2014 Volume 18 Pages 17-28
白金族元素の一つであるオスミウム(Os)の放射性同位体(187Os/188Os)比の高精度・高確度分析には,化学分離操作に伴うブランクの低減が最重要である.本研究ではICP-QMSによるスパージング法を適用し,Osの分離濃縮に使用する各種試薬のOsブランクを測定することにより,その起源の特定を試みた.その結果,主なブランク源は岩石粉末試料の分解の際に使用する硝酸と環境中に浮遊して存在するOsであることが判明した.硝酸については,硝酸の酸化剤としての性質を生かした高温での蒸発や窒素や空気のガスを通じつつ加熱を行う方法で硝酸内のOsを揮発性の高い四酸化Osとして除去し,Osブランクを半減させることができた.環境中のブランクについては,実験室の空気圧をあげることでOsを多量に使用する他の実験室からの空気流入量を制限するとともに,溶液の蒸発乾固を閉鎖環境で行うことなどで試料への混入を最小限にとどめた.これらの結果,現在では数pptレベルのOs分析が可能になるほどOsブランクを減少させることが可能となった.
本論文は,当機構深海総合研究棟5階白金族元素ラボ(502号室)で分析されているオスミウム(Os)の試薬・操作ブランク測定のための技術開発およびブランク源の特定とその低減についてまとめたものである.
オスミウムは,金属-ケイ酸塩相の間の分配係数が1000を超える強親鉄性元素とされる白金族元素のひとつである.実際に岩石中でも金属相や硫化鉱物中に多く含まれ,地殻及びマントルを構成するケイ酸塩鉱物中ではその濃度は著しく低い.質量数184から192までの7つの天然の同位体で構成され,その中でも 186Os は 190Pt(白金)の放射壊変により,また 187Os は 187Re(レニウム)の放射壊変により生成する放射性同位体である.Os同位体比とは,この放射性同位体を安定同位体の 188Os で規格化を行った 186Os/188Os 比あるいは 187Os/188Os 比のことを示す. 190Pt は半減期 4.69×1011 年(Begemann et al., 2001)でアルファ壊変して 186Os を生成する(Pt-Os放射壊変系),この半減期は地球の年代(約 4.5×1010 年)に比べて1桁長いため,地球上の地殻・マントルに産出する岩石中ではその同位体進化が小さい.もう一つの放射壊変系であるRe-Os放射壊変系は, 187 Reが半減期 4.16×1010 年(Smoliar et al., 1996)で 187Os にベータ壊変する.親核種元素のReが比較的液相濃集元素(incompatible element)としての性質を示すのに対し,娘核種元素のOsは強い固相濃集性(compatibility)を示す.すなわち,マントル物質の部分融解時やマグマの結晶分化の際,Reは液相側であるメルトに濃集しやすいのに対し,Osは固相である融け残りかんらん岩や結晶集積岩に濃集するため,部分融解度や結晶分化程度の違いを反映したRe/Os比のバリエーションが生じる.このRe/Os比の違いは年代が経つにしたがいOs同位体比の差になって現れる.本論文内では,特に明記しない限りOs同位体比とは 187Os/188Os 比を示す.
岩石の分化形成年代やその起源等を調べるために放射壊変を行う元素の同位体組成を調べることは,Sr, Nd, Hf, Pb等の微量親石元素により広く行われている.ただし,これらの元素は親娘元素ともに高い液相濃集性を示すため,部分融解や結晶分化作用で生ずる親娘間の分別が比較的小さく,IFREEで多く取り扱っている海洋/島弧火成岩試料の年代測定に利用されることはほとんどない(ジルコンのU/Pb年代を除く).一方,親娘比が岩石・鉱物ごとに大きく異なる性質を持つRe-Os放射壊変系は,新生代以降の海洋玄武岩の鉱物/全岩アイソクロン年代を報告した研究例もあり(e.g., Gannoun et al., 2004; Dale et al., 2008),困難とされている若い火山岩の年代測定に応用できるアドバンテージがある.また,同位体比のバリエーションから岩石の起源物質を議論する場合,有効桁数4以上の精度が求められるSr, Nd, Hf, Pb同位体比測定では,多重ファラデー検出器を駆使した質量分析法が主流となっているのに対し,天然で認められるバリエーションが非常に大きいOs同位体比は,単一EM検出器によるピークホッピングで必要な精度を容易に得ることができるため,Os濃度が著しく低い(<10 pg/g)チャートや炭酸塩岩試料への応用も近年では珍しくない(e.g., Kuroda et al., 2010; Burton et al., 2010).
低濃度試料のOs同位体比測定が普及した背景には,微少量でも安定した信号強度が得られる負イオン表面電離型質量分析(N-TIMS)法の技術向上がある(Creaser et al., 1991; Völkening et al., 1991; Walczyk et al., 1991).現在我々が採用している手法(後述)においては,測定に使用するPtフィラメントから放出される数10fg程度のOsに対しても1-2%の精度で 187Os/188Os 比を測定することが可能となっており,質量分析技術的な側面のみで考えた場合,ほとんど全ての地質試料に応用可能といえる.しかし,実際に低濃度試料のOs同位体比分析を正確に行う前提条件としては,分析に用いる試薬や分析を行う環境中のOs量や同位体比を把握し,試料の分析値に対する影響を評価することが最重要となる.分析値を報告する論文中では,実際に測定する試料と全く同様の試薬量・手順でブランク分析を行い,これらの総量を求めたものをtotal procedural blank(TPB)として記載することが常である.
Os分析を行っている世界中のラボのOsのTPBは,分析方法によって大きく異なるが,我々が採用している岩石粉末試料全体を高い温度圧力で酸分解する手法(後述)においては0.5~数pg程度の報告例が多く,187Os/188Os 比は主に使用する試薬によって左右されるためにやはりラボによって異なるが,0.17--0.22程度の値が報告されている(e.g., Ireland et al., 2009; Day et al., 2010; Harvey et al., 2011).従って,低濃度試料のOs同位体比分析に関してはブランクの影響を差し引いた値を基に議論を構築する必要があり,TPBの低減化/安定化が分析を成功に導く最重要課題といっても過言ではない.IFREEの白金族元素ラボにおいても,分析を行う際には必ずブランク試料を含めることによりTPBを求めてきたが,ある時期からこの値が上昇して安定しないという現象が起き,低濃度試料の分析に支障を来すまでに至った.本論文には,その原因の解明と対策を行った結果をまとめて報告する.
現在IFREEの白金族元素ラボでは,Osを含む白金族元素およびReの濃度定量には同位体希釈法を採用している.具体的には,190Os が97%以上に濃縮されたOsスパイクを正確に秤量して試料に添加した後,試料分解を行い,最終的に質量分析によって得られた同位体比と添加したスパイクの量から試料に含まれるOs量を求める.同位体希釈法のメリットは,試料中の対象元素濃度を混合溶液の対象元素同位体比へと変換するため,試料とスパイクとの間の同位体平衡が達成された後であれば,対象元素の回収率がそれほど問題にならないことがあげられる.このため,より一般的な検量線法と比べると検出感度や再現性が高く,信頼性の高い定量分析法といえる.また,同一分解試料から同位体比と濃度データを同時に得ることができるため,分析結果に年代補正やブランク補正を施す場合にもより高い信頼性が担保される.ただし,添加するスパイクは濃度および同位体比ともに正確に把握される必要がある.
同位体希釈法によりTPBの正確な測定を行うためには,実験操作を通して蓄積されたブランク試料に対して最後段階にてスパイクを添加することで,ブランクとスパイクの間の同位体平衡を質量分析の直前に達成させることが理想的である.なぜならば,実験操作の初期段階でスパイクを損失した場合,後に加わるブランクによりTPBが過大に計算されてしまうためである.しかしながらOsにおいては,1)常温でも酸化されることにより気体(OsO4)になる,2)テフロンなどの樹脂製品は OsO4 に対して多孔性がある,という性質から,試料とスパイクを互いに損失することなく同位体平衡を達成させることが難しく,ガラス容器の閉鎖系で気化させる手法(後述)が最も信頼性が高いとされている(e.g., Shirey and Walker, 1995).従って,今回行ったブランクの分析では通常の試料と同様にガラス容器内にスパイクを添加・封入する点は統一し,その他のパラメータ(実験試薬の種類や量と分離操作手順)を変化させることにより,ブランク源を突き止めることを試みた.
2.2 Reagents今回の実験に用いた主な酸は,以下の通りである.硝酸(68% TAMAPURE AA-10; 多摩化学工業,60% EL;関東化学),塩酸(30% TAMAPURE AA-100,36% EL),臭化水素酸(47% TAMAPURE AA-100),四塩化炭素(Infinity Pure; 和光純薬).また,実験に使用した水は,逆浸透イオン交換水(> 18M $\Omega $,Merck Millipore)である.
2.3 Total procedural blank (TPB)岩石試料と同様に分析を行うTPB分析の実験操作手順を簡単に示す(Fig.1).本研究に用いたOs分析方法はKato et al.(2005)に詳述されているが,具体的な操作や手順については一部改良が施されている(Ishikawa et al., submitted).SIMAXガラス製のカリアスチューブ中に試料と 190Os 濃縮スパイクとともに塩酸2.5ml,硝酸7.5mlの逆王水を封入し,220℃から240℃で12~72時間程度加熱して試料OsとスパイクOsとの同位体平衡を達成させる(Shirey and Walker, 1995).十分冷却した後,ガラスチューブを割って溶液のみを取り出し,四塩化炭素(計6ml)を用いて3度Osの溶媒抽出を行う(Cohen and Waters, 1996).さらに四塩化炭素から臭化水素酸(3ml)へとOsの逆抽出を行った後に,マイクロ蒸留(Birck et al., 1997)を行いOsを純化する.その後,試料はPtフィラメントにバリウムのイオン化促進剤とともに塗布され,表面電離型磁場型質量分析計(TIMS; TRITON, ThermoFinnigan)にセットされる.Os同位体比は三酸化物のマイナスイオンとして,多重ファラデー検出器あるいは単一のEM検出器によるピークホッピングによって測定される.
Flow chart describing analytical protocols for determination of sparging method blank and total procedural blank.
図1. sparging 法とtotal procedural blankの分析方法.
スパージング分析法(SP法)は,Nozaki et al.(2012)によるマルチイオンカウンティング装置を備えたプラズマ誘導結合型磁場型質量分析計によるOsの同位体比測定を参考にした.Nozakiらは,逆王水によるOsの抽出を行った試料を希釈し,アルゴンガス(Ar)によるバブリングにより試料中のOsを気化させ,プラズマに通じてイオン化し,質量分析計に導入した.今回我々は,同位体比分析精度は高くないものの簡便・迅速にOsブランクチェックのためのOs同位体測定を行うことを目的に,汎用装置である四重極型プラズマ誘導結合質量分析計(ICP-QMS;Agilent, 7700s)を用いたスパージング分析法(SP法)を試みた.
ICP-QMSを用いたSP法は以下の通りである(Fig.1).TPBと同様,スパイクと逆王水をカリアスチューブに封じ加熱,Osの抽出を行う.スパイク入り逆王水をテフロンジャーに取り出しMQ水で2~4倍に希釈する.この試料溶液にICP-QMSからArガス(キャリアガス)を流し込み,バブリングさせてOsを気化させる.これをスプレーチャンバに送り込めば,Osはプラズマでイオン化され,通常の溶液で行う分析と同様に分析が可能である.時間積分測定モードを用いて 187Os から 192Os までの5つの同位体を各0.5秒ずつ単一のEM検出器によるピークホッピング方式で240秒程度,約100 ratiosのデータを取った.今回の分析では,濃度分析に重点を置き,簡便・迅速な測定を目指した.逆王水に使用する塩酸,硝酸や臭化水素のOs含有量チェックはSP法によって行った.
著者の一人が当機構で実験を始めたのが2006年初頭からであるため,TPBの値はこれ以降のものである(Fig.2a,Table 1).
Os abundances (a) and Os isotope ratios (b) of total procedural blank (TPB) in 502 lab from 2006 to August 2013. Blue circle: TPB by conventional method, Red circle: TPB by method using closed system.
図2. 2006年から2013年8月までの白金族元素ラボ(502)号室でのTPBの推移.a) Os量,b) Os同位体比,青丸:HBr蒸発を解放系で行った場合,赤丸:HBr蒸発を閉鎖系で行った場合.
year | average(pg) | n | MAX(pg) | min(pg) | <100 pg average (pg) | n |
---|---|---|---|---|---|---|
2006 | 8.0 | 10 | 36 | 1.7 | ||
2007 | 4.5 | 9 | 7.1 | 3.3 | ||
2008 | 3.5 | 10 | 9.2 | 1.4 | ||
2009 | 4.3 | 25 | 15 | 0.92 | ||
2010 | 8.4 | 33 | 58 | 0.71 | ||
2011 | 27 | 58 | 520 | 1.5 | 9.8 | 55 |
2012 | 25 | 64 | 356 | 2.9 | 19 | 63 |
2013 | 13 | 26 | 73 | 2.7 | ||
2013 closed | 0.8 | 8 | 1.9 | 0.33 |
2006年の年間のTPB平均値は8.0 pg (n=10),TPBの最小値は1.7 pg,最大値は36 pgであった.2007~2009年のTPBは比較的安定しており,最小値は0.92 pg,最大値は15 pgであり,平均のTPBは4.2 pg (n=43)であった.
2010年からTPBで高い値が目立ち始める.TPBの平均値は8.4 pg (n=33),最小値は0.7 pg,最大値は58 pgであった.2011~2012年になると,さらに全般的にTPBの値が高い傾向を示し,最小値は2011年4月の1.5 pg,最大値は2011年11月の520 pgであった.この期間の100 pg以上の値(n=4)をのぞいたTPBの平均値は15 pg (n=118) であり,その前年までに比べて明らかに高くなっていることがわかる.また測定数(n)の増加は,TPBが高くなった原因を突き止めるためと安定したTPBの値を求めるためにTPBの測定回数を増やしたためである.
TPBの上昇傾向が認められた当初,抽出・純化操作中でのスパイク損失が疑われた.前述のように,TPB試料へのスパイク添加は通常の試料と同様にカリアスチューブ分解時に行われているため,抽出・純化操作中のスパイク(あるいは試料溶液)の損失は,その後の操作中に存在するブランクOsをその実際量以上に強調する.しかし,10-100倍に至るTPB値の変動幅をスパイクの損失で説明するためには,回収率が10-1%まで下がる必要がある.実際のTIMS測定時のイオンカウントの増減から回収率を定量的に見積もることは難しいが,高いTPB試料ほど 190Os シグナルが低くなる傾向は認められず,反対に100 pg超のTPBに関しては,多重ファラデー検出器により測定が可能なほど十分にシグナルが得られている.また,詳細については省略するが,同一実験バッチ内でのTPB量変化は全体の推移と比べると極端に小さく,スパイク添加量のみを変化させた複数のTPBを比べた場合も調和的なOs量が得られている.これらの観察事実から,全体のTPB推移は偶発的なスパイク損失に影響を受けていると考えるよりも,実際に何らかの形で取り込むOs量が変動している可能性が高いことが推察された.
2013年に入ると,TPBは10 pg前後の値に落ち着き始め,6月までのTPBの平均は13 pg(n=26)となった.
3.2 SP法による試薬ブランク分析2011年以降に記録されるようになった100 pgを超えるようなTPBの存在は(Fig.2a), Os濃度が100 pg/g以下程度の火山岩試料のほとんどが当機構で正確に分析できないということを意味している.地殻物質には極微量にしか含まれない白金族元素であり,万年筆のペン先程度の利用方法しか記述の無いOsが環境中に定常的に存在しているとは当初考えなかったため,高くなり始めたTPBの原因として分析に使用する試薬や器具の洗浄方法がまず疑われた.
その根拠の一つとしては,TPBの増加が顕著に認められた時期と同時期に,Os同位体比も大きく変動したことがあげられる.2010年まではTPBのOs同位体比は0.16-0.18と0.2を超えることが無かったのに対し,2011年以降は0.2を大きく超えることが頻繁に起きた(Fig.2b).後藤ら(2012)は,2011年の大震災の後に出荷された多摩化学の硝酸(TAMAPURE AA-10)でOsブランク含有量の増加と同位体比の変動を示した.同じ試薬を使用している我々にも同様に硝酸からのOs含有量の増加とOs同位体比の変動の影響が出たと考えられる.当実験室では,Osの抽出・分離には主に多摩化学のTAMAPURE AA-10あるいは100シリーズを用いており,硝酸以外の試薬もOs含有量が増加した可能性も考えられた.
単一の試薬中に含まれるOsは,通常のTPB分析を行ってもそれのみを検出することが難しい.そのため,使用する試薬やOs抽出手順を簡素化でき測定も簡便なSP法(2.3. Sparging Methodを参照)を用いて,TPBの大きな変動の原因が後藤ら(2012)に示されたようなTAMAPURE硝酸に起因している可能性を調べた.SP法によって求めたブランクをこの論文中ではsparged blank(SPB)と記述する.SP法を用いた分析は,逆王水によるOsの酸化のみを行いその後の抽出・純化作業を行うこと無くOs同位体比分析を行うことができる(Fig.1).TPBとくらべ,手順や使用する試薬が格段に少ないため,分解に使用する試薬のOsブランク測定に非常に有効である.
2012年6月に実験を行ったTAMAPUREと関東化学のELグレード硝酸・塩酸を用いた逆王水(10ml)とカリアスチューブのOs量は,Fig.3のようである.この時は,TAMAPUREの塩酸・硝酸の組み合わせが最もOs量が少ない.ELグレードの硝酸を用いたものはTAMAPURE硝酸に比べて,TAMAPURE塩酸とあるいはEL塩酸とのどちらの組み合わせにおいても高く,これらの起源がELグレード硝酸であることが推定される.しかしながら,TAMAPURE試薬を用いた逆王水とスパイクのみを分解したSPBの値の推移をみると,その後TAMAPUREの硝酸・塩酸のブランクが上がっていることが示され,ELグレードの酸を大きく超えるOs量も観察された(Fig.4).Fig.3に示されたように,TAMAPURE塩酸とEL塩酸とを変えてもSPBの値は大きく変わらず,またカリアスチューブの加熱温度や時間には変更を加えていないことから,このとき観察されたSPBのほとんどは硝酸に由来すると考えられ,Fig.4のばらつきもTAMAPURE硝酸に由来する可能性が高い.
Os blanks in different kinds of inverse aqua regia measured by sparging method at June 22, 2012.
図3. 異なる種類の酸を用いたブランクテストの結果(2012年6月22日測定分).
Os blanks in inverse aqua regia with the acid of TAMAPURE AA grade measured by sparging method (SP). Green diamonds: use TAMAPURE AA grade HCl and HNO3, Red diamonds: use TAMAPURE AA grade HCl and HNO3 evaporated in clean room. Orange dot line shows average value of Kanto EL grade HCl and HNO3 (1.6 pg).
図4. 多摩化学工業のTAMAPURE AAグレードの酸を用いた逆王水のブランク値の推移.緑ひし形:市販のTAMAPURE AAグレードの塩酸,硝酸を使用,赤ひし形:市販のTAMAPURE AAグレードの塩酸とTAMAPURE AAグレードの硝酸をクリーンルーム内で蒸発させたものを使用.オレンジの点線は,Fig.3にも示した関東化学ELグレードの酸を用いたブランクの平均値を示す(1.6 pg).
Fig.2aに示されたTPBの平均値(11.7 pg, n=235)とFig.4に示されたSPBの平均値(1.52 pg,n=42)の間には明確な差がみられる.その差が何に起因するのかを確かめるため,SP法での分析前にサンプルの半量を取り分け,SPBと全く同じ分解試料でTPBの分析を行った.TAMAPUREの酸を用いて行った実験の結果を示したのが,Fig.5である.Fig.1に示すようにSPBは硝酸・塩酸の逆王水とSIMAX製のカリアスチューブからのブランクを示すのに対し,TPBはそれらにさらにOsの抽出・純化手順とそれらに用いる試薬のOsが加わる.実際にSPBと比べてTPBは必ず高い値を示しており,TPBのみで行われているOsの抽出・純化手順中にOsが混入していることが示唆される.
Plots of SPB and TPB with TAMAPURE AA grade reagents from the same digested solution. If there is no blank contribution from specific operation/reagents required only for TPB, they should plot on the 1:1 ideal line.
図5. TAMAPURE AAグレードの硝酸・塩酸を分解に用いたsparging法ブランク(SPB)とtotal procedural blank (TPB)の値.一つの分解試料をSPBとTPB用の二つに分けて,それぞれを分析し,対応するものをプロットした.TPBのみの手順や試薬中にブランクが存在しなければ,両者の間にはほとんど差が無く1:1の直線に載る.
では,実際にその量やその起源を特定できるのか? SPBとTPBの差は試料ごとに異なり,一定の差は見いだせない(Fig.5).試薬からのブランク混入が可能性としては最も高いと考えて,TPBにおいて使用する四塩化炭素の量,あるいは臭化水素酸の量を変化させて分析を試みたが,有意な変化は見いだせなかった.その他,使用する容器・器具の洗浄方法や材質等も変更して分析を行ったが,これらに対しても有意な違いは観察できなかった.そのためSPBとTPBとに差があるのは明白でありながら,その原因は長らくの間不明であった.
SPBの分析から,逆王水とカリアスチューブから一定量のOsが混入することがわかった.10mlの逆王水を使いOs 10pptの濃度の岩石試料1gを分解する場合,約1~2 pgものOsがブランクとして混入すると,10~20%のブランク補正が必要になるため,精度の良い分析値を得ることは難しい.3.2に示したようにSPBの中の大きなブランクの起源は硝酸であると考えられるため,まずは硝酸に由来するOsを減らすことを試みた.
硝酸はその化学式(HNO$_{3}$)が示す通り,非常に酸化力が強い酸である.Osは酸化的な環境では四酸化Os(OsO4)として存在し,常温でも気化しやすい性質を持つ.そのため,硝酸を加熱蒸発させさらに空気を送り込んでバブリングさせることで,SP法と同様Osの酸化蒸発を促進し硝酸中のOsを減らすことができる(後藤ほか,2012).これらの実験結果は,この後行った実験室のブランク対策を施す前に行った.
実験方法は,ガラスあるいはフタ付きのテフロンの容器にTAMAPURE硝酸を入れ,テフロンチューブによってAirガスを硝酸中で一晩バブリングさせた.また,N2 ガスをバブリングしつつホットプレート上で80℃から120℃に加熱する実験も行った.得られたバブリング硝酸を用いてSP法でOs量の測定を行った.得られた結果はTable 2に示す.Airガスバブリングでは予想したような成果は上がらず逆にOsが増えている結果となった.N2 ガスをバブリングしつつ加熱したものは,何もしていない試薬の平均値に比べ半分程度の値とOsを減らすことに成功した.通常Os分析を行っていない東京大学駒場キャンパスの実験室でもEL硝酸のAirガスバブリングを試みた.結果,何もしていないEL硝酸に比べて半分以下程度までOsを減らすことができた.このことはAirガスあるいは N2 ガスのバブリングは硝酸中のOsを減らすのに有効であることを示す.502号室でのAirガスバブリングが成功しなかった理由は,実験室内の空気環境が汚染されていたためであることが後に判明した.これについては5章に詳しく記す.
TAMAPURE Aqua Regia | EL* Aqua Regia | Air sparged HNO3 in 502 | Evaporated and N2 gas sparged HNO3 in 502 | Evaporated in CR | Air sparged EL* HNO3 in Komaba | |
---|---|---|---|---|---|---|
(pg) | (n=44) | (n=6) | (n=3) | (n=2) | (n=7) | (n=2) |
average | 1.5 | 1.6 | 2.4 | 0.76 | 0.57 | 0.65 |
MAX | 4.1 | 1.7 | 2.4 | 0.78 | 0.85 | 0.69 |
min | 0.5 | 1.5 | 2.4 | 0.74 | 0.36 | 0.61 |
この実験を場所を変え,深海総合研究棟1階のクリーンルームでも行った.この実験室ではこれまでOs抽出実験を行ったことは無く,実験室の試料由来のOsの影響を避けることができる.クリーンルームにはガスのラインが導入されていないことから,バブリングなしの蒸発のみを行った.結果として,蒸発を行っていない硝酸に比べて蒸発を行った硝酸はOs量が低く,硝酸の蒸発だけでも硝酸中のOsを少なくできることがわかった(Table 2).また,蒸発量が多いほどOs量が減っていることも明らかとなった.
Table 2に示すように,Airガスや N2 ガスのバブリングと蒸発の組み合わせや蒸発のみによって硝酸中のOsを減らすことができた.これらの実験結果からバブリング,蒸発ともに硝酸中のOsを減らすのに有効であることが示唆される.ただし,バブリングでは導入する気体にOsガスが混入しないよう注意する必要がある.また,蒸発は硝酸そのものを減らすため,不揮発性元素を濃縮させることになる.つまり,Os以外の白金族元素のブランクは蒸発硝酸では高くなる.加えて,蒸発させた側の回収を行っていないため酸の全体量が減り,コスト的にも高くつくことになる.したがって,実際にはOsに汚染されていないガスをバブリングさせつつ,硝酸をなるべく減らさない様に蒸発を行う方法が現実的であろう.
4.2 臭化水素酸(HBr)のOsブランク測定SPBとTPBの差はそれぞれ一定量ではなかったものの,TPBのみに用いるHBrからのOsの混入が疑われた.HBrは四塩化炭素からOsを逆抽出することができるほど,Osとの親和性が高い.そこで各社の試薬HBr中に含まれるOs量の測定を行った.
実験方法は,以下の通りである.まずHBr 8mlを簡易型閉鎖系蒸発装置にて小さめの1滴(30 $\mu l$)になるまで蒸発凝縮させる.これをスパイクと同時に逆王水とともにカリアスチューブ内に封じ入れた.加熱後,溶液の半分はSPB分析を行い,残りの半分は極力閉鎖系にてTPBの分析を行った.TPBの分析に使用した四塩化炭素は同じものを,HBrは最初に蒸発させたそれぞれのHBrを用いた.
分析結果をTable 3に示す.これまでTPBや試料の分析の際に使用してきた多摩化学工業のTAMAPURE AA-100 HBrのOs量は比較的低く,TPBへの影響は少ないことが明らかとなった.国内産のHBrのOs量は海外の試薬に比べて比較的低い.また,試薬によって 187Os/188Os 比が異なることが判明した.これは試料の種類に応じてHBrを変えることにより,ブランクのOs同位体比を操作できる可能性を示す.
a) | b) | ||||
---|---|---|---|---|---|
(pg) | SP | TPB | SP subtrascted averaged blank | TPB subtracted averaged blank | b) - a) |
STREM | 2.88 | 4.49 | 1.8 | 1.6 | |
Fulka | 1.64 | 4.12 | 0.55 | 1.3 | 0.72 |
Sigma-w | 1.28 | 3.23 | 0.19 | 0.37 | 0.18 |
MERCK | 2.26 | 4.48 | 1.2 | 1.6 | 0.46 |
Wako-1st grade | 1.30 | 2.59 | 0.21 | L | |
Kanto-special | 1.27 | 3.04 | 0.18 | 0.18 | |
Kanto-RoHS | 1.39 | 3.06 | 0.29 | 0.20 | |
Nakarai-special | 1.43 | 3.11 | 0.33 | 0.26 | |
TAMAPURE-old | 2.44 | 2.36 | 1.3 | L | |
TAMAPURE-new* | 1.35 | 2.04 | 0.26 | L | |
blank-1 | 1.12 | 3.35 | |||
blank-2 | 1.10 | 2.81 | |||
blank-3 | 1.06 | 2.90 | |||
average of blanks | 1.09 | 3.02 |
上記のように試薬の純化を行っていたものの,TPBの値はばらつくばかりで一向に下がる傾向を見せなかった.また,SPBとTPBの値には明らかに差がある(Fig.5)ものの,この差分のOsがどこから来るのかは長らく不明であった.差分のOsを探すためにあらゆる試薬や容器,質量分析に用いるフィラメント,果ては洗浄に用いる酸まで様々なTPB分析にかかわる要素の変更を試みたが,TPBの値に変化は見られなかった.
2013年5月に東京大学に導入された非沸騰型蒸留・試料濃縮装置(EvapocleanTM/CleanacidsTM,ANALAB)にて閉鎖系におけるHBr蒸発を行ったところ,近年見ることのなかった低いTPB(1.8 pg,1.9 pg)を得ることができ,高いTPBはHBrを蒸発中に周囲から取り込んだ可能性が高いことが判明した.そこで実験に使用するテフロンジャーをつなげるコネクタとテフロンコーティングアルミブロックを設計・作成した.これとラボで使用しているホットプレートを活用して簡易型閉鎖系蒸留装置を作成し,白金族元素ラボで閉鎖系のHBr蒸発を用いたTPB分析を行った.その結果がFig.2で赤丸として示されている値である.これまでのTPBの平均値に比べ,明らかに低い値を得ることができた.
そこで,実際にHBrがどの程度環境中のOsを取り込むのかを調べた.実験方法は,5mlのHBrを白金族元素ラボに設置されている蒸発乾固ボックス1台(502EC),クリーンドラフト2台(502CD-1, 2),ドラフト1台(502D)の中に1週間ふたを開けた状態で置き,その後簡易型閉鎖系蒸留装置で蒸発させて通常のTPBと同様にスパイクを添加し,分解・分析を行った(Fig.6).比較対象のために同じ5mlのHBrをテフロンジャー内にふたを閉めて保管,同様に分析を行ったものがHBrと記したものであり,スパイクと逆王水のみをいれたものがBlankである.まずは簡便なSP法による分析を行った.Blankおよび非解放HBr試料ではスパイクの添加を示す 190Os のカウント数が卓越するのに対し,解放実験を行ったHBr試料は,驚くべきことにすべて添加した 190Os のスパイクが観察できないほどの天然の同位体比のOsカウントが得られた.これはHBrが周囲の環境中のOsを取り込んだことを意味する.また,SP法による分析において,たいていの場合にはOsの定量が可能であるが,すべての解放HBr試料はほぼ天然のOs同位体比を示したため,これらの中に含まれるOs量の計算は不可能であった.これらのTPB測定結果がFig.6である.Blankや非解放HBr試料に比べて,解放HBr試料は非常に高いOs量を持つことが明らかとなった.
Os amounts of HBr measured as SPB. Blanks are measured with inverse aqua regia and spikes in a carius tube. HBr and 502 samples used 5ml of HBr into carius tubes with inverse aqua regia and spikes. For 502 samples, 5ml of HBr in an open beaker placed in each draft to collect environmental Os at room 502 for a week. For HBr sample, 5ml of HBr was in a closed beaker at 502 for a week. Details are in the text.
図6. sparging法により分析した502号室の各所に観察されたOsブランク.Blank-1,-2は逆王水とスパイクのみをカリアスチューブ分解,HBrは5mlのHBrを30 $\mu l$以下になるまで閉鎖系で蒸発させた後,逆王水、スパイクとともにカリアスチューブに封じ加熱分解を行った.502の各試料は,502号室内各所にHBr 5 mlを1週間ふたを開けて置き,周囲の環境中のOsを回収した後に30 $\mu l$以下になるまで閉鎖系で蒸発させ,同様にカリアスチューブ分解を行った.502ECは乾固ボックス内,502CD-1,-2は2台のクリーンドラフト内,502Dは入り口脇ドラフト内.詳細は本文を参照.
この結果から重大な事実が判明した.それは,白金族元素ラボ外からのOs混入の可能性である.これまでは白金族元素ラボ内で取り扱う試料のクロスコンタミネーションと試薬からの混入を源としたOsブランクを想定していた.試薬からのOsは4章に示すように可能な限り小さくし,また,試薬や使用する器具からのOsの混入があれば,それはBlank試料にも反映されるはずである.試料のクロスコンタミネーションの場合,取り扱う試料には必ず試料の濃度に対応した量のスパイクを添加するため,天然の 190Os/192Os 同位体比が観察されるとは考えにくい.つまり,今回観察された解放HBrの同位体組成は天然の大きなOsブランク源が存在することを意味している.また,これまで分析されたTPBの 187Os/188Os が硝酸由来のOsブランクが増加した時以外大きな変動がないことも,試料のクロスコンタミネーションの可能性が低いことを示す.
白金族元素ラボは当機構横須賀本部の中でも東端に位置する深海総合研究棟5階に存在する.ラボ内の空気は主に白金族元素ラボ専用の通風孔と建物全体の換気孔そして,ドラフトで常時強力に排気を行っているために廊下からも取り入れられ,主にドラフトと換気扇を使って排気されている.Osという非常に用途が限定され高価な元素を工業用資材やフィルターなどの濾材で使用することは考えにくい.が,深海棟5階には走査型電子顕微鏡(SEM)が設置されており,生物系の実験観察に主に利用されている.生物系試料のSEM観察には通常Osを蒸着剤として使用する.実際に同じ階の514号室にてオスミウムコータという蒸着装置を用い OsO4 を使って試料のコーティングを行っていること,また有害な OsO4 を含んだ蒸着器内の空気は活性炭フィルターを通じて室内へ排気していることが明らかになった.また,同じく5階の511号室では生物試料観察のためにドラフト内でOsを溶液で取り扱っていることが判明した.
OsO4 は非常に揮発性が高く,沸点より低い室温程度の温度であっても昇華しやすいため,拡散が速いと考えられる.OsO4 の拡散があるかを調べるために,オスミウムコータ使用時に隣にHBr溶液を置きどの程度Osがトラップされるかを調べる実験を,およびオスミウムコータ使用前に514号室ドラフト内,廊下と502号室ドラフト内にHBrを設置してOsをトラップする実験を行った.具体的には各5mlのHBrをテフロンジャーに入れふたを外し,514号室ドラフト内,廊下(Hall),502号室ドラフト内では1週間Osを集めた.また,514(Os coater)で示したオスミウムコータ実験中の試料は,オスミウムコータ使用時にオスミウムコータ横に1時間程度HBr入りのテフロンジャーをふたをせずに置いてOsを集めた.これらのHBrを先の開放実験と同様に分解・SP法による分析を行った.その結果をFig.7に示す.514 (Os coater)で示したオスミウムコータ実験中の試料とそれ以外の時期の514号室ドラフト内試料のどちらにおいてもOs量は非常に大きく,またスパイクを加えているにもかかわらず天然の同位体比に近い値を示しており,明らかに OsO4 をトラップしていることが判明した.また,オスミウムコータを使用していない時期に設置していた廊下や502号室の試料においてもブランクHBr試料に比べて明らかにOsブランク量が高く,廊下にもOsが漏れ出している可能性が高い.Fig.7で用いている縦軸横軸のOs同位体比はどちらもスパイクと天然のミキシングを示す.このミキシングライン上に,ほとんどスパイクのOs同位体比を反映していると考えられるAqua regiaからHBr,Hall,502号室ドラフト内,514号室ドラフト内,514 (Os coater)とOsの存在量が増えていることが示された.Hallよりも514号室からの距離がある502号室内でのOs量が多い理由としては,当初502号室ではドラフトの引きが強かったために部屋全体が陰圧気味となり,廊下から大量に空気を引き込んでいたためではないかと考えられる.
Os blanks in 502, 514, and hall between 502 and 514. The line shows a mixing trend between the 514 blanks and blank aqua regia. To collect environmental Os, 5 ml of HBr in open beakers were placed each room and were measured by SP method. In 514, there is an osmium coater and Os was sampled during just usage of the osmium coater (about an hour) and a week without usage of the osmium coater. The hall is placed between the room 514 and 502 and Os was collected with the same method for a week. See the details in the text.
図7. 502号室,廊下(Hall),514号室の各所で採取されたOsの 189Os/190Os 同位体比と 192Os/190Os 同位体比.Fig.6と同様に5mlのHBrをそれぞれの室内各所に1週間程度置いてOsを回収したのちに30$\mu\ell$以下まで閉鎖系で蒸発させた後,スパイクとともにカリアスチューブ分解を行い,SP法で分析した.514号室の試料はオスミウムコータ使用時(約1時間程度)のものと使用前1週間514号室に設置したものである.廊下は502号室と514号室の間に位置しており,オスミウムコータ使用前の1週間HBrを設置した.詳細は本文を参照.
オスミウムコータの存在が判明してから,白金族元素ラボでは下記に示すようないくつかの対策を取った.一つは,深海総合研究棟管理室と施設課に相談し,白金族元素ラボ全体の空気圧を廊下と同程度~多少高めの状態にした.これによって廊下からの空気が入りにくくなり,Osの混入を避けることができる.次に,床・壁を含めた実験室内の徹底的な清掃を行った.これにより付着したOsを除去することが期待される.加えて,実験室内で使用するすべての送風装置(クリーンドラフト・クリーンベンチ,簡易型クリーンユニット等)に活性炭プレフィルターを設置した.これらの対策がどの程度の効果を表したのかのそれぞれの定量評価は困難であるが(Table 4),これらの対策を施したのちに測定したTPBは,閉鎖型蒸留装置を使用せずに解放系でHBrの蒸発を行ったにもかかわらず,1.3 pgと1.0 pgであり,実験室内のブランクOs量が減ったことを意味している.
What doing | results | |
Purification of each reagents | Air sparged HNO3 at 502 | Blank increased |
N2 gas sparged HNO3 and evaporation at 502 | Blank ~1/2 | |
HNO3 evaporation at clean room | Blank 1/3~1/2 | |
HBr sub-boiling | Unclear | |
Closed system | HBr evaporation | Blank ~1/2 |
Increased air pressure at 502 | Unclear | |
Exchange of filters | Unclear |
正当なOsのブランク量を評価するために,試薬中及び実験操作中のOsブランク簡易測定法を用いてOsブランクの起源を求め,その軽減を行った.ICP-QMSで分析を行うOsスパージング法を用いることにより,試薬それぞれの持つOs量を定量することが可能となった.試薬中のOsは主に硝酸から由来することが判明し,硝酸の蒸発で硝酸中のOs量をこれまでの1/3程度にまで減らすことに成功した.もっとも高いOs量を持つと考えられた臭化水素酸は,国内産の試薬であればOs量は多くないため,それほど大きな影響を与えないことが明らかになった.オスミウムコータ由来であろうOsが502号室の環境を汚染していたことが明らかになり,おそらくこれがTPBを高くかつばらつかせる原因であったと考えられる.TPBは,試薬の純化,蒸発時には閉鎖系を利用する,活性炭フィルターの利用,室内圧を高くする等の対策により,1 pgを切るまでに低くすることが可能となった.この結果,今後濃度が低いために分析が困難であった火山岩や鉱物試料あるいは堆積岩など様々な種類の試料に対してOs同位体比分析が可能となった.
IFREEの鈴木勝彦TL,黒田潤一郎博士,野崎達生博士,東京工業大学の澤木佑介博士には日常的にOs分析やブランクに対する議論や示唆をいただいた.MWJの植松勝之氏,Biogeosの丸山正PD,土屋正史博士には,オスミウムコータの説明,サンプルの採取や514号室からのOs流出量低下等にご協力いただいた.IFREEの木村純一TLには,オスミウムコータの存在の可能性ほか様々な実験に対するクリティカルな助言をいただいた.高澤栄一氏,若木重行氏には本稿を読んでいただき,非常に有用なコメントをいただいた.当機構施設課及び深海総合研究棟管理室のみなさまには実験室の空気圧の変更の際などにお世話になった.白金族元素ラボと深海棟1Fクリーンルームでは,大槻由香理氏,山本秀雄氏,千秋早苗氏,中村よう子氏のおかげでスムーズに実験作業を行うことができた.ここに記して感謝いたします.