JAMSTEC Report of Research and Development
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Report
Developments of deep-sea light and charge pump circuits fixed with an epoxy resin
Kazumasa OguriMasahiro YamamotoTakashi ToyofukuHiroshi Kitazato
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2015 Volume 21 Pages 7-15

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Abstract

海洋観測機器の製作コストやランニングコストを下げるため,プリント基板をエポキシ樹脂に直接固定し,水中や海底で使用するLED光源とチャージポンプを開発,それぞれ耐圧試験や実海域での作動を確認した.LED光源は水深約9200 mの海底に5回投入したが,物理的な破損もLEDの故障も生じなかった.この光源を基に製作したものをトンガ海溝,ホライゾン海淵(水深10800 m)の海底で使用,堆積物直上の様子や底生生物活動のハイビジョン撮影に成功した.チャージポンプには圧力に弱い電解コンデンサが必要なため,樹脂で固定する前にコンデンサをカプセルで覆い,人工的な気泡の中に配置することで圧力から保護する手法を開発した.この手法で樹脂固定して製作したチャージポンプと赤色LEDを,伊平屋北熱水フィールド(水深1053 m)内の人工熱水噴出孔における深海電池の発電実験に供した.結果,LEDの点灯により発電が確認された.エポキシ樹脂は海水,温度,圧力,光などによって劣化することが知られているが,深海環境における強度や透明度の変化についての知見はいまだ乏しいため,長期設置と強度試験による寿命の推定が今後の課題となろう.

1. はじめに

海洋における観測,たとえばカメラ撮影やセンサによる海水の化学成分や物理環境の測定を行うためには,これらの観測装置を現場に持ち込まなければならない.水中の物体には水圧が加わるため,通常,これらの装置を防水機能だけでなく,圧力に耐えられる容器に組み込んで使用する.耐圧容器の素材は用途によって異なるが,ダイビングなどの浅海用途にはアクリルなどプラスチック,あるいは薄い金属パイプや押出材などを加工して作られることが多く,深海調査用途にはアルミニウム合金,ステンレスやチタン合金などの金属を切削加工した耐圧容器や,ガラス球が用いられる.しかしながら,従来の深海用耐圧容器にはふたつの問題点がある.ひとつは金属部材そのものと,切削加工や表面処理などにかかるコストである.これは,たとえばセンサを複数地点に同時に投入し,海底環境を同時に観測するといった研究を難しくする要因でもある.もうひとつの問題は重量である.金属を用いた耐圧容器は空中重量が大きいため,シンタクチックフォームやガラス球などの浮力材を取り付ける必要が生じることがある.また,重量が大きいと耐圧容器に観測機器を封入して作動状態を確認する際,作業者の負担も大きくなる.しかし,もしこれらの欠点を克服した観測装置を開発できれば,派生するコストや観測時の作業量を大幅に削減できる可能性がある.そのブレイクスルーに成り得るものとして,電子回路を海水から絶縁し,水圧と同じ環境下で直接使用するというアイデアがある.実際,電子部品のなかには,圧力耐性をもったものが存在する.たとえば絶縁油に浸した電子部品に,大気圧から400 kgf cm-2(39.2 MPa,水深約4000 mに相当)までの圧力を段階的に印加しながら特性を測定する実験によって,抵抗器,コイル,一部のトランジスタやオペアンプなどは,圧力に対する電気的特性の変化が少ないことが判明した(奥島・大槻,1985).また,発光ダイオード(LED)は高い水圧下でも機能することが知られている(小嶺ほか,2005; 小栗,2014).このような電子部品で製作した回路を絶縁油で満たした容器に封入し,均圧処理を施せば,高価な耐圧容器を使用することなく,電子回路を耐圧容器に入れること無く深海で使用できる.しかし,絶縁油を扱うためには密閉性の高い容器が必要であり,さらには水と油の圧縮率の違いを補正する油溜まりを容器外部に取り付けなければならず,取り扱いには経験を要する.そこで,コストや取り扱いの問題を解決するため,電子回路そのものをエポキシ樹脂に含浸するという新しい手法を検討した.エポキシ樹脂は,流動性のある主剤と硬化剤からなり,これらを混合することで分子架橋反応が生じ硬化するが,硬度が高いため,高圧下でも変形や破壊を生じず,電子部品の特製変化や破損からも逃れられることを期待できる.本報告では,樹脂固定型深海用電子機器の製作方法,実際の調査航海において実用に供した内容と成果について言及し,樹脂の経年劣化と強度低下の要因について考察を行う.

2. 方法

2.1 回路の選定

実際に樹脂に固定し,海底で使用する実用的な電子回路として,LED光源と,赤色LEDの付いたチャージポンプ(昇圧回路)の二種類を選定した.LED光源を選んだ理由は,(1)2010年現在,LEDの発光効率はハロゲンランプの5倍以上あるため(LED照明推進協議会,2004-2009),理論上,光源の消費電力を従来の1/5に小型化できること.(2)これによって,コンパクトで安価かつ入手の容易な市販リチウムイオン二次電池を直列・並列化したものを電源に利用できるようになること.(3)結果として,光源本体のほか,電池類など消耗品を含めたトータルのコストダウンを達成できること.(4)コストダウンは,ときに複数の観測点における同時観察をも可能にするためであり,従来は一点から数点でしか行えなかった海底観測の空間的な幅を広げうる可能性を持つためである.

チャージポンプは,コイルとコンデンサの共振現象を利用し,低い電圧をより高い電圧へと昇圧する回路である.今回は,熱水噴出孔からの湧水と,周囲の海水との酸化還元電位の違いを利用して発電する電池(Yamamoto et al., 2013)の電圧 0.43 V を3.0 Vまで昇圧し,インジケータとしての赤色LED(点灯に1.5 V以上の電圧を要する)を点灯させるために開発した.従来,深海で使用する電子回路は耐圧容器に組み込んで使用するが,チャージポンプ回路と赤色LEDを樹脂内に固定し,潜水艇のカメラ映像を通してLEDの点灯によって発電を確認できれば,耐圧容器の製作に係るコストを削減でき,限られた研究予算を,電極など本質的な箇所に集中することができる.

2.2 回路と樹脂固定の方法

2.2.1 LED光源

試作したLED光源をFig. 1に示す.この光源は,LEDを実装した基板と水中コネクタを,エポキシ樹脂で直接固定した構造をしている.LEDには,3 Wクラスの白色型(ASMT-MW22-NLN00,AVAGO TECHNOLOGIES)を採用した. 光源の定格電圧は3.6 Vのリチウムイオン二次電池を4本直列接続した電源を使用することを想定して14.4 Vとし,LEDを4個と電流制限用の抵抗器を直列接続したもの4組を,それぞれ並列接続した.実際の消費電力は約15 W(実測では14.8 V,約1 A)であった.LEDなどを実装するプリント基板には,厚さ1.6 mmのFR-4ガラスエポキシ基板(33R,サンハヤト)水中コネクタには真鍮製の本体をもつBH4M(Subconn),樹脂には80分硬化型の低粘度エポキシ樹脂(Z-1,日新レジン)をそれぞれ選定した.光源の製作は以下の方法で行った.(1)LED,抵抗器と部品を実装したプリント基板に水中コネクタを取付け,これをキャスト(幅167 mm × 奥行113 mm × 高さ40 mmのポリプロピレン製弁当箱)の壁面に当たらないようクランプを使って位置を固定した.(2)樹脂の主剤と硬化剤を重量比で3:1となるようそれぞれ量り取り,混合した.これを十分に撹拌した後,真空デシケータ内で液体状の樹脂を曝気した.(3)混合,曝気した樹脂をキャストの深さ3 cm以上,コネクタの六角ナット部分に達するまで流し込んだ.このとき,プリント基板を揺することで,基板の下側に残存する気泡を追い出した.(4)プリント基板がキャストの壁面に当たらないよう,水中コネクタの上部をクランプで固定し,一晩放置して樹脂を硬化させた.(5) キャストの壁面に力を加えて隙間を作り,水を流し込んだ後,冷凍庫で冷凍した.こうすることで,水が氷る際の体積膨張によって樹脂とキャストの剥離が進むため,硬化した光源を簡単に取り外せる.(6)サンダーで固化した樹脂の角を削って整形した.

Fig.1.

LED light source. Left: front view, right: side view and the bottom: schematic diagram.

図1.製作したLED光源.左:全面,右:側面,下:回路図.

2.2.2 チャージポンプ

チャージポンプも,LED光源と同様の手法を用いて樹脂に固定した.装置の都合,水中コネクタにはステンレス製のRMG-2BCL(SEACON)を2個用い,キャストには300 mlの計量カップを用いた.チャージポンプに使用される電解コンデンサは液体を内包するため,深海に持ち込んだ場合加圧によって生じる応力歪によって破損する恐れがある.そこで部品を基板に実装して樹脂に浸す前に,電解コンデンサをゼラチン製食品カプセル(サイズ2号,HFカプセル,松屋)で覆った.このように人工的な気泡の中に保持することで,コンデンサには直接圧力が加わらくなるため,破壊から免れることができる.また,本回路は超低電圧動作チャージポンプIC,S-882Z20-M5T1Gと,スイッチングレギュレータIC,S-8353D30MC(いずれもセイコーインスツルメンツ)をそれぞれ使用し,0.3 Vの電圧を3 Vまで昇圧する設計とした(セイコーインスツルメンツ,2005).部品は20 mm × 30 mmのプリント基板に実装し,この基板3個を樹脂に固定した.それぞれのチャージポンプには,電流制限抵抗を直列接続した赤色LEDを配線している(Fig. 2).

Fig.2.

The charge pump with the LED indicator. Top: overview illustration, (1) Epoxy resin, (2) connector, (3) print circuit board, (4) capsule, (5) electrolytic capacitor, (6) Semiconductor, (7) ceramic capacitor, (8) inductor, (9) current limit resistor, and (10) LED. Bottom: the schematic diagram. Respective battery electrodes are connected to pins 1 and 2.

図2.製作したインジケータ付きチャージポンプ.上:外観図,(1)エポキシ樹脂,(2) コネクタ,(3)プリント基板,(4)カプセル,(5)電解コンデンサ,(6) 半導体部品,(7)セラミックコンデンサ,(8)インダクタ,(9)電流制限抵抗, (10) LED.実際には3個のチャージポンプを固定した.下:回路図.バッテリーの電極はピン1, 2にそれぞれ接続する.

3. 結果

3.1 現場耐圧試験

2012年6月15日~18日にJAMSTECの研究調査船「よこすか」を用いて行った「日本海溝調査航海」(航海番号YK12-09)において,深海カメラランダーシステム(Murashima et al., 2009)および微小電極プロファイラー搭載ランダーシステム(Glud et al., 2013)にそれぞれ固定した本光源(LEDには三色型のOSTCXBC1C1S,OptoSupply)を,日本海溝プレート三重点海域(34.0°N, 142.0°E付近,水深9150~9261 m)の海底に計5回投入した.それぞれのランダーを回収後,光源の目視検査を行ったが破損などは認められず,点灯も確認した.この結果から,樹脂固定LED光源は,地球上の海洋ほぼ全ての水深で使用でき,しかも複数回の連続使用にも耐えることが明らかになった.なお,固定されたプリント基板の上部には,小豆~大豆サイズの気泡が6個残存していたが,気泡周辺にも亀裂や変形は全く見られなかった(Fig. 3).

Fig.3.

Close-up photo of the LED light after the in situ pressure test. The bubbles were remained in front of the print circuit board.

図3.耐圧試験後に撮影したLED光源の拡大写真.プリント基板前面に気泡が残存している.

3.2 LED光源を使用した映像撮影

2013年度に,JAMSTECによって 南半球の海底環境を調査するQUELLE2013航海が行われた.この航海の一環として,「R/Vよこすか」YK13-09航海においてトンガ海溝,ホライゾン海淵の調査が行われた.この海淵の最深部は10800 mあり,世界で二番目に深い海域とされているが,航海の機会が限られているため,これまでほとんど調査が行われておらず,海底の映像撮影も行われていなかった.そこでホライゾン海淵海底のハイビジョン撮影を行うべく,新たに10000 m級カメラを開発した(Fig. 4).このシステムはLED光源,ハイビジョンカメラ(GZ-V570改造品,JVCケンウッド),ワンチップマイコンとリアルタイムクロックを搭載したシーケンスタイマー(自作)およびバッテリーからなり,LED以外はすべてチタン製の耐圧容器内に組み込まれる.バッテリーはリチウムイオン二次電池(NCR18650B,パナソニック)4本と,逆流防止用のダイオードを直列接続したもの2セットを並列接続したもので,容量は全体で14.4 V 6600 mAhである.この電池は深海の低温環境下においても,LED光源を3時間以上点灯させることができる.低消費電力化に伴い従来の一次電池を代替したことによって,電池交換に係るランニングコストは,ほぼゼロとなった.

Fig.4.

Class 10000 m camera system used at Horizon deep, water depth of 10800 m.

図4.ホライゾン海淵,水深10800 mにおける海底の撮影に使用した10000 m級カメラ.

YK13-09航海では,この装置を深海カメラランダーシステムに取り付け,水深10800 mにおいて計2回の動画撮影を行った.この水深における撮影時間は延べ6時間であった.Fig. 5は,この調査で得られた映像から抽出した,ホライゾン海淵の海底写真である.今回製作したLED光源は撮影に十分な光量があり,堆積物表層の様子や,ヨコエビやナマコなど生物の姿をきちんと捉えられる性能を有することが分かる.

Fig.5.

The image of the sea floor at Horizon deep, water depth of 10800 m. This image was extracted from HDTV movie recorded with the class 10000 m camera.

図5.10000m級カメラで撮影したホライゾン海淵,水深10800mの海底の様子.

3.3 チャージポンプによる深海電池の作動確認

「R/Vなつしま」NT12-27 航海において,ROVハイパードルフィンが深海電池の電極2本と,LEDインジケータ付きチャージポンプをペイロードに搭載し,沖縄トラフ,伊平屋北熱水フィールドに潜航した.水深1053 mの海底につくられた人工熱水噴出孔(Takai et al., 2012)に片方の電極を近づけたところチャージポンプが作動し,内蔵する3個の赤色LEDがすべて点灯した(Yamamoto et al., 2013).本装置を回収後に目視検査したところ,カプセル部分と本体の間に亀裂や凹みなどの破損は見られなかった.これにより,チャージポンプに使用したIC,インダクタやセラミックコンデンサも樹脂中に固定することで水深約1000 mの圧力に耐えられること,電解コンデンサのように構造上圧力に弱いと考えられる部品も,樹脂部に直接触れないよう空隙で保護することで耐圧化できることが実証された.

4. 考察

エポキシ樹脂で固定したLED光源およびチャージポンプの実海域試験によって,耐圧容器を用いることなく,電子回路を海底現場で使用する技術を実証した.しかしながら,これらの装置を長時間安心して使用するためには,劣化を起こす要因として考えられる,海水,温度,圧力,そして光による経年劣化についての知見を得ておくことで,使用条件や使用期限などを調べておくことが望ましい.また,加減圧によって樹脂内に生じる応力歪が,ICやLEDなどの電子部品を破壊する可能性もある.深海のような高圧低温の環境において,エポキシ樹脂や電子部品の劣化がどう進むかを調べた例はほとんど無く,情報も限られるため,樹脂固定した電子回路の寿命を定義することは今のところできないが,装置の寿命に影響を及ぼす可能性のある要因について考察を試みる.

4.1 樹脂内への海水の拡散による劣化の可能性

エポキシ樹脂を海水に浸した場合,海水は3ヶ月で100 $\mu $m,6ヶ月で約150 $\mu $m,20ヶ月で約210 $\mu $mの深さに拡散する(大武,2006).拡散に伴い樹脂内に酸素が供給されると,酸化によって樹脂分子鎖の切断が進み劣化が進行する.深海におけるエポキシ樹脂の長期間設置として,キャストに100 mlの計量カップを用い,エポキシ樹脂に緑色LEDを固定したインジケータランプを作成,「R/Vなつしま」NT08-02航海において観測機器と共に相模湾,初島沖海底(水深1172 m,水温2~3℃)に設置し,132日後,NT08-10航海において回収した例がある.回収後にランプを目視した限りでは,樹脂表面の変化や劣化は確認できなかったことから,水深1000 m前後での数ヶ月間の使用においては,海水による劣化は問題にならないと考えられる.なお,このインジケータランプは製作後7年が経過し,樹脂は黄色味を帯びた.着色と光量低下の問題ついては後述する.

4.2 熱による劣化の可能性

エポキシを含むプラスチック樹脂は,高温環境に晒されることによっても樹脂分子鎖の切断が生じる(矢内,2012).LED光源の場合,LEDが発する熱による強度劣化が懸念される.今回製作したLED光源は,LED一個あたり約0.9 Wの電力を消費するが,樹脂は深海では2~3℃の海水に触れているため,放熱は十分に行えると考えられる.勿論,LED素子の接合温度最大値や,エポキシ樹脂の使用上限温度とされる110~120℃(安田,2001)を超えるような熱水に浸すような用途には,当然供することはできない.

4.3 圧力による劣化の可能性

ICなど半導体チップをエポキシ樹脂製のパッケージに固定した後に応力歪が残留すると,チップに亀裂が生じたり,あるいはチップからボンディングワイヤが外れたりすることがある(吉井ほか,2003).この現象は,ICやディスクリート半導体などを直接固定し,深海に持ち込んだ際,樹脂に生じる応力歪が半導体パッケージに直接及ぶことによって発生する可能性もある.今回使用したLEDやICではこのような現象は生じなかったが,より精細な回路パターンを持つICなどでは破損が生じる可能性がある.また,ワンチップマイコンなどに採用されている内臓クロックは,チップ内に形成されたコンデンサと抵抗を利用した発振回路を作動させるため,圧力とともにコンデンサの容量が変化し,クロック周波数に影響を与える可能性もある.このため,これらの部品を樹脂固定する場合には,チャージポンプの電解コンデンサに適用したように,パッケージそのものをカプセルで覆うことで圧力から保護することが望ましい.

また,エポキシ樹脂そのものも,加減圧の繰り返しによって,樹脂内でクリープ歪が生じこれが蓄積し,破断に至ることも考えられる(長坂ほか,2007).とりわけ,基板と樹脂,あるいは水中コネクタと樹脂といった物性の異なる材質が接する場所については,歪が生じやすいと考えられるため,とくに深い水深で繰り返し使用するような場合,樹脂をなるべく厚く形成することで,金属などの接合部に応力が集中しないような工夫を施すことが望ましい.

4.4 変色と光による劣化の可能性

硬化当初のエポキシ樹脂は透明に近いが,Fig. 6が示すように,経年変化によって黄色味を帯びるようになる.この変色が及ぼす照度の低下を検討するため,硬化後4ヶ月が経過した樹脂と,製作後7年が経過し,黄色味を帯びたインジケータランプ樹脂部分の吸収スペクトルをそれぞれ測定した.光源には,ホワイトランプ(LW100V54 W,東芝ライテック)を用い,分光光度計にはUSB2000(Ocean Optics)を使用した.測定に供した樹脂とその配合比は作成したLED光源と同一で,試料片の厚さはいずれも3.5 cmである.結果,硬化4ヶ月後のエポキシ樹脂の吸収率は最大で0.15であり,波長 500~650 nmの範囲でほぼ一定の値を示した.一方,硬化7年後の樹脂は510 nmにおいて最大吸収率0.37を示した(Fig. 6).硬化した樹脂が年月を経て黄色味を帯びる原因は,このような吸収特性の変化によるものと推察される.今回使用したLED,ASMT-MW22-NLN00の発光スペクトルは455 nmを中心とした急峻なピークと,565 nmを中心としたブロードなピークをそれぞれ持つため(AVAGO TECHNOLOGIES, 2010),光源を7年以上放置することにより,450~580 nm,とりわけ510~560 nmの領域にかけて,最大で23.6%の光量低下が生じると考えられる.

Fig.6.

Absorption ratio of the epoxy resin samples fixed after 4 months (blue line), 7 years (red line) and the relative absorption rate after 7 years from the fixing (green line).

図6.可視領域における硬化後4ヶ月(青ライン),7年(赤ライン)を経た樹脂の吸収率と,硬化後7年後の樹脂の相吸収率(緑ライン).

エポキシ樹脂は光劣化を起こすことが知られており,とくにエポキシ樹脂を含む塗料の劣化過程やその分析手法の研究が進んでいる(矢部ほか,2006).エポキシ樹脂は砲弾型LEDの封入にも使用されるが,紫外線や青色を発するLEDでは,長時間の照射によって樹脂が白濁することが知られている(別所・清水,2010).今回作成・使用した光源に白濁は見られなかったが,より強い短波長の光を長時間照射することによって白濁が生じ,光量が低下する可能性も否定できない.色変化や白濁と樹脂の強度劣化の関係は,これまでの実験や実証結果からは明らかではなく不明な点も多いため,長期間の使用や,より強力なLEDを光源に用いる際には,事前に試験片を作成して長時間照射を行い,光量や強度の低下などを評価しておく必要があろう.

4.5 樹脂固定電子機器の応用

本論では,LEDや電子回路を樹脂固定したり,あるいは圧力に弱い部品を空隙内に収めることで,耐圧容器を不要とする簡単な装置を製作し,これらを海底で作動させられることを示した.この手法を応用すると,深海における非接触光通信が可能となる.Fig. 7は,テレビのリモコンに使われる赤外線LEDと受光素子を組み合わせた信号送受器の試作品であり,圧力による破壊が懸念される受光部分を,試験管をカットして製作したガラス製のドームで覆うことにより,素子を保護するようになっている.この装置を2個製作,片方を深海に設置する装置に取り付け,もう片方を無人潜水艇などに搭載し,マニピュレータ操作によってこれを装置側に近づけることによってコマンドやデータの送受信を行うことができる.市販のリモコンはビットレートが遅いため大量のデータ転送には向かないが,送信・受信素子や信号プロトコルを吟味すれば,非接触の光通信システムを安価に開発することが可能になる.

Fig.7.

Transducer of a deep-sea remote controller as an example of the epoxy resin fixed circuit. The receiving unit is protected by glass dome. This transducer enables to control deep-sea instruments just like a TV remote controller.

図7.エポキシ樹脂で固定した深海用電子回路の見本として試作したリモートコントローラーの送受信機.受信部はガラスのドームで保護されている.本機により,家庭でテレビを操作するように,深海に設置した装置のコントロールが可能になる.

4.6 エポキシ以外の樹脂による耐圧化の可能性

YK12-09航海における日本海溝調査では,エポキシ樹脂で固定したLED光源のほかにも,ポリブタジエンゴム(グロニックC-400,タイコエレクトロニクス)で固定した光源の耐圧試験も行った(Fig. 8).このゴムは,元来は電子回路を湿度や塩害から保護するために供される.ゴムの硬化はエポキシ樹脂と同じように,主剤と硬化剤を混合することで進行するが,硬化後もゴム特有の柔らかい物性を保持する.さらには,硬化後に開削・再充填を行うことで部品の交換も可能である.今回の試験では,9個のLEDと電流制限抵抗3個を配置したゴム製のLED光源を作成し,エポキシ樹脂で固定したLED光源と共に5回の耐圧試験を行った.回収後もLEDはすべて点灯し,ゴムも変性せずに柔軟性を保持していた.このゴムの透明度はエポキシ樹脂ほど高くないが,基材との粘着力が高いという特徴がある.このため,柔らかさを要求されるケーブルのモールドに使用することができ,さらには機器からケーブルを直接出すような用途にも利用可能と考えられる.このほかにも,深海で電子回路の保護に使用できる素材はたくさん存在すると考えられる.強度や劣化試験を経た上で目的に応じた樹脂やゴムの選択をすることで,より簡便な装置を安価に開発できるようになると期待できる.

Fig.8.

LED light fixed with poly-butadiene rubber for pressure test. The soft rubber protected the LEDs and the function was confirmed after the test. The size is 85 mm × 130 mm × 25 mm. The five star marks behind the light represent successful lightings after each in situ pressure exposure test.

図8.耐圧試験用に試作した,ポリブタジエンゴムで固定したLED光源.LEDはゴムによっても守られ,深海現場での耐圧試験後,点灯を確認できた.サイズは85mm×130mm×25mm. 背面に書かれた5つの☆印は,それぞれの現場圧力試験後に点灯を確認した印である.

5. まとめ

プリント基板をエポキシ樹脂に固定し,圧力に弱い部品を空隙中に保護する手法によってLED光源とLEDインジケータ付きチャージポンプの製作をそれぞれ行い,海底の現場で作動させることに成功した.前者はトンガ海溝,ホライゾン海淵の水深10800 mでの使用に耐え,後者は沖縄トラフ,伊平屋北熱水フィールド,水深約1000 mに作られた人工熱水噴出孔において,深海電池の発電を確認するインジケータの役目を果たした.製作後から長期間にわたるエポキシ樹脂の劣化や圧力に対する強度変化については,まだ十分な解明はなされていない.光源として長時間使用する際の透明度や強度の経時変化なども含め,引き続き評価する必要は残るが,本手法によって,コストのかかる耐圧容器を使用せず,深海で小規模な電子回路を使用できることを実証することができた.

謝辞

本研究を進める上で,「R/Vなつしま」「R/Vよこすか」両クルー,ハイパードルフィン,かいこう7000両チームの皆様にはランダーの設置・回収などで大変お世話になった.タイコエレクトロニクスジャパン合同会社の妹尾博樹氏(現在・マリメックス・ジャパン株式会社)には,グロニックC-400のサンプルをお分け頂いた.ここに謝意を表します.なお,本研究を進めるにあたり,以下の予算を使用しました.JAMSTEC運営費交付金,平成17~19年度JAMSTEC最先端計測技術開発促進アウォード,科学研究費補助金(若手研究(B)) 21710024,同(基盤研究(C))23510022.

参考文献
 
© Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology
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