Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Impact of antithrombotic therapy on thyroid and parathyroid surgery
Koji UshiroRyo AsatoTakuya YamamotoKaori YasudaYukiko ItoTakuya TsujiShinpei KadaJun Tsuji
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2022 Volume 39 Issue 4 Pages 276-281

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抄録

周術期において抗血栓療法の休薬は血栓塞栓症リスクを上昇させるが,継続したまま手術を行うと出血リスクを上昇させる。われわれは2015年以降,基本的に抗血栓療法継続下に手術を行う方針としているため後方視的にその影響を検討した。

2009年1月から2021年6月までに根治目的に甲状腺・副甲状腺手術を行ったのべ1,156例を対象とし,そのうち副甲状腺手術症例159例では術前抗血栓療法の有無や継続・休薬によらず術後出血を認めなかった。甲状腺手術症例997例のうち術前抗血栓療法を50例(5.0%)が受けており,継続下の手術は24例であった。甲状腺手術症例全体のうち,術後出血を19例(1.9%)に認め,術前抗血栓療法群50例のうち3例(6.0%),継続下手術のうち2例であった。多変量解析では甲状腺手術における術後出血の関連因子はバセドウ病手術と抗凝固薬継続下手術であったが,DOAC継続下手術の術後出血への影響は有意でなかった。

はじめに

高齢化社会の進行に伴って心血管系疾患に対して抗血栓療法を受けている患者は増加してきている。抗血栓療法を継続したまま手術を行うことは出血リスクを上昇させる恐れがあるが,休薬は血栓・塞栓症を発症させるリスクを上昇させる可能性がある。抜歯や眼科手術,消化管内視鏡処置などの幾つかの限られた分野を除くと,適切な周術期管理についての見解は未だに定まっていない。

甲状腺・副甲状腺手術における術後出血は圧迫や静脈鬱血による気道狭窄など致命的な有害事象につながる可能性もあり緊急に対応しなければならない重大な合併症である。

本邦における観察研究において,外科手術を含む観血的処置全般において抗血栓療法を周術期に継続する場合と中止する場合で出血性合併症の頻度が変わらないという報告があり[],われわれは2015年以降,基本的には抗血栓療法を継続して手術を行う方針としている。今回後方視的にその影響を検討した。

対象と方法

2008年1月から2021年6月までに当科で甲状腺・副甲状腺疾患に対して治療目的に手術を行ったのべ1,156例を対象として後方視的に診療録調査を行った。甲状腺癌術後の頸部リンパ節再発に対して頸部郭清術のみを行うなど,甲状腺や副甲状腺の切除を伴わないものは除外した。

内訳は,副甲状腺手術症例159例,甲状腺手術症例997例であった。

副甲状腺手術症例159例の内訳は,原発性副甲状腺機能亢進症129例,二次性副甲状腺機能亢進症22例,副甲状腺囊胞3例,副甲状腺癌5例であった。原発性副甲状腺機能亢進症や副甲状腺囊胞に対しては副甲状腺腫摘出術,二次性副甲状腺機能亢進症に対しては副甲状腺全摘,副甲状腺癌に対しては甲状腺片葉切除術,気管傍郭清が行われた。

甲状腺手術症例997例の内訳は,乳頭癌512例,濾胞癌33例,髄様癌8例,低分化癌13例,未分化癌13例,悪性リンパ腫10例,バセドウ病82例,プランマー病8例,濾胞腺腫60例,その他良性結節258例であった。

バセドウ病に対しては甲状腺全摘または亜全摘が行われ,その他の甲状腺腫瘍に対しては,甲状腺片葉切除術や核出術など甲状腺片側のみの操作を行うものが647例,甲状腺全摘・亜全摘など甲状腺両側の操作を行うものが268例であった。そのうち,片側外側区域郭清を伴うものが128例,両側外側区域郭清を伴うものが33例であり,さらにそれらのうち9例で縦隔郭清も行っていた。

副甲状腺手術症例に関しては,行われた術式と抗血栓療法の有無と種類,術前休薬して手術を行う(休薬下手術)か内服継続したまま手術を行う(継続下手術)か,開創による止血術を要する術後出血や血栓性合併症の有無を検討した。

甲状腺手術症例に関しては,患者背景として,年齢,性別,併存疾患による動脈硬化リスクの有無(高血圧,糖尿病の両方を併存疾患にもつ場合をリスクありと評価),ASA PS,肥満の有無,甲状腺に対する術式,外側区域郭清や縦隔郭清を同時に行うかどうか,抗血栓療法の有無と種類,術前休薬して手術を行う(休薬下手術)か内服継続したまま手術を行う(継続下手術)かを挙げ,それらの因子と開創による止血術を要する術後出血や血栓性合併症の有無との関連を検討した。単変量解析にはFisher’s exact testを用い,多変量解析にはロジスティック回帰モデルを用いた。いずれの解析においてもp<0.05を有意水準とした。

なお,本研究は独立行政法人国立病院機構京都医療センター倫理審査委員会の承認を得ている(21-029)。

結 果

副甲状腺手術症例159例のうち,抗血栓療法を受けていたのは15例(9.4%)であった。2種類内服していたのが4例(アスピリン+クロピドグレルが2例,アスピリン+シロスタゾールが1例,アスピリン+リバーロキサバンが1例),1種類内服していたのが11例で,そのうち抗血小板薬が5例(アスピリン3例,クロピドグレル1例,シロスタゾール1例),抗凝固薬が5例(ワーファリン4例,リバーロキサバン1例)であった。そのうち,継続下手術は6例,休薬下手術は9例,休薬下手術の中でヘパリン置換を行ったのは3例であった。継続していた薬剤はアスピリン4例,ワーファリン1例,リバーロキサバン2例であった(重複あり)。いずれの副甲状腺手術においても開創を要する術後出血や血栓性合併症を認めなかった。

甲状腺手術症例997例のうち,抗血栓療法を受けていたのは50例(5.0%)であった。内服していた抗血栓薬の内容を表1に示す。2種類内服していたのは4例で,そのうちアスピリンとクロピドグレルの組み合わせが3例,シロスタゾールとクロピドグレルの組み合わせが1例であった。1種類内服していたのは46例で,そのうち抗血小板薬が33例(アスピリン18例,クロピドグレル8例,チクロピジン2例,シロスタゾール5例),抗凝固薬13例(ワーファリン6例,エドキサバン4例,アピキサバン1例,ダビガトランエテキシラート1例,リバーロキサバン1例)であった。そのうち,継続下手術は24例(2.4%),休薬下手術は26例(2.6%),休薬下手術のうちヘパリン置換を行ったのは4例(0.4%)であった。継続下手術のうち,アスピリンとクロピドグレルの2剤を継続していたものが1例,抗血小板薬1剤継続が17例(アスピリン8例,クロピドグレル6例,シロスタゾール3例),抗凝固薬1剤継続が6例(ワーファリン1例,エドキサバン3例,ダビガトランエテキシラート1例,リバーロキサバン1例)であった。

表1.

抗血栓療法の内服薬剤と継続下手術例数

甲状腺手術症例全体では開創を要する術後出血を19例(1.9%)に認めた。そのうち,抗血栓療法を受けていたのは3例であった。その内訳は,抗凝固薬1剤継続症例が2例(ワーファリン内服継続していた甲状腺片葉切除1例,エドキサバン内服継続していたバセドウ甲状腺全摘1例),シロスタゾール休薬症例が1例(甲状腺全摘+片側外側区域郭清)であった。

甲状腺手術症例全体における各リスク因子と開創を要する術後出血との関連性について表2にまとめて示す。単変量解析では良性疾患(p=0.02),バセドウ病に対する手術(p<0.01),抗凝固薬継続下手術(p<0.01)の因子が術後出血と有意な関連を認めた。それらを多変量解析で検討すると,バセドウ病に対する手術(p<0.01),抗凝固薬継続下手術(p<0.01)の因子がある場合に術後出血の頻度が有意に高かった(表3)。抗凝固薬についてワーファリンと直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)に分類して単変量解析を行ったところ(表4),ワーファリン継続下手術は術後出血と有意に関連を認めた(p=0.02)が,DOAC継続下手術は有意差を認めなかった(p=0.13)。

表2.

各リスク因子と術後出血の割合 *p<0.05

表3.

各リスク因子の多変量解析 *p<0.05

表4.

抗凝固薬の種類についての単変量解析

全ての症例において周術期に血栓塞栓性合併症を認めなかった。

考 察

侵襲的手技に際しての抗血栓療法の管理について,一部の領域(抜歯[,],眼科手術[,],内視鏡処置[,])を除いて,一定の見解は得られておらず,甲状腺・副甲状腺手術においても具体的な指針はない。

周術期における抗血栓治療の中断は血栓塞栓症のリスクを高める可能性も報告されている[]。またACC/AHAガイドラインでは,頭頸部手術の心合併症リスクは中等度(1~5%)とされており[],抗血栓薬の休薬による血栓塞栓症のリスク上昇も考慮する必要があると思われるが,甲状腺・副甲状腺手術における術後出血は圧迫や静脈鬱血による気道狭窄など致命的な有害事象につながる可能性もあり緊急に対応しなければならない重大な合併症であるために出血リスクの評価は慎重に行うべきである。

2015年に発表されたBRIDGE試験において,心房細動患者における周術期のワーファリン継続がワーファリン休薬してヘパリン置換する群に対して,周術期の血栓塞栓症の予防に関して非劣性で,出血性合併症を低下させることが報告された[10]。また,抗血栓療法を行っていた患者の手術を含めた侵襲的手技に際しての本邦における前向き観察研究では,休薬下手術群の方が継続下手術群に比較して血栓塞栓症の発症,出血性合併症,死亡の頻度が有意に高かったと報告されており[11],周術期における抗血栓薬の取り扱いについてはそれぞれの外科領域毎においても検討する必要があると考えられる。

われわれは2015年以降,基本的には抗血栓療法を継続して手術を行う方針としているため,後方視的にその影響を検討した。副甲状腺手術159例においては約1割が抗血栓療法を受けていたが,周術期に継続・休薬したいずれの群にも術後出血を認めなかった。抗血栓療法を継続したまま副甲状腺手術を行うことを今後も継続して症例を蓄積して検討していくことは妥当と考える。甲状腺手術997例においては約5%が抗血栓療法を受けていたが,そのうち約半数で継続下手術を行っていた。甲状腺手術全体では約2%の症例で開創を要する術後出血を認め,術前に抗血栓療法を受けていた症例のうちでは約6%と高頻度になっていたが,様々な要因に関して多変量解析を行ったところ術後出血に有意に影響するのはバセドウ病に対する手術と抗凝固薬の継続下手術のみであった。

耳鼻咽喉科領域全体における全身麻酔手術では,抗血栓療法の継続下手術と休薬下手術で術後出血の頻度に差はなかったという報告があるが[12],甲状腺・副甲状腺手術に限った報告はない。甲状腺・副甲状腺手術に関して術前に抗血栓療法を受けていて休薬下手術を受けた群は,もともと抗血栓療法を受けていなかった群に比較して術後出血の頻度が有意に高かったという報告はあり[13],抗血栓療法を受けていなかった群の術後出血の頻度が0.5%なのに対して,アスピリン休薬下手術群は0.8%,クロピドグレル休薬下手術群は2.2%,抗凝固薬休薬下手術群は2.2%であり,後者2群が有意に高くなっていた。抗血栓療法を受けている患者の観察研究では,出血性イベントの頻度は抗血小板薬内服群ではワーファリン内服群より低いと報告されており[14],また他領域ではあるが周術期に抗血小板薬継続することによる出血リスクの上昇はないという報告もある[1516]。周術期の抗血栓療法に関しては抗血小板薬よりも抗凝固薬の方が継続下手術か休薬下手術かを慎重に検討する必要があると考えられるが,ワーファリン内服による周術期の出血性合併症を凝固系因子などから術前に予測することは困難という報告もあり[1718],継続・休薬の判断の基準は現時点で客観的なものはない。

抗凝固薬に関しては,ビタミンKアンタゴニストであるワーファリンが長年用いられてきたが,他の薬剤や食事との相互作用や代謝の個人差を認めること,有効治療域が狭いことなどからモニタリングを要するなどの欠点があったが,2011年以降,特定の凝固因子に直接作用して阻害する直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)が登場した。DOACはそのような相互作用がなく,効果発現が早く,半減期が短いために内服中止後の抗凝固作用の消失も早いという長所を有するため[19],ワーファリンに代わって普及してきている。周術期のDOACの管理については,手術による出血リスクの分類とDOACの半減期に応じた休薬・再開期間を設定することで術後出血と血栓塞栓症のいずれも,前述のBRIDGE試験におけるワーファリン休薬下手術群や継続下手術群と同等であったいう報告はあるが[20],血栓塞栓症イベントを防ぐためには可能であれば継続下に手術を行う方がよいと考える。本邦の不整脈薬物治療ガイドラインにおいても,特に直達止血の可能な観血的手技に関してはできるだけ抗凝固薬を休薬しないことが望ましいとされている。さらに頭頸部手術は出血中リスク手技であり抗凝固薬の休薬を可能なら避けるように分類されている。ただ症例によっては出血リスクが高く休薬を要するケースがあることに留意するとも記載されており[21],個々の症例の様々な要因を考慮して判断せざるを得ないと考えられる。本検討においては症例数が少ないために単変量解析しか行っていないが,抗凝固薬継続下手術の中でもDOAC継続下手術の術後出血への影響は小さいと考えられた。

本検討においては甲状腺手術全体における術後出血に関連しうる要因として,抗凝固薬の継続下手術以外にはバセドウ病に対する手術のみが有意であり,その他の手術範囲や侵襲は術後出血の頻度への影響を与えていなかった。甲状腺手術に関しては術式に関わらず抗血小板薬の継続下手術を行うことは問題なさそうではあるが,抗血小板薬の種類や薬剤数などの条件も含めてさらなる症例の蓄積による検討が必要である。抗凝固薬を継続するか休薬するかについては術後出血と血栓塞栓症のリスクの両方を十分に検討した上でさらに慎重な判断を要すると考えるが,DOACはワーファリンに比べて継続下手術でも術後出血への影響は大きくなく,DOACを内服している症例への継続下手術や,ワーファリンを内服している症例ではDOACへの変更を行った上での継続下手術を行うことは許容されると考えられる。

おわりに

副甲状腺手術においては,抗血栓療法継続下の手術も含めて術後出血を認めなかったため抗血栓薬の術前休薬は必要ないと考えられる。甲状腺手術においては,抗血栓療法の中でも抗血小板薬は継続下に手術を行っても術後出血の増加はなく,抗凝固薬を継続下に手術を行った場合に術後出血の頻度が上昇していたが,抗凝固薬のうちDOACは術後出血への影響が小さいと考えられ,周術期血栓塞栓合併症を予防するために抗血小板薬やDOACを周術期に継続したまま手術を行うことは許容されると考えられた。

本論文の要旨は第54回日本内分泌外科学会学術大会(2021年10月28日)にて発表した。

【文 献】
 

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