2017 Volume 66 Issue 6 Pages 691-695
伝染性単核球症(infectious mononucleosis; IM)はEpstein-Barr virus(EBV)の初感染によって起こる。乳幼児期に初感染した場合は不顕性感染であることが多く,思春期以降に感染した場合にはIMを発症することが多い。EBVはBリンパ球に初感染し,急性期を過ぎても体内から排除されることなく生涯にわたってBリンパ球に潜伏感染する。一方,血漿中では急性期においてはEBVが検出されるが,1か月以内には消失することが知られている。このことより今回,PCR法により血漿からEBVを検出することでIMの早期確定診断に至った一例を経験したので報告する。症例は18歳男性。咽頭痛,発熱を認めたため近医を受診し,扁桃炎と診断され抗生剤を処方された。その後皮疹が出現し,症状も改善しないため当院紹介となった。血液検査上では異型リンパ球の上昇や肝機能異常は認めなかった。診断のためPCR検査を施行したところ,リンパ球,血漿からともにEBV-DNA陽性となり,EBVによるIMと確定した。早期にIMと診断ができたことにより禁忌の抗生剤の使用を避けることができた。IMにおいて典型的な臨床症状や検査所見が乏しい症例においては,血漿を用いたEBVのPCR検査は早期確定診断に有用な検査法であると考えられる。
伝染性単核球症(infectious mononucleosis,以下IM)はEpstein-Barr virus(以下EBV)の初感染によって引き起こされる。EBVはヒトヘルペスウイルス科γ亜科に属する2本鎖DNAウイルスであり,標的細胞であるBリンパ球にひとたび感染すると一生その宿主に潜伏感染し,免疫抑制状態下で再活性化する性質を有する。またIMの急性期においては,血漿や血清中からEBVが検出されることが知られている。
IMは通常,検査所見と臨床症状を合わせて総合的に診断されるが,感染早期では症状や異型リンパ球の増加が乏しいことや抗体検査に時間がかかることから,早期診断は難しいことが多い。今回PCR法により血漿からEBVを検出することで早期にIMの確定診断に至った一例を経験したので報告する。
症例:18歳,男性。
主訴:咽頭痛,発熱。
既往歴・家族歴:特記すべき事なし。
現病歴:初診2日前に咽頭痛を認めた。翌日から微熱があり,翌々日には38℃の発熱を生じたため近医を受診した(初診)。初診時に頸部リンパ節腫脹・扁桃肥大・白苔を認め急性扁桃炎の診断でセフジニル,クリンダマイシンの内服を処方され帰宅した。翌日から体幹部に皮疹が出現し,咽頭痛・発熱等の症状も改善しないため初診2日後に再度同医院を受診,精査加療目的で当院内科に紹介され,同日入院となった。
当院受診時所見:体温:38.1℃,扁桃腫大及び白苔を認め,右頸部リンパ節3 cm × 5 cm,左頸部リンパ節3.5 cm × 4 cmといずれも腫大し,両側眼瞼軽度腫脹あり。心音:整,雑音なし。呼吸音:清,左右差なし。腹部:平坦,軟,圧痛なし。肝・脾腫大なし。皮膚:上背部に発疹散在,両側下肢足背に癒合した軽度紅斑を認めた。白血球数:20,200/μL,分画ではリンパ球:69.0%,異型リンパ球:0%,またCRP:1.2 mg/dLであり,AST:32 IU/L,ALT:33 IU/Lとトランスアミナーゼの上昇は認めなかった(Table 1)。
末梢血検査 | 生化学検査 | ||
WBC(×103/μL) | 20.2 | AST(IU/L) | 32 |
Seg(%) | 25.0 | ALT(IU/L) | 33 |
Eosin(%) | 0.0 | LDH(IU/L) | 330 |
Baso(%) | 0.0 | ALP(IU/L) | 350 |
Monocyte(%) | 6.0 | γGT(IU/L) | 37 |
Lymph(%) | 69.0 | CK(IU/L) | 27 |
At.Lym(%) | 0.0 | CRP(mg/dL) | 1.20 |
RBC(×104/μL) | 566 | 血清検査 | |
Hb(g/dL) | 15.3 | VCA-IgG 抗体(倍) | 160 |
Ht(%) | 36.3 | VCA-IgM抗体(倍) | 40 |
PLT(104/μL) | 16.8 | EBV-EBNA抗体(倍) | <10 |
当初,扁桃炎と薬疹を疑い抗生剤を中止し輸液のみで経過観察が行われたが発熱と皮疹が続くためEBV感染が疑われた。しかしながら血液検査データからはEBV感染とは診断がつかず,主治医より検査部および小児科に相談があった。EBV感染早期診断のためPCR検査を行うことを提案し,主治医立ち合いのもと患者血液サンプルからPCR検査を行うことの同意と承諾を得て,PCR検査を施行した。
EDTA入り全血を3,000 rpmで10分間遠心し血漿と血球に分離した。血漿は20分間の煮沸の後,−70℃で20分冷却し,14,000 rpmで20分間遠心分離した。その上澄み350 μLに等量の5 Mグアニジンおよび0.5 M酢酸カリウム溶液を混合しDNA抽出用カラム(チヨダサイエンス)を用いて精製し,50 μLのTE(10 mM Tris-HCl,1 mM EDTA-NaOH)溶液で抽出した。血球成分からはドナクイックII(DSファーマバイオメディカル株式会社)を用いて白血球由来のDNAを抽出した。
EBVのPCRはKanamoriら1)が報告したPCR産物,134 bpのBamH1-W primer: EB-BamH1-W forward, 5'CAAGAACCCAGACGAGTCCGTAGAA3'; EB-BamH1-W reversea, 5'AAGAAGCATGTATACTAAGCCTCCC3'を使用した。
PCRは1.75 mM MgCl2,0.3 mM dNTP mix,上記プライマーをそれぞれ0.5 μMずつ,0.5 U KAPA Extra DNA Polymerase(日本ジェネティックス)と,白血球および血漿より抽出したDNAを2 μLずつ使用し20 μLの系で実行した。変性は94℃15秒,アニーリングは60℃15秒,伸長は68℃30秒で,32サイクル実行した。
PCR産物は2%アガロースゲルで泳動し,Midori green stainにより確認した。またこのバンドはdirectシークエンスで配列がEBVであることを確認した。
血液からのPCRにより,白血球DNAおよび血漿DNAの両方ともにEBV-DNA陽性であり,これよりEBV感染に伴うIM急性期と診断された(Figure 1)。PCRにより血漿中からEBVが検出されIMと診断されたことから,抗生剤の投与はなされず,咽頭痛と倦怠感により経口摂取困難であったため輸液療法のみが行われた。その後解熱し咽頭痛,皮疹も改善した。経口摂取も良好となり,血液検査においてもトランスアミナーゼの上昇を認めないことから,第5病日退院となった。入院時の抗体検査の結果が1週間後に判明し,EBV感染初期パターンであることが示された(Table 1)。
症例のPCR結果
M:100 bp DNAラダーマーカー,L:患者リンパ球,P:患者血漿,NC:EBV-DNA陰性コントロール,PC:EBV-DNA陽性コントロール
近年,感染症において早期診断のため分子学的手法を用いた診断が行われるようになってきた。特にヘルペス属は2本鎖DNAウイルスのため逆転写を行う必要がなく,PCRの工程が容易であるために臨床においてはPCR法による検査がよく用いられている。ヒトヘルペス属であるEBVにおいてもPCR法を用いて血清や血漿から検出され,早期診断に役立つようになってきた2)~4)。
Kimuraら4)はIMの急性期の95%の症例では血漿1 mL中に平均102.4個のウイルスが存在するが,その後徐々に減少し,1か月以内に消失すると報告している。すなわちEBV-DNAが血漿より検出されれば活動性の感染であり,逆に検出できなければ非活動性もしくは未感染と診断できる。Chanら2)は,血清からのEBV検出からEBV初感染をPCR法で診断し,その精度は感度80%,特異度94%,陽性的中率95%,陰性的中率79%であったと報告している。
またEBVはBリンパ球に感染しウイルスは核内で維持され,終生体内に潜伏することが知られている。すなわちリンパ球からのEBV-DNAの検出は現感染または既感染であることの指標となる2)。また一般に,VCA-IgG抗体は初感染の急性期に上昇し回復後も終生持続する抗体であり,VCA-IgM抗体は初感染の急性期に出現し早期に低下消失する抗体である。しかし一方で,EBVの再活性化によりVCA-IgM抗体が弱陽性となる報告もあり,抗体価だけではEBVの現感染かの診断は難しい。そこで今回はPCR検査を用いることによりEBV感染の急性期であると診断をつけることができた。また,抗体検査は結果が出るまで数日を要するが,それに比べてPCR検査は数時間で結果が出るため早期診断に有用である。
IMはEBV初感染の代表的な臨床像であり,発熱,咽頭・扁桃炎,皮疹,頸部リンパ節腫脹,眼瞼浮腫,肝脾腫を主症状とし,検査所見からは白血球数増加,異型リンパ球増加,肝機能異常を認める。しかしながら典型的な症状や検査所見を示さない例も多く初期診断は難しいとされている。特に乳幼児期では不顕性感染が多く,発症しても臨床症状が乏しい例が多いため初期診断は見逃されがちであり,検査所見も成人と比較して白血球が多くリンパ球優位であり,異型リンパ球増加が著名でない例も多い5)。今回の症例でも臨床症状からは当初,扁桃炎および薬疹の可能性を疑われ当院に紹介になっており,検査所見からも異型リンパ球増加や肝機能異常は認めなかったためIMの診断には至っていなかった。従来であれば確定診断のためには抗体検査が必要となり,結果判明までには5~7日ほどの期間を要してしまう。
またIMは,早期にはその症状から扁桃炎と診断され抗生剤を投与されることが多いが,アンピシリンを内服すると皮疹が増悪するため禁忌とされている6)。そのためIMを早期に診断することは抗生剤投与の選択においても重要である。
本症例では臨床症状と検査所見からはEBV感染症とは確定されなかったため,EBV感染及び細菌性扁桃炎の鑑別のため検査部に相談があり,PCR検査の実施に至った。PCRにより血漿および白血球からEBV-DNAを検出したことで早期にIMと診断することができ,不要な抗生剤を使用することを避け,患者の軽快に貢献できた。
検査上の注意点として,採血に用いる抗凝固剤はPCRの阻害剤となるヘパリンではなく必ずEDTAを用い,血漿を分離する際は血漿中に白血球が残存しないよう血漿上部1/3を慎重に分取する必要がある。
本症例のようにIMは臨床所見の乏しい場合が多く,また抗体検査の結果が出るまでに時間を要するため,約4時間で結果の出るPCR検査による血漿からのEBV-DNAの検出は早期確定診断のために有用であることが分かった。
積極的にPCR検査を活用することで,診断の早期確定や適切な治療方針の決定などの診療への貢献が期待される。
本症例はヒト遺伝子の検索は行っておらずウイルス遺伝子のみの検索であり,検索したDNAは廃棄し,倫理委員会の判断として審議不要となった。またインフォームドコンセントにより患者本人と家族の同意を得た。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。