2017 Volume 66 Issue 5 Pages 547-553
クレアチニン(CRE)は腎機能評価に有用な指標であり,高い精確性,信頼性が求められる。今回,酵素法を測定原理に用いたCRE測定試薬6試薬における測定誤差について比較検討を行ったので報告する。常用参照標準物質を用いて正確さをみた結果,アクアオートカイノスCRE-III plusおよびシカリキッド-N CREの中濃度にて,認証値からのBias(%)が許容誤差限界である±4.8%を逸脱する負誤差を認めた。高濃度溶液を35段階に希釈し直線性をみた結果,全試薬において140.24 mg/dLまでの直線性が認められた。一方,対理論値比にて評価した結果,各試薬で傾向の異なる測定値分布の湾曲を示し,その傾向は標準物質の測定にて認められた誤差傾向と一致した。2価フェノール類薬剤やM蛋白など,様々な共存物質による影響が認められた。影響を及ぼす機序は各物質により異なり,その有無や程度は,界面活性剤,塩濃度,pHなど,各試薬の組成により異なるものと考えられた。CRE測定試薬は各社で改良が重ねられ,より誤差の小さい正確な結果報告が可能となっている。しかし本研究により,理論値に対する測定値分布の湾曲や共存物質・薬物の影響が誤差要因となり,その程度や傾向が試薬により異なることが明らかとなった。完全に回避することは不可能であるため,自施設で使用する試薬の特性を把握し,留意する必要があると考えられた。
クレアチニン(CRE)は腎機能の評価に有用な指標であり,信頼性の高い結果報告が求められる。特に慢性腎臓病の評価には,血清CRE値より算出されるeGFRが用いられるため1),低値域における精確さがより重要である。
日常検査においては活性メチレン基を測定するJaffe法が古くから用いられていたが,現在では,より特異性の高いTrinder反応2)を用いた酵素法が主流となっている。また酵素法においては,アスコルビン酸等の還元性物質や2価フェノール類薬剤による負誤差3),M蛋白による影響が指摘され4),改良が重ねられている。各社改良試薬については個別に評価され日常検査に用いられているが5),6),これらの試薬における正確さおよび測定誤差について比較し,評価した報告はない。
そこで我々は,酵素法を測定原理に用いたCRE測定試薬6試薬において,正確さおよび共存物質が及ぼす測定誤差について比較検討を行ったので報告する。
検討には,市販精度管理試料スイトロール(日水製薬)および65例のM蛋白患者残余血清,29例のM蛋白患者パネル血清を使用した。患者残余検体の使用については,徳島大学臨床研究倫理審査委員会にて承認済であり(承認番号1919),全例を匿名化し用いた。
2. 測定機器および試薬測定には日立7180形自動分析装置(日立ハイテクノロジーズ)を使用した。
検討試薬として,シグナスオートCRE(シノテスト),LタイプワコーCRE・M(和光純薬),ピュアオートS CRE-N(積水メディカル),セロテックCRE-N(セロテック),アクアオートカイノスCRE-III plus(カイノス),シカリキッド-N CRE(関東化学)を用いた。
3濃度の含窒素・グルコース常用参照標準物質JCCRM521-12 M・H・HH(検査医学標準物質機構)を各10重測定し,正確さを確認した。
2. 直線性重量法にて作成した高濃度CRE溶液を20 mM希塩酸にて35段階に希釈,各2重測定し,希釈直線性を確認した。
3. 共存物質の影響干渉チェックAプラス(シスメックス)および,クレアチン(60 mg/dL),L-プロリン(50 mg/dL)を精度管理用試料に添加,各2重測定し,共存物質による影響を確認した。
4. 薬剤の影響ドブタミン,ドーパミン,リドカインを各50 μg/mL,アドレナリンを40 μg/mLまで精度管理用試料に添加,各2重測定し,薬剤の影響を確認した。
5. M蛋白の影響当院検査部に提出されたM蛋白患者検体65例およびM蛋白パネル血清29例を用い,M蛋白の影響を確認した。94例の内訳はIgG型:59例,IgA型:14例,IgM型:21例であった。
認証値中央値からのBias(%)は,シグナスオートCRE:−2.3~−0.6%,LタイプワコーCRE・M:−4.5~−0.2%,ピュアオートS CRE-N:−2.3~−0.6%,セロテックCRE-N:−1.4~−1.1%,アクアオートカイノスCRE-III plus:−5.6~0.6%,シカリキッド-N CRE:−7.9~−1.5%であった(Table 1)。
JCCRM 521-12 | Cygnus-auto CRE |
L type WAKO·M | Pure-auto S CRE-N |
Serotec CRE-N |
Arua-auto KINOS CRE-III Plus |
CicaLiquid-N CRE |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|
M: 0.89 ± 0.03 mg/dL | Mean (mg/dL) | 0.87 | 0.85 | 0.87 | 0.88 | 0.84 | 0.82 |
Bias (%) | −2.3 | −4.5 | −2.3 | −1.1 | −5.6 | −7.9 | |
H: 2.20 ± 0.09 mg/dL | Mean (mg/dL) | 2.18 | 2.15 | 2.15 | 2.17 | 2.15 | 2.10 |
Bias (%) | −0.9 | −2.3 | −2.3 | −1.4 | −2.3 | −4.6 | |
HH: 5.31 ± 0.21 mg/dL | Mean (mg/dL) | 5.28 | 5.30 | 5.28 | 5.25 | 5.34 | 5.23 |
Bias (%) | −0.6 | −0.2 | −0.6 | −1.1 | −0.6 | −1.5 |
対理論値±10%を指標とし直線性の評価を行った結果,全ての試薬において作製した最高濃度である140.24 mg/dLまでの直線性が認められた。図の直線はy = xを示す(Figure 1a)。
Dilution linearity
a: vs measured value, b: vs theoretical value ratio
The grey zone shows an area of ±5%.
● Linearity sample □ JCCRM521-12
一方,各測定値について対理論値±5%を指標として評価を行った結果,検討濃度全域において理論値±5.0%を満たした試薬はセロテックCRE-Nのみであった。各試薬における測定値の分布は,それぞれ傾向の異なる湾曲を呈し,その傾向は標準物質の測定において認められた傾向と一致した(Figure 1b)。
3. 共存物質の影響ヘモグロビン(500 mg/dL),ビリルビンC・ビリルビンF(20 mg/dL),乳び(3,000 FTU),クレアチン(60 mg/dL),L-プロリン(50 mg/dL)について影響をみた結果,各共存物質の終濃度において±3%を超える測定値の変動を認めたものは,ヘモグロビン:シグナスオートCRE,ピュアオートS CRE-N,アクアオートカイノス CRE-III plusおよびシカリキッド-N CREで,−5.3~8.4%の変動,ビリルビン-C:ピュアオートS CRE-Nで−5.6%の変動,乳び:LタイプワコーCRE・Mで−4.3%の変動,アスコルビン酸:ピュアオートS CRE-N,セロテックCRE-Nおよびシカリキッド-N CREで−8.6~−3.3%の変動であった。また,クレアチン,L-プロリンでは全ての試薬で影響が認められ,クレアチン:5.6~6.6%,L-プロリン:2.0~9.7%の正誤差がみられた(Figure 2)。
Effect of interfering substances
■ Cygnus-auto CRE ◆ L type WAKO・M ▲ Pure-auto S CRE-N ● Serotec CRE-N
--- Aqua-auto KINOS CRE-III Plus * CicaLiquid-N CRE
リドカインを除く全ての薬剤において,全試薬にて影響が認められた。その程度は試薬により大きく異なり各薬剤の終濃度にて,ドブタミン:−57.2~−6.6%,ドーパミン:−45.9~−4.3%,アドレナリン:−64.5~−4.6%の負誤差がみられた(Figure 3)。
Effect of interfering drugs
■ Cygnus-auto CRE ◆ L type WAKO・M ▲ Pure-auto S CRE-N ● Serotec CRE-N
--- Aqua-auto KINOS CRE-III Plus * CicaLiquid-N CRE
検討を行った全94例のM蛋白血清のうち,2例のIgM-κ型マクログロブリン血症患者検体において,測定値が2倍以上異なる大きな試薬間差を認めた(Table 2)。この2例の反応過程を確認したところ,シグナスオートCRE,セロテックCRE-N,アクアオートカイノス CRE-III plus,シカリキッド-N CREにおいて,試薬によりその程度は異なるものの,非特異的な混濁と考えられる副波長の増加が認められた(Figure 4)。副波長における吸光度増加と測定値増加の程度は相関しており,混濁の影響を認めなかった試薬においては,測定値の増加も認められなかった。
Cygnus-auto CRE |
L type WAKO·M | Pure-auto S CRE-N |
Serotec CRE-N |
Arua-auto KINOS CRE-III Plus |
CicaLiquid-N CRE |
||
---|---|---|---|---|---|---|---|
Sample 1: IgM-κ (IgM: 1,984 mg/dL) |
Mean (mg/dL) | 1.44 | 0.64 | 0.71 | 1.48 | 1.81 | 2.42 |
Sample 2: IgM-κ (IgM: 1,411 mg/dL) |
Mean (mg/dL) | 1.43 | 0.67 | 0.74 | 1.36 | 1.69 | 2.44 |
Non-specific reaction curve
■ Cygnus-auto CRE ◆ L type WAKO・M
▲ Pure-auto S CRE-N ● Serotec CRE-N
--- Aqua-auto KINOS CRE-III Plus * CicaLiquid-N CRE
CREは腎機能の把握に必須の項目であり,臨床からのニーズも高い。測定試薬についても,それを反映するように改良が重ねられており,性能は向上している。しかし本研究により,いくつかの試薬性能差が確認できた。
常用参照物質を用いた正確さの検討では,アクアオートカイノス CRE-III plusおよびシカリキッド-N CREの2試薬にて,日本臨床化学会クオリティマネジメント専門委員会により設定された許容誤差限界7)である±4.8%を逸脱する負誤差が,中濃度域において認められた。高濃度域,異常高濃度域においては,中濃度域で逸脱した2試薬を含め,許容誤差限界を逸脱した試薬はなかった。
重量法にて作製した高濃度試料を用いた希釈直線性の結果から,各試薬とも日常検査における十分な直線性性能を有していることが確認できたものの,対理論値比で評価することにより,測定値分布の湾曲が明らかとなった。この湾曲と標準物質で認められた測定誤差は同様の傾向を示しており,各試薬における反応特性が誤差要因のひとつであることが示唆された。なお,本研究では水溶ベースである希塩酸にて直線性試料の希釈を行った。CREはマトリックス差異が測定値に与える影響の小さい項目であり,各社標準液においても血清ベースと水溶性ベースが混在している状況である。検討結果を鑑みても,希釈液の性状が大きな誤差要因となった可能性は低いものと考えられた。日常検査にて遭遇頻度が高い0.1~10.0 mg/dLのCRE濃度における湾曲の小さい試薬を用いることにより,信頼性の高い結果報告が可能となる。この傾向は試薬によって異なっており,試薬間差を生じる要因にもなり得るため,各試薬における測定値分布の収束が望まれる。
共存物質の検討では,様々な物質により影響が認められた。ヘモグロビン,乳びではその色調混濁に起因する誤差,アスコルビン酸,ビリルビンではその還元性に起因する負誤差を生じた。クレアチンは反応生成物として誤認されることにより正誤差となり,L-プロリンではザルコシンオキシダーゼの特異性に起因する正誤差を生じるなど,その機序は物質により多様である。また,各試薬における界面活性剤,塩濃度,pHなど,試薬組成の違いによっても影響の有無やその程度は異なると考えられ,自施設の試薬特性を把握し,可能な限り影響を回避する必要があると考えられた。
薬剤の影響を検討した結果では,2価フェノール類の3薬剤において影響が認められた。2価フェノール類薬剤による測定値への影響は既に報告がなされており,Trinder試薬との競合反応に起因するとされている3)。この影響については,各社過ヨウ素酸ナトリウム等のオキソ酸を添加することにより回避・軽減を図っており,本研究でも幾つかの試薬において改良試薬を用いている。ただし本研究では,その誤差傾向を確認する目的で,実臨床において遭遇しない高濃度域まで薬剤を添加し検討を行ったため,全ての試薬において影響が認められる結果となった。例えばドブタミンにおける通常投与量は2 μg/kg/minとされ,定常状態の血中濃度は約25 ng/mLである。その他の薬剤についても,同程度あるいはそれ以下の用量で使用されるため,検討濃度域まで上昇することは非常に稀であると考えられる。
一方で,留置カテーテルへの薬剤吸着による混入や8),増量投与,投与直後採血検体において約20 μg/mLまで血中濃度が上昇した事例が報告されており3),この濃度域にて5%を超える影響が認められた試薬は,ピュアオートS CRE-Nおよびシカリキッド-N CREの2試薬のみであった。これらの試薬においては,2価フェノールの影響を十分に回避できないため,投与薬剤に留意する必要があると考えられた。
M蛋白の影響を検討した結果では,全94例中2例のM蛋白患者血清にて,大きな試薬間差と,シグナスオートCRE,セロテックCRE-N,アクアオートカイノス CRE-III plus,シカリキッド-N CREにおける反応過程の異常が認められた。当該検体の反応過程では,主波長だけでなく副波長においても経時的に吸光度が増加しており,試薬間差の原因はM蛋白による非特異的な混濁により生じた偽高値であると結論づけた。影響が認められた検体はともにIgM-κ型マクログロブリン血症患者のものであり,既報のM蛋白型と同様であった4)。なお,IgGおよびIgA型多発性骨髄腫患者検体では,異常反応は認められなかった。検討検体群には合計21例のマクログロブリン血症患者が含まれていたが,影響が認められた検体はこの2例のみであり,影響の有無は検体のM蛋白種別および濃度には依存しなかった。このような症例における反応異常において,特に2ポイントアッセイを原理に用いる測定系では,演算領域モニタのみでの検出は困難であると考えられることから,日常検査においても反応過程全域を管理する機構や管理法の構築が望まれる9),10)。
CRE測定試薬は各社改良が重ねられ,非常に正確な測定が可能となってきている。
しかしその一方で,測定値分布の湾曲や共存物質・薬物の影響は誤差要因となり,その程度や傾向は試薬により異なる。全ての影響因子について完全に回避することは不可能であるが,自施設の試薬特性を把握し留意する必要があると考えられた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。