Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Genetic profiling tests for advanced thyroid carcinoma in Japan; a single institute experience
Soji TodaAi MatsuiAkari TakahashiDaisuke MurayamaYukihiko HiroshimaHiroyuki Iwasaki
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2022 Volume 39 Issue 3 Pages 205-209

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抄録

2019年6月がんゲノムプロファイリング検査が保険承認された。当院で行った甲状腺癌の検査状況について報告する。対象はがんゲノムプロファイリング検査を施行した進行甲状腺癌の16症例とし,診療録を用いた後方視的検討を行った。

15例でFoundation Oneを,1例でFoundation One Liquidを用い,組織型は未分化癌8例,乳頭癌6例,濾胞癌,低分化癌が1例ずつだった。コンパニオン診断として認められているMSI highやNTRK融合遺伝子は検出されなかった。BRAF変異が最も多く検出され,乳頭癌,低分化癌の全例と未分化癌の37.5%で認めた。14例で治療薬の候補を認めたが,検査結果が出るまでに全身状態の悪化や死亡する症例が4例あり,実際に治療薬の投与に結びついたのは2症例であった。甲状腺癌では治療薬の候補を認めることが多いため,がんゲノムプロファイリング検査のよい適応と考えられるが,現状では治療のアクセスに制約がある。

はじめに

甲状腺癌は比較的予後良好な悪性腫瘍であり,わが国の10年相対生存率は男性で87.1%,女性で94.8%である。しかし,一部では進行する症例もあり2019年における死亡数は1,862例(男性619例,女性1,243例)であった[,]。放射性ヨウ素治療抵抗性の甲状腺分化癌では,第Ⅲ相試験でソラフェニブやレンバチニブがプラセボに対して無増悪生存期間の延長を認め標準治療となった[,]。しかし,本邦ではこれらのチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)が無効な場合,他に使用できる薬剤は限られている。2019年6月,原発不明がんや希少がんなどの標準治療がない固形がん,または局所進行あるいは転移が認められ標準治療が終了した固形がん患者を対象にがんゲノムプロファイリング検査が保険承認された。検出された遺伝子異常に対する治療薬が選択肢になることが期待される。当院はがんゲノム医療拠点病院に指定され,検査,エキスパートパネルを開催している。当院で行った甲状腺のがんゲノムプロファイリング検査状況について報告する。

対象と方法

当院で治療中の切除不能もしくは遠隔転移を認める進行甲状腺癌患者223症例のうち,2019年6月から2021年12月までにがんゲノムプロファイリング検査を施行した16症例を対象とした。診療録を用いた後方視的検討を行い,対象症例の患者背景,遺伝子検査結果,治療へのアクセスについて調査した。本研究は神奈川県立がんセンター研究倫理審査委員会(研究番号2021疫88)の承認を得て実施した。

結 果

(1)対象症例の患者背景

検査方法は,Foundation Oneが15例,Foundation One Liquidが1例であった。年齢の中央値は73歳(範囲57~85),性別は男性8例,女性8例,組織型は未分化癌が8例,乳頭癌が6例,濾胞癌が1例,低分化癌が1例で,組織採取方法は切開生検を含む手術が12例,針生検が3例であった。検査提出からエキスパートパネル開催までの期間は中央値で35日(範囲27~58)であった(表1)。甲状腺分化癌,低分化癌の8症例は全例でレンバチニブの使用歴があり,組織採取から検査までの期間が3年未満だったのが4例,3年以上だったのが4例であった(表2)。

表1.

検査症例の背景

表2.

甲状腺乳頭癌,濾胞癌,低分化癌症例の背景

Foundation One Liquidを用いた症例は未分化癌症例であった。針生検で採取した組織に壊死成分が多く,腫瘍細胞量が検査に不十分と判断した。また多発肺転移を認めており,腫瘍循環DNAが末梢血中に漏出していると判断し,血液での検査を選択していた。

(2)各症例での遺伝子変異

がんゲノムプロファイリング検査を施行した全症例で検査が成功し,病的変異が検出された。しかし,マイクロサテライト不安定性(MSI)HighやNeurotrophic receptor tyrosine kinase(NTRK)融合遺伝子を認めた症例はなかった。遺伝子変異量(TMB)が10(Muts/Mb)以上だったのは,未分化癌1例と乳頭癌1例の計2例であった。

未分化癌8症例のうち,V-raf murine sarcoma viral oncogene homolog B(BRAF)V600E変異が3例(37.5%),rearranged during transfection(RET)融合遺伝子が1例(12.5%),neuroblastoma RAS viral oncogene homolog(NRAS) Q61R変異が2例(25%)あり,Telomerase Reverse Transcriptase(TERT)promoter領域とTP53の変異をそれぞれ7例(87.5%),5例(62.5%)で認めた。乳頭癌と低分化癌症例7例のうち,BRAF V600E変異を7例(100%),TERT promoter領域の変異を5例(71%)で認めた。各症例のPathogenicと判定された遺伝子異常の詳細は図1にまとめた。

図1.

検出された遺伝子異常

エキスパートパネルにおいてPathogenicと判定された遺伝子異常を症例毎にプロットした。症例1から症例8が未分化癌,症例9から症例14が乳頭癌,症例15が低分化癌,症例16が濾胞癌。

また,breast cancer susceptibility(BRCA)1変異とBRCA2変異を認めた2症例(11.7%)についてはアレル頻度が高いことから生殖細胞系列での変異が疑われ,遺伝診療科による遺伝カウンセリングが施行された。

(3)治療へのアクセス

検査を施行した16症例のうち,治療薬の候補があるActionable遺伝子異常を認めたのは14症例(87.5%)であった。治療可能施設へアクセスできたのは6症例で,そのうち治療薬の投与に結びついたのはBRAF V600E変異を認めた2症例のみであった。Actionable遺伝子異常を認めたが治療可能施設へアクセスしていない理由の内訳は,Performance Statusの低下が3例,死亡が1例,病勢安定が2例であった(図2)。

図2.

治療へのアクセス

考 察

進行甲状腺癌に対する治療選択肢は少なく,2022年1月時点で保険承認されているのは甲状腺分化癌に対するソラフェニブ,レンバチニブと甲状腺未分化癌に対するレンバチニブ,そして臓器横断的にMSI highでペンブロリズマブ,NTRK1/2/3融合遺伝子でエヌトレクチニブ,ラロトレクチニブがある。例えば甲状腺分化癌の場合,標準治療であるソラフェニブやレンバチニブで病勢進行を認め,がんゲノムプロファイリング検査でActionable遺伝子異常が検出されれば,治療薬の選択肢が増えることになる。

甲状腺乳頭癌の場合,最も多く検出された遺伝子異常はBRAF V600E変異であった。The Cancer Genome Atlas(TCGA)では乳頭癌のBRAF変異が61.7%,遺伝子パネル検査を用いた報告では74%の頻度とされている[,]。BRAF阻害薬は本邦でも悪性黒色腫や非小細胞性肺癌に対して承認されているが,甲状腺癌は2022年1月現在,適応外である。しかし,BRAF変異陽性放射性ヨウ素治療抵抗性甲状腺分化癌に対するPhase2試験においてBRAF阻害薬であるVemurafenibの奏効率がTKI未使用群で38.5%,TKI既使用群で27.3%と報告されており,今後のBRAF阻害薬の承認が待たれる[]。

甲状腺未分化癌では,甲状腺分化癌から未分化転化がその機序のひとつと考えられており,特に甲状腺乳頭癌からの未分化転化症例では,BRAF V600E変異を認めることがある[]。本研究でも未分化癌の37.5%にBRAF変異を認めた。BRAF阻害薬のDabrafenibとMEK阻害薬であるTrametinibとの併用療法の奏効率が69%と報告されており,ATA guidelineではBRAF V600E変異症例での使用が推奨されている[,]。甲状腺未分化癌のうち25%でNRAS変異を認めたが,これらは濾胞癌からの未分化転化が示唆される。現時点でRAS変異陽性固形癌に対して承認された薬剤はないが,今後の治療薬の開発を期待したい。

TERT promoter領域の変異を75%(12/16例)で認めた。この変異は乳頭癌の10%,濾胞癌の17%,低分化癌・未分化癌の40%で認められ,特に乳頭癌では年齢,腫瘍径,遠隔転移などに相関し予後不良因子とされる[10]。さらに変異の有無に関わらずTERT mRNAが高発現する症例では再発率が高いことも報告されている[11]。また,未分化癌が併存した乳頭癌を用いた解析では,TERT変異が未分化転化の独立した危険因子であった[12]。本研究の対象症例は極めて進行した甲状腺癌であるため,TERT promoter変異の頻度が高かったと思われる。

Foundation Oneは一部の遺伝子異常についてコンパニオン診断薬として認められている。しかし,2022年1月時点でコンパニオン診断として認可されているMSI highとNTRK融合遺伝子は,今回の検査症例で検出されなかった。甲状腺癌483症例を対象とした報告では,MSI highが濾胞癌の2.5%(4/156例)で認められたが,他の組織型では検出されなかった[13]。NTRK融合遺伝子の頻度は甲状腺癌2,362例中,51例(2.2%)と報告されている[14]。また,他のActionable遺伝子変化として,TMB highが乳頭癌の2%,未分化癌の3%で認められ,RET融合遺伝子はTCGAで乳頭癌の6.8%(33/484例)の頻度と報告されている[15]。これらの遺伝子異常が検出されれば治療選択肢が増えるが,甲状腺癌での頻度は高くない。

検査した症例のうち,実際の治療に結びついたのは2症例(12.5%)であったが,治療のアクセスについても課題がある。がんゲノムプロファイリング検査を提出してからエキスパートパネルを開催するまで中央値で35日要していた。甲状腺未分化癌の場合,進行が早いため検査結果が出るまでに病勢進行し全身状態悪化や死亡することがある。したがって,全身状態良好な甲状腺未分化癌は診断時にがんゲノムプロファイリング検査を提出するようにしている。また,Actionable遺伝子異常を認めた14症例のすべてで,神奈川県内に治療可能施設がなく県外の病院への紹介が必要であった。治験では参加施設が限られていることに起因するが,進行癌患者にとって遠方への通院は負担が大きい。また,甲状腺分化癌では進行が遅いため病勢進行があってもTKI治療を継続することがあるが,次治療を考えると検査時期を逸することがないように注意すべきである。

今回の検査症例では12.5%で遺伝カウンセリングが施行されたが,遺伝性腫瘍が確定した症例はなかった。濾胞上皮由来の家族性非髄様甲状腺癌familial non-medullary thyroid carcinoma(FNMTC)は分化癌の約5%の頻度とされ,家族性大腸ポリポーシス,カウデン症候群,ウェルナー症候群などが含まれる[1617]。必要時に遺伝カウンセリングが行える環境でがんゲノムプロファイリング検査を行うことは重要である。

現状,甲状腺癌治療の経験が豊富な施設の多くではがんゲノムプロファイリング検査が行えない。がんゲノムプロファイリング検査は,対象とする遺伝子数が多く,高コストで遺伝性腫瘍への対応も必須であるが,甲状腺癌の治療薬候補となりうる遺伝子変化は限られている。これから次世代シークエンサーを用いた検査が普及していき,より低コストに多くの施設で実施できるようになることを望む。

おわりに

甲状腺癌ではBRAF V600E変異をはじめ,治療薬の候補があるActionable遺伝子異常を認めることが多い。全身状態のよい進行癌はがんゲノムプロファイリング検査のよい適応と考えられるが,現状では治療のアクセスに制約がある。

本論文の要旨は第54回日本内分泌外科学会学術大会にて発表した。

【文 献】
 

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