Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Clinical significance of comprehensive genomic profiling tests for thyroid cancer
Kazuyuki OishiKoichi YoshimotoYuichi Shibuya
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2022 Volume 39 Issue 3 Pages 199-204

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抄録

当院では,2019年12月から保険診療によるがんゲノムプロファイリング検査(CGP)を開始し,甲状腺癌に対しては,2022年4月までに11例に検査を施行した。組織型は乳頭癌8例,濾胞癌2例,円柱細胞癌1例で,治療歴は放射性ヨウ素内用療法(RAI)+Lenvatinib 8例,RAI skip+Lenvatinib 2例,RAI+Lenvatinib+Sorafenib 1例であった。全例で解析は完遂され,治療標的となる可能性のある遺伝子変異の検出率は73%(8/11),エキスパートパネル後の治療到達率は27%(3/11)であった。RET融合遺伝子陽性に対してSelpercatinib投与を2例に,BRAFV600E変異に対してEncorafenib+Binimetinib投与を1例に行った。甲状腺癌は他癌よりも治療到達率が高いため,CGPにより治療選択肢が拡がる可能性が期待される。

はじめに

2014年以降,切除不能甲状腺癌の治療には従来の放射性ヨウ素内用療法(Radioactive Iodine therapy,以下RAI)に加え,分子標的薬が使用されるようになったが,治療経験の蓄積とともに治療抵抗性が問題となっている。がんゲノム医療は,採取したがん細胞のゲノムを調べ,遺伝子変異に適合した薬剤を検索するという個別化医療の総称である。本邦では2019年6月に包括的がんゲノムプロファイリング検査(Comprehensive Genome Profiling,以下CGP)が保険収載された。これにより標準治療が終了あるいは終了見込みの甲状腺癌に対して,治療標的となる可能性のある遺伝子変異を確認し,治験,臨床試験,患者申出療養等を利用して有効な薬剤に到達する手段が整ったことになる。当院の結果から甲状腺癌に対するCGPの有用性と問題点を検討した。

対象と方法

2019年12月から2022年3月までに当院でCGPを施行した甲状腺癌11例を対象とした。いずれも再発,転移性,切除不能甲状腺癌であり,詳細を提示する(表1)。組織型は乳頭癌8例(通常型6例,充実型1例,ホブネイル型1例),濾胞癌2例,円柱細胞癌1例で,治療歴はRAI+Lenvatinib 8例,RAI skip+Lenvatinib 2例,RAI+Lenvatinib+Sorafenib 1例であった。症例1~3,11は標準治療終了見込み,残りの症例は標準治療終了と判断し,CGPを施行した。使用したCGPはFoundationOneCDx 10例,FoundationOneLiquid CDx 1例(症例8)であり,後者の1例は組織検体が10年以上経過し,検体劣化による解析不能が予測されたため血液検体を用いた。治療標的となる可能性のある遺伝子変異の検出率と治療到達率について後方視的に検討した。本研究は,当院における倫理委員会の承認を得て実施された(承認番号221005)。

表1.

甲状腺癌11例に対するCGP結果

当院におけるがんゲノム医療提供体制

当院はがんゲノム医療連携病院に認定されており,エキスパートパネル(Expert Panel,以下EP)は,がんゲノム医療拠点病院である四国がんセンターで施行している。CGPの適応は,標準治療がない固形癌患者(稀少癌,肉腫),標準治療が終了あるいは終了見込みの固形癌患者,少なくとも数カ月以上の予後が期待できること,Performance status0~1程度の活動性が保たれており数カ月後も維持されることが予想される患者,ゲノム解析に耐えうる保存状態のよいがん組織検体が充分量確保可能なことなどを条件としている。当院で施行可能なCGPはOncoGuideTM NCC,FoundationOneCDx,FoundationOneLiquid CDxの3種類となっている。当院のがんゲノム医療ワークフローを紹介する(図1)。当院のキャンサーボード(Cancer board,以下CB)は手術,化学療法,放射線療法,緩和ケアにかかわる専門医師,病理医,臨床遺伝専門医,看護師,薬剤師,リハビリ療法士,管理栄養士,ソーシャルワーカーなどの各医療スタッフで構成されており,毎週1回症例検討を行っている。最初に主治医がCGP適応の判断を行い,CBで適応の有無を評価し,患者から同意文書取得後,主治医自らCGPの出検,Center for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics(以下,C-CAT)へのデータ入力,EP開催の申請を行う。主治医がリモートによるEPで症例提示を行い,EPレポート受領後,患者に結果説明を行い,必要に応じて治療へのアクセスを調整する。また,最終的な結果はCBで報告し,フィードバックを行っている。治療目的以外の生殖細胞系列の変異を認めた場合(incidental findingsまたはsecondary findings)には,家族性腫瘍外来にコンサルトし,遺伝性腫瘍専門の臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを行っている。

図1.

当院におけるがんゲノム医療ワークフロー

結 果

Microsatellite Instability(以下,MSI)-highもしくはTumor Mutational Burden(以下,TMB)10(Muts/Mb)以上の症例はなく,免疫チェックポイント阻害薬は適応とならなかった。Variant of Unknown Significance(以下,VUS)を含めると全例で何らかの体細胞変異を認めた。生殖細胞系列由来であることが推定される病的変異,Presumed Germline Pathogenic Variant(以下,PGPV)検出率は9%(1/11)(症例2)で,ATMMEN1の変異を認めていたが,遺伝カウンセリングの後に遺伝学的検査を行い,生殖細胞系列の変異は陰性であることを確認している。C-CATレポートでは,薬剤の治療効果に関するエビデンスレベル分類が定義されており,EPではD以上の薬剤があれば治療標的となる可能性のある遺伝子変異と判定されることが多い(表2)。今回D以上の候補があげられた遺伝子変異は,CCDC6-RETBRAFV600EATMNRASの4種類であり,検出率は73%(8/11)であった。EPで実際にアクセス可能であり,治療を勧められたのは64%(7/11)で,CCDC6-RET陽性2例とBRAFV600E陽性5例に限定され,最終的な治療到達率は27%(3/11)となった。治療内容は,RET融合遺伝子陽性に対するSelpercatinib投与2例(症例5,7),BRAFV600E変異に対するEncorafenib+Binimetinib投与1例(症例6)となった。治療に到達できなかった2例は,HTLV-1抗体陽性のため患者申出療養下の治験適格基準を満たさなかった症例3と,末期腎不全による透析のため治験適格基準を満たさなかった症例10であった。症例9,11は,現在もLenvatinibが部分奏効しているため待機中(症例9においては増大部のみ外科的切除で局所コントロール)としており,今後病勢進行時に患者申出療養下の治験を依頼予定としている。

表2.

治療効果に関するエビデンスレベル分類(C-CATレポートより抜粋)

考 察

NCCNガイドライン2021では,切除不能甲状腺癌において,NTRK融合遺伝子,RET融合遺伝子,RET遺伝子変異,BRAFV600E遺伝子変異,TMB-highに対する治療が組織型別に示されている(図2)[]。その他にも甲状腺癌でみられる遺伝子変異に対する薬剤の有効性が報告されている[,]。甲状腺癌で比較的よくみられ,対応する薬剤が存在する標的遺伝子変異は,BRAFRETNTRKALKなどがあげられており,今後はそれぞれの遺伝子変異にあった薬剤が選択されることになる[]。

図2.

甲状腺癌に対する薬物療法(NCCN Guidelines Version 3.2021を改変)

CGP出検にあたり,作製後3年以内のFFPE(formalin-fixed,paraffin-embedded)ブロックの使用が望ましいとされている[]。甲状腺癌は予後良好であるため,術後長期間経過している場合,CGPのために組織生検が必要となるという問題があったが,2021年8月にliquid biopsyとしてFoundationOne Liquid CDxが保険適応とされたことで,血液中のctDNA(circulating tumor DNA)を用いてCGPが行えるようになった。Liquid biopsyにより遺伝子変異を確認できる可能性がさらに拡がったといえるが,組織検体と血液検体それぞれにおいて検出された遺伝子変異の一致率は75%と報告されており,偽陰性となる問題が残されている[]。がんが難治性あるいは薬剤耐性となる原因としてheterogeneityが知られている。Heterogeneityには原発巣と転移巣で異なるgenome profileが見られるような空間的heterogeneityと,長期薬剤投与による分子生物学的変化による時間的heterogeneityがある。この空間的,時間的heterogeneityを転移巣の生検で繰り返し生検して判定することは高リスクで非現実的であるが,liquid biopsyであれば同定可能とされている。長期間の治療となりやすい甲状腺癌においては空間的,時間的heterogeneityという点で,むしろliquid biopsyの方が治療に適しているかもしれないが,今後の検討課題と思われる。

米国ではMSK-IMPACTTMを用いて多がん種にCGPを施行し,遺伝子変異に基づいた臨床試験到達率は11%とそれほど高くはなかった[]。しかし,甲状腺癌では,他のがん種において承認された薬剤に対して標準治療として測定されているドライバー遺伝子の陽性率は40%であった。これに加えて,当該がん腫において薬剤の効果予測として高いエビデンスを有するドライバー遺伝子と,他のがん種において薬剤の効果予測として高いエビデンスを有するドライバー遺伝子も含めると60%となり,甲状腺癌はGISTに次いで治療標的となる可能性のある遺伝子変異が高率に陽性となることが示されている。一方,本邦ではOncoGuideTMNCCを用いて多がん種にCGPを施行したTOP-GEAR試験が行われ,治療到達率は13.4%と報告された[]。また,CGP保険適応後の厚生労働省の調査(2019年9月1日~2020年8月31日のC-CATの実績)では,多がん種に対する治療到達率は8.1%であった[]。以上を考慮すると,全体としての薬剤到達率は約1割と低いが,甲状腺癌においては高いことが期待できる。当院でも甲状腺以外の他臓器癌に対してCGPを施行しているが,薬剤到達率は0%(0/24)と低く,甲状腺癌における薬剤到達率は27%と明らかに高いことが示された(全がん種における薬剤到達率は8.6%(3/35)で,既報と同様であった。)。

今回,RET融合遺伝子陽性となった2例はSelpercatinibの治験に登録され治療開始となった。RET阻害薬の有効性については,LIBRETTO-001試験において示されており,髄様癌に対するSelpercatinibが,前治療の有無にかかわらず奏効率が69~73%と高く,RET融合遺伝子陽性甲状腺癌に対しても奏効率が79%と高かった[10]。忍容性も高く,RET融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌に対して,2020年に本邦で保険適応となったが,2022年2月にRET融合遺伝子陽性甲状腺癌およびRET遺伝子変異陽性髄様癌に対しても適応追加承認された。一方,PralsetinibもRET阻害薬の候補としてあげられており,今回EPにおいて選択肢の1つして提示された。ARROW試験において,髄様癌に対してPralsetinibは,前治療の有無にかかわらず奏効率が60~71%と高く,RET融合遺伝子陽性甲状腺癌に対しても奏効率が89%と高いことが示されており,米国では承認されている[11]。本邦でも国内第Ⅰ相試験が始まっており,その結果が待たれる。

BRAFV600E陽性となった1例は患者申出療養下の医師主導治験に登録され,Encorafenib+Binimetinib 併用療法が開始となった。BRAFV600E陽性未分化癌に対するBRAF阻害薬(Dabrafenib),MEK阻害薬(Trametinib)併用療法は奏効率69%,1年全生存率80%と良好な成績が示されており,米国で承認されている[12]。一方で,BRAF変異陽性乳頭癌患者を対象として併用療法がDabrafenib単剤と比較して奏効率(54% vs 50%),無増悪生存期間(15.1カ月 vs 11.4カ月)がやや良好であったと報告され,本症例の様なBRAFV600E陽性甲状腺癌にDabrafenib(Encorafenib)+Trametinib(Binimetinib)が推奨されている[13]。現在本邦においてBRAFV600E陽性甲状腺癌に対するEncorafenib+Binimetinib併用療法の第Ⅱ相試験が施行しており,その結果が待たれる。予後不良とされるホブネイル型乳頭癌では,BRAF変異陽性率が73%と高率であることが報告されており,CGPのよい適応と考えられる[14]。そのため,症例10においては事前にBRAF変異陽性が予測されたが,透析中であることより治験登録基準を満たさず,NTRK変異陽性を期待してCGPを提出した。

甲状腺癌の治療標的となる可能性のある遺伝子変異に対する治療は多数あるが,実際に保険診療できる薬剤はNTRK融合遺伝子とRET遺伝子陽性例のみであり,残りは全て臨床試験,治験,患者申出療養,自由診療に頼ることになる。特に臨床試験,治験,患者申出療養参加施設は限られているため,アクセスの問題が出てくる。実際に症例2は第Ⅰ相試験が提示されたものの,遠方という理由で治療適応外とされている。仮にアクセスできたとしても,適格基準を満たさなければ薬剤の提供が受けられず,結果として自費診療となるが,費用が高額であることから現実的ではない。また,現行のCGPは,出検施設ががんゲノム中核拠点病院,拠点病院,連携病院に限られており,その手順も煩雑でEPも必須となるため敷居が高く,時間を要するという欠点がある。例えば肺癌のオンコマインTMDx Target TestマルチCDxシステムの様にCGPをカスタマイズし,使用可能な薬剤の遺伝子のみを検索するように簡略化すれば,より多くの施設が容易に出検することが可能となる(オンコマインは,SelpercatinibのRET融合遺伝子陽性の甲状腺癌およびRET遺伝子変異陽性の甲状腺髄様癌に対するコンパニオン診断として,2022年2月に厚生労働省により一部変更承認が得られており,今後保険適応予定となっている)。そのためにも,症例の蓄積により甲状腺癌に対する現行のCGPが高い治療到達率につながることを明確にし,有効な分子標的薬の早期承認を申請することが望ましい。さらには,免疫チェックポイント阻害薬との併用や耐性遺伝子を標的とした薬剤の開発が期待される。

おわりに

当院における甲状腺癌にCGPの現状を報告した。

本論文の要旨は第60回甲状腺学会学術集会(2021年11月,東京)において発表した。

【文 献】
 

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