2017 Volume 66 Issue 6 Pages 629-635
今回,我々は弾性線維染色にみられる染色性の低下やムラの原因として脱パラフィン(以下,脱パラ)不足に着目し,脱パラ不足が弾性線維染色にどの程度な影響を及ぼすのか検討した。またキシレン以外の脱パラ試薬を使用することで,その性質について検討した。検討方法は弾性線維が豊富な大動脈のFFPEの薄切標本を使用し,標本のキシレンへの浸漬時間と液温を変化させた脱パラ工程を行うことで様々な脱パラ状態の標本を作製した。これらに弾性線維染色を行い,その染色性を比較した。その結果,明らかな部分だけでなく,僅かな脱パラ不足が起きていると考えられる部分でも染色性の低下がみられた。また,同様の手順で代替キシレン,ベンゼン,オイルキシレンを使用し,その性質を比較するとキシレンやベンゼンは試薬への浸漬時間だけでなく液温にも大きく影響を受けることが分かった。また今回使用した代替キシレンはキシレンやベンゼンよりも脱パラ能力が高く温度変化による影響も受けにくいことが分かった。標本上に残留したパラフィンは僅かなものでも弾性線維の染色性の低下を起こす原因のひとつとなることが考えられ,その影響を避けるためには25℃程度に保った脱パラ工程や今回使用したような特性を持つ代替キシレンの使用が有効であると考える。
弾性線維染色において,同一ブロックからの薄切切片で同一の染色方法でも弾性線維染色の染色性の強弱やムラがみられることが稀に経験される(Figure 1)。様々な原因が考えられるが,今回我々は脱パラフィン(以下,脱パラ)不足は弾性線維染色の染色性を低下させる1)ということに着目をし,脱パラ不足が弾性線維染色にどの程度影響を及ぼすのか検討した。また同様の手順でキシレン以外の脱パラ試薬を使用し,それらの性質について検討した。
EM染色での比較(対物40倍)
2枚はほぼ同一の染色工程であったが右の写真の弾性線維の染色性は強く,左は弱い。
試料:弾性線維が豊富な大動脈の10%ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織を3 μmに薄切し,スライドグラスに載せて45℃の伸展板で1時間伸展を行った後,60℃孵卵器で12時間乾燥させた未染標本を使用した。
試薬:パラフィンは化学用パラフィン融点56~58℃(純正化学)を使用し,脱パラ試薬はキシレン(純正化学 試薬一級),代替キシレン(ユーアイ化成 U・Iゾール),ベンゼン(和光純薬 試薬一級),オイルキシレンとして上記キシレンとヒマシ油を2:1で混和した試薬を使用した。染色試薬は弾性線維染色に前田変法レゾルシンフクシン(武藤化学),分別に0.1%塩酸エタノール,後染色に0.2%ライトグリーン水溶液を使用した。
夏季室温26~23℃程度(以下,室温)と7℃の冷蔵庫内にウォーターバスを入れて液温25℃,15℃,7℃に液温を調整したキシレン1槽にTable 1に示すように未染標本を30秒,1分,5分,10分,20分,30分間浸漬し,完全に脱パラされている標本から明らかな脱パラ不足の標本の系列を作製した。その後,エタノールで試薬を洗い流し,流水水洗,前田変法レゾルシンフクシンで60分間弾性線維染色を行い1%塩酸エタノールで分別,その後0.2%ライトグリーンで3分間後染色を行った。脱水は99.5%エタノール5槽,透徹はキシレン5槽を用いた。これらを各条件で3回ずつ行い出来上がった標本を比較した。
工程① | キシレン1槽 | |||||
30秒 | 1分 | 5分 | 10分 | 20分 | 30分 | |
工程② | エタノール1槽 3分(オイルキシレンは2槽) | |||||
工程③ | 水洗 | |||||
工程④ | 前田変法レゾルシンフクシン60分,1%塩酸エタノールで分別 | |||||
工程⑤ | 0.2%ライトグリーン3分 | |||||
工程⑥ | 脱水,透徹 |
キシレンを使用して各条件の①~⑥までの工程を行い,弾性線維の染色性を比較した。
標本の判定方法として対物10倍の観察で弾性線維が全て染色されている標本を「全体的に脱パラされている」とし,部分的にあるいは全体的に弾性線維が染色されていない部分がみられる標本を「明らかな脱パラ不足」とした。さらに対物40倍で「全体的に脱パラされている」と判定された標本を詳細に比較した。また,同様の手順で代替キシレン,ベンゼン,オイルキシレンを用いて出来上がった標本の染色性を比較した。
キシレンを使用した脱パラ工程の結果の写真を示す。弾性線維のシワ部分に脱パラ状態がよく反映されていた。室温では1分以上または5分以上の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された(Figure 2)。また,液温25℃では5分以上(Figure 3),15℃では10分以上(Figure 4),7℃では30分(Figure 5)の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された。さらに「全体的に脱パラされている」と判定された標本を対物40倍で詳細に観察すると,室温30分の標本に比べて液温7℃30分の条件では太い線維やその間の微細な線維に染色性の低下がみられた(Figure 6)。
キシレン室温(対物10倍)
キシレン液温25℃(対物10倍)
キシレン液温15℃(対物10倍)
キシレン液温7℃(対物10倍)
弾性線維の詳細な比較(対物40倍)
キシレン室温30分(左),液温7℃30分(右)の脱パラ工程を行った標本である。どちらも「全体的に脱パラされている」と判定された。低温下では太い弾性線維やその間の微細な線維の染色性の低下がみられた。
同様の手順でキシレン以外の脱パラ試薬を使用した結果,代替キシレンでは室温で1分以上または5分以上の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された。また,液温25℃では1分以上,15℃では5分以上,7℃では10分以上の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された。
ベンゼンでは室温では1分以上または5分以上の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された。また,液温25℃では5分以上,15℃では30分の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された。7℃では30分でも「明らかな脱パラ不足」と判定された。
オイルキシレンでは室温で20分以上または30分以上の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された。また,液温25℃では20分以上の条件で「全体的に脱パラされている」と判定された。15℃と7℃では30分でも「明らかな脱パラ不足」と判定された。
Table 2に全ての条件についての結果をまとめた。室温ではすべての試薬で結果の再現性が低かったが,液温が一定の条件では再現性が高かった。また,すべての脱パラ試薬で液温の低下と共に「全体的に脱パラされている」と判定される浸漬時間は長くなった。
結果
Figure 6ではキシレン室温30分と7℃30分の標本を強拡大で詳細に比較した。
弾性線維は主にエラスチンで構成されており,エラスチンは無極性(親油性)官能基を有するアミノ酸で多くを構成されている。このことから弾性線維は親油性の性質を持っていて,脱パラされていない標本上ではパラフィンと疎水結合で強く結合していると考えられている。一方,レゾルシンフクシンは塩基性色素であり,水に難溶性でエタノールに溶解性である1)~3)。弾性線維にレゾルシンフクシンが親和を示す作用機序は諸説あるが最近の研究では疎水結合が大きな割合をしめている可能性が高いとされている4)。これらの性質から脱パラが不充分な場合,残留したパラフィンが原因でレゾルシンフクシン色素が弾性線維中に浸透することができなくなり染色性が低下するとされている1)。今回は脱パラが弾性線維染色にどの程度影響を及ぼすのか検討した。結果,Figure 2, 3, 4, 5に示されるようにパラフィンが残っていると考えられた部分の弾性線維は染色されなかった。そして,Figure 6に示すように,一見問題なく染色されていると判定された標本でも詳細な観察では太い線維や微細な線維の染色性の低下がみられた。これは低温での工程によってキシレンの脱パラ能力が低下し,確認が困難な脱パラ不足が起こっていることが考えられた。
今回,4種類の試薬を比較した結果,室温での工程ではすべての試薬で結果の再現性が低かった。これはエアコンによって室温に26~23℃程度の幅があったことが原因で,試薬の液温も同程度の変化をしていたことが考えられる。また,液温25℃では充分な脱パラ能力を示していたキシレンやベンゼンは低温で脱パラ能力が著しく低下した。このことからキシレンなどを使用した脱パラ工程は液温の影響を受けて脱パラ能力が大きく変化することが分かった。また,一般的に脱パラ能力が劣ると考えられている代替キシレン5)が短い浸漬時間や低温でも高い脱パラ能力を示した。パラフィンは炭素が20個以上の飽和炭化水素の総称である6)。代替キシレンは様々な種類が存在するが,今回使用した代替キシレンは飽和炭化水素系試薬に分類され,キシレンやベンゼンは不飽和炭化水素系試薬に分類される。有機化学には溶解度を支配する「似たもの同士はよく溶けあう」という一般則があり溶質分子(パラフィン)-溶媒分子(脱パラ試薬)間のvan der Waals相互作用が溶質-溶質間の相互作用に近いほどよく溶けると考えられている6)。今回使用した代替キシレンの詳細な構造は明らかでないが,他の脱パラ試薬と比べてパラフィンに近い構造や分子間の相互作用を持っていたことが考えられる。抗酸菌染色で知られるように脱パラ試薬の違いによって,染色結果が大きく変わるといった報告がある7)。オイルキシレンはFITE法などで抗酸菌の検出率を上げるために使用される8)。今回はオイルが疎水結合の染色性に増強効果をもたらすことを期待して使用したが明らかな効果はみられなかった。
今回の検討の結果,脱パラ不足は僅かなものでも弾性線維染色の染色性の低下を及ぼす原因の一つとなることが分かった。その影響を避けるためにはキシレンの液温を25℃程度に保った脱パラ工程や今回使用したような特性を持つ代替キシレンの使用が有効であると考えられた。これらを知ることで安定した弾性線維染色工程や脱パラ工程の確立に役立つことが期待される。
検討に使用した大動脈の組織は東北医科薬科大学病院の剖検例より得られた組織を使用した。剖検は患者家族へのインフォームドコンセントが充分行われた上で承諾が得られている。組織の使用については当院の病理医が日本病理学会の「患者の病理検体(生検・細胞診・手術標本)の取り扱い指針」の包括的同意の範囲内と判断した。よって本論文は当院の倫理委員会の了承は得ていない状況で投稿された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。