2017 Volume 66 Issue 3 Pages 179-183
視覚誘発電位(visual evoked potential; VEP)はパルス光や白黒の反転刺激による視覚刺激によって生じた網膜視覚細胞の興奮が視覚伝導路を介し,大脳の視覚中枢において誘発される電気的反応である。当院では,パターンリバーサルVEPを検査する際,光刺激装置としてブラウン管(cathode ray tube; CRT)を用いている。現在,一般市場では,CRTに替わり液晶ディスプレイ(liquid crystal display; LCD)が普及しつつあるため,VEPの刺激装置においても,CRTからLCDに切り替えられることが予想される。今回われわれは,使用モニターの種類がVEPへ及ぼす影響について検討した。刺激装置は,CRTと応答時間の異なったLCDを2台用い,それぞれ平均輝度を統一して,VEP測定を行った。LCDによる潜時は,N75,P100,N145のすべてにおいて,CRTと比較して有意に延長していた(p < 0.01)。振幅は,CRTとLCDとの間に有意な差は認められなかった。LCDは,黒色から白色へ変化するまでの応答時間が存在するために,CRTと比較して,潜時が延長したと考えられた。一方,振幅は平均輝度を統一すれば,CRTと同等の振幅がLCDでも記録可能である。モニターをLCDへ移行する場合,CRTと同様の基準値を使用することは不適切であり,使用するLCDごとに基準値を設定することが必要である。
視覚誘発電位(visual evoked potential; VEP)はパルス光や白黒の反転刺激による視覚刺激によって生じた網膜視覚細胞の興奮が視覚伝導路を経て大脳の視覚中枢に達して誘発される電気的反応であり1),2),多発性硬化症3)や視神経炎4)等の診断に応用されている。VEPの刺激方法は,フラッシュ刺激,パターンリバーサル刺激,ゴーグル刺激5),多局所刺激6),7)の4種類存在し,主にパターンリバーサル刺激とフラッシュ刺激が臨床で用いられている。特に,パターンリバーサル刺激は,任意の視野を刺激できること8),フラッシュ刺激よりも波形や潜時に個人差が少なく,再現性が良いとされている8),9)。現在,当院ではパターンリバーサルVEPを検査する際の光刺激装置として,ブラウン管(cathode ray tube; CRT)を用いており,他施設でも同様の装置が主に使用されている10)。しかし,一般市場では,CRTは老朽化し,液晶ディスプレイ(liquid crystal display; LCD)が普及しつつあるため,近い将来,VEPの刺激装置も,CRTからLCDに切り替えられることが予想される。
そこで,今回われわれは,CRTとLCDを用いてモニターの種類がVEPへ及ぼす影響について検討した。
対象は健常成人ボランティア20名(平均年齢25 ± 2歳,22歳~33歳,男性13名,女性7名)。本研究は,鳥取大学医学部倫理審査委員会で承認されており,全対象はボランティアで参加し,研究に先立ち被検者に対して,趣旨と内容を口頭および書面で説明し,同意を得た。
2. VEPVEPには,日本光電ニューロパックX1を使用し,Hi-cut filter 50 Hz,Low-cut filter 1 Hzに設定した。電極は誘発脳波用皿電極を使用し,日本臨床神経生理学会が提唱している誘発電位指針案11)を参考に検査を施行した。電極配置は,関電極をMO(後頭結節から5 cm上),RO(MOから右に5 cm),LO(MOから左に5 cm),不関電極と接地電極をそれぞれ国際10/20法に基づきFz,Czに装着した。刺激には,CRTと応答時間の異なったLCDを2台(I-O DATA LCD-AD199GEB:応答時間5 ms,I-O DATA LCD-A173F:応答時間12 ms)を用いた。応答時間とは,黒色から白色へ変化するのに要する時間であり,一般的には8 ms~16 msのモニターが多く市販されており,一般的な応答速度12 msのモニターと検査部で使用予定の応答速度5 msのモニターを本研究で用いた。CRTでは矩形波様に黒色から白色へ垂直な立ち上がりで輝度変化するのに対して,LCDは,緩やかな立ち上がりで黒色から白色へと変化する12)(Figure 1)。また,LCDではCRTと比較して表示画質の鮮明処理が行われており,内部処理遅延が生じるとされている。準暗室にて,刺激装置と被験者の眼までの距離を1 mに固定し,モニターに白黒格子模様をピッチパターン32で映し出し,刺激頻度2 Hz,加算回数200回に設定し,両眼刺激のパターンリバーサルVEPを測定した。
CRTとLCDの輝度変化の模式図
左:CRTの輝度変化を示し,矩形波様に黒色から白色へ垂直な立ち上がりで輝度変化する。右:LCDの輝度変化を示し,緩やかな立ち上がりで黒色から白色へと変化する。
LCDではCRTと異なり,表示画質の鮮明処理が行われる時間(内部処理遅延)と黒色から白色へ変化するのに要する時間(応答時間)が生じる。
文献12)のFig. 3改変。
モニターは黒色画用紙を用いて画面サイズを統一し,刺激視野の視角を縦13.9°,横18.3°に設定した。また,モニターの輝度を輝度計(コニカミノルタCS-2000,東京,日本)を用いて測定し,平均輝度とコントラストを,平均輝度=(白色格子の輝度 + 黒色格子の輝度)× 100/2,コントラスト=(白色格子の輝度-黒色格子の輝度/白色格子の輝度 + 黒色格子の輝度)で算出した。平均輝度が低下するとP100潜時が延長するとされており13),14),輝度はそれぞれのモニターで5回測定を行い,それぞれの平均輝度を統一した。
3. 波形の計測方法N75潜時,P100潜時,N145潜時,振幅は,N75の頂点からP100の頂点(N75-P100振幅),P100の頂点からN145の頂点(P100-N145振幅)について計測した。
4. 統計解析PASW Statistics18を用い,分散分析(ANOVA)にて有意水準5%を統計学的に有意とした。
それぞれのモニターの白色輝度,黒色輝度の計測結果と平均輝度,コントラストの算出値をTable 1に示す。平均輝度はそれぞれのモニターで5回反復して測定を行い,それぞれの白色格子,黒色格子の輝度に差(p < 0.01)はあり,LCDの方がコントラストが高いものの(p < 0.01),各モニターで平均輝度に統計学的に差がないことを確認した(p > 0.05)。
黒色格子の輝度(cd/m2) | 白色格子の輝度(cd/m2) | 平均輝度(cd/m2) | コントラスト(%) | |
---|---|---|---|---|
CRT | 1.47 | 58.13 | 29.8 | 95.1 |
LCD 5 ms | 0.39 | 59.08 | 29.7 | 98.7 |
LCD 12 ms | 0.27 | 59.51 | 29.9 | 99.1 |
各モニターの白色格子,黒色格子の輝度を5回反復測定し,平均輝度,コントラストを算出し,平均したものを示す。平均輝度は,3群で統計学的な有意差は認められなかった。
実際にそれぞれのモニターで記録されたVEP波形をFigure 2に,波形の評価結果をTable 2に示す。
VEP代表波形(24歳 男性)
CRT(A),応答時間5 msのLCD(B),応答時間12 msのLCD(C)で記録されたVEP波形を示す。
記録電極 | 使用モニター | Latency(ms) | Amplitude(μV) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
N75 | P100 | N145 | N75-P100 | P100-N145 | |||||
LO | CRT | 80.74 ± 7.44 | 108.16 ± 3.68 | 140.90 ± 9.73 | 5.40 ± 3.24 | 5.75 ± 4.08 | |||
LCD 5 ms | 89.09 ± 6.52 | ** | 116.72 ± 3.56 | ** | 148.25 ± 8.91 | ** | 7.17 ± 2.85 | 7.32 ± 3.95 | |
LCD 12 ms | 91.25 ± 6.90 | ** | 118.21 ± 3.05 | ** | 148.66 ± 9.90 | ** | 6.69 ± 3.19 | 6.67 ± 2.93 | |
MO | CRT | 79.86 ± 7.53 | 107.59 ± 3.02 | 141.60 ± 9.02 | 7.65 ± 4.06 | 7.46 ± 4.89 | |||
LCD 5 ms | 89.07 ± 6.03 | ** | 116.72 ± 2.56 | ** | 148.99 ± 8.28 | ** | 9.80 ± 3.18 | 9.30 ± 4.99 | |
LCD 12 ms | 91.25 ± 6.32 | ** | 117.90 ± 3.20 | ** | 148.58 ± 8.43 | ** | 9.31 ± 3.69 | 8.29 ± 4.25 | |
RO | CRT | 79.96 ± 8.27 | 108.59 ± 3.11 | 141.22 ± 9.44 | 5.56 ± 3.06 | 5.74 ± 3.94 | |||
LCD 5 ms | 87.76 ± 9.08 | ** | 117.31 ± 2.67 | ** | 149.54 ± 8.31 | ** | 7.42 ± 3.12 | 7.34 ± 3.86 | |
LCD 12 ms | 90.59 ± 7.93 | ** | 118.12 ± 2.87 | ** | 148.55 ± 8.31 | ** | 6.67 ± 2.93 | 6.64 ± 3.65 |
各モニターで記録された波形の潜時,振幅を示す。潜時はN75,P100,N145のすべて,LCDの2台(応答時間5 ms,12 ms)ではCRTと比較して有意に延長していた(p < 0.01)。振幅は,CRT,LCDの2台(応答時間5 ms,12 ms)で有意な差は認められなかった。
**:p < 0.01(CRTと応答時間5 msのLCDもしくは,応答時間12 msのLCD)
潜時はN75,P100,N145のすべて,LCDの2台(応答時間5 ms,12 ms)とも,CRTと比較して有意に延長していた(p < 0.01)。しかし,応答時間5 msのLCDと応答時間12 msのLCDでは有意な潜時差は認められなかった。潜時延長は,MO,LO,ROのすべての記録部位で認められ,LCDの影響を等しく受けた。
振幅は,CRT,LCDの2台(応答時間5 ms,12 ms)で有意な差は認められなかった。また,潜時同様に,記録部位による差は認められなかった。
今回われわれは,CRTと応答時間の異なった2台のLCDを用いて,モニターによるVEPへの影響を検討した。
CRTとLCDには大きな構造の違いがある。CRTは,電子銃から撃ちだされた電子が偏光ヨークにより湾曲し,画面に電子が到達して映像が映し出される15)。しかし,LCDは画面とバックライトの間に存在する液晶に電圧をかけることによって,液晶粒子の方向を変える。それによって,遮断していたバックライトの光が液晶を透過し,画面に映しだされる仕組みになっている16)。この構造の違いによってLCDでは応答時間が生じる17)。そのため,LCDでは,CRTと比較してVEPの潜時が延長することが,これまで報告されている12),18),19)。今回の検討でも同様に潜時が延長することが,再確認できた。本研究において応答時間5 msのLCDと応答時間12 msのLCDでは有意な潜時差は認められなかったが,Husainら19)は,応答時間30 msのLCDを用いると,通常100 ms前後に認められるP100が159.4 ± 3.7 msに延長すると報告しており,応答時間が長いほど潜時が延長することが考えられる。今回の検討において,有意差は認められなかったものの応答時間が5 msのモニターより12 msのモニターにおけるVEP潜時が延長していた。このことから,応答時間の延長によりVEPの潜時も延長することが考えられ,CRTからLCDに移行する際は,モニターごとの基準値を設定する必要がある。
また,LCDではCRTと比較して表示画質の鮮明処理が行われており,内部処理遅延が生じるとされている。Husainら19)は内部処理遅延も潜時延長に関与する要因であると報告している。内部処理遅延は画像処理過程で生じることで,機種により異なり,具体的な数値は不明である。本研究においても,応答時間5 msのLCDにおいて5 ms以上のVEP潜時の延長を認めたため,内部処理遅延の影響が考えられる。
振幅に関しては,CRTとLCDで有意な差は認められなかった。VEPに影響を及ぼす刺激のパラメータは様々あり,平均輝度,コントラストが低くなればP100潜時が延長し,振幅が低下するが,VEPのP100潜時はコントラストが70%以上ではほとんど変化せず,振幅に対する影響も少ないと報告されている13),14),20),21)。本研究では,平均輝度を統一し,コントラストが充分高かったことで,モニター間でのVEP振幅に有意な差が認められなかったと思われた。
今回,モニターの種類によりVEPの潜時が変化することを再確認できた。モニターをLCDへ移行する場合,CRTと同様の基準値を使用することは不適切であり,使用するLCDごとに基準値を設定することが必要である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。