2014 Volume 18 Pages 103-114
海洋研究開発機構,地球情報研究センターは,季節から経年に亘る全球規模の気候変動を再現するために大気海洋結合四次元変分法データ同化システム(以下,CDAシステム)を開発し,2010年以降を対象に,3ヶ月間の同化ウィンドウを設定した大気・海洋環境再現実験を実施し,継続的に再解析データ及び再解析データを利用したアンサンブル3年予測データを作成している.我々は,データ同化システムの運用及び再解析データ作成をより効率化するために,CDA計算環境の改善と合わせて再解析データ作成サポートシステムを開発し導入している.再解析データ作成サポートシステムは,クーロンプロセスを用いたCDAシステム入力用観測データの完全自動収集,それらの品質管理を含む自動前処理,同化・アンサンブル予測実験結果と観測データを融合した可視化処理による結果確認,評価の視覚化,効率化を実現している.今回開発した再解析データ作成サポートシステムを利用して,再解析データとアンサンブル3年予測データの評価を行ない両データによる太平洋・インド洋熱帯域の海況の再現性・予測性が高いことを確認した.また,再解析データ及び予測結果を確認,評価する際に再解析データ作成サポートシステムが有用であることも確認した.
海洋研究開発機構,地球情報研究センターでは,季節から経年に亘る全球規模の気候変動を再現するために,大気・海洋観測データと全球大気海洋結合モデルとを融合した大気海洋結合四次元変分法データ同化システム(Sugiura et al., 2008)(以下,CDAシステム)を開発・運用している.CDAシステムによって作成された全球大気・海洋結合四次元変分法同化プロダクト(以下,再解析データ)の更新・改良を継続し,それを初期値とする季節予測から経年予測実験を3か月ごとに実施し,その精度改善のための研究(西川 他2012a; Nishikawa et al., 2012b; 西川 他2012c; Nishikawa et al., 2012d)を継続している.また,作成した再解析データを広く実利用に供するための応用展開も実施している(Nishikawa et al., 2013: Igarashi et al., 2013).
本報告では,まず2章で地球情報研究センターに於いて3か月毎に定常的に作成されている再解析データについて紹介する.次に,3章では,地球情報研究センターが,再解析データセットを効率的に作成するために導入した再解析データ作成サポートシステムとその効果について 詳述する.更に4章では,再解析データセットを詳細検討した例について解説する.最後に,現在開発が進んでいる,大気・海洋・低次生態系を対象とした多圏統合データ同化システムについて紹介するとともに,多圏統合データ同化システムに於いても再解析データ作成サポートシステムが有用であることを述べる.
地球情報研究センターでは,CDAシステムを用いて2010年以降を対象に,入手可能な大気・海洋データを取得し,3ヶ月間の同化ウィンドウを設定した大気・海洋環境再現実験を継続して実施している(図1).
Schematic of the experimental configurations in 2011 and 2012. Four dimensional Variational (4D-VAR) data assimilations are sequentially performed with three-month assimilation window in every three months (in thick red lines). Green dashed line indicates an initial condition of a three-month assimilation comes from the optimized result at the final time slot of the previous assimilation. Eleven-member forward predictions (in blue dashed line) run for three years just after the three-month assimilation.
図1. データ同化期間(3か月:赤実線)とその後の予測期間(2年9ヶ月:水色点線)を示す模式図.黄緑点線は,同化期間最終旬の結果を,次期同化期間の同化初期値に引き継ぐことを示す.
CDAシステムによる同化計算(以下,「同化計算」)では,結合モデルの時間発展が同化期間の観測値に近づくように4次元変分法により繰り返し同化計算を行い,海洋初期値と海面バルク修正係数を最適化する(Sugiura et al., 2008).バルク修正係数は,水平2次元の分布を持った時刻(各旬)毎に独立した値として最適化されている.その最適化した海洋初期値とバルク修正係数を用いて,各 同化期間における再解析データセットを作成している.
同化する観測データとして,海洋表面はOISSTデータ,海洋内部はArgoフロートデータ,大気はNCEPによるPREPBUFRデータセット(東西,南北風速,気温,比湿),及びSSM/ISスカラー風速とNCEP-1再解析データセットの風向データとを合成したベクトル風データを用いた(観測データの詳細は本項目3.2.1.を参照)(Nishikawa et al., 2012b).
また,季節予報実験として,CDAシステムによって最適化された海洋初期値及びバルク修正係数と,同化開始日から前後5日分(計11日分)の大気初期値とを使った11メンバーのアンサンブル予測実験を,同化期間を含めた3年間分行っている(図1).
このような再解析データセットを準定常的に作成するためには,4次元変分法同化計算コードとその計算環境だけでなく,その周辺環境をも充実させる必要がある.特に,同化計算が読み込む観測データは,近年質の向上に伴ってデータ量が増大しており,その収集及び品質管理を含むデータ変換処理の効率化・省力化への要求レベルは高い.また,計算結果の確認・評価を効率的に行なうため,同化・アンサンブル予測実験結果を選択的に簡易表示する可視化処理環境を整備することも求められている.そこで我々は,このようなデータ収集,データ変換,可視化の3種類の処理を極力オペレータの介在なしに実施し,再解析データ作成・確認・評価の効率化,省力化を達成する再解析データ作成サポートシステムを開発した.
3.1 再解析データ作成サポートシステムの構成再解析データ作成サポートシステムは,観測データ自動収集システム(図2.(a): System for automated observational data acquisition),観測データ前処理・投入システム(図2.(b): System for quality control and data processing),計算結果可視化システム(図2.(c): System for synthetic visualization of observational and reanalysis data)の3つのサブシステムから構成される.
Block diagram of our 4D-VAR CDA (Coupled Data Assimilation) system. The support system for synthesizing reanalysis data comprises the three subsystems; (a) system for automated observational data acquisition, (b) system for quality control and data processing, and (c) system for synthetic visualization of observational and reanalysis data.
図2. CDAシステムの全体構成図.(a)観測データ自動収集システム,(b)観測データ前処理・投入システム,(c)計算結果可視化システムで,再解析データ作成サポートシステムを構成する.赤破線で囲まれたブロックは,地球シミュレータ2上で四次元変分法データ同化計算を実行する.
観測データ自動収集システムは,インターネット上の各種観測データ公開サイトから,観測期間・観測データ種類を指定し,極力オペレータの介在なしにそれらを定期的に自動収集し,保存する.
観測データ前処理・投入システムは,CDAシステムの要求に合わせて収集済み観測データの統計処理・品質管理・フォーマット変換等の前処理を行ない,前処理済み観測データを作成する.更に,前処理済み観測データを同化計算コードが読み込める位置に移動(投入)する.
計算結果可視化システムは,同化・アンサンブル予測実験結果及び比較用の前処理済み観測データ等を予め選択した項目について簡易表示し,同化・アンサンブル予測実験の確認・評価を行なう.
何れのサブシステムに於いても効率化・省力化が強く意識されている.観測データ自動収集システムではcronプロセス(Linux OS上で稼働する,ジョブを定期的に実行するデーモンプロセス)によって時刻と連動した処理が自動的に行なわれ,データ収集過程にオペレータは介在しない.また,観測データ前処理・投入システム,及び計算結果可視化システムに於いても,予め定めたパラメータ等を記載したコントロールファイルと各処理を記載したシェルスクリプトとを組み合わせることで,自動化処理を実現する.また,各処理のプロセスをシェルスクリプトによりモジュール化し,モジュールの追加・削除・交換を可能とすることで,システムの拡張性を確保している.
3.2 観測データ自動取集システム 3.2.1 収集する観測データ再解析データ作成サポートシステムが現在収集している大気観測データ・海洋観測データは,以下7種類の観測データである.
大気観測データとして,NCEP(National Centers for Environmental Prediction)が収集した全球大気観測データNCEP ADP Global Upper Air and Surface Weather Observations(PREPBUFR format)を収集する.これらのPREPBUFR formatデータは,NCEPによって実施される様々なデータ同化に利用する目的で収集され,品質管理等のデータ処理が行われている.収集した観測データの観測プラットフォームは多岐に亘り,15種類(海上ブイ,航空機,衛星搭載散乱計等)のカテゴリーに分類され報告されている.観測要素としては,気温(T),気圧(P),高度(Z),比湿(Q),海面温度(SST),海面気圧(SLP),風速(U, V)である.観測時間間隔は1時間から12時間までである.現在,1997年5月から現在までのデータが6時間毎データに編集され,2日遅れ程度の準リアルタイムで公開されている.
取得サイト: (http://rda.ucar.edu/datasets/ds337.0)
QuikSCATデータは,QuikSCAT衛星ミッションに搭載されたマイクロ波散乱計(Active microwave scatterometer)が観測した散乱強度データを,海上ベクトル風に変換したデータである.QuikSCAT衛星ミッションは,1999年8月から2009年10月まで(2009年11月衛星ミッションの停止)のデータを提供している.我々が収集するデータは,25 kmグリッド平均,日平均海上風ベクトル観測データである.既にQuikSCAT衛星ミッションは終了しており,今後別の衛星で観測されている同様の海上風ベクトル観測データ収集へと移行する予定である.
取得サイト: (ftp://ftp.remss.com/qscat/bmaps_v04)
SSM/ISデータは,DMSP(Defense Meteorological Satellite Program)衛星に搭載されたマイクロ波放射計(SSM/IS : Special Sensor Microwave Imager/Sounder)が観測した放射強度データを海上風速に変換した海上風速スカラー観測データである.我々が収集するデータは,DMSP衛星(f16, f17)上のSSM/I及びSSM/ISによる10 m海上風速の25 kmグリッド平均,日平均観測データである.データ更新は,1日遅れの準リアルタイムで行われている.
NCEP/NCAR再解析データから,T62(約210 km)グリッド平均,日平均,10 m海上ベクトル風再解析データを収集する.データ更新は,週に1回行なわれる.
取得サイト: (ftp://ftp.cdc.noaa.gov/Datasets/ncep.reanalysis.dailyavgs/surface_gauss)
我々が収集する海面水温データは,NOAAが収集した現場観測及び衛星観測海表面温度(SST: Sea Surface Temperature)データに対し,最適内挿法(OI: Optimal Interpolation)を適用したデータである.1°×1°グリッド,1週間平均データであり,更新は約4日遅れの準リアルタイムで行なわれる.
我々が収集する海洋水温塩分データは,Argoフロートが観測した水深約2000 mまでの全球温度・塩分プロファイルのリアルタイムデータである.およそ緯度・経度3°毎に1プロファイルのデータを,ほぼリアルタイムに取得できる.
取得サイト: (http://ftp2.jamstec.go.jp/pub/Argo/ifremer/latest_data)
我々が収集する海面高度偏差データは,AVISO(Archiving, Validation and Interpretation of Satellite Oceanographic data)が提供する準リアルタイム海面高度偏差マップデータ(NRT-MSLA: Near Real Time Map of Sea Level Anomalies)である.複数の衛星(Jason-1, Jason-2, Envisat, Cryosat-2等)からの観測データを統合した,2種類の空間解像度(1/3°×1/3°グリッド,及び1°×1°グリッド)を持つ海面高度偏差マップとそのマッピング誤差とを収集する.データの更新は1日遅れ程度の準リアルタイムである.
取得サイト: (ftp://ftp.aviso.oceanobs.com/global/nrt/msla/merged/{h,err})
以上のように,CDAシステム入力用観測データは,大気・海洋に跨る多種類の観測要素,多様なデータ特性(異なる空間解像度,取得時間間隔,データ品質等)を有し,結果として大量のデータとなる.また,様々な公開サイトから異なる時間間隔で公開され,更に,公開後も予告なしに修正・更新されることがある.
このような観測データを収集するには,各観測データの公開間隔に合わせて各公開サイトにアクセスし,目的の観測データを選択し,同化計算期間のデータを収集する必要がある.更に,公開済み観測データの修正に対応するため,短い間隔で定期的に各公開サイトの各観測データにアクセスし,修正データの有無を確認・収集する必要がある.従って,常に最新の観測データを収集・準備するには煩雑な手続きを頻繁に繰り返す必要があり,オペレータにとって大変な負担となっている.
そこで,我々はオペレータの負担を最小限とするために,観測データ収集手続きを自動化する観測データ自動収集システムを考案した.
観測データ自動収集システム(図3)は,Linux OS上で稼働するcron プロセス(図3.(a):ジョブを定期的に実行するデーモンプロセス)により,予め定めた時間間隔で,以下2つのジョブをオペレータの介在なしに実行する.
(1)スケジューラ(図3.(c)):該当する公開サイト(図2.(f))にアクセスし収集可能な観測データファイルの収集リスト(図3.(d))を作る;
(2)ダウンローダ(図3.(e)):収集リストを参照し相当する観測データファイルを公開サイトから収集する.
Cronプロセスに起動されたスケジューラは,まず観測データの更新頻度に合わせてデータ毎に定めたスケジュール表(図3.(b))(例えば,毎週日曜日にOISSTデータ更新の確認,月曜日にPREPBUFRの更新を確認等と指定)を参照する.スケジューラは現在の曜日とスケジュール表内の指定曜日とが一致していれば,相当する公開サイトにアクセスし収集リストを作成する.
System flow diagram for automated observational data acquisition. The blocks ((a)-(g)) represent the major components in the acquisition system. Thin blue lines connecting blocks indicate requests from one block to the next or data flows between the connecting blocks. The numerals (1.-8.) show the step-by-step procedure of acquiring open-access observational data through the system for automated observational data acquisition.
図3. 観測データ自動収集システムの構成図.(a)クーロンプロセス,(b)スケジュール表,(c)スケジューラ,(d)収集リスト,(e)ダウンローダ,(f)インターネット上の観測データ配布サイト,(g)データ保存用のハードディスク.実線は指示とデータのやり取りを示す.1.-8. は,クーロンプロセスがスケジューラに指示を出し,最終的に,必要なファイルをハードディスクに格納するまでの手続きを段階的に示す.
ダウンローダは,決められた時間間隔(例えば5分間に1回)で起動し,収集リストに候補となるファイル名がある場合,そのファイルを順次ダウンロードする.ダウンロードと共に収集リストからファイル名を削除するが,ダウンロードに失敗すれば収集リストにファイル名を追加し,収集リストが空になるまで,指定回数だけダウンロードを繰り返す.ダウンロードされた観測データファイルは,観測データ毎に作られたディレトクトリ(図3.(g))に格納される.また,一連の手続きは全てログファイルに記録される.
このような自動収集システムを導入することで,観測データ毎に公開サイトに異なる頻度でアクセスし観測データを取得するプロセスは,すべて自動化される.オペレータの役割は,システムの監視と,システム動作不良時の対応へと縮小される.更に,観測データ毎に公開サイトの場所,収集リスト作成スケジュールを指定できるため,容易に収集データを変更・追加できる拡張性が確保される.
3.3 観測データ前処理・投入システム観測データ自動収集システムが収集した7種類の観測データ(3.2.1(1)-(7))は,データ毎に異なるデータ特性(空間分布・取得時間間隔・データ品質・データフォーマット等)を持っている.
一方,CDAシステムへの入力観測データは,同化計算設定に応じて予め定められたデータ特性が要求される.大気観測データに関しては,T42ガウスグリッド,レイヤー数24, 時間は旬平均である.海洋観測データに関しては,海洋内部では1°×1°グリッド,レイヤー数45,時間平均は月平均であり,海洋表層のSSTデータに関しては,空間1°×1°グリッド,旬平均である.従って,観測データ毎に異なるデータ特性を,同化計算に要求されるデータ特性へと変換する前処理過程が必要となる.
尚,我々のターゲットは季節から経年変動であり,旬以上の時間スケールを持つ平均場を修正することがシステムの目的である.上述の前処理は,本システムでは制御できない短周期成分を観測情報から予め抜くことも意図されている(e.g., Sugiura et al., 2008).
収集済み観測データは多種(観測要素)・多様(データ特性)・大量(データ取得間隔・期間)であり,その各々に対し大量の前処理を行なうこととなる.また,その前処理自体も各データ特性を順次変換していく極めて煩雑な処理となる.
そこでわれわれは,このような,多種類・大量・多段階に及ぶデータ特性の変換処理手続きを効率化,省力化した観測データ前処理・投入システムを開発した.
3.3.1 観測データ前処理・投入システムの構成観測データ前処理・投入手続きは,
からなる.
このような(1)-(8)の手続きを自動収集済みの各観測データに適用することになる.
このような一連の手続きをより効率化,省力化するために,まず8個の手続き一つ一つをプログラムとシェルスクリプトを組み合わせた一つのモジュールとする.従って,1種類の観測データ処理は(1)-(8)のモジュールを連ねた処理フローとなる.我々の場合,実際に同化で利用しているOISST, SSM/IS + NCEP reanalysis-1, PREPBUFR, Argoデータに対応する4つの処理フローができる.実際は4つの処理フローすべてで(1)-(8)の全モジュールを使っているわけではない.OISSTでは(1),(2),(4),(7),(8)の5個のモジュールを,SSM/IS+NCEP reanalysis-1では(6)品質管理モジュール以外の7つのモジュールを使い,PREPBUFRでは(1)-(8)の全モジュールを使って処理を行っている.尚,Argoデータ(水温,塩分)に関しては,自動収集している3.2.1(6)real-time Argoデータに加えて,海洋研究開発機構,海洋環境変動プログラム戦略的海洋監視研究チーム(http://www.jamstec.go.jp/ARGO/argo_web/argo/index.html)から独自の品質管理を行なったArgoデータの提供を受けている.この提供を受けたArgoデータに対して(3)-(8)のモジュールによる処理フローを実行し,観測データとして採用している.
そして,この4種類のデータに対する処理フローを一つのコントロールスクリプトで制御する.この結果,コントロールスクリプトを起動する1回の手続きで,効率的に4種類の観測データに対する前処理・投入手続きを実行することができる.また,一つ一つの処理をモジュール化することで,異なる観測データの処理フロー間で同機能の処理がある場合,処理モジュールを共用し開発運用の効率化が図れる.また,処理フローへの新たなモジュールの追加,削除によるシステムの柔軟性,拡張性を確保している.
現在,本観測データ自動収集,前処理・投入システムの柔軟性,拡張性を生かし,新たな海洋の温度・塩分プロファイルデータを自動的に追加収集・前処理するシステムを開発している.開発中のシステムでは,5種類の温度・塩分プロファイルデータ(海洋環境変動プログラム提供のArgoデータ,3.2.1(6)real-time Argoデータ,同一サイトから収集できるdelayed-time Argoデータ,船舶,ブイ観測から得られるreal-time GTSPP(Global Temperature and Salinity Profile Project)データ,delayed-time GTSPPデータ)を想定し,それらを自動収集し,前処理を実施する.特に前処理では,ある期間・空間に重複するプロファイルが存在する場合,どのプロファイルを優先的に選択するかを決める方法を含めて,システム開発を行っている.
3.4 計算結果可視化システム同化・アンサンブル予測実験終了後,計算が適切に遂行されているかを確認する必要がある.また,事前に想定した期間・領域における大気・海洋現象が同化によってどのように再現されているのかの評価も行ないたい.最も迅速且つ効果的に同化・アンサンブル予測実験の確認・評価を行なうには,同化・アンサンブル予測実験結果及び大気・海洋現象に関するいくつかの代表的インデックスを選択的,且つ簡便に可視化,閲覧できることが望ましい.
しかし,同化・アンサンブル予測実験結果は大気・海洋の各出力要素が各グリッド,レイヤーについて一定時間間隔で繰り返し出力され,その出力結果は多種・大量となる.また,代表的な気象海洋インデックスのいくつかは,同化結果に対して2次的な計算処理を伴う(例えば,海洋混合層深度).広範な利用者を想定すれば,多種類の大気・海洋現象に関する代表的なインデックスを準備しておくことが望ましい.また,そのようなインデックスを広く利用者に可視化・閲覧可能とするには,ネットワーク上で簡単に利用できる可視化表示システムが欠かせない.
3.4.1 計算結果可視化システムの構成このような同化結果に対する要求を満たすために,計算結果可視化システム(図4)を作成した.この可視化システムは,同化・アンサンブル予測実験結果から可視化ファイル(pngおよびeps形式)を作成・配置するコンテンツ作成システム(図3.(a): System for synthetic visualization of observational and reanalysis data)と,作成されたファイルを閲覧するための可視化Web サーバ(図3.(b): Web server for visualization)と, から構成される.また,計算結果可視化システム全体は,コントロールスクリプトにより制御され,オペレータの介在を最小限とする仕様となっている.
Procedure ((a)-(e)) of generating synthetic images of the 4D-VAR and ensemble forward prediction results with the observational data (panels (f), (g), and (h)). Panel (f) presents the time-series plots (colored thin lines) of Nino 3.4 SST ensemble predictions in the first one year out of the three-year predictions. Colored dots mark the empirical values of Nino 3.4 SST before six months and after three month periods from the starting date. Panel (g) illustrates a Hovmoeller diagram of the 10 m-height zonal wind speed (U10) along the equator in the three-year prediction (Jan. 2011 to Dec. 2013). Panel (h) patches the five sub-panels: (1) spatial distribution of SST first guess field from January to March in 2011; (2) that of assimilation field; (3) that of the difference between (1) and (2); (4) that of OISST observations; (5) that of the difference between (2) and (4).
図4. 計算結果可視化システムを利用した計算結果可視化の手続き.(a)可視化コンテンツ作成システム,(b)可視化用web サーバ,(c)可視化コンテンツ作成システムによる可視化ファイルの自動配置,(d)可視化ファイルリストの自動生成,(e)ユーザによる可視化ファイルの選択を示す.(f)-(g)は 選択結果の可視化表示:(f)観測データとアンサンブル予測結果の時系列可視化表示,(g)赤道における10 m風速(u10)の3年予報値によるホフメラーダイアグラム(経度・時間断面),(h)海表面水温(SST)の同化初期値,同化結果,観測値,各々との差の可視化表示.
可視化コンテンツ作成システムは,予め定めた同化結果及び気象海洋インデックスに対し,大気海洋分野で広く利用されている表示・解析プログラムGrADSのスクリプト機能を利用し,可視化ファイルを作成する. 同化結果に対して2次的な計算処理を伴いGrADSだけでは処理できないインデックスは,別にインデックス作成プログラムにより計算し,計算結果をGrADSに読み込ませて,可視化ファイルを作成する.尚,同化結果に対して2次的な計算処理を伴う大気海洋インデックスとして,現状では(1)海洋混合層深度分布,(2)海洋全球20℃等水温面深度分布,(3)26.8 $\sigma $等密度面深度分布,(4)子午面循環(NA-MOC: North Atlantic Meridional Overturning Circulation),(5)インドネシア通過流量,(6)ドレーク海峡通過流量,(7)大気速度ポテンシャル,(8)PDO(Pacific Decadal Oscillation :太平洋10年規模振動)インデックス,を可視化ファイルとして出力する仕様となっている.また,計算処理部分がインデックスごとにモジュール化されているので,新たな大気海洋インデックスを追加する拡張性も確保されている.
また,可視化コンテンツ作成システムは,作成した可視化ファイルを可視化用Webサーバに自動的に配置する(図4.(c)).更に,可視化ファイルの配置に基づいて,各可視化ファイルをブラウザーから閲覧可能とする可視化ファイルリスト(htmlファイル)を作成する(図4.(d)).
その結果,利用者はブラウザーを使って可視化Webサーバにアクセスし,サーバ上の可視化ファイルリストから可視化ファイルを選択し(図4.(e)),選択した可視化ファイルを容易に閲覧,確認できる.更に,選択した可視化ファイル(eps形式)を手元にダウンロードできる.図4.(f)は,Nino3.4領域におけるSST予測計算の時系列プロットである.色つきドットが旬毎の観測データ,細実線がアンサンブルメンバー各々の時系列,太点線がアンサンブル時系列平均を示している.横軸は0が同化開始時,全体で6か月前から12か月後までの時系列を示している.図4.(g)は,赤道全周における10 m高,東西方向(u)風速3年予測のホフメラーダイアグラムである.表示期間は2011年1月から2013年12月までの3年分を表示している.図4.(h)は,SSTの初期値,同化結果,観測値,及び各々との差をプロットしている.表示機能は各々がモジュール化されており,このような分割パネル表示の各々のパネルを入れ替えることも極めて容易に行える.
その結果,利用者は計算結果の確認・科学的な検討,更なる詳細計算の立案等を,可視化表示を通してこれまでより容易に開始できる.
本章では,計算結果可視化システムを利用して,再解析データセット及び予測実験結果を検討した例について解説する.
図5は,2011年4月(上段;(a),(b),(c))及び6月(下段;(d),(e),(f))の再解析データセットおける全球海表面水温(SST)の,同化結果,観測データ(OISST),同化結果と観測値との差,をプロットしたものである(西川他,2012a).図5から海面表層では,季節によっては中高緯度で最大2℃程度の差(図5.(f))がみられることもあるものの,再解析データと観測値との相関が高く,海況の再現性が高いことが分かる.可視化システムにより,このような再解析データの再現性チェックを速やかに行うことが可能になり,また,観測との偏差は,効率的な再現性向上のための有用な情報となる.
Spatial distribution of SST in April and June, 2011. (a) Assimilated SST field, (b) observed OISST, and (c) difference between (a) and (b) in April 2011. Panels (d), (e), and (f) are the same as (a), (b), and (c), but in June 2011 (modified from Nishikawa et al., 2012a).
図5. 海表面温度(SST)の同化結果,観測データ(OISST),同化結果と観測との差異(西川 他,2012aを改訂).上段((a),(b),(c))は,2011年4月,下段((d),(e),(f))は,2011年6月の結果を示す.
更に,3つの同化期間(2011年1-3月,2011年4-6月,2011年7-9月)における再解析データを初期値及び境界条件とした,アンサンブル3年季節予報実験の結果を図6に示す(西川 他,2012aを一部改訂).図6の左側列((a),(b),(c))が熱帯太平洋におけるNino 3.4 indexを示し,右側列((d),(e),(f))がインド洋熱帯領域におけるDMI(Dipole Mode Index)を示す.図6(a),(d)が同化期間2011年1月から3月まで,図6(b),(e)が2011年4月から6月まで,図6(c),(f)が7月から9月まで計算した結果である.図6の各枠内のオレンジ色,水色の矩形は3か月同化期間を示し,図全体で同化開始から1年分の時系列をプロットしている.黄緑色丸印は旬毎の観測データを示し,赤色実線はアンサンブル予測計算時系列平均を示す.他の実線はアンサンブル予測計算の11メンバーを示す.
Nino 3.4 index and Dipole Mode index of the eleven-ensemble prediction experiments in the three different periods: three years from January in 2011, those from April in 2011 and those from July in 2011 (modified from Nishikawa et al., 2012a). Green dots denote the observed indices. Colored rectangles cover the three-month assimilation windows. Each assimilation experiment provides optimized initial and boundary conditions to the following 11-ensemble forward predictions (colored thin lines). Red solid line represents average time series of the 11-ensemble predictions.
図6. アンサンブル予報実験におけるNino3.4 Index(左列:(a),(b),(c))とDMI(右列:(d),(e),(f))の12か月間の時系列表示(西川 他,2012aを改訂).緑丸印が旬毎の観測値から求めた各インデックス,色つきの細実線が各アンサンブルメンバーのインデックス時系列,赤太線がアンサンブル平均時系列,色付き矩形が3か月同化期間を示す.同化期間を3か月毎にずらした3ケースを示す.この3か月同化によって最適化された海洋初期値,バルク係数を使ってアンサンブル予測実験を行なった.
この図6から,季節予報実験に於いて,熱帯海域における表層のインデックス(Nino3.4 index及びDMI)に対し予報性が高いことが分かる.特にNino3.4 indexは,予測のやや難しいケースがあるものの(図6.(a)),それ以外では半年から1年程度の予測期間において,アンサンブル予測と観測値との一致が良い(図6.(b),(c)).公開されているエルニーニョ監視速報(例えば気象庁公開の監視速報)と比較すると,海域ごとの再現性に差異はあるものの,図6.(b),(c)の時期には概ね同程度の予報精度が確立されている.可視化システムを用いることで,このような重要で代表的な気候インデックスを半自動的に出すことができ,観測データ自動収集,前処理・投入システムと組み合わせることで効率的・ルーチン的な気候変動予測が可能となる.
4.2 計算結果可視化システムの有用性特にここで示した2種類の図(図5と図6)は,計算結果可視化システムの解説図(図4)の図4(h)と図4.(f)に対応している.これまでは,オペレータがデータをダウンロードし手動で描画を行なっていた.しかし,計算結果可視化システムの導入によって効率よくこのような図を作成することが可能となった.このことは,計算結果可視化システムが同化結果および季節予報結果の確認,評価,科学的な検討に直接利用できる有用性を示している.また,計算結果可視化システムがモジュール構造を持ち,ブラウザーによりWebサーバ上のファイルを閲覧できる仕様であることから,更なる検討のための表示追加や,ネットワーク上に分散した可視化ファイルを即時的・対話的に表示検討できる柔軟性,拡充性も期待できる.
この計算結果可視化システムの同化,予報結果の確認,評価,検討に対する高い有用性は,計算結果可視化システムがwebサーバを介した同化・予測データ公開用ツールのエンジンとして利用できる,汎用性,発展性を持っていることを示している.
現在,地球情報研究センターでは,現状のCDAシステムを更に発展させ,大気海洋物理環境モデルと低次生態系モデルとを融合した大気・海洋・低次生態系4次元変分法同化モデルを開発している.そこでは,これまでの大気海洋観測データに留まらず新たな衛星観測データや大気,海洋化学系データ等多種多様な入力用観測データを扱うこととなる.また,同化計算も多段階のグリッドシステム,インクリメンタル四次元同化法(Ishikawa et al., 2013)などの新手法の導入などで複雑化し,より多様,大量の出力結果となることが予想される.従って,入力用観測データの収集,前処理,同化結果の確認,評価,検討には,これまで以上に自動化・効率化が求められる.また,同化・予測結果は広く公開され実利用データとしての有用性を期待される.その状況では,われわれが開発してきた再解析データ作成サポートシステムが有用なツールとなることが期待できる.
海洋研究開発機構,地球情報研究センターでは,CDAシステムを用いて2010年以降を対象に,3ヶ月間の同化ウィンドウを設定した大気・海洋環境再現実験を実施し,継続的に再解析データセットを作成している.
再解析データ作成サポートシステムは,再解析データの作成を効率化・省力化するため,3つのサブシステム;観測データ自動収集システム,観測データ前処理・投入システム,計算結果可視化システム,から構成される.観測データ自動収集システム及び観測データ前処理・投入システムは,cronプロセスの利用,処理プロセスのモジュール化を通して大気・海洋観測データの自動収集,観測データの前処理(品質管理も含む)を効率化した.また,計算結果可視化システムは,利用者がブラウザーを使って簡便に同化結果と代表的な大気海洋インデックスの確認,評価が行なえる手段を提供した.
再解析データの精度向上と実利用上の有用性を確認するために,再解析データと再解析データを利用したアンサンブル3年予測実験結果の評価を行なった.その結果,海面表層(SST)の再現性,及び熱帯海域におけるインデックス(Nino3.4及びDMI)の再現性・予測性が高いことを確認した.
また,再解析データ及び予測結果を確認,評価する際に計算結果可視化システムが有用であることがわかった.同システムは,web サーバーへの図の自動配置を行うなど,ネットワーク親和性が高いと考えられる.本論文で紹介したような,データセットの収集,前処理および可視化機能は近年,データセットの多様化,大量化が著しいことを考えると,本報告で対象とするデータ同化システムの運用や再解析データの作成だけでなく,地球環境変動研究全般に共通する課題の解決に有効であることが予想され,さらなる改良をすすめることにより汎用的なツールとして利用可能である.
本報告で紹介したシステムは,文部科学省からの受託研究「地球環境情報統融合プログラム(DIAS-2)」,「気候変動適応研究推進プログラム(RECCA)」及び環境省による「平成25年度東日本大震災に伴う洋上漂流物に係わる緊急海洋表層環境モニタリング調査業務」の一部として開発を行ないました.
再解析データ作成サポートシステムの構築に当たり多くのご協力いただきました,株式会社ヴィジブルインフォメーションセンター,黒澤直弘氏,林圭佐氏,松浦康孝氏,に感謝いたします.また,2名の匿名査読者からの多数の建設的な意見により,当初の原稿を改善することができました.記してお礼を申し上げます.