2017 Volume 66 Issue 4 Pages 369-374
厚生労働省指定講習会を受講し修了証を交付された臨床検査技師は,一部の検体採取が可能となった。それに伴い当院においてインフルエンザ流行期に検体採取とインフルエンザ迅速検査の実施および陽性者に対し,生活上の注意点の説明等を行う業務拡大を図った。また看護師,診療補助を行っている事務職員にアンケート調査し,臨床検査技師による検体採取についての評価を行った。医師は医局会にて直接意見を聞いた。その結果,この業務拡大については「良かった」とする回答が97%であり高い評価を得た。これまで煩雑だった外来診療の運用を改善し,臨床検査技師による検体採取への業務拡大を行うことで,新たな外来診療の体制を作った。それにより外来待ち時間の短縮や,患者とのコミュニケーションや信頼関係の構築に繋がり,臨床検査技師が検体採取を行うことにより質の高い医療の提供を可能とした。
2014(平成26)年6月18日の臨床検査技師等に関する法律の一部を改正する法案が成立し,翌年4月1日より施行された。既免許取得者は「臨技法改正に伴う厚生労働省指定講習会」を受講後,修了証を交付された者は一部の検体採取が可能となった1)(Figure 1)。英国などの一部の国においてSmear takerと称する細胞検査に関わる職位が存在するが2),主に婦人科領域における子宮頸がん検診を目的とし,子宮頸部の細胞を採取し病理細胞診断用に標本作成までを行っている。これには医師および婦人科を専門とするトレーニングを受けた看護師が業務にあたり,英国内のほとんどの“かかりつけ医”や子宮頸がんスクリーニングプログラム関連病院に存在する。しかし臨床検査技師が直接患者から検体採取を行うことができる地域を調べたが,日本国以外に見当たらなかった。

厚生労働省指定講習会修了バッジ
この法の改正により私達臨床検査技師が検体採取を行うことができるということは革命的なことであり,今まさに臨床検査技師はパラダイムシフトを迎えている。これは医療の分野だけでなく社会的にも大きな意味を含んでいる。現在我が国において臨床検査技師が病棟に出向き,もしくは常駐して直接患者と接した業務をするなど病棟業務の再編が行われている3)~5)。今回は外来診療に焦点を当て,インフルエンザ流行期に鼻腔拭い液の検体採取とインフルエンザ迅速検査の実施および陽性者に対して生活上の注意点の説明等を行う業務拡大を図った。これら全ての過程を外来隔離室にて行う外来診療の体制が医師,看護師などのメディカルスタッフにどのように評価されたか,また患者へ提供する医療の貢献度や今回経験した業務拡大について紹介する。
当院は一般病床208床,地域包括ケア病床54床,回復期リハビリ病床50床,一日平均外来患者数750人,診療科目26科目,2次指定救急の総合病院である。また,感染管理加算Iを取得している。これまで外来診療においてのインフルエンザ迅速検査は,検体採取を外来で看護師が主体となって行い,迅速検査は検査室にて臨床検査技師が行っていた。検体採取は外来隔離室で行うことが原則であったが,インフルエンザ流行期に入ると検査の結果が判明するまでの待ち時間などの関係により隔離室だけでは不十分であり,救急外来診察室,外来相談室,守衛室などを使用せざるを得なかった。採取された検体は中央採血室のダムウェーターにて2階検査室へ搬送され,検査室にて臨床検査技師が迅速キットを用いて検査を実施していた。検査の結果が判明すると電話にて各診察室へ結果報告するとともに電子カルテへ結果を送信する。検査結果が陰性の場合は患者が各診察室へ移動しそこで診察となるが,陽性であった場合は報告を受けた担当医師が患者の待機する部屋へ出向き診察する運用となっていた。この運用では患者の動線だけでなく看護師,医師の動線も煩雑となっていたため,患者の外来待ち時間の延長の原因にもなっていた。そのため患者からの苦情やクレームがあり外来診療の大きな問題となっていた。小児科外来に関しては小児科診察室に小児科専用の隔離室が設置されているため,そこで小児科医師が直接患者から検体採取を行い,ベッドサイドにてインフルエンザ迅速検査を実施している。
1. 外来でのインフルエンザ迅速検査体制今回,臨床検査技師等に関する法律の一部が改正され,臨床検査技師が検体採取を行うことができるようになった。そこで私達は医師,看護師,診療事務職員と共に外来運用会議を開催し,インフルエンザ検査の全ての過程を隔離室にて行うために新たな外来診療のかたちを構築した。インフルエンザ感染を疑う患者は隔離室に待機させ検体採取とインフルエンザ迅速検査を実施した。
今回検体採取の業務拡大を図ったが,臨床検査技師の増員は行わず既存の臨床検査技師のみで検体採取とインフルエンザ迅速検査を実施した。隔離室での臨床検査技師による検体採取とインフルエンザ迅速検査の実施は,2015(平成27)年11月1日~2016(平成28)年3月31日の外来診療のある平日9:00~13:00に限定する予定でいたが,インフルエンザの流行が終息しなかったため4月15日まで延長した。また隔離室に臨床検査技師が常駐することは人員配置上困難であったため,検体採取担当者が院内PHSを携帯しオンコールでの運用とした。厚生労働省指定講習会を修了した臨床検査技師のうち微生物検査を担当する4名が実際に検体採取を行い同時に検査も実施した。PHSは1台での運用であったため,4人の臨床検査技師が時間を区切り対応した。実際に検体採取を行うにあたり,当院耳鼻咽喉科医師より講義および実技指導を受け知識を深めた。また,今回が初めての試みであったため,検体採取はスワブによる鼻腔拭い液のみとし,検査内容はインフルエンザ迅速検査に限定した。患者が外来受付に到着し看護師が問診を行い,発熱のある患者や呼吸器症状などのインフルエンザ感染を疑う患者であった場合には医師よりインフルエンザ迅速検査の指示がでる。患者は隔離室前に設置してある発熱待合室にて待機する。この際患者には必ずマスクを着用させ,発熱待合室からの移動はしないよう協力を得た。
2. 臨床検査技師の対応方法1)看護師より臨床検査技師にPHSで検査オーダーの連絡が入り担当の臨床検査技師が隔離室へ向かう。
2)隔離室に到着した臨床検査技師はスタンダードプレコーション(標準予防策)を徹底しマスク,ゴーグル,グローブ,検体採取専用白衣を着用する。
3)発熱待合室に待機している患者を隔離室内に呼び入れ検体採取を行う。
隔離室ではまず臨床検査技師の自己紹介から始まり,インフルエンザ迅速検査と鼻腔からの検体採取について説明を行う。キット付属の専用スワブにて鼻腔拭い液を採取する。採取後すぐにインフルエンザ迅速検査を実施し,検査結果が判明するまでは患者を隔離室から退室させない対策を取った。しかし流行シーズンでは発熱性疾患のある患者が多数受診するため,隔離室での検査結果が判明する前に次の患者を検査しなければならない状況となる。そのため患者には発熱待合室にて待機して頂くこととした。
4)検査結果が判明すると隔離室より各外来診察室の担当医師に電話で報告し,検査結果を電子カルテに送信する。結果が陰性の場合には患者は各診察室へ移動しそこで診察となるが,陽性の場合には隔離室に担当医師が出向き診察し,抗インフルエンザ薬等の処方を行う。
5)医師の診察後,当院ICT(感染制御チーム)によって作成されたパンフレットに基づき,患者・家族が注意すること,咳エチケット等の説明を臨床検査技師が行う。
2015(平成27)年11月1日~2016(平成28)年4月15日の間,当院で行われたインフルエンザ迅速検査は総数1,314件であった(Table 1)。このうち内科外来を受診し,インフルエンザ迅速検査の依頼のあった507件を対象とした。
| 総数 1,314件 |
入院 | 94件 | |
| 外来 1,220件 |
内科(臨床検査技師が採取) | 367件 | |
| 内科(看護師が採取) | 140件 | ||
| 小児科 | 480件 | ||
| それ以外の診療科 | 23件 | ||
| 時間外 | 210件 | ||
今回の業務拡大とそれ以前の看護師が主体となって対応した2014(平成26)年11月1日~2015(平成27)年4月15日の間の,外来受付から抗インフルエンザ薬等の処方に至るまでの経過時間を分析した。分析の方法は,外来患者が受付した時間を待ち時間のスタートとし,医師により電子カルテにおいて薬の処方が入力完了した時間をエンドとした。これら2群間の待ち時間を平均値±標準偏差で表示した。看護師によるものと臨床検査技師によるものの平均待ち時間に有意な差があるかを確かめるためにStudentのt検定(Student’s t-test)を行った。p値が0.05未満の場合に統計学的に有意と判断した。
3. アンケートの実施インフルエンザ診療に関わった職員(外来看護師,外来診療補助事務員)29名よりアンケート調査を行い,臨床検査技師による検体採取の評価を行った。また医師に関しては医局会にて直接意見を聞いた。
臨床検査技師による,検体採取時間を平日の9時~13時と限定したため,内科外来507件中,臨床検査技師による検体採取は367件であった(Table 1)。これは内科外来全検体の72%にあたる。また,367件の内訳は各年代に渡り男女差もほとんど認められなかった(Figure 2)。

臨床検査技師による検体採取件数
内科外来以外の検体採取は医師,もしくは担当科の看護師が行った。またインフルエンザ迅速検査が陽性で生活上の注意点の説明等を行った患者は102名であった。
2. 陽性患者の外来待ち時間の短縮臨床検査技師が行った検体採取において,インフルエンザ迅速検査が陽性になった患者は102名であったが,そのうちの11名はインフルエンザ迅速検査の他に採血や点滴処置などがあったため,待ち時間の比較から除外した。業務拡大前では待ち時間の中央値が88分であったのに対し,業務拡大後では中央値が66分となり,22分の短縮が見られた。Studentのt検定の結果,p値が0.0001未満で有意な差を認めた(Figure 3)。

陽性患者外来待ち時間の分析
臨床検査技師が検体採取を行ったことについては「大変良かった」,「良かった」とする回答が97%であった(Figure 4)。看護師の負担が減り,患者の待ち時間の短縮に繋がったという意見が多数を占めていた。一連の対応を一本化したことにより医師,看護師の動線も簡略化され業務の能率化が図れたという意見もあった。また検体採取は患者に苦痛を与えないようにするだけではなく,確実に検体を採取しなければならない正確な技術を要するため,各々の臨床検査技師が統一した手技で行うことが正しい検査結果に繋がり,患者にとって安心感と信頼感を提供できるという医師の意見もあった。実施期間,時間,オンコール体制についてはおおむね現行どおりで良いとする回答であった。インフルエンザ迅速検査陽性患者に対して,臨床検査技師が生活上の注意点の説明を行ったことに関しても93%から良いことだと思うという回答が得られた。

外来看護師,外来診療補助事務員へのアンケート結果
外来診療における待ち時間の延長という問題が慢性的になる中,具体的な改善策も講じられずにいた。しかし,臨床検査技師が外来診療に関わり問題解決の糸口を見つけ,医師,看護師と連携を組む6)ことによって外来診療をスリム化することができた。
今回の業務拡大にあたり臨床検査技師が行った検体採取は,看護支援のみならず医師の診療補助や患者の待ち時間短縮などの結果に繋がった。インフルエンザに罹患した患者の動線を極力制限し長時間院内に待機させず,できる限り早く帰宅させることによって院内感染防止対策にも貢献でき,これは患者と病院双方にメリットを生み出す結果となった。
この業務拡大については期間と時間の延長や,隔離室での臨床検査技師の常駐を望む意見もあった。将来的に検体採取業務を臨床検査技師のルーチン業務として確立していくことが今後の課題となった。
インフルエンザ迅速検査陽性患者に対して,臨床検査技師が生活上の注意点の説明を行った。これは当院においては初めての取り組みであった。担当の臨床検査技師によって話す内容に相違が生じることを避けるため,ICTによって作成された患者向けパンフレットに基づき説明を行った。このことに関しては医師と話をすることは緊張してしまい質問ができないでいたが,臨床検査技師とは抵抗がなく様々な話や質問をすることができるため,説明の内容が十分理解できたと多くの患者から評価を得ることができた。さらに回答するに困難な質問を患者から受けることも想定し,臨床検査技師同士の知識の共有を図った。
現在,日本臨床衛生検査技師会によって「検査説明・相談ができる検査技師育成講習会」が開催され,患者に検査説明,相談を行っている施設の報告もされているが7)~9),臨床検査技師は検査値の結果説明だけでなく,臨床検査技師の持つ最大限の知識と情報を正確に患者に伝えることも必要であると感じた。検体採取時に患者が体調不良を訴える場合や,鼻出血等のトラブルが起こる恐れもあった。さらに,隔離室は密室構造となっているため,患者からのパワーハラスメント等も懸念していた。幸いにして問題は起こらなかったが,こういったインシデントやアクシデントを想定し,事前にそれらに対する対策を講じていたため,自信をもって検体採取を行うことができた。今回の検体採取にあたり感染防止対策であるスタンダードプレコーションを徹底したことで,業務に当たった4名の臨床検査技師全員がインフルエンザを罹患することなくシーズンを終えた。
現代医療が崩壊していくと喧しく言われる中,臨床検査技師は質の高い検査を迅速に検査して報告しなければならないことは言うまでもなく,今後は検査データから判断する業務と対人関係の中で行う業務が臨床検査技師に課せられた業務であると言われている10)。実際に今回の業務拡大において患者と話をすることで,患者家族にアデノウイルスに感染した者がいるという情報を得,アデノウイルスの検査が必要と考え医師にその旨を提案し検査の追加をしたところ,アデノウイルスによるウイルス性疾患であると診断された例があった。検査室内での業務の効率化を図るとともに,今後さらなる業務拡大を目指し,質の高い医療を提供できるよう努めていくことが必要だと感じた。臨床検査の専門家として,適切な検体採取や患者への情報提供の充実を図っていくことが,医療安全や医療の質の確保に繋がると思われる。
今回,「正しい検査は正しい検体採取から」という日本臨床衛生検査技師会のスローガンに基づき,信頼性の高い検体採取と迅速な検査ができた。検査室から一歩踏み出したことで,私達自身の仕事のやりがいを今まで以上に感じた。今回,質の高い医療を提供するために患者を中心としたチームが出来上がった。また,メディカルスタッフ同士がお互いを支え合う気持ちを持つことが大切であることも学んだ。今後は臨床検査技師が患者にとって更に身近な存在となり,チーム医療の中でどれだけ活躍できるか,私達が考えていかなければならない課題である。
本研究は個人情報を取り扱う臨床研究や疫学研究ではなく,施設の業務改善の評価に関する研究であるため,倫理委員会の承認を得ていない。
本論文の内容は第5回日本臨床衛生検査技師会北日本支部医学検査学会(2016年10月,新潟市)にて報告した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。