JAMSTEC Report of Research and Development
Online ISSN : 2186-358X
Print ISSN : 1880-1153
ISSN-L : 1880-1153
Report
Downsizing of a ship-borne MAX-DOAS instrument
Hisahiro TakashimaYugo KanayaFumikazu Taketani
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2016 Volume 23 Pages 34-40

Details
Abstract

海洋上の大気微量成分の動態把握のために,陸上で観測を行っているMAX-DOAS (Multi Axis Differential Optical Absorption Spectroscopy) 法を船上観測に適用し,これまで海洋地球研究船「みらい」等の船上で観測を実施してきた. 船上で陸上の場合と同様に安定した水平面の上で動作させるために, 船の揺れを打ち消す能動型ジンバルをもちいて観測を実施してきたが, 装置が大きく重量があり,輸送や汎用性に問題があるため,小型・軽量化装置の開発に着手した. MAX-DOAS法では,太陽散乱光を低い仰角で精度良く測定することが必要であり, そのため高い精度でテレスコープの観測仰角を制御する必要がある.本研究では小型化のため, 能動型ジンバルを使わずに,船の揺れを検知し, その揺れを打ち消すように受光プリズムを制御することにより観測仰角を一定に保つ機構を開発した. 2014年度に「みらい」で観測を行ったところ, 高精度で安定した動揺補正が行われていることを確認した.

1. はじめに

2010年度より海洋地球研究船 「みらい」にて,MAX-DOAS(Multi Axis Differential Optical Absorption Spectroscopy)法(複数仰角における太陽散乱光分光計測・差分吸収測定法)と呼ばれる地上からのリモートセンシング観測手法により,海上のエアロゾル・ガス成分の連続自動観測を実施している.船上で陸上の場合と同様の安定した水平面上で動作させるため,これまで船の揺れを打ち消す能動型ジンバルを用い,そのジンバル上に陸上で用いているテレスコープ装置を搭載して観測を実施してきた.しかし能動型ジンバルは大型で重量があり,将来的にさまざまなプラットフォーム(船舶,航空機等)への適応を考え,観測装置の小型・軽量化に着手した.MAX-DOAS法では,太陽散乱光を低い仰角で精度良く測定することが必須で,高い精度でテレスコープの観測仰角を制御する必要がある. 本研究では装置の小型化のため,ジンバルを使わずに,船の揺れを検知し, その量を足し引きして受光プリズムを制御し,観測仰角を制御する機構を開発した. また2014年度より開発した装置を「みらい」に導入して試験観測を行い,MR14-06航海より観測を開始した. この報告では装置の概要,観測仰角の制御結果を示すとともに,開発した装置を用いたMAX-DOAS法による初期解析結果について報告する.

2. 船上でのMAX-DOAS法による大気観測

2.1 MAX-DOAS法

MAX-DOAS法は,複数の仰角で紫外から可視域の太陽散乱光(300-500 nm) を観測し,その光の到達経路や高度層ごとの光路長の違いからエアロゾル・ガス成分の鉛直分布/対流圏積算量を連続的に算出するリモートセンシング観測手法である(図1). その際,絶対濃度の高度分布が既知の酸素分子の2量体であるO4(O2-O2)の吸収度を測定することで,平均的な光路長が分かり,エアロゾルによる消散の情報を導出する. またこの光路長の情報とガス成分の吸収からガス成分濃度を導出する.エアロゾル, 二酸化窒素(NO2)に加え,水蒸気(H2O),ホルムアルデヒド(HCHO), 二酸化硫黄(SO2),グリオキサール(CHOCHO)などの多成分を一台の観測装置で同時に導出できる観測手法である. これまで海洋研究開発機構ではMAX-DOAS法による観測を地上多地点で展開してきた (たとえばKanaya et al., 2014; Irie et al., 2008; Takashima et al., 2009). また海洋上でのエアロゾル・ガス成分の観測を行うため,2009年に海洋調査船「かいよう」で観測を開始し (Takashima et al., 2012),2010年度より「みらい」で観測を行っている.

Fig.1.

MAX-DOAS is a passive remote-sensing technique designed for atmospheric aerosol and gas profile measurements near the ground, using scattered visible and ultraviolet solar radiation at several elevation angles from the ground.

図1. MAX-DOAS法は,複数の低い仰角で太陽散乱光を観測し, その光路長の違いから対流圏下層のエアロゾル・ガス成分の鉛直分布/対流圏積算量を連続的に算出するリモートセンシング手法. 絶対濃度の高度分布が既知のO4の吸収度の測定から,平均的な光路長が分かり,エアロゾルの消散の情報を導出する.またこの光路長の情報とガス成分の吸収からガス成分濃度を導出する. 高い精度でテレスコープの観測仰角を制御する必要がある.

2.2 観測装置の概要および解析方法

「みらい」での観測装置は,屋外テレスコープユニットと室内の分光器・CCDユニットで構成される. テレスコープで受光した太陽散乱光は,光バンドルファイバー(10 m または 14 m; 100 $\mu$m × 60芯)を通して分光器で分光し,CCDで受光する. なおテレスコープユニットは,はじめ,様々な方位で散乱光を直接観測するため, 方位角と仰角を変化させることができる2軸型装置を開発した(図2a). その2軸型装置を能動型ジンバル上に載せて陸上の場合と同様に安定した水平面をつくり観測を行ってきた. ここでジンバルは,2つの角度計(SEIKA, Mikrosystemtechnic GmbH, N2)を用いて, roll 角とpitch 角の絶対的な水平面からの差を減らすように動作する(Takashima et al., 2012).本研究は,装置の小型化を目的とし,複数の方位で観測はせず(方位角は固定し,仰角のみ変化),またジンバルを用いない1軸型装置を開発した. なお船上での観測システムでは,テレスコープの観測仰角(図12の赤矢印) を1分毎に変化させ(3,5,10,20,30,90度など), また観測波長域を7~8分ごとに紫外(270-409 nm)と可視(383-520 nm) に変化させて観測を行っている.

Fig.2.

Photographs of the telescope unit of the MAX-DOAS instrument installed on the R/V Mirai. At the beginning, we conducted the measurements by using active gimbal to provide a horizontal surface, on which a two-axis telescope unit was mounted (a). To miniaturize the observation system, we developed a new one-axis type telescope unit without gimbal, in which the elevation angle was actively controlled at the prism, accounting for the ship roll angle (b).

図2. (a)能動型ジンバル上に搭載した2軸型の船上MAX-DOAS装置および(b) 小型・軽量化のために開発したプリズムを利用した1軸型の装置. 新しい装置による観測は2014年度より実施 (海洋地球研究船「みらい」減揺装置屋上に設置).

屋内の分光器(Acton SP-2358 spectrometer, grating: 600 lines/mm@300 nm) は保温箱に入れ35℃に温度調節し,分光器に接続したCCD(Princeton Instruments PIXIS-400B)は -70℃に冷却している.テレスコープ,分光器,CCD は室内のコンピューターを用いて制御する. 屋外テレスコープユニットはプリード(PREDE Co., Ltd., Tokyo, Japan) と共同開発した.船上装置の詳細は Takashima et al.(2012),分光器・CCDユニットの詳細については Takashima et al.(2015)を参照されたい.

天頂で計測したスペクトルを参照として,複数の仰角で観測した太陽散乱光スペクトルデータから,DOAS 法(Platt, 1994)により,O4 およびガス成分のDSCD(differential slant column densities, 差分傾斜カラム濃度)を導出し,放射伝達モデルを用いてガス・エアロゾル濃度の鉛直積算量・鉛直分布を導出する. 本研究ではその際,3次元の放射伝達モデル(3D Monte Carlo RTM (MCARaTS),Iwabuchi, 2006)を用いている.なお, テレスコープの観測仰角を正しく制御できた場合のみの太陽散乱光スペクトルデータを解析に用いる.

3. テレスコープ部の小型化

これまでの能動型ジンバル装置は大型で(図2a),重量もあるため (テレスコープ部約25 kg, ジンバル部約75 kg(架台を除く)), 輸送や汎用性等に問題があった.そこでテレスコープの観測仰角に船の揺れを足し引きして受光プリズムを直接制御する小型・省電力・軽量化した機構を開発した(図2b,3).

開発したテレスコープ部分の重量は約6 kg である.図3に示すように, テレスコープの観測仰角はプリズム部分をステッピングモーターで回転させることにより制御する (2軸型と違い鏡筒は動かさない).その際,船の揺れを検知し, その量を足し引きして観測仰角を制御する. 太陽散乱光はプリズムからレンズを通して光ファイバーに送られる. 2軸型テレスコープは,様々な方位角で直接観測ができるという利点があるが, 新機構の1軸型では,小型軽量化のため, プリズムを通した散乱光を計測することとし,また観測方位角も1方向に固定した.

Fig.3.

One-axis type MAX-DOAS telescope unit.

図3. 1軸型MAX-DOAS装置の受光部.

例えば船の右舷方向(roll角方向)を観測した場合,1軸型装置では pitch角の動揺制御は行われず, roll角のみの船の揺れを足し引きして観測を行う.右舷方向を観測した場合のpitch角の揺れの影響 (設定した観測仰角と実際の観測仰角の差)を図4に示す.横軸にpitch 角, 縦軸に観測仰角を示す.pitch 角が0の場合, その差は0となり設定した観測仰角で観測を行うことができる.pitch 角に揺れがある場合は,設定した観測仰角と実際の観測仰角には差が生じ, その差は観測仰角が大きいほど大きい.ただし,pitch 角の揺れの影響は小さく, たとえばpitch 角が5度以下の揺れであれば,観測仰角10度以下の観測について, その差は0.04度以下となり,無視することができる.

Fig.4.

Effect of pitch angle on the elevation angle (degree) for the case in which the telescope unit is installed on the starboard-side (roll) of the viewing azimuth angle (contour indicates $\theta -\mathrm{arcsin}\ (\sin \theta \times\cos (\alpha))$. Here, $\theta $ indicates elevation angle, and $\alpha $ indicates pitch angle).

図4. 1軸型装置で右舷方向(roll 角方向)を観測した場合のpitch角の揺れに対する観測仰角(度)への影響($\theta -\mathrm{arcsin}\ (\sin \theta \times\cos (\alpha))$ について示す.$\theta$は観測仰角(縦軸),$\alpha $はpitch角(横軸)).

新しいテレスコープユニットの装置概要は以下の通りである. 装置は,筒状のテレスコープ鏡筒を採用し,ソフトによる仰角制御が可能で (ステップは0.1度以下,精度は0.2度以下),光軸に石英筒,プリズム,石英平凸レンズ,ファイバーコネクター(SMA)を採用した.光ファイバーの端面は無限小の面積であるとはいえず, 光軸から外れる効果があるため, 完全な平行光を入射させていることにはならないが, 石英レンズの位置を,光ファイバー側からの入射光に対して視野角(field of view angle)が1度以下程度になるように調整した.プリズム上に小型の角度センサー(シリコンセンシングシステムズジャパンAMU-lite) を搭載し,プリズムの現在角度をソフトウェア上で5 Hzで表示し,オフセット機能によって,停船時にテレスコープの水平(仰角0度)を容易に設定・補正できるように設計した.その際の水平基準としては, プリズム固定用のアルミ部材にプリズム軸に平行となるように埋め込まれた小型水準器を用い, 目視で確認した. 受光部分は屋外に設置されるため,耐候性,耐水性が満たされるように設計した.

テレスコープ内の角度センサー(AMU-lite)は2個搭載し,1つはテレスコープ固定面(船舶自身)の揺れの検知に使用し,もう1つはプリズムの角度を検出して,制御結果を評価するのに用いた. またテレスコープ内のAMUセンサーを用いた仰角制御と,船体に常設されている動揺検出器(PHINS) から提供される動揺データを用いて制御した場合の2つを試験できるように設計し,装置を作成した後,2014 年度より船舶上(みらい)で試験観測を行った(MR14-06航海より本格的な運用を開始).なお船舶の揺れ(roll角)および制御後のプリズム角度データは5 Hz で船内のコンピューター上に記録した.

4. 小型化した装置を用いた観測

開発した装置によるテレスコープの観測仰角制御の結果(例)について示す(図5). MAX-DOAS法では,複数の低い仰角で太陽散乱光の観測を行い, それらの違いからエアロゾル・ガス成分の鉛直分布を導出する. 本研究では例えば仰角3度と5度の太陽散乱光スペクトルの違いを観測しなければならない. テレスコープの視野角は ~1度であり,本研究では Peters et al.(2012)と同様に観測仰角 ±0.5度で評価を行った.MR14-06における制御率をみると(MR14-06 観測期間中の制御率の時系列を図6に示す),観測仰角±0.5度以内に制御できた観測は95%以上であり,±0.2度へと条件を厳しくした場合についても60~85%程度の達成率が得られ,従来のジンバルを用いた観測システムの場合と比べて同程度に制御できたと考えられる(従来のジンバルを用いた観測システムは,例えばMR11-06航海で ±0.2度について 50~80%程度).ただし周期が短い揺れや突発的な揺れ,振幅の大きな揺れなど制御できない場合も多々あるので,今後改良する必要がある.

Fig.5.

Example of roll angles recorded for the vessel (blue) and controlled angles (subtracted the target elevation angle) (red).

図5. 新しい1軸型機構を用いた観測仰角の制御例.船舶の揺れ(roll 角:青線) および水平制御後の時系列(赤線).新しい機構では, 観測仰角に船の揺れを差し引きして受光プリズムを制御することで低い仰角で太陽散乱光を観測している.

Fig.6.

(top) The ratio of the controlled prism within ±0.2°/±0.5° (blue/red) of the target during the MR14-06 cruise (November 2014-February 2015) (%). The elevation angles were controlled to be within ±0.5°of the targets for > 95% of the time. (bottom) standard deviation of the ship roll angle.

図6. テレスコープの観測仰角の制御率の時系列(上図;青線は観測仰角±0.2度,赤線は±0.5度に収まった割合;%),および船の揺れの時系列(下図:船のroll 角の標準偏差;度).2014年度「みらい」での結果について示す(1時間毎に計算).

Peters et al.(2012)と同様に,揺れが±0.5度以内に制御できた場合のみの太陽散乱光スペクトルについて,460-490 nmの波長域を解析し,二酸化窒素(NO2) の導出を試みた.NO2 DSCD は,一般的に低い仰角ほど光路長が長いために高くなるが,新機構でも同様の傾向が確認され,観測の妥当性を確認することができた.図7に解析例としてMR14-06期間に得られたNO2 対流圏積算量(Vertical Column Density; VCD)について示す.海上での変動は Takashima et al.(2012)と同程度に低く観測の妥当性を確認することができた.

Fig.7.

Tropospheric NO2 VCD variations over the ocean during the MR14-06 cruise (November 2014-February 2015) (1015 molec/cm2).

図7. MR14-06 で観測した対流圏 NO2 積算量(1015 molec/cm2).

今回の結果により,能動型ジンバルを使わずに,テレスコープ内の角度センサーで船の揺れを足し引きしてプリズムを制御する機構により,設定した観測仰角±0.5度で制御できることがわかった. この水平制御観測システムは船舶以外のプラットフォームにも適用可能であり,今後船舶での観測を継続するともに,さらなる小型化,他のプラットフォームへの適応を目指す.

謝辞

MR14航海の首席である末次大輔氏,安藤健太郎氏,植木巌氏, グローバルオーシャンデベロップメント観測技術員に感謝申し上げます. また2名の査読者からは有益なコメントをいただきました.感謝申し上げます.DOAS 法の解析にはBIRA-IASBが開発しているQDOAS を用いました. また図の作成は地球流体電脳倶楽部の提供している地球流体電脳ライブラリ(DCL),電脳Ruby 製品を用いました.

参考文献
 
© 2016 Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology
feedback
Top