JAFEE Journal
Online ISSN : 2434-4702
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2021 Volume 19 Pages 1-26

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Abstract

最適資産配分問題において収益率分布の推定はパフォーマンスに大きく影響する重要なプロセスである.これまでに様々な推定方法が提案されてきたが,近年特に注目を集めているのがRoss (2015)のRecovery Theorem (RT)を用いる方法である.この方法では過去データを利用せずに,推定時点のオプションの市場価格からフォワードルッキングな分布を推定できることから,資産配分において高いパフォーマンスを獲得できることが期待されている.そこで,本研究では株式と無リスク資産の2資産に対する最適資産配分問題を対象として,米国および日本における約20年間のバックテストの結果をもとに推定方法の特徴を整理し,パフォーマンスを比較する.分析結果からRTを用いた方法は多くのケースにおいて相対的に高いパフォーマンスを獲得できることが確認できた.また,RTを用いた方法とその他の方法の大きな違いは分布の平均(期待リターン)の推定値に現れ,その違いがRTを用いた方法の高いパフォーマンスに大きく寄与していることもわかった.これらの結果は資産配分においてフォワードルッキングな方法で期待リターンを推定することの重要性を示唆するものである.

1 研究の背景と目的

投資家が株式や債券などの資産クラスに対する投資比率を決める問題を最適資産配分問題という.最適資産配分問題において投資比率を決定するプロセスは,(1)投資資産の収益率分布の予測,(2)投資家の効用(リスク回避度)の把握,(3)投資家の期待効用を最大化する投資比率の計算,の3つに分けられる(Sharpe(1987)).この中でも投資資産の収益率分布の予測は投資パフォーマンスに大きく影響する重要なプロセスである.先行研究においては収益率分布を推定するための様々な方法が提案・検証されているが,それらの方法は大まかに以下で説明する4つのタイプに分類できる.

1つ目は過去に実現した収益率分布(経験分布)を平滑化して将来の予測分布として用いる方法である.基本的に過去データの観測順序は考慮せず,分布が定常であることを前提として推定を行う.具体的には,カーネル密度推定によってノンパラメトリックに経験分布を平滑化する方法や,何らかの分布形を仮定して過去データからパラメータを推定する方法がある.感覚的にわかりやすく,実装も比較的容易であることから実務においてもよく利用されている.

2つ目は時系列モデルを用いる方法である.金融資産リターンのモデル化にはボラティリティクラスタリング(リターン変動の大きい時期が集中して現れる傾向)を表現可能なGARCH(generalized autoregressive conditional heteroscedasticity)モデル(Bollerslev(1986))や,それにボラティリティクラスタリングの非対称性(レバレッジ効果)を表現する項を加えたGJR-GARCHモデル(Glosten et al.(1993))などが利用されることが多い.実際の金融市場で観測される非定常性をモデル化し,過去データの観測順序を考慮して推定を行うことで,分布の時系列的な変化をよりダイナミックに捕捉できる方法である.

1つ目と2つ目の方法のように過去データから推定した分布は総称してヒストリカル分布と呼ばれる.それに対してオプションの市場価格から推定した分布はインプライド分布と呼ばれる.オプション市場参加者は推定時点において利用可能な全ての情報を利用して将来の収益率分布を予想し取引を行う.市場参加者の予測をオプション価格から逆算したものがインプライド分布である.このため,インプライド分布は推定時点において利用可能な全ての情報が反映されたフォワードルッキングな分布といえる.ただし,オプション価格から直接計算できる分布はリスク中立確率測度の下での分布(インプライドリスク中立分布)であり,資産配分に利用する場合には投資家のリスク選好を考慮して実確率測度の下での分布(インプライド実分布)へ変換(リスク調整)する必要がある.3つ目と4つ目の方法はどちらもインプライド実分布を推定するという点では同じであるが,リスク調整に用いる投資家のリスク選好の推定方法が異なる.

3つ目は過去データを組み合わせて投資家のリスク選好を推定し,インプライド実分布を計算する方法である.リスク中立分布をもとに実現リターンの予測を行った場合に生じる予測のバイアスが投資家のリスク選好に起因すると考えて,そのバイアスが小さくなるようにリスク調整のパラメータを推定する.例えば,Bliss and Panigirtzoglou(2004)は代表的投資家の効用関数にCRRA(constant relative risk aversion)型もしくはCARA(constant absolute risk aversion)型を仮定し,過去の実現リターンに対する整合性が最も高くなるリスク回避度を推定している.また,Shackleton et al.(2010)は確率測度を調整する関数(キャリブレーション関数)を,カーネル密度推定で過去の実現リターンと整合的になるように推定している.

4つ目はRoss(2015)の導出したRecovery Theorem(RT)と呼ばれる定理を用いてオプション価格に内包されている投資家のリスク選好を推定し,インプライド実分布を計算する方法である.RTが導出される以前はオプション価格から投資家のリスク選好を推定することは難しいと考えられていたが,Ross(2015)は複数の満期に対する価格情報を用いることでそれが可能であることを示した.過去データを一切用いることなく,推定時点の市場価格の情報のみを用いてフォワードルッキングな分布を推定できるという点で注目されている,比較的新しい推定方法である.

表記を簡潔にするため,以降ではこれら4タイプの推定方法を順に,ヒストリカル(経験分布)法,ヒストリカル(時系列モデル)法,インプライド(ヒストリカル)法,インプライド(RT)法と記載する.

収益率分布の推定方法と資産配分のパフォーマンスの関係を検証している先行研究として,Kostakis et al.(2011)Zdorovenin and Pézier(2011)木村・枇々木(2010)霧生・枇々木(2014)が挙げられる.Kostakis et al.(2011)は米国株式と無リスク資産の2資産に対する最適資産配分問題を対象に1992年3月から2007年8月までの期間のデータを用いて,ヒストリカル(経験分布)法とインプライド(ヒストリカル)法を比較し,インプライド(ヒストリカル)法を用いた場合により高いパフォーマンスが得られることを示している.また,ヒストリカル(経験分布)法の代わりにヒストリカル(時系列モデル)法を用いても同様の結果であることを確認し,資産配分においてはインプライド(ヒストリカル)法を用いることが有効であると結論づけている.ただし,2007年9月から2009 年12月までの金融危機前後のデータを用いて検証を行った場合はヒストリカル(経験分布)法のパフォーマンスが高くなり,局面による違いが存在することも示している.

Zdorovenin and Pézier(2011)も米国株式と無リスク資産の2資産に対する最適資産配分問題を対象に,ヒストリカル(時系列モデル)法とインプライド(ヒストリカル)法のパフォーマンスを比較している.結果は分析期間によって異なっており,前半期間(1994年1月から2000年3月)はインプライド(ヒストリカル)法のパフォーマンスが高く,金融危機の局面を含む後半期間(2000年4月から2009年9月)はヒストリカル(時系列モデル)法のパフォーマンスが高くなることを示している.

木村・枇々木(2010)および霧生・枇々木(2014)は日本の機関投資家(年金基金など)を想定した伝統的4資産(国内株式・海外株式・国内債券・海外債券)に対する資産配分問題を対象としてヒストリカル(経験分布)法とインプライド(ヒストリカル)法のパフォーマンスを比較している.どちらの研究においてもインプライド(ヒストリカル)法のパフォーマンスが高くなるという結果が得られている.特に,霧生・枇々木(2014)はインプライド(ヒストリカル)法におけるリスク調整が運用パフォーマンスに与える影響に関しても検証を行い,過去データから投資家のリスク選好を適切に推定することは難しく,過去データを用いたリスク調整はパフォーマンスを低下させる要因であることを示している.

このように先行研究では,インプライド実分布(インプライド(ヒストリカル)法)を用いた場合とヒストリカル分布(ヒストリカル(経験分布)法やヒストリカル(時系列モデル)法)を用いた場合のパフォーマンスを比較することに重点が置かれているものが多く,インプライド(RT)法を含めて分布の推定方法を包括的に比較している研究は筆者らの知る限り存在しない3.先行研究においてはインプライド(ヒストリカル)法がフォワードルッキングな推定方法として扱われていることも多いが,この方法はリスク調整に過去データを用いる必要があり完全にフォワードルッキングな方法とはいえない.それに対してインプライド(RT)法はリスク調整にも過去データを使用しない完全にフォワードルッキングな推定方法であるため,推定に過去データを用いる方法に比べて高いパフォーマンスを獲得できることが期待される.さらに,Audrino et al.(2019)Flint and Maré(2017)森川(2018)はそれぞれ米国株式市場,南アフリカ株式市場,為替市場においてインプライド(RT)法で推定した分布のモーメントを用いた単純なルールベースの取引戦略の有効性を示しており,この点からもインプライド(RT)法の高いパフォーマンスの獲得が期待される.

以上のことから,分布推定方法が資産配分のパフォーマンスに与える影響に関してインプライド(RT)法を含めて比較を行うことは重要である.また,インプライド(RT)法を用いた場合の分布のモーメント統計量や投資比率に関して他の推定方法とどのような違いがあるのかということも明らかになっていない.実務においてどの推定方法を用いるか検討するためには,それぞれの推定方法の特徴とその違いに関して整理しておく必要がある.

そこで本研究では,インプライド(RT)法を含めた上記4タイプの推定方法を比較することで,分布推定方法が資産配分のパフォーマンスに与える影響を検証する.分析は株式と無リスク資産の2資産に対する資産配分問題を対象とし,Kostakis et al.(2011)および Zdorovenin and Pézier(2011)と同様の枠組みで検証を行う.米国および日本における2000年1月から2019年9月までのバックテストの結果をもとに資産配分の特徴の違いを整理し,パフォーマンスを比較する.表1に主な先行研究との違いをまとめておく.

表1 主な先行研究との比較
Kostakis et al. (2011) Zdorovenin and Pézier(2011) 霧生・枇々木(2014) 本研究
投資資産 株式・
無リスク資産
株式・
無リスク資産
株式・債券 株式・
無リスク資産
目的関数 期待効用
最大化
期待効用
最大化
CVaR
最小化
期待効用
最大化
市場(国) 米国 米国 米国・日本† 米国・日本
バックテスト期間 1992–2009 1994–2010 2000–2013 2000–2019
ヒストリカル(経験分布) ×
ヒストリカル(時系列モデル) ×
インプライド(ヒストリカル)
インプライド(RT) × × ×

† 日本の投資家を想定しているが,米国株式と米国債券も投資対象に含めて検証を行っている.

分析結果から,米国と日本のどちらにおいてもインプライド(RT)法を用いた方法が相対的に高いパフォーマンスを獲得できることがわかった.この結果は複数の効用関数のタイプ,複数のリスク回避度,複数のパフォーマンス評価尺度,取引コストの有無,各タイプ内における推定方法の違いに依らず同様であった.また,インプライド(RT)法とその他の方法の大きな違いは分布の平均(期待リターン)の推定値に現れ,その違いがインプライド(RT)法の高いパフォーマンスに大きく寄与していることもわかった.これらの結果は資産配分においてフォワードルッキングな方法で期待リターンを推定することの重要性を示唆するものである.

本稿の構成は次の通りである.2節では本研究で比較する収益率分布の推定方法を4つのタイプに分けて説明する.3節で最適資産配分の決定方法や分析に利用するデータを示す.4節でそれぞれの推定方法によるモーメント統計量や投資比率の違いから各推定方法の特徴を考察し,バックテストのパフォーマンスを比較する.また,分布のどのモーメントがパフォーマンスの違いに寄与していたのかに関しても分析を行う.5節では様々な条件のもとで検証を行い,4節で得られた結果のロバスト性に関して検討する.最後に6節で結論と今後の課題を述べる.

2 収益率分布の推定

本節では株式の収益率分布を推定する方法に関して1節で説明した4つのタイプに分けて説明する.これまでに非常に多くの推定方法が提案されており,各タイプ内でも様々な推定方法が存在するが,本研究では4つのタイプの違いに関して分析するため,それぞれの代表的な方法を用いて推定を行う.各タイプ内での推定方法の違いが分析結果に与える影響に関しては5節で議論する.

2.1 ヒストリカル(経験分布)法

ヒストリカル(経験分布)法の代表的な方法としてKostakis et al.(2011)でも用いられている,ガウシアンカーネルによる密度推定法がある.パラメータ推定期間数を L ,時点 t における株式の実現リターンを r t と表す.このとき,株式のリターン r が従う分布の密度関数 f t P ( r ) は次のように推定できる.

  
\begin{align} f^P_t(r) = \frac{1}{LB}\sum_{l=0}^{L-1} \phi \left( \frac{r - r_{t-l}}{B}\right) \end{align} (1)

ϕは標準正規分布の密度関数,はバンド幅と呼ばれる平滑化の度合いを表すパラメータである.バンド幅は Silvermanの経験則に基づいて(min(実現リターン系列の標準偏差,実現リターン系列の四分位範囲/1.34))と設定する.

2.2 ヒストリカル(時系列モデル)法

ヒストリカル(時系列モデル)法に関しては,Zdorovenin and Pézier(2011)でも利用されている,GJR-GARCH(1,1)モデルを用いて推定を行う.GJR-GARCH(1,1)モデルは (2)(4) 式で表される,ボラティリティクラスタリングの非対称性(レバレッジ効果)を考慮可能な時系列モデルである.

  
\begin{align} \tilde{r}_{t+1}&=\mu + \tilde{u}_{t+1} \\ \end{align} (2)
  
\begin{align} \tilde{u}_{t+1}&=\sigma_{t+1} \tilde{\epsilon}_{t+1} \\ \end{align} (3)
  
\begin{align} \sigma_{t+1}^2 & =\omega + \alpha u_t^2 + \beta\sigma_t^2 + \zeta u_t^2 I_t \quad (\omega>0,\ \alpha \geq 0,\ \beta\geq 0,\ \alpha+\zeta \geq 0 ) \end{align} (4)

u ̃ t + 1 は予測不可能な収益率の変動, σ t + 1 は条件付きボラティリティ, ϵ ̃ t + 1 は期待値0,分散1のi.i.d.系列でStudent のt分布に従うと想定する. I t u t が負であれば1,そうでなければ0をとるダミー変数である.また, μ は期待収益率, α , β , ζ は条件付きボラティリティの時系列的性質を表現するパラメータであり,パラメータ推定期間における日次リターンをもとに最尤法で推定する.推定されたパラメータを用いて翌月末までの日次リターンをシミュレートし,月次リターンのモーメントを計算する4

2.3 インプライド(ヒストリカル)法

インプライド(ヒストリカル)法で分布を推定する場合,(1)オプション価格からリスク中立分布を推定し,(2)過去データを組み合わせて投資家のリスク選好を推定し,リスク中立分布を実分布にリスク調整する,という 2 つの手順が必要になる.

まず,オプション価格からリスク中立分布を推定する方法に関して説明する.ここでは,推定時点を表す添字 t は省略する.行使価格 k ,満期 τ のコールオプション価格 c ( k , τ ) は無リスク金利 r f ,原資産価格 x に対するリスク中立分布 f τ Q ( x ) を用いて次の式のように表現できる.

  
\begin{align} c(k,\tau)=e^{-r^f \tau}\int_0^\infty f_{\tau}^Q(x)\max(x-k,0)dx \end{align} (5)

(5) 式の両辺を k に関して2階偏微分することでインプライドリスク中立分布を次のように計算できる(Breeden and Litzenberger(1978)).

  
\begin{align} f_{\tau}^Q(x)=\left.e^{r^f \tau}\frac{\partial^2 c(k,\tau)}{\partial k^2}\right|_{k=x} \end{align} (6)

市場で取引されているオプションは満期,行使価格の両方に関して離散的であるため,(6)式を用いてリスク中立分布を計算するにはオプション価格を k に関して補間する必要がある.また,市場で取引されているオプションの満期日以外の日の価格に対する分布を推定するためにはオプション価格を τ に関しても補間する必要がある 5.そこで本研究では霧生・枇々木(2014)によって提案された薄板平滑化スプライン関数を用いて,オプション価格 k , τ の両方に対して補間する方法を用いて c ( k , τ ) を計算する 6.補間して得られた c ( k , τ ) に対して(6)式を適用することでリスク中立分布 f τ Q ( x ) を計算できる.

次にリスク中立分布を実分布にリスク調整する方法に関して説明する.本研究ではKostakis et al.(2011)Zdorovenin and Pézier(2011)と同様に,Bliss and Panigirtzoglou(2004)によって提案された代表的投資家の効用に CRRA型を仮定する方法を用いる.この方法ではリスク中立分布をもとに実現リターンの予測を行った場合に生じるバイアスが投資家のリスク選好に起因すると考えて,最適なリスク調整のパラメータを推定する.市場は完備で裁定機会は存在しないものとし,時間分離可能な効用を持つ代表的投資家の存在を仮定すると,リスク中立分布 f τ Q ( x ) と実分布 f τ P ( x ) の間に次の関係が成立する.

  
\begin{align} e^{-r^f \tau}f_{\tau}^Q(x)= e^{-r^s \tau}h(x)f_{\tau}^P(x) \end{align} (7)

ここで r s は投資家の主観的割引率を表し, h ( x ) は現在の原資産価格 x 0 における限界効用で基準化した限界効用 ( h ( x ) = U ( x ) / U ( x 0 ) ) である.また, f τ P ( x ) は確率密度関数であることから,

  
\begin{align} \int _{0}^\infty f_{\tau}^P(x)dx=1 \end{align} (8)

が成り立つ.また,市場参加者の効用関数にCRRA型効用を仮定した場合には, h ( x ) = x 0 γ x γ となる.この式と(7)(8)式より,次の式が得られる.

  
\begin{align} f_{\tau}^P(x)=\frac{x^\gamma f_{\tau}^Q(x)}{\int _{0}^\infty y^\gamma f_{\tau}^Q(y)dy} \end{align} (9)

(9)式は資産価格 x の関数であるが,変数変換してリターン r の関数とすることもできる.

  
\begin{align} f_{\tau}^P(r)=\frac{(1+r)^\gamma f_{\tau}^Q(r)}{\int _{-1}^\infty (1+u)^\gamma f_{\tau}^Q(u)du} \end{align} (10)

この式は代表的投資家のリスク回避度 γ が推定できれば,リスク中立分布を実分布に変換できることを表している. γ は実現リターンに対する予測力の検定であるBerkowitz検定(Berkowitz(2001))の統計量を利用して推定する 7.リスク回避度 γ ̂ でリスク調整した実分布に対する実現リターン r t l ( l = 0 , , L 1 ) の累積分布関数値を計算した系列を { F ̂ t P } とする.この系列に対して z t = Φ 1 ( F ̂ t P ) の変換を施す.ここで Φ 1 は標準正規分布の分布関数の逆関数である.もし予測に偏りがなく,実現リターンが従う分布と一致するならば,系列 { z t } は自己相関が0の標準正規分布に従う.そこで,変換した系列 { z t } に対して(11)式のAR(1)の自己回帰モデルを当てはめ,帰無仮説を ( μ ̂ , σ ̂ , ρ ̂ ) = ( 0 , 1 , 0 ) とする尤度比検定を行う.

  
\begin{align} z_{t+1}=\rho z_t+\epsilon _t, \quad \epsilon_t \sim N(\mu ,\sigma) \end{align} (11)

Berkowitz検定の検定統計量である尤度比 LR L L ( μ , σ , ρ ) をAR(1)モデルの対数尤度関数として

  
\begin{align} LR= -2(LL(0,1,0)-LL(\hat{\mu},\hat{\sigma},\hat{\rho})) \end{align} (12)

と定義される.このとき, LR は自由度3の χ 2 分布に従う.検定統計量 LR が最小になる(パラメータ推定期間における実現リターンと最も整合的になる) γ ̂ を推定し,(10) 式に基づいて実分布 f τ P ( r ) を計算する.

2.4 インプライド(RT)法

インプライド(RT)法で分布を推定する場合も(1)オプション価格からリスク中立分布を推定し,(2)投資家のリスク選好を推定し,リスク中立分布を実分布にリスク調整する,という手順が必要になる.リスク中立分布を推定する方法はインプライド(ヒストリカル)法の場合と同じであるため,ここではRTを用いたリスク調整の方法に関して説明する.Ross(2015)は状態価格が時間的に一様なマルコフ性を持つという仮定を置いてRTを導出しているが,その仮定を必要としない形に一般化された定理がJackwerth and Menner(2020)およびJensen et al.(2019)によって導出されている.本研究ではこの一般化された定理をもとに推定を行う8

RTは離散時間離散状態の多期間モデルの枠組みで導かれている. (7) 式を離散化して表現すると

  
\begin{align} e^{-r^f \tau_i}f_{i,s}^Q=e^{-r^s \tau_i}h_sf_{i,s}^P \quad (i=1,\ldots,I ; \: s=1,\ldots,S) \end{align} (13)

となる.ここで s ( = 1 , , s 0 , , S ) は現在の状態 s 0 を基準とする原資産(株式)のリターン r s によって定義された,状態である.すなわち, r s 0 = 0である.また, f i , s Q f i , s P はそれぞれ現在の状態 s 0 から将来の時点 τ i ( i = 1 , , I ) における状態 s への推移に関するリスク中立確率と実確率を表し, h s は状態 s 0 における限界効用で基準化した状態 s における限界効用である.さらに (13) 式を状態 s 0 から時点 τ i の状態 s への推移に関する状態価格 π i , s = e r f τ i f i , s Q と主観的割引係数 δ = e r s を用いて置き換えると

  
\begin{align} \pi_{i,s}=\delta^{\tau_i}h_sf_{i,s}^P \quad (i=1,\ldots,I ; \: s=1,\ldots,S) \end{align} (14)

となる.(14) 式は行列表現 𝚷 = [ π i , s ] , 𝐏 = [ f i , s P ] , 𝐇 = diag ( h 1 , , h S ) , 𝐃 = diag ( δ τ 1 , , δ τ I ) を用いて 𝚷 = DPH と書き換えられる. 𝐏 は確率行列であるので 𝐞 = ( 1 , , 1 ) としたとき Pe = 𝐞 が成り立つ.このとき, 𝚷 = DPH の両辺に右から 𝐇 1 𝐞 を掛けると 𝚷 𝐇 1 𝐞 = De という関係式が得られる.この関係式を成分表示すると,

  
\begin{align} \begin{bmatrix} \pi_{1,1} & \cdots & \pi_{1,S} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ \pi_{I,1} & \cdots & \pi_{I,S} \end{bmatrix} \begin{bmatrix} h^{-1}_{1} \\ \vdots \\ h^{-1}_{S} \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} \delta^{\tau_1} \\ \vdots \\ \delta^{\tau_I} \end{bmatrix} \end{align} (15)

となる.方程式の数は I であるのに対して,未知変数の数は S ( δ , h 1 1 , , h s 0 1 1 , h s 0 + 1 1 , , h S 1 ( h s 0 1 = 1 ) ) であるため, S I の場合に,未知変数を特定でき,(14) 式より実確率 f i , s P を計算できる(Recovery Theorem).ただし,(15) 式 δ τ I 次式となっており,求解が難しい.そこで, δ τ i δ = δ 0 で1次のTaylor展開を行い,線形式に置き換える 9

  
\begin{align} \delta^{\tau_{i}} \approx a_{i} + b_{i} \delta \quad \mbox{ただし,}\quad a_i=-(\tau_{i}-1)\delta_0^{\tau_{i}},\quad b_i=\tau_{i} \delta_0^{\tau_i-1} \quad (i=1,\ldots,I) \end{align} (16)

(16)式および h s 0 1 = 1 (15)式に代入し整理すると,

  
\begin{align} \begin{bmatrix} -b_1& \pi_{1,1} & \cdots & \pi_{1,s_{0}-1} & \pi_{1,s_{0}+1} & \cdots & \pi_{1,S} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ -b_I& \pi_{I,1} & \cdots & \pi_{I,s_{0}-1} & \pi_{I,s_{0}+1} & \cdots & \pi_{I,S} \end{bmatrix} \begin{bmatrix} \delta \\ h^{-1}_{1} \\ \vdots \\ h^{-1}_{s_{0}-1}\\ h^{-1}_{s_{0}+1}\\ \vdots \\ h^{-1}_{S} \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} a_1 - \pi_{1,s_{0}} \\ \vdots \\ a_I - \pi_{I,s_{0}} \end{bmatrix} \end{align} (17)

を得る.さらに,この式を行列 𝐁 , ベクトル 𝐡 𝛅 , 𝐚 𝛑 を用いて置き換える.

  
\begin{align} \boldsymbol{B h_\delta} = \boldsymbol{a_{\pi}} \end{align} (18)

主観的割引係数に関する制約の下で(18)式の両辺の差を小さくするように 𝐡 𝛅 を推定する.

  
\begin{align} \min_{\boldsymbol{h_\delta}} \qquad &||\boldsymbol{B}\boldsymbol{h_\delta}-\boldsymbol{a_{\pi}}||_2^2\\ \label{eq:original_c1} \end{align} (19)
  
\begin{align} \text{subject to} \qquad & 0<\delta \leq 1 \end{align} (20)

本研究ではインプライド(ヒストリカル)法の場合と同様に代表的投資家の効用関数にCRRA型 ( h s 1 = ( 1 + r s ) γ ) を仮定して,未知変数 δ , γ を推定し,得られた解を(14)式に代入することで実確率 f i , s P を計算する.ただし,ここで得られる実確率は離散的な形であるため,満期ごとに自然スプライン関数で補間して連続分布の形での実分布 f τ P ( r ) を計算する.

なお,推定においては満期はその間隔を次の月末日までの日数で一定とし,最大満期 τ I は各推定時点においてオプション価格が利用可能な範囲で最も長くなるように設定した.また,状態の幅に関しては最大満期における分布全体が概ね含まれるように τ I におけるリスク中立分布の面積が0.95となる範囲で設定し,状態数は S = 201 とした 10

3 分析の概要

本研究では株式の従う収益率分布を様々な方法で推定し,株式と無リスク資産の2資産に対する資産配分のアウトサンプルのパフォーマンスを比較する.検証は米国と日本の2つの市場で行い,バックテスト期間は2000年1月31日から2019年9月30日までの236ヶ月間とする.また,リバランスは月次(各月の最終営業日)で行うものとし,極端な投資比率による影響を避けるため,Kostakis et al.(2011)に倣い,株式への投資比率に 100 % w t 200 % の制約を設ける.本節の残りの部分では分析における比較対象,最適資産配分の決定方法,パフォーマンスの評価指標,使用データに関して説明する.

3.1 比較対象

2節で説明した4タイプの推定方法(ヒストリカル(経験分布)法,ヒストリカル(時系列モデル)法,インプライド(ヒストリカル)法,インプライド(RT)法)を比較する.ただし,インプライド(RT)法以外の推定に過去データを用いる方法に関しては,パラメータ推定期間によって推定結果が変化することが想定されるため,Kostakis et al.(2011)と同様に L = 36 , 48 , 60 , 72 (ヶ月)の4つの推定期間を設定して比較を行う.また,ベンチマークとして株式および無リスク資産に100%投資した場合のパフォーマンスも比較対象に加える.すなわち,インプライド(RT)法を除く3つの方法のそれぞれに対して4つの推定期間で計12パターン,それにインプライド(RT)法,株式のみに投資,無リスク資産のみに投資の3パターンを加えた計15パターンを比較する.

3.2 最適資産配分の決定

Kostakis et al.(2011)およびZdorovenin and Pézier(2011)と同様の枠組みで株式と無リスク資産の2資産に対する資産配分問題を考える.リスク資産を株式の1資産のみとすることで他の資産の影響を考える必要がなく,分布推定方法がパフォーマンスに与える影響をより直接的に計測できる.比較的シンプルな設定であるが,株式と無リスク資産の2資産に対する資産配分は実務でも多く扱われている.例えば,マーケット・タイミング戦略は将来見通しをもとにリスク資産に対する投資比率を機動的にコントロールする戦略である.また,個別株式ポートフォリオの市場エクスポージャー(ベータ)のコントロールも広い意味では株式に対する投資比率を決定する問題といえる.また,投資家の効用関数としてはCRRA型を想定し,リスク回避度が γ = 2 , 4 , 6 , 8 , 10 の5通りの場合に関して分析を行う 11

時点 t において投資家の期待効用を最大化する株式への投資比率 w t を決める問題は,時点 t + 1 における株式の収益率を表す確率変数を r ̃ t + 1 ,時点 t における無リスク金利を r t f ,時点 t + 1 における富を表す確率変数を W ̃ t + 1 ,投資家の効用関数を U ( W ̃ t + 1 ) とすると,(21)式のように定式化できる.

  
\begin{align} \max_{w_t}\quad E_t\left[U\left(\tilde{W}_{t+1}\right)\right] \qquad \mbox{ただし,} \ \tilde{W}_{t+1}=1+{r^f_t+(\tilde{r}_{t+1}-r^f_t)w_t} \end{align} (21)

計算を簡単にするため,最適投資比率の計算には(21)式を期待富 W ¯ t + 1 の周りで4次モーメントまでTaylor近似した式を用いる 12.投資家の効用関数が相対的リスク回避度 γ ( > 1 ) のCRRA型 ( U ( W ̃ t + 1 ) = W ̃ t + 1 1 γ / ( 1 γ ) ) の場合には,(21)式(22)式のように変形できる.

  
\begin{align} \max_{w_t}\quad &E_t\left[U\left(\tilde{W}_{t+1}\right)\right]\nonumber \\ &\approx \frac{\overline{W}_{t+1}^{1-\gamma}-1}{1-\gamma}-\frac{\gamma}{2} \overline{W}_{t+1}^{(-\gamma-1)} M^2_{t+1}+\frac{\gamma(\gamma+1)}{6} \overline{W}_{t+1}^{(-\gamma-2)} M^3_{t+1} - \frac{\gamma(\gamma+1)(\gamma+2)\overline{W}_{t+1}^{(-\gamma-3)}}{24} M^4_{t+1}\\ \end{align} (22)
  
\begin{align} &\mbox{ただし,}\quad \overline{W}_{t+1} = E_t[\tilde{W}_{t+1}]=1+{r^f_t+(E_t\left[\tilde{r}_{t+1}\right]-r^f_t)w_t} \end{align} (23)

ここで, M t + 1 2 , M t + 1 3 , M t + 1 4 はそれぞれ W ̃ t + 1 の従う分布の2次,3次,4次モーメントであり,(24)(26)式を用いて計算できる.

  
\begin{align} &M^2_{t+1}=w_t^2E_t\left[\left(\tilde{r}_{t+1}-E_t\left[\tilde{r}_{t+1}\right]\right)^{2}\right]\label{eq:moment2}\\ \end{align} (24)
  
\begin{align} &M^3_{t+1}=w_t^3E_t\left[\left(\tilde{r}_{t+1}-E_t\left[\tilde{r}_{t+1}\right]\right)^{3}\right]\label{eq:moment3}\\ \end{align} (25)
  
\begin{align} &M^4_{t+1}=w_t^4E_t\left[\left(\tilde{r}_{t+1}-E_t\left[\tilde{r}_{t+1}\right]\right)^{4}\right]\label{eq:moment4} \end{align} (26)

3.3 パフォーマンス評価

パフォーマンスは最適資産配分問題の目的関数と整合的な評価指標である,確実性等価リターン(CER)を用いて評価する.CERはポートフォリオの実現リターンと同等の効用が得られる無リスクリターンの水準を表す指標であり,次のように定義される.ここで T はバックテスト期間, R t は時点 t において実現したポートフォリオのリターンを表す.

  
\begin{align} CER=U^{-1}\left( \frac{1}{T}\sum_{t=1}^T U\left(R_t\right)\right) \end{align} (27)

また,実務でよく使用される指標としてシャープレシオの観点からもパフォーマンス評価を行う.シャープレシオ SR はポートフォリオの実現リターンの平均 R ¯ と標準偏差 σ R ,無リスク金利の平均 r ¯ f を用いて次のように定義される.

  
\begin{align} SR = \frac{\overline{R}-\overline{r}^f}{\sigma_R} \end{align} (28)

株式と無リスク資産の2資産に対する資産配分を考える場合,シャープレシオによる評価ではCERによる評価とは異なり平均的な投資比率の水準にはほとんど影響されず,投資比率変更タイミングの優劣を評価する指標となる13.また,パフォーマンス評価にあたり,取引コストの影響は特に考慮しないが,この点に関しては5節で議論する.

3.4 データ

米国における株式のリターンはS&P500指数,無リスク資産のリターンはLIBOR USD 1Mをもとに計算する.日本における株式のリターンは日経平均株価(日経225)指数,無リスク資産のリターンはLIBOR JPY 1Mをもとに計算する.バックテスト期間における各投資対象の月次リターンの統計量を表2に示す.米国と日本のどちらにおいても株式の分布は無リスク資産の分布と比較して,平均が高く,標準偏差が大きく,歪度が小さくなっている.

表2 投資対象資産の統計量
  米国 日本
  株式(S&P500) 無リスク資産
(LIBOR USD 1M)
株式
(日経225)
無リスク資産
(LIBOR JPY 1M)
サンプル数 236 236 236 236
平均(年率) 4.93% 1.93% 2.41% 0.15%
標準偏差(年率) 14.52% 0.56% 19.10% 0.06%
歪度 -0.602 1.009 -0.551 1.713
超過尖度 1.173 -0.202 0.783 2.269
最大値 10.77% 0.56% 12.85% 0.08%
最小値 -16.94% 0.01% -23.83% -0.01%
シャープレシオ(年率) 0.206 0 0.118 0
相関係数 -0.131 -0.186

インプライド分布を推定する場合にはオプション価格データを用いるが,米国市場における分析にはシカゴ・オプション取引所(CBOE)で取引されているS&P500指数オプション,日本市場における分析には大阪取引所で取引されている日経225オプションの価格データを用いる.なお,S&P500指数オプションの価格には取引終了時点におけるbid価格とask価格の平均値(仲値)を利用して分析を行った.日経225オプションの価格に関しては,今回分析に利用したデータセットではbid価格やask価格の情報が利用できなかったため,終値を利用して分析を行った.終値を用いて分析を行う場合には最後に取引成立した時点が取引終了時点付近であるとは限らず,データの非同期性の問題が発生するため,仲値を用いて分析した場合に比べてノイズが大きくなる可能性がある.流動性が低いオプションデータによるノイズの影響を緩和するため,以下の条件に当てはまるデータを除外した上で分析を行う.

  • 1. 満期までの期間が6日以下,または731日以上のデータ
  • 2. Black-Scholes公式を用いて計算したインプライドボラティリティの値が1を上回るデータ
  • 3. オプション価格が行使価格に対して単調でないデータ
  • 4. ask価格がbid価格の1.5倍を上回るデータ(S&P500指数オプションのみ)
  • 5. アット・ザ・マネーのコールオプション価格もしくはプットオプション価格が欠損でインプライド配当率が計算できない満期のデータ(S&P500指数オプションのみ)
  • 6. 終値が1円のデータ(日経225オプションのみ)

また,インプライドボラティリティを計算する際の無リスク金利としてはLIBOR USD(米国)もしくはLIBOR JPY(日本)を線形補間して利用する.

分布を推定する際に最大で72ヶ月前のデータを用いる必要があるため,1994年1月31日から2019年9月30日のデータを分析に利用している.

4 分布推定方法の特徴と資産配分のパフォーマンスに関する分析

4.1 分布のモーメント

各方法で推定した分布の特徴を確認するため,図1に分布のモーメント統計量の推移を示す.平均と標準偏差は年率換算した値,尖度は正規分布の尖度を0とした場合の値(超過尖度)を示している.また,紙面の都合上,推定に過去データを用いる方法のパラメータ推定期間は L = 60 (ヶ月)の場合を抜粋して掲載する 14

図1 分布のモーメント統計量

各推定方法に関して米国と日本の両方において概ね共通の特徴が見られた.まず,平均はインプライド(RT)法のみがその他の3つの方法とは大きく異なった動きをしており,それ以外の3つの方法は類似した動きをしている.この点についてより詳しく考察するため,表3に各分布の平均と過去60ヶ月ローリング平均リターンおよびボラティリティインデックス(VI)15との相関係数(スピアマンの順位相関)を計算した結果を示す.

表3 分布の平均との相関(スピアマンの順位相関係数)
  米国   日本
  リターン60M VI   リターン60M VI
ヒストリカル (経験分布) 1.00 -0.19   1.00 -0.28
ヒストリカル(時系列モデル) 0.67 -0.01   0.93 -0.27
インプライド (ヒストリカル) 0.79 -0.06   0.90 -0.20
インプライド (RT) -0.28 0.54   0.28 0.31

まず,過去60ヶ月ローリング平均リターンとの相関を確認すると,ヒストリカル(経験分布)法はその推定方法から必然的に分布の平均と過去60ヶ月ローリング平均リターンが常に一致するため,相関係数は1となる.ヒストリカル(時系列モデル)法を用いた場合の相関は米国で0.67,日本で0.93,インプライド(ヒストリカル)法の場合は米国で0.79,日本で0.90と比較的高い値となっている.一方で,インプライド(RT)法の過去リターンとの相関に関しては米国で−0.28,日本で0.28と他の3つと比べると大幅に低い値となっている.このことから,インプライド(RT)法を除いた3つの方法は推定に過去データを利用する方法であるため,いずれの方法も分布の平均が推定期間の平均リターンに近い値となり,互いに類似した動きをしていたと考えられる.一方で,インプライド(RT)法に関してはVIとの相関係数が米国で0.54,日本で0.31と正の相関が見られた.これは市場参加者がリスクに対するプレミアムを期待していることを示している.インプライド(RT)法を用いた場合にリスク中立分布の標準偏差とリスク調整後の分布の平均が正の相関を持つという結果はAudrino et al.(2019)伊藤ら(2019)と整合的である.ただし,相関係数の値はそれほど高い値ではないことから,分布の平均の変化にはリスク以外の要素も相応に寄与しているといえる.なお,インプライド(RT)法を除いた3つの方法に関してはVIとの相関係数がいずれもマイナスとなっているが,これは株価の下落局面(過去リターンの低い局面)でVIが上昇する傾向があるためである.

標準偏差,歪度,超過尖度に関してはインプライド(ヒストリカル)法とインプライド(RT)法が非常に近い動きをしている.このことからインプライド分布のリスク調整の方法が平均以外のモーメントに与える影響は小さいことがわかる.また,これら2つの方法とヒストリカル(時系列モデル)法の間にも動きに類似性が見られる.特に,ヒストリカル(時系列モデル)法は過去データのみ,インプライド(RT)法はオプション価格のみを利用して推定していることを踏まえるとこれらの間に類似性が見られるという結果は意外であった.しかし,オプションの市場価格との整合性に関して,ヒストリカル(経験分布)法(対数正規分布を仮定)とヒストリカル(時系列モデル)法(GARCH モデル)を比較した場合に後者の方が整合性が高いという先行研究の結果(渡部(2003))を踏まえると,この類似性はオプション市場参加者が時系列モデルから推定したパラメータを参考に価格付けしていることによって生じている可能性が高い16.また,インプライド分布の歪度は2009年以降徐々に低下しており,この現象は政治的不確実性が高まっていることによるものとして解釈されることがある(崎山ら(2017)).しかし,ヒストリカル(時系列モデル)法においても同様の期間で歪度の低下傾向が観察できることを踏まえると,近年のアルゴリズム取引の拡大などの要因により,リターンの時系列特性が変化していることが原因である可能性もある.本研究の目的から逸れるためこれ以上の議論は行わないが,この点に関して調べることは興味深く,今後の課題としたい.

4.2 投資比率

図2はリスク回避度が γ = 6 の場合における株式への投資比率の時系列変化の様子,表4は株式への投資比率に関する統計量を示している.米国,日本のどちらにおいてもインプライド(RT)法の投資比率の標準偏差は他の方法と比較して半分以下であり,投資比率の変化幅が小さい.このような傾向が見られる理由として,インプライド(RT)法では分布の平均と標準偏差が順相関していることがある.一般に分布の平均が大きく,標準偏差が小さいときに投資比率は高くなるため,分布の平均と標準偏差が順相関していると平均の変化の影響と標準偏差の変化の影響が打ち消しあう方向に働き,相関がない場合と比較して投資比率の変化が小さくなる.投資比率の標準偏差が一番大きかったのはヒストリカル(時系列モデル)法であった.これはレバレッジ効果を捉える項の影響により,株価下落時に標準偏差が大きくなる傾向があるため,インプライド(RT)法の場合とは反対に分布の平均と標準偏差が逆相関することが要因になっている.インプライド(RT)法以外の3つの方法に関して投資比率の推移に類似した動きが見られるが,この動きは分布の平均の変化の仕方とも類似していることから,これらの方法の分布の平均が推定期間の平均リターンの影響を強く受けるためであると考えられる.また,株式への平均投資比率に関しては米国と日本で投資比率の高い順番が異なっており,明確な傾向は見られなかった.

図2 株式への投資比率(γ=6

表4 株式への投資比率の統計量(%)()
米国 日本
  平均 標準偏差 最小 最大   平均 標準偏差 最小 最大
ヒストリカル
(経験分布)()
45.5 65.3 -76.6 197.4 16.5 42.8 -47.7 99.1
ヒストリカル
(時系列モデル)()
45.3 74.8 -100.0 200.0 28.5 51.2 -59.6 159.2
インプライド
(ヒストリカル)()
28.6 52.7 -63.3 179.8 8.7 30.7 -41.3 65.2
インプライド
(RT)
12.6 12.7 -37.6 48.7 17.0 14.7 -25.8 50.2

4.3 パフォーマンスの比較

図3にリスク回避度が γ = 6 の場合におけるバックテストの累積リターンを示す.主な比較対象である4つの方法に加えて,参考として無リスク資産および株式のそれぞれに100%投資した場合の累積リターンも示している.米国,日本のどちらにおいてもインプライド(RT)法が4つの比較対象の中で最も高いリターンを獲得できており,リターンのぶれも小さい.米国の場合には株式に100%投資した場合と比較して最終的なリターンはやや小さいものの,リターンのぶれは大幅にインプライド(RT)法が抑制できている.日本の場合には株式に100%投資した場合と比較してもインプライド(RT)法のリターンが高くなっていた

図3 ポートフォリオの累積リターン(γ=6

表5は米国と日本のそれぞれにおいて5通りのリスク回避度 ( γ = 2 , 4 , 6 , 8 , 10 ) の場合におけるバックテストのパフォーマンスを目的関数と整合的な指標であるCERを用いて比較した結果である.なお,各方法の名前の後の数字はパラメータ推定期間を表している.また,比較対象の中で最もパフォーマンスが高かった方法の結果は太字で示している.

表5 パフォーマンスの比較(CER(年率%))
米国 日本
γ=2 4 6 8 10 γ=2 4 6 8 10
無リスク資産 1.93 1.93 1.92 1.92 1.92 0.15 0.15 0.15 0.15 0.15
株式 2.77 0.52 -1.84 -4.33 -6.95 -1.36 -5.36 -9.63 -14.24 -19.27
ヒストリカル(経験分布)36 3.74 1.2 -0.22 -0.49 -0.14 -0.79 -3.56 -4 -3.05 -2.39
ヒストリカル(経験分布)48 0.11 0.79 0.77 1.06 1.24 -0.21 -2.53 -1.62 -1.17 -0.9
ヒストリカル(経験分布)60 -3.38 -2.61 -1.22 -0.43 0.05 -6.16 -3.84 -2.5 -1.83 -1.43
ヒストリカル(経験分布)72 -3.34 -2.07 -0.99 -0.25 0.19 -5.66 -3.34 -2.17 -1.59 -1.24
ヒストリカル(時系列モデル)36 5.91 3.1 1.73 1.54 1.5 -0.42 -1.57 -1.38 -1.18 -0.91
ヒストリカル(時系列モデル)48 4.41 2.28 1.77 1.74 1.77 2.75 -0.25 -0.29 -0.17 -0.11
ヒストリカル(時系列モデル)60 0.98 0.18 0.38 0.72 0.96 -2.89 -2.74 -1.77 -1.29 -1.01
ヒストリカル(時系列モデル)72 1.57 0.66 0.47 0.76 0.99 -2.82 -2.57 -1.65 -1.2 -0.93
インプライド(ヒストリカル)36 2.9 -0.09 -0.31 0.06 0.43 -1.5 -2.62 -1.71 -1.24 -0.96
インプライド(ヒストリカル)48 1.15 0.3 0.81 1.09 1.25 -2.36 -1.48 -0.94 -0.67 -0.51
インプライド(ヒストリカル)60 -2.89 -1.8 -0.63 0.01 0.39 -4.8 -2.5 -1.62 -1.18 -0.91
インプライド(ヒストリカル)72 -3.74 -2.95 -1.44 -0.6 -0.09 -5.03 -2.43 -1.58 -1.15 -0.88
インプライド(RT) 4.59 3.26 2.82 2.59 2.46 4.18 2.17 1.5 1.16 0.96

米国の γ = 2 を除いた全てのケースでインプライド(RT)法のCERが最も高くなっている.米国の γ = 2 のケースにおいてもインプライド(RT)法のCERはヒストリカル(時系列モデル)法の L = 36 のケースに次いで2番目であった.このことからインプライド(RT)法は多くのケースで他の方法と比較して相対的に高いパフォーマンスを獲得できているといえる.特に日本においてはインプライド(RT)法以外の方法で資産配分を行った場合のCERはほとんどのケースでマイナスであったが,インプライド(RT)法を用いた場合のCERはいずれの場合もプラスであった.インプライド(RT)法とその他の方法の大きな違いは過去のデータを推定に用いるかどうかという点であり,今回の結果は資産配分において過去データを利用しないフォワードルッキングな方法がより高いパフォーマンスを獲得できたことを示している.

インプライド(RT)法以外の方法に関してはパラメータ推定期間やリスク回避度によって結果が大きく異なっており,一概にどの方法が良いとはいえない.ただし,その中でもヒストリカル(時系列モデル)法の推定期間が36 ヶ月や48ヶ月の場合のパフォーマンスが比較的高い傾向にあった.ヒストリカル(時系列モデル)法のパフォーマンスがインプライド(ヒストリカル)法と比較して高くなるという結果は,Zdorovenin and Pézier (2011)の2000年3月から2009年9月における分析の結果と整合的である.

表6はシャープレシオを用いてパフォーマンスを比較した結果を示している.日本と米国の全てのケースに対してインプライド(RT)法のシャープレシオが最も高くなっている.3.3節で述べたようにシャープレシオは平均的な投資比率の影響を受けない指標である.すなわち,インプライド(RT)法は投資比率の変更を適切なタイミングで行うことによって高いパフォーマンスを獲得しているといえる.これはフォワードルッキングな推定による投資比率の変更が適切に機能していることを示唆する結果である.

表6 パフォーマンスの比較(シャープレシオ)
米国 日本
γ=2 4 6 8 10 γ=2 4 6 8 10
無リスク資産 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
株式 0.21 0.21 0.21 0.21 0.21 0.12 0.12 0.12 0.12 0.12
ヒストリカル(経験分布)36 0.29 0.27 0.19 0.16 0.15 0.19 0.12 0.05 0.05 0.05
ヒストリカル(経験分布)48 0.09 0.2 0.19 0.19 0.19 0.21 0.08 0.08 0.08 0.08
ヒストリカル(経験分布)60 -0.1 -0.05 -0.03 -0.03 -0.03 -0.08 -0.1 -0.1 -0.1 -0.1
ヒストリカル(経験分布)72 -0.12 -0.06 -0.04 -0.04 -0.04 -0.15 -0.15 -0.15 -0.15 -0.15
ヒストリカル(時系列モデル)36 0.4 0.35 0.29 0.26 0.25 0.23 0.24 0.24 0.23 0.23
ヒストリカル(時系列モデル)48 0.32 0.28 0.25 0.25 0.25 0.35 0.29 0.28 0.28 0.28
ヒストリカル(時系列モデル)60 0.14 0.12 0.11 0.1 0.1 0.09 0.08 0.09 0.09 0.09
ヒストリカル(時系列モデル)72 0.17 0.15 0.12 0.11 0.11 0.07 0.04 0.05 0.05 0.05
インプライド(ヒストリカル)36 0.23 0.12 0.08 0.06 0.06 0.12 0.05 0.05 0.05 0.05
インプライド(ヒストリカル)48 0.13 0.06 0.06 0.06 0.06 0.05 0.03 0.03 0.03 0.03
インプライド(ヒストリカル)60 -0.11 -0.11 -0.1 -0.1 -0.1 -0.14 -0.16 -0.16 -0.16 -0.16
インプライド(ヒストリカル)72 -0.18 -0.15 -0.15 -0.15 -0.15 -0.23 -0.22 -0.22 -0.22 -0.22
インプライド(RT) 0.45 0.44 0.44 0.43 0.42 0.45 0.45 0.45 0.45 0.45

4.4 モーメント別分析

推定方法によるパフォーマンスの違いが分布のどのモーメントに起因するのかを明らかにするため,各モーメントがパフォーマンスに与える影響を分析する.具体的には平均,標準偏差,歪度,超過尖度の4つのモーメントのうち,いずれか1つを各方法で推定した値を利用し,それ以外は分析期間における実現リターンから計算した値(表 2の値)で一定かつ共通としてパフォーマンスを比較する17

表7に平均のみを変化させた場合の結果,表8に標準偏差のみを変化させた場合の結果を示す.なお,歪度および超過尖度を変化させた場合に関してはパフォーマンスに与える影響が小さく,推定方法によるCERの違いはほとんどなかったため,結果は省略する.平均のみを変化させて資産配分を行った場合に関しては全てのケースでインプライド(RT)法のパフォーマンスが最も高くなっている.標準偏差のみを変化させて資産配分を行った場合に関しては米国と日本で結果が若干異なっており,米国の場合は多くのケースでインプライド(ヒストリカル)法のパフォーマンスが最も高く,日本の場合は全てのケースでインプライド(RT)法のパフォーマンスが最も高くなっていた.ただし,標準偏差のみを変化させた場合のCERの差は平均のみを変化させた場合のCERの差に比べて小さく,パフォーマンスの違いへの影響は限定的であった.これらの結果からインプライド(RT)法の高パフォーマンスの要因は分布の平均の推定値にあることがわかった.これは特に期待リターン(分布の平均)の推定に関してフォワードルッキングな方法を用いることの重要性を示す結果といえる.

表7 パフォーマンスの比較:平均のみを変化させた場合(CER(年率%))
米国 日本
γ=2 4 6 8 10 γ=2 4 6 8 10
無リスク資産 1.93 1.93 1.92 1.92 1.92 0.15 0.15 0.15 0.15 0.15
株式 2.77 0.52 -1.84 -4.33 -6.95 -1.36 -5.36 -9.63 -14.24 -19.27
ヒストリカル(経験分布)36 2.26 -0.16 -0.59 -0.75 -0.42 0.53 -2.63 -2.76 -2.23 -1.74
ヒストリカル(経験分布)48 -0.25 -0.6 -0.14 0.39 0.7 1.82 -1.27 -0.9 -0.63 -0.48
ヒストリカル(経験分布)60 -4.43 -2.41 -0.98 -0.25 0.19 -5.01 -2.93 -1.9 -1.39 -1.08
ヒストリカル(経験分布)72 -3.36 -2.06 -0.73 -0.06 0.34 -5.34 -3.22 -2.09 -1.53 -1.19
ヒストリカル(時系列モデル)36 3.84 2.22 1.34 0.91 0.57 -1.19 -3.34 -2.99 -2.75 -2.55
ヒストリカル(時系列モデル)48 3.51 1.96 1.17 0.67 0.56 0.47 -1.78 -1.4 -1.01 -0.77
ヒストリカル(時系列モデル)60 0.5 -0.76 -0.3 0.2 0.55 -5.39 -3.56 -2.35 -1.72 -1.34
ヒストリカル(時系列モデル)72 -0.03 -0.65 0.22 0.65 0.92 -3.99 -3.03 -2.09 -1.53 -1.19
インプライド(ヒストリカル)36 2.3 0.12 -0.95 -1.63 -1.99 -3.04 -4.29 -4.64 -4.24 -3.83
インプライド(ヒストリカル)48 -4.53 -4.35 -3.67 -3.32 -3.08 -6.53 -6.53 -5.13 -4.31 -3.93
インプライド(ヒストリカル)60 -9.39 -9.72 -6.83 -5 -3.94 -11.36 -8.11 -5.7 -4.47 -3.67
インプライド(ヒストリカル)72 -9.31 -10.26 -7.86 -5.42 -3.91 -10.56 -8.87 -5.93 -4.45 -3.5
インプライド(RT) 4.19 3.06 2.66 2.48 2.36 4.38 2.69 1.99 1.59 1.31
表8 パフォーマンスの比較:標準偏差のみを変化させた場合(CER(年率%))
米国 日本
γ=2 4 6 8 10 γ=2 4 6 8 10
無リスク資産 1.93 1.93 1.92 1.92 1.92 0.15 0.15 0.15 0.15 0.15
株式 2.77 0.52 -1.84 -4.33 -6.95 -1.36 -5.36 -9.63 -14.24 -19.27
ヒストリカル(経験分布)36 4.75 3.23 2.8 2.58 2.45 0.81 0.48 0.37 0.32 0.29
ヒストリカル(経験分布)48 5.04 3.5 2.98 2.72 2.56 0.66 0.4 0.32 0.28 0.25
ヒストリカル(経験分布)60 4.82 3.39 2.9 2.66 2.51 0.37 0.26 0.22 0.21 0.2
ヒストリカル(経験分布)72 5.22 3.58 3.04 2.76 2.59 0.52 0.33 0.28 0.24 0.23
ヒストリカル(時系列モデル)36 5.99 3.97 3.3 2.95 2.75 1.31 0.73 0.54 0.44 0.39
ヒストリカル(時系列モデル)48 6.09 4.04 3.34 2.99 2.77 1.23 0.7 0.51 0.42 0.37
ヒストリカル(時系列モデル)60 6.06 4.05 3.35 2.99 2.78 1.07 0.61 0.46 0.38 0.34
ヒストリカル(時系列モデル)72 6.17 4.11 3.38 3.02 2.8 1.09 0.62 0.47 0.38 0.34
インプライド(ヒストリカル)36 5.74 3.86 3.22 2.89 2.7 1.54 0.85 0.61 0.5 0.43
インプライド(ヒストリカル)48 5.92 4.15 3.42 3.04 2.82 1.61 0.88 0.64 0.52 0.44
インプライド(ヒストリカル)60 5.63 4.15 3.41 3.04 2.82 1.56 0.86 0.62 0.51 0.44
インプライド(ヒストリカル)72 5.53 4.06 3.35 2.99 2.78 1.55 0.85 0.62 0.5 0.43
インプライド(RT) 5.98 4.02 3.32 2.98 2.76 1.66 0.91 0.66 0.53 0.46

5 ロバスト性の検証

本節では「インプライド(RT)法を用いた場合に他の方法を用いた場合と比較して高いパフォーマンスが得られる傾向にある」という結果のロバスト性に関して様々な観点から検討する.

5.1 効用関数の影響

4節ではCRRA型の効用関数を持つ投資家を想定して検証を行った.ここでは効用関数のタイプの影響に関して検討するため,CARA型の効用関数( U ( W ̃ t + 1 ) = γ 1 exp ( γ W ̃ t + 1 ) γ は絶対的リスク回避度を表すパラメータ)を持つ投資家を想定した場合の検証を行う 18.投資家の効用関数がCARA型の場合,(21)式を4次モーメントまでTaylor近似することで次式が得られる.

  
\begin{align} \max_{w_t}\quad E\left[U\left(\tilde{W}_{t+1}\right)\right] \approx-\frac{1}{\gamma} \exp \left(-\gamma \overline{W}_{t+1}\right)\left(1+\frac{\gamma^{2}}{2} M^2_{t+1}-\frac{\gamma^{3}}{6} M^3_{t+1}+\frac{\gamma^{4}}{24} M^4_{t+1}\right) \end{align} (31)

ただし, W ¯ t + 1 (23)式 M t + 1 2 , M t + 1 3 , M t + 1 4 はそれぞれ (24)(26) 式で定義される.

表9は投資家の効用関数がCARA型の場合に関して,CERの比較を行った結果である.日本と米国いずれの場合も得られた結果は概ね表5のCRRA型の場合と同様であり,米国の γ = 2 を除くすべてのケースでインプライド(RT)法のパフォーマンスが最も高く,米国の γ = 2 の場合でもヒストリカル(時系列モデル)法( L = 36 )に次ぐ2番目に高いパフォーマンスであった.この結果から,効用関数がCARA型の場合においてもインプライド(RT)法は多くのケースで相対的に高いパフォーマンスを獲得できることが確認できた.

表9 パフォーマンスの比較:投資家の効用関数がCARA 型の場合(CER(年率%))
米国 日本
γ=2 4 6 8 10 γ=2 4 6 8 10
無リスク資産 1.93 1.93 1.92 1.92 1.92 0.15 0.15 0.15 0.15 0.15
株式 2.79 0.58 -1.72 -4.12 -6.63 -1.3 -5.18 -9.24 -13.53 -18.07
ヒストリカル(経験分布)36 3.74 1.23 -0.16 -0.41 -0.08 -0.69 -3.48 -3.84 -2.93 -2.31
ヒストリカル(経験分布)48 0.12 0.81 0.78 1.07 1.24 -0.07 -2.46 -1.59 -1.15 -0.89
ヒストリカル(経験分布)60 -3.36 -2.58 -1.19 -0.41 0.07 -6.06 -3.8 -2.48 -1.82 -1.42
ヒストリカル(経験分布)72 -3.35 -2.04 -0.97 -0.24 0.2 -5.59 -3.31 -2.16 -1.58 -1.23
ヒストリカル(時系列モデル)36 5.94 3.2 1.71 1.53 1.49 -0.32 -1.61 -1.4 -1.19 -0.91
ヒストリカル(時系列モデル)48 4.43 2.33 1.76 1.74 1.77 2.88 -0.3 -0.31 -0.18 -0.11
ヒストリカル(時系列モデル)60 1 0.29 0.39 0.72 0.97 -2.76 -2.79 -1.79 -1.3 -1.01
ヒストリカル(時系列モデル)72 1.64 0.67 0.46 0.76 0.99 -2.73 -2.61 -1.66 -1.21 -0.94
インプライド(ヒストリカル)36 3.07 -0.02 -0.27 0.05 0.42 -1.62 -2.59 -1.69 -1.23 -0.96
インプライド(ヒストリカル)48 1.26 0.3 0.8 1.09 1.25 -2.32 -1.51 -0.95 -0.68 -0.51
インプライド(ヒストリカル)60 -2.8 -1.78 -0.66 -0.01 0.38 -4.96 -2.52 -1.63 -1.18 -0.92
インプライド(ヒストリカル)72 -3.75 -2.96 -1.48 -0.62 -0.1 -5.09 -2.45 -1.58 -1.15 -0.89
インプライド(RT) 4.64 3.28 2.82 2.6 2.46 4.18 2.17 1.49 1.16 0.96

5.2 取引コストの影響

4節の分析では取引コストは考慮していないが,実際に運用を行う場合には株式の売買に対して取引コスト(証券会社への手数料やマーケットインパクト)を支払う必要がある.取引コストの影響に関して検討するため,ここではDeMiguel et al.(2009)Kostakis et al.(2011)と同様に株式の売買に対して一回転あたり0.5%の比例コストがかかると想定してパフォーマンスを比較する.

表10に投資家の効用関数がCRRA型と想定して資産配分を行った場合の,株式の回転率(投資比率の変化の絶対値)の期間平均値を示す.推定に過去データを用いる方法に関してはパラメータ推定期間が長いほど,回転率が抑制される傾向が見られた.ヒストリカル(時系列モデル)法の回転率が他の方法と比較してやや高い傾向が見られた.インプライド(RT)法の回転率の水準はヒストリカル(時系列モデル)法やインプライド(ヒストリカル)法の場合と大きな違いはなかった.

表10 回転率の比較(%)
米国 日本
γ=2 4 6 8 10 γ=2 4 6 8 10
ヒストリカル(経験分布)36 12.2 15.5 13.5 11.3 9.5 16.6 12.7 10.1 7.7 6.2
ヒストリカル(経験分布)48 12.8 11.7 10.5 7.9 6.3 13.4 10.2 6.9 5.2 4.2
ヒストリカル(経験分布)60 11.2 10.7 8.6 6.4 5.2 12 8.2 5.5 4.1 3.3
ヒストリカル(経験分布)72 9.9 8.1 6.5 4.8 3.9 10.8 6.5 4.4 3.3 2.6
ヒストリカル(時系列モデル)36 32 37 31 24.4 20 27 28.2 23.3 18.1 14.5
ヒストリカル(時系列モデル)48 27.4 34 29.4 23.2 18.7 28.1 28.5 20.5 15.6 12.5
ヒストリカル(時系列モデル)60 24.8 33.8 30.2 23.6 19 30.5 27.6 18.9 14.2 11.4
ヒストリカル(時系列モデル)72 26.7 35.9 30.4 23.7 19.1 34.7 26.8 18.2 13.7 10.9
インプライド(ヒストリカル)36 21.8 17.8 14.5 11.1 8.9 13.8 10.4 7.1 5.3 4.3
インプライド(ヒストリカル)48 18.4 17.2 11.7 8.8 7.1 13.4 7.8 5.2 3.9 3.2
インプライド(ヒストリカル)60 17.7 16.5 11.6 8.7 7 11.8 6.3 4.2 3.2 2.6
インプライド(ヒストリカル)72 20.6 15.4 10.9 8.2 6.6 10.2 5.2 3.5 2.6 2.1
インプライド(RT) 28.3 14.4 9.7 7.3 5.8 20.3 10.3 6.9 5.2 4.2

表11は取引コストを含めてCERを計算した結果である.表5の取引コストを考慮しない場合と比較して全体的な傾向に大きな違いはなく,米国の γ = 2 を除くすべてのケースでインプライド(RT)法のパフォーマンスが最も高くなっていた.このことから取引コストを考慮した場合でもインプライド(RT)法は相対的に高いパフォーマンスが得られることが確認できた.

表11 パフォーマンスの比較:取引コスト(1回転あたり0.5%)を考慮した場合(CER(年率%))
米国 日本
γ=2 4 6 8 10 γ=2 4 6 8 10
無リスク資産 1.93 1.93 1.92 1.92 1.92 0.15 0.15 0.15 0.15 0.15
株式 2.77 0.52 -1.84 -4.33 -6.95 -1.36 -5.36 -9.63 -14.24 -19.27
ヒストリカル(経験分布)36 2.74 0.17 -1.09 -1.21 -0.74 -2.05 -4.45 -4.69 -3.56 -2.79
ヒストリカル(経験分布)48 -0.87 0.01 0.1 0.58 0.86 -1.28 -3.22 -2.07 -1.5 -1.16
ヒストリカル(経験分布)60 -4.23 -3.32 -1.76 -0.81 -0.25 -7.12 -4.38 -2.84 -2.08 -1.63
ヒストリカル(経験分布)72 -4.07 -2.59 -1.38 -0.53 -0.03 -6.47 -3.77 -2.45 -1.79 -1.4
ヒストリカル(時系列モデル)36 3.83 0.85 -0.14 0.08 0.3 -2.28 -3.35 -2.8 -2.26 -1.77
ヒストリカル(時系列モデル)48 2.62 0.21 0.01 0.37 0.66 0.87 -2 -1.54 -1.11 -0.85
ヒストリカル(時系列モデル)60 -0.73 -1.92 -1.45 -0.7 -0.17 -4.94 -4.46 -2.92 -2.15 -1.69
ヒストリカル(時系列モデル)72 -0.22 -1.55 -1.38 -0.67 -0.15 -5.05 -4.22 -2.75 -2.02 -1.59
インプライド(ヒストリカル)36 1.39 -1.24 -1.21 -0.62 -0.11 -2.57 -3.31 -2.16 -1.57 -1.22
インプライド(ヒストリカル)48 -0.11 -0.75 0.12 0.57 0.84 -3.33 -1.99 -1.27 -0.92 -0.7
インプライド(ヒストリカル)60 -4.09 -2.8 -1.31 -0.5 -0.02 -5.62 -2.9 -1.88 -1.37 -1.07
インプライド(ヒストリカル)72 -5.06 -3.87 -2.08 -1.08 -0.48 -5.73 -2.76 -1.79 -1.31 -1.01
インプライド(RT) 2.91 2.41 2.25 2.16 2.11 2.99 1.56 1.09 0.85 0.71

5.3 分析期間の影響

インプライド(RT)法の高いパフォーマンスがごく一部の限られた局面の結果によるものではないか,また,各方法の得意・不得意な局面はどのような局面であるかを確認するために,バックテスト期間を以下のように4つのサブサンプルに区切り,パフォーマンスの比較を行う.

  • •期間A:2000年1月末から2005年1月末まで(60ヶ月)
  • •期間B:2005年1月末から2010年1月末まで(60ヶ月)
  • •期間C:2010年1月末から2015年1月末まで(60ヶ月)
  • •期間D:2015年1月末から2019年9月末まで(56ヶ月)

分析結果を表12(米国の場合)および表13(日本の場合)に示す.紙面の都合上,リスク回避度に関しては γ = 2 , 6 , 10 の場合のみを掲載する.米国の場合は期間Aと期間Bにおいてインプライド(RT)法のパフォーマンスが最も高く,期間Cではヒストリカル(時系列モデル)法( L = 48 ),期間Dではヒストリカル(経験分布)法( L = 48 , 72 )のパフォーマンスが最も高くなっていた.また,日本の場合は期間Bと期間Dにおいてインプライド(RT)法のパフォーマンスが最も高く,期間Aと期間Cにおいてヒストリカル(時系列モデル)法( L = 48 , 60 )のパフォーマンスが最も高くなった.このように,インプライド(RT)法は米国と日本のそれぞれにおいて4つのバックテスト期間中,2つの期間で最も高いパフォーマンスを獲得できている.また,米国と日本の両方でインプライド(RT)法のCERが4つの期間全てでプラスであり,インプライド(RT)法は様々な局面でパフォーマンスを安定的に獲得できている.これらのことから,インプライド(RT)法の高いパフォーマンスは一部の限られた局面のみに依存したものではないといえる.

表12 パフォーマンスの比較:分析期間を分けた検証(米国(CER:年率%))
期間A (60ヶ月) 期間B (60ヶ月) 期間C (60ヶ月) 期間D (56ヶ月)
γ=2 6 10 γ=2 6 10 γ=2 6 10 γ=2 6 10
無リスク資産 2.93 2.92 2.91 3.34 3.33 3.33 0.22 0.22 0.22 1.18 1.18 1.18
株式 -4.62 -9.92 -15.3 -3.28 -9.4 -16.71 11.63 8.25 4.74 7.87 4.81 1.58
ヒストリカル(経験分布)36 -6.88 -2.03 -0.05 -1.29 -0.3 0.86 12.57 5.13 2.97 11.29 -3.79 -4.52
ヒストリカル(経験分布)48 -12.84 -2.98 -0.62 -5 -1.5 0.42 9.62 4.72 2.92 9.59 3.09 2.34
ヒストリカル(経験分布)60 -17.1 -4.35 -1.44 -10.71 -5.3 -1.85 4.86 2.48 1.58 10.76 2.67 2.09
ヒストリカル(経験分布)72 -17.51 -5.29 -2 -8.96 -0.98 0.74 3 0.99 0.68 11.5 1.54 1.44
ヒストリカル(時系列モデル)36 0.28 -0.38 -0.31 -1.69 1.63 2.31 16.94 6.74 4.18 8.47 -1.15 -0.25
ヒストリカル(時系列モデル)48 -8.41 -5.49 -2.46 -1.08 1.48 2.22 20.05 9.52 5.87 7.69 1.84 1.57
ヒストリカル(時系列モデル)60 -17.44 -6.74 -2.89 -4.72 -0.27 1.04 19.45 8.21 4.98 7.69 0.59 0.83
ヒストリカル(時系列モデル)72 -19.87 -7.08 -3.07 -0.6 0.49 1.34 19.62 7.99 4.91 8.29 0.78 0.92
インプライド(ヒストリカル)36 -2.92 -0.59 0.81 -1.61 0.75 1.76 8.54 2.4 1.5 8.02 -4 -2.51
インプライド(ヒストリカル)48 -6.47 -1.62 0.19 -5.33 0.32 1.51 6.71 2.14 1.38 10.5 2.57 2
インプライド(ヒストリカル)60 -13.96 -4.32 -1.42 -8.16 -0.8 0.84 2.17 0.61 0.46 9.46 2.24 1.81
インプライド(ヒストリカル)72 -17.26 -6.97 -3 -5.31 0.25 1.48 -0.74 -0.25 -0.07 9.55 1.51 1.36
インプライド(RT) 4.06 3.26 3.12 3.46 3.38 3.36 6.89 2.48 1.58 3.93 2.11 1.74
表13 パフォーマンスの比較:分析期間を分けた検証(日本(CER:年率%))
期間A (60ヶ月) 期間B (60ヶ月) 期間C (60ヶ月) 期間D (56ヶ月)
γ=2 6 10 γ=2 6 10 γ=2 6 10 γ=2 6 10
無リスク資産 0.1 0.1 0.1 0.4 0.4 0.4 0.13 0.13 0.13 -0.03 -0.03 -0.03
株式 -12.61 -20.06 -27.4 -4.78 -16.81 -32.84 9.39 2.55 -4.57 3.06 -2.87 -9.23
ヒストリカル(経験分布)36 -3.1 -2.46 -1.43 -4.69 -8.23 -4.7 9.86 3.82 2.34 -5.42 -9.21 -5.82
ヒストリカル(経験分布)48 0.48 -1.67 -0.96 -13.81 -6 -3.43 13.47 4.68 2.86 -0.7 -3.45 -2.07
ヒストリカル(経験分布)60 -0.81 -0.41 -0.21 -22.2 -8.48 -4.91 0.02 -0.02 0.04 -0.99 -0.85 -0.52
ヒストリカル(経験分布)72 -2.96 -1.33 -0.75 -16.41 -5.2 -2.96 -3.93 -1.21 -0.67 1.25 -0.84 -0.51
ヒストリカル(時系列モデル)36 -0.05 -3.38 -2.54 -11.67 -1.62 -0.78 13.74 4.16 2.5 -3.61 -4.8 -2.89
ヒストリカル(時系列モデル)48 4.42 0.18 0.15 -6.92 -1.97 -0.97 16.61 5.37 3.29 -3.22 -4.92 -2.99
ヒストリカル(時系列モデル)60 2.04 0.64 0.42 -13.11 -4.86 -2.75 2.68 0.55 0.38 -3.03 -3.48 -2.12
ヒストリカル(時系列モデル)72 1.4 -0.04 0.02 -6.11 -1.95 -1.01 -3.38 -1.12 -0.62 -3.19 -3.59 -2.18
インプライド(ヒストリカル)36 -3 -1.11 -0.62 -3.37 -3.85 -2.13 4.54 1.44 0.92 -4.33 -3.38 -2.06
インプライド(ヒストリカル)48 0.34 -0.11 -0.03 -11.05 -3.55 -1.98 4.93 1.72 1.09 -3.61 -1.85 -1.14
インプライド(ヒストリカル)60 1.5 0.49 0.33 -16.42 -5.3 -3.03 -4.55 -1.7 -0.96 0.8 0.2 0.1
インプライド(ヒストリカル)72 1.18 0.51 0.35 -13.57 -4.31 -2.43 -7.18 -2.27 -1.31 -0.09 -0.1 -0.08
インプライド(RT) 1.2 0.47 0.32 5.12 1.97 1.34 8.45 2.9 1.8 1.83 0.59 0.34

また,各期間における株式のリターン(年率)は期間Aから順に,−2.0%,−0.6%,13.3%,9.3%(米国)と−8.9%,0.2%,12.7%,5.8%(日本)であり,インプライド(RT)法のパフォーマンスが最も高くなる時期はリターンの絶対値が小さい時期と一致している.これは相場に明確なトレンドがある局面では過去データを用いた推定方法のパフォーマンスが高くなる傾向にあり,トレンドが転換する局面でフォワードルッキングな推定方法のパフォーマンスが高くなる傾向があることを表している.過去データからトレンドの転換局面を適切に捉えることは難しいと考えられ,こうした局面でフォワードルッキングな推定方法のパフォーマンスが相対的に高くなることは直感に沿った結果といえる.

5.4 推定方法の影響

ここまでの分析では収益率分布の推定方法を4つのタイプに分け,各タイプにおける代表的な方法を用いて推定を行った結果を比較してきた.しかし,それぞれのタイプ内でも様々な推定方法が存在するため,2節で説明した方法と異なる方法を用いた場合には同じ結論が得られない可能性がある.そこで推定方法を2節で説明した方法と異なる方法も含めて比較を行う.具体的には,表14に示すように各タイプ内においてそれぞれ新たに2つの方法を用意し,2節で説明した方法を含めた計12通りの推定方法で比較を行った.以下ではそれぞれの推定方法に関して説明する.

表14 比較対象(太字は2 節で説明した推定方法)
タイプ 名称 推定方法の概要
ヒストリカル (経験分布) Hist_Direct 過去データから直接モーメント計算
Hist_Kernel カーネル密度推定(ガウシアンカーネル)
Hist_GH GH分布に含まれる11通りの分布からAIC最小の分布を選択
ヒストリカル (時系列モデル) Hist_GARCH GARCHモデル(誤差項:正規分布)
Hist_GARCH-t GARCHモデル(誤差項:t分布)
Hist_GJR-GARCH-t GJR-GARCHモデル(誤差項:t分布)
インプライド (ヒストリカル) Imp_Hist_CRRA CRRA型効用を仮定
Imp_Hist_CARA CARA型効用を仮定
Imp_Hist_Kernel カーネル密度推定を利用したノンパラメトリックな方法
インプライド (RT) Imp_RT_CRRA CRRA型効用を仮定
Imp_RT_CARA CARA型効用を仮定
Imp_RT_IKH 伊藤ら(2019)の2段階推定法

[ヒストリカル(経験分布)法]

2節で説明したカーネル密度推定を用いる方法(Hist_Kernel)に加えて,過去のリターンから直接モーメントを計算する方法(Hist_Direct)および木村・枇々木(2010)霧生・枇々木(2014)で利用されているGH(一般化双曲型)分布を仮定してパラメータ推定を行う方法(Hist_GH)を用いた場合に関して検証を行う.ここでGH分布はリターンの非対称性やファットテールを表現可能な分布であり,パラメータの設定によって正規分布,t分布,H分布,VG分布,NIG分布などの複数の確率分布を内包している.t分布,H分布,VG分布,NIG分布,GH分布の5つにおいて非対称性パラメータを0と固定するかどうかの 5 × 2 = 10 通りに加えて,正規分布の計11通りの分布でパラメータ推定を行い,AICが最小となるモデルを推定値として用いることで時点ごとに適切な分布を選択する 19

[ヒストリカル(時系列モデル)法]

2 節で説明した ϵ ̃ t + 1 がt分布に従うと仮定したGJR-GARCH(1,1)モデルを用いる方法(Hist_GJR-GARCH-t)に加え,レバレッジ効果がないと想定した通常のGARCH(1,1)モデル((4)式において ζ = 0 の場合)を用いる方法(Hist_GARCH-t), ϵ ̃ t + 1 が正規分布に従うと仮定したGARCH(1,1)モデルを用いる方法(Hist_GARCH)に関して検証を行う.

[インプライド(ヒストリカル)法]

2 節で説明した代表的投資家の効用関数にCRRA型効用を仮定する方法(Imp_Hist_CRRA)に加え,CARA型効用を仮定する方法(Imp_Hist_CARA),Shackleton et al.(2010)霧生・枇々木(2014)で利用されているキャリブレーション関数をカーネル密度推定する方法20(Imp_Hist_Kernel)に関して検証を行う.

[インプライド(RT)法]

2節で説明した代表的投資家の効用関数にCRRA型効用を仮定して推定する方法(Imp_RT_CRRA)に加え,CARA 型効用を仮定する方法(Imp_RT_CARA)および伊藤ら(2019)で提案されている2段階推定法(Imp_RT_IKH)で推定を行う.伊藤ら(2019)の2段階推定法は効用関数形を仮定せずに (19),(20) 式の最適化問題を解くと解が非常に不安定になるという問題が指摘されている(Jackwerth and Menner(2020)Audrino et al.(2019)Kiriu and Hibiki(2019))ことを受けて提案された方法である.この方法では最初に何らかの効用関数形を仮定してパラメトリックに解を大まかに推定し,その解を先験情報としてもう一度解を推定し直すことでパラメトリックな仮定によるバイアスを修正する21.今回はCRRA型効用を仮定した場合(Imp_RT_CRRA)の解を先験情報として用いて分析を行った.

表14の比較対象に対してCERの比較を行った結果を表15に示す.紙面の都合上,リスク回避度に関しては γ = 2 , 6 , 10 の場合のみを掲載する.4節の分析と同様に米国の γ = 2 の場合を除き,インプライド(RT)法に属する方法のCERが最も高くなっており,各タイプ内における推定方法の違いを考慮してもインプライド(RT)法のパフォーマンスは相対的に高い傾向にあることが確認できた.

インプライド(RT)法に分類される方法内でパフォーマンスの違いに関しては,Imp_RT_CRRAとImp_RT_CARAを比較すると米国ではImp_RT_CRRAのパフォーマンスが高く,日本ではImp_RT_CARAのパフォーマンスが高い傾向にあった.また,Imp_RT_IKHはImp_RT_CRRAと比較してパフォーマンスが低い傾向にあり,伊藤ら(2019)の2段階推定法はパフォーマンスの観点からは有効な方法であるとはいえなかった.ただし,いずれの場合も推定方法の違いによるパフォーマンスの差は小さく,タイプ内における推定方法の違いの影響は限定的であると考えられる.

表15 パフォーマンスの比較:推定方法に関する検証(CER(年率%))
タイプ 推定方法 米国 日本
γ=2 6 10 γ=2 6 10
ベンチマーク 無リスク資産 1.93 1.92 1.92 0.15 0.15 0.15
株式 2.77 -1.84 -6.95 -1.36 -9.63 -19.27
ヒストリカル (経験分布) Hist_Direct 36 3.16 -0.86 -1.34 -0.28 -5.07 -6
Hist_Direct 48 -0.5 0.3 0.9 0.28 -2.51 -1.39
Hist_Direct 60 -4.06 -2.2 -0.5 -6.58 -3.23 -1.85
Hist_Direct 72 -3.93 -1.81 -0.27 -6.8 -2.74 -1.57
Hist_Kernel 36 3.74 -0.22 -0.14 -0.79 -4 -2.39
Hist_Kernel 48 0.11 0.77 1.24 -0.21 -1.62 -0.9
Hist_Kernel 60 -3.38 -1.22 0.05 -6.16 -2.5 -1.43
Hist_Kernel 72 -3.34 -0.99 0.19 -5.66 -2.17 -1.24
Hist_GH 36 3.75 -0.16 -0.59 -1.29 -3.84 -2.69
Hist_GH 48 2.27 1.51 1.71 0.83 -2.05 -1.16
Hist_GH 60 -6.83 -3.25 -1.17 -5.95 -2.8 -1.61
Hist_GH 72 -3.14 -2.39 -0.67 -5.55 -2.28 -1.3
ヒストリカル (時系列モデル) Hist_GARCH 36 5.54 1.92 0.81 -1.84 -2.92 -1.65
Hist_GARCH 48 2.79 1.64 1.04 0.38 -1.95 -1.07
Hist_GARCH 60 1.88 0.49 0.46 -3.22 -2.81 -1.6
Hist_GARCH 72 2.42 0.47 0.57 -3.79 -2.99 -1.72
Hist_GARCH-t 36 5.45 1.49 0.59 -0.65 -2.86 -1.71
Hist_GARCH-t 48 2.72 1.22 1.23 1.26 -1.57 -0.96
Hist_GARCH-t 60 1.83 0.36 0.41 -2.93 -3.05 -1.76
Hist_GARCH-t 72 2 0.36 0.45 -2.94 -3.2 -1.84
Hist_GJR-GARCH-t 36 5.91 1.73 1.5 -0.42 -1.38 -0.91
Hist_GJR-GARCH-t 48 4.41 1.77 1.77 2.75 -0.29 -0.11
Hist_GJR-GARCH-t 60 0.98 0.38 0.96 -2.89 -1.77 -1.01
Hist_GJR-GARCH-t 72 1.57 0.47 0.99 -2.82 -1.65 -0.93
インプライド (ヒストリカル) Imp_Hist_CRRA 36 2.9 -0.31 0.43 -1.5 -1.71 -0.96
Imp_Hist_CRRA 48 1.15 0.81 1.25 -2.36 -0.94 -0.51
Imp_Hist_CRRA 60 -2.89 -0.63 0.39 -4.8 -1.62 -0.91
Imp_Hist_CRRA 72 -3.74 -1.44 -0.09 -5.03 -1.58 -0.88
Imp_Hist_CARA 36 2.91 -0.36 0.48 -1.29 -1.54 -0.86
Imp_Hist_CARA 48 1.07 0.76 1.22 -2.1 -0.86 -0.46
Imp_Hist_CARA 60 -2.95 -0.61 0.4 -4.42 -1.52 -0.85
Imp_Hist_CARA 72 -3.77 -1.34 -0.03 -4.93 -1.56 -0.88
Imp_Hist_Kernel 36 3.66 -0.04 0.27 -0.99 -3.15 -2.55
Imp_Hist_Kernel 48 2.37 0.68 1.12 0.45 -1.39 -0.77
Imp_Hist_Kernel 60 -2.58 -0.97 0.22 -5.27 -2.45 -1.41
Imp_Hist_Kernel 72 -2.98 -1.2 0.13 -6.68 -2.88 -1.67
インプライド (RT) Imp_RT_CRRA 4.59 2.82 2.46 4.18 1.5 0.96
Imp_RT_CARA 4.58 2.82 2.45 4.28 1.53 0.98
Imp_RT_IKH 4.26 2.69 2.38 1.66 0.66 0.46

6 まとめと今後の課題

本研究では株式と無リスク資産の2資産に対する最適資産配分問題を対象として,米国および日本における2000 年1月から2019年9月までの約20年間のバックテストの結果をもとに分布推定方法の特徴を整理し,分布推定方法がパフォーマンスに与える影響に関して分析を行った.先行研究においてインプライド(RT)法を含めて推定方法に関して比較している先行研究は存在せず,どの推定方法が資産配分をする上で適しているのか定かではなかったが,今回の分析結果からインプライド(RT)法が多くの場合において相対的に高いパフォーマンスを獲得できることが明らかになった.この結果は複数の効用関数のタイプ,複数のリスク回避度,複数のパフォーマンス評価尺度,取引コストの有無,各タイプ内における推定方法の違いに関わらず同様であった.インプライド(RT)法とその他の方法の大きな違いは分布の平均の推定値に現れ,その違いがインプライド(RT)法の高いパフォーマンスに大きく寄与していることもわかった.これは特に期待リターンの推定に関してフォワードルッキングな方法を用いることの重要性を示す結果といえる.また,インプライド(RT)法は多くの局面において安定的にリターンを獲得できており,特に相場の転換局面において他の方法と比較して高いパフォーマンスを獲得できるという特徴があることもわかった.

インプライド(RT)法は比較的新しい推定方法ということもあり,今のところ実務において利用されている例は少ないように思われる.しかし,より資産配分の効率性を高めていくために,こうした方法を含めて分布の推定方法を検討する必要があるだろう.今後の課題としては債券や為替といった株式以外の資産に対する資産配分を考えた場合でもインプライド(RT)法が有効であるのかを検証することや,Shackleton et al. (2010)のように実現リターンに対する予測力に関して統計的な観点から分布の推定方法を比較することが挙げられる.

Appendix 薄板平滑化スプライン関数を用いたオプション価格の補間

霧生・枇々木(2014)で提案された薄板平滑化スプラインを利用してオプション価格を行使価格と満期に関して補間する方法を簡潔に説明する.この方法は Bliss and Panigirtzoglou(2002)のオプション価格を行使価格に関して補間する方法を行使価格と満期に関して補間する形に拡張した方法である.

まず,補間を行いやすくするために,{行使価格,満期,オプション価格}のデータの組をBlack-Scholes公式を利用して,{デルタ,満期,インプライドボラティリティ}の組に変換する.この際に配当の影響によってアット・ザ・マネーのプットオプションとコールオプションの価格でインプライドボラティリティの水準にずれが生じるため,プット・コール・パリティの関係式から計算したインプライド配当率を利用してインプライドボラティリティを計算することでその影響を調整する.ただし,日経225オプションの場合には,満期の長いオプションに関してアット・ザ・マネーのコールオプションもしくはプットオプションの価格が欠損しているため,インプライド配当率が計算できないケースが多くあった.このため,日経225オプションの場合にはインプライド配当率の代わりに過去1年間の実績配当率を利用して調整を行った.変換後のデータに対してデルタδと満期τを予測変数,インプライドボラティリティσを応答変数とする3次の薄板平滑化スプライン関数g(δ,τ)を用いて補間する.具体的にはg(δ,τ)は以下の式を最小化する3次のスプライン関数である.

  
\begin{align} \dfrac{1}{N}\sum_{n=1}^N(\sigma_n-g(\delta_n,\tau_n))^2+\lambda\int_{-\infty}^{\infty}\int_{-\infty}^{\infty}\left(\left(\dfrac{\partial^2 g(\delta,\tau)}{\partial \delta^2}\right)^2+2\left(\dfrac{\partial^2 g(\delta,\tau)}{\partial \delta \partial \tau}\right)^2+\left(\dfrac{\partial^2 g(\delta,\tau)}{\partial \tau^2}\right)^2\right)d\delta d\tau \end{align} (32)

ここで,Nはオプションのデータ数を表す.第1項は残差を表す項で,第2項はオーバーフィッティングを抑制する項であり,両者のトレードオフ関係を調整するパラメータλは平滑化パラメータと呼ばれる.λの値を少しずつ増やしてリスク中立分布を推定した場合にS&P500オプションの場合にはλ=104より大きい範囲,日経225オプションの場合にはλ=103より大きい範囲で滑らかなリスク中立分布の推定値が得られたため本研究ではS&P500オプションに対してはλ=104,日経225オプションに対してはλ=103と設定して分析を行った22.最後に薄板平滑化スプライン関数で補間したデータに再度Black-Scholes公式を適用して{行使価格,満期,オプション価格}の組に戻すことでオプション価格関数p(k,τ)を得る.

Footnotes

1 本稿で示された内容は,株式会社三菱UFJトラスト投資工学研究所としての見解をいかなる意味でも表さない.

2 本研究は慶應義塾大学大学院理工学研究科に所属していたときに行われたものである.本稿で示された内容は,アセットマネジメントOne株式会社としての見解をいかなる意味でも表さない.

3 資産配分以外の観点から分布推定方法の比較を行っている研究として,統計的な観点から実現リターンとの整合性を検証した田中ら(2009),Shackleton et al.(2010),田中・宮崎(2011),Crisóstomo and Couso(2018)などがある.資産配分以外の観点からの研究を含めてもインプライド(RT)法を含めて分布推定方法の比較を行っている研究は筆者らの知る限り存在しない.

4 統計解析ソフトRのrugarchパッケージのugarchfit関数とugarchsim関数を利用してそれぞれパラメータ推定とシミュレーションを行った.なお,シミュレーションパス数は10,000とした.

5 月次のS&P500オプションの満期日は各月の第3金曜日,月次の日経225オプションの満期日は各月の第2金曜日である.このため,月末でリバランスを行う場合にはオプション価格をτに関しても補間する必要がある.

6 具体的な方法はAppendixを参照.

7 Liu et al.(2007)は代表的投資家のリスク選好にCRRA型を仮定し,γを最尤法で推定している.最尤法で推定した場合に関しても検証を行ったが,Berkowitz検定の統計量を推定した場合とほとんど同様の結果であった.

8 Jensen et al.(2019)はRoss(2015)の導いたRecovery Theoremと区別するために,この一般化した定理をGeneralized Recovery Theoremと呼んでいるが,本稿ではこれらを特に区別せず単にRTと表記する.

9 本研究では近似の展開位置δ0に無リスク金利から計算した(客観的)割引係数を利用している.ただし,近似の展開位置の設定が分析結果に与える影響は軽微である.

10 例えば,リスク中立分布の密度関数fτQ(r)50%r50%の範囲で積分すると,その面積が0.95となる場合には状態を0.5%刻みでr1=50%,r101=0%,r201=50%と設定する.ただし,状態数と状態幅をある程度大きく設定しておけば,分析結果に大きな違いはないことを確認している.ただし,状態数が小さすぎる場合には分布の中心付近の形状に関する情報が離散化の際に失われることや,状態幅が小さすぎる場合には分布の裾付近の情報が失われることによって,適切な推定値が得られないことがある点には注意が必要である.

11 資産配分を行う投資家の効用関数はインプライド分布のリスク調整を行う際に推定する代表的投資家の効用とは独立であり,期間を通じて一定とする.これはKostakis et al.(2011)やZdorovenin and Pézier(2011)をはじめとする多くの先行研究で採用されている仮定である.

12 Jondeau and Rokinger(2006)は4次モーメントまで含めてTaylor近似した場合に,(21)式を用いて投資比率を計算した場合とほとんど同じ結果が得られることを示している.

13 バックテスト期間の株式に対する投資比率がwで一定であるとき,

  

\begin{align} \overline{R}&= w\overline{r}+(1-w)\overline{r}^f=\overline{r}^f+(\overline{r}-\overline{r}^f)w\\ \end{align} (29)
  
\begin{align} \sigma_R&=\sqrt{w^2\sigma_r^2+2w(1-w)\sigma_{r}\sigma_{f}\rho_{rf}+{(1-w)}^2\sigma_{f}^2} \end{align} (30)

となる.ここでr¯は期間中の株式の実現リターンの平均値,σr,σfはそれぞれ株式と無リスク資産のリターンの標準偏差, ρrfは株式と無リスク資産のリターンの相関係数を表す.表2からもわかる通り,通常σfσrと比較して大幅に小さい.そこで (30) 式の平方根の中のσfを含む項(第2項と第3項)を無視すると,σRwσrとなる.このとき,ポートフォリオのシャープレシオはSR=(r¯r¯f)/σrとなり,投資比率wに依存しない.つまり,無リスク金利のボラティリティの影響を無視すれば,SRの差異wtはの時系列変化の影響によって発生する.

14 L=36,48,72の場合も各方法で推定した分布の特徴に大きな違いがないことを確認している.

15 VIはインプライドリスク中立分布の標準偏差を表す指標である.米国に関してはCBOEの算出しているVIX指数,日本に関しては日本経済新聞社の算出する日経VI指数を利用した.

16 なお,具体的な結果は省略するが時系列モデルにレバレッジ効果を考慮しないGARCHモデル((4) 式におけるζ=0の場合)を用いた場合には歪度と超過尖度の類似性は観察できなかった.渡部(2003)は時系列モデルの中でも特にGJR-GARCHモデルを用いた場合にオプションの市場価格との整合性が高くなる傾向があることも示している.これらのことから,市場参加者の多くはGJR-GARCHモデル(もしくはその類似モデル)の推定結果を参考にオプションを取引していると考えられる.

17 具体的な結果は省略するが,4つのモーメントのうち,いずれか1つのみを分析期間における実現リターンから計算した値で置き換え,残りの3つは推定した値を利用するという形でも分析を行った.この場合でも得られる結論は同様であった.

18 インプライド(ヒストリカル)法やインプライド(RT)法でリスク調整を行う場合の代表的投資家の効用関数はこれまでの分析と同様にCRRA型を想定する.リスク調整の際の効用関数のタイプの影響に関しては5.4節で検討する.

19 統計解析ソフトRのghypパッケージのstepAIC.ghyp関数を利用してパラメータ推定とモデル選択を行った.

20 具体的な方法は,Shackleton et al.(2010)や霧生・枇々木(2014)を参照.

21 具体的な方法は伊藤ら (2019) を参照.

22 日経225オプションを用いた場合に平滑化パラメータを大きく設定したのは,以下の3つの理由によりS&P500オプションを用いた場合と比較してデータに含まれるノイズが大きくなったためである.(1)流動性がS&P500オプションと比較して小さいこと,(2)仲値ではなく,終値を用いて計算を行ったこと,(3)インプライド配当率ではなく,実績配当率を用いて計算を行ったこと.

参考文献
 
© 2021 The Japanese Association of Financial Econometrics and Engineering
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