JAFEE Journal
Online ISSN : 2434-4702
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2021 Volume 19 Pages 27-56

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Abstract

本研究では,Christoffersen(2012)等のダイナミック非対称tコピュラにおいて,定数として扱われた自由度および歪度パラメータにマルコフ・スイッチング・モデルを導入し,本邦株式市場の依存構造を研究する.研究の主な焦点は,(1) 非線形な依存構造の状態変化が示唆する市場環境,(2) 資産間の下側裾依存性に関する動的特徴,(3) リスク管理の実務への応用可能性である.研究結果から,本研究で提案したマルコフ・スイッチング・ダイナミック非対称tコピュラは,本邦株式市場の平常局面およびダウンサイド・リスク顕在化局面の遷移を捉え,AIC規準の観点からダイナミック非対称tコピュラ対比で本邦株式市場のデータへの適合度を高めることが示された.加えて,シクリカル・セクターおよびディフェンシブ・セクターへの分散投資は下側裾依存性を低下させ,市場下落時の耐性を上述した両局面ともに高めることが示唆された.さらに,マルコフ・スイッチング・ダイナミック非対称tコピュラを用いて非線形な依存構造の状態変化を捕捉することで,VaRおよびCVaRの推定精度が改善する傾向にあることを示した.

1 はじめに

金融資産間の依存構造の捕捉は極めて重要である.リスク管理ではVaRやCVaRなどの推定精度の改善に寄与し,ポートフォリオ運用では分散投資効果を把握した投資判断に繋がるからである.特に,近年の資産運用実務では,日々の市場環境の変化を迅速に捉えダウンサイド・リスク顕在化時にポートフォリオを機動的に調整するファンドが増加しており,資産間の依存構造を足許の変化も含めて捕捉し,市場環境の判断や環境変化を考慮したテイルリスクの推定,投資の意思決定を行う重要性が高まっている.依存構造には線形相関係数といった線形の依存構造に加え,非線形な依存構造が含まれる.本研究では,分布の裾での依存構造,その上下非対称性を非線形な依存構造と定義する.非線形な依存構造の捕捉の重要性はFortin and Kuzmics (2002)Okimoto (2014) などで指摘されている.

依存構造を捕捉する手段としては,パラメトリックな手法とノンパラメトリックな手法がある.実務への応用という観点からは,データへの当てはまりの良さに加えて,解釈可能性および計算実行可能性の高さも重要であり1,前者を採用するメリットが大きい.依存構造をパラメトリックに捕捉する手段としては,コピュラの活用が挙げられる.近年,金融分野で取り扱う機会が多い高次元の多変量データについて線形の依存構造とともに非線形な依存構造を捕捉するという観点から,非対称tコピュラ(Skewed t Copula,以下,「StC」とする.)が研究されている.StCは非対称t分布を用いて構築されるコピュラであり,非対称t分布のパラメトリゼーションの違いによって3種類に分類される.その中で,Demarta and McNeil (2005) によって提案された,Barndorff-Nielsen (1977) の一般化双曲(generalized hyperbolic)非対称t分布を用いたStCは,パラメトリゼーションが解釈しやすく,推定も相対的に容易である2.本研究においても,上述の点を勘案しDemarta and McNeil (2005) のStCを扱う.Demarta and McNeil (2005) のStCの特徴は,パラメータが相関行列,分布の裾での依存構造を司る自由度,その非対称性を司る歪度として与えられる点にある3.したがって,実務で扱う機会が多い高次元の多変量データに対しても,線形および非線形な依存構造を明示的に捕捉できる.Christoffersen et al. (2012, 2018) などでは,上述したStCのメリットを活かし株式市場の依存構造に関する特徴を分析している4.また,他のコピュラとの比較では,相関行列を有さず,片側の裾依存性しか表現できないClaytonコピュラやGumbelコピュラよりも変量数の拡張が容易であり,正規コピュラでは表現できない分布の裾での依存構造やtコピュラでは表現できない依存構造の上下非対称性も捕捉できる5

依存構造の捕捉に際して,コピュラのパラメータに時間的な変化を許容することは重要である.例えば,株式市場では銘柄間の相関係数は一定ではなく,投資家の日々のセンチメントの変化などとともに変動していると考えられる.実際,Cherubini et al. (2011) をはじめ多くの先行研究では依存構造の時変性が指摘され,その対応としてダイナミック・コピュラが提案された.ダイナミック・コピュラは,コピュラのパラメータが決定論的な自己回帰構造を持つモデルである.代表的なものとして,正規コピュラやtコピュラの相関行列にEngle (2002) のDCCやAielli (2013) のcDCCを組み入れたモデルと,Patton (2006) などのようにアルキメディアン・コピュラのパラメータに時変性を導入したモデルがある6.StCの相関行列にDCCやcDCCを導入しダイナミック非対称tコピュラ(Dynamic Skewed t Copula,以下,「DStC」とする.)に拡張した研究として,Christoffersen et al. (2012) や夷藤・中村 (2019) がある.Christoffersen et al. (2012) では国際株式市場,夷藤・中村 (2019) では新興国債券市場について,線形の依存構造の短期的な変化に加えて非線形な依存構造の有意性に関する分析を行った.これらの先行研究では,非線形な依存構造を司る自由度および歪度パラメータは定数として扱われている.

一方,依存構造は上述したように短期的に変化するだけでなく,市場環境などと対応し中期的なサイクルで変化する可能性も考えられる.実際に,2008年のリーマン・ショックや2020年の新型コロナ・ショックなど本邦株式市場がこれまで経験したダウンサイド・リスク顕在化局面7では,リスク・イベントなどを起点としてパフォーマンスが業種に関係なく一斉に悪化し,その後も一定期間同様の傾向が続いた.このことは,ダウンサイド・リスク顕在化局面において資産間の下側裾依存性が一斉に高まることを示唆している可能性がある.資産運用実務では,ポートフォリオのテイルリスクを市場環境の変化を踏まえたうえで推定し,将来的なドローダウンに備えてポートフォリオを機動的に調整する観点から,上述したダウンサイド・リスク顕在化局面を定量的に把握できることが重要である.そのための一つの方法として,テイルリスクに関係する資産間の裾依存性の一斉変化に着目することが考えられる8.DStCの自由度,歪度パラメータは全ての変量間の裾依存性を表現するため9,これらのパラメータが市場環境に応じて状態変化しているのかについて検証することで,上述した実務的な課題に対する重要な示唆を得られる可能性がある.なお,本研究では,データの観測頻度毎に生じる短期的な変化を「時変性」10,中期的なサイクルでの遷移を「状態変化」と表現し,両者を区別する.

状態変化の捕捉方法には浩瀚な先行研究が存在する.本研究のように依存構造の状態変化を実務での市場環境の認識と関連付けて検証したい点に鑑みると,実務で想定され得る市場環境を状態に対応させ状態毎にパラメータが変化するモデルを導入することが望ましい.また,状態数を特定することで市場環境の変化を考慮したテイルリスクの推定などを行えるだけでなく,市場環境の変化を定量的かつ簡易的に察知できる可能性がある.この点を踏まえると,依存構造の状態変化を捕捉する手段としてマルコフ・スイッチング・コピュラを導入することが考えられる11.マルコフ・スイッチング・コピュラを株式市場に適用した先行研究は多数存在する.Okimoto (2008) では,正規コピュラとアルキメディアン・コピュラ間を状態変化するモデルを構築し,米国株式と英国株式との2変量間の依存構造を捕捉した.その結果,各状態がブル相場とベア相場を捉えることを示しているが,より高次元の多変量データへの拡張は課題とされている.Ji et al. (2020) は,ダイナミックtコピュラの無条件相関が状態変化するモデルを適用し,米国株式と主要先進国株式との2変量間の依存構造を捕捉した.その結果,依存構造について時変性および状態変化がともに有意に認められることを指摘しているが,分布の裾での依存構造を表す自由度パラメータは定数として扱われている.Fink et al. (2017) は,ヴァイン・コピュラを構成する各ペア・コピュラが状態変化するモデルを適用し,主要先進国株価指数とインプライド・ボラティリティ指数の依存構造を捕捉した.その結果,各状態が正常局面と異常局面を捉えることを示しているが,依存構造の時変性は考慮されていない.このように,マルコフ・スイッチング・コピュラを用いて金融市場の依存構造の状態変化を実証する研究はこれまで進められている.一方,先述の問題意識に鑑み,DStCの自由度,歪度パラメータに状態変化を加味し,本邦株式市場の多変量時系列データに対して実証分析を行うことは,コピュラの構築も含め研究課題として残されている.また,本邦株式市場の依存構造に焦点を当てた先行研究は少なく,新たな示唆が得られる可能性がある.

以上の背景を踏まえ,本研究ではDStCの自由度,歪度パラメータの状態変化をマルコフ・スイッチング・モデルにより捕捉できる,マルコフ・スイッチング・ダイナミック非対称tコピュラ(以下,「MSDStC」とする.)を構築し,本邦株式市場の依存構造を研究する12.具体的には,TOPIX-17シリーズの日次リターンデータを分析対象とし,(1) 非線形な依存構造の状態変化が示唆する市場環境,(2) 資産間の下側裾依存性に関する動的特徴,(3) 非線形な依存構造に関する状態変化の捕捉がVaRやCVaRの推定精度に与える影響について明らかにする.

本研究の主な結果と貢献は次の3点である.1点目として,MSDStCのAICはDStC対比で改善し,非線形な依存構造の状態変化は市場の平常局面およびダウンサイド・リスク顕在化局面という解釈を与えた.このことから,MSDStC を用いることで本邦株式市場の平常局面とダウンサイド・リスク顕在化局面を定量的に把握でき,AIC規準の観点からも非線形な依存構造の状態変化を勘案することで,DStCに対して本邦株式市場のデータへの適合度が改善することが示唆される.2点目として,MSDStCから計算される下側裾依存性の時系列推移を分析した結果,シクリカル・セクターおよびディフェンシブ・セクター間の下側裾依存性は,分析対象期間を通じて相対的に低位で推移することが分かった.このことから,両セクターへの分散投資は市場下落時の耐性を平常局面,ダウンサイド・リスク顕在化局面ともに高めることが示唆される.3点目として,VaRおよびCVaRの推定精度は,MSDStCがDStCに比べて改善する傾向にあることを示した.このことから,テイルリスクの推定に際して非線形な依存構造の状態変化を考慮することの有用性が示唆される13

本論文の構成は,次のとおりである.第2節では,本研究において扱うモデルについて,新たに導入するMSDStC を中心に述べる.第3節では,モデルの推定結果および考察について述べる.第4節では,VaRおよびCVaRに関する推定精度の検証について述べる.第5節では,結論と今後の課題について述べる.

2 モデル

本研究では,多変量のリターンデータに対して,まず個々の単変量系列に時系列モデル(周辺モデル)を当てはめ,残差系列から成る多変量データにコピュラを適用する.本節では,単変量系列に適用する周辺モデル,本研究で導入するMSDStC,コピュラのパラメータの推定方法の順に記載する.

2.1 周辺モデル

時点tにおける資産iのリターンをrt,i,条件付き期待リターンをμt|t1,i,条件付き標準偏差をσt|t1,i,誤差項をεt,iとする時,資産iのリターンデータに対する時系列モデルは,式(1)のように表される.

  
rt,i=μt|t1,i+σt|t1,iεt,i.(1)

本研究では,式(1)における期待リターンμt|t1,iの時系列構造はARMAモデルを,ボラティリティの時系列モデルはGARCHモデルおよびGJRモデルを適用する.また,誤差項εt,iの分布には,正規分布,t分布,非対称t分布(Hansen (1994) )を採用する.

モデルのパラメータは最尤法によって推定し,AIC規準によりモデルを採択する.推定に際しては,AR項の次数は1または2,MA項の次数は0から2まで,GARCH項もしくはGJR項の次数は(1,1)とする14.ただし,非対称t分布(Hansen (1994) )を誤差項分布に適用する場合,AR項の次数は1,MA項の次数は0または1とする15

2.2 マルコフ・スイッチング・ダイナミック非対称tコピュラ(MSDStC)

以下では,MSDStCのベースとなるDStCについて述べた後,MSDStCについて記載する.DStCは,Demarta and McNeil (2005) によって提案された非対称tコピュラの相関行列に,Aielli (2013) のcDCCを適用したコピュラである16.時点tにおける相関行列を𝚺t,cDCCのパラメータをαおよびβ,無条件相関行列を𝐐¯,自由度パラメータをν,歪度パラメータのベクトルを𝛄=(γ1,,γn)とすると17n変量のDStCは次式のように表される.

  
CDSt(𝐮t;𝚺t,ν,𝛄)=STn(ST11(ut,1;ν,γ1),,ST11(ut,n;ν,γn);𝚺t,ν,𝛄).(2)

ただし,

  
𝚺t=diag(𝐐t)12𝐐tdiag(𝐐t)12,(3)
  
ξt,i=ST11(ut,i;ν,γi),i=1,...,n,(4)
  
𝐐t=(1αβ)𝐐¯+αΨ(𝛏t1)+β𝐐t1,(5)
  
Ψ(𝛏t)=diag(𝐐t)12(ν2ν((𝛏tνν2𝛄)(𝛏tνν2𝛄)2ν2𝛄𝛄(ν2)2(ν4)))diag(𝐐t)12.(6)

ここで,𝐮t=(ut,1,,ut,n)𝛏t=(ξt,1,,ξt,n)であり,「」は転置である.式(2)STnは,n変量一般化双曲非対称t分布の分布関数を示している.式(4)ST11は,1変量一般化双曲非対称t分布に関する分布関数の逆関数(分位点関数)を示している.DStCの特徴は,時点t1までの情報にもとづき,時点tの相関行列𝚺t式(3)(5),(6)で表されるcDCCによって決定論的に変動する点にある.一方,自由度パラメータνおよび歪度パラメータのベクトル𝛄は定数として扱われている.

MSDStCでは,DStCのパラメータにマルコフ・スイッチング・モデルを導入する.マルコフ・スイッチング・モデルを導入する際に検討すべき重要な点の一つは,どのパラメータに状態変化を取り入れるかを定めることである.本研究では,本邦株式市場のダウンサイド・リスク顕在化局面と平常局面を依存構造の状態変化によって捕捉できるか検証することを目的の一つとしており,ダウンサイド・リスク顕在化局面に関係する資産間の裾依存性に着目した.DStCの自由度パラメータν,歪度パラメータのベクトル𝛄は全変量の裾依存性を表現することに鑑み,これらにマルコフ・スイッチング・モデルを適用しMSDStCに拡張する18.具体的には,式(2)νおよび𝛄が状態変数stに従って変化するモデルを構築する.ここで,状態変数st式(7)で表されるマルコフ連鎖に従う.

  
𝐏=(p11p1KpK1pKK).(7)

pkk=P(st=k|st1=k)は,時点t1において状態kである場合に,時点tに状態kに遷移する確率を示しており,状態数はK個としている.また,式(1)における誤差項εt,iは,状態変数stが所与の条件のもとでsw(w<t)と独立である.この時,st=k(k=1,,K)における自由度パラメータをνk,歪度パラメータのベクトルを𝛄kとすると,MSDStCは,式(2)を用いて次式のように表される.

  
CMSDSt(𝐮t;𝚺t,νst,𝛄st)=k=1K1{st=k}CDSt(𝐮t;𝚺t,νk,𝛄k).(8)

式(8)は,状態stに依存して自由度パラメータνk,歪度パラメータのベクトル𝛄kが決定され,DStCを構築することを示している.

次に,パラメータの推定に必要な尤度について説明する.時点tまでの情報を𝛀t={𝐮1,,𝐮t}とする時,MSDStCの尤度関数は次式のように表される.

  
cMSdst(𝚺t,(νk,𝛄k)k{1,,K}|𝛀t)=𝚵t𝚽t|t1.(9)

ただし,

  
𝚵t=(cdst(𝚺t,ν1,𝛄1|𝛀t)cdst(𝚺t,νK,𝛄K|𝛀t)),(10)
  
𝚽t|t1=(P(st=1|𝛀t1)P(st=K|𝛀t1))(11)

と定めた19式(10)は,st=k(k=1,,K)におけるDStCの尤度関数を示しており,式(11)st=k(k=1,,K)の状態確率の予測値を示している.各時点において式(9)を計算するためには,式(11)を更新し,式(10)の自由度パラメータνk,歪度パラメータのベクトル𝛄kを決定する必要がある.ここでは,Hamilton (1989) にもとづき式(12)によりフィルタ確率を計算し,式(13)によって状態確率の予測値を更新する.

  
𝚽t|t=𝚵t𝚽t|t11(𝚵t𝚽t|t1),(12)
  
𝚽t+1|t=𝐏𝚽t|t.(13)

ここで,はアダマール積,𝐏式(7)で示したstの遷移確率行列である.なお,初期状態s0の分布には遷移確率行列𝐏 のマルコフ連鎖の定常分布を採用する.また,スムーザ確率は,Kim (1994) にもとづき式(14)により計算する.

  
𝚽t|T=𝚽t|t(𝐏(𝚽t+1|T𝚽t+1|t)),t=1,...,T1.(14)

ここで,はアダマール除算である.

観測時点数をT個とした時,MSDStCの対数尤度関数LMSdstは,式(9)を用いて式(15)のように表される20

  
LMSdst(α,β,(νk,𝛄k)k{1,,K},𝐏)=t=1Tlog(cMSdst(𝚺t,(νk,𝛄k)k{1,,K}|𝛀t)).(15)

2.3 コピュラのパラメータの推定方法

本研究ではMSDStCに加え,比較対象として,DStCおよびStCを採用しパラメータを推定する.MSDStCとDStCの比較によって,非線形性な依存構造を司る自由度および歪度パラメータに状態変化を考慮する効果を確認でき,またDStCとStCの比較によって相関行列に時変性を考慮する効果を確認できる.以上を踏まえ,比較対象としてDStCおよびStCを採用した.モデルのパラメータの推定に際しては,周辺モデルとコピュラのパラメータを別々に推定するIFM法(Inference Functions for Margin method)21を採用する.コピュラのパラメータの推定に際しては,MSDStCにはDempster et al. (1977) のEMアルゴリズムを,DStCおよびStCには最尤法を適用する.以下では,まず,MSDStCのパラメータに関する推定上の課題を述べ,その対応方法について先行研究をもとに記載する.次に,EMアルゴリズムを用いたMSDStCのパラメータの推定方法について記載する.

MSDStCのパラメータに関する推定上の課題は,次の2点である22

1点目は,cDCCを構成する無条件相関行列𝐐¯の推定に関する課題である.無条件相関行列𝐐¯は,変量数の増加に伴いパラメータ数が変量数の二乗で増加し,推定時における計算負荷が増大する.本研究の分析対象データは17変量,𝐐¯を構成するパラメータ数は136個であり,相応に高次元の多変量時系列データである.Engle and Mezrich (1996) では,高次元の多変量時系列データに多変量GARCHモデルを適用する際,無条件相関行列の推定にモーメント・マッチング法を用いている.また,Christoffersen et al. (2018) では,高次元の多変量時系列データに対してDStCを適用する際,Engle and Mezrich (1996) をもとにモーメント・マッチング法を用いて同コピュラの無条件相関行列を推定している.以上の点を踏まえ,本研究でもモーメント・マッチング法により無条件相関行列𝐐¯を推定する.なお,MSDStCでは,状態stに依存して自由度パラメータνkや歪度パラメータのベクトル𝛄kが決まるため,無条件相関行列の推定に使用する一般化双曲非対称t分布関数の逆関数(分位点関数)𝛏tは,状態数であるK個分だけ存在する.各状態の無条件相関行列をモーメント・マッチング法によって計算し,パラメータを推定することもできるが23,その場合にはcDCCのパラメータであるαおよびβは状態に依存しない一方,無条件相関行列は状態に依存することとなり,cDCCのパラメータに関する整合性がとれない.そこで本研究では,まずDStCのパラメータを推定し,その際にモーメント・マッチング法により推定した無条件相関行列をMSDStCの無条件相関行列に適用する.

2点目は,一般化双曲非対称t分布関数の逆関数(分位点関数)𝛏tの計算に関する課題である.MSDStCのように,一般化双曲非対称t分布を用いたコピュラのパラメータをIFM法により推定する場合,対数尤度関数(15)を計算するためには,式(4)を用いて状態毎に時点t𝛏tを求める必要がある.精緻な分位点𝛏tは,一般化双曲非対称t分布の分布関数ST1(ξt,i;ν,γi)と観測データ24ut,iの誤差が一定水準に収まるように計算される.しかしながら,この計算は相応に時間を要する.Yoshiba (2018) では,計算負荷を軽減するため区分的3次元エルミート内挿多項式を用いて,𝛏tを計算する方法を提案し,提案手法による分位点の精度が精緻な分位点と比して大きく劣らないことを確認している25.この点を踏まえ,本研究においてもYoshiba (2018) の手法を採用する.

Dempster et al. (1977) によって提案されたEMアルゴリズムは,不完全な状態で観測されたデータについて最尤推定値を求める手法である.Hamilton (1990) では,EMアルゴリズムを用いることで,初期値に対して頑健的な最尤推定値が求まることを確認している.また,マルコフ・スイッチング・コピュラを用いた多くの先行研究では,パラメータ推定方法にEMアルゴリズムを採用している.これらの点を勘案し,本研究ではMSDStCのパラメータの推定にEMアルゴリズムを用いる.

具体的な推定手順は,以下のとおりである26

  • 1 パラメータの初期値α0β0(ν0k,𝛄0k)k{1,...,K}𝐏0を設定する.
  • 2 時点Tまでの情報を用いて,各時点のフィルタ確率(12),状態確率の予測値(13),スムーザ確率(14)を計算する.
  • 3 状態確率の予測値(13)を所与として,対数尤度関数(15)を最大化するようパラメータα1β1(ν1k,𝛄1k)k{1,...,K}を求める.
  • 4 遷移確率𝐏0と手順2で計算したフィルタ確率,状態確率の予測値,スムーザ確率を用いて,t=1,,T1について(p̃t+1ij)i,j{1,...,K}を計算する.

  
p̃t+1ij:=P(st=i,st+1=j|𝛀T;α0,β0,(ν0k,𝛄0k)k{1,...,K},𝐏0)=φt|tiφt+1|Tjφt+1|tjp0ij.

  • ここで,φt|tiはフィルタ確率(12)のst=iの要素,φt+1|tjは状態確率の予測値(13)のst+1=jの要素,φt+1|Tjはスムーザ確率(14)のst+1=jの要素を示している.また,(p0ij)i,j{1,...,K}𝐏0の構成要素である.
  • 5 以下の式を用いて,𝐏1の構成要素である(p1ij)i,j{1,...,K}を計算する.

  
p1ij=t=2Tp̃tijt=2Tφt1|Ti.

  • 6 手順1のパラメータの初期値α0β0(ν0k,𝛄0k)k{1,...,K}𝐏0を手順3から5で計算したα1β1(ν1k,𝛄1k)k{1,...,K}𝐏1に置き換える.
  • 7 手順2から6のプロセスを繰り返し行い,尤度の上昇が止まった時点のパラメータを最終的な推定値とする.

なお,上記の手順において,手順2がEステップ,手順3から5がMステップに該当する.

マルコフ・スイッチング・モデルでは,モデルの推定に際して状態数を決定する必要がある.本研究ではMSDStCの自由度,歪度パラメータの状態変化が本邦株式市場のダウンサイド・リスク顕在化局面とそれ以外の平常局面に対応するのかについて検証することを目的の一つとしているため,状態数K=2とした.また,実務における市場環境の認識に状態数を対応させることで,研究結果を実務的な議論と対応させ,学術面および実務面の両面にとって有用な示唆を享受できると考えられる27

3 モデルの推定結果および考察

本節では,分析対象,周辺モデルの推定結果,コピュラの推定結果の順に説明する.

3.1 分析対象

分析対象とするデータは,TOPIX-17シリーズの日次リターンである28.データ期間は2005年1月4日から2020年4月30日,観測時点数は3754時点である.

TOPIX-17シリーズは,TOPIX構成銘柄を業種別に分類した株価指数であり,東京証券取引所が従来から活用してきた33業種分類について,投資利便性を考慮し17業種に再編したものである.その利便性の高さから同シリーズの業種別株価指数に連動するETFが開発されており,資産運用実務においても,業種やセクターのリスクをコントロールする手段として活用されている.また,業種間の依存構造は,業種間の分散投資効果を勘案し,ポートフォリオの業種別投資比率の目安や上限を設定する際に活用される.したがって,TOPIX-17シリーズを用いた依存構造の研究は,本邦株式市場の依存構造の特徴を明らかにすることに繋がり,また,資産運用実務において有用かつ応用可能な示唆を齎すと考えられる.

表1には,分析対象の基本統計量を示した.表1からは,分析対象データの特徴として,リターンの平均は,電気・ガス,銀行を除く大宗の業種がプラスであること,リターンの歪度は,自動車・輸送機,鉄鋼・非鉄,銀行,不動産を除く業種がマイナスであること,リターンの尖度は,全ての業種が正規分布に比べて大きいことが読み取れる.

本邦株式市場に影響を与えた主な出来事を表229,業種毎の累積リターンを図1,分析対象の均等ウェイト・ポートフォリオの累積リターンを図230に示した.これらから,表2で示した出来事を起点として大宗の業種のパフォーマンスが一斉に悪化し,その後も一定期間は同様の傾向が続くことが読み取れる.

 

表1 分析対象とするデータとその統計量

Notes: 各統計量(横軸)を分析対象毎に計測し,その中央値および四分位範囲を示している.

表2 本邦株式市場に影響を与えた主な出来事

図1 分析対象の累積リターン

Notes: 2004年12月30日を1としている.また,表2の本邦株式市場に影響を与えた主な出来事が生じた時点を縦線(灰色)で図示している.

図2 分析対象の均等ウェイト・ポートフォリオの累積リターン

Notes: 2004年12月30日を1としている。また、表2の本邦株式市場に影響を与えた主な出来事が生じた時点を縦線(灰色)で図示している。

3.2 周辺モデルの推定結果

各業種のリターンデータに関する周辺モデルおよび誤差項分布の推定結果は表3のとおりである.表3からは,ボラティリティの構造モデルとしては,全ての業種でGJRモデルが採用されることを確認できる.したがって,全ての業種において,リターンのショックがボラティリティに与える影響について非対称性を有することが分かる.また,誤差項分布にはt分布あるいは非対称t分布が選択され,非対称t分布が選択される場合の歪度パラメータは,銀行,不動産を除くすべての業種でマイナスであることを確認できる.したがって,全ての業種の誤差項分布はファットテイルであり,誤差項分布に非対称性が認められる業種では,その大宗がマイナス方向に裾の長い歪みを有することが分かる.さらに,全てのデータが有意水準5%において,帰無仮説「残差が推定された誤差分布からの標本である」が棄却されないことを確認できる.

表3 リターンデータの周辺モデルおよび誤差項に関するKolmogorov-Smirnov検定

Notes: 表には,AIC規準によって選択されたモデルと,帰無仮説「残差が推定された誤差分布からの標本である」に対するKolmogorov-Smirnov検定の結果(p値)を併記している.なお,全ての業種について,有意水準5%で帰無仮説が棄却されなかった.

3.3 コピュラの推定結果

以下では,MSDStCと比較対象であるDStCおよびStCの推定結果,MSDStCの推定結果を用いた考察の順に説明する.

3.3.1 各コピュラの推定結果

コピュラの推定結果は表4のとおりである.AICが最も低いコピュラはMSDStCであり,2番目はDStC,3番目はStCである.また,コピュラのパラメータは状態変化を考慮したモデル,考慮しないモデルともに全て有意である.この結果から,MSDStCを用いて非線形な依存構造の状態変化を捉えることで,AIC規準の観点からDStC対比で本邦株式市場のデータへの適合度が改善することが示唆される.また,DStCとStCのAICの優劣を踏まえると,StCの相関行列に時変性を許容することによっても本邦株式市場のデータへの適合度が改善することが示唆される.この点は,Christoffersen et al. (2012) が先進国株式市場および新興国株式市場各々において実証した結果と整合的である.

パラメータの水準に着目すると,歪度パラメータは,MSDStC,DStC,StC全てにおいて有意にマイナスであることが分かる.この結果から,本邦株式市場では,上昇時よりも下落時において依存構造が強まるといった非対称性が恒常的に存在していることが示唆される.図3には,式(3)によって計算されるMSDStCの相関行列𝚺tについて全ペアの相関係数に関する中央値および四分位範囲を示した.図3から,線形の依存構造は,観測期間を通じてダイナミックに変動しており,各ペアの中央値は0.6から0.8程度,相対的に低いペアは0.4から0.6程度,相対的に高いペアは0.7から0.8程度で推移していることが読み取れる.この結果から,線形の依存構造について時変性を考慮したうえで,各時点において業種間の相関係数の水準を捕捉することの重要性が示唆される.

表4 コピュラのパラメータ推定結果

Notes: 表内の左側のモデルはMSDStC,表内の右側の2種類のモデルは,DStCおよびStCである.AIC規準で選択されたモデルについては,「AIC」部分を網掛け(灰色)としている.なお,括弧内の数値は標準誤差であり,全てのパラメータについて,有意水準5%で帰無仮説「パラメータの値がゼロ」が棄却された.

図3 線形の依存構造に関する時系列推移

Notes: MSDStCの相関行列𝚺tについて全ペア(136ペア)の相関係数に関する中央値を黒線,四分位範囲を青線で示している.

3.3.2 MSDStCの推定結果に対する考察

以下では,AICが最小のMSDStCについて詳しく確認する.表4に示した,MSDStCの非線形パラメータに関する推定結果によると,自由度パラメータは状態1が7.167,状態2が20.200である.このことから,状態1では分布の裾での依存構造が強まることが分かる.歪度パラメータは状態1が−0.598,状態2が−0.136である.このことから,状態1では依存構造の非対称性が強まることが分かる.図4には,状態1のスムーザ確率と表2に記載した本邦株式市場に影響を与えた主な出来事の時点を示した.図4からは,表2に記載した出来事が生じるタイミングで,状態1のスムーザ確率が状態2を上回り,その後も一定期間閾値である0.5を上回る傾向にあることが分かる31表5には,状態遷移確率,期待滞留期間,各状態の観測時点数を示した.表5からは,状態1と認識された観測時点数は全体の 17.1%と相対的に少なく,期待滞留期間についても20.5日と状態2の92.1日に比べて相対的に短いことが分かる.表6には,分析対象である17業種の均等ウェイト・ポートフォリオに関するCVaRについて,状態1,状態2毎に平均および四分位範囲を示した.CVaRはMSDStCと選択された周辺モデルを用いて,各時点において1期先のリターンのサンプルデータを各資産につき10万個生成し推定した32表6から,CVaRは状態1において相対的に悪化することが分かる.以上の結果を総合的に勘案すると,状態1は本邦株式市場における「ダウンサイド・リスク顕在化局面」,状態2は「平常局面」を表現していると解釈できる.

図4 状態1のスムーザ確率および本邦株式市場に影響を与えた主な出来事

Notes: MSDStCの状態1のスムーザ確率を赤線で示している.また,表2の本邦株式市場に影響を与えた主な出来事が生じた時点を縦線(灰色)で図示し,対応する番号を上部に示している.

表5 状態遷移確率と期待滞留期間

Notes: 括弧内の数値は,全ての観測時点数に占める各状態の観測時点数の割合を示している.状態の判定にはMSDStCを用いており,スムーザ確率が0.5を上回る状態を選択している.

表6 状態別CVaRの推定結果

Notes: 上段の数値は各状態におけるCVaRの中央値,下段,括弧内の数値は四分位範囲を示している.状態の判定にはMSDStCを用いており,スムーザ確率が0.5を上回る状態を選択している.

次に,MSDStC,DStC各々から計算した下側裾依存性を比較する.ここで,下側裾依存性は,Christoffersen et al. (2018) にならい,下側裾依存係数の近似値を数値積分によって求めており,分位点には0.01を採用した.図5には,MSDStCおよびDStC各々を用いて計測した2変量間の下側裾依存性に関する時系列推移を示した.また,状態1,すなわちダウンサイド・リスク顕在化局面を灰色で示し,平常局面からダウンサイド・リスク顕在化局面への遷移とともに下側裾依存性が如何に変化したのかを確認している.図5からは,平常局面からダウンサイド・リスク顕在化局面に状態遷移するタイミングにおいて,MSDStCの下側裾依存性に関する中央値はDStCの下側裾依存性に関する中央値に比べて大きく上昇していることが読み取れる.また,平常局面では両者は概ね同水準で推移している.上述したダウンサイド・リスク顕在化局面における差は,MSDStCが自由度,歪度の状態変化を勘案し下側裾依存性の変化を捉えていることに起因する.DStCでは平常局面およびダウンサイド・リスク顕在化局面で共通の自由度,歪度パラメータが付与されるため,両局面の状態変化が認められる場合には,ダウンサイド・リスク顕在化局面の下側裾依存性を過小評価することなる.MSDStCのAICがDStCから改善していること,MSDStCのパラメータが有意であることから,両局面の状態変化が生じていると考えられ,MSDStCによって上述したDStCのデメリットを緩和できたと示唆される.

次に,MSDStCから計測された下側裾依存性をセクター別に分析する.図6には,シクリカル・セクター内,ディフェンシブ・セクター内,シクリカル・セクターおよびディフェンシブ・セクター間における2変量間の下側裾依存性に関する時系列推移を示した.シクリカル・セクターには,素材・化学,自動車・輸送機,鉄鋼・非鉄,機械,電機・精密を採用し,ディフェンシブ・セクターには,食品,医薬品,情報通信・サービスその他,電気・ガスを採用した.図6からは,シクリカル・セクター内の各ペアの下側裾依存性に関する中央値は,平常局面においては0.15から0.25程度,ダウンサイド・リスク顕在化局面においては0.40から0.50程度で推移していることが分かる33.一方,ディフェンシブ・セクター内の各ペアの下側裾依存性に関する中央値は,平常局面においては0.05程度,ダウンサイド・リスク顕在化局面においては0.20から0.30程度で推移していることが分かる.また,シクリカル・セクターおよびディフェンシブ・セクター間の各ペアの下側裾依存性に関する中央値は,平常局面においては0.05程度,ダウンサイド・リスク顕在化局面においては0.20から0.30程度で推移していることが読み取れる.この結果から,シクリカル・セクターおよびディフェンシブ・セクターへの分散投資を行うことで,下側裾依存性を低下させ,市場下落時の耐性を平常局面,ダウンサイド・リスク顕在化局面ともに高めることが示唆される.

図5  MSDStCとDStCの下側裾依存性に関する時系列推移の比較(全ペア)

Notes: MSDStCを用いて計測した,各ペアの下側裾依存性に関する中央値を黒線,DStCを用いて計測した,各ペアの下側裾依存性に関する中央値を赤線で示している.また,MSDStCのスムーザ確率にもとづき,状態1の確率が0.5を上回る期間を網掛け(灰色)で示している.

図6  下側裾依存性の時系列推移(セクター別)

Notes: MSDStCを用いて計測した,シクリカル・セクター間の下側裾依存性の中央値を黒線,ディフェンシブ・セクター間の下側裾依存性の中央値を青線,シクリカル・セクターおよびディフェンシブ・セクター間の各ペアの下側裾依存性の中央値を赤線で示している.また,MSDStCのスムーザ確率にもとづき,状態1の確率が0.5を上回る期間を網掛け(灰色)で示している.

本節の最後に,MSDStCについて,自由度および歪度パラメータの状態変化による捕捉が相対的に容易な市場環境の変化と,捕捉が難しい市場環境の変化を考察する.MSDStCの自由度および歪度パラメータは裾依存性に影響を与えるものであり,本研究では全業種に共通のパラメータとして付与している.したがって,大宗の業種間の裾依存性が変化する局面で状態変化が生じることとなる.本邦株式市場では,このような事象がダウンサイド・リスク顕在化局面の初期と対応する傾向にあり,表4および図4で示したように,表2の出来事の発生とともに自由度および歪度パラメータが相対的に低い状態に遷移し,その後も一定期間同様の状態に留まるという結果が得られた.ここで,リスク・イベントの性質という観点からは,東日本大震災などに象徴される「突発的な」イベントと,サブプライムローン問題を発端として生じたリーマン・ショックなどに象徴される,「漸次的な」イベント34に大別できる.前者については,突発的なイベントの発生とともに市場環境が変化する.MSDStCについても突発的なイベントの発生とともにダウンサイド・リスク顕在化局面と解釈できる状態へと遷移することから,突発的なイベントを伴う市場環境の変化はMSDStCによる捕捉が相対的に容易だと考えられる35.一方,後者については,仮に漸次的にダウンサイド・リスクが顕在化する可能性が高まっていたとしても,実際に大宗の業種間の裾依存性が変化するまでは,MSDStCにおいてダウンサイド・リスク顕在化局面と解釈できる状態へと遷移しない.例えば,リーマン・ショックを例に挙げると,2007年8月に生じたBNPパリバ・ショック以降,2008年9月にリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻するまで1年程度の期間がある.この間にも2008年3月に米国大手投資銀行のベア・スターンズがサブプライムローンを背景として実質経営破綻に陥るなど,当該債務の信用リスクに対する懸念が醸成され市場環境は徐々に悪化していたと考えられる.一方,図4を確認すると,BNPパリバ・ショックとリーマン・ショックとの間の期間は36,MSDStCにおいてダウンサイド・リスク顕在化局面と解釈できる状態へと遷移していないことが分かる.これは,漸次的なイベントに対しても大宗の業種間の裾依存性が変化するような事象が生じるまではMSDStCがダウンサイド・リスク顕在化局面を検知できないことを示唆している.したがって,漸次的なイベントを伴う市場環境の変化はMSDStCによる捕捉が相対的に難しいと考えられる.このようなMSDStCの改善点については今後の研究課題としたい.

4 VaRおよびCVaRの推定精度に関する検証

本研究の目的の一つは,非線形な依存構造に関する状態変化の捕捉がテイルリスクの推定精度に与える影響を明らかにすることである.この目的に鑑み,本節では,前節においてモデルの推定を行った3種類のコピュラ37と周辺モデルを用いて,VaRおよびCVaRの推定精度を比較分析する.信頼水準については99%および95%とし,対象となるポートフォリオは分析対象に関する均等ウェイト・ポートフォリオとする.主要な論点は,非線形な依存構造の状態変化をMSDStCを用いて捕捉した場合に,VaRおよびCVaRの推定精度が改善するか否かである38

VaRやCVaRは,リスク管理の実務において用いられるだけでなく,ポートフォリオ運用の実務においても活用されている.例えば,CVaR最小化ポートフォリオやテイルリスク・パリティ・ポートフォリオは,ファンド運用として実用化されており,昨今の新型コロナ・ショックに象徴されるダウンサイド・リスクの顕在化を受けて注目が集まっている39.したがって,依存構造の状態変化や時変性の捕捉がVaRやCVaRの推定精度に与える影響について明らかにすることは,リスク管理の実務のみならず,ポートフォリオ運用における実務においても有用であると考えられる.

4.1 検証方法

以下では,検証に活用する期間およびモデルのパラメータの推定に用いる期間について述べたうえで,VaRおよびCVaRの推定精度に関する具体的な検証手順について説明する.

検証期間は,2008年度,2015年度,2019年度の3期間とする.リスク管理の実務においてはリスクの推定精度に関する評価を年度で行うことが一般的であることに鑑み40,暦年ではなく年度での検証とした.その中で2008年度にはリーマン・ショック,2015年度には2度のチャイナ・ショック,2019年度には新型コロナ・ショックといった実務的に重要度が高いイベントが含まれている.また,前節のイン・サンプルの分析ではMSDStCがこれらのイベントを起点として状態1,すなわちダウンサイド・リスク顕在化局面と解釈できる状態が継続した.したがって,アウト・オブ・サンプルでもMSDStCによる検出が期待され,当該モデルの導入効果の検証に適していると考えられる.これらの点を踏まえ,2008年度,2015年度,2019年度を抽出した41

パラメータの推定に用いる期間は各検証年度の直近の3年間とする.リスク管理の実務では将来的なリスク量の推定に際して,直近数年間のデータを用いることが多い.これは,市場の期待リターンやボラティリティ,さらには依存構造の前提となる経済環境が長期的には変化するためである.この観点からは,アウト・オブ・サンプルの分析を行う周辺モデルおよびコピュラのパラメータの推定に長期間のデータを用いることは望ましくない.一方,MSDStCのパラメータの収束という観点から自由度および歪度パラメータの状態変化が生じると期待される期間が複数回含まれることが望ましい.そこで図4を確認すると,各検証期間の直近3年間をパラメータの推定期間に含むことで,MSDStCの状態変化が複数回生じることが期待でき,パラメータも収束すると考えられる42.また,比較対象のコピュラの推定期間はMSDStCと同様にすることが望ましい.これらの点に鑑み,コピュラのパラメータの推定期間は各検証年度の直近3年間とした.さらに,本研究ではIFM法により周辺モデルの推定結果に基づいてコピュラのパラメータを段階的に推定するため,周辺モデルおよびコピュラのパラメータの推定期間は同一にすることが自然である.この点に鑑み,周辺モデルについても各検証年度の直近3年間とした.

VaRおよびCVaRの推定精度に関する検証手順については以下のとおりである.なお,2008年度を検証期間とした場合を念頭に置き具体的な日付を示す.

  • 1 2005年4月1日から2008年3月31日までの実現リターンデータを用いて,周辺モデルとコピュラのパラメータを推定する.周辺モデルはAICを用いて選択する.
  • 2 式(1)の周辺モデルと2005年4月1日から2008年3月31日までの実現リターンデータを用いて,2008年4月1日の各業種の期待リターンおよびボラティリティを計算する.
  • 3 式(3)(5),(6)のcDCCに関する変動過程と2008年3月31日のコピュラの観測データを用いて,2008年4月1日の相関行列𝚺tを計算する.また,式(13)の状態確率の予測値を用いて,2008年4月1日の状態変数stを決定する.具体的には,状態確率の予測値(13)が0.5を上回る状態を選択する.
  • 4 手順3で決定したパラメータを上記1で推定したコピュラに適用し,2008年4月1日の17業種のサンプルデータを10万組生成する.
  • 5 手順2のパラメータを適用した式(1)の周辺モデルを用いて,手順4で生成したサンプルデータをリターンデータのサンプルに変換する.
  • 6 手順5で生成したリターンデータを用いて,2008年4月1日の均等ウェイト・ポートフォリオのVaRおよびCVaRを推定する.
  • 7 2008年4月1日の各資産の実現リターンデータを取り込み,式(1)の周辺モデルを用いて誤差項を抽出し,手順2から6と同様に2008年4月2日のVaRおよびCVaRを推定する.
  • 8 以下,同様の作業を2009年3月31日まで繰り返す.
  • 9 手順1から8によって計算された各時点のVaRおよびCVaRと均等ウェイト・ポートフォリオの実現リターンを比較し,VaRの推定精度は,Kupeic (1995) の尤度比検定,CVaRの推定精度は,Danielsson (2011) の指標により評価する.

VaRおよびCVaRの推定精度に関する評価指標については多くの手法が先行研究で提案されている.本研究ではリスク管理の実務への応用可能性を検証する目的でアウト・オブ・サンプルの分析を行うため,採用する評価指標も実務的に扱われていることが望ましい.この点に鑑み,本研究ではリスク管理の実務で主として活用される評価指標として,Kupeic (1995) の尤度比検定およびDanielsson (2011) の指標を採用した.

Kupeic (1995) の尤度比検定を行う際には,まずVaR超過率を計算する.バックテスト期間をT,時点tのポートフォリオの実現リターンをrtport,時点tのVaRの推定値をVaRt̂とする時,VaR超過率HR式(16)によって計測される.

  
HR=t=1T1{rtport<VaRt̂}T.(16)

式(16)は,バックテスト期間においてポートフォリオの実現リターンがVaRt̂を下回った割合を示している.したがって,信頼水準を𝓁とすると,式(16)が「1𝓁」に近いほどモデルのVaRの推定精度が高いことを示唆する.また,式(16)が「1𝓁」より大きければモデルのVaRが過小に推定されていることを,式(16)が「1𝓁」より小さければモデルのVaRが過大に推定されていることを示唆する.Kupeic (1995) の尤度比検定は,信頼水準𝓁に対応したVaR超過率をτ=1𝓁とし,式(16)で計算されたHRについて,帰無仮説「τ=HR」を対立仮説「τHR」のもとで検定する.VaRを超過する確率が各時点において独立であると仮定し,バックテスト期間においてポートフォリオの実現リターンがVaRを下回った回数をN=t=1T1{rtport<VaRt̂}とする時,尤度比検定量χKupiec式(17)で表される.

  
χKupiec=2logτN(1τ)TNHRN(1HR)TN.(17)

帰無仮説「τ=HR」が正しい時,式(17)は,漸近的に自由度1のカイ2乗分布に従う.したがって,式(17)を自由度1のカイ2乗分布で評価した際のp値が高いほど,帰無仮説を指示する確率が高く,モデルのVaRの推定精度が高いことを示唆する.

Danielsson (2011) では,時点tのCVaRの推定値をCVaRt̂とする時,評価指標χDanielsson式(18)により計算する.

  
χDanielsson=t=1TCVaRt̂rtport1{rtport<VaRt̂}t=1T1{rtport<VaRt̂}.(18)

式(18)は,VaRt̂を下回った各時点における,CVaRt̂とポートフォリオの実現リターンとの比率に関する平均値をCVaRの推定精度として評価している.したがって,式(18)が1に近いほど,モデルのCVaRの推定精度が高いことを示唆する.また,式(18)が1より大きければモデルのCVaRが過大に推定されていることを,式(18)が1より小さければモデルのCVaRが過小に推定されていることを示唆する.

4.2 検証結果

以下では,MSDStCのアウト・オブ・サンプルのフィルタ確率と均等ウェイト・ポートフォリオの推移を確認したうえで,VaRおよびCVaRの推定精度に関する検証結果を記載する.

図7には,検証年度別にMSDStCのアウト・オブ・サンプルのフィルタ確率と均等ウェイト・ポートフォリオの累積リターンを表2に記載した本邦株式市場に影響を与えた出来事とともに示した.なお,全ての検証年度においてMSDStCの推定結果として,自由度および歪度の両パラメータが相対的に低い状態と高い状態に分かれたことを確認している.図7からは,各検証年度とも表2の出来事を起点して,前節でダウンサイド・リスク顕在化局面と解釈した状態43のフィルタ確率が上昇し,その後一定期間0.5を上回る傾向にあることが分かる.また,均等ウェイト・ポートフォリオは,上述した状態のフィルタ確率が0.5を上回る期間においてドローダウンが発生する傾向にあることが分かる.

図7  アウト・オブ・サンプルのフィルタ確率と均等ウェイト・ポートフォリオの累積リターン

Notes: MSDStCの自由度および歪度パラメータが相対的に低い状態に関するフィルタ確率を赤線(右軸),均等ウェイト・ポートフォリオの累積リターンを黒線(左軸),表2に記載した本邦株式市場に影響を与えた出来事を縦線(灰色)で示している.なお,均等ウェイト・ポートフォリオの累積リターンは開始時点を1としている.

次に,表7のVaRのバックテスト,表8のCVaRのバックテストの順に検証結果を記載する.表7には,検証年度別にVaR超過率およびKupiecの尤度比検定の結果を示した.2008年度について,信頼水準99%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCであり,2番目DStCとStCである.MSDStCのVaR超過率はDStCとStCに比して0.041ポイント改善し,Kupiecの尤度比検定のp値は3.2ポイント改善した.また,全てのモデルについて有意水準5%において帰無仮説「τ=HR」が採択された.信頼水準95%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCとDStCであり,3番目はStCである.MSDStCとDStCのVaR超過率はStCに比して0.816ポイント改善し,Kupiecの尤度比検定のp値は7.7ポイント改善した.また,MSDStCとDStCについてのみ有意水準5%において帰無仮説「τ=HR」が採択された.2015年度について,信頼水準99%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCであり,2番目はDStCとStCである.MSDStCのVaR超過率はDStCおよびStCに比して0.408ポイント改善し,Kupiecの尤度比検定のp値は3.7ポイント改善した.また,MSDStCについてのみ有意水準5%において帰無仮説「τ=HR」が採択された.信頼水準95%においては全てのモデルが同一の結果となった.また,全てのモデルについて有意水準5%において帰無仮説「τ=HR」が棄却された.2019年度について,信頼水準99%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCとDStCであり,3番目はStCである.MSDStCとDStCのVaR超過率はStCに比して0.415ポイント改善し,Kupiecの尤度比検定のp値は9.2ポイント改善した.また,全てのモデルについて有意水準5%において帰無仮説「」が採択された.信頼水準95%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCであり,3番目はDStCとStCである.MSDStCのVaR超過率はStCに比して0.415ポイント改善し,Kupiecの尤度比検定のp値は6.8ポイント改善した.また,全てのモデルについて有意水準5%において帰無仮説「τ=HR」が採択された.

表8にはDanielssonの指標によるCVaRの推定精度の検証結果を示した.2008年度について,信頼水準99%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCの1.023であり,2番目のDStCから0.06改善した.また,3番目はStCである.信頼水準95%において推定精度が最も高いモデルはDStCであり,2番目はMSDStC,3番目はStCである.MSDStCは1.111でありDStCの1.110に比べて0.001劣後する結果となった.2015年度について,信頼水準99%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCの1.005であり,2番目のDStCから0.01改善した.また,3番目はStCである.信頼水準95%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCの0.989であり,2番目のDStCから0.009改善した.また,3番目はStCである.2019年度について,信頼水準99%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCの0.987であり,2番目のDStCから0.021改善した.また,3番目はStCである.信頼水準95%において推定精度が最も高いモデルはMSDStCの1.021であり,2番目のDStCから0.015改善した.また,3番目はStCである.

総じてみると,VaRについては,各モデルのVaR超過率が各信頼水準に対応したVaR超過率を上回っており,各モデルがVaRを過小評価しているが44,モデル間の比較ではMSDStCがDStCよりもVaRを保守的に推定する傾向にあり,Kupiecの尤度比検定のp値が改善している45.またCVaRについては,2008年度の信頼水準95%における推定精度はDStCがMSDStCを上回っているが,それ以外ではMSDStCがDStCよりもCVaRを精度高く推定していることが分かる46.このような結果が得られた背景としては,次のことが考えられる.DStCでは,分布の裾での依存構造やその非対称性が変化しないことを前提としている.しかしながら,表4のコピュラの推定結果において示されたとおり,本邦株式市場では非線形な依存構造の状態変化は認められ,ダウンサイド・リスク顕在化局面と解釈される時期については,図5図6に示したとおり,下側裾依存性が高まっている.MSDStCでは,このような下側裾依存性の変化を非線形な依存構造の状態変化を考慮することによって捕捉できるため,VaRおよびCVaRの推定精度がDStC対比で改善する傾向となったと考えられる47

上述の点を踏まえると,テイルリスクの推定に際して,市場の平常局面,ダウンサイド・リスク顕在化局面に対応した非線形な依存構造の状態変化を考慮することの有用性が示唆される.

表7 コピュラを用いたVaRのバックテスト結果

Notes: Kupiecの尤度比検定,VaR超過率について,最も推定精度が高い部分を太字としている.また,Kupiecの尤度比検定については,p値が5%を超える部分を網掛けとしている.

表8 コピュラを用いたCVaRのバックテスト結果

Notes: 最も推定精度が高い部分を太字としている.

5 結論と今後の課題

本研究では,TOPIX-17シリーズの日次リターンにMSDStCを適用し,本邦株式市場の依存構造を捕捉した.その上で,(1) 非線形な依存構造の状態変化が示唆する市場環境,(2) 市場下落時における資産間の裾依存性に関する特徴,(3) リスク管理への応用可能性について考察した.MSDStCのAICはDStCに比して改善しており,同コピュラを適用することで,AIC規準の観点から本邦株式市場のデータへの適合度が改善したと考えられる.この結果は,本邦株式市場のように,相関行列の時変性および非線形な依存構造の状態変化が有意に認められる多変量時系列データに対しては,MSDStCの適用がDStCやStCよりも有用であることを示している.また,(1)から(3)の主要な研究課題については,以下の結果および示唆を得た.

  • (1) MSDStCを用いて判別された各状態は,本邦株式市場におけるダウンサイド・リスク顕在化局面と平常局面を各々表現していると解釈できることを示した.
  • (2) シクリカル・セクターおよびディフェンシブ・セクター間の下側裾依存性は,分析対象期間を通じて相対的に低位で推移しており,両セクターへの分散投資が市場下落時の耐性を平常局面,ダウンサイド・リスク顕在化局面ともに高めることを示した.
  • (3) VaRおよびCVaRの推定精度はMSDStCがDStCよりも改善する傾向にあり,テイルリスクの推定に際して,非線形な依存構造の状態変化を考慮することの有用性を示した.

これらの研究結果を踏まえると,MSDStCを用いて本邦株式市場の依存構造を捕捉することで,平常局面やダウンサイド・リスク顕在化局面といった市場環境の変化を捉えつつ,市場下落時の分散投資効果を勘案したアセット・アロケーションやテイルリスクの管理を遂行できる,と示唆される.

今後の研究課題は次の3点である.1点目は,マルコフ・スイッチング・モデルを適用するパラメータの範囲の拡張である.本研究では,非線形な依存構造の状態変化に焦点を当て実証分析を行うため,DStCの自由度および歪度パラメータにマルコフ・スイッチング・モデルを適用した.一方,cDCCのパラメータについても状態変化を許容することで,新たな知見が得られる可能性がある.また,周辺モデルとコピュラと同時推定しつつ,全てのパラメータについて状態変化を許容する方法も考えられ,情報量規準の観点からデータへの適合度の改善に繋がる可能性がある.2点目は,状態数の取扱いである.本研究では,本邦株式市場の平常局面,ダウンサイド・リスク顕在化局面をMSDStCによって捕捉できるか検証することを目的の一つとしたため,状態数は二つとした.一方,状態数を増やすことで新たな知見が得られる可能性もある.さらに,本研究のように状態数を予め想定することが難しいケースにおいて,状態変化を考慮したい場合も考えられる.このような一歩進んだ課題に対しては,マルコフ・スイッチング・モデルではなくAwaya and Omori (2019) で提案されたParticle Rolling MCMCなどを用いることでパラメータ数を過度に増加させることなく状態変化を捕捉でき,新たな示唆を享受できる可能性がある.3点目は,パラメータの推定方法についてである.本研究では,MSDStCのパラメータについてEMアルゴリズムを用いて推定した.一方,上述したようにマルコフ・スイッチング・モデルの適用範囲や状態数を拡張する場合,パラメータ数も相応に増加するため,推定方法についてもMCMCなどを用いることが望ましい可能性がある.これらの研究課題については今後取り組みたい.

付録 ダイナミック非対称tコピュラ(DStC)

式(2)におけるn変量一般化双曲非対称t分布の分布関数STn(𝛏t;𝚺t,ν,𝛄)と密度関数stn(𝐱t;𝚺t,ν,𝛄)との関係式は,以下で与えられる.

  
STn(𝛏t;𝚺t,ν,𝛄)=ξt,1ξt,nstn(𝐱t;𝚺t,ν,𝛄)dxt,1dxt,n,(19)
  
𝐱t=(xt,1,,xt,n),
  
stn(𝐱t;𝚺t,ν,𝛄)=22(ν+n)2Υν+n2(η(𝐱t;𝚺t,ν,𝛄))exp(𝐱t𝚺t1𝛄)Γ(ν2)(πν)n2|𝚺t|η(𝐱t;𝚺t,ν,𝛄)ν+n2(1+𝐱t𝚺t1𝐱tν)ν+n2,(20)
  
η(𝐱t;𝚺t,ν,𝛄)=(ν+𝐱t𝚺t1𝐱t)𝛄𝚺t1𝛄.

ここで,Υ()は第3種の修正ベッセル関数を表す.

DStCの密度関数cdstは,式(2)(19)(20)から,次式のように計算される.

  
cdst(𝐮t;𝚺t,ν,𝛄)=CDSt(𝐮t;𝚺t,ν,𝛄)ut,1ut,n=stn(𝛏t;𝚺t,ν,𝛄)i=1nst1(ξt,i;ν,γi).(21)

観測時点数をT個とする時,DStCの対数尤度関数Ldstは,式(21)を用いて次式で表される.

  
Ldst(α,β,ν,𝛄)=t=1Tlog(cdst(𝚺t,ν,𝛄|𝛀t))=T(ν2)(n1)2ln2T(1n)lnΓ(ν2)12t=1Tln|𝚺t|+t=1T{lnΥν+n2(η(𝛏t;𝚺t,ν,𝛄))+𝛏t𝚺t1𝛄+(ν+n2)(ln(η(𝛏t;𝚺t,ν,𝛄))ln(1+𝛏t𝚺t1𝛏tν))}+t=1Ti=1n{(ν+n2)((1+ξt,i2ν)γi2(ν+ξt,i2))Υν+n2(γi2(ν+ξt,i2))γiξt,i}.(22)

ここで,式(22)𝚺tに関するダイナミクスは,式(3)(5),(6)を通じて更新される.

謝辞

論文の査読者の方から貴重なご意見を多数いただきました.ここに御礼申し上げます.

Footnotes

∗ 本稿の内容は筆者の個人的見解であり,筆者の属する機関の公式見解を示すものではない.

1 足許の依存構造を簡易的に解釈し市場環境の認識や投資判断を変更に繋げられること,また,ポートフォリオの将来のリターンを効率的にシミュレーションしリスク計測などを行えることが重要である.

2 吉羽 (2020) によれば,その他にJoe (2006) によって提案された,Azzalini and Capitanio (2003) の非対称t分布を用いたStC,Smith et al. (2012) によって提案された,Sahu et al. (2003) の非対称t分布を用いたStCがある.

3 自由度は全ての変量に対して共通に与えられる一方,歪度は各変量につき一つ割り当てることができる.本研究では,推定負荷およびモデルの解釈性を勘案し全ての変量に対して共通の歪度を適用する.

4 株式市場は,上昇時よりも下落時に多くの(高次元の)業種や銘柄間の依存構造が強まるといった依存構造の非対称性を有することが多く,その特徴を計量的に捉えるうえでStCが有用だからである.

5 他の代表的なコピュラとの比較したStCの優位性は,夷藤・中村 (2019) に詳細に纏められている.

6 アルキメディアン・コピュラは変量数が増加してもパラメータ数は増加しないため,Patton (2006) の拡張は実務で扱う必要がある高次元の多変量時系列データへの適用には不向きである.

7 本邦株式市場のダウンサイド・リスク顕在化局面に繋がった主な出来事は表2に纏めている.

8 裾依存性が一斉に高まる局面を定量的に察知できれば,その影響を考慮したテイルリスクの推定が行うことができ,ポートフォリオを機動的に調整する際の投資判断の一助となる.

9 自由度の低下は裾依存性を高める方向に,歪度の低下は上側裾依存性対比で下側裾依存性を高める方向に作用する.

10 本研究では日次リターンデータを用いた分析を行うため,日次での変化を「時変性」と表現する.

11 状態変化の捕捉に関する近年の先進的な研究としては,Awaya and Omori (2019) が挙げられる.Awaya and Omori (2019) はParticle Rolling MCMCを提案し,推定に使う直近データのウィンドウ幅を固定しローリングしていくことで状態変化を捕捉している.状態数が想定しやすい状況下で各状態を簡易的に認識する際にはマルコフ・スイッチング・モデルが有用である一方,当該手法には状態数を想定し得ない汎用的な課題に対してもパラメータを増やすことなく簡易的に状態変化を捕捉できるメリットがある.当該手法を依存構造の捕捉に応用することは今後の研究課題としたい.

12 本研究では,DStCの自由度,歪度パラメータの状態変化に焦点を当てることで,本邦株式市場の市場環境に関する重要な示唆を享受し,AIC規準の観点からもデータへの適合度がDStC対比で改善し得ると考えた.一方,cDCCや周辺モデルのパラメータも含めた状態変化を捕捉することで新たな知見を得られる可能性もある.この点については,高次元データに対応した推定方法も含め今後の研究課題としたい.

13 既述の貢献は,海外金融市場に比べて実証分析の蓄積が少ない本邦株式市場に焦点を当て,依存構造を分析することで新たに得られたものである.また,分析対象データについては,高次元かつ市場で取引可能な多変量時系列データを用いることで,資産運用実務への応用可能性を高めている.これらの点についても貢献部分である.

14 GARCH項,GJR項に関する次数を増加させても,実証分析から得られる示唆に影響を及ぼさないことを事前に確認したこと,Hansen (1994) に記されているように,GARCHモデルに関しては,GARCH(1,1)が選択されることが多く,天下り的にGARCH(1,1)を適用する先行研究が多数あることを勘案し,既述の取り扱いとする.

15 同分布を適用する際,モデルのパラメータ数を増加させると推定精度が安定しないため,既述の取り扱いとする.

16 Christoffersen et al. (2012) は,DStCの相関行列にDCCを適用した.夷藤・中村 (2019) では,Christoffersen et al. (2012) のDStCが相関行列の変化を計算する際にショックの分散調整を行っておらず,相関行列の一致性が保たれない可能性があることを指摘し,cDCCを適用した.この点を勘案し,本研究では夷藤・中村 (2019) のDStCを適用する.

17 本研究では全ての変量に共通する歪度パラメータを適用する.したがって,γ1==γnとなる.

18 cDCCの状態変化も検討できる.一方,cDCCは主として線形の依存構造を表現し,本研究の目的に鑑みると裾依存性を表現する自由度,歪度に比して状態変化を導入する優先度は低い.また,cDCCに追加的に状態変化を許容することも検討できるが,本研究では比較的高次元の多変量時系列データを扱うため推定負荷が大きく,また状態の解釈が難しくなる可能性もある.以上を勘案し,cDCCには状態変化を導入しなかった.また,周辺モデルの状態変化も検討できる.一方,本研究ではパラメータの推定負荷を考慮し後述するIFM法により周辺モデルとコピュラを段階的に推定する.よって周辺モデルに状態変化を考慮した場合には各周辺モデルとコピュラで個別の解釈が必要となる.この点に鑑み,周辺モデルには状態変化を導入しなかった.これら点は推定方法も含め今後の研究課題としたい.

19 式(2)のDStCとその密度関数との関係性については,付録を参照されたい.

20 cDCCの無条件相関行列𝐐¯については,後述するモーメント・マッチング法にもとづき計算するため,推定するパラメータに含んでいない.

21 IFM 法を含むコピュラのパラメータの推定方法については,Joe (2014) などを参照されたい.

22 DStCおよびStCについても同様の課題が当てはまるため,これらのコピュラのパラメータの推定に際しても後述する手法を採用する.

23 νおよび𝛄を変化させた場合に,モーメント・マッチング法によって計算される無条件相関行列の変化が実証分析から得られる示唆に影響を及ぼさないことは,事前に確認している.

24 IFM法を採用する場合,コピュラのパラメータの推定における観測データは,周辺分布を一様化したデータ𝐮t=(ut,1,,ut,n)である.

25 150個の分位点をもとに補間した場合の平均絶対誤差を評価し,小数点以下5から6桁の精度であることを確認している.

26 EMアルゴリズムによるマルコフ・スイッチング・モデルの推定手順に関する詳細については,Franses and Dijk (2000) などを参照されたい.

27 状態数を増やすことで,新たな知見を得られる可能性もある.一方,パラメータ数の増加に伴い,より高度な推定方法が必要になる可能性がある.この点については今後の研究課題としたい.

28 表1に詳細を記載している.

29 ここでは,ダウンサイド・リスク顕在化局面に繋がった出来事に限定し,アベノミクスなど好影響を齎した出来事は記載しない.

30 分析対象の趨勢的な変動を分かりやすく示すため,均等ウェイト・ポートフォリオの累積リターンを示した.

31 表2の主な出来事に該当しない時期において,状態1のスムーザ確率が状態2を上回っている期間についても,米国の量的緩和政策の縮小に対する懸念,IMFの世界経済見通しに関する下方修正,新興国の経済成長に対する懸念,地政学リスクの発現などといったダウンサイド・リスクの顕在化を背景に,大宗の業種やセクターのパフォーマンスが一斉に悪化した局面を捉えていることは確認している.

32 モデルのパラメータは全期間を通じて推定したものであり,イン・サンプルの分析である.なお,後述するVaRおよびCVaRの推定精度に関する検証では,アウト・オブ・サンプルでの検証を行っている.

33 参考として,Okimoto (2008) では,パラメータが定数である正規コピュラおよびアルキメディアン・コピュラ間を状態変化するモデルを構築し,米国株式と英国株式との依存構造を捕捉したうえで,ベア市場の依存構造として選択されるアルキメディアン・コピュラから計測される下側裾依存性が0.6から0.7程度であることを示している.

34 リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの破綻前から,サブプライムローンの信用リスクに対する懸念が趨勢的に高まっていたという点で漸次的である.

35 ただし,先見的に突発的なイベントを予測できるという意味ではない.

36 BNPパリバ・ショックは図4上部のイベントNo2,リーマン・ショックはNo3に対応する.

37 MSDStCに加え,比較対象としてDStCおよびStCを採用する.

38 また,DStCとStCの比較により相関行列の時変性の捕捉がテイルリスクの推定精度に与える影響を考察できる.

39 例えば,岡三アセットマネジメント株式会社では,年金運用向けにCVaR最小化戦略を採るファンドを立ち上げ,公的年金や企業年金などの機関投資家向けの募集を検討している.詳細については,「年金情報No.830(2020年5月18日号)」を参照されたい.

40 年度ベースの決算に対応して発行されるディスクロージャー誌への記載事項としてVaRが含まれるなどの理由から,年度でのリスク推定の評価が一般的となっている.

41 cDCCで捕捉した相関行列もこれらの検証期間に変化しているため,DStCとStCの比較にも適していると考えられる.

42 各検証年度の直近3年間のデータを用いることで,MSDStCが状態変化を捉えパラメータも収束することは確認している.

43 自由度および歪度パラメータが相対的に低い状態である.

44 2008年度におけるMSDStCの信頼水準99%のVaR超過率を除く.

45 また,DStCがStCよりもVaRを保守的に推定する傾向にあり,Kupiecの尤度比検定のp値が改善している.

46 DStCとStCとの比較では,全てのケースにおいてDStCがStCよりも精度高くCVaRを推定している.

47 本研究の主要な論点ではないものの,DStCの推定精度はStCに比べて改善する傾向にある.この点については,業種間の相関行列の時変性を考慮したことが推定精度の改善の背景だと考えられる.

参考文献
 
© 2021 The Japanese Association of Financial Econometrics and Engineering
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