2022 Volume 39 Issue 4 Pages 228-232
若手外科医希望者が減少傾向にある中での伸び悩みもあり,新たに内分泌外科を志す若手医師は決して多くないのが現状である。横浜市立大学外科治療学教室では初期研修医を対象とした手技セミナーを年に数回開催している。主な目的は研修医のリクルートだが,若手医局員が実際の手術器具を用いて研修医の指導をすることは技術を後輩に伝えるという外科医にとって重要な教育という側面も有している。内分泌外科医が治療を行う疾患は腺腫様甲状腺腫や甲状腺癌などの腫瘍性疾患のみならず,バセドウ病や橋本病などの機能性疾患も含まれる。また,小児から高齢者まで手術の対象年齢は幅広く,時には妊婦など個々のライフワークステージも考慮した治療が求められ,外科医としてのやりがいは十分である。若手内分泌外科医を増やすためには若手医師に情報を発信し身近なロールモデルを提示していくことが重要だと考える。
内分泌外科は甲状腺,副甲状腺,副腎,膵内分泌腫瘍などを扱う外科領域である。内分泌外科医の多くが所属する日本内分泌外科学会は,日本甲状腺外科学会と発展的統合を経て2019年4月より一般社団法人日本内分泌外科学会として新たな歴史が開始された。
日本内分泌外科学会が認定する内分泌外科専門医は基盤学会に日本外科学会,日本耳鼻咽喉科学会,日本泌尿器科学会(順不同)を持つ専門医制度であり,筆者は日本外科学会を基盤学会として専門医を取得した。新専門医制度機構の定めた基盤学会に含まれる日本外科学会が認定する外科専門医制度の2階建ての部分(サブスペシャルティ)に内分泌外科専門医は正式に認定された。しかし,若手外科医希望者が減少傾向にある中での伸び悩みもあり,新たに内分泌外科を志す若手医師は決して多くないのが現状である[1]。本稿では筆者が所属する横浜市立大学外科治療学教室の現状を中心に,どのように若手医師に外科・内分泌外科の魅力を伝えているか・伝えていくか,また今後の展望に関して述べさせていただく。
横浜市立大学外科治療学教室は一つの教室内に心臓血管外科,消化器外科,呼吸器外科,乳腺外科,救急外科,小児外科と内分泌外科を有している。これは専門が細分化されてきている今日において非常に珍しい教室だと考えられる。教室員は174名で,2つの横浜市立大学附属病院を含む計28の関連施設を有している(2022年4月現在)。教室としてはまず,新規入局者が外科専門医を最短で取得することを目標としている。外科専攻医一人一人の経験症例を把握し,次年度には必要な症例が経験できるようにローテーションを組んでいる。外科専門医取得の過程において,必要な全ての臓器を一つの教室内で扱っており非常に有利である。また,実臨床においては教室内にほぼ全分野の専門家がいるため,相談・連携しての治療がしやすいのも大きなメリットである。甲状腺は気管や食道,時には大血管とも病変が近接していることがあり,これは内分泌外科医にとって非常に心強い状況である。さらに,教室員となり一定の症例を経験してから自分のサブスペシャルティを決定することができるのもよい点である。様々な科をまんべんなく経験するローテート形式となった研修医の中には,各科の研修期間が短いため外科に興味はあるもののサブスペシャルティはまだ決められないという研修医が一定数存在し,そのような研修医にとっては選択する際の指標の一つとなっている。
横浜市立大学外科治療学教室の関連施設は主に横浜地区,都心地区,神奈川県西部・南部地区に分布している(図1)。関連施設が比較的コンパクトに分布しているのは,若手医師がローテーションをする上で,また将来の人生設計を立てやすくなる要因の一つと考えられる。
横浜市立大学外科治療学教室関連施設の分布
女性医師の割合が年々増加してきており,当教室員も約2割が女性外科医である。個々のライフワークに合わせた働き方のバックアップができるように当教室全体で取り組んでいる。当教室では各ローテーション施設において院内保育所があるか,育児休業や時短勤務が可能か,勤続年数や勤務形態などの希望を教室で把握した上で,勤務先を調整している。各自でローテーション病院の勤務規則を調べるのは大変だと思われるが,このように教室が各病院の状況を把握して相談にのってもらえるのは非常に心強いと考えられる。最近National Clinical Databaseのデータを用いて,6術式(胆囊摘出術・虫垂切除術・幽門側胃切除術・結腸右半切除術・低位前方切除術・膵頭十二指腸切除術)における外科医1人あたりの執刀数を男女間で比較した結果,全ての術式で女性外科医は男性外科医より執刀数が少なく,特に消化器外科に指導的立場の女性が極端に少ないのは外科手術のトレーニングの機会が均等に与えられていないことが主たる原因であるとする報告がなされた[2]。しかし,筆者の先輩・後輩の中には臨床の場で活躍している女性医師が数多く存在し,当教室において外科手技のトレーニングに性差はないと考えている。
当教室ではグループ毎に初期研修医を対象とした手技セミナーを年に数回開催している。縫合や結紮などの基本的な外科手技にとどまらず,心臓血管外科グループでは弁置換や血管吻合,消化器外科グループでは消化管吻合,呼吸器外科では3D肺モデルを用いた肺切除,さらにはアニマルラボで実際の手術器具を使用した模擬手術も経験してもらい外科の魅力を伝えている。筆者が所属する乳腺甲状腺グループでは実際の器具を用いた乳腺のエコー下生検を経験してもらっている。エコー下穿刺は内分泌外科医にとって取得すべき必須の手技だが,実臨床において研修医が施行することはほとんどない。そのため,このように実際の器具を使用した研修ができるのは貴重であり非常によい経験になると考えられる。手技セミナーの講師は主に若手教室員が指導者となる。指導を行いながら教室の雰囲気や普段の生活について研修医からの質問に応えている。研修医にとって有意義な時間になると同時に,若手教室員にとっても技術を後輩に伝えるという外科医にとって重要な仕事が経験できる。「研修医の勧誘」に焦点を合わせすぎることは結果的に勧誘する側の精神的負担がとても大きくなる可能性があり,教育という視点を勧誘の中に組み込むことが重要とされているが[3],その点でこのような手技セミナーはよい企画であろう。教室員の熱心なリクルート活動も一助となり,直近3年間では2020年12人,2021年14人,2022年18人の若手医師が新たにわれわれの仲間に加わった。外科専門医取得後の入局となる医師もいるが,多くは初期研修を終えた卒後3年目の若手医師である。リクルートの際には先に述べたような関連施設の分布や働き方のバックアップ体制,入局してからサブスペシャルティの決定が可能であることを伝えている。筆者が入局した2014年以降には,すでに100名程の後輩が所属していることになる。また,サブスペシャルティの変更も自由である。若手内分泌外科医を増やすためには外科医希望者を増やすことが重要であり,当教室では「外科」全体の魅力を研修医を含む若手医師に伝え,その過程でサブスペシャルティの魅力も伝わるように心がけている。
近年はCOVID19感染症の影響で多人数が集まる研究会は行っていないが,それ以前は入局10~15年目までを対象とした教室主催の研究会があり若手~中堅教室員で親睦を深めていた。同世代の医師がどんな手術を行っているのか,年齢が近いからこそ共有できる悩みなど,グループを越えて情報交換することができる機会は非常に貴重である。このような風通しのよい環境が当教室の雰囲気のよさを作っている一つの要因と考える。関連病院で当教室スタッフの様子をみて入局を考える研修医もいるため,COVID19感染症が収束したらこのような教室のよい雰囲気を保つ機会が再度つくられることを願っている。
筆者が所属する横浜市立大学外科治療学教室乳腺甲状腺グループには10年目までの若手医師が10名いる。その若手医師に対して行ったアンケートの結果を紹介する(回答率90%)。外科医を目指した時期については,全員「研修医の時」との回答であり,研修医の時に外科の仕事に触れたことで興味をもったのだと思われた。外科治療学教室を選択した理由は「研修先が外科治療学の関連施設であった」という回答が最も多かった(図2a)。研修医に対して手技セミナーや入局説明会で教室の現状は伝えているが,実際に勤務した経験が判断の上で重要であることが示唆された。筆者は日本外科学会教育委員会U40ワーキンググループの委員を務めているが,いかにスタッフ・上級医が意欲的に楽しそうに仕事している様子をみせられるかが若手外科医獲得に向けては重要であるという意見があがっている[4]。その点でいえば,研修医が当教室スタッフの様子をみて選んでくれたのは非常に喜ばしいことである。乳腺甲状腺グループを選択した学年は「医師3年目」が最も多かった(図2b)。当教室では外科専門医取得に必要な条件が整った段階で,希望者は乳腺甲状腺外科の専門施設で研修を行うことができるため,比較的早い学年で専門的な知識・技術を取得することができるのが大きなメリットである。筆者は医師5年目で神奈川県立がんセンター乳腺内分泌外科に異動して本格的に内分泌外科の修練を開始し,その後甲状腺の専門施設である伊藤病院へのローテーションとなった。この間にたくさんの手術症例や薬物治療を経験させていただき,内分泌外科専門医も取得することができた。
横浜市立大学外科治療学教室乳腺甲状腺グループ若手医師に対するアンケート結果 a)外科治療学教室に入局した理由 b)医師何年目に乳腺甲状腺外科医を選択したか
筆者は主に甲状腺・副甲状腺疾患を扱っており,これらの疾患を扱う内分泌外科医の魅力について私見をまじえて述べる。内分泌外科医が治療を行う疾患は腺腫様甲状腺腫や甲状腺癌などの腫瘍性疾患のみならず,バセドウ病や機能性結節,橋本病などの機能性疾患も含まれる。また,小児から高齢者まで手術の対象年齢は幅広く,時には妊婦など個々のライフワークステージも考慮した治療が求められる。甲状腺乳頭癌は甲状腺癌全体の90%以上を占め,甲状腺乳頭癌の予後が一般的に良好であることから甲状腺癌は予後のよい癌腫であると目されることが多い。特に低リスク微小乳頭癌においては非手術経過観察も治療の選択肢になっている[5]。一方で甲状腺未分化癌は稀な甲状腺悪性腫瘍であるが,全癌腫の中でも最も予後の悪い疾患の一つである[6]。同一の臓器からこれ程までに予後の違う癌腫が発生し,個々の症例に応じて適切な治療方針を考えなければならない点は非常に興味深いことである。また,バセドウ病や機能性結節が手術適応となるのは薬物治療や放射線治療で寛解が得られないなど何らかの理由がある時だが,手術は症状に苦しむ患者さんにとって完治を目指せる手段であり外科医としてのやりがいを感じる。特に,甲状腺・副甲状腺疾患の手術において外科医の技術が手術成績に直結することは広く知られており,外科医としては日々技術の向上に努めなければならない[7,8]。
有効な薬物治療がなかったRAI不応の進行甲状腺癌においてLenvatinibやSorafenibなどの分子標的薬が使用されるようになった[9,10]。RET遺伝子変異・融合遺伝子に対するSelpercatinibやNTRK融合遺伝子に対するLarotrectinib,Entrectinibも承認され,さらにはBRAFなどの遺伝子変異検索やそれを標的とした薬剤の実臨床への導入が期待されている[11,12]。また,甲状腺未分化癌に対する免疫チェックポイント阻害剤の有効性が報告されており,日本でも臨床試験がすすんでいる[13,14]。薬剤の使用方法やタイミング,手術とどう組み合わせていくか,薬剤耐性機序の解明など研究すべきことはこれからまだまだ増えていくと思われる。したがって,外科学のみならず,腫瘍学の探求心を満たす分野としても内分泌外科は非常に魅力的である。
若手医師にとって将来自分がどのように働いているのかは重要な問題である。若手外科医に内分泌外科をサブスペシャルティとして選択してもらえるようになるためには,内分泌外科そのものの魅力を伝えると同時に,内分泌外科を選択した後にどのように働くことができるのか示していく必要がある。若手内分泌外科医にとってまずは外科専門医の取得,その後の内分泌外科専門医取得が近々の目標と考えられるが,その道筋も明示することが重要だろう。
内分泌外科専門医は外科専門医制度のサブスペシャルティに正式に認定されているものの,連動研修とはなっておらず他領域と比較して専門医取得が遅くなる可能性がある(2022年8月現在)。若手医師にとっては少しマイナスな印象となるため,日本内分泌外科学会にご尽力いただき連動研修が認められるようになることを願っている。
若手内分泌外科医を増やすためにも若手外科医を増やすことが重要であり,そのためには医学生や初期研修医に外科および内分泌外科の魅力を伝える必要がある。若手外科医リクルートは日本外科学会の課題でもあり,筆者も日本外科学会教育委員会U40ワーキンググループの活動を通じて尽力していきたい。そして,日本内分泌外科学会においても他のグループ活動を参考に情報発信していくことが必要だと考える[15,16]。
横浜市立大学外科治療学教室の活動を通じて外科・内分泌外科の魅力をどのように伝えているかとともに,私見を含めて内分泌外科の魅力と今後の課題を述べた。若手内分泌外科医を増やすためには若手医師に内分泌外科学会から情報を発信し身近なロールモデルを提示していくことが重要だと考える。