として重要であり,それぞれの場面・時点における適切な治療法を選択するために大きい約割を果たしている。しかしながら,TNM Staging Systemは基本的に腫瘍死のリスク評価を目標としたものであり,実臨床においては,これらでは再発,転移をうまく予測できない。そこでより良い疾病管理を目指して,2009年にアメリカ甲状腺学会は甲状腺結節と甲状腺癌の患者の取扱いガイドラインを改定し,病理所見と術後放射性ヨウ素シンチグラフィ所見を加味して再発のリスクを低リスク,中リスク,高リスクの3群に分類した[]。Tuttleらはこれが従来のcTNM,pTNMよりも術後の評価法として有用であるが,手術と術後放射性ヨウ素アブレーションの結果を6~24カ月後に評価する「初回治療に対する反応」Response to Initial Therapy(表2)の方がさらにより正確に腫瘍の状態を評価し再発,転移,腫瘍死を予測できると報告した[]。例えば,Excellent Responseの患者では構造的再発の可能性がATA中リスク患者では18%から2%,ATA高リスク患者では66%から14%へと大幅に減少し,Incomplete Responseの患者では,構造的再発や転移がATA低リスクで3%から13%,中リスクで18%から41%,ATA高リスク患者では66%から79%へと増加しより正しく予後を予測したと報告した。表2は甲状腺全摘+術後放射性ヨウ素アブレーションを前提とした分類基準であるので,その後Tuttleらは,放射性ヨウ素アブレーションなしや片葉切除後の症例を含め,治療後の反応をExcellent Response,Biochemical Incomplete Response,Structural Incomplete Response,Indeterminate Responseの4群に分け,サイログロブリン(Tg)値の分類基準を修正し,さらに抗Tg抗体価とその変動を評価項目に加えた[]。甲状腺全摘後に抗Tg抗体価が低下する群の予後は良いが,低下しないあるいは逆に上昇する場合は予後不良である[]。彼らは治療後の経過中に適宜,治療に対するResponseを繰り返して評価することを提唱している。

表2.

初回の治療に対する反応の定義

3.ダブリングタイム Doubling Time(DT)

TNM分類は簡潔で世界中の何処でも誰でも容易に使用できるので広く使用されている。悪性腫瘍の基本的性質には,1.無制限な増殖,2.周囲組織への浸潤,3.リンパ節や遠隔臓器への転移がある。TNMは一見これら全てを含んでいるかのように見える。Tは腫瘤の大きさと周囲組織への浸潤で決まる。大きさは一見増殖を意味するかのようとられるかもしれないが,あくまでもある時点での腫瘤の大きさであり,増殖するかどうかや増殖の早さを含んでいない。これがTNM分類の大きい弱点である。

Miyauchiらは1984年に甲状腺髄様癌の術後に血中カルシトニン値が高値で癌が遺残していると思われる患者において,カルシトニン値が時間経過とともに指数関数的に上昇し,片対数グラフで直線を示すこと,術後のカルシトニン値が高い患者ではなく,その直線の勾配が急峻である患者が腫瘍死したことを見いだした。回帰直線の勾配からカルシトニン・ダブリングタイム(Ct-DT)を計算すると,Ct-DTは1/8年未満から8年以上と広い範囲に分布し,これが再発と腫瘍死の非常に強い予後因子であることを見いだした(図1)[]。短いCt-DTは高い再発率,短い再発期間,高い腫瘍死率と関連していた。その当時は,パソコンはまだ普及しておらず,DTの計算は容易ではなかったのでこの報告は長らく埋もれていた。21年後の2005年Barbetらが髄様癌における予後因子を総合的に調べ,多変量解析にてCt-DTのみが独立した予後因子であることを報告した[]。同様の報告が続き,2009年のアメリカ甲状腺学会の甲状腺髄様癌取扱いガイドラインでもCt-DTが重要な予後因子であることが記載された[]。

図1.

甲状腺髄様癌術後カルシトニン値が高値である患者におけるカルシトニン・ダブリングタイムと症例数の分布

破線のカラムは腫瘍死患者,白いカラムは生存患者。文献より,許可を得て引用。

甲状腺乳頭癌,濾胞癌は濾胞細胞由来の腫瘍であり,Tgを産生する性質を保持している。しかし,Tgは正常組織からも産生され,血中TSHが上昇するとTg値も上昇する。抗Tg抗体が存在するとTgの測定に干渉しTg値の信頼性が著しく低下する。そこで,Miyauchiらは抗Tg抗体陰性の乳頭癌患者で甲状腺全摘後に甲状腺ホルモン投与によってTSHが<0.1mU/Lに抑制された状態で測定された血中Tg値を調べた[]。髄様癌におけるカルシトニン値と同様に,乳頭癌において甲状腺全摘後にTgが検出された患者においては,片対数グラフにてTg値は大多数の患者において直線的に上昇したが,経過中にTg値が低下する患者も見られた。Tg-DTが<1年,1~3年,≧3年,負の値であった群の0年生存率はそれぞれ59%,95%,100%,100%であり,Tg-DTの方がTNM Stageよりもはるかに明瞭に予後と一致した(図2)。遠隔転移出現率,局所領域再発率も同様に明瞭に判別した。実臨床に応用するために最初の4時点でのTg値から求めたTg-DTでもほぼ同様の結果であった(図2)。さらに,種々の臨床的,病理学的因子とTg-DTについて腫瘍死,遠隔転移,局所領域再発との関連性について調べると,単変量解析では旧来から報告されている多くの因子が有意な予後因子であったが,多変量解析ではいずれのイベントに対してもTg-DTのみが独立した予後因子であることが判明した。

図2.

甲状腺乳頭癌患者の生存曲線

a.TNM Stage分類別の生存曲線。

b.全てのデータから計算したサイログロブリン・ダブリングタイム別の生存曲線。

c.最初の4回のデータから計算したサイログロブリン・ダブリングタイム別の生存曲線。文献より,許可を得て引用。

4.予後の数量的予測

1956年にCollinsらはヒトの悪性腫瘍が指数関数的に増加すること,増殖の早さはDTで示されることを報告した[]。甲状腺髄様癌における血中カルシトニン値の変動と乳頭癌における血中Tg値の変動はCollinsらの説に一致する。そこで,この概念を押し広げると図3に示すように個々の患者における予後を数量的に予測できることになる(図3)[10]。

図3.

理想的な腫瘍マーカー値を用いた予後の数量的予測

W1:切除腫瘍量,W2:遺残腫瘍量,S1:術前の血中腫瘍マーカー値,S2:術後の血中腫瘍マーカー値,β:W2が1,000gになるのに要するダブリングの回数,βT2:予測生存期間。

文献10より,許可を得て引用。

手術によって癌が遺残した場合には,遺残した腫瘍は手術前と同じ測度DTで増大し死に至る。腫瘍量と血中腫瘍マーカー値が正比例する理想的な腫瘍マーカーを想定すると,遺残した腫瘍量W2は切除腫瘍量W1,術前,術後の血中腫瘍マーカー値S1,S2から比例配分で求めることができる。一般的に死に至る腫瘍量を1,000gとする。W2が1,000gになるのに要するダブリングの回数をβとすると死亡までの期間はβDTと非常に簡単な式で表すことができる。髄様癌におけるカルシトニンのように非常に鋭敏なマーカーがある場合にはこれが可能である。同様にある大きさの転移巣(例えば肺転移)が将来どの程度に大きくなるかもDTが分かれば推測できる。TgDTを利用するとこの様に予後を数量的に予測できる。もちろん,誤差のある話である。しかし,全く予測しないよりは,はるかにましである。

5.ダブリングレート Doubling Rate(DR)

上述の様にDTは癌体積の継時的変動を分析し,表現するために非常に有用である。しかし,これには2つの大きい弱点がある。第一にいくつかの腫瘍が経過中に縮小するとその腫瘍のDTは負の値となり,正の値の症例との間に連続性がなくなる。第二にDTの値の大小は増殖速度の大小と逆になる。1/DTを取るとこれらの弱点が解消する。Miyauchiらはこの指数をダブリングレートDoubling Rate(DR)と呼ぶことを提唱した[11]。この指数は単位時間におけるダブリングの回数を示しているからである。負の値は半減の回数を表す。実は,上に記載した甲状腺髄様癌のカルシトニン値についても,乳頭癌のTg値についても経過中に値が低下する症例があり,それらの症例のCt-DT,Tg-DTは負の値となり正の値の症例との連続性がなく,一括して統計計算することができなかった。DRであればそのような欠点は解消する。甲状腺微小乳頭癌の非手術経過観察中の腫瘍体積の変動においても約半数の症例で腫瘍が縮小したがDRを用いると全症例を一括して見事に表示することができた[11]。

DT,DRの計算,予後の数量的予測に便利なようにダブリングタイム・ダブリングレート・腫瘍進行予測計算機を作成し,隈病院ホームページに掲載している。 https://www.kuma-h.or.jp/kumapedia/kuma-medical/detail/?id=59 英語版もあります。誰でも自由に利用できるのでご利用下さい。

おわりに

DT,DRはもっとも強力な予後因子である。さらに,これらを利用すると個々の患者の予後を数量的に予測することもできる。適切な癌診療における必須のツールである。

【文 献】
 

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