2014 Volume 18 Pages 1-15
海洋研究開発機構では,空間規模の異なる複数の観測網の地震計データを受信している.セミグローバルな規模とローカルな規模の観測網のデータを同時に効率よく取り扱う為に,既存の地震モニタリングシステムであるSeisComP3を導入した.SeisComP3はもともとグローバル規模の観測網を用いた津波の早期検知を目的として開発されたシステムであるが,その機能拡張性の高さから,近年ローカルな観測網における地震モニタリングにも広く利用されている.一方,海洋研究開発機構において,熊野灘に展開されるDONET海底ケーブル地震観測網により,南海トラフ軸付近で多くの微小地震が観測されることが知られている.これらの地震活動をリスト化することは海溝軸付近のダイナミクスを知る上で重要である.しかし,SeisComP3の既存の地震検出機能の主目的が,大きなサイズの地震の早期検知,及び誤検知の回避にある為,観測網の検出能力の限界に近いような小さな地震が,既存のSC3の機能では取り逃されてしまう問題があった.そこでDONETに記録される微小地震を,地震データのリアルタイムモニタリングシステムで効率よく検出する為に,近接する観測点で一定の時間内に検出される複数のシグナルを束ねる機能をもつ,データ処理モジュール「binder」の開発を行った.binderを一日長のDONETデータに適用し,2 Hzから30 Hzの間で検出されるシグナルの一覧を作成した.binderが微小地震の検出に有用であることを確認した.4種類のフィルタを試した結果,観測網近傍の地震のP波の検出には,コーナー周波数が4 Hzと20 Hzのバンドパスフィルタが最適であった.また,既存の速度構造に依存せずにシグナルを束ねるというbinderの特性により,DONETデータに熊野海盆を発信源として概ね1.5 km/sで伝播する海洋にエネルギーの卓越したレイリー波(表面波)がしばしば捉えられていることを見つけた.これらの波の発信源の素性は現時点では不明であるが,このことによりbinderが時系列データに記録されている種々のイベントの探索に活用出来ることを示した.
現在,地震観測ネットワークで得られる大量データを効率よく取り扱う為のソフトウェアが幾つか存在する.Earthquake Monitoring System(EMS)と総称されるこれらのソフトウェアは,基本的に(i)時系列データのアーカイブ機能,(ii)ヘッダ情報(観測点や計測機器に付随する情報)のアーカイブ機能,(iii)時系列データのリアルタイム取得機能,などを持つ.これらの機能を基盤として,更に(iv)波形表示といったデータモニタ機能や,(v)震源決定などの初期解析機能なども持つ.国内のEMSとしては,WINシステム(卜部,1994; http://eoc.eri.u-tokyo.ac.jp/WIN)やNinja(www.jamstec.go.jp/pacific21)が広く利用されている.国外で開発されたEMSとしては,例えばEarthworm(www.isti.com),SeisComP3(www.seiscomp3.org),Antelope(www.brtt.com)などがある.波形データは,WINシステムの場合はWIN形式で,前述のその他の4つのシステムではSEED形式(FDSN他,2012)でそれぞれ取り扱われる.
海洋研究開発機構では,地震波形データの処理に関して,WINシステムの利用と並行して,SeisComP3(以下SC3)を利用したデータベースの構築を行ってきた.データを利用し解析する立場で比較したとき,二つのシステムにはそれぞれ異なる利点がある.WINシステムでは,取得した波形データを,国内に流通する他機関のWIN形式データと併用し易いという利点がある.また,一次元速度構造などのパラメタを変更し易く,ローカルな規模の観測網に適用し易いことも魅力である.しかし,WIN形式では,格納されるヘッダ情報が最小限に絞られているため,多様な計測機器のデータを活用する際に,チャンネルファイルとその他の情報を参照する必要がある.他方,SC3ではSEED形式でデータを取り扱うことにより,観測機器のヘッダ情報をSEEDマニュアルの細かい規定に沿って記述し一括管理出来る.これにより,地震計だけでなく水圧計や温度計などの多種類の測定機器で取得される時系列データを,系統的に処理し易くなる利点がある.また,自動震源決定のアルゴリズムが直交座標ではなく球座標で組まれており,広域データの処理に適用し易い.更に,IRIS(Butler et al., 2004; http://www.iris.edu)やORFEUS(www.orfeus-eu.org)などのデータセンターより配布されるSEEDデータ解析ソフトウェアを直接適用出来ることも魅力である.
波形データをSEED形式で取り扱うEMSは幾つか存在する.それらの中でSC3はドイツのGFZ German Research Centre for Geosciencesにおいて2000年以降に開発が始まった比較的新しいソフトウェアである.現在は,gempa GmbHにおいて維持と開発が行われている.開発歴が浅いため,例えば20年以上の発展の過程でデータベース数が増え多少複雑化したEarthwarmと比較して,データベースが一つにまとまっており,記述が首尾一貫したモジュール群(図1)で構成されていることがSC3の特長の一つとして挙げられている(Olivieri and Clinton, 2012).逆に難点としては,パラメタ調整の為の手順書の記述が完全でないことや,頻繁に改修が行われる結果ソフトウェアにしばしばバグが残っていることなどが,SC3を導入する際の妨げとなっていることも指摘されている(Olivieri and Clinton, 2012).
(a) Modules and message groups, which communicate between the modules, used for locating hypocenters in SC3. The four existing modulus are shown by grey hexagons. White letters in grey boxes show the messages exchanged between the modules. The binder is the newly developed module and it is shown by a black hexagon. (b) The relation between the three types of message group, which are PICK (organge), ORIGIN(blue) and EVENT(yellow). Many Origins, representing different hypocenter solutions, are generated for one earthquake in our case by the “binder” and scautoloc and are send through the messaging system to scevent module, which receives and sorts them. By comparing the hypocenter time and location as well as shared Pick sets, scevent associates these Origins to Events issuing a so-called EVENT message. Based on the author module among other criteria a “preferred” hypocenter is selected by scevent.
図1. (a)SeisComP3の震源決定過程に主に利用されるモジュールとそれらの間で交信されるメッセージを表した図.4つの既存モジュールscautopick, scautoloc, scmaster, scevent をグレーの六角形で示し,モジュール間で交信されるメッセージの種類をグレーの四角形に白抜きの文字で示した.今回開発を行ったbinderモジュールは黒の六角形で示した.(b)三つのメッセージグループ,PICK(オレンジ色),ORIGIN(青色)とEVENT(黄色)の関係を示した図.scautolocまたはbinder により複数のPICKがORIGINに関連付けられる。一つの地震に対して,複数のORIGINが存在し、sceventモジュールが,ORIGIN間の距離,時間差,及び共通のPICKを持つか否かを調べ,同じ地震の情報を持つと判断されるORIGINを一つのEVENTファイルにまとめる.図は下記URLから引用した. http://www.seiscomp3.org/attachment/wiki/doc/applications/scevent/Association_of_an_origin_by_matching_picks.jpg
複数存在するSEED系EMSの中で,SC3を導入した理由として,ソフトウェアが無料で配布されており安価である点と,機能の拡張性が高い点が挙げられる.SC3ではユーザの要望を取り入れながら,機能を発展させていく方針が,そのホームページ上でも明記されている.機能拡張を前提として既存のモジュール群が開発されているだけでなく,そのような要望の受け入れをgempa GmbHが担うことにより,機能拡張の希望を持つユーザへのサポート体制が整えられている.ユーザが単独で実行出来る機能拡張として,例えば,一つの観測網から検知される地震をデータベース化するだけでなく,空間規模や観測のターゲットの異なる複数の観測網のデータ処理を, SC3システム上において並行に処理する環境を,独自にパラメタを設定し構築できることが挙げられる(www.seiscomp3.org /wiki/recipes/multiple-pick-loc-pipeline).また,ユーザの要望によって開発された機能の一例として,ETH Swiss Seismological Service(スイス)とgempaが共同開発した3次元速度構造震源決定を行うモジュール(screloc)が挙げられる.このモジュールは,現在SC3に標準搭載されている.海洋研究開発機構には,構造探査により得られた高品質な三次元速度構造モデルが多数ある.screlocを用いることにより,それらのモデルを取り入れた三次元震源決定をルチーン化するニーズに対応出来る.
上述の理由から,地震データ処理システムとしてSC3の導入を進めることにより,多種の時系列データを統合的に管理し,且つローカルな観測網とグローバルな観測網のデータを効率よく併用出来る環境が整うことが期待される.
1.2 SeisComP3 binderモジュール開発の背景SC3を,海洋研究開発機構において取得するローカルな観測網のデータに適用しようした時,少ない観測点数でしかシグナルが捉えられないような微小地震が,自動検知されない問題があった.SC3は,もともとセミグローバルな規模で,津波の発生源となるような規模の大きな地震の早期自動検出を目的として開発された(German Indonesian Tsunami Early Warning System project, Hanka et al., 2010).その為,既存のSC3では,観測網の検出能力の限界に近いような小さなサイズの地震は,むしろ取り逃す方針でアルゴリズムが組まれている.
観測網に記録される地震を可能な限り小さなものまで検出しリスト化しようとする時,自動震源決定の次の二つの機能を見直す必要がある.①シグナルの自動検測機能(例えば,堀内ら,2011).具体的には,自動検測に用いるフィルタを工夫したり調整したりすることにより,振幅の小さなシグナルの検出を可能にすること,また,フェーズを正しく読み取る手法を適用しフェーズの判定ミスを減らすこと,などにより精度の向上が行われる.②複数のシグナルの自動検測値を,一つの地震イベントとしてまとめる機能.本研究で開発を行った「binder」は,この②の機能を向上させるものである.
既存のSC3の機能で自動震源決定が行われる為には,複数の観測点(初期設定では6点以上)で直達P波又は直達S波のシグナルが自動検測されること,且つそれらの多くが一次元速度構造の理論走時曲線の近傍に並ぶことが条件となっていた.一方,微小地震の観測では,シグナルを捉える観測点の数が少なく,更に実際はS波であるシグナルをP波として読み取る等のフェーズの判定ミスが生じる割合も高い.その結果,一つの微小地震に対して,いくつかの観測点でそのシグナルが検出されていても,それらに対しては自動震源決定が行われず,関連する自動検測値が一つの地震イベントとしてまとめられないケースが多く存在した.SC3では,地震に関連付けられなかった自動検測値は,unassociated-pickとして個々にに登録される.手動でunassociated-pickのレビューを行うことにより,波形を見ながら自動検出されなかった地震を選び出すことも不可能ではないが,単にノイズを拾っただけの検測値もunassociated-pickである為,レビューすべきシグナルの数は膨大であり,地震に関連する情報だけを効率よく抜き出すことは難しかった.
観測網に記録される地震を可能な限り小さなものまで含めてリスト化しようとする時,理論走時曲線とは関係なく,限られた時間幅で隣接する複数の観測点で検出されたシグナル同士を,後に手動で波形のレビューを行うことを前提に ''束ねておく'' 機能が有用である.微小地震の自動検出に問題を限れば,まずは,シグナルの自動検測精度を上げることが重要である.しかし例えば,利用する理論走時曲線の速度構造が真の速度構造と大幅に異なるようなケースでは,検測精度を向上させるだけでは問題は解決されない.更に,理論走時曲線に沿わないことが原因でunassociatedとされるシグナルの中には,地震により発生したP波やS波だけでなく,新しく研究の対象となるようなシグナルも含まれている可能性がある.近接した距離と時間で検出されたシグナルを自動的に束ねておく機能は,観測網で捉えられるシグナルから出来る限りの情報を引き出す為に役立つと考えられる.そこで,本研究ではそのような機能をもつモジュールを「binder」と名付け,gempa GmbHと共に開発を行いSC3に搭載した.
紀伊半島沖に展開されるDONET観測網(Kaneda et al., 2009; Kawaguchi et al., 2010)では,陸上の観測点では検出出来ないような微小地震が,特に南海トラフ軸付近で数多く捉えられていることが知られている(図2, To et al., 2011; Nakano et al., 2011; Nakano et al., 2013).これらの地震活動をリスト化することは海溝軸付近のダイナミクスを知る上で重要である.例えば,これらの地震の中には,細部まで波形がそっくりな相似地震が数多く含まれており,これらの解析により,南海トラフ付加体の応力の蓄積速度やその解放様式に制約を与えることが可能であると考えられる.DONETで検出される微小地震は,概ね4点以下の観測点で捉えられており,SC3をそのまま適用するとこれらは自動検出されず取り逃されてしまう問題があった.
(a) Location of DONET stations. Green stars show the locations of the three similar earthquakes whose waveforms are shown in (b) and which are registered in JMA hypocenter bulletin. The three earthquakes are relocated using DONET data and they are plotted by yellow stars. (b) Some waveforms of repeating earthquakes recorded by one of the DONET stations, KMB06. The records of the vertical component are filtered between 2 and 8 Hz.
図2. (a)DONET観測網の観測点分布.緑の星印は,右図に示される相似地震の中で,気象庁一元化震源に震源情報がリストされていた三つの地震の位置を示す.黄色の星印は,それらの三つの地震についてDONET観測点を用いて震源決定を行った結果を示す.(b)DONET で観測された相似地震の波形例.観測点KMB06の上下動記録に2-8 Hzのバンドパスフィルタをかけた.
本研究では,まず,シグナルの自動検測機能(前述①)の向上を目指し,DONETで観測される微小地震のシグナルを自動検測する際に最適なフィルタを試行錯誤的に求めた.そして,binderをDONETデータに適用し,微小地震のシグナルを地震毎に束ねた.binderの適用により,前述②の機能が向上し,検出される地震の数が格段に増えることを確認した.最後に,今後binderを効率的に利用する為に改修すべき点を論じた.
SC3システムは,それぞれに独立した機能をもつモジュールの集合で構成されている.モジュール間の交信は,TCP/IPを基盤とする既存のメッセージ通信システム spread(www.spread.org/)により行われる.モジュール間で交信される情報は,自動検測値の情報を持つPICKや震源位置情報を持つORIGINなど,内容別にメッセージグループに分けられている.新機能の追加は,新しいモジュールの作成と,そのモジュールが受信,及び送信するメッセージグループを指定することにより行われる.つまり,既存のSC3部分が変更されることなく,新機能が追加される.
震源決定に主に関係する既存のSC3のモジュールは4つある(図1).①scmaster: spreadを従えて,モジュール間のメッセージの交信を担う.② scautopick: 波形データを受け取り,直達P波及び直達S波の自動検測を行う.検測したシグナルの時刻と振幅をそれぞれPICKとAMPLITUDEのメッセージとしてscmasterへ送る.③scautoloc: scmasterから,PICKとAMPLITUDEを受け取り,震源決定を行い,その結果をORIGINとしてscmasterへ送る.SC3では,一つの震源に対して複数のORIGINが作成される.これは,地震の早期検出を目的としている為で,まず少数のPICKからORIGINが作成され,時間の経過によるPICK数の増加に伴い新しいORIGINが次々と作成される.④scevent: scmasterから多数のORIGINを受け取り,それらの間で時間的且つ距離的な近さと,共有するPICK情報の有無を調べ,同じ震源と判断されるものをまとめてEVENTメッセージを作成しscmasterへ送る.ここで,判定を行う為のパラメタ(時間的,距離的な近さと,共有するPICKの数)はユーザが定義出来る可変パラメタである.sceventより得られたEVENT情報は,例えばscolvなどのGUIモジュールで,震源リストとして表示される(図3).
Screen shots of scolv, which is one of the SC3 GUI modules. scolv is an interactive tool used to review and revise the results from the automatic event locating process. (a) Events tab of scolv. The EVENTs obtained from the scevent module for the data of September 18, 2012, are listed. They are indicated by black arrows. By clicking the “+” on the left side of an EVENT, which occurred at 05:23, the ORIGINs which are contained in this EVENT are listed and they are indicated by red arrows. This EVENT at 05:23 is detected both by the scautoloc (orange arrows) and binder (blue arrows). Among the ORIGINs obtained by the scautoloc and binder, the one, which is obtained by scautoloc with the largest number of PICK (shown as “phase”), gets the highest priority and is listed as EVENT in the event list. (b) Location tab of the scolv. By selecting an event in the “Events tab”, the location and residual plots of the event are shown in the Location tab. (c) Manual picker of scolv. By clicking the “picker” button in the Location tab, the waveforms are displayed in the picker screen for the review.
図3. SC3モジュールの一つであるscolvの画面.scolvにより,自動震源決定の結果を波形データを見ながらインタラクティブにレビューし,震源の再決定を行うこともできる.(a)“Events tab” 画面.EVENTやORIGIN、また、scautolocとbinderにより得られたORIGINがscolvでそれぞれどのように表示されるかを示す。sceventモジュールにより得られた震源(EVENT,黒矢印)の一覧表が表示される.5時23分の震源について,EVENTの左側の+をクリックし,そのEVENTメッセージに含まれる全てのORIGIN(赤矢印)を表示している.この地震について,binder(青矢印)とscautoloc(オレンジ矢印)の両方のモジュールでORIGINが作成されている.複数のORIGINの中で,scautolocで作成されPICK(画面上でphaseと表示される)の最も多いものが最優先され,EVENTとして震源リストに表示される.(b)“Location tab” 画面.Event tab画面からEVENTまたはORIGINを選びクリックすると,そのイベントの位置や残差情報を示すLocation tab画面に切り替わる.(c)“picker” 画面.Location tab画面のpickerをクリックするとpicker画面で波形データが表示される.
上記の4つのモジュールの中で,scautolocで採用されているアルゴリズムが原因で微小地震を取り逃している.scautolocは,scmasterから複数のPICKを受け取ると,まず,グリッドサーチ法により新しい震源の候補を探索する.もし,scautolocが実行開始後に既に一つ目のORIGINを作成したあとであれば,新しくPICKを受信した際に,そのPICKがscautolocが内部保持する既知の(一つ前に求められた)ORIGINから発生したシグナルと見なせるかどうかを判別する.新しく受信したPICKが既知のORIGINに関連付けられる場合は,次に述べるグリッドサーチの工程を飛ばし,既知のORIGINを初期震源として設定する.グリッドサーチでは,個々のグリッドを仮想震源として,全てのunassociated-PICK(ORIGINに関連付けられていないPICK)について,グリッドと観測点の間の理論走時を検測時刻から差し引き,仮想震源での地震発生時刻に戻す.真の震源に近いグリッドでは,複数のPICKから求めた地震発生時刻が,真の地震発生時刻の付近に集まるはずで,一定の時間幅内に複数のPICKが集合すると,そのグリッドが震源の候補とされる.基準となる時間幅は可変で,PICKの数も4つ以上であれば可変である.グリッドサーチ法は高負荷であり,グリッド位置をそのまま震源とする程に細かく設定出来ない為,グリッドサーチで求めた震源位置候補を初期震源として,更にLOCSAT(Bratt and Bache, 1988)を適用して震源決定が行われORIGINが作成される.詳細はscautolocの手順書に述べられている.震源候補を探す際に,特定の速度構造を仮定した理論走時表を用いていること,4つ以上のPICKが必要であることが,微小地震を取り逃す原因となっている.
今回開発を行ったbinderはscautolocと同様に,scmasterからPICKとAMPLITUDEを受け取り,ORIGINを返す(図1).binderでは,それまでに得られたORGINの情報や、理論走時表は利用せず,単に,PICKが水平距離X km以内で,時間差$\Delta$T秒以内に,N点以上の観測点で得られた時,それらを束ねてORIGINを作成する.束ねられた(bindされた)自動検測値の中で,最も時刻の早い検測値とその観測点位置が,ORIGINの震源時間と震源位置に設定される.そこからの相対距離,相対時間としてXと$\Delta$Tが定義される.X,$\Delta$T,Nはそれぞれ可変パラメタとして,利用者が設定できる.また,観測点リストを作成して,binderを適用する観測点を限定することも出来る.この機能を用いて,例えば,DONET近傍の震源決定を行う際に,scautolocをDONETと多数の陸上観測点の両方のデータに適用して大きな地震の震源決定を行う一方で,binderはDONET観測点に限定して適用することにより,微小地震の検出をDONET近傍に限定することが出来る.
scautolocとbinderは並行して実行され,それぞれがORIGINを作成する.sceventは,それらを全て受け取り,同じ震源から作成されたと判断されるORIGINを一つのEVENTメッセージにまとめる.更に,sceventではEVENT中に含まれる多数のORIGINに,震源情報を表示する際の優先順位をつける.この時,binderよりもscautolocで決定された震源が優先されるように設定出来る.そうすることにより,例えばscolvで震源リストを表示する際に,scautolocとbinderの両モジュールでそれぞれ作成されたORIGINをもつEVENTについては,優先度の高いscautolocによる震源情報のみを表示することが出来る(図3).
開発したbinderをSC3に搭載し,一日長のDONETデータに適用して震源決定を行った.2012年9月18日の全20観測点の広帯域地震計記録を用いた.データは,2011年東北地方太平洋沖地震後にその余震が多発した時期や,その他の大地震及び観測網付近の構造探査のシグナルが含まれるような日を避けて選んだ.震源決定の結果を表1に示す.3.1節,3.2節,3.3節で,scautoloc,scautopick,binderのパラメタ設定をそれぞれ説明し,binder搭載したSC3を一日長データに適用した結果を3.4節で述べる.
(a) Local events | |||||||||||||||||
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
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B or L | Hour | Min | Sec | Latitude | Longitude | Depth | MLv | 4-24 Hz | 4-20 Hz | 4-20 Hz | 2-20 Hz | 8-30 Hz | Manual P-pick | Manual S-pick | |||
X=100 km | X=100 km | X=40 km | X=100 km | X=100 km | |||||||||||||
Automatic P-pick | Wrong P-pick | Automatic P-pick | Wrong P-pick | Automatic P-pick | Automatic P-pick | Automatic P-pick | |||||||||||
B | 00 | 07 | 37 | 33.173 | 136.577 | - | Tiny | 3 | 2 | 3 | 2 | 3 | - | 3 | 1 | 2 | |
L | 00 | 41 | 40 | 33.099 | 136.989 | 4.0 | 2.7 | 9 | 1 | 11 | 2 | 11 | 4 | 8 | 9 | 7 | |
L | 01 | 19 | 35 | 33.147 | 136.944 | 0.0 | 2.3 | 5 | 1 | 5 | 1 | 5 | 3 | 5 | 4 | 4 | |
B | 02 | 41 | 2 | 33.247 | 136.988 | 3.0 | 2.1 | 3 | 1 | 3 | 2 | 3 | - | - | 2 | 4 | |
L | 03 | 09 | 57 | 33.291 | 136.981 | 3.0 | 2.4 | 7 | 2 | 6 | 2 | 6 | 3 | 5 | 5 | 4 | |
B | 03 | 17 | 19 | 33.188 | 137.060 | 3.0 | 2.4 | 5 | 1 | 5 | 1 | 5 | - | 5 | 4 | 7 | |
L | 03 | 44 | 31 | 32.991 | 137.192 | 10.0 | 3.3 | 14 | 0 | 16 | 0 | 16 | 11 | 12 | 16 | 16 | |
L | 05 | 23 | 52 | 33.308 | 136.890 | 4.0 | 2.3 | 8 | 2 | 8 | 2 | 8 | 7 | 7 | 7 | 9 | |
L | 05 | 31 | 16 | 33.112 | 136.747 | 3.0 | 1.9 | 5 | 2 | 6 | 3 | 6 | 5 | 5 | 3 | 6 | |
B | 05 | 49 | 50 | 33.016 | 136.733 | 3.0 | 1.8 | - | - | - | - | - | 3 | - | 1 | 4 | |
V | 07 | 14 | 39 | 32.974 | 136.622 | 0.0 | 2.1 | - | - | - | - | - | - | - | 1 | 4 | |
B | 08 | 11 | 1 | 33.008 | 136.766 | 3.0 | 2 | 4 | 1 | 4 | 1 | 3 | 3 | 5 | 3 | 3 | |
L | 10 | 41 | 29 | 33.202 | 136.901 | 3.0 | 2.3 | 8 | 0 | 9 | 0 | 9 | 7 | 7 | 9 | 9 | |
B | 12 | 41 | 34 | 33.311 | 136.867 | 3.0 | 2 | 3 | 2 | 3 | 2 | 3 | - | - | 3 | 5 | |
B | 13 | 13 | 13 | 33.117 | 136.994 | 18.0 | 2.1 | 5 | 2 | 5 | 2 | 5 | - | 3 | 2 | 5 | |
B | 14 | 48 | 31 | 33.236 | 137.197 | 1.0 | 2.7 | 3 | 2 | 3 | 2 | 3 | 3 | - | 2 | 5 | |
B | 14 | 50 | 7 | 33.019 | 136.607 | 0.0 | 2.2 | - | - | - | - | - | - | 3 | 3 | 3 | |
B | 20 | 24 | 7 | 33.140 | 136.954 | 2.0 | 1.9 | 4 | 2 | 5 | 3 | 5 | 4 | 4 | 3 | 4 | |
B | 21 | 12 | 43 | 33.053 | 136.933 | - | Tiny | 3 | 2 | 3 | 2 | 3 | - | - | 1 | 1 | |
B | 21 | 34 | 26 | 33.273 | 136.994 | 1.0 | 2.1 | 4 | 1 | 4 | 2 | 4 | 4 | 3 | 3 | 7 | |
L | 21 | 39 | 39 | 33.131 | 136.960 | 4.0 | 2 | 4 | 0 | 4 | 0 | 4 | 3 | 4 | 4 | 3 | |
L | 23 | 42 | 57 | 33.268 | 136.989 | 22.0 | 2.1 | 4 | 1 | 5 | 2 | 5 | 4 | 4 | 5 | 10 | |
Number of detected local events | 19 | 19 | 19 | 14 | 16 | 22 |
(b) Telesiemic or deep events | |||||||||||||||||
Hour | Min | Sec | Latitude | Longitude | Depth | MLv | 4-24 Hz | 4-20 Hz | 4-20 Hz | 2-20 Hz | 8-30 Hz | Manual P | Manual S | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
JMA | B | 01 | 51 | 44 | 27.38 | 131.00 | 42.0 | 3.2 | - | - | - | - | - | 8 | - | - | - |
USGS | B | 03 | 23 | 41 | -6.17 | 103.79 | 10.0 | 5.2 | - | - | - | - | - | 10 | - | - | - |
L | 13 | 28 | 13 | 31.633 | 138.658 | 11.0 | 4.3 | 12 | 1 | 15 | 3 | 15 | 9 | 12 | 15 | 10 | |
L | 17 | 24 | 53 | 32.722 | 136.705 | 319.0 | 3.3 | 16 | 0 | 15 | 0 | 15 | 18 | - | 17 | 0 | |
JMA | - | 17 | 24 | 39 | 33.08 | 136.79 | 450.0 | 3.1 | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
L | 17 | 54 | 10 | 29.200 | 138.309 | 515.0 | 5.2 | 11 | 0 | 14 | 0 | 14 | 16 | - | 18 | 0 | |
JMA | - | 17 | 54 | 22 | 30.48 | 138.19 | 476.0 | 3.7 | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
L | 18 | 32 | 41 | 33.768 | 135.577 | 62.0 | 3.5 | 17 | 1 | 16 | 0 | 16 | 14 | 17 | 19 | 15 | |
JMA | - | 18 | 32 | 41 | 33.99 | 135.51 | 56.0 | 1.8 | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
JMA | B | 19 | 11 | 2 | 35.85 | 140.54 | 35.0 | 3.6 | - | - | - | - | - | 3 | - | - | - |
(c) Teleseismic events whose T-phase is only observed by DONET | ||||||||||||||||
Hour | Min | Sec | Latitude | Longitude | Depth | M | 4-24 Hz | 4-20 Hz | 4-20 Hz | 2-20 Hz | 8-30 Hz | Manual T | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
L | 08 | 17 | 5 | 29.504 | 133.304 | - | - | 4 | 5 | 5 | 9 | 3 | 12 | |||
B | 08 | 41 | 9 | 31.662 | 135.864 | - | - | 8 | 10 | 5 | 6 | - | 14 | |||
USGS | - | 08 | 05 | 37 | 4.480 | 126.380 | 28 | 5.1 | - | - | - | - | - | - | - | - |
(d) Local events whose surface/boundary wave is only observed by DONET | ||||||||||||||||
Hour | Min | Sec | Latitude | Longitude | Depth | M | 4-24 Hz | 4-20 Hz | 4-20 Hz | 2-20 Hz | 8-30 Hz | Manual | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
B | 02 | 09 | 35 | 33.363 | 136.383 | 0 | - | - | - | 4 | 0 | 3 | - | - | 6 | |
B | 02 | 16 | 52 | 33.375 | 136.445 | 0 | - | 13 | 0 | 13 | 0 | 9 | 9 | 7 | 13 | |
B | 02 | 42 | 0 | 33.419 | 136.568 | 0 | - | 4 | 0 | 5 | 0 | 5 | - | 4 | 6 |
(e) Noise | ||||||||||
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
B or L | Hour | Min | Sec | Latitude | Longitude | 4-24 Hz 100 km | 4-20 Hz 100 km | 4-20 Hz 40 km | 2-20 Hz 100 km | 8-30 Hz 100 km |
B | 00 | 03 | 56 | 33.053 | 136.933 | - | 3 | - | - | - |
B | 06 | 53 | 42 | 33.053 | 136.933 | - | - | - | 3 | - |
B | 07 | 13 | 1 | 33.053 | 136.933 | 4 | 4 | 3 | - | - |
B | 07 | 28 | 43 | 33.358 | 136.922 | - | - | - | 3 | - |
B | 08 | 19 | 24 | 33.361 | 136.807 | - | - | - | 3 | - |
B | 08 | 46 | 58 | 33.544 | 136.332 | 3 | - | - | 5 | 3 |
B | 09 | 08 | 44 | 33.003 | 136.779 | 4 | 4 | 4 | 3 | - |
B | 10 | 15 | 26 | 33.053 | 136.933 | - | - | - | 3 | - |
B | 10 | 43 | 26 | 33.544 | 136.332 | - | 3 | - | - | - |
B | 10 | 45 | 58 | 33.805 | 136.557 | - | 3 | - | 3 | - |
B | 11 | 42 | 26 | 33.477 | 136.926 | - | 3 | - | - | - |
B | 13 | 54 | 16 | 33.003 | 136.779 | - | - | - | 3 | - |
B | 14 | 51 | 59 | 33.752 | 136.649 | - | 3 | - | - | - |
B | 16 | 49 | 16 | 33.003 | 136.779 | - | 3 | 3 | - | - |
B | 19 | 41 | 43 | 33.128 | 136.933 | - | 3 | - | 3 | - |
B | 19 | 59 | 37 | 33.173 | 136.577 | - | 3 | - | - | - |
B | 20 | 17 | 42 | 33.003 | 136.779 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 |
B | 20 | 41 | 56 | 33.358 | 136.922 | 3 | 3 | - | - | - |
B | 20 | 43 | 17 | 33.233 | 136.563 | - | - | - | 3 | - |
B | 22 | 43 | 42 | 33.361 | 136.807 | 3 | 3 | 3 | - | - |
B | 22 | 47 | 35 | 33.003 | 136.779 | 6 | 6 | 3 | 4 | 4 |
B | 22 | 48 | 6 | 33.485 | 136.445 | - | - | 3 | - | - |
B | 22 | 54 | 22 | 33.173 | 136.577 | 3 | 3 | 3 | 3 | - |
B | 23 | 56 | 7 | 33.358 | 136.922 | 3 | - | - | - | - |
Number of fake events created by binder | 9 | 15 | 8 | 13 | 3 |
SC3をDONETデータに適用する為に,一次元速度構造ファイルとグリッドファイルを作成した.グリッドファイルには,前述のグリッドサーチの工程で用いられるグリッド位置が示されている.scautolocで読み込む速度構造は熊野灘で屈折法地震探査により得られたNakanishi et al.(2002)のモデルを用いた.海底地震計データを用いて一次元震源決定を行う際,地震計の設置高度(深さ)や不均質構造によって生じる走時異常を観測点補正値として設定する作業が通常行われるが,本研究は,binderモジュールの機能調査が主目的であるため,走時補正作業は行わなかった.その為,得られる震源位置の,特に深さ方向の精度は低い.グリッドは,目が粗いと地震を検出し逃す割合が増え,細かいと計算負荷が高くなる.三種類のグリッドを作成し,一日長のDONET広帯域地震計上下動成分のデータにscautolocを適用して自動検出される地震の個数を調べた(図4).水平方向に0.1°刻みの十分に細かいグリッドを利用した場合,一日長のデータより得られた地震の個数は13個であった(図4c).SC3の初期設定で用いられる水平方向に5°刻みのグリッドを用いて検出された地震は11個であった.水平方向に0.2°刻みのグリッド(図4b)では,0.1°刻みの場合と同じ震源決定結果が得られることから,図4bのグリッドを採用した.グリッドは,DONET観測網の近傍では,緯度と経度共に0.2°刻み,その他の領域は5°刻みで与え,経度45°から250°,緯度-85°から85°の範囲を網羅するようにした.深さ方向には1 km, 50 km, 350 km, 600 kmの4層を設定した.
Three types of grid are examined for the use of locating local events by SC3. One day long DONET data of September 18, 2012 is processed using scautoloc. The results from the three types of grid are compared. Red circles indicate the detected events. The number of detected events is shown in the lower left of each panel. (a) The default global grid provided with the SC3 source-code package. The grid is given at the depth of 33 km, 150 km, 300 km, 450 km and 600 km. (b)The global grid is given with an increment of 5 degrees at longitude between 45 and 250 degrees and at the latitude between -85 and 85 degrees. The local grid near the DONET is given with an increment of 0.2 degrees. The grid is given at the depth of 1 km, 50 km, 350 km, and 600 km. (c) The same as the grid shown in (b), except for the local grid near the DONET is given with an increment of 0.1 degrees. The comparison shows that the grid shown in (b) is the most appropriate for the data process using DONET stations.
図4. DONET近傍の微小地震に検出に適したグリッドを検討する為に使用した三種類のグリッド.2012年9月18日一日分のDONETデータをscautolocで処理した結果を比較した.自動検出された地震の位置を赤丸で示し,検出された地震の数をそれぞれのパネルの左下に示した.(a)SC3 においてデフォルトで設定されているグリッド.グリッドは深さ33 km,150 km,300 km,450 km,600 kmで与えられている.(b)広域のグリッドを緯度-85°から85°,経度45°から250°の範囲に5°刻みに置き,DONET周辺には,緯度と経度共に0.2°刻みに置いた.グリッドは深さ1 km,50 km,350 km,600 kmにおいた.(c)DONET周辺のグリッドを0.1°刻みに置いたこと以外は(b)と同じ.
シグナルの自動検測精度を上げる為に,scautopickで用いられるフィルタのパラメタ調整を行った.2 Hzから30 Hzの間で,帯域の異なる4種類のフィルタを適用し,それぞれの帯域で得られたイベントをリストした(表1).4種類のフィルタは全てバンドパスフィルタで,コーナー周波数がそれぞれ,2~20 Hz,4~20 Hz,4~24 Hz,8~30 Hz である.バンドパスフィルタ適用後,STALTAフィルタを適用した.STALTAフィルタは,時系列データの長時間窓から得られる絶対振幅の平均値に対する,短時間窓より得られる絶対振幅の平均値の比を出力するものである.長時間窓と短時間窓をそれぞれ10秒と0.2秒に設定し,長時間窓と短時間窓から得る振幅の平均値の比が3以上となるときシグナルとして検出した.2~40 Hzのバンドパスフィルタを適用したデータに対し,STALTAフィルタの短時間窓の長さを0.1,0.2,1秒と変化させ,最も多数のシグナルを検出した0.2秒を短時間窓の長さとして採用した.
3.3 binderのパラメタ設定binderのパラメタは,表1の14列目のケースでは,水平距離 X=40 km 以内で,時間差$\Delta$T=20秒以内に,N=3 点以上の観測点でPICKが検測された時にORIGINが作成されるように設定した.それ以外のケースでは X=100 km,$\Delta$T=50秒,N=3 点と設定した.最も離れた観測点間の距離は91 kmであり,水平距離100 kmは観測網全体を覆う距離である.
3.4 結果binderを搭載したSC3により自動検出された全イベントの波形を目視により精査し,それらを表1の(a)~(e)の5つのグループに分けた.
表1aにDONET近傍で発生した地震を示した.また,図5でこれらを地図上にプロットした.波形の目視により検出したイベントも含め,観測網付近の地震は21個あった.自動検出されたシグナル数は,4-20 Hzのバンドパスフィルタを適用した時に最多であった.scautolocだけを用いた場合に検出される地震が9個であるのに対し,binderを併用することにより21個の地震が検出された.binderの有効性を示した.気象庁一元化震源,またはアメリカ地質調査所の地震カタログに登録されている地震については,それらの情報を表1に併記するようにしたが,観測点近傍でこの日に発生した地震については,既存震源リストに登録されているものはなかった.走時の観測点補正は行っておらず,決定した震源位置の,特に深さ方向の解像度は低い.また,マグニチュードとしてSC3により算出されたMLv(上下動成分から計算したリヒターマグニチュード)を示した.これは,例えばWINシステムで使われる渡辺マグニチュード(ME)と比較して,かなり大きな値となっている.4-20 Hzのフィルタをかけた波形から ME を算出した場合,例えば,3時44分の地震は ME=2.4 となる.SC3より求めた MLv=3.4 は ME と比較してマグニチュードが1程度大きい.MLvは,シグナルの前後の150秒間の波形にウッド・アンダーソン型地震計の機器特性を施して得られる波形の最大振幅から求められる.SN比を上げるフィルタを適用することなく振幅を測定するため,海底地震計の1 Hzから0.2 Hz周辺の高ノイズの振幅を測定して,MLvが計算されている可能性が高く,そのことが,マグニチュードが高く算出されていることの一因と考えられる.
The locations of events listed in Table1 (a) and (d).
図5. 表1の(a)と(d)に記したDONET近傍のイベントの位置.
表1bと表1cには,DONET観測点で捉えられた深発地震,及び遠地地震を載せた.これらの地震は,観測網の外に位置しており,DONETと他の観測網のデータを組み合わせて利用することにより,より精度よく震源位置を決めることができると期待される.表1cには,遠地地震の中で,P波又はS波のシグナルは確認出来ず,T-phaseのシグナルだけが捉えられている地震を載せた.
表1dには,観測網の内側にその発信源が在り,約1.5 km/sの見かけ速度で伝播するシグナルが捉えられたイベントを載せた.見かけ速度がP波速度と異なる為,P波の理論走時が設定されたscautolocでは,これらのイベントは検出されにくい.三つのイベントは全てbinderの適用により検出された.理論走時曲線を1.5 km/sに設定し,発信源の位置を,scautolocを用いて手動で決定した結果,それらは全て熊野海盆に求まった(図5,図6).これらのシグナルは水平動成分の振幅も大きいので,表面波または海底を伝播する境界波と予想される.三つのイベントについて,直達P波は確認出来なかった.発信源はごく浅い場所で発生した小さな地震である可能性があるが,現時点では詳細は不明である.
(a) Location of one of the three enigmatic events listed in Table 1d. This event occurred at 02:16. (b) Travel time plot of the event. The red line indicates the travel time of 1.5 km/s. Automatically picked arrivals are shown by red dots. Manually picked arrivals are shown by green dots. (c) Waveforms of the vertical component of the event are displayed.
図6. (a)表1dに示した2時16分のイベントの発信源の位置.(b)発信源から観測点への距離を横軸に,発信時刻からの時間を縦軸にプロットした走時曲線.自動検出されたシグナルの走時を赤丸で,手動で読み取ったシグナルの走時を緑丸でプロットした.赤線は1.5 km/sを表す.(c)8-20 Hzのバンドパスフィルタをかけた上下動成分の波形.
表1eには,シグナルと誤認識され検出されたノイズを,binderが束ねたと判断されるイベントを一覧にした.自動震源決定結果を手動でレビューする際に,これらのイベントを手動で震源リストから外していく必要がある.その作業を最小限に押さえる為にも,これらのノイズイベントの数は少ないことが望ましい.表1eの8列目と9列目に,4-20 Hzのフィルタを適用しbinderのパラメタであるXと$\Delta$Tだけをそれぞれ100 kmと50秒から40 kmと20秒に変化させた場合を比較した.Xを40 kmに設定すると,100 kmの場合と比較して,微小地震の検出数を維持したまま,ノイズイベントの数を15個から8個に減らすことができる.つまり,X=100 km の時に作成されるノイズイベントの中に,40 km以上離れて検出されたノイズを束ねたものが7個含まれていたことになる.Xを40 kmより小さく設定すると検出される微小地震の数が減るため,X=40 km 程度に設定することが適当である.
シグナルを捉える観測点数が少ない環境で,地震イベントの検出を試みる状況は多い.binderは,DONETデータに限らず,例えば,太平洋ネットワークでパラオ島に三点の臨時観測点を置いて行われたローカルな地震活動の調査や(Ishihara et al., 2012),室戸沖ケーブルや釧路沖ケーブル観測網(Momma et al, 1996; Hirata et al., 2002)のように観測点数が非常に限られた観測網で,周辺の地震活動の自動検出を行う際にも活用出来る.
また,binderは,通常の震源決定処理とは異なり,特定の速度構造モデルに依存せずイベントを検出する為,その実態が未だよく理解されていない波,つまり理論走時が精度よく求められていない波の自動検出を試みる際に活用出来る.例えば,既存構造モデルで再現されないような強い三次元不均質構造に影響された波や,海底面を伝播する境界波(Stonely wave)や海洋レイリー波エアリー相(Press et al., 1950; Sugioka et al., 2012)のような実体波の理論走時曲線とは異なる速度を持つ波を,とりあえず検出して束ねておくことができる.
本研究では,binderを用いたイベントの検出に焦点を当て,SC3をデータへ適用した結果を詳述した.SC3による震源決定を実用化する場合は,更に下記の調整が必要となる.(1) 現状では,マグニチュードが大きく算出されている.これは,MLvが,SN比を上げる為のフィルタが施されていない高ノイズの波形データから算出されていることに起因すると考えられる.最大振幅を測定する際に,SN比を上げるフィルタが波形に適用されるように修正する必要がある.(2)SC3には,P波とS波をそれぞれ自動検出する機能が備わっている.直達S波の検出についても表1に示したようなフィルタの調整を行った上で,イベントの自動検出のプロセスに組み込むことが出来る.(3)一次元速度構造を用いてローカルな領域の震源決定を行う際には,観測下の不均質構造などを考慮するための観測点補正値が設定されることが多い.本研究では補正値を設定せずに震源決定を行った.SC3で次の何れかの方法により,観測点下の不均質構造を考慮した震源決定を行うことが出来る.①LOCSAT.profilesに観測点補正値を書き込む.②一次元構造で決めた震源を初期震源として,三次元構造を用いた自動震源決定プログラムを走らせる.三次元の震源決定機能は,既にSC3に備わっており,screlocというモジュールで実行できる.
DONETデータにbinderを適用した結果,より広い観測網でbinderを利用する場合には,改良した方が良い点が明らかになった.現在のbinderの仕様では,binderのX-kmを小さく設定すると,広域観測網で広い範囲でシグナルが記録される一つの大きな地震が発生した際に,複数のEVENT(fake-EVENTと呼ぶ)が作成されてしまう問題が生じる.この問題を避ける為に、逆にbinderの水平距離パラメタXを大きくすると,ノイズを束ねたノイズイベントの数が増加する(表1e)問題が生じるため,Xは適度に小さな値に設定されるべきである.また,sceventモジュールでも,受信する複数のORIGINをEVENTとしてまとめる際に,震源の距離的近さ,時間的近さ,共有するPICK数が可変パラメタとして定義されている.隣接して発生する複数の地震を,異なる地震として判定する為には,sceventの距離及び時間のパラメタを適度に小さく設定する必要がある.この問題の一例を以下に挙げる.
図7は,DONET観測網の大きさ約100 kmに対してbinderのパラメタX-kmを40 kmと小さく設定した場合に一つの地震に対して2つのEVENTが作成される例を示す. この例では,binderにより震源の異なる2つのORIGIN(ORIGIN1, ORIGIN2と呼ぶ)が作成され,scautolocにより一つのORIGIN(ORIGIN3と呼ぶ)が作成される.本来これらのORIGINは,sceventにより一つのEVENTによりまとめられるべきものであるが,binderにより作成されたORIGIN2が,他の2つのORIGINと時間的に離れており,共有するPICKの数も少ない為に,別の新しいEVENTとして登録されている.
An example of the case where multiple ORIGINs are generated by the binder for one earthquake when the horizontal distance criteria for binding the signals is much smaller than the horizontal size of the station network. Direct P-arrivals are observed at 19 stations for the event, which occurred at 18:32:41 (Table 1d). The diameter of DONET is approximately 100 km. When the binder is applied to the waveform data of this earthquake, with the horizontal distance criteria for binding the singles of 40 km, two ORIGINs are created for the earthquake. The locations of the two ORIGINs are station locations of KMA03 and KMD15 respectively.
図7. binderで観測点間の水平距離を観測網の大きさよりも小さく設定した時,一つの地震に対してbinderにより,震源の離れた複数のORIGINが作成されるケースを示した図.気象庁一元化カタログに記載されている18:32:41の地震(表1d,深さ56 km,マグニチュード1.8)は,DONETの 19観測点で直達P波が検測されている.DONET観測網の大きさは約100 kmであり,binderの観測点間の水平距離を X=40 km と設定した。KMA03を震源とするORIGIN1(黒丸)と,KMD15を震源とするORIGIN2(グレーの丸)の二つのORIGINがbinder により作成される.
図7に示す例をより詳しく説明すると,まず,図7のJMA(星印)で示される場所より少し西側に,scautolocにより作成されるORIGIN(ORIGIN3と呼ぶ.18:32:41)が作成される.次に,binderによりKMA03を震源とするORIGIN1(18:32:49),そして,KMD15を震源とするORIGIN2(18:33:00)が作成される.sceventでは,binderとscautolocの両方からORIGINメッセージを受け取り,受け取った順に,一つ前と現在のORIGINに対して,時間的且つ距離的な近さ,及び共有するPICKの数を比較し,同じEVENTとしてまとめるか否かを判断していく.ここでは,距離が40 km,時間が10秒以上離れ,共有するPICKの数が2つ以下の震源を別のEVENTと見なすようにsceventのパラメタを設定している.初めにscautolocにより作成されるORIGIN3に対して,binderにより作成されるORIGIN1は,8つのPICKを共有するので,ORIGIN3と同じEVENTにまとめられる.しかし,その後に作成されるORIGIN2は,ORIGIN1と40 km,10秒以上離れている上に,1つのPICKしか共有しないため,別のEVENTとして作成される.
上述の問題は,scautolocによりORIGINに関連付けられたなかったunassociated-PICKだけをbinderが受け取るよう,binderの仕様を修正することで解決すると考えられる.現状では,scautolocとbinderは並行して実行され,それぞれが全てのPICKを受け取る仕様となっている.binderが全てのPICKを受け取る為,広範囲でシグナルが観測される地震ではX-km以上離れた震源をもつORIGINが複数作成され,それらが,sceventによって,必ずしも同じEVENTとしてまとめられないことが問題となっている.しかし,binderの本来の利用目的はscautolocが取り逃したイベントを検出することなので,scautolocにより地震に関連づけられなかったunassociated-PICKだけをbinderで受信するほうが合理的であり,そのように仕様を変更すれば,binerによるfake-EVENTの発生を抑えることができる.
今回のモジュールの開発において,既存のSC3部分には一切変更はなかった.binderモジュールを追加し,実行する際に,binderが受信及び送信するメッセージグループを指定するだけで機能の追加が行われた.これまでにも,gempa GmbHと他機関の共同開発によりSC3のモジュールが追加されてきており,三次元震源決定機能などの機能が拡張されてきた(Olivieri and Clinton, 2012).今回の開発においても,SC3が機能拡張性の高いシステムであることが示された.
既存のSeisComP3の地震検出機能は,大きなサイズの地震の早期検知を目的としているため為,観測網の検出能力の限界に近いような小さな地震が,取り逃されてしまう問題があった.そこで,DONETに記録される微小地震を,地震データを効率よく検出する為の機能をSeisComP3に追加した.近接した複数の観測点で,一定の時間幅に検出される複数のシグナルを束ねる機能をもつモジュール「binder」の開発を行い,SeisComP3に搭載した.binderをDONETデータに適用し,既存のSC3の機能では取り逃されていた微小地震が検出されることを確認した.微小地震を検出する為に,binderでシグナルを束ねる際の水平距離は,40 km程度に設定することが適当であることが分かった.一日分のDONETデータに2 Hzから30 Hzの間で,帯域の異なる4種類のフィルタを適用し,それぞれの帯域で得られたイベントの一覧を作成した.DONET近傍の地震のP波の検出には,コーナー周波数が4 Hzと20 Hzのバンドパスフィルタが適していることが分かった.また,既存の速度構造に依存せずにシグナルを束ねるというbinderの特性により,観測網近傍の微小地震の他に,遠地地震のT-phaseや,熊野海盆に発信源をもつ海洋にエネルギーの卓越したレイリー波(表面波)などのシグナルが捉えられた.これらの波の発信源の素性は現時点では不明であるが,binderが時系列データに記録されている種々のイベントの探索に活用出来ることを示した.
DONETデータをSeisComP3システムに取り込むにあたり,中村武史氏,田中恵介氏よりご協力を頂きました.また,二名の匿名の査読者より,建設的で有益な助言を多数頂きました.記して感謝いたします.