JAMSTEC Report of Research and Development
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Report
Development of a habitat suitability index model for neon flying squid by using 3-D ocean reanalysis product and its practical use
-RECCA squid project-
Hiromichi IgarashiToshiyuki AwajiYoichi IshikawaMasafumi KamachiNorihisa UsuiMitsuo SakaiYoshiki KatoSei-Ichi SaitohMasaki Seito
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2014 Volume 18 Pages 89-101

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Abstract

文部科学省「気候変動適応研究推進プログラム」(RECCA: Research Program on Climate Change Adaptation)の研究課題「気候変動に伴う水産資源・海況変動予測技術の革新と実利用化」プロジェクトで開発した,海洋再解析データを用いたアカイカ好適生息域モデルにより,夏季における北太平洋日付変更線付近のアカイカ漁場において日々変動するアカイカ好適生息域を精度よく推定することが可能となった.さらに,この成果を,インターネットと衛星通信を介して配信するウェブシステムを構築し,操業中のイカ釣り漁船にリアルタイム配信する実証試験を行った.その結果,イカ釣り漁船が,本プロジェクトで作成したアカイカ漁海況情報を利用することにより,漁場探査の効率化や燃油消費ひいては二酸化炭素排出量削減につながったことが,聞き取り調査から明らかとなり,本プロジェクトの成果が実利用上も有益であることが示された.

1. はじめに

地球温暖化等の気候変動に伴い激変の恐れのある海洋物理・生態系統合環境の状態推定と水産資源変動の予測および漁場探索技術の一体的革新は,環境変化を見越した水産資源の確保という観点から喫緊の課題である.加えて,世界の全漁業国が合意した「責任ある漁業行動規範」(FAO, 1995)の履行が求められる(渡辺,2006)現在,水産資源の持続的な開発と利用を可能にする上で,水産資源変動の予測に関する不確実性の低減は極めて重要な課題となっている(Okamura et al., 2008).

2010年より,文部科学省「気候変動適応研究推進プログラム」(RECCA: Research Program on Climate Change Adaptation)の一環としてスタートした「気候変動に伴う水産資源・海況変動予測技術の革新と実利用化」プロジェクトでは,青森県が漁獲日本一を誇る外洋性アカイカ漁を対象として,漁場形成予測の不確実性を大きく低減させるため,数日スケールで変動する海況を高解像度で予測するピンポイント短期漁場探索技術を開発し,漁場形成・分布予測を格段に向上させると同時に,気候変動により数年から数十年スケールで変動する水産資源予測の不確実性を大きく低減できる資源変動推定モデルを連動的に開発し,気候変動の影響を最小化しつつ漁獲の確保を達成させる先進的かつ持続可能な新漁業モデルを構築するための研究開発を行っている.

本稿では,本プロジェクトで実施中のデータ同化システムを用いたアカイカのピンポイント漁場探索技術についての成果を示すとともに,現地実証試験として行っているウェブシステムを用いた漁業者へのアカイカ漁海況情報配信について報告する.

2. アカイカHSIモデルの構築

2.1 アカイカについて

本プロジェクトの主要な対象魚種である外洋性のアカイカ(Ommastrephes bartramii)は,北太平洋に広く分布し,寿命が1年であるため,数年以上の寿命を持つ魚種に比べて卓越年級の影響が小さく,餌環境である低次生態系や適正水温などの物理環境の影響に対する資源変動へのレスポンスが顕著であると考えられる(Ichii et al., 2006).北太平洋に生息するアカイカは,産卵・孵化時期の違いにより,秋生まれ群と冬春生まれ群に大別され,どちらも亜熱帯の産卵域と亜寒帯の摂餌域との間を回遊することが知られている(Yatsu et al., 1997).アカイカ漁を行う日本の中型(35 t 以上185 t 未満)イカ釣り漁船の殆どが,青森県の八戸漁港に所属しており,主な漁期は5-8月に日付変更線付近を中心とした漁場で操業を行う「夏イカ漁」と,1-3月に三陸沖付近で操業を行う「冬イカ漁」であるため,本プロジェクトでは,この異なる2つの漁期・漁場についてアカイカ漁海況情報配信の現地実証試験を行っている.

2.2 HSIモデル

HSI(habitat suitability index)モデルは,対象魚種の資源量とその海域の環境変数を用いて,各環境変数と資源量を統計的に比較し,環境変数の値ごとに対象魚種にとってどの程度生息しやすいかを数値化したSuitability Index(SI)を求め,それらを統合し,環境場が総合的に見て,どの程度好適であるかを数値化したHSI値を求めるというものである(US Fish and Wildlife Service, 1981)(Fig.1).このHSIモデルを用いた好適環境の推定は様々な生物に対して行われており,生物の環境アセスメント手法としても利用されている(例えば,日本環境アセスメント協会(2006)など).効率的な漁業を行う上で,確度の高い漁場推定を行う事が重要であるが,様々な魚種の好適生息域を推定する手法としてもHSIモデルは多くの研究で用いられている.

Fig. 1.

Schematic diagram of HSI model

図1. HSIモデルの概念図

アカイカについては,Tian et al.(2009)が150E付近の海域において,水温・塩分・海面高度の月平均値を海洋環境変数としてHSIモデルを作成し,好適物理環境を推定する研究を行っている.その結果を見ると,物理環境場の変動を反映したアカイカの好適生息域がある程度推定できていることから,アカイカの資源量や空間分布が海洋物理環境変動の影響を少なからず受けていることが推察される.しかしながら,推定されたHSI分布と,漁船による実測値であるCPUE(単位努力量当たり漁獲量: Catch per unit effort)の分布を詳細に比較すると,必ずしもHSIがCPUEの結果と符合していない.また,これまでの研究で作成されたアカイカのHSIモデルは,海洋物理環境データとして月平均値しか使用されておらず,日々変化するアカイカの漁場を高い精度で予測するには大幅な改良が必要である.特に,メソスケール渦やストリーマといった数日スケールで変動する現象が卓越する三陸沖の漁場では,好適生息域の変動もこれらの影響を強く受けていると考えられるため,月平均値によるモデルでは,漁場の変動を捉えるには不十分である.また同様に,日付変更線付近の漁場についても,数日スケールで変動する漁海況に対応したHSIモデルの構築が必要である.

これらを踏まえ,本プロジェクトでは,実利用に耐えうるレベルでアカイカの好適生息域推定を行うため,数日スケールの海洋環境変動に伴う漁場の変動を表現できるHSIモデルを構築した.日々の漁海況変動に伴うアカイカの好適生息域推定を行うためには,数日スケールでの海況変動を正確に再現した海洋環境データセットを用いる必要がある.そこで本研究では,気象庁気象研究所の海洋大循環データ同化システムMOVE(MRI Multivariate Ocean Variational Estimation)(Fujii and Kamachi, 2003 ; Usui et al., 2006)で作成された海洋再解析データをHSIモデルに適用した.MOVE再解析データは,船舶等の観測による水温・塩分プロファイル,AVISOによる海面高度,気象庁作成の海面水温データをモデルに同化して,水平解像度0.1度でメソスケールの渦を解像するとともに,水温・塩分結合鉛直EOFモードを用いることにより,海洋表層だけでなく亜表層の水温・塩分場や流速場の解析値が得られている.渦の構造を精度よく再現したMOVE再解析データを好適生息域推定に用いることで,高精度の漁場予測につながることが期待できる.

本稿では,既に構築済みの,冬季に三陸沖で操業される「冬イカ漁」におけるアカイカ好適生息域推定のためのHSIモデル(五十嵐ほか,2011; Igarashi et al., 2011)と同様の手法を用いて構築した,夏季に日付変更線付近で操業が行われる「夏イカ漁」のためのアカイカHSIモデルについて報告する.

北太平洋中央部の日付変更線付近で毎年5-8月に操業される「夏イカ漁」に適用するためのHSIモデル作成に使用したデータは,青森県所属の標本船によるアカイカ漁獲量データ,及びMOVE再解析データの海面高度・水温・塩分・東西流速・南北流速・混合層深の6要素である.アカイカ漁獲量データは,日別の各標本船操業記録から算出したCPUE(単位は[尾/釣り機の数/操業時間]で定義される)を用いた(Igarashi et al.,2011).MOVE再解析データの6要素のうち海面高度と混合層深以外は3次元データであり,鉛直54層のうちの上位30層(海面-740 m)を解析に用いた.水平解像度は0.1度で,解析期間は1999-2008年の10年間で,5-8月のデータを使用した.MOVE再解析データはオリジナルの5日平均値を日データに内挿して使用した.作成したHSIモデルについては,今年度実際に行われたアカイカ操業データとの比較により,モデル性能の評価を行った.

本研究ではMOVE再解析データを用いてHSIモデルの再構築を行うにあたり,まず,海面水温(SST),海面高度(SSH),海面高度の勾配($\nabla$SSH),混合層深(MLD)の4つの環境変数をMOVE再解析データから抽出しHSIモデルを構築する.さらにこのMOVEによる2次元モデル(MOVE-2Dモデル)に,水温・塩分・流速の3次元データを取り込むことによりMOVEによる3次元モデル(MOVE-3Dモデル)を作成する.選択した各環境変数の値と中型イカ釣り漁船によるアカイカCPUEの実測値との関係を表すSI曲線の作成にはスプライン平滑化手法を用いた.各環境変数のSI値は以下の式で定義した.

  
\begin{equation} \label{eq1} \mathit{SI}=\frac{Y_{\mathit{fit}} -\min Y_{\mathit{fit}} }{\max Y_{\mathit{fit}} -\min Y_{\mathit{fit}} } \end{equation} (1)

ここで Yfit は,スプライン平滑化により得られたln(CPUE)の推定値である.

また,一般的にHSIモデルでは様々なモデル式を用いるが,本研究ではTian et al.(2009)の手法を踏襲し,Geometric mean model(GMM)を採用した.すなわち,HSIを求める式は

  
\begin{equation} \label{eq2} \mathit{HSI}=\sqrt[n]{\prod\limits_{i=1}^n {\mathop {\mathit{SI}}\nolimits_{i} } } \end{equation} (2)

である.ここでnは,SI値として採用した環境変数の数を表す.

このようして得られたHSI見積値とln(CPUE)の観測値との相関係数を計算し,解析期間を通したモデル性能の評価を行った.

Fig.2は,SST・SSH・$\nabla $SSH・MLDの各環境変数に対してスプライン平滑化を行い推定したSI曲線を示したものである.各変数に対するSI曲線の特徴として,アカイカにとって好適環境であると判断されるSI値0.6以上の値がSSTではおよそ11-18℃の範囲に存在しており,これはアカイカの適性水温域である9℃以上(Yatsu et al.,1997)からTZCF(Transition Zone Chlorophyll Front)の目安となる18℃(Bograd et al., 2004)の範囲にほぼ対応している.またSSHでは-30 cm付近と-50 cm付近の2箇所にピークがあり,メソスケール渦の縁に対応していることが示唆される.また$\nabla$SSHでは,勾配が弱くなるほどSIの値が高くなる傾向を示しており,冬季の好適生息域環境とはかなり異なる.またMLDについては,夏季の夏イカ漁場付近では,栄養塩を効果的に取り込むようなMLDの発達は見られないため,顕著な対応関係は見られなかった.但し,パッチ上に残っている相対的にMLDが深い領域(Fig.2で,MLDが60 m以深の領域)では,アカイカの好漁場と部分的に対応関係が見られるので,今後はMLDの履歴をモデルに組み込むことを検討する予定である.

Fig. 2.

SI curves of SST, SSH, $\nabla $SSH and MLD

図2. SST・SSH・$\nabla $SSH・MLD各環境変数についてのSI曲線

次に,MOVE再解析の3次元データの導入によりモデル性能に向上が見られるかを検証するため,MOVE再解析の水温・塩分・東西流速,南北流速の4変数について,海面から740 mまで(30層)の各層別にSI曲線を作成し,上記4変数を導入したベースモデルに5つ目の環境変数として導入する.作成された各HSIモデルについてHSI見積値とln(CPUE)の観測値との相関係数を計算し,ベース モデルの結果と比較することにより,各層の各変数を導入することによるモデル性能への効果を評価する.

Fig.3は,3次元の各環境変数を導入したことによる,HSI見積値とln(CPUE)の観測値との相関係数の鉛直プロファイルを示したものである.まず水温については,最上層の水温が既にSSTとして導入されているが,さらに40 m以深の新たなSIを導入することにより,相関係数は高い値を示し,モデル性能の向上につながっている.この結果は,夏イカ漁場におけるアカイカの生息深度が300-400 m付近であり,釣糸の深さも200 m程度であることと整合的である.一方,塩分については,最も相関係数が高くなるのは海面塩分のSI曲線を導入した場合で,これは亜熱帯と亜寒帯の水塊フロントの位置を示すパラメータとして良い指標になっていると考えられる.さらに水平流速については,東西流速のSI曲線を導入することによりモデルパフォーマンスが悪化するのに対し,南北流速については 300 m付近までモデル性能の向上が見られる.これは,アカイカCPUEと東西流速との関係が非常に弱くSIを導入することがHSI値のノイズ増幅にしか寄与しないのに対し,南北流速のSI導入は,アカイカが比較的よく取れる漁場の特徴の一つとされている中層暖水の北側への張り出し(谷津,1996)をより精度よく表現することにつながるためであると考えられる.これらの結果を踏まえ,本研究では,モデル性能に顕著な向上が見られた246 mの水温,海面塩分,246 mの南北流速の3変数を,ベースモデルに新たに追加し,合計7つの環境変数を用いたHSIモデル(MOVE-3Dモデル)を作成した.

Fig. 3.

Vertical profiles of correlation coefficients between estimated HSI and observed ln (CPUE) in the case that an environmental variable (temperature, salinity, zonal and meridional current speed) at each layer is added into the base-model. Red line indicates the correlation coefficient of the base model (R=0.110).

図3. 層別の環境変数導入による,HSI見積値とln(CPUE)の観測値との相関係数の鉛直プロファイル.赤線はベースモデルによる相関係数(R=0.110)を示す.左から水温・塩分・東西流速・南北流速導入時の相関係数を示す.

Fig.4は,新たに採用した3変数についてのSI曲線を示したものである.246 mの水温では3つの極大値が見られるが,アカイカ標本船による観測値の殆どは8-9℃のピーク内に存在する.また,海面塩分についても,33.1 psuにスパイク上の極大が出てしまっているが,多くの観測値は33.5-34.2 psu内で観測されている.また246 mの南北流速については流速0 cm/sで最大値を示しており,絶対流速の弱い領域でSI値が高い,という$\nabla$SSHで見られた結果と整合的である.これらの特徴は,いずれも衛星観測値からは得られない細かな海洋構造との関係を示したもので,MOVE再解析データに含まれる詳細な3次元構造をHSIモデルに反映することにより得られたものである.

Fig. 4.

SI curves of 246 m-d temperature, sea surface salinity and 246 m-d meridional current speed

図4. 246 m水温・海面塩分・246 m南北流速についてのSI曲線

以上のように,MOVE再解析データによる7変数(SST,SSH,$\nabla$SSH,MLD,T246,SSS,V246)を用いたMOVE-3DモデルについてHSI見積値とln(CPUE)の観測値との相関係数を計算した結果 R=0.143 (df=5935, P < 2.2*10-16)となり,解析期間を通じた精度として,MOVE再解析の3次元情報を活用することによりベースモデル(R=0.110, df=5935, P < 2.2*10-16)に対してモデル精度が向上したことが示された.

また,実際のHSIモデルのパフォーマンスを確認するため,推定されたHSIマップと実際にイカ釣り漁船により操業が行われた位置との比較を行った.Fig.5は,2012年7月1日におけるMOVE-3Dモデルを用いたHSI推定マップである.図中には,実際にイカ釣り漁船による操業が行われた位置も示している.冬季の三陸沖漁場では,活発なメソスケール渦の位置や活動度がアカイカ好適生息域の形成に対して重要な役割を担っていることが過去の研究で示されているが(五十嵐ほか,2011; Igarashi et al., 2011),本報告でHSIモデル作成の対象とした夏イカ漁が行われる北太平洋中央部の日付変更線付近では,相対的にメソスケール渦の活動は弱く,衛星データからその位置を同定するのは難しい領域である.しかしながら,MOVE再解析データ及び予測値には,弱いながらもメソスケールの変動が再現されており,同日の300 m深水温分布図(Fig.8)と比較すると,HSI値が0.7以上の値を示す領域は300 m深に見られるメソスケール渦や水塊の南北への張り出しとよく対応しており,水塊の3次元的な構造がHSI推定マップにも反映されていると考えられる.2012年7月1日については,推定されたHSI値の高い領域で実際の操業が行われており,日付変更線付近の夏イカ漁場についても,本研究で作成したHSIモデルが,精度良くアカイカ漁場の推定を行っていることが示された.

Fig. 5.

HSI map for neon flying squid (1 July 2012). Red dots indicate the observed fishing points during 1-10 July 2012.

図5. 2012年7月1日のアカイカHSIマップ. 赤○は対象日から10日間に実際にイカ釣り漁船による操業が行われた位置を示す.

3. アカイカ漁海況情報配信

3.1 ウェブシステム構築

本プロジェクトで開発・作成したアカイカ漁場における海況予測及び漁場予測結果が,実利用可能なレベルに達しているかどうか,その有効性を検証するため,ウェブ配信システムを用いた現地実証試験を行った.これは,気候変動の影響を最小化しつつ漁獲の確保と水産資源管理を包括的に両立させる先進的な新漁業モデルを構築し,得られた最適漁場情報を漁業者が利用することで,燃油消費と CO2 排出量を削減し,効率的で省エネルギー型の操業と漁業管理の両立を図る,という本プロジェクトの最終目標を見据えた試みであるとともに,2011年3月11日に発生した東日本大震災に対して,文部科学省気候変動適応研究推進プログラムの方針を踏まえ,本課題が対象地域としている青森県やその周辺領域に対して震災復興に活用できる技術を積極的に現場で活用してもらうことで震災復興に貢献していく,という本プロジェクトとしての震災対応方針に基づくものである.

本プロジェクトで収集・作成した衛星観測データや海洋再解析プロダクト等からアカイカ漁場探査に有効となる情報を試験的にイカ釣り漁船に配信し,現場での有効性を検証するとともに,アカイカ漁船から漁場での操業情報を準リアルタイムで受信し,HSIモデル結果等に反映させることで各種漁海況プロダクトの確度を高めていくための試験を開始した.2012年初頭に,八戸港を母港とする青森県の中型イカ釣り漁船全船が,震災復興の一環として,インマルサット衛星を利用したインターネット通信システムを新たに導入したことで,これまで漁場情報を入手することが困難であった夏季の北太平洋中央部日付変更線付近を漁場とする「夏イカ漁」についても,ウェブサイトへのアクセスを通じて漁場情報を得ることができるようになった.この状況を踏まえて,本プロジェクトでは,各イカ釣り漁船から衛星通信を介してアクセス可能なアカイカ漁海況情報配信ウェブサイトを立ち上げ,アカイカ漁海況情報の準リアルタイム配信及び,各アカイカ漁船の操業情報のリアルタイム受信を行った.

ウェブサイト構築については,プロジェクト開始当初から漁業関係者との意見交換会を通じて,ニーズの高い漁海況情報の種類や漁業者にとってユーザーフレンドリーな可視化手法等の配信内容について検討を重ねた上で,2012年5-8月に操業された「夏イカ漁」及び2013年1-3月に操業された「冬イカ漁」で実証試験を行った.

3.2 2012年夏イカ漁での漁海況情報配信

本稿では,2012年度に操業が行われた2つの時期のアカイカ漁,すなわち,夏季の北太平洋中央部日付変更線付近が漁場となる「夏イカ漁」と冬季の三陸沖が漁場となる「冬イカ漁」について,それぞれウェブシステムによる漁業者向けの現地実証試験を行った結果を報告する.本節では,まず2012年5-8月に行った「夏イカ漁」の情報配信について報告する.

ウェブサイトの構築については,昨年度から数回にわたり現地で漁業者と会合を持ち,情報配信についての聞き取り調査を進めてきたが,漁業者に対してウェブサイトの具体的な内容についての協議を行う以前から,夏イカ漁での海況情報配信に対する漁業者からの要望は非常に強かった.通信手段に不便があることに加えて,そもそも夏イカ漁の漁場海域では海洋環境観測・予測サービス自体が殆ど行われていないため,漁業者はほぼ手探りの状態でアカイカ漁場探索を強いられていた.「夏イカ漁」における操業では,通常のイカ釣り漁で使用される集魚灯に加え,水中灯を降下させて行われる.これにより,通常水深300 m以深に生息するアカイカは200 m付近まで上昇し漁獲されることになるため,漁業者が漁場を探索する際には水深200-400 m付近の海洋環境を把握することが最も重要となる.本漁期の漁業情報配信では,通常浮魚漁で利用される各種衛星観測による海表面の環境データに加えて,特に漁業者から要望のあった水深100, 200, 300, 400 mの各深度における水温分布図をウェブ配信した.Fig.6は,「夏イカ漁」の漁海況情報配信用に構築したウェブサイトのトップページのイメージである.2012年5月11日から8月10日までの約3ヶ月間,本サイトからアカイカ漁海況情報の配信試験を行った.衛星観測による海表面環境データについては,海面水温,クロロフィル-a濃度,海面高度,渦運動エネルギーの4項目について,米国NASA及び欧州AVISOの各ftpサイトからリアルタイムで更新される画像を毎日自動取得し,最新のデータが閲覧出来るシステムを構築した.画像はカラーの他に,利便性が高いと漁業者からリクエストのあった白黒コンター画像も同時に配信した.Fig.7に,実際にウェブサイトから配信した2012年8月7日の海面高度の衛星画像を示す.この海域では,日本付近の黒潮周辺領域に比べて海況自体の変動は小さく,海面高度画像だけでは渦活動などを正確に捉えるのは難しいが,漁業者はこれらの情報を手掛かりにして渦の位置や暖水の張り出し等を同定していると考えられる.また下層水温については,気象研究所で作成したMOVE海洋再解析データを初期値として,約2ヶ月後まで海洋モデルによる予測実験を行い,その予測値から100-400 m水温を抽出し,毎日更新した.Fig.8は実際の配信に用いた2012年7月1日の300 m深水温分布図である.漁業者はFig.7などの衛星画像に加えて亜表層水温分布を参照し,水塊構造の特徴をより正確に捉えることでアカイカ漁場探索に役立てている.予測実験は5月11日と6月11日を初期値とした計算を行い,6月15日以降は2回目の予測実験結果を配信した.さらに,「夏イカ漁」漁場用に開発したHSIモデルの結果をこれらの予測実験結果に適用し得られたHSIマップについても,サイト上で毎日更新し,漁業者に参考情報として試験提供した(Fig.5).

Fig. 6.

Top page of the RECCA web site.

図6. RECCAアカイカウェブサイトのトップページ.

Fig. 7.

Satellite-derived image of sea surface height in the summer fishing zone for neon flying squid delivered from the RECCA web-site on 7 Aug. 2012.

図7. RECCAウェブサイトから配信した夏季アカイカ漁場における海面高度の衛星画像(2012年8月7日).

Fig. 8.

Spatial distribution of predicted MOVE temperature at 300 m-depth in the summer fishing zone for neon flying squid delivered from the RECCA web-site on 1 July 2012.

図8. RECCAウェブサイトから配信した夏季アカイカ漁場のMOVE300 m水温予測図(2012年7月1日).

3.3 2013年冬イカ漁での漁海況情報配信

次に,2013年1-3月に行った「冬イカ漁」の情報配信について報告する.ウェブサイトの構築については,上述の「夏イカ漁」サイトを全面的に改良し,双方向通信により漁業者から漁獲量報告ができる機能を組み込んだ.さらに,個々の漁獲量報告データから漁獲量の統計値を計算しウェブ上で表示することで,日々の漁獲状況の推移が把握できるようにした.従って,「冬イカ漁」の漁海況情報配信用に構築したウェブサイトのトップページは,海洋環境情報表示に加えて,新たに漁獲量報告機能及び操業状況表示機能が追加されている.

「冬イカ漁」と「夏イカ漁」の重要な違いのひとつとして,アカイカの生息水深が異なることが挙げられる.「夏イカ漁」では水深300 m以深が生息層で200 m -- 400 m層付近の海洋環境を把握する必要があるが,「冬イカ漁」では水深150 m付近が生息層で,100 m -- 200 m層付近の海洋環境を把握する必要がある.そこで,漁業者の要望を取り入れてMOVE下層水温予測図は,100 m,150 m,200 m,300 mの4層に決定した.さらに,漁場予測マップおよび予測下層水温は,当日(最新)の5日前から5日先まで閲覧できるようにした.海洋環境情報としては,海面水温(可視センサによる高解像度画像及びマイクロ波センサによる欠測無し画像),クロロフィル,流れの強さ,海面高度に加えて,前日の夜間可視画像(漁火画像)を新たに追加した.漁火画像はアカイカ漁船の漁火を観測しているので,前日のアカイカ漁船分布を把握することができる.

海洋環境情報表示は,1画面表示,2画面表示,鉛直・トレンド表示の3つの機能を持たせた.2画面表示は,Fig.9のように左右に別な情報を表示し,複数の海洋環境場を比較できるように設計した.デフォルトの表示は,左に漁場予測図,右に予測下層水温150 m図とした.「冬イカ漁」サイトにおける新しい機能として,3次元でデータベース化されている水温情報をリアルタイムで読み取り,鉛直分布と各層水温のトレンドを表示できるようにした(Fig.10).鉛直分布図とトレンド図には,この時期のアカイカの最適生息水温帯7-15℃の温度範囲を表示し,その水域が適水温帯かどうか判別できるようにした.

Fig. 9.

RECCA web-site for viewing the spatial distributions of ocean environmental variables in winter fishing area for neon flying squid.

図9. RECCA「冬イカ漁」サイトでの海洋環境データ閲覧ページ

Fig. 10.

RECCA web-site for viewing vertical profiles (right upper) and 11-day time series (right lower) of MOVE temperatures (100, 150, 200, 300 m-d) at the selected point by a mouse-click in the left figure (×).

図10. RECCA「冬イカ漁」サイトでの水温鉛直プロファイル及び時系列閲覧ページ.左図をマウスクリックした位置(×印)について表示する.(右上)水温鉛直プロファイル.赤領域は7-15℃を示す.(右下)前後5日間における100,150,200,300 m深水温の時系列.

漁獲量報告は,操業終了時の場所,操業開始および終了時間,尾数別の箱数をウェブ上で入力できるように設計した.場所,時間はスクロール方式で数字を選択できるようにし,箱数のみ数字を打ち込む形式とした.

各漁船から報告された漁獲量情報は,サーバー内で自動的にデータベース化され,Fig.11のように最新の操業現況図を表示するとともに海洋環境マップや漁場予測マップをオーバーレイ表示できる.操業現況図は,0.1×0.1度の範囲で隻数と箱数を集計して表示するようにした.

Fig. 11.

RECCA web-site for viewing the spatial distribution of real-time squid catches in winter fishing area for neon flying squid.

図11. RECCA「冬イカ漁」サイトでのリアルタイム漁獲報告データ閲覧ページ.

3.4 実証試験に対する現地での評価

本プロジェクトで2012年度に行った夏・冬の2度の現地実証試験について,漁業関係者及び青森県下での評価を報告する前に,2012年の夏イカ漁以前のアカイカ漁業関係者を取り巻く状況について触れておく.2011年3月11日に発生した東日本大震災による津波災害により,青森県八戸港に所属する中型イカ釣り漁船の45%が流出・乗り上げ・座礁等の甚大な被害を受け,出漁不能となった.日本におけるアカイカ操業を行う中型イカ釣り漁船のほとんどが八戸港を母港としていることを考えると,この震災により,日本のアカイカ操業船のほぼ半数が瞬時に失われた事になる.例年5-8月に北太平洋中央部で操業が行われる「夏イカ漁」は,前述のような漁海況情報不足の中で漁場探索を行わなければならないことから,船団を組んで出漁し,各船の間で情報を共有しながら操業が行われるが,2011年については,夏イカ漁に出漁した漁船数が半減してしまったことが漁場探索に影響を及ぼし,さらに近年の北太平洋におけるアカイカ資源の低水準傾向が重なったことで,青森県全体で過去最低の漁獲高を記録した.このような状況下で,漁業関係者のアカイカ漁業に対する危機感の高まりとともに,本プロジェクトの研究開発に対する期待が高まり,さらに漁海況情報配信に対して強い要望が上がってきた.

このような状況の中,2012年4月26日に開催された,青森県産業技術センター水産総合研究所主催の八戸アカイカ漁海況会議において,現場の漁業関係者・漁業従事者に対してRECCAアカイカ漁海況情報配信システムの利用についての説明を行い,実証試験についての協力要請を行った.プロジェクト開始当初から,現場の漁業従事者との会合を継続的に重ねてきたこともあり,現地では概ね好意的に受け止められ,多くのイカ釣り漁船からアカイカ漁海況情報の試験配信についての利用協力の承諾を得ることができた.また折からの不漁の中「オール八戸体制」で夏イカ漁に臨むことが決まったことで,現地実証試験がスムーズに行われる環境が整えられた.本プロジェクトとして初めての現地実証試験となった2012年の夏イカ漁では,数隻の漁船にウェブサイトを通じて漁海況情報を利用してもらうとともに,漁場での日々の漁獲情報を,ファックスを通じて準リアルタイムで報告してもらうことで,双方向通信による情報交換の有効性について試験を行うことができた.

ほとんどのイカ釣り漁船が夏イカ操業を終了した2012年8月9日に,八戸水産会館において,試験配信サイトを利用した数名の漁業者に対して聞き取り調査を行った.2012年の夏イカ漁については,前年度の3倍の漁獲があり,ほぼ全ての漁船で大漁となった.この結果を受けた聞き取り調査では,「ウェブサイトの利用により,各船が海洋環境情報をリアルタイムに得ることで機動的に漁場探索を行えるようになった」,「行動範囲が広がった」,「無駄に走ることがなくなり燃料消費が減った」といった漁業者の感想を得ることができた.特に,ウェブ配信した項目としては下層水温についての評価が非常に高く,今後も継続した配信を希望する漁業者が多かった.またHSIマップについても「次の漁場を探す上で参考になる」というコメントを得た.インマルサット衛星通信利用の際の通信速度及び通信コストについても概ね想定通りであり,漁業者にストレスや負担をかけるものではないことが確認できた.これらの現場の声から,本プロジェクトの研究成果が実利用化に充分に耐えうるポテンシャルを有していることが確認された.

さらに,この聞き取り調査で得たサイトの利便性等についての漁業者からのリクエストを,次期の「冬イカ漁」情報配信サイトの構築に反映させた.また「冬イカ漁」情報配信サイトについては,新たにウェブ通信による双方向通信機能を追加して,各船の操業位置のリアルタイム配信機能を追加した.

これらの機能拡張を行った上で,2013年1-3月に操業が行われた,三陸沖漁場での冬イカ漁海況情報配信のための新たなウェブサイトを立ち上げ,2012年12月6日に八戸水産会館において,青森県産業技術センター水産総合研究所の主催でアカイカ漁場情報配信ウェブサイト利用説明会を開催した.通常,アカイカ漁業従事者が一同に会するのは1年に1度,4月末に行われるアカイカ漁海況会議のみであるが,説明会当日は多くの漁業関係者・漁業従事者の参加があった.また,本研究開発についての地元漁業関係者や業界関係者からの関心は非常に高く,「冬イカ漁」ウェブサイト説明会の様子は,いくつかの地元紙・業界紙で大きく取り上げられた.

2013年の冬イカ漁については,残念ながら好漁場の形成がなされず,アカイカ漁がほとんど行われなかったため,実証試験としての成果を得ることはできなかった.但し,配信したHSIマップは,今期の不漁の状況をよく再現できていた.

4. まとめと今後の展開

本報告では,MOVE海洋再解析データを用いて,夏季に北太平洋日付変更線付近で操業が行われるアカイカ漁場に対してHSIモデルを構築し,日々変動する海況に対応したアカイカ好適生息域を精度よく推定することが可能となることを示した.また,これらの成果を,衛星通信を介してインターネット配信するウェブシステムを構築し,操業中のイカ釣り漁船にリアルタイム配信する実証試験を行うことで.新たに開発した漁海況情報の実利用面での有益性を調査した.その結果,イカ釣り漁船が,本プロジェクトで作成したアカイカ漁海況情報を利用することで,漁場探査の効率化や燃油消費の削減を図ることができたことが,聞き取り調査から明らかとなり,本プロジェクトの成果が実利用上も有益であることを示した.

今後はこれらの知見を蓄積しながら,漁場推定のさらなる精度向上を図っていく.本プロジェクトで構築したHSIモデルは,3次元の物理環境変数を用いて構成されているが,その結果が示しているのは単なる好適物理環境ではなく,間接的にアカイカの餌環境を表現できていると考えられる.これを踏まえ,3次元的な渦活動とそれに伴う海洋低次生態系活動の変動を精緻に表現した海洋環境プロダクトをHSIモデルに導入することができれば,さらなる精度の向上が図られ,実利用に貢献できるレベルの結果を得ることが期待できる.同時に,本プロジェクトの目標である,漁場探索の効率化や燃油消費の削減を客観的に評価する手法を導入し,新技術の効果を具体的な数値で表すことができれば,実利用に有効な新漁業モデルの確立につなげることができると考えられる.

今後もHSIモデルの性能を高精度化するとともに,ユーザのニーズや要望に応える機能開発を行っていくことで,気候変動予測に基づいた現場で役に立つ実利用情報の創生とその配信に資する研究開発を行っていく.

謝辞

本研究は文部科学省の委託業務「気候変動適応戦略イニシアチブ・気候変動適応研究推進プログラム」のうちの「気候変動に伴う水産資源・海況変動予測技術の革新と実利用化」による成果である.また,本研究に使用した海洋観測データの一部は,文部科学省の委託業務「地球観測技術等調査研究委託事業」のうちの「地球環境情報統融合プログラム」の成果の一部を使用している.また,本研究に使用した衛星観測データのうち,海水面温度及びクロロフィルa濃度はNational Aeronautics and Space Administration(NASA)のOcean Color Home Page(http://oceancolor.gsfc.nasa.gov)より,海面高度及び渦運動エネルギーはarchiving, validation and interpretation of Satellite Oceanographic data(AVISO)のサイト(http://www.aviso.oceanobs.com/en/)から取得したものである.

参考文献
 
© Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology
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