2017 Volume 66 Issue 5 Pages 478-485
直接型トロンビン阻害薬であるダビガトランエテキシラート(dabigatranetexilate)の凝固能モニタリングについて,プロトロンビン時間(prothronbintime; PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastintime; APTT)の有用性を検討した。健常人10名を対象とし,ダビガトラン150 mg(1日2回服用)の投与前後でPT,APTTを各種試薬で測定した。また,APTTについてはAPTT秒,ダビガトラン投与後の秒数を投与前の秒数で除したもので表したAPTT延長比,被験者のAPTT秒を正常血漿のAPTT秒で除したAPTT比における各測定値について比較した。ダビガトランの凝固能モニタリングではPTに比べAPTTの有用性が示唆された。測定結果の表示において,APTT秒では試薬間差が大きいが,APTT延長比では試薬間差は小さくなった。しかし,個々の患者についてAPTT延長比を求めることは煩雑である。その解決策として正常血漿を用いたAPTT比を検討したところAPTT延長比と同等の結果が得られた。このことより,ダビガトランの凝固能モニタリングを行う場合,同一施設内でのモニタリングにはAPTT秒を用いることが多いが,他施設間との比較をする場合はAPTT比を用いることより,試薬(施設)間差を是正できる可能性が示唆された。
直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants; DOACs)である直接型トロンビン阻害薬は,ワーファリンとは異なり抗凝固能のモニタリングは不要とされている1)。しかし,過剰投与による出血性副作用発症防止のために何らかの形でモニターしたいという要望は少なからず存在する2)。直接型トロンビン阻害薬であるダビガトランエテキシラート(dabigatranetexilate)の凝固能モニタリングにおける活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastintime; APTT)の有用性については多数の報告がみられている3),4)。また,ダビガトラン投与開始初期にAPTTが有意に延長する症例が報告されており,投与開始早期にAPTTをはじめとする凝固機能検査の必要性がいわれている5)。しかし,APTTでダビガトランのモニタリングを行った場合,APTTではプロトロンビン時間(prothronbintime; PT)に比べ標準化が遅れており,各試薬間での測定値が大きく異なる可能性が高い6)。今回,ダビガトラン投与前後での凝固能モニタリングにおけるPT,APTTの有用性について複数の試薬を用いて検討を行った。さらに,APTTについてはAPTT秒,APTT延長比,APTT比における各測定値について比較した。
なお,本検討は帝京大学医学部倫理委員会の承認を得て行った(帝京倫理委員会番号13-017号)。
健常人ボランティア10名(男性5名,女性5名,年齢25~60歳,平均40.3歳)を対象とし,ダビガトラン錠(商品名プラザキサ®カプセル(日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社,東京)150 mgを,1日2回服用の投与前,投与後(2,4,6,8,24時間)に採取した血液の3.2%クエン酸加血漿を用いた。
2. 方法PT,APTTについて各種試薬で測定した。全血を1,783 g 15分遠心後血漿を分離し,1.5 mLずつ5本に分注し−80℃にて保存した。測定は凍結保存後2週間以内に実施した。保存検体は37℃の恒温槽内にて3~5分間融解,その後緩やかに攪拌し,2時間以内に測定した。
使用したPT試薬,APTT試薬をTable 1に示す(以下,試薬名はTable 1の〈 〉内に示した略称で表す)。測定はPT,APTTの各項目について実施した。なお,測定値を秒で表した場合試薬間差が大きいため,各被験者のダビガトラン投与後の秒数を投与前の秒数で除したものをPT延長比,APTT延長比として表記した。また,APTT5試薬について,ダビガトラン投与後のそれぞれの秒数を正常血漿の秒数で除したAPTT比を求めた。なお,正常血漿は自家調製(同意を得た健常人ボランティア男性20名,女性20名の血漿をプールした)したものを用いた。さらに,APTT秒,APTT延長比,APTT 比について,当施設のルーチン試薬であるCSでの測定値を基準(1.0)とした場合の各測定値との比を求めた。また,HEMOCLOT THROMBIN INHIBITORS(HIPEN Bio Med社,フランス)を用いて血中のダビガトラン濃度を測定し,PT,APTT項目について各試薬との相関を検討した。機器としては全自動血液凝固線溶測定装置STA-R Evolution(DIAGNOSTICA STAGO社,フランス)を用いた。
PT試薬 | APTT試薬 | ||||
---|---|---|---|---|---|
試薬名 〈略号〉 (メーカー) |
International Sensitivity Index: ISI | 組織因子 | 試薬名 〈略号〉 (メーカー) |
リン脂質 | 活性化剤 |
STANeoplastine R* 〈NR〉 (ロシュ・ダイアグノスティックス) |
0.97 | ヒト遺伝子 組換え |
Cephascreen APTT* 〈CS〉 (ロシュ・ダイアグノスティックス) |
セファリン | ポリフェノール化合物 |
STANeoplastine Plus 〈NP〉 (ロシュ・ダイアグノスティックス) |
1.20 | ウサギ脳 | STA APTT 〈ST〉 (ロシュ・ダイアグノスティックス) |
セファリン | セライト |
Dade Innovin 〈DI〉 (シスメックス) |
0.99 | ヒト遺伝子 組換え |
Hemos IL SynthASil APTT 〈SS〉 (LSIメディエンス) |
合成リン脂質 | 無水ケイ酸 |
Hemos IL RecombiPlasTin 〈RP〉 (LSIメディエンス) |
1.05 | ヒト遺伝子 組換え |
Thrombocheck APTT 〈TC〉 (シスメックス) |
ウサギ脳由来 セファリン |
エラジン酸 |
Thromborel S 〈TS〉 (シスメックス) |
1.13 | ヒト胎盤 | Data-fi APTT 〈DF〉 (シスメックス) |
ウサギ脳由来 セファリン |
アクチン |
*:当施設のルーチン試薬
統計学的処理には,JMP ver. 9.0(SAS institute, CA)を用い,各群間の有意差検定にはt検定,分散分析を用いた。有意水準5%未満の場合に統計学的有意差ありとした。特に断りのない場合,結果は平均値±標準偏差で表記した。
全試薬において,投与後2~24時間で延長を認めた。そのなかで,各試薬の平均値からみると投与4時間後の平均値が最高値となり,PT延長比はそれぞれDI,RP:1.11 ± 0.05,TS:1.13 ± 0.04,NP:1.16 ± 0.06,NR:1.20 ± 0.07であった。このときのNRはDI,RP,TSに比べ有意に大きかった(p < 0.05)。また,24時間後の延長比は1.03 ± 0.04~1.06 ± 0.05であった。PT試薬のなかで最も延長比が大きかったNRにおいて,個人ごとの経時変化では5名が2時間後で,5名が4時間後でそれぞれピークとなった。
APTTにおいても投与後には延長が見られ,いずれの試薬も投与後4時間が最高値であり,それぞれの延長比はDF:1.51 ± 0.11,TC:1.51 ± 0.14,CS:1.53 ± 0.12,ST:1.56 ± 0.13,SS:1.56 ± 0.14であった。このときの各試薬間での延長比に有意差は認められなかった。また,24時間後の延長比は1.17 ± 0.08~1.22 ± 0.11であった。APTT試薬の中で延長比が最も大きかったSSにおいての,個人ごとの経時変化では6名が2時間後で,4名が4時間後でそれぞれピークとなった。
2. PT・APTTと血中ダビガトラン濃度との相関PT・APTTと血中ダビガトラン濃度との相関をFigure 1, 2に示す。測定数はダビガトラン投与後2~24時間の46例,相関係数は,PTではr = 0.4193~0.6912,APTTではr = 0.7417~0.8785であった。
血中ダビガトラン濃度とPT秒の相関
血中ダビガトラン濃度とAPTT秒の相関
PT延長比と血中ダビガトラン濃度では,投与前に比べ投与後はいずれの時間においても全試薬で有意に高値を示し(p < 0.05),そのなかで最高値は4時間後であり,各PT試薬の延長比の最高値と一致していた(Table 2)。APTTもPTと同様に,投与後はいずれの時間においても全試薬で有意に高値を示し(p < 0.001),最高値は4時間後であり,各延長比と一致していた(Table 3)。なお,いずれの被験者においてもPT,APTT各5種類の試薬の最大延長比を来たした時間と,ダビガトラン投与後の最高血中濃度に達した時間は一致した。
投与 | n | PT延長比 | 血中ダビガトラン 濃度(ng/mL) |
|||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
NR | NP | DI | RP | TS | ||||
前 | 10 | mean | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | ND* |
SD | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | |||
2時間 | 10 | mean | 1.17 | 1.13 | 1.09 | 1.11 | 1.11 | 54.43 |
SD | 0.11 | 0.07 | 0.07 | 0.06 | 0.05 | 42.20 | ||
4時間 | 10 | mean | 1.20 | 1.16 | 1.11 | 1.11 | 1.13 | 72.52 |
SD | 0.07 | 0.06 | 0.05 | 0.05 | 0.04 | 34.51 | ||
6時間 | 10 | mean | 1.13 | 1.10 | 1.06 | 1.08 | 1.08 | 43.60 |
SD | 0.06 | 0.05 | 0.04 | 0.05 | 0.04 | 20.46 | ||
8時間 | 6 | mean | 1.08 | 1.06 | 1.04 | 1.04 | 1.06 | 25.23 |
SD | 0.06 | 0.04 | 0.05 | 0.06 | 0.03 | 15.19 | ||
24時間 | 10 | mean | 1.06 | 1.04 | 1.03 | 1.04 | 1.04 | 13.99 |
SD | 0.05 | 0.04 | 0.04 | 0.04 | 0.04 | 7.48 |
*ND: undetectable
投与 | n | APTT延長比 | 血中ダビガトラン 濃度(ng/mL) |
|||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
CS | ST | SS | TC | DF | ||||
前 | 10 | mean | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | ND* |
SD | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | |||
2時間 | 10 | mean | 1.43 | 1.46 | 1.47 | 1.41 | 1.41 | 54.43 |
SD | 0.20 | 0.22 | 0.23 | 0.19 | 0.19 | 42.20 | ||
4時間 | 10 | mean | 1.53 | 1.56 | 1.56 | 1.51 | 1.51 | 72.52 |
SD | 0.12 | 0.13 | 0.14 | 0.14 | 0.11 | 34.51 | ||
6時間 | 10 | mean | 1.40 | 1.43 | 1.43 | 1.38 | 1.37 | 43.60 |
SD | 0.11 | 0.12 | 0.10 | 0.10 | 0.11 | 20.46 | ||
8時間 | 6 | mean | 1.26 | 1.30 | 1.30 | 1.24 | 1.25 | 25.23 |
SD | 0.08 | 0.09 | 0.09 | 0.09 | 0.08 | 15.19 | ||
24時間 | 10 | mean | 1.20 | 1.20 | 1.22 | 1.19 | 1.17 | 13.99 |
SD | 0.10 | 0.09 | 0.11 | 0.07 | 0.08 | 7.48 |
*ND: undetectable
4時間後におけるCS試薬の測定値を基準(1.0)とした場合の全試薬における測定値との比を求め,APTT秒,APTT延長比,APTT比の表示法ごとに分散分析を用いて解析した。それぞれの比をみるとAPTT秒は最小値0.84から最大値1.33,中央値1.06,APTT延長比は0.93~1.06,中央値1.01,APTT比は0.88~1.13,中央値1.01とAPTT秒が3法の中で最も大きく,それに比べ,APTT延長比とAPTT比は有意に小さかった(Figure 3)。さらに各試薬間の比を表示法ごとにみたところ,APTT秒では試薬間差は大きいが,APTT延長比とAPTT比では試薬間差は収束した(Figure 4)。
CSを基準(1.0)とした場合の全試薬における測定結果の比
表示方法ごとによる4時間後測定値の差
CSを基準(1.0)とした場合の各試薬における測定結果の比
表示方法ごとの各試薬間における4時間後測定値の差
CS試薬におけるAPTT延長比・APTT比との相関をみた。測定数は56例,相関係数はr = 0.9357,回帰式y = 1.011x − 0.031であった。さらに,APTT延長比,APTT比の各平均値の経時的変化をみたところ投与前,2,4,6,8,24時間後のAPTT延長比は1.00 ± 0.00,1.43 ± 0.20,1.53 ± 0.12,1.40 ± 1.11,1.26 ± 0.09,1.20 ± 0.10であり,APTT比は0.99 ± 0.07,1.37 ± 0.20,1.51 ± 0.17,1.39 ± 1.15,1.23 ± 0.13,1.18 ± 0.09であった。
健常者を対象としたダビガトラン投与前後での凝固能モニタリングについてPT,APTTの有用性を検討した結果,すべての被験者においていずれの項目,試薬でも,投与前に比べ投与後は延長した。投与後のピーク値は個人ごとに差が生じたが平均すると4時間後であった。PTとAPTT各5試薬における測定値を比較した。測定結果の表記において,秒では各試薬間で差が生じるので7),8),その影響を少なくするため延長比で比較したが,ダビガトラン投与後4時間では PTに比べAPTTにおいて各試薬とも延長比は大きく,ダビガトランに対してAPTTの方が感受性は良いことが示唆された。PTではNRの延長比が他の3試薬に比べ有意に大きかった。APTTでの延長比は各試薬間の延長比に有意差は認められなかった。
一方,ダビガトランの血中濃度については,ピークが約2時間,半減期はおよそ12~14時間との報告があるが9),今回の検討ではピークが2時間と4時間の2つの集団となり,個人によってピーク値に差があることがわかった。また,24時間後,服薬を起点とすれば12時間後となるが,PT延長比は1.03~1.06,APTT延長比は1.17~1.22であり1.0付近には戻らず,ダビガトラン濃度も同様に13.99 ng/mLと24時間後もダビガトランの残存が認められた。血中ダビガトラン濃度との相関は,PTに比べAPTT各試薬の方が良好であった。
我々は,直接型Xa阻害薬である経口薬リバーロキサバン(rivaroxaban)についても同様の検討を行った。その際,APTTに比べPTの方が血中リバーロキサバン濃度の影響によると思われる延長が認められた。また,試薬間差の影響を少なくするためPT延長比で比較しても,各試薬間で差が認められ,その原因は各凝固因子に対する感受性の差やPT試薬の組織因子の組成によるものではないかと推測した10)。今回の検討ではPT,APTTともダビガトラン濃度の影響を受けていると思われる結果であるが,PT延長比では試薬ごとによっては試薬間に差が認められたものの,リバーロキサバンでみられた影響ほど大きなものではなかった。その理由として,ダビガトランではトロンビン活性が阻害されてポジティブフィードバック機構が抑制されることにより,第IX因子,第VIII因子,第V因子の活性が抑えられる。その結果,内因系を反映するAPTTが延長すると言われており,PTへの影響はAPTTに比べ小さいためではないかと思われた。
APTTの秒表示では試薬間差が大きい。この原因としてはAPTT試薬の活性化剤とリン脂質の組み合わせによるものや,試薬の組成内容や濃度を調整し疾患感受性を付加した試薬の存在8)などがあると思われる。一方,延長比での試薬間差が小さくなった理由としては,試薬ごとに投与後の秒数を投与前の秒数で除し,個々の比を取ることにより影響を小さくできたためと思われた。
血中ダビガトラン濃度を推測する検査として推奨される検査はAPTTであるが3),11),12),我々の結果においても,凝固能モニタリングにはPTに比し,APTTの有用性が示唆された。しかし,APTTではPTに比べ標準化が遅れており,試薬間差が存在するのが現状である8)。そのため本検討では,ダビガトラン投与後の秒数を投与前の秒数で除したものを延長比として表した。その結果,APTT秒では試薬ごとによっては試薬間差が大きい場合もあったが,APTT延長比では試薬間差は小さくなった。しかし,患者によってはダビガトラン投与前のAPTTを測定していない場合もある。さらに,実際の診療の場においては個々の患者について,延長比を計算するのは煩雑であると思われる。そこで,正常血漿のAPTT秒を用いたAPTT比を利用できるか検討したところ,APTT比もAPTT延長比と同様に試薬間差は小さくなった。また,APTT延長比とAPTT比では良好な相関が認められた。さらにダビガトラン投与後の経時的変化においてもAPTT延長比,APTT比は,ほぼ一致した動態を示した。このことより,ダビガトランの凝固能モニタリングを行う場合,同一施設内ではAPTT秒を用いるが,他施設との比較をする場合はAPTT比を用いることにより,試薬(施設)間差が是正できる可能性が示唆された。なお,今回はAPTT比を求める際に正常血漿として自家調製のプール血漿を用いたが,メーカー製造品の正常血漿での検討もする必要があるため今後の課題としたい。さらに,ダビガトラン服薬中の患者についても,同様の傾向が認められるか検討を行い実証する必要があると思われた。
直接型トロンビン阻害薬であるダビガトランの凝固能モニタリングではAPTTの有用性が示唆された。APTT秒では試薬間差が大きいが,APTT延長比では小さくなった。また,正常血漿を用いたAPTT比を検討したところAPTT延長比と同等の結果が得られた。このことから,ダビガトランの凝固能モニタリングを行う場合,同一施設内ではAPTT秒を用いることが多いが,他施設間との比較をする場合はAPTT比を用いることにより,試薬(施設)間差が是正できる可能性が示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。