JAMSTEC Report of Research and Development
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Report
An observational study of ocean currents and an eddy in the Arctic Ocean using drifting buoys with drogues at selected depth:
trial experiments during R/V Mirai Arctic cruise in 2013
Yusuke KawaguchiShigeto Nishino
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2014 Volume 18 Pages 29-39

Details
Abstract

「みらい」北極海航海MR13-06において,海洋の流速を捉える漂流ブイ観測を実施した.この観測では,おもに北極海のカナダ海盆とチャクチ陸棚域における流速場の調査を行った.カナダ海盆域では,XCTDとADCPを用いた事前調査において西向きジェット流とそれに捕捉された傾圧渦の構造を発見し,それらの挙動を明らかにするべくブイを用いた追跡調査を行った.この観測から,ボーフォート循環南端のジェット流は陸棚斜面に近い流路を取り,従来考えられていたノースウィンド海嶺を北上するルートではなく,海嶺を横断し陸棚水を西に運搬するという新たなルートの存在を明らかにした.渦に投下したブイの軌道からは,直径約40 kmの渦が時計回りに回転しながら海盆内を西方に移動する様子が捉えられた.ブイの位置情報に基づき約20日後に渦の再調査を行った結果,渦の亜表層では水温が1℃以上も上昇していることが確認された.チャクチ陸棚上の定点観測では,ドローグを15 mと40 m深に設定し,鉛直二層構造の海洋流速を捉える観測を行った.この観測によって,慣性振動や吹送流によるシア流の影響を捉えることができた.また,「みらい」を用いて同じ海水の再調査観測を実施することで,水塊のラグランジェ的な変質過程についても調査を行った.

1. はじめに

近年,北極海の夏期の海氷面積は,地球温暖化に関係し急激な減少トレンドを示し,世界的な注目を集めている.2012年の夏は,2007年以来5年ぶりに9月の海氷面積が最小を記録した.海氷減少がもっとも顕著に現れたのは,太平洋側に位置する西部北極海と呼ばれる海域である.この海域では,太平洋からの温暖な海水が流入することで,海氷融解の促進や結氷量の減少・遅延が引き起こされている(Shimada et al., 2006; Itoh et al., 2013).この太平洋水の海盆域への流入や海盆内部での輸送過程についてはいまだ不明な点が多く,それらを定量的に把握することは北極海での海氷減少を理解するうえで喫緊の課題と言える.

北極海の太平洋側に位置するカナダ海盆域には,ボーフォート循環と呼ばれる高気圧性の海洋循環が存在する(Fig.1).この循環は,バロー渓谷より流入する温暖な太平洋水を北極海の中央部(バローに対して西側)に移送する役割を果たしているが,近年の温暖化に関係してその流速が急速な強化傾向にあることが報告されている(McPhee, 2013; Nishino et al., 2011a).これは,北極海の夏期の海氷減少に伴う融氷水の増加,および,海盆域へ流入する河川水が増加したためと言われている(Proshutinsky et al., 2009; Yamamoto-Kawai et al., 2008).

Fig. 1.

Entire study domain of buoy drifting observation during MR13-06. Symbols × mark deployment positions of SVP5130, 8130, 9130, 7120, where every buoy was deployed on September 7, 2013. ☆ indicates deployment position of SVP3130 and SVP0500, during the stationary observation campaign in the Chukchi Sea. Shaded region in blue and white display sea ice concentration on September 23, 2013.

図1. 西部北極海におけるブイの設置位置.×はSVP5130, 8130, 7120, 9130の投下位置(2013年9月7日).☆はチャクチ定点観測時におけるブイの投下位置(2013年9月17日).チャクチ定点観測では,SVP3130とSVP0500がほぼ同じ地点にて投下された.a等値線は海底水深を示す.陰影の領域は2013年9月23日の海氷密接度を示す.

2010年9-10月の研究船「みらい」による北極海航海(MR10-05)では,カナダ海盆南西部の陸棚斜面上において,太平洋水を包含する著大な暖水渦を発見し,その集中観測を実施した(Kawaguchi et al., 2012Nishino et al., 2011b).この集中観測によって,暖水渦がボーフォート循環南端のジェット流より高温で富栄養な太平洋水の供給を受けていることがわかった.その貯熱量は概算で4 × 1012 MJ(厚さ1 mの海氷をおよそ12000 km2融解させる熱量)に相当する.しかし,2010年の観測は,約2日間の短期的な集中観測であったため,ジェットや渦がどのような経路上を移動し,熱や栄養塩を北極海内部にどのように輸送・分配しているかは明らかでない.

一般に,表層近くの流れ場に関する研究は,人工衛星による海面高度計の情報がしばしば用いられる(例:Ueno et al., 2009).しかしながら,北半球高緯度に位置する北極海(北緯72度以北)においては,人工衛星の軌道の問題で海面高度計のデータが利用できない.つまり,ボーフォート循環など,表層流の水平的な循環の描像やその変動の情報を得るためには,流速場や海洋構造のデータを現場で取得する必要がある.

そこで,本研究では,2013年の「みらい」北極海航海(MR13-06)において,複数台の漂流ブイ(surface velocity profiler; SVP)を用いて,カナダ海盆を西向きに流れるジェット流とその近傍の中規模渦についての海洋物理観測を行った.本調査は2015年に予定されている「みらい」北極海航海での本格的な(化学成分や生物の採取を含む)渦観測の方法を確立する上でも,重要な先行実験となる.

また,本航海では,2013年9月10日から9月26日にかけて,チャクチ陸棚上において2週間の定点観測を実施した.チャクチ海は太平洋側北極海の入り口に位置する陸棚域で,北極海の中でも1980年代以降もっとも海氷減少の影響を受けた海域といえる(例,Rainville and Woodgate, 2009).現在,この海域において6-10月の期間に海氷は高い確率で消失している.我々は,夏から秋にかけてこの陸棚域で海洋がどのような物理過程によって冷却を受け,海氷形成に至るかについて興味を持ち,海洋と大気の集中的な同時観測を行った(Fig.1☆).この集中観測において,陸棚上の流速場を調査し,特定の海水をラグランジェ的に追跡する目的で前述の漂流ブイが利用された.本稿ではその観測結果についても報告する.

2. 観測手法

2.1 表層漂流ブイSVPについて

海洋地球研究船「みらい」による北極海航海MR13-06(Nishino, 2013)において,北極海の開放水面域にて合計6台の漂流ブイ(株式会社ゼニライト製ブイ)を設置した.今回用いたブイは,イリジウム通信により位置情報を取得し(誤差半径は約15 m),海面のGPS送受信機とholey-sock型の円柱状のドローグ(直径約1 m,高さ1.7 m)がロープで連結した構造になっている(小森,2011)(Photo. 1).このドローグを利用することで,海上風の直接的なドラッグによる海面GPSセンサースリップの影響を軽減し,注目する深度の流速を捉えることができる(Niiler et al., 1995; 松野ら,2006).本製品の海水流動への追従性に関しては有明海での検証実験によってその性能が実証されている(有明地域振興対策研究開発事業,2002).今回用いたブイの漂流速度における誤差範囲は,風速が10 m s-1 以下の環境下で10%程度と考えられる.今回の航海では,海面のGPS通信器からドローグまでの距離を目的に合わせて調節し観測を行った.ブイの投下は,船速が3-5ノットの状態で船尾側の係船甲板から実施した.投下後の位置情報の取得は1時間毎に行った.

Photo. 1.

A set of drifting buoy system. GPS transmission unit and surface floating drifter drift near water surface, while a holey-sock drogue stays and goes at deeper depth as configured. In the photo, a drogue is folded into layers. Rope length between surface floating unit and mid-depth drogue is adjustable so that current velocity at desired depth can be acquired.

写真. 1. 観測に用いた漂流ブイの構成図.GPS通信器(右)と浮体(中)は海面付近にて漂流し,ドローグ(左)は設定深度まで沈降する.写真のドローグは折り畳まれた状態にある.ドローグと浮体間のロープ長を調整することで希望する深度の流速を取得することができる.

2.2 観測プログラム

2.2.1 カナダ海盆におけるSVP設置とその後の追跡

アラスカ沿岸のバロー渓谷からカナダ海盆の沖合いにかけて,約5海里(9 km)毎に合計4台のSVPを設置した(Fig.1).ブイの設置は,海氷縁がほぼ最北に後退した2013年9月7日に実施し,その後,結氷が開始し氷縁が再び南下する10月初旬まで追跡を続けた.ブイの設置位置周辺の海洋構造を把握するために, 2013年9月5日に船底ADCPとXCTDを用いた事前調査を実施した(Fig.2).ブイの設置は,西向きジェット流の流軸と渦の中心付近に投入した(陸棚から沖合いに向けてSVP9130, 7120, 8130, 51301).陸棚に近い3台のブイ(SVP9130, 7120, 8130)はいずれも50 mの深度にドローグが設置され,もっとも沖に投下されたSVP5130は20 mの深度にドローグが設置された.また9月29日には,SVP8130が示す高気圧性回転の渦付近に移動し,渦を十字に切るXCTDと船底ADCPの断面観測を実施した(Fig.3).この観測では,渦中心に対して南東から北西にかけて約18海里(33 km)を横断し(Line1),それにひき続き,北東から南西にかけて約20海里(37 km)(Line2)の断面観測を行った.

1SVP5130に関しては,渦や主要な海流に捕捉されることなく,表層の吹送流によって移送される傾向にあった(Fig.4参照).このブイは常時氷縁近くに位置していたため,「みらい」での接近が難しく,周辺の海洋構造や流速場に関する詳しい再調査を実施することはなかった.

Fig. 2.

Vertical section of temperature [℃] and eastward current velocity [m s-1], along which SVPs were deployed on September 7, 2013. At top of each panel, inversed triangles indicates positions where SVPs were deployed, and their identification numbers are represented at top of upper panel. Salinity is contoured in black on each panel. Drogues were set at depths of ×.

図2. カナダ海盆におけるブイ設置ラインの水温[℃](上)と東西流速[m s-1](下).等値線は塩分を示し,流速は西向きを負とする.横軸は陸棚縁から沖合にかけての距離を示す.×はドローグの設置深度を示す.図上部の数字と▼は各SVPの設置位置を示す.

Fig. 3.

Observation lines for XCTD and shipboard-ADCP on September 29, 2013, during detailed survey on the warm eddy. Color indicates temperature on isohaline surface of S = 31.6 PSU. Blue dots are positions that XCTDs were deployed at. During this survey, SVP8130 was located at position marked by ☆.

図3. 暖水渦の観測測線(9月29日).渦中心に対し南東から北西にLine 1を通過後,北東から南西にむけLine 2を横断.図の色は塩分が31.6 PSUの等塩分面における水温.青い点はXCTDの観測地点を示す.☆は再調査時におけるSVP8130のおおよその位置を示す.

2.2.2 チャクチ海の定点観測プロジェクトにおけるSVPの展開

MR13-06では,9月10-26日の期間に,チャクチ陸棚域の定点(北緯72.75°, 西経168.25° )(Fig.1の☆周辺)において気象,海洋物理,海洋化学,海洋生物学の相互作用を調査するオイラー的な集中観測を行った.当陸棚域において,水温・塩分の鉛直構造は明瞭な二層系の構造であった(上層が高温・低塩,下層が低温・高塩)(Weingartner et al., 2005)ので,海洋の上・下層の流速を推測するために2台のSVPをFig.1の☆に設置した(9月17日).この観測ではドローグの設置水深を15 mと40 mに設定した(それぞれSVP3130とSVP0500).また,定点観測の終了直後の9月26日には,上・下層のSVPが示す地点まで船を移動させ,CTDを用いた水塊の再調査観測を実施した.

3. 観測結果

3.1 カナダ海盆域でのSVP観測

カナダ海盆で実施したSVPによる渦・ジェット流の追跡実験と渦の再調査観測の結果について報告する.

3.1.1 事前調査の結果

XCTDによる事前調査の結果,陸棚から沖合にかけての水温・塩分は,日射加熱を受けた表層の低塩分層(水温 > 3℃, 塩分 < 30 PSU),結氷点に近い低水温層(水温<-1.5℃, 塩分~33.5 PSU),高温・高塩分な大西洋水層(水温> 0℃, 塩分 > 34.5 PSU)が鉛直的に折り重なる構造であった(Fig.2).船底ADCPの観測から,陸棚-沖合断面において,表層付近で流速が最大(20-30 cm s-1)となる西向きの流れが観測された(Fig.2の30-60 km付近).ここでは,低水温層の塩分面(32.8 PSU)が沖向きに傾斜しており,それが西向きの地衡流を駆動したと考えられる(Kawaguchi et al., 2012参照).

この断面観測から示唆されるもうひとつの特徴は,約80 km地点(Fig.2)において東西流速が西から東向きに逆転し,低水温層の塩分面(32.4 PSU)の傾斜が沖にむかってせり上がる構造を取ることである(Fig.2).この地点において,表層水は周囲よりも低温であり,亜表層(塩分が約31.2 PSU)には水温極大(水温 > 0.5℃)が存在する.この渦の水温・塩分分布は,2010年10月にMR10-05で観測された暖水渦(MO-eddy)と類似した構造である.亜表層の水温極大と下層の低水温層の間に位置する密度成層は,鉛直的に引き伸ばされた構造をしており,ポテンシャル渦度が周囲よりも低いのが特徴である.

3.1.2 SVPによるジェット軌道の追跡

沖合い45-60 km地点に設置されたSVP9130とSVP7120は(Fig.2), 沖合から陸棚斜面まで約100 kmの道程を西向きジェット流に運ばれて4-5日間で移動した(Fig.4左).その後,陸棚の地形に従って北西方向に移動し,ノースウィンド海嶺東の渓谷付近で半時計回りに迂回する軌道を示した.2つのブイは,その後,ノースウィンド海嶺の南端を西方に横切り,チャクチボーダーランド海域に進入する経路を示した(Fig.4左).

Fig. 4.

Drifting tracks of SVP buoys that were deployed in the Canada Basin on September 7, 2013: tracks of SVP7120 and SVP9130 are plotted in left panel, and those of SVP8130 and SVP5130 are in right panel. Buoys were deployed at each position marked by ×. Blue-white color displays sea ice concentration on September 23, 2013. Color pattern on buoy tracks indicates buoy drifting distance that buoys travelled for every other day.

図4. カナダ海盆域におけるSVPの軌跡図.SVP7120とSVP9130によるジェット流の追跡(左),SVP8130による渦の追跡(右).SVP7120, 9130, 8130は50 mの深度に,SVP5130は20 mの深度にドローグが設置された.色の反転は1日の移動距離を意味する.×は各ブイの設置位置を示す.陰影の領域は2013年9月23日の海氷密接度を示す.

これまで,ボーフォート循環の西向きの流れはノースウインド海嶺に沿って北進すると考えられてきたが(例:Sumata et al., 2007),今回のブイの軌跡から新たにノースウインド海嶺を横切る流れの存在が明らかになった.これは,太平洋水の熱エネルギーが北極海の海盆内部で西方に輸送される可能性を示唆している.ちなみに,2013年10月の人口衛星による画像から,西向きジェットの流入があったチャクチボーダーランド南部においては,周囲よりも1週間程度遅れた氷縁の進行が観測されている.つまり,太平洋起源の熱が当海域における結氷の遅延に直結したと考えられる.

3.1.3 SVPによる渦の追跡と「みらい」による再調査

SVP8130の軌跡によると,今回の渦は事前のXCTD観測からも予想された通り高気圧性の回転運動を示した(Fig.4右).SVP8130の挙動から,この渦が陸棚方向のジェット流の流軸付近に移動し,そこから平均流によって北西方向に輸送された様子が確認できる.また,ブイの回転軌道から,渦のサイズが直径にして最低でも30 km以上あることが推測される.SVP8130は約2-3日にひと回りの速度で回転しており,後に述べる,チャクチ陸棚上で観測されたブイの回転運動(近慣性周期)とは明らかに異なる機構と言える(3.2.参照).

水深50 mにおける船底ADCPの流速場をブイの軌跡と比較すると,ブイがおおよそADCPの示す方向に移動してきたことが分かる(Fig.5).これは,50 m深度に設置したドローグが現場の流動特性を正確に反映した結果とも言える.

Fig. 5.

Horizontal current velocity by shipboard ADCP, averaged between 40 m and 60 m in depth, during detailed survey of warm eddy on September 29, 2013. Color dots indicate a drifting track of SVP8130. Contour lines indicate bathymetric depth. Color indicates day of September in 2013.

図5. 船底ADCPによる水深40-60 mの水平流速(2013年9月29日)とSVP8130の軌跡.色は2013年9月の日付を示す.

2013年9月29日に「みらい」はSVP8130近傍に移動し,船底ADCPとXCTDによる渦周辺の再調査観測を実施した(Fig.6).この調査の結果, 渦内部の亜表層に存在していた水温極大層(塩分が約31.5 PSU)の水温が,初期調査時(Fig.2)に比べて1℃近くも上昇していることがわかった.Line 2でのADCP断面からは,渦の南西部分において流速が50cm s-1を超えるジェット流の存在が確認でき,渦がジェット流から多量の熱供給を受けながら移動していた事実が伺える.

Fig. 6.

Vertical sections of temperature [℃] and current velocity [m s-1], along Line 1 and Line 2 on September 29, 2013. Salinity is contoured in black on each panel. In velocity plot, for Line 1 and Line 2, eastward and northward components are plotted, respectively.

図6. 暖水渦の再調査観測の結果(9月29日): 左がLine 1,右がLine 2の断面(Fig. 3参照).上図は水温,下図は流速,等値線は塩分を示す.Line 1の流速は東西成分を,Line 2の流速は南北流速を示す(それぞれ東向き,北向きが正).

初期調査から再調査までの期間に渦がジェット流から供給された熱量を概算で見積もると,おおよそ2.2×1012 MJとなる.ここでは,水温極大層を高さ50 m,半径10 kmの双円錐であると想定し,その内部で平均1℃の水温上昇があったと仮定した.この熱は厚さ1 mの海氷を面積にして約7.1×103 km2 融解させる熱量に相当する.

3.2 チャクチ海の定点観測におけるSVPの挙動について

次に,チャクチ陸棚域の定点観測プロジェクトで行ったブイ観測の結果について報告する.

3.2.1 SVPによる陸棚上の流速調査

ブイより得られた流速場は,2週間のチャクチ定点観測を通して下層よりも上層で大きな値を示した(Fig.7; Fig.8).また上・下層の流速は,ともに約半日の周期で規則的に変動していた(Fig.8).これは,この海域(北緯72.5度)の慣性周期(12.5時間)に近い振動数である(Fig.9).各流速成分における位相を比較すると,東西流速成分が南北流速に対して約1/4位相先攻するというケースが多く見られた.これは,北半球における時計回りの回転運動を示しており,当陸棚域で慣性振動が支配的であったことを示唆している.

Fig. 7.

Drifting tracks for SVP3130 (left) and SVP0500 (right) during the Chukchi Sea stationary observation program, where drogues were deployed at 15 m and 40 m depths, respectively. Deployment of both buoys were conducted at ☆ on September 17, 2013, and the same water masses were reinvestigated on September 26 at ★. Contour lines indicate bathymetric depth. Color indicates day of September in 2013.

図7. チャクチ海陸棚の観測点付近でのブイの軌跡:SVP3130(左)とSVP0500(右).ドローグの設置深度はそれぞれ15 mと40 m.☆はブイの投下地点(9月17日),★は水塊の再調査地点(9月26日)を示す.各図の等値線は海底水深を,左図の点線はロシアの排他的経済水域の境界を示す.×は参考資料の取得のための観測実施地点を示す.

Fig. 8.

Time series of surface wind (top) and current velocities at 15 m and 40 m in depth (middle and bottom panels, respectively), which were collected during the Chukchi Sea stationary observation program. For wind velocity, thick and thin curves denote 1-min and 60-min running averages, respectively, while for ocean current, solid and dotted curves denote raw and 6-hr running average. Velocity components are colored in blue and green for east-west and north-south directions, respectively, where eastward and northward directions are positive.

図8. チャクチ海の集中観測における風速と流速の時系列:海上の風速(上),海洋流速(水深15 m:中図, 40 m:下図).風速は1分平均(細線)と60分平均(太線),流速は1時間の生データ(点線)と6時間の移動平均(太線)を示す.青は東西成分(東向きが正),緑が南北成分(北向きが正).時間はユリウス日(260-268は9月17-24日に相当).

Fig. 9.

Power spectrum density for ocean currents at 15 m (solid) and 40 m (dashed) in depth, which are respectively estimated from SVP3130 and SVP0500 GPS data. Horizontal axis represents a frequency of current velocity with the unit of cycle per hour (CPH). Vertical dashed lines indicate frequencies based on the inertial oscillation frequency, f.

図9. ブイの軌跡から計算した流速(15 mと40 m)のスペクトル密度.振動数fは観測緯度帯(北緯72.8°)での慣性周期を示す.

チャクチ陸棚域は,9月19日前後,海氷上の高気圧とアラスカ付近の低気圧による圧力差によって強風の影響下にあった.このとき,海洋上層に設置したSVPは西南西の方向に約15 cm s-1 の速さで移動した(Fig.7).これは,風速の10%ほどの大きさに相当し,海上風の方向に対して30° ほど右に逸れた漂流であった.これ以外にも,10 m s-1 以上の風速の海上風が卓越する場合,ブイが海上風に対して右向き(約25-40°)に漂流するケースが見られた.これらのことから,水深15 mに設置したブイは海上風によるエクマン吹送流とともに移動する傾向にあったと考えられる.

3.2.2 SVPによる水塊追跡と再調査観測

2013年9月26日,われわれは定点観測点(☆)での全ての観測項目を終了し,SVP3130とSVP0500の示す位置まで移動して水塊の再調査観測を実施した(Fig.10).調査の結果,下層の海水(SVP0500)は躍層直下の水深30-40 mで高温・低塩化の傾向を示した.一方,上層の海水(SVP3130)は表層5 mが,海盆域から移流してきたと思われる低温・低塩分な融氷水によって覆われていた.元の海水が比較的多く含まれると考えられる上層の基底部分の海水においては,0.2 PSU程度の高塩分化,および,約1℃の低温化の傾向が見られた.

Fig. 10.

Comparison of water properties between September 17 (collected at ☆ in Fig. 7) and 26 (at ★ in Fig. 7) in 2013, labeled in panels as initial and end, respectively. Vertical profiles for temperature and salinity are plotted in left and middle panels, respectively. In right panel, T-S relations are plotted over isopycnal contours, where color indicates depth that the data were acquired at.

図10. 9月17日(Fig. 7☆;initial)と9月26日(Fig. 7★; end)の海水特性の比較:塩分(左)と水温(中),T-Sダイアグラム(右).上図はSVP3130(15 m),下図はSVP0500(40 m)における初期値との比較を示す.TS図中のカラーは水深を示す.

混合層の深度に関しては,9月17日に約20-25 mであった層厚は,9月26日時点において,SVP3130の地点で約35 mに(表層の融氷水の影響を除く),SVP0500の地点で約28 mにまで深くなっていた.

上・下層の流速差の代表値としてRoot Mean Square(RMS),$\sqrt {\left( \mathrm{u}_{\mathrm{1}}\mathrm{-}\mathrm{u}_{\mathrm{2}} \right)^{\mathrm{2}}\mathrm{+}\left( \mathrm{v}_{\mathrm{1}}\mathrm{-}\mathrm{v}_{\mathrm{2}} \right)^{\mathrm{2}}} $, を計算すると(u, vは東西南北の流速成分で,下付き数字1, 2はそれぞれ上・下層を意味する),9月17日から25日までの平均がRMS = 0.14 m s-1であった.ここで密度躍層の鉛直幅を8 mとしてリチャードソン数(Ri = バイサラ振動数2/鉛直流速シア2)を計算すると,期間を通した平均が Ri=3.5,1日平均ではRi$\mathrm{\ll }$1となるケースがたびたび観測された.多くの先行研究から,Riが1/4を下回るときに乱流混合が成長・発達し密度成層を減退させると言われており,チャクチ陸棚域においても上下層の流速差が混合層の深さや水塊の鉛直構造を変化させた可能性が考えられる.

4. 最後に

本航海では,海氷が後退した西部北極海において漂流ブイを用いた海洋物理観測を行った.カナダ海盆域で実施した観測の結果から,ジェット流が陸棚斜面を地形沿いに進み,ノースウィンド海嶺を西方に横切りチャクチボーダーランド海域に進入するルートが示された.また,高気圧性の傾圧渦がボーフォート循環のジェット近傍に位置し,ジェット流に流されながら多量の熱の供給を受けていることが明らかになった.2015年に予定されている「みらい」北極海航海では,カナダ海盆域においてより本格的な渦観測が計画されている.今回の航海で得られた知見は,2015年の観測時に重要な参考資料となると考える.

チャクチ陸棚域における集中観測では,表層ブイが各層の海洋流速場の取得,および,ラグランジェ的な水塊追跡という目的で設置された.流速場は,上下層ともに慣性振動に近い周期で振動し,時計回りの回転運動によって支配されていた.その流速の絶対値は上下層間で平均10 cm s-1以上もの違いが生じていた.水塊の再調査観測からは,海洋混合層の深化や水塊特性の変質が観測された.特に,密度躍層周辺の海水変質は上下層の流速差による乱流混合が関係していると考えられる.ここでの漂流ブイ観測は2014年に予定されている「みらい」北極海航海での定点観測点において漂流ブイの使用が定点付近の流れ場を把握するのに有効であることを示している.

今後の課題としては以下の点が挙げられる.今回の観測のように,特定の海水をGPS装置を利用して追跡し,後に再調査を行う手法では,水塊が経験する変質の途中過程の情報が欠落してしまう.海水の変質過程をより具体的に理解するためには,海水とともに移動しながら連続的にプロファイルを取得するセンサーの利用が必要となる.

謝辞

本稿で示した観測結果は,研究船「みらい」の船長,乗組員,マリンワークジャパン,グローバルオーシャンデベロップメントの観測支援員の協力のもと取得することができました.心よりお礼申し上げます.本稿は,匿名の2名の査読者からの助言により大幅な改善がなされた.御礼申し上げます.

参考文献
 
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