Japanese Journal of Medical Technology
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Storing autopsy organs in 2-propanol solution after formalin fixation
Takeo SAKAKIBARAHisashi TAKINOEiichi SAKAKIBARAYuma SAKAMOTOYuki HAMASHIMAAyako MASAKITakayuki MURASEHiroshi INAGAKI
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2017 Volume 66 Issue 1 Pages 8-16

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Abstract

病理解剖で遺体から摘出された臓器は通常,ホルムアルデヒド溶液によって固定された後,ホルムアルデヒド溶液を新しく交換して保存される。固定後に病理診断用の組織ブロック作製に際し,臓器に含まれるホルムアルデヒド溶液を除去するために長時間の水洗が必要とされる。ホルムアルデヒド溶液を新しくする際や水洗不十分なホルムアルデヒド固定臓器をトリミングする際に,病理医や臨床検査技師へのホルムアルデヒド暴露の危険性がある。本研究では,ホルムアルデヒド溶液にて解剖材料を1週間固定後,2-プロパノール溶液で臓器を3ヶ月間保存した場合(AL法)と,ホルムアルデヒド溶液にて3ヶ月保存した従来法(FA法)と比較した。AL法は切出し室および臓器周辺の空気中ホルムアルデヒド濃度を有意に低減させ,ヘマトキシリン・エオジン染色標本の組織形態を維持させることが可能であった。また,AL法では免疫染色における抗原性の保持がFA法よりも一部の抗体においては良好であった。さらに,AL法は核酸保存性においてもFA法に比べ良好であった。以上から2-プロパノールを用いた臓器保存法(AL法)は,解剖臓器の保存に有用である。

I  はじめに

病理組織標本作製における固定液として最も使用されているホルムアルデヒドは強い刺激臭がある揮発性有機化合物で,慢性暴露による発がん性が指摘されている1)。一般に,ホルマリン固定液はホルムアルデヒドの10~20%希釈水溶液であり,ホルムアルデヒド濃度は3.7~7.4%に相当する。我が国では,2008年からホルムアルデヒド使用における環境基準値が低く規定され,病理診断・検査領域においても換気設備の設置など施設の作業環境改善が進んでいる2)

病理解剖臓器の固定では,臓器容量が大きいため大量のホルマリン固定液が必要であるが,大量の組織を一度に固定することや,緊急性を要しないことから,手術・生検材料と比較してホルマリン固定液に長期間浸漬されることが多い。また病理解剖臓器では切出臓器数が多いため,業務に携わる時間が長くなり人へのホルムアルデヒド暴露量も多くなる。ホルマリン固定液を十分除去するために長時間の臓器水洗が必要であるが,水洗が不十分な場合,ホルムアルデヒド対策を施した施設であっても,作業従事者のホルムアルデヒド大量暴露が避けられず,特に肺では注入固定を行うため水洗の効果が低い。

我々の施設では従来,病理解剖臓器は,解剖後およそ1週間で新しいホルマリン固定液に交換し,平均で解剖3ヶ月後に切り出され,病理組織標本が作製されていた(FA法)。今回,我々はホルマリン固定液保存量の削減を目的に,ホルマリン固定液で1週間固定した病理解剖臓器を,アルコールに替えて保存する方法(AL法)を考案した。そして,解剖臓器周辺および作業部屋のホルムアルデヒド濃度,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色や免疫染色の染色性および核酸の保存性をFA法とAL法で比較検討した。

II  症例と方法

1. ホルムアルデヒド濃度測定

症例として,1週間20%ホルマリンにて固定後,新しい20%ホルマリン固定液に交換しトスロン密閉容器にて11週間保存された病理解剖症例(FA法)を3症例,及び1週間20%ホルマリンにて固定後,臓器表面を十分に水洗し,50% 2-プロパノールに交換後トスロン密閉容器にて11週間保存された病理解剖症例(AL法)を3症例用いた。濃度測定は,ホルムアルデヒド対策が施工され,管理濃度0.1 ppm以下が確認されている臓器保管庫で行った。ホルムアルデヒド濃度測定は1日に1症例ずつ行い,測定対象臓器以外のホルムアルデヒドが混入しないようにした。測定位置は,臓器表面の直上約10 cm位置(臓器周辺濃度)と,臓器から水平約150 cm,床から約150 cm位置(室内濃度)の2地点で測定し,ホルムアルデヒド濃度は検知管式気体測定器GV-100S(GASTEC社,Kanagawa,Japan)とホルムアルデヒド検知管(GASTEC社No. 91,No. 91L及びNo. 91LL)で測定した。測定対象とした病理解剖臓器は,25 × 45 × 15 cmの容器に入れ,毎時約450 Lで水洗した。FA法症例およびAL法症例ともに臓器周辺濃度は,水洗直後と水洗1,2,4時間後に測定し,室内濃度は切出し前,水洗直後と水洗1,2,4時間後に測定した。各測定は3回実施した。

2. HE染色性

前項のホルムアルデヒド濃度測定に用いた症例とは別に,病理解剖5例から採取した3臓器(肝臓・脾臓・大腸)を用いてHE染色性,免疫染色及び核酸保存性を検討した。未固定臓器を5 mm3大に切出し,採取後20%ホルマリンで1週間固定した。その後,FA法では,4,8,12週間ホルマリン保存後にパラフィン標本を作製した。AL法では,ホルマリンより50% 2-プロパノールに交換後,4,8,12週間2-プロパノール保存後にパラフィン標本を作製した(Figure 1)。続いて脱水,透徹,パラフィン浸透を行い,3臓器を同一ブロックに包埋した後,厚さ3 μmに薄切した。HE染色は,ヘマトキシリン3G(サクラファインテック,Tokyo,Japan)とピュア・エオジン液(武藤化学,Tokyo,Japan)を使用し,自動染色装置DRS-2000(サクラファインテック)を用いて染色を行った。

Figure 1 

FA法,AL法の概略1

3. 免疫染色性

免疫染色は,自動免疫染色装置BondMax(LeicaBiosystems, Nusurohho, Germany)を使用し,1次抗体としてCD45,CD20,CD79a,CD3,CD34,cytokeratin,EMA,D2-40,Ki67,chromograninAの検討を行った(Table 1)。シグナル検出に関してはBond Polymer Refine Detection kit(LeicaBiosystems)を用いた。

Table 1  本研究で使用した免疫染色一次抗体
クローン メーカー 希釈倍率 前処理法
CD45 2B11+PD7/26 Dako 1:100 なし
CD20 L26 Dako 1:750 熱処理
CD79a JCB117 NICHIREI BIOSCIENCE RTU* 熱処理
CD3 SP7 SPRING BIOSCIENCE 1:100 熱処理
CD34 Nu-4A1 NICHIREI BIOSCIENCE 1:50 熱処理
Cytokeretin AE1/AE3 Dako 1:500 酵素処理
EMA GP1.4 Leica 1:100 なし
Ki67 MIB-1 Dako 1:100 熱処理
D2-40 D2-40 Dako RTU 熱処理
Chromogranin A Polyclonal Dako 1:500 熱処理

*RTU: Ready to Use

4. 核酸保存性

核酸保存性に関しては,作製したパラフィン薄切標本から臓器ごとにDNAとRNAを抽出し,核酸の増幅と相対量を検討した。DNAはパラフィン組織を抽出バッファー中で56℃ overnightインキュベーション後,フェノール・クロロホルム処理し抽出した。RNAはDNAと同様にパラフィン組織をovernightインキュベーション後,TRIzol® LS Reagent(GibcoBRL, Friendswood, TX, USA)およびDNase I処理を行い抽出した。その後,PrimeScript® RT regent Kit(TaKaRa, Tokyo, Japan)を用いて逆転写しcDNAの合成を行っ‍た。

抽出したDNAについてβ-globin遺伝子領域の110 bpと198 bpのDNA断片をPolymerase chain reaction(PCR)法にて35 cycle増幅した。cDNAについてβ-actin遺伝子領域の95bと168bのmRNA断片をPCR法にて35 cycle増幅した(Table 2)。

Table 2  PCRで使用したプライマー
プライマー名 プライマー配列(5'-3')
β-globin PC03 (forward) ACACAACTGTGTTCACTAGC
β-globin PC04 (reverse) CAACTTCATCCACGTTCACC
β-globin RS40 (forward) ATTTTCCCACCCTTAGGCTG
β-globin RS42 (reverse) GCTCACTCAGTGTGGCAAAG
β-actin A1 (forward) exon 3 CTTCTACAATGAGCTGCGTGTGG
β-actin A3 (forward) exon 3 AAGGCCAACCGCGAGAAGAT
β-actin A6 (reverse) exon 4 GTGCTATCCCTGTACGCCTA

核酸の相対量は,ABI7500fast(Applied Biosystems, CA, USA)を用いてリアルタイムPCRを行った。抽出したDNAは,GeneAce SYBR® qPCR ‍Mixα (Nippongene, Tokyo, Japan)を用いてβ-globin遺伝子領域の110 bpを増幅した。合成したcDNAはGeneAce SYBR® qPCR Mixαを用いてβ-actin遺伝子領域の95bを増幅した。PCRは50 cycle行い,Dimerなど目的外の非特異的反応がないことを融解曲線分析で確認した。DNAはFA法で4週間保存した肝臓を基準とし,RNAはFA法で4週間保存した脾臓を基準にΔΔCt法にて核酸の相対定量を求めた。50 cycleで増幅曲線が立ち上がらなかった検体は相対定量を0とした。

5. 有意差検定

FA法とAL法でホルムアルデヒド濃度の有意差を見るため,t検定を行った。

FA法とAL法についてDNAおよびRNAの増幅と相対定量の比較はMann-WhitneyのU検定にて行った。

III  結果

1. 臓器及び室内のホルムアルデヒド濃度

Table 3Figure 2に示すように,臓器周辺濃度,室内濃度とも全測定時間で,FA法と比較してAL法が有意に低値を示した。切出し前の室内ホルムアルデヒド濃度はFA法,AL法ともに基準値以内であった(Table 3, Figure 2)。

Table 3  ホルムアルデヒド濃度
水洗前 水洗直後 1時間後 2時間後 4時間後
臓器周辺濃度FA法 51 ppm*
(37.5–62.5)
21 ppm
(16–32)
5.8 ppm
(4–12)
1.7 ppm
(1.5–2)
臓器周辺濃度AL法 6.5 ppm
(3–12)
3.6 ppm
(1.5–8)
1.4 ppm
(1–2)
0.9 ppm
(0.5–1.5)
p p < 0.001 p < 0.01 p < 0.01 p < 0.001
室内濃度FA法 0.05 ppm
(0–0.1)
1.94 ppm
(1–2.5)
0.49 ppm
(0.4–0.7)
0.37 ppm
(0.2–0.5)
0.14 ppm
(0.1–0.2)
室内濃度AL法 0.06 ppm
(0.05–0.1)
0.32 ppm
(0.2–0.5)
0.16 ppm
(0.1–0.2)
0.12 ppm
(0.1–0.15)
0.07 ppm
(0.05–0.1)
p p < 0.001 p < 0.001 p < 0.001 p < 0.001 p < 0.001

*平均(範囲)

Figure 2 

ホルムアルデヒド濃度

A:臓器周辺濃度,B:室内濃度,FA法(黒線),AL法(青線),*p < 0.001,**p < 0.01,***平均濃度

2. HE染色性

HE染色では,FA法標本とAL法標本の間で4,8,12週間の保存期間で比較したが,両者とも形態や染色性は良好で差異はなかった(Figure 3)。

Figure 3 

HE染色

FA法12週間保存(A, B, C),AL法12週間保存(D, E, F)

脾臓(A, D),肝臓(B, E),大腸(C, F)のFA法標本とAL法標本では両者とも形態や染色性は良好で差異は認めない。

3. 免疫染色性

CD45,CD20,CD79a,CD34,cytokeratin,EMA,D2-40,chromograninAの各種抗体を用いた免疫染色標本においては,FA法とAL法で4,8,12週間の保存期間で比較したが,両者とも染色性は良好で差異は確認出来なかった。一方,抗Ki-67抗体の免疫染色では保存4週目以降から,抗CD3抗体の免疫染色では保存8週目以降からそれぞれFA法で染色性の低下を認めた。一方,AL法では12週間の保存でも抗原性がよく保持されていた(Figure 4)。

Figure 4 

免疫染色

FA法12週間保存(A, B, C),AL法12週間保存(D, E, F),大腸(A, C, D, F),脾臓(B, E),Cytokeratin(A, D),CD3(B, E),Ki-67(C, F)

FA法のCD3(B),Ki-67(C)で染色性の低下を認める。

4. 核酸保存性

DNA増幅は,保存4週間でFA法に比べAL法は有意に増幅が良かった(p < 0.001)。保存8週間,12週間では有意差は認めなかった(Table 4)。RNA増幅はFA法,AL法で有意差を認めなかった(Table 5)。

Table 4  FA法とAL法におけるβ globin DNA PCR増幅
110 bp 198 bp
4 weeks 8 weeks 12 weeks 4 weeks 8 weeks 12 weeks
肝臓(n = 5) FA法 3(60%) 1(20%) 0 1(20%) 0 0
AL法 5(100%) 3(60%) 0 3(60%) 0 0
p n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s.
脾臓(n = 5) FA法 2(40%) 1(20%) 0 1(20%) 0 0
AL法 5(100%) 3(60%) 2(40%) 4(80%) 0 0
p < 0.05 n.s. n.s. < 0.05 n.s. n.s.
大腸(n = 5) FA法 2(40%) 1(20%) 0 0 0 0
AL法 5(100%) 3(60%) 1(20%) 3(60%) 0 0
p < 0.05 n.s. n.s. < 0.05 n.s. n.s.
全体(n = 15) FA法 7/15(47%) 3/15(20%) 0/15(0%) 2/15(13%) 0/15(0%) 0/15(0%)
AL法 15/15(100%) 9/15(60%) 3/15(20%) 10/15(67%) 0/15(0%) 0/15(0%)
p < 0.001 n.s. n.s. < 0.001 n.s. n.s.

n.s.: not significant

Table 5  FA法とAL法におけるβ actin mRNA PCR増幅
95b 168b
4 weeks 8 weeks 12 weeks 4 weeks 8 weeks 12 weeks
肝臓(n = 5) FA法 3(60%) 3(60%) 2(40%) 3(60%) 0 0
AL法 4(80%) 2(40%) 2(40%) 2(40%) 0 0
p n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s.
脾臓(n = 5) FA法 5(100%) 3(60%) 3(60%) 3(60%) 0 0
AL法 5(100%) 5(100%) 5(100%) 4(80%) 4(80%) 2(40%)
p n.s. n.s. n.s. n.s. < 0.05 n.s.
大腸(n = 5) FA法 3(60%) 3(60%) 3(60%) 3(60%) 2(40%) 2(40%)
AL法 4(80%) 4(80%) 4(80%) 3(60%) 1(20%) 0
p n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s.
全体(n = 15) FA法 11/15(73%) 9/15(60%) 8/15(53%) 9/15(60%) 2/15(13%) 2/15(13%)
AL法 13/15(87%) 11/15(73%) 11/15(73%) 9/15(60%) 5/15(33%) 2/15(13%)
p n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s.

n.s.: not significant

DNAの相対定量は,保存4週間のFA法で50%程度の臓器でPCR増幅可能であったのに対して,AL法では100%の臓器でPCR増幅可能であり,FA法とAL法で有意差を認めた(p < 0.05)。8週間保存では,FA法でPCR増幅が不可能であったのに対して,AL法では50%程度の臓器でPCR増幅が可能であり,FA法とAL法で有意差を認めた(p < 0.01)。RNA相対定量は,保存4週間のFA法で10%程度の臓器で増幅可能であったのに対して,AL法は50%程度の臓器でPCR増幅が可能であり,FA法とAL法で有意差を認めた(p < 0.05)。8週間保存では,FA法ではほとんどの臓器でPCR増幅が不可能であったのに対して,AL法では30%程度の臓器でPCR増幅が可能であったが,有意差は認めなかった。保存12週間では,FA法,AL法ともにPCR増幅は不可能であった(Table 6, 7)。

Table 6  DNA相対定量(リアルタイムPCR法,ΔΔCt法)
臓器 症例 FA法 AL法
4 weeks* 8 weeks** 12 weeks*** 4 weeks* 8 weeks** 12 weeks***
肝臓 0 0 0 1.464 0.038 0
1 0 0 0.626 0 0
10.886 0 0 1.458 0 0
0 0 0 0.73 0.047 0
0 0 0 11.625 0.101 0
脾臓 0 0 0 1.074 0.061 0
0 0 0 1.629 0.018 0
1.787 0 0 2.794 0 0
6.5 0 0 0.387 0 0
0 0 0 2.971 0.073 0
大腸 0 0 0 9.59 0 0
0.651 0 0 0.061 0.037 0
2.171 0 0 3.086 0 0
0 0 0 0.203 0 0
0 0 0 0.62 0 0

* FA-4 weeks vs. AL-4 weeks, p < 0.05

** FA-8 weeks vs. AL-8weeks, p < 0.01

*** FA-12 weeks vs. AL-12 weeks, not significant

Table 7  RNA相対定量(リアルタイムPCR法,ΔΔCt法)
臓器 症例 FA法 AL法
4 weeks* 8 weeks** 12 weeks*** 4 weeks* 8 weeks** 12 weeks***
肝臓 0 0 0 0.346 0 0
0 0 0 0 0 0
0 0.001 0 0 0 0
0 0 0 0.971 0.002 0
0 0 0 5.954 0.002 0
脾臓 0 0 0 0.377 0.003 0
0 0 0 0 0 0
1 0 0 0 0 0
0 0 0 2.673 0 0
4.94 0.0002 0 0 0 0
大腸 0 0 0 0.329 0.001 0
0 0 0 0.155 0 0
0 0 0 0 0 0
0 0 0 0.525 0 0
0 0 0 0 0 0

* FA-4 weeks vs. AL-4 weeks, p < 0.05

** FA-8 weeks vs. AL-8 weeks, not significant

*** FA-12 weeks vs. AL-12 weeks, not significant

IV  考察

現在,ホルムアルデヒドは特定化学物質障害予防規則の第2類物質に分類され,管理濃度0.1 ppmと規定されている。しかし,厚生労働省の報告書では,ホルムアルデヒド無対策施設の場合,臓器切出し時に作業者近辺で1 ppm,検査室中央付近でも0.4 ppm以上のホルムアルデヒドが検出されたとしている3)。ホルムアルデヒド対策には,①発散の抑制②隔離③局所排気④全体排気による作業環境の改善が求められ,②隔離③局所排気④全体排気は,設備改修などにより改善は可能であるが,発散の抑制は,固定液自体を見直さなければならない4)。よって,病理解剖症例を対象として,ホルマリン短期固定後アルコール長期保存法(AL法)の有効性を検討することはホルムアルデヒド発散を抑制する方法のひとつとなりうると考えられる。我々は,以前ホルムアルデヒドを含まないグリオキサール系固定液の有用性を報告した5)。グリオキサール系固定液の最大の利点は,ホルムアルデヒドの暴露や健康障害を大幅に低減可能な点である。しかし,この固定液はホルマリン固定液に比べ高価で固定浸透性に劣る。さらにHE染色や特殊染色では赤血球染色性が偽陰性化を示し,免疫染色では一部の抗体でシグナルが得られないなどの欠点がある5)。曽根ら6)の報告でも,グリオキサール系固定液での染色性や核酸保存性はホルマリン固定液と同程度であり,特に優れていない。現在,ホルマリンに替わる固定液として,ALTFiX(FALMA, Tokyo, Japan),FineFLX(Milestone, Bergamo, Italy),F-Solv(Adamas, Rhenen, Netherlands),RCL2(Alphelys, Plaisir, France)など数種販売されてはいるが,ホルマリン固定液に比べコストや染色性などの問題点があり,いまだにホルマリン固定液を大量に使用せざるをえない状況が続いている5)~7)

2-プロパノールはメチルアルコールやエチルアルコールに比べ安価であり,2-プロパノールに対する毒物及び劇物取締法などの規制はない。また,2-プロパノール濃度を50%とすることで消防法には該当せず,危険物として取り扱う必要もない。臓器保存中のアルコール揮発性は,2-プロパノール濃度を50%にすることやトスロン密閉容器を用いることで,ほぼ問題はないと考えられる。さらに,組織の収縮は,ホルマリンで初期固定し,臓器保存液濃度を50%にすることで,100%アルコール単独固定に比べ少ない。今回我々が用いた2-プロパノールによる臓器保存は従来のFA法と比較して組織形態学的な変化や,HE染色性に影響はなく,免疫染色性,核酸保存性において優れていることが本研究で示された。

HE染色では保存期間による染色性の差は認められず組織診断に支障なかった。しかしながら免疫染色では,組織の固定や包埋操作によって抗原性が失活・流出しやすいと言われている8)。Kennethら9)は特にKi-67において,ホルマリン長期固定やパラフィン切片での長期保存により抗原性が失われやすいと報告している。今回,我々の検討では,FA法標本において,CD3とKi-67の失活がAL法標本に比べ強く認められたことは,ホルマリン長期固定による影響と考えられた。一方,CD45,CD20,CD79a,CD34,cytokeratin,EMA,D2-40,chromograninAでは2法間に染色性の大差がなかったため,抗原性の失活度は抗原により異なると推定された。

核酸の保存性について,本研究では症例数が少なく断定的なことは言えないが,AL法がFA法より優れている可能性が示唆される。Ben-Ezraら10)はホルマリン固定によって,タンパク質の架橋形成や固定中に生成されるギ酸による酸化などでDNAやRNAは断片化されやすいと報告している。AL法においても核酸の保存性低下を認めたのは,2-プロパノールへの交換後も臓器内にはホルマリン固定液が少なからず残存するため,保存期間が長くなるほどホルマリン固定液の核酸への影響が増大した可能性が考えられた。DNAに比べRNAにおいては固定時間による差が認められなかった。この理由は不明であるが,今回の増幅対象が高度に発現している遺伝子であり,比較的短い断片の増幅産物であることや,RNAの酸安定性などが影響している可能性が示唆される。しかし,核酸への影響を考えると,AL法でも臓器切出しは1ヶ月以内に行うことが重要であると考えられた。

V  結語

AL法においては,ホルムアルデヒド暴露の全体的な低減が可能であり,ホルマリン固定液の保管量を大幅に減少させることが明らかになった。我々は,AL法の使用を解剖材料に留まらず,手術材料に応用することも検討している。FA法を広く活用することにより,ホルムアルデヒド発散の抑制効果とホルマリン固定液の保管量削減効果が得られると期待している。

病理解剖臓器保管法をAL法に切り替えることで,ホルムアルデヒド暴露の低減が可能となった。また,従来のFA法に比べAL法は形態的に影響がなく,染色性や核酸保存性では部分的に優れておりAL法は実用性があると考えられた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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