Japanese Journal of Medical Technology
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F wave parameters in intrathecal baclofen trial in children
Akira KAMIDAKenta SHIMABAYASHINaoyuki UEDAKengo SATOChisako FUKUDAYasuaki HIROOKAYoshihiro MAEGAKI
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2017 Volume 66 Issue 1 Pages 40-46

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Abstract

これまで痙性の電気生理学的治療評価法として,H波が用いられてきた。しかし,痙性の治療法の一つであるバクロフェン髄腔内投与療法(intrathecal baclofen therapy;ITB療法)前にH波が出現せず治療前後で比較できない症例やITB療法後にH波が消失し定量的な評価ができない症例を経験した。そこで治療程度の効果判定のための指標としてF波が利用可能か否かを検討した。さらに,F波所見と臨床所見との関連性も検討した。対象は当院脳神経小児科を受診し,ITBトライアルを行った痙性麻痺患者7人11脚(3~11歳)。F波は出現率,F/M,最大振幅-最小振幅,変曲点数,面積,面積変動係数について検討した。臨床所見は膝関節伸展,膝関節屈曲,足関節背屈の平均アシュワースケールスコア(Ashworth score; AS)を用いた。治療により,F/M,面積は有意に減少した(p < 0.01, p < 0.05)。また,治療前では,ASと変曲点との間に正の相関(r = 0.618, p < 0.05),面積との間に強い負の相関(r = −0.763, p < 0.01)が認められた。以上からF/Mと面積が治療効果判定に有用と思われた。

痙性は脳卒中,頭部外傷,脊髄損傷,脳性麻痺などのさまざまな中枢神経障害によって生じる上位運動ニューロン症候群の一つと定義されている1)。Pennらの報告2)を契機に,痙性の治療法としてバクロフェン髄腔内投与療法(intrathecal baclofen therapy;ITB療法)が行われるようになった。Overgårdら3)は46人の脳性麻痺児(45人に痙性あり)にITB療法を行い,上下肢の痙性が改善し,ほとんどの親がITB療法に満足したと報告した。本邦では2007年に小児への適用が認められた。

従来,痙性の治療評価法は臨床症状の改善を用いることが多かったが,客観性に欠けるため,本研究ではF波による電気生理学的評価の有用性を検討した。これまで痙性の電気生理学的検査としてH波が用いられてきたが4),当院でITB療法前にH波が出現せず治療前後の評価が比較できない症例や治療後にH波が消失し定量的な治療効果判定ができない症例を経験した。一方,痙性麻痺患者のF波について,小森ら5)はF波とM波の%振幅比(F/M)が増加,潜時のばらつきが短縮,出現率が増加することを報告した。そこで,我々は治療効果判定の指標としてF波が利用可能か否かを検討し,さらに,F波所見と臨床所見との関連性について検討した。

I  対象および方法

1. 対象

2012年10月~2015年2月に鳥取大学医学部附属病院脳神経小児科を受診し,ITBトライアルを行った3~11歳の痙性麻痺患者7人11脚(両側:4人,片側:3人)でF波の検討を行った。3人は痙性に左右差が認められずF波の検査を片側でしか行わなかったため,片側のみを対象とした。本研究は鳥取大学医学部倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号2734)。本研究に際して,対象の保護者には研究の目的や安全性について十分に説明し,書面にて同意を得た。

2. 方法

F波の測定はNeuropack X1(日本光電,東京)を用い,覚醒時安静仰臥位にて内踝とアキレス腱の間の脛骨神経を刺激し,母趾外転筋から波形を導出した。刺激は最大上刺激を用い1 Hzで連続16回記録した。治療前のF波検査は患者6のみ治療6日前,他の患者は治療前日に測定した。治療後のF波検査は治療4~6時間後に測定した。

臨床所見はF波導出側における4時間後の膝関節伸展,膝関節屈曲,足関節背屈の平均アシュワーススケールスコア(Ashworth score; AS)を用いた。ASはAshworth6)によって報告された痙縮の臨床評価法であるアシュワーススケールの中で,他動運動に対する関節の抵抗量を5段階評価でスコア化したものである。

F波の出現率(%),F/M(%),最大振幅-最小振幅(μV),変曲点数,F波の面積(μV·ms),面積変動係数を検討した。変曲点数,面積の求め方はFigure 1に示す。F波の面積はImage J(アメリカ国立衛生研究所)を用い算出した。面積変動係数は導出されたF波の面積の標準偏差を平均値で割り算出した。F/M,変曲点数,面積は導出された各F波指標の合計を導出されたF波数で除し平均値を求め,治療前後で比較した。さらに,治療前および治療後のF波指標とASとの関連性を検討した。

Figure 1 

治療前後のF波例(患者6,右脛骨神経)

治療前16回目刺激時に表されている●はF波の変曲点,斜線部はF波の面積を表している。

治療により,出現率,F/M,面積は減少した。

3. 統計解析

統計はSPSS Statistics 21(IBM)を使用し,Wilcoxon検定,Spearman相関分析を行った。p < 0.05を統計学的有意とした。

II  結果

患者プロフィールとF波指標およびASの結果をTable 1に示す。また,各F波指標の治療前後の平均値をTable 2に,治療前後のF波の実際の波形例をFigure 1に示す。治療により,AS(Figure 2A)は2.6 ± 0.8から1.4 ± 0.3に低下し(p < 0.01),11脚中10脚で低下が認められた。同様に,F/M(Figure 2B),F波の面積(Figure 2C)はそれぞれ1.9 ± 0.8%から1.1 ± 0.6%へ,736 ± 476 μV·msから560 ± 595 μV·msへ有意に低下した(p < 0.01, p < 0.05)。F波の出現率(Figure 2D),最大振幅-最小振幅,変曲点数,面積変動係数に有意差は認められなかった。また,臨床症状を示すASと各F波指標との関連性は治療前でのみ変曲点数との間に正の相関(r = 0.618, p < 0.05)が,面積との間に強い負の相関(r = −0.763, p < 0.01)が認められた(Figure 3A, B)。以上より,治療前のASが低値例では,痙性で出現するとされる形が均一で振幅が大きく変曲点数が少ないF波が,またASが高値例では,形が多様で振幅が小さくかつ変曲点数が多いF波が多く認められた。このようなASの差によるF波の形の特徴は治療後も特徴を保ちながらF/M,F波の面積が減少した(Figure 4)。

Table 1  患者プロフィールと治療前後のF波指標およびASの値
患者No. 年齢,性別 神経名 出現率
(%)
F/M(%) 最大振幅-最小振幅(μV) 変曲点数 面積(μV·ms) 面積変動係数 AS 診断名
1 3y0m, F 右脛骨 100/94 1.4/1.1 300/460 5.4/5.4 494/388 0.51/0.48 2.75/1.00 脳性麻痺
2 5y0m, M 左脛骨 100/100 1.7/0.9 120/100 6.2/6.6 651/327 0.26/0.25 2.25/2.00 点状軟骨異形成症,
頸髄損傷
3 7y2m, F 左脛骨 100/100 1.6/1.9 560/300 7.8/7.9 567/492 0.66/0.34 3.75/1.50 脳性麻痺
右脛骨 88/94 1.6/1.1 310/130 6.1/5.4 352/345 0.42/0.22 3.75/1.75
4 8y7m, F 左脛骨 100/100 1.0/0.7 290/320 5.4/5.1 531/409 0.30/0.32 2.75/1.25 脳性麻痺
右脛骨 100/100 0.9/0.8 150/290 6.3/6.1 504/511 0.24/0.23 2.50/1.25
5 10y0m, F 左脛骨 100/88 1.8/1.0 390/290 6.5/5.2 468/439 0.35/0.51 3.00/1.25 脳性麻痺
右脛骨 100/94 1.5/0.9 270/320 5.6/6.4 458/420 0.38/0.40 2.75/1.00
6 11y2m, M 左脛骨 100/25 2.8/0.4 1,110/20 5.0/5.0 862/105 0.92/0.52 1.50/1.25 ジストニア
右脛骨 100/63 3.5/1.3 670/360 4.0/5.1 1,113/314 0.55/0.72 1.25/1.25
7 11y3m, F 左脛骨 100/100 3.3/2.5 980/870 5.9/6.6 2,095/2,412 0.27/0.20 2.00/1.50 蘇生後脳症後遺症

各F波指標およびASの斜線左が治療前の値,右が治療後の値である。出現率,F/M,面積,ASは治療後に低下している例が多い。

Table 2  治療前後のF波指標およびASの平均値
出現率(%) F/M(%) 最大振幅-最小振幅(μV) 変曲点数 面積(μV·ms) 面積変動係数 AS
治療前 99 ± 3 1.9 ± 0.8 468 ± 313 5.8 ± 0.9 736 ± 476 0.44 ± 0.20 2.6 ± 0.8
治療後 87 ± 22 1.1 ± 0.6 315 ± 213 5.9 ± 0.9 560 ± 595 0.38 ± 0.16 1.4 ± 0.3
p > 0.05 < 0.01 > 0.05 > 0.05 < 0.05 > 0.05 < 0.01

F/M,面積,ASは治療前と比較し治療後に有意に低下した。

Figure 2 

治療前後の比較

Wilcoxon検定を用いた。ひげの上端は最大値,下端は最小値,箱の上端は第三四分位数,箱の下端は第一四分位数,箱内の線は中央値を示す。

(A)ASの比較

ASは2.6 ± 0.8から1.4 ± 0.3と治療後に有意に減少した(p < 0.01)。

(B)F/Mの比較

F/Mは1.9 ± 0.8%から1.1 ± 0.6%と治療後に有意に減少した(p < 0.01)。

(C)F波面積の比較

面積は736 ± 476 μV·msから560 ± 595 μV·msと治療後に有意に減少した(p < 0.05)。

(D)F波出現率の比較

出現率は有意差が認められなかった(p = 0.072)。

Figure 3 

臨床症状とF波の指標との関連性

Spearman相関分析を用いた。

(A)治療前のASとF波の変曲点数との相関

治療前のASと変曲点数との間に有意な正の相関が認められた(r = 0.618, p < 0.05)。

(B)治療前のASとF波面積との相関

治療前のASと面積との間に有意な負の相関が認められた(r = −0.763, p < 0.01)。

Figure 4 

AS低値例と高値例のF波波形の特徴

AS低値例として患者6の右脛骨神経,AS高値例として患者3の右脛骨神経のF波波形を示す。治療前ASが低値例は振幅が大きく形が単一なF波,治療前ASが高値例はF波振幅が小さく変曲点が多く複雑な形のF波が認められた。両症例ともに治療後も治療前の形を保ちながらF/Mおよび面積が減少した。

III  考察

バクロフェンの有効性の評価は通常臨床症状によることが多く,客観的評価法の確立には至っていない。今回の検討ではF波の指標のうちF/M,面積が治療により減少し,今後,これらの指標がITB療法の治療効果判定に利用できる可能性が示唆された。また,11脚中2脚は治療前から,11脚中7脚はITB療法後,H波が出現しなかった。このことからも,安定して出現するF波はH波より治療効果判定に有用と思われた。

痙性の病態として,①γ運動ニューロンの活動性の亢進,②筋紡錘感受性の上昇,③Ia群線維終末に対するシナプス前抑制の減少,④Ia群線維の変性・発芽現象,⑤α運動ニューロンへの興奮性の入力の増大,⑥α運動ニューロンへの抑制性の入力の減少,⑦シナプス後膜の感受性の上昇などが考えられており7),本研究におけるF波の指標の治療後の変化はα運動ニューロンの興奮がバクロフェンにより抑制されたものと推測される。出現率,F/M,面積は興奮している運動単位数を,最大振幅-最小振幅,面積変動係数は刺激ごとに興奮する運動単位の多様性を,変曲点数は運動単位の伝導速度の差を反映すると考えられる。今回,治療後に認められたF/Mと面積の減少は1回の刺激で興奮する運動単位数が減少したことを意味している。バクロフェンの薬理作用は脊髄後角に多く分布するGABAニューロンに作用し,Ia線維を求心路とするoligo-synaptic reflexを抑制することでγ運動ニューロンの活性化を低下させると報告されている8)。γ運動ニューロンは筋紡錘,Ia線維を介してα運動ニューロンとつながっているため9),バクロフェンによるγ運動ニューロンの活性低下がα運動ニューロンの活性を低下させたものと考えられた。

今回,患者2の左側,患者6の両側の3脚はASの変化が0.25以下とわずかであったが,3脚とも治療前のASが比較的低かったこと,患者2では治療前の足痛の訴えが治療後には消えたこと,患者6では清拭時の緊張が治療後に認められなくなったことから,臨床上,バクロフェンは一定の効果があったと考えられ研究の対象に含めた。

痙性患者のバクロフェン治療前後でのF波を比較した検討はいくつか報告されている。Milanov10)と樋口ら11)は治療後のF波の出現率,F/Mの減少を報告しており,F/Mに関しては今回の結果と一致した。一方,Stokicら12)は治療後には出現率が減少するが,F/Mは減少しないと報告している。Stokicらの報告は治療後の臨床症状,すなわちASの低下が顕著ではなく,バクロフェンの効果が不十分であったためF/Mに有意差が認められなかった可能性が考えられる。また逆に,Dressnandtら13)はバクロフェン1回投与後のF/Mは減少するものの,出現率は有意に低下しないと報告しており,今回の結果と一致した。しかし,有意差は認められないものの出現率は100%から60~90%に減少しており,今回の結果と類似する。今回,これまで報告されていないF波の面積を検討し,ITB治療後に有意に減少することを確認した。F波の面積もITB治療効果判定の指標の一つとなり得ると思われる。

次に,治療によりF/M,F波の面積およびASがともに減少したため,これらF波指標とASの間のSpearman相関分析を行った結果,治療前のASと変曲点数との間に正の相関,面積との間に負の相関が認められた。Figure 3Bに示すASが2点の症例では面積が大きい値であった。この症例の最大振幅は1.4 μVと,他例と比較し大きいF波が連続して出現したためと思われる。また,治療後に相関が認められなかったのは,バクロフェン療法後にいずれの症例もASが低値になったためと考えられた。治療前のASと変曲点数および面積との間に相関が認められたことは治療前のAS,すなわち筋緊張の強さがF波の形に影響することを示唆した。治療によりF波の形はあまり変わらないことから,治療効果を判定する際には治療前のF波の形が患者のASによって異なることを考慮し,同一患者内でのF/Mや面積の比較が重要と思われた。

IV  結語

バクロフェン治療によるF波指標の変化は,F/Mと面積が有意に減少した。また,治療前のASと変曲点数との間に正の相関,面積との間に負の相関が認められた。以上からF/Mと面積が治療効果判定に有用と思われた。また,治療前に限り,変曲点と面積を用いて痙性の重症度を評価できる可能性が示唆された。

 

本論文は第48回日本臨床衛生検査技師会中四国支部医学検査学会で発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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