2014 Volume 18 Pages 81-88
海洋研究開発機構は,保有する生物関連情報を統合的に公開するために Biological Information System for Marine Life(BISMaL)を構築し,2009年より公開を開始した.BISMaLが扱う情報のうち,海洋生物の生物出現記録は,国際的にはOcean Biogeographic Information System(OBIS)に取りまとめられており,関連分野の研究に利用されているが,深海生物や日本周辺の種に関する情報は十分とは言えない.そこで海洋研究開発機構は,BISMaLを利用して保有するデータのOBISへの提供を開始した.さらに,日本周辺の海洋生物出現記録を収集する枠組みとしてOBIS日本ノードが設立され,それによって収集されたデータのBISMaL経由での公開が始まった.これらの取り組みが今後さらに進展し,日本周辺の海洋生物多様性の把握など,関連分野の研究に貢献することが期待される.
ある生物が「いつ」「どこで」採集・観察されたか,という生物の出現記録は,野外調査において必然的に生じる基本情報であり,各生物の分布,あるいは各地域の生物多様性を把握・推定するために必要不可欠なデータである.近年,そうした生物出現記録を大規模なデータベースに集積する取り組みが進められ,オンラインで自由にアクセスできるようになった.これらデータ・データベースの研究上の利用は着実に増えつつあり,全球規模の海洋生物多様性ホットスポットの評価(Tittensor et al., 2010; Webb et al., 2010)や気候変動にともなう海洋生物の分布予測(Rombouts et al., 2012)などに役立てられている.
海洋研究開発機構(以下「機構」という)においては,機構の船舶等の施設・設備を利用して取得した地球観測データを人類共通の財産として捉え,データベース化して広く公開する取り組みを進めてきた.このうち,生物情報が含まれるものとして潜水船が取得した映像・画像を扱うシステムである「深海映像・画像アーカイブス< http://www.godac.jamstec.go.jp/jedi/j/index.html> 」と標本情報を扱うシステムの「海洋生物サンプルデータベース< http://www.godac.jamstec.go.jp/bio-sample/> 」が公開・運用されている.そして,これらのシステムが公開している映像・画像や標本に付随する生物出現記録を収集し,生物分類群毎にとりまとめて公開するデータベースして「Biological Information System for Marine Life(BISMaL)< http://www.godac.jamstec.go.jp/bismal/> 」を構築し,2009年より外部公開している(田中ほか, 2009).ここではBISMaLの概要とそれを介した海洋生物情報の公開状況を紹介するとともに,国際的な海洋生物の分布データベースへのデータ提供や日本周辺の海洋生物データの収集に向けた取り組みについて報告する.
BISMaLは,機構の地球情報研究センターによって構築され,沖縄県名護市の国際海洋環境情報センターにおいて運用されているデータベースであり,機構が保有する生物情報の統合的な公開を第一の目的としている.そのため,上述の海洋生物サンプルデータベースから生物出現記録を,深海映像・画像アーカイブスから生物出現記録に加えて,映像・画像のメタ情報を自動的に取得する機能を有し,取り込んだデータをBISMaL上でとりまとめて表示するとともに,各ページ内のリンクを介してデータ元となったデータベース上の個々のデータ表示画面に利用者を誘導することができる.同時に,BISMaLは日本周辺の海洋生物情報を集積し,国際的なデータ共有に貢献するためのプラットフォームを担うことを目指しており,後述するOBIS日本ノードなど外部の研究機関・研究者が保有する,あるいは収集した生物出現記録のセット(以下「データセット」という)をオンラインで登録して公開する機能や集積した生物出現記録を標準的なフォーマットで国際的なデータベースに提供する機能も備えている.したがって,BISMaLは機構の保有する生物関連情報へのポータルであるとともに,その枠に留まらない開かれたデータベースであると言える.
BISMaLは生物出現記録に基づく海洋生物の分布情報の集積に主眼を置いているが,それに加えて,海洋生物各分類群の学名・和名など分類情報,解説,画像,映像,文献情報を扱うことができる.そのため,多種類の情報を分類群毎にとりまとめて表示する統合表示画面(Fig.1)を 持つほか,生物出現記録に関しては,生物出現記録検索・閲覧画面(Fig.2)において地理的範囲やデータセット,対象とした分類群で絞り込んで閲覧することができる.また,公開されている分類情報および生物出現記録はダウンロード可能で,ダウンロードしたデータは,商用利用を除き,利用者が自由に使うことができる.
Screen image of a taxon page of BISMaL. Video/image list and distribution map are shown by clicking tabs in the upper part of the page.
図1. BISMaL の各分類群のページの画面イメージ.ページ上部のタブをクリックすることで映像・画像リストや分布図が表示される.
Screen image of the search page of occurrence records on BISMaL. Records can be filtered by geography, taxonomy and datasets, and listed in the lower part of the page.
図2. BISMaLの生物出現記録検索・閲覧画面.生物出現記録は地理的範囲,分類群およびデータセットで絞り込み可能で,ページ下部にリストされる.
現在,BISMaL上には,約1.8万の種もしくは種以下の海洋生物とその上位分類群の有効な学名が根拠となる文献情報とともに登録されており,各分類群は学名・キーワードによるテキスト検索,もしくは分類体系にしたがって整理された樹状の分類ツリーによって検索可能である.各分類群の統合表示画面(Fig.1)においては,当該分類群の分類学的位置とともに,登録された代表画像,解説,文献情報,出現記録が参照できるほか,学名をキーワードとしてPubMed Central < http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/ > やGoogle Scholar < http://scholar.google.com > ,DNA Data Bank of Japan < http://www.ddbj.nig.ac.jp > ,Encyclopedia of Life < http://www.eol.org > など外部のデータベースを検索することも可能である.
分布情報については,現在,4つのデータセットが公開されており,その中には合計約4千の分類群についての約33.4万件の生物出現記録が含まれる.また,機構が参画している環境省環境研究総合推進費「海域生態系における生物多様性損失の定量的評価に関する研究(S9-5)」では浅海から深海にわたる様々な海洋生物データ約17.4万件のBISMaLへの登録を完了しており,それらは一部を除いてプロジェクト終了後に公開される予定である.
BISMaL上で公開された生物出現記録は,生物出現記録検索・閲覧画面(Fig.2)において地図上の情報を確認しながら絞り込みが可能で,絞り込まれた結果として表示される生物出現記録のリストにおいては,各記録の詳細情報を表示する画面に遷移することができるほか,リストされた記録を一括でダウンロード可能である.ダウンロード形式としてカンマ区切り,またはタブ区切りのテキストファイル,あるいはkmlファイルが用意されており,表計算ソフトでの集計・解析やGoogle Earthなどのソフトウェア上での可視化・マッピングに利用することができる.
2009年のBISMaL公開以降,各種文献に基づく日本産海洋生物の学名等の分類情報の確認・照合が国際海洋環境情報センターにおいて継続的に進められており,確認済みの学名については順次BISMaLに登録されている.また,代表画像の追加や環境省あるいは各都道府県刊行のレッドリストに基づく絶滅危惧情報等の登録も適宜実施されており,その情報量は次第に増しつつある.さらに,システム面での改良,関連学会等での周知・発表の結果,BISMaLへの訪問数およびページビューは継続的に増加している(Fig.3).特に,2013年5月以降は訪問数・ページビューの急増がみられたが,これはページ構成等の変更によってインターネット上の検索エンジンでのヒット率が高まった影響が大きいものとみられる.また,2013年にはBISMaL上のデータを引用した論文2編も公表され(Capa et al., 2013; Grossmann and Lindsay, 2013),研究上の利用も次第に広まりつつあると考えられる.
Temporal changes of the accesses to BISMaL. Arrows indicate key events of BISMaL. Arrow 1: BISMaL was introduced in a Japanese major newspaper; 2: data transfer to OBIS was started; 3: J-RON (see below) was launched; 4: newest version was released.
図3. BISMaLへのアクセス履歴.矢印は主要な出来事を示す.矢印1:主要な新聞へのニュース掲載;2:OBISにデータ提供開始;3:OBIS日本ノード(後述)の設立;4:最新版公開.
BISMaLが扱う主要な情報である生物出現記録は,1件のみでは情報量が少なく,研究上の課題や社会的な要請に応えることができる場面はきわめて乏しい.しかしながら,ある分類群について多数の位置情報を持った記録が集積されれば当該分類群の分布を把握することができ,その状況が多数の分類群に拡大されれば,様々な地理的スケールにおける生物多様性の評価が可能になり得る.さらには,環境情報と組み合わせてEcological Niche Modellingなどの手法を適用することで,生物の分布や生物多様性に関する推定・予測を行うことが可能である.そのため,希少生物や資源生物の管理・保全のための分布域把握や生物多様性ホットスポットの特定,さらには気候変動が生物にもたらす影響の評価や適応策の検討の上でも有用と考えられ,生物出現記録を大規模なデータベースに集約し,そのデータを国際的に共有する取り組みが進められてきた(Canhos, et al., 2004; Graham et al., 2004; Soberón and Peterson, 2004; Costello and Venden Berghe, 2006).そのような取り組みの一つとして,地球上の全海洋生物を対象としたデータベースである「Ocean Biogeographic Information System(OBIS)< http://www.iobis.org > 」がある.
OBISは国際的な海洋生物研究プロジェクトネットワーク「Census of Marine Life(海洋生物のセンサス)」が構築した海洋生物の分布データベースである(Grassle and Stocks, 1999; Grassle, 2000; Vanden Berghe et al., 2010).海洋生物のセンサスは海洋生物の多様性,分布,個体数の調査・解析のため,2000年から10年計画で実施されたプロジェクトであり,その間に得られたデータを様々な利用者が継続的に利用可能にするためにOBISが構築された.2010年の海洋生物のセンサス終了後,OBISは「国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization: UNESCO)」の下部機関として国際的な海洋データ・情報の交換を促進することを目的として設置された「国際海洋データ情報交換システム(International Oceanographic Data and Information Exchange: IODE)」に移管され,その運用が行われている.
OBISは,現在までに1000を超えるデータベース・データソースから緯度・経度情報をもつ生物出現記録を収集し,25万種と言われる既知の海洋生物の約半数にあたる約12万種についての3600万件ほどの記録を公開している(Intergovernmental Oceanographic Commission, 2013).海洋生物の分布情報を扱うデータベースとしては世界最大のものと言え,そのデータは全球規模から地域レベルの生物多様性解析や各種の分布推定などに用いられている.OBISを引用した文献はこれまでに約810を数えるほか(Intergovernmental Oceanographic Commission, 2013),特に近年では,月平均約6編の論文にデータが利用または引用されており,海洋生物の多様性や分布の研究において,その存在感は増しつつある.
OBISが膨大なデータを有するきわめて有用なデータベースであることは疑いがないが,その情報には必ずしも十分であるとは言えない部分がある.たとえば,OBISに登録されている生物出現記録は海洋の表層で得られたものが多く,深度が増すとともに情報は乏しくなり,地図上のデータの空白域が増大していく(Vanden Berghe et al., 2010).また,日本周辺から得られたものとして,約7300種についての生物出現記録がOBIS上に存在するが,33629種の海洋生物が日本近海から知られているとの報告(Fujikura et al., 2010)に基づけば,日本の既知の海洋生物のうち,80%弱の種のデータはOBIS上に存在しないことになる.上記のように,地球上の海洋生物の約半数の種がOBISによってカバーされていることを考慮に入れると,日本周辺のデータは相対的に乏しいと言える.
OBIS上のデータの偏り・ギャップは,そのデータを用いて解析を実施する際,不正確あるいは解像度の低い解析結果やデータの少ない地域の生物多様性の過小評価につながり得る.したがって,さらにデータを収集し,そのギャップを埋めることが求められている.これに対して,機構が保有するデータはOBIS上の深海のデータを補完し,日本周辺のデータを増強するという点で大きな意味があると考えられる.そこで,機構はBISMaLのデータを生物出現記録の国際標準フォーマットであるDarwinCoreに対応させるとともに,BISMaLからOBISにオンラインでデータを転送する機能としてDistributed Generic Information Retrieval(DiGIR)をBISMaLに実装し,2010年よりOBISへのデータ提供を開始した(Yamamoto et al., 2012).
機構がBISMaL経由でOBISに提供しているデータは潜水調査船等を利用しなければ得られない貴重なものであるが,その生物出現記録の件数は現時点で約1万件と小規模である.また,それに含まれる分類群は深海生物,なかでも化学合成群集を構成する種に偏っており,日本周辺の海洋生物を網羅したものとは言いがたい.種多様性に富む日本周辺の海洋生物の情報を集約し,広く利用可能にするためには,機構のみならず日本国内の研究機関・研究者と連携し,それらが保有する情報を幅広く収集していく必要がある.
OBISには,世界から幅広くデータを収集・統合するための枠組みとして,各国・各地域のデータをとりまとめる「ノード」と呼ばれる拠点が存在する(Vanden Berghe et al., 2010).このOBISノードは各国・地域レベルのデータベースであるとともに,それぞれが担当する国や地域内の研究機関・研究者にデータ提供を促し,データを利用する研究者コミュニティを涵養する役割を担っている.しかしながら,日本においては実質的な活動を伴ったノードが存在せず,これがOBIS上において日本周辺のデータが充実していない理由の一つとみられた.そこで,2012年,機構の呼びかけで日本国内の関連機関の代表者で構成されるOBIS日本ノード(Japan Regional OBIS Node: J-RON)運営委員会が設立され,OBIS日本ノードによる日本国内の海洋生物多様性情報収集の取り組みが始まった.
OBIS日本ノードは,日本国内の研究機関・研究者の保有する海洋生物の多様性と分布に関する情報を集積することを目指しており,BISMaLを通じて集積したデータを公開するとともに,日本のアクティビティとしてOBISに提供することを目的としている(Fig.4).その運営委員会には,海上保安庁海洋情報部,国立科学博物館,東京大学総合研究博物館,環境省生物多様性センター,水産総合研究センターおよび機構から参加者が得られており,OBISを運用する国際海洋データ情報交換システムの国内窓口である海上保安庁海洋情報部と連携しながら運営されている.その活動は始まったばかりであるが,既に,日本海洋データセンターがJODCデータオンライン・サービス・システム(J-DOSS < http://www.jodc.go.jp/service_j.htm> )で公開している海洋生物(プランクトン)データに含まれる約29万件の生物出現記録がDarwinCoreフォーマットに変換され,JODCデータセットとしてBISMaL上で公開済みである(杉山,2013).今後はOBIS日本ノード運営委員会への参加各機関が保有するデータの整理・整形とBISMaLへの取り込みが進められるとともに,より広い範囲からのデータ収集が推進され,それらがBISMaLおよびOBIS上で世界的に共有・利用されることが期待される.
Schematic data flow of occurrence records through J-RON/BISMaL.
図4. J-RON/BISMaL経由の生物出現記録のデータフロー模式図.
機構においては,保有する海洋生物情報を公開するシステムとしてBISMaLをはじめ関連するデータベースの整備を進め,BISMaLを通じて統合的なデータ公開とOBISへの生物出現記録の提供が定常的に行われる環境を構築した.現状ではBISMaLと連携している各データベースへの情報登録までに人の手を介する作業を数多く残しているが,潜水調査船の潜行時に取得データを同期した形でログとして保存し,各データをDarwinCore 項目にマッピングした形でcsvに書き出すような潜水船調査システムの開発も試みられている(Lindsay et al., 2012).今後,このような取り組みのさらなる進展により,船上でのデータ取得からデータ公開までがシームレスな形で実現されることが期待される.
機構の活動としてのデータ公開に加え,海上保安庁海洋情報部をはじめとする関係各機関との連携を通じて,日本国内の情報を収集する取り組みも開始された.これらにより,データの集約とそのBISMaLおよびOBISを通じた公開も進展するものとみられる.しかしながら,国内の研究者コミュニティにおいて,これらの取り組みの認知度は十分に高いものとは言えず,各研究機関・研究者によるデータ提供を促すためにも,さらなる周知・普及活動が必要と考えられる.また,データベース上に集積された生物出現記録は,海洋生物多様性の研究上,大変有用であるが,その可視化・解析のためには地理情報システムに関連したソフトウェア(GISソフト)に習熟する必要がある.GISソフトには無償利用可能なものも存在するが,商用のものはしばしば高額であり,習熟するのに時間と手間がかかるなど,幅広いデータ利用の妨げになり得る.したがって,BISMaLやOBISなどに集積されたデータの利用をより普及させるためには,そのデータを簡易に可視化・解析する環境も必要と考えられる.そこで,機構はBISMaLのサブシステムとして海洋生物の分布情報を可視化・マッピングするオンラインツール「BISMaL Mapper for Marine Species Distribution(BISMaL Mapper)< http://www.godac.jamstec.go.jp/mapper/> 」を構築し,その公開を開始した(Fig.5).BISMaL MapperはBISMaLのデータと水温等の環境情報を重ね合わせながら各生物の分布図や各地域の分類群数・記録数・多様度指数を可視化するほか,指定した分類群および地理的範囲のデータに基づいて,生物の垂直分布等のグラフ化,多次元尺度構成法やクラスター解析に基づく生物群集の地域間比較等が可能である.BISMaLやOBISのデータ利用を促進するとともに,データ共有の有効性の認識をきっかけとしたデータ提供の動機付けとなるよう,BISMaL上のデータ登録と並行して今後もさらなる改修・整備が進められる予定である.
Mapping and visualization of occurrence records on BISMaL Mapper.
図5. BISMaL Mapper上における生物出現記録のマッピング・可視化.
BISMaLからOBISへのデータ提供にあたり,UNESCO/IOC/IODEのEdward Vanden Bergh氏,Brook Herlach氏,Ward Appeltans氏およびMichael Flavell氏に様々なご助言をいただいた.国立環境研究所の山野博哉氏,本郷宙軌氏および屋良由美子氏,北海道大学厚岸臨海実験所の仲岡雅裕氏と渡辺健太郎氏,東京大学大気海洋研究所の小松輝久氏,宮本洋臣氏および阪本真吾氏,水産総合研究センターの杉崎宏哉氏と田所和明氏,海洋研究開発機構の白山義久氏と内舩芳恵氏には環境省環境研究総合推進費S9-5のデータ登録のご協力をいただいた.また,日本海洋データセンターの勢田明大氏および杉山栄彦氏にはJODCデータセットのBISMaL登録にあたり,多大なご尽力をいただいた.ここに記して感謝申し上げる.