2017 Volume 66 Issue 6 Pages 656-662
高感度トロポニンI測定試薬である「アーキテクト・high sensitiveトロポニンI」(high sensitive Troponin I; hsTnI)を用いて臨床的有用性評価を行った。急性心筋梗塞(acute myocardial infarction; AMI)の診断に関するROC解析により算出したAUCはhsTnIが0.869,CK-MBは0.739であった。疾患群ごとのhsTnI分布ではAMI群が狭心症群や慢性心不全群などの疾患群と比較して有意に高値となった。カットオフ値26.2 pg/mLでの感度と特異度は81.7%,72.6%であり,胸痛発生から採血までの時間(採血時間)ごとのAMIに対する陽性率は,2時間未満で54.2%,4時間未満では62.2%であった。冠動脈の狭窄率及び狭窄部位によるhsTnI濃度では,いずれのグループ間においても有意な差は認めなかった。しかし,狭窄率100%と100%未満の群をさらに採血時間で3群に分けると,2時間以降で狭窄率100%の群では100%未満の群に比べより多くの症例が高値を示し,10時間以上では2群間で有意差を認めた。以上のことからhsTnIは虚血による心筋傷害を鋭敏に反映し,AMIに対して優れた診断精度を有することが確認された。
トロポニンは,トロポニンI,トロポニンT,トロポニンCの3つのサブユニットで構成され,筋収縮を調節するタンパク質複合体である。特に心筋でのトロポニンアイソフォームである心筋トロポニンIと心筋トロポニンTはその特異性の高さから,主に心筋梗塞における心筋傷害マーカーとして広く臨床検査に用いられている。近年ではトロポニン測定が高感度化し,その有用性が数多く報告されており1)~3),2013年に日本循環器学会から発刊された「ST上昇型心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)」4)では,「高感度トロポニンI,T」というカテゴリーが新たに追加され,心筋梗塞発症2時間以内あるいは4時間以内などの早期においても優れた診断精度を有することが示された。
今回我々は高感度トロポニン測定試薬である「アーキテクト・high sensitiveトロポニンI」(high sensitive Troponin I; hsTnI)を用いて,急性心筋梗塞(acute myocardial infarction; AMI)診断能の評価,疾患群ごとのhsTnI濃度分布,胸痛発生から採血までの時間(採血時間)ごとのhsTnIの濃度分布変化,冠動脈の狭窄率・狭窄部位とhsTnI濃度との関係性について検討を行ったのでその内容を報告する。
hsTnI測定試薬は「アーキテクト®・high sensitiveトロポニンI」を用いた。測定機器は全自動化学発光免疫測定装置ARCHITECT®アナライザーi1000SR(アボットジャパン株式会社)を使用した。
hsTnIとの比較としてCK-MB測定試薬に「シカリキッドCK-MB」(関東化学株式会社)を用いた。本試薬はCK活性のうち,CK-B活性のみを測定し,2倍にしてMB活性として算出する試薬である。測定機器には生化学自動分析装置JCA-BM6070(日本電子株式会社)を用いた。
2. 対象症例当院で経皮的冠動脈形成術(percutaneous coronary intervention; PCI)を目的に緊急カテーテル検査を行った151例(うちAMI 91例)および待機的カテーテル検査を行った175例を合わせた326例を対象とした。なお,側副血行路(collateral circulation)及び多枝病変を認めた症例は含まれていない。対象症例の背景を明確にするため,AMI群とその他の疾患群に分けて,年齢,性別,高血圧,糖尿病,BMI,脂質および腎機能の比較を行った。胸痛発生から採血までの時間については,問診情報に記載された胸痛発生時刻を胸痛発生の起点とし,その時刻からhsTnI採血までの時間を採血時間と定義した。
3. 臨床的有用性の評価 1) AMI診断能の評価全326例を対象に,hsTnIの試薬添付文書5)に記載されている心筋梗塞の国際定義6)に準拠して設定された99%タイル値である26.2 pg/mLと,従来試薬であるアーキテクト®・トロポニンIの試薬添付文書7)に記載されているWHOの診断基準8)に準拠して設定されたカットオフ値300.0 pg/mLの2つのカットオフ値を用い,AMI診断の感度,特異度をそれぞれ算出した。また,Youden Index法からカットオフ値を算出した。さらに,ROC曲線を作成しhsTnIとCK-MBのROC曲線下面積(area under the curve; AUC)の比較を行った。
2) 疾患群ごとのhsTnI分布全326例を対象に,AMI,不安定狭心症(unstable angina pectoris; UAP),安定狭心症(stable angina pectoris; SAP),陳旧性心筋梗塞(old myocardial infarction; OMI),慢性うっ血性心不全(congestive haert failure; CHF),たこつぼ型心筋症(Takotsubo cardiomyopathy; takotsubo),その他疾患(other disease; OD)に分類し,box plotに表し比較を行った。
3) 採血時間および冠動脈の狭窄率,狭窄部位とhsTnI分布との関係AMIと診断された91例を対象に,採血時間で5つのグループに分け,hsTnIの濃度分布をbox plotで表した。冠動脈の狭窄率,狭窄部位については治療対象となった責任冠動脈病変の狭窄率および冠動脈狭窄部位ごとに分け,それぞれbox plotに表した。また,冠動脈狭窄率を100%および100%未満の2つのグループに分け,さらにこのグループを採血時間で3つのグループ(計6グループ)に分けて比較を行った。
4) 統計解析独立2群間の検定はMann-Whitney検定を行い,独立多群間の検定はKruskal-Wallis検定を用いた。統計解析はアドインソフトであるStatcel2(オーエムエス出版)をMicrosoft Excel 2010にインストールして用いた。
患者背景をTable 1に示した。AMI群とその他の疾患群で有意差を認めたのはHDLコレステロールのみであった。
全症例 n = 326 |
AMI群 n = 91 |
その他の疾患群 n = 235 |
p value | ||
---|---|---|---|---|---|
年齢,years | 中央値(SD) | 74.0(12.5) | 74.0(13.7) | 74.0(12.0) | 0.35 |
性別 | 男性数(%) | 206(63.2) | 60(65.9) | 146(62.1) | 0.28 |
高血圧 | 症例数(%) | 211(64.7) | 57(62.6) | 154(65.5) | 0.31 |
糖尿病 | 症例数(%) | 100(30.7) | 27(29.7) | 73(31.1) | 0.71 |
BMI,kg/m2 | 中央値(SD) | 22.8(4.9) | 22.8(6.3) | 22.8(4.2) | 0.97 |
中性脂肪,mg/dL | 中央値(SD) | 118.5(96.7) | 111.5(105.6) | 119.5(93.2) | 0.51 |
HDL-C,mg/dL | 中央値(SD) | 52.0(20.8) | 47.0(21.0) | 54.0(20.6) | < 0.01 |
LDL-C,mg/dL | 中央値(SD) | 114.0(35.7) | 118.0(39.5) | 112.0(33.8) | 0.85 |
eGFR,mL/min/1.73 m2 | 中央値(SD) | 66.0(19.6) | 64.0(20.4) | 67.0(19.3) | 1.00 |
BMI:体格指数,HDL-C:高比重リポ蛋白コレステロール,LDL-C:低比重リポ蛋白コレステロール,eGFR:推定糸球体濾過量
全326例のうち胸痛発生時間が確認できたのは緊急カテーテル検査を行った151例中113例であり,うちAMIと診断されたのは91例であった。AMI群における採血時間ごとの人数分布を調べたところ,91例中45例は4時間以内であった(Figure 1)。
採血時間ごとのAMI人数分布(棒グラフは人数,折れ線グラフは累積%を表す。n = 91)
全326例を対象として,hsTnIのカットオフ値を26.2 pg/mLとすると感度81.7%,特異度72.6%であった。カットオフ値300.0 pg/mLでは感度65.1%,特異度95.7%であった。Youden indexで求めたカットオフ値は29.0 pg/mLとなり,感度78.7%,特異度76.3%であった。ROC曲線から求めたAUCはhsTnI = 0.869,CK-MB = 0.739であった(Figure 2)。
AMIを対象としたROC解析(n = 91)
疾患群ごとのhsTnI分布をbox plotに表し,中央値および標準偏差をTable 2に示した(Figure 3)。AMI群は中央値が589.0 pg/mLであり,他の心疾患群の中央値(uAP: 12.0 pg/mL, sAP: 9.0 pg/mL, CHF: 50.0 pg/mL, OMI: 7.0 pg/mL, takotsubo: 41.5 pg/mL)およびその他の疾患群(OD: 1.0 pg/mL)と比較して有意に高値を示した。
疾患群 | n数 | 中央値(pg/mL) | SD |
---|---|---|---|
AMI | 91 | 589.0 | 41,787.7 |
UAP | 65 | 12.0 | 1,114.6 |
SAP | 80 | 9.0 | 947.4 |
CHF | 8 | 50.0 | 44.2 |
OMI | 37 | 7.0 | 1,773.4 |
takotsubo | 8 | 41.5 | 1,525.6 |
OD | 37 | 1.0 | 512.0 |
疾患群ごとのhsTnI濃度
採血時間が2時間未満の群と2時間以上4時間未満の群のhsTnIを比較したところ,中央値が36.0 pg/mLから71.0 pg/mLに増加し,4時間を超えると中央値は5,046.0 pg/mLとなった(Figure 4, Table 3)。
採血時間ごとのhsTnI濃度分布
採血時間(hour) | n数 | 中央値(pg/mL) | SD |
---|---|---|---|
~1.9 | 24 | 36.0 | 16,582.6 |
2.0~3.9 | 21 | 71.0 | 5,491.7 |
4.0~10.0 | 15 | 5,046.0 | 59,944.8 |
12.0~23.0 | 16 | 2,886.5 | 77,534.9 |
24.0~ | 15 | 2,369.0 | 16,163.9 |
AMIに対する陽性率は,2時間未満では24名中13名(54.2%),4時間未満では45名中28名(62.2%),10時間未満では60名中42名(70.0%),24時間未満では77名中55名(71.4%)であった。
冠動脈の狭窄率および狭窄部位では,いずれの群間差においても有意差は認められなかった(Figure 5, 6)。しかし,冠動脈狭窄率を100%および100%未満の2つのグループに分け,さらにそのグループを採血時間で3つのグループに分けて比較したところ,2時間以降で狭窄率100%の群と100%未満の群の中央値はそれぞれ250.5 pg/mL,186.0 pg/mLとなり狭窄率100%の群が高い傾向を示し,10時間以上では狭窄率100%の群と100%未満の群の中央値はそれぞれ1,5421.0 pg/mL,595 pg/mLとなり有意差を認めた。(Figure 7, Table 4)。
冠動脈狭窄率ごとのhsTnI濃度分布
冠動脈狭窄部位ごとのhsTnI濃度分布
冠動脈狭窄率と採血時間からみたhsTnI濃度分布
採血時間(hour) | n数 | 中央値(pg/mL) | SD | |
---|---|---|---|---|
狭窄率 100%未満 |
~2.0 | 8 | 70.0 | 4,136.3 |
2.1~10.0 | 15 | 186.0 | 8,447.9 | |
10.1~ | 15 | 595.0 | 9,548.7 | |
狭窄率 100% |
~2.0 | 16 | 28.3 | 19,856.9 |
2.1~10.0 | 24 | 250.5 | 76,071.9 | |
10.1~ | 13 | 15,421.0 | 31,400.7 |
AMI群とその他の疾患群で患者背景を比較したところ,HDLコレステロールがAMI群で有意に低値であった。このことはHDLコレステロール低値が心筋梗塞の危険因子であるとの報告9)と一致していると考えられた。
AMIの診断に関するROC解析結果や疾患群ごとのhsTnI分布から,hsTnIはAMIに対して優れた診断精度を有していることが確認できた。一方,カットオフ値26.2 pg/mLでの感度と特異度は81.7%,72.6%と高かったが,AMI群にて陰性となる例や,AMI以外の心疾患群でも陽性となる例が認められた。さらにAMIに対する陽性率は採血時間が2時間未満では54.2%であったが,4時間未満では62.2%と増加し,hsTnI濃度においては2時間前後を境にして急激に上昇する傾向がみられた。これらの理由として,2時間以内の超急性期付近では,心筋傷害が微小であり,hsTnIが上昇途中であるために陽性率が低かったと推察された。また,本検討の対象症例においては,AMI症例の49.0%は採血時間が4時間未満であった。これは患者が発症から比較的早い段階で当院に来院していることを示しており,本地域の緊急搬送体制を反映しているものと推察された。本検討においてYouden Indexから求めたカットオフ値は29.0 pg/mLであり,添付文書に記載されている99%タイルカットオフ値(26.2 pg/mL)と同等な濃度レベルに最適値が存在すると考えられた。
冠動脈の狭窄率を100%と100%未満の2群に分け,さらに採血時間で分けた検討ではhsTnIの上昇度に有意差がみられたことから,心筋の虚血状態の度合いとhsTnIとの間に相関性があることが確認できた。このことはHallenの総説論文10)においてもトロポニンが梗塞サイズを反映すると報告していることと一致している。しかしながら,狭窄率を細分化したり狭窄部位によって分類した検討においてはhsTnI濃度に有意差は認められなかった。このことから,狭窄の可逆性や微細な血流の有無など,虚血状態を規定する他の要因を含めたより多くの症例で検討を行う必要性があると考えられた。
hsTnIの臨床的有用性について検討を行った。hsTnIはAMIに対して優れた診断能を示すとともに,採血時間や狭窄率など,心筋傷害の強度を反映していた。このことにより,AMIの診断においては,カットオフ値を超えるか否かを見るだけでなく,低濃度域での測定値の時間変化をみることや,各地域での緊急搬送体制や採血時間を考慮したカットオフ値の設定が重要と考える11)~13)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。