2013 Volume 17 Pages 11-22
屈折法・広角反射法構造探査データを用いた重合前深度マイグレーション(PSDM)は,深部地殻構造の詳細をイメージングできる可能性を秘めている.しかし,一般的な屈折法・広角反射法探査では観測点や受信点が疎ら過ぎて,PSDMが適用できないのが実情である.この状況を一変させ得るのが地震波干渉法により稠密な観測点(受信点)を合成する方法の導入である.本研究では,北西太平洋における海洋プレート上で実施した海底地震計(OBS)-エアガン構造探査データに地震波干渉法を適用することで,稠密な屈折法・広角反射法データを合成し,その合成データを用いてPSDMによる構造イメージングを試みた.数多くのパラメータテストを実施した結果,浅部の堆積層基盤や深部のモホ面のイメージングに成功した.本研究による検討結果は,沈み込み帯などより構造が複雑な場所における構造解析にも活用できる知見となる.
人工震源を用いた構造探査(地震探査)は,深さ数kmから数十kmの地下構造をイメージングするもっとも効果的な手段である.地震探査はイメージング手法により反射法と屈折法・広角反射法(以下,広角反射法と略す)に大別される.
反射法は,ほぼ真下からの反射波(near-vertical reflection)を用いて地下の構造境界面(反射面)をマイグレーション処理によりイメージングする方法であり,短いオフセット距離(震源と受信点の水平距離)に稠密に震源,受信点を配置するのが特徴である.稠密な波形データを直接イメージングに活用するため,求まる地下構造イメージの空間分解能は高く,断層形状や境界面の起伏など詳細構造を議論できる.しかし,短オフセットが故,深部反射波が観測しにくく,また地震波速度も決まりにくいため,深部構造のイメージングに弱い.
他方,大オフセットでの観測に重点を置く広角反射法探査では,屈折波やエネルギーの大きな広角反射波(wide-angle reflection)を活用して,深部の反射面や地震波速度構造をモデリングできる.しかし,多くの場合,地震波形そのものではなくフェイズの到達時刻(走時)のみを用いて解析されるため,解析結果の空間分解能は低い.
このように両探査手法はそれぞれ長短所があり,いずれも地殻深部の詳細構造をイメージングすることは難しい.
深部の詳細イメージングを目指すには,両者の長所を合わせ,大オフセットで稠密な広角反射法データを取得し,マイグレーションのような波形解析を適用することが必要である.
しかし,通常の広角反射法探査では,観測が疎ら過ぎて波形解析が適用できないのが実状である.たとえば,海底地震計(OBS)とエアガンによる広角反射法データを用いてマイグレーション処理により反射面をイメージングするには,数値実験のように条件がよい場合でもOBS間隔が2km以下の稠密な探査データが必要だと指摘されている(Zelt et al., 1998).もちろん,この条件はイメージングターゲットの深度や複雑さにも依存するが,現状のほとんどの広角反射法探査データは,マイグレーション処理には耐えられないことを意味している.
この状況を一変させ得るのが地震波干渉法(Seismic Interferometry, 以下 SI)の導入である.白石ほか (2011)は,OBS-エアガンデータにSIを適用することで稠密な広角反射法データを合成した上で,重合後時間マイグレーション処理により反射構造のイメージングに成功した(Fig. 1).彼らは,OBS設置間隔によるイメージング結果の違いについても検討し,広角反射法構造探査で一般的なOBS間隔(5~10km)であってもマイグレーションにより効果的なイメージングが可能であることも示した.この結果は画期的で,マイグレーション処理にも耐え得る稠密な広角反射法データが容易に手に入るようになったことを意味している.
Comparison of seismic migration images. Features of the splay fault are successfully imaged in all three migration results. However, the spatial resolution varies among them. (a) Post-stack time migration image derived by OBS-airgun data after applying seismic interferometry. (b) Pre-stack time migration image derived by MCS data. (c) P-wave velocity structure model and reflection traveltime mapping image (gray scale) derived from OBS-airgun data.
図 1. データの違いによるマイグレーション結果の比較.いずれも分岐断層(splay fault)の特徴がイメージングできているが,空間分解能やイメージング深度に差がある.(a) OBS-エアガンデータに地震波干渉法 (SI) を適用した上で重合後時間マイグレーションを適用した結果. MCSの結果には劣るが,OBSデータのみでも反射断面がイメージングできることが示されている.(b) 通常のMCSデータによる重合後時間マイグレーションの結果.圧倒的にデータ量が多く,短波長データに富むため,空間分解能が非常に高い.(c) OBS-エアガンデータの標準的な走時解析によるP波速度構造モデルと,走時を用いた重合前深度マイグレーション処理である反射波走時マッピング(traveltime mapping, Fujie et al., 2006)の結果(グレースケール).走時マッピングではピックした反射面しかイメージングできないため,堆積層などの詳細はイメージングされていない.一方,広角反射波を生かしているため図示されているよりも更に深部の20km付近の反射面もイメージングできている(Nakanishi et al., 2008).
白石ほか (2011) は, SIを適用して合成したデータをMCSデータの代替と位置付け, near-vertical reflection を生かす重合後マイグレーション処理を適用した. しかし, 重合後マイグレーションは, 計算の単純化のために震源と受信点の間の地下構造が水平方向に均質であることを仮定するもので, オフセット距離の短いデータによる浅部構造イメージングには効果的であるが, 広角反射を生かした深部構造イメージングには不向きである. 深部構造のイメージングには, 広角反射も適切に扱える重合前マイグレーションが不可欠である.
実際の広角反射法データに重合前深度マイグレーション(Pre-Stack Depth Migration, 以下 PSDM)を適用した研究例は少なからず存在する(たとえばMcMechan and Fuis, 1987; Holbrook et al., 1992; Fruehn et al., 2001; Dessa et al., 2004; 三浦ほか, 2006).しかし,いずれもデータ量の不足や構造の複雑性のため,パラメータや速度構造によるイメージング結果の違いは十分に検討できておらず,広角反射法データを生かしたマイグレーション技術の詳細は未だ確立されていない.
そこで,本研究では,SIで合成した稠密な広角反射法データを用いてPSDMにより深部構造のイメージングを試み,効果的なイメージング結果を得るのに必要となる解析手法やパラメータなどの技術的な詳細を検討する.このような検討は,反射構造が既知で,且つイメージングが容易な場所から始めるのが適切である.そこで,本研究では構造が成層構造に近い海洋プレートにおいて実施したOBS-エアガン構造探査データを用いる.このデータを用いた検討結果は,より複雑な場所における構造探査データにPSDMを適用する場合にも活用できる基礎的な知見となると期待される.
なお, 本研究は海洋研究開発機構と㈱地球科学総合研究所が平成22年度から平成24年度にかけて実施した共同研究「屈折法・広角反射法データを用いた高精度イメージング技術の開発研究」の一環として実施したものである.
海洋研究開発機構では,2009年より北西太平洋海域において精力的に海洋プレート構造研究を実施している.本研究では,2009年に千島海溝沖において実施したOBS-エアガン構造探査データを用いる(Fig. 2, Fujie et al., 2013).本探査では,約500kmの調査測線上に80台のOBSを6km間隔で設置し,海洋研究開発機構の調査船「かいれい」のチューンドエアガンアレイ(7800 cu. in.)を0.2km間隔で合計約2500回発振した.
Bathymetric map of the study area. The yellow circles represent OBSs and the red line is the air-gun line.
図 2. 調査海域図.黄丸がOBS,赤線がエアガンの発震位置を示す.
また,同測線上では「かいれい」の反射法システム(12.5m間隔,444チャンネルのハイドロフォンストリーマー,エアガン発振間隔0.05km)を用いて,別途,反射法データも取得している.反射法データの重合後時間マイグレーションイメージでは,堆積層基盤(海洋地殻の上面)と海洋モホ面が測線の広い範囲でイメージングできている(Fig. 3).本研究では,広角反射法データを用いたPSDMにより,この二つの反射面,特に深部のモホ面のイメージングを目指す.
Post-stack time migrated section of MCS data. Two major reflectors, sediment basement and Moho are clearly observed.
図 3. MCSデータの重合後時間マイグレーションの結果イメージ.堆積層基盤(海洋地殻上面),モホ面(海洋地殻下面)の反射波が確認できる.
PSDMは,先行研究での採用例の多いキルヒホッフ型を用いる(たとえば Zelt et al., 1998; Dessa et al., 2004).PSDMの適用手順は,(1)SIによる稠密な広角反射法データの合成,(2)地震波速度構造モデルの構築,(3)各震源,各受信点からの走時表(走時場)の計算,(4)マイグレーションの適用(時間-距離ドメインデータの深度-距離ドメインへの投影),という4ステップに分けられる.本研究では,各ステップ毎に複数のパラメータや解析手法を比較し,もっとも深部構造のイメージング結果が向上する方法を検討する.以下に,各ステップの解析手法の概要を記す.
3.1. 地震波干渉法による広角反射法データの合成地震波干渉法(SI)とは,地球内部を伝播した地震波形の干渉パターンを用いて地球内部構造の情報を引き出す方法である(たとえば白石ほか,2008; Schuster, 2009).地震波形同士の相互相関を取り,それを重合することで干渉パターンは計算されるが,研究ターゲットや観測ジオメトリによって様々な相互相関の取り方があり得る.
OBS-エアガン探査データの場合,一台のOBSで受信した二つのエアガン震源の波形の相互相関を取ることにより,一方のエアガン震源からの信号を他方のエアガン震源位置で観測した場合の信号を取り出すことができる(Fig. 4(a)).一組の相互相関(一台のOBSデータ)だけでは,信号成分が弱くノイズも大きいが,多数のOBSにおける相互相関を重合することで,エアガン震源位置に仮想的に受信点を置いたときの適切な記録を合成できる(白石ほか,2011).
(a) Cross-correlation between the seismic trace from shot A to the OBS and the seismic trace from shot B to the OBS represents seismic signals from shot A to shot B. (b) Two types of surface reflection. In laterally homogeneous structure, traveltimes of both rays are equal. However, considering the transmission and reflection coefficients along the ray paths, the amplitude is generally much larger in the left than in the right.
図 4. (a) エアガン震源Aの波形をOBSで受信したトレースと,エアガン震源Bの波形をOBSで受信した波形の相互相関を取ると,仮想的にエアガン震源Aから出た波形をエアガン震源Bの位置で受信した場合の地震波記録が合成できる(白石ほか,2011).震源Aの海面からの多重反射と震源Bの直達波の相関により記録を合成することになる.(b) 二種類の海面反射波.横方向に均質な構造の場合,両者の走時は一致するが,伝播経路の反射係数・透過係数の性質から,一般的に左図の方が振幅が遥かに大きくなる.
本データの場合,6km間隔の受信点記録(OBSデータ)から,0.2km間隔(エアガン発震間隔に相当)の仮想的な受信点記録を合成できる.すなわち,30倍の受信点密度になる.合成された受信点記録例をFig. 6に示す.OBSの記録断面(Fig. 5)と比較すると,S/Nはかなり低いが,屈折波初動やモホ面反射と解釈できる信号が確認できる.
An example of OBS data (Site 40). The blue arrows indicate Moho reflection and the black arrows indicate sea surface related multiples. The multiples are observed after 7.1 sec because the water depth is 5325 m at OBS.
図 5. OBSの記録断面例(Site 40).青矢印はモホ面からの反射波,黒矢印は海面からの多重反射.水深5325mであるため,海面からの多重反射は約7.1秒後である.
An example pseudo record section near Site 40. The blue arrows indicate Moho reflections and the black arrows indicate seafloor reflections.
図 6. 合成した記録断面例(Site40付近,ただし受信点は海面).青矢印はモホ反射,黒矢印は海底面からの反射を示す.なお,断面には4秒のAGC(Automatic Gain Control)がかけてある.
なお,Fig. 4(a)では模式的に示してあるが,実際の調査では震源(エアガン)は海面から数mから10m程度に位置しているため,震源,仮想的な受信点の双方で海面反射の影響が生じる.すなわち,震源Aから出る信号は下方に向かう波と上方に向かって海面で反射した波の重ね合わせであり,震源Bに到達する信号は下方から入射する波と海面で反射後上方から入射する信号の重ね合わせである.このように位相や走時がずれた信号の重ね合わせを使うことは,イメージング結果を劣化させる可能性がある.しかし,通常のOBS構造探査やMCS構造探査でよく検討されているように,この影響はエアガン深度が小さく,解析に用いる周波数帯が低い程小さくなる.本研究で用いるデータは,エアガン深度10mで,イメージングに用いる周波数帯は5Hz付近であることから,通常の構造解析と同様に,エアガン深度に起因する影響は限定的であり考慮する必要はないと考えられる.
3.2. 地震波速度構造モデルの構築方法時系列データとして観測された反射波を,構造上の反射点にイメージング(マイグレーション)するには,地震波速度構造が必要である.当然,間違った速度構造では間違ったイメージング結果になる.この影響はオフセットが大きくなればなるほど強くなるため,広角反射波のPSDMではより一層速度構造モデルが重要になってくる.
速度構造は短オフセットデータよりも,大オフセットな広角反射法データの方がよく求められる.そのため,既存の広角反射波を用いたPSDM研究では広角反射法データを用いた走時解析により速度構造モデルが構築されている例が多い.たとえばFruehn et al. (2001)は走時インバージョンにより層構造モデルを構築し,一方Dessa et al. (2004)は初動走時トモグラフィにより速度が滑らかに変化する構造モデルを構築し,それぞれPSDMを適用している.しかし,どのようなアプローチでマイグレーション用速度構造モデルを構築すべきであるのかといったことについては,充分な検討がなされていない.
本研究では,初動走時トモグラフィによる滑らかな速度構造モデルと,反射波走時も用いた走時インバージョンによる層構造モデルを比較する.そこで,両タイプのモデルを走時インバージョンにより構築できる改良版Jive3D(Hobro et al., 2003; 藤江・小平, 2011)を用いて地震波速度構造をモデリングする.
3.3. PSDMと走時場の計算手法キルヒホッフ型PSDMの適用には,地震波速度構造モデルを用いて計算した各震源からの初動の走時場(走時表)が必要となる.主な走時場の計算方法としては,波線追跡法(シューティング法,Červenný et al., 1977)とグリッドベースの波面法(たとえば Vidale, 1988; Asakawa et al., 1993; Hole and Zelt, 1995)がある.シューティング法は大エネルギーのフェイズは安定して計算できるが,回折波や散乱波といった小エネルギーのフェイズは計算しにくく,結果として走時場に空白が生じやすい.一方,グリッドベースの方法は隈無く計算できるのが利点だが,エネルギーの大小に関わらず初動走時が計算されてしまうため,結果として観測が困難なほど微小なエネルギーの走時が優先される状況が生じ得る.
明瞭に観測される大エネルギーの反射波をマイグレーションするには,前者の方が優れているという指摘もあるが(Geoltrain and Brac, 1993),実効上はグリッドベースの計算方法でも充分であるという指摘もあり(Moser, 1994),広角反射波のPSDMにはどちらが適切なのかは分かっていない.
本研究ではPSDMソフトウェアとしてDIS(三浦ほか,2006)を用いるが,走時表計算はDISに組み込みのシューティング法と,グリッドベースの計算手法(Fujie et al., 2000)とを用いて比較検討する.
各種手法,パラメータを検討した結果,本研究のデータでモホ面をもっとも効果的にイメージングできたのは次の条件である.(1)水中直達波よりも後の部分をミュートするプレフィルタ,(2)反射波走時を用いた走時インバージョンによる速度構造モデル,(3)グリッドベースの波面法(wavefront method)による走時表計算,(4)マイグレーションアパーチャ角度14度以下,マイグレーション後のミュートはストレッチミュートのみ(2.8倍以下).以下では,この最良の条件をベースに,各種パラメータや解析手法の選択がどのようにイメージング結果に影響を与えるのかを検討することで,深部構造のイメージングに必要な条件について考察する.
4.2. 地震波速度構造モデルによる違いここでは,マイグレーション用速度構造として,反射波走時も説明できる層構造モデル(広角反射波,屈折波の走時を用いたインバージョンにより構築,model 1),初動走時トモグラフィによる滑らかな速度構造モデル(model 2),おおまかにモホ反射やマントル最上部の屈折波(Pn)を説明できるように試行錯誤的に構築したフォワードモデリング構造(model 3),の3種類を用いてPSDMを適用し,イメージング結果を比較する(Fig. 7).
Three migration velocity structure models. The model 1 was derived by the traveltime inversion using first arrivals and reflections from both the basement and the Moho. The model 2 was derived by the same method as the model 1 but we did not use Moho reflections. Consequently, the area below the basement was modeled by the first arrival tomography. The model 3 is a result of forward modeling.
図 7. マイグレーションに用いた3つの速度構造.モデル1は屈折波初動走時の他,堆積層基盤とモホ面からの反射波走時も用いて速度構造と堆積層基盤・モホ面形状をインバージョンにより決定した.モデル2は初動走時と堆積層基盤からの反射波を用いて速度構造と堆積層基盤をモデリングした.基盤以深は初動走時のみを用いたトモグラフィ解析の結果である.モデル3は,堆積層基盤まではモデル2の結果を用い,基盤以深はフォワードモデリングにより反射波,屈折波走時が合うようにモデリングした.モデル3における走時残差は,屈折波80msec,反射波350msecである.
モホ面もモデリングしたmodel1では明瞭にモホ面がイメージングできたが(Fig. 8(b)),スムーズな速度構造のmodel 2では,モホ面はイメージングできなかった(Fig. 8(c)).すなわち,初動屈折波を説明できるだけでは反射面をイメージングできないことが分かる.また,モホ面をシャープな速度境界面としてモデリングはしているが,フォワードモデリングにより大まかにしか反射波走時が合わせられていないmodel 3を用いたPSDM結果でも,モホ面は確認できない(Fig. 8(d)).Fig. 8(d)では,地殻とマントルでイメージングの様相(信号の強さ)が異なっているが,これは速度勾配の違いによりマントルには相対的に小さなエネルギーしか投影されていないだけであり,反射構造とは関係がない.model 3では,観測値と理論値の走時残差は,屈折波で約80msec,モホ面反射波で約350msecであり,model 1の場合の走時残差(屈折波,反射波とも)約50msecと比較すると特にモホ面反射で残差が大きい.したがって,モホ面をイメージングするには,高精度に反射波走時を説明する必要があり,ただ単におおよその位置に明瞭な速度ギャップをモデリングするだけでは不十分であることが分かる.
Results of PSDM by various parameter settings. The best condition in this study is (b) and the differences are emphasized in blue text. (a) and (e) are bandpass filtered images of (b) and (f), respectively.
図 8. 種々の条件によるPSDMによるイメージング結果.用いた速度構造,地震波干渉法適用前のフィルター,走時表計算手法毎に示してある.本研究で決めた最良の条件は(b)で,それとの違いを青文字で示した.なお,(a),(e)は,それぞれ(b),(f)のPSDM結果に深さ方向の周波数フィルターを適用したものであり,本研究の最良のイメージは(a)である.
以上のように,広角反射波を生かしてPSDMにより深部反射面をイメージングするには,ターゲットとなる反射面からの反射波走時を高精度に説明できる地震波速度構造モデルを用いる必要がある.そして,反射波走時を用いた走時インバージョン解析は,そのような地震波速度構造を構築するのに有効である.
4.3. 地震波干渉法のプレフィルタによる違い前述の通り,地震波干渉法とは,相互相関を取り,それを重合することでノイズの中から信号を抽出する方法である.したがって,ノイズを落とすプレフィルタを適用してから地震波干渉法を適用すれば,信号成分がより効率的に抽出でき,結果としてPSDM結果も向上すると期待される.
Fig. 4(a)にあるように,本研究での地震波干渉法の要点は,震源Aから出て震源B付近の海面で反射しOBSに届いた信号(海面からの反射波)と震源Bから直接OBSに届く信号の相互相関を取ることにより,震源Aから震源Bへの信号を抽出することにある.すなわち,地震波干渉法の結果を改善するには,海面反射が明瞭に観測できているトレースを生かすことが重要になる.OBSで観測される海面からの一回反射波は,Fig. 4(b) に示すように,OBS直上付近での反射波(左図)と震源付近での海面反射(右図)の二種類に大別される.もしも横方向に均質な構造であれば,両者の走時は一致する.しかし,波線経路を考慮するとOBS近傍での海面反射(左図)の方がエネルギーが遥かに大きい.したがって,地震波干渉法の結果を改善するには,OBSから遠い震源AとOBS近傍の震源Bの組み合わせに注目する必要がある.
Fig. 9 に例示するように, OBS 記録の周波数特性(instantaneous frequency attributes)は, 水中直達波の内側とその 外側では大きく異なっている. 内側はナイキスト周波数(50Hz)付近までエネルギーが強いが, 外側は大半が 5 Hz 前後の低周波成分しか含んでいない. OBS から遠い震源 A と OBS 近傍の震源 B の組み合わせで相互相関を取る場合, この周波数特性の違いが相関を低下させると予想されるため, 相関を高めるには水中直達波の内側の高周波成分をカットするのが効果的であると考えられる.
Instantaneous frequency attributes of Site 40. Darker region represents higher frequencies. Black arrows indicate the arrivals of water waves. The frequency attributes differs significantly between the inside and outside of the water wave.
図 9. Site40のOBSの周波数特性.濃い色ほど高周波成分が卓越していることを示す.黒矢印は水中直達波.水中直達波の内と外では周波数特性が大きく異なっている.
そこで,プレフィルタとして,(1) 4-30Hz のバンドパスフィルターと水中直達波内部のミュート(水中直達波の到達時刻から2秒後以降をミュート),(2) 4-9Hzのバンドパスフィルター,(3) 4-30Hzのバンドパスフィルター,という3つのケースを比較した(Fig. 8 (b), (f), (g)).期待通り,水中直達波の内側をミュートした(1)と,高周波成分を全体から取り除いた(2)は,そのような処置を施さなかった(3)に比べてイメージング結果がよい.
(1)と(2)のPSDMイメージは,ほぼ同品質であるが,イメージング結果から低周波成分を落とす空間フィルターを適用すると,(1)の条件の方がモホ面の連続性が若干優れている(Fig. 8(a), (e)).(1)の場合は相互相関を劣化させる部分のみカットしているため,高周波成分もイメージングに活用できるのに対し,(2)の場合はデータ全体から高周波成分が落とされているため,イメージングに高周波成分がまったく活用できないことが影響していると解釈できる.
このように,PSDMイメージを向上させるには,相互相関を取るトレース同士の周波数成分を揃えるなどして,相互相関を高めるようなプレフィルタを適用するのがよいことが分かった.
4.4. 走時表の計算手法による違い走時場計算手法としてシューティング法を用いた場合のPSDMイメージをFig. 8(h)に示す.波面法を用いた場合の結果(Fig. 8(b))と比較すると,その違いは明瞭で,シューティング法を用いた場合はモホ面がイメージングできていない.
この原因は,シューティング法による走時場計算ではシャドウゾーン(走時場が計算できない場所)が生じているためだと考えられる.例として,一つの震源から計算した走時場をFig. 10に示すが,シューティング法による走時場計算では,モホ面付近で広角側の走時場に欠損が確認できる.入力データのオフセット範囲を区切ったPSDMテストにより,モホ面イメージングに有効なオフセット範囲は10-30km付近であると確認できるが,シューティング法ではまさにこの範囲のモホ面付近の走時場が欠損している.
Examples of traveltime fields. The star represents a source position. (top) There is a large region where no traveltime data are calculated in the traveltime fields by the shooting method, indicated by traveltime of 0 sec (or indicated by the purple colored region). For shallow region, calculation is omitted because it is unnecessary for migration. However, for deep region indicated by circles, the shooting method fails to calculate rays. (bottom) In contrast, traveltime fields are completed by the wavefront method.
図 10. 震源(星)から計算した走時場の例.シューティング法で求めた走時場(上図)は走時が計算されていない領域(走時が0)が広がっている.浅部については,マイグレーションに不必要なため計算を省いているだけだが,丸印(点線)で示す付近は波線が飛ばないために走時が計算ができなかった領域である.一方,グリッドベースの波面法で計算した走時場(下図)は隈無く計算できている.両者で計算できている範囲は,よく走時が一致している.
このように,シューティング法による走時場計算でモホ面がイメージングできない原因は,シューティング法では走時場を計算し難い速度構造モデルを用いているためである.
通常のMCSデータを用いた反射法解析では,PSDM用速度構造は反射波が効果的にフォーカッシングするように構築する(Focusing method,たとえば Talwani and Zelt, 1998).このアプローチの場合,波線が届きやすいように速度構造モデルを調整するため,シューティング法を用いて走時場計算をしても全く問題がない.しかし,Focusing methodによる速度構造モデルの構築は,時間と手間が非常にかかる上,高い重合数が必要となるため,たとえSIにより稠密になったとはいえ通常のMCSに比べて数十倍の受信点間隔である広角反射法データに適用するのは現実的ではない.広角反射波を生かすためのマイグレーション速度構造の構築には,やはり,走時インバージョンや波形インバージョンといったある程度自動化したアプローチを取るべきであろう.一般的に,逆問題を解いて求めたトモグラフィックな速度構造モデルは短波長不均質に富むため,シューティング法による計算では走時場に欠損が生じやすい.それ故,広角反射法データにPSDMを適用する場合,走時場の計算にはグリッドベースの計算手法を用いる必要があると考えられる.
なお,本研究で地震波速度構造モデル構築に用いたJive3Dは,シューティング法により走時,波線を計算している.すなわち,Fig. 7 (a)の速度構造モデルでは,読み取ったフェイズに相当する波線と走時はシューティング法で計算できているにも関わらず,走時場には顕著な欠損が生じてしまうのである.このように,トモグラフィックな構造解析結果をマイグレーション用速度構造として活用する場合は,速度構造モデルの解析手法によらずグリッドベースの波面法を用いて走時場を計算する必要があると考えられる.
SIとPSDMを用いて,本研究で求めた最良のマイグレーション結果はFig. 8(b)であり,これに長波長成分を落とすフィルターをかけたFig. 8(a)が,最良の反射断面である.期待通り,Fig. 3に示すMCSデータによる反射イメージで確認された二つの顕著な反射面,堆積層基盤とモホ面,が広い範囲でイメージングできており,反射強度変化の他,形状変化も把握できる.MCS断面は時間断面ではあるが,両イメージは大枠で一致しており,SI + PSDMのイメージング結果は適切であると考えてよいだろう.
特徴的なのは横軸350km付近でモホ面深度が顕著に変化していることである.350km以南は,abyssal hillが広がっておりプレート構造が350kmの南北で大きく変化していると指摘されており(Kobayashi et al, 1998; Fujie et al., 2013),その違いをイメージングできたものと考えられる.もちろん,この深度の変化は速度構造にも表れている特徴ではあるが,PSDMを適用したことで,モホ面反射の強度変化や,連続性などの新な情報が引き出せたのは間違いなく,速度構造解析に加えてPSDMを適用することには大いに意義があると考えられる.
5.2. MCSとの比較Fig. 3とFig. 8(a)を比較すると,浅部についてはMCSの方が圧倒的に分解能が高い.一方,深部モホ面についてはSI + PSDMの方が連続性が高い.深部イメージング結果がSI + PSDMの方が優れているのは,広角反射波を用いていることも一つの要因であるが,重合後時間マイグレーションと重合前深度マイグレーション(PSDM)という別々の手法を適用している影響も大きいと考えられる.すなわち,MCSデータにもSIデータと同じように適切な速度構造モデルを用いてPSDMを適用すれば,深部のイメージング結果が向上すると考えられる.したがって,ここで重要なのは,MCSとSI + PSDMの優劣ではなく,両手法でほぼ同じ反射面がイメージングされているという事実であり,SI + PSDMはMCS調査データが存在しない場合の代替イメージング手段として有効に活用できると期待されるということである.
もう一点重要なのは,SI + PSDMの適用の簡便さである.
SIによる合成波形の生成は,膨大な組み合わせの相互相関を計算し,スタックするという手順を踏むため,膨大な計算量と膨大なストレージ容量を必要とする.本研究で用いたデータでは,数億通りの相互相関計算と,テラバイト単位のストレージが必要になった.10年前ならこの計算量は障害になり得たが,今日では普通のパソコンで1日で計算が終了するほど簡単である.すなわち,既存のOBS-エアガン探査データから,我々は1日で反射法データ(の代替品)を手に入れることができるのである.さらに,MCSデータ解析では速度構造モデルの構築が難しいことから,PSDMが適用されることは稀で,多くはFig. 3のように重合後時間マイグレーション処理しか適用されていない.しかし,OBS-エアガンデータ解析ではほぼ確実に速度構造モデルが構築されているため,我々はすぐにもPSDMを適用できる.もちろん,PSDM用の速度構造モデルは反射波走時を適切に説明できなければならないため,初動トモグラフィなどと比較すると解析に時間と手間がかかることは間違いないが,それでもMCSデータ解析によりPSDM用の速度構造モデルを構築するよりも簡単に適切な速度構造モデルが構築できることは間違いないだろう.
また,本データではモホ面以深の反射波は確認できていないが,より深い反射面があるような場合,広角反射波をイメージングに活用できるSI + PSDMの方がMCSよりも深部構造の反射面イメージングに貢献できることは十分にあり得ると期待される.
5.3. SIを用いないOBSデータによるPSDMとの比較本研究によるパラメータ等の検討の結果,広角反射法データで効果的に反射断面をイメージングするには,反射波走時を適切に説明できる速度構造モデルを用意し,隈無く計算できる計算手法で走時場を計算してから,PSDMを適用すればよいということが分かった.
この知見を生かし,SIを使わずにOBSデータをそのままPSDMに入力して反射構造をイメージングした結果がFig. 11である.上図は海面からのマルチプル以降をミュートし,バンドパスフィルタをかけただけの入力波形を用いてイメージングした結果で,下図は上図のデータに加え,近いオフセットの屈折波や水中直達波付近,そして初動走時に平行な成分もミュートしたのちにマイグレーションを適用した結果である.三浦ほか (2006) が指摘したように,重合数が小さいOBSデータを用いたPSDMの場合,屈折波はマイグレーションで除去するのが難しくなる.そのため,下図の方が若干モホ面付近のイメージング結果は向上している.しかし,いずれも大差なく,SI + PSDMによるイメージング結果と比較すると,堆積層基盤はもちろん,モホ面についてもイメージング結果が大きく劣り,OBSによるイメージング結果ではモホ面の起伏などの詳細構造を議論することは難しいだろう.このように,OBS-エアガンデータを用いて反射構造をイメージングする場合,SIによる合成波形を用いる方がOBS波形を直接用いるよりも浅部から深部まで効果的にイメージングできることが分かる.
PSDM image by OBS data. Moho is partially imaged but the continuity is inferior compared to the PSDM image by seismic interferometry. (top) PSDM by OBS data after muting surface multiples and 4-9 Hz bandpass filtered. (bottom) PSDM by OBS data after applying the first arrival mute.
図 11. OBS記録を直接用いたPSDMの結果.地震波干渉法で検討した最良のイメージング条件を用いた.モホ面が部分的にイメージングできているが連続性は地震波干渉法によるイメージに劣る.(上図)海面からの多重反射以降をミュートし,4-9Hzのバンドパスフィルタを適用しただけのデータによるPSDMイメージ.(下図)上図に加え,初動を消すミュートを適用したデータによるPSDM.
なお,SIデータを用いてマイグレーションする場合には,初動除去をしない方がイメージング結果はよかった.これは,重合数が多く,PSDMにより屈折波を弱めることができるSI + PSDMの場合は,初動に平行な成分を除去することで屈折波が弱まる効果よりも,初動除去の副作用で広角反射波が弱まる効果の方が大きいためだと思われる.
広角反射法データを用いた重合前深度マイグレーション(PSDM)は,広角反射波を生かし深部の構造境界面をイメージングする方法として期待されている.しかし,PSDMの適用に耐えられるほど稠密な広角反射法データが得られることは稀なため,広角反射法データによるPSDMの実現可能性や効果的なイメージングに必要となる技術的な詳細は明らかになっていなかった.
本研究では,OBS-エアガンデータに地震波干渉法(SI)を適用することで稠密な広角反射法データを合成し(白石ほか,2011),そのデータを用いて広角反射法データによるPSDMの技術的な詳細を検討した.その結果,広角反射波を生かすには,(1)SI適用前に相互相関を高めるためのフィルタの適用(水中直達波内の高周波成分の除去),(2)反射波を説明できる速度構造モデルの構築(反射波走時インバージョン),(3)隈無く計算可能なグリッドベースの波面法による走時場生成,といった手順を踏めばよいことが分かった.
基礎的な知見を得ることを目的にした本研究では,構造が単純で,水深が深くSIによる効果的に記録断面が合成しやすい海洋プレートにおける広角反射法データを用いた.もちろん,沈み込み帯のように構造が複雑な場所では,地震波速度構造解析やSIによる波形の合成も難しさを増すと考えられる.しかし,本研究で明らかになったSI + PSDMイメージングに必要とされる技術的な知見は,構造が複雑であっても同じように有効なはずである.
SI + PSDMによるイメージング技術は,これまで走時解析による地震波速度構造モデルしか構築されてこなかった既存の多くのOBS-エアガン構造探査測線で,新たな構造探査を実施しなくとも地下の反射構造をイメージングできる可能性をもたらすものである.地震波速度構造モデル(Fig. 7)とイメージング結果(Fig. 8(a))を比較すれば明らかなように,反射構造のイメージングは地震波速度構造モデルだけでは分からない構造詳細の把握に有用である.今後,既存データの再解析も含め,本解析手法を活用することで地下構造研究に新たな進展が導けるものと期待される.
中村恭之博士と一人の匿名の査読者のご指摘は,本論文を改善する上で極めて有益であった.ここに感謝の意を表したい.