2017 Volume 66 Issue 6 Pages 696-702
両側性に発症した精巣悪性リンパ腫の1例を経験した。症例は72歳,男性。左陰嚢内容の無痛性腫脹を主訴とし来院。画像検査にて両側精巣腫瘍,後腹膜リンパ節転移が疑われ,両側高位精巣摘除術を施行。病理組織診断にてびまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断された。本症例は超音波検査において,右精巣は病巣を示す低エコー域と正常組織の境界は比較的明瞭,白膜の連続性は保たれていた。一方,左精巣は境界不明瞭な低エコー域が斑状に散在,白膜の連続性は途絶し輪郭は不整であった。これらの所見は精巣組織の壊死の程度や腫瘍の白膜及び精巣上体への浸潤を反映したものと思われた。カラードプラ法では両側に悪性リンパ腫の所見とされる豊富な血流信号を認めた。陰嚢内容超音波検査を行う上で,精巣内部の観察と共に精巣の輪郭や白膜の連続性の観察,及びカラードプラ法での血流評価は重要であると思われた。
精巣悪性リンパ腫は,全精巣腫瘍の5%とされ比較的稀な疾患である1)。高齢者での発症が多く,両側性に病変をきたす割合は約20%と言われている2)。
今回我々は,両側性に発症した精巣悪性リンパ腫の1例を経験したので超音波検査を中心に文献的考察を加えて報告する。
症例:72歳,男性。
主訴:左陰嚢内容の無痛性腫脹。
既往歴:56歳 脾原発悪性リンパ腫にて脾臓摘出。
家族歴:なし。
現病歴:2015年12月1ヶ月前より左精巣腫脹に気付き当院泌尿器科外来受診。診察にて左精巣腫脹,右精巣硬結を認めた。超音波検査にて両側精巣腫瘍,後腹膜リンパ節転移疑いとなり,Computed Tomography(CT)検査においても同様の結果を指摘され手術目的で他院紹介となった。
検査所見:生化学ではLDH 647 U/L,ALP 354 U/L,CRP 2.58 mg/dLで高値を示した。腫瘍マーカーではSIL-2R(可溶性インターロイキン2レセプター)3,570 U/Lと高値を示したが,AFP,PSA,血中HCG-βサブユニットは基準値以下であった。血算ではPLT 45.1 × 104/μLが軽度高値,RBC,HGB,HCTで低値を認めた(Table 1)。
生化学 | 血算 | ||
TP | 6.5 g/dL | WBC | 82 × 102/μL |
Alb | 3.6 g/dL | RBC | 374 × 104/μL |
A/G | 1.2 | HGB | 12.3 g/dL |
T.BIL | 0.47 mg/dL | HCT | 35.1% |
AST | 16 U/L | MCV | 93.9 fL |
ALT | 10 U/L | MCH | 32.9 pg |
LDH | 647 U/L | MCHC | 35.0% |
ALP | 354 U/L | PLT | 45.1 × 104/μL |
γGTP | 19 U/L | ||
BUN | 16.2 mg/dL | ||
CRE | 0.75 mg/dL | ||
UA | 4.1 mg/dL | 腫瘍マーカー | |
Na | 134 mEq/L | AFP | 1.1 ng/mL |
K | 5.2 mEq/L | PSA | 0.63 ng/mL |
Cl | 96 mEq/L | 血中HCG-βサブ | < 0.1 ng/mL |
CRP | 2.58 mg/dL | SIL-2R | 3,570 U/mL |
超音波所見:右精巣の大きさは43 × 23 × 34 mmと軽度腫大を認めた。精巣の形状は整であり,白膜の連続性は保たれていた。精巣内部に楕円状の低エコー域があり,内部エコーは比較的均質であった(Figure 1)。左精巣の大きさは46 × 37 × 39 mmと腫大し,軽度の陰嚢水腫を認めた。精巣の形状は一部輪郭不整であり,白膜の連続性は途絶していた。精巣内部に境界不明瞭な低エコー域が斑状に散在し,内部エコーは不均質であった(Figure 2)。カラードプラ法では両側ともに血流豊富であり,腫瘤内を貫く線状の血流信号を認めた。特に右精巣に豊富な血流信号を認めた(Figure 3)。大動脈周囲に多数認めた腫大したリンパ節は形状やや不整,内部エコー均質で低エコーを呈していた(Figure 4)。
右精巣縦走査
a:右精巣の大きさ 43 × 23 × 34 mm
b:シェーマ
精巣内部に楕円状の低エコー(腫瘤部)あり,内部エコーは比較的均質。白膜の連続性は保たれている。
左精巣縦走査
a:左精巣の大きさ 46 × 37 × 39 mm
b:シェーマ
精巣の形状は一部輪郭不整。白膜の連続性は途絶。
精巣内部に境界不明瞭な低エコー領域が斑状に散在,内部エコーは不均質。
→は白膜の途絶している部位を示す。
a:右精巣 カラードプラ法 b:左精巣 カラードプラ法 c:右精巣横走査 パワードプラ法 d:左精巣横走査 パワードプラ法
腫瘤内を貫く線状の豊富な血流信号を示す。
大動脈周囲腫大したリンパ節
リンパ節は形状やや不整,内部エコー均質で低エコーを呈していた。
今回の超音波所見から悪性を疑う両側性精巣腫瘍及び後腹膜リンパ節転移または悪性リンパ腫が疑われた。
超音波装置はGE LogiqE9高周波プローブ11 MHzを使用した。
CT所見:左精巣腫大し,不整に造影された。右精巣軽度腫大し,不整な造影効果を認めた(Figure 5)。大動脈周囲,縦隔,右腋窩に多発性に著明なリンパ腫大を認めた。今回のCT検査から精巣腫瘍及びそれに伴う多発性リンパ節転移か,悪性リンパ腫の再発かは鑑別困難であった。
CT画像
病理組織診断:左精索断端に腫瘍の浸潤を認めたが,右精索断端には浸潤を認めなかった(Figure 6)。両精巣ともにHE染色にて,1から数個の明瞭な核小体を有する核を認めた。免疫芽球様の異型リンパ球がびまん性に増殖していた(Figure 7a, b)。
両側精巣摘出材料
a:右精巣:60 g,左精巣:130 g
b:横断面
a:右精巣 HE染色 ×400 b:左精巣 HE染色 ×400 c:右精巣 HE染色 ×40 d:左精巣 HE染色 ×40 e:右精巣 CD20陽性 ×400 f:左精巣 CD20陽性 ×400
1から数個の明瞭な核小体を有する核をみる。免疫芽球様の異型リンパ球がびまん性に増殖(a, b)。
精巣の組織はほとんど破壊され,島状に精細管や精巣上体が残存していた。
特に左精巣では,白膜を越えて精巣上体や導管に浸潤,精細管の中にも異型リンパ球を容れていた。壊死も高度に認め,血管侵襲性も目立った(c, d)。
▲は既存の精細管を示す。→は壊死を示す。
精巣の組織はほとんど破壊され,島状に精細管や精巣上体が残存していた(Figure 7c, d)。特に左精巣では,白膜を越えて精巣上体や導管に浸潤,精細管の中にも異型リンパ球を容れていた。壊死も高度に認め,血管侵襲性も目立った。右精巣に,白膜を越えた浸潤は認めなかった。免疫組織学的診断では,CD20,CD5(一部),BCL-6(一部),BCL-2,MUM-1に陽性,CD3,CD56,CD10に陰性を示し,びまん性大細胞型B細胞リンパ腫,非胚中心B細胞型と診断された(Figure 7e, f)。
臨床経過:2016年1月,両側高位精巣摘除術施行,病理組織診断にて悪性リンパ腫と診断された。同年1月末日急性憎悪による全身状態の低下により急変し永眠された。
精巣腫瘍は男性における全腫瘍の1%に相当し,そのうち約5%が精巣悪性リンパ腫とされている1)。精巣悪性リンパ腫は,高齢者に多く対側精巣,中枢神経系などに転移を認め,予後不良のリンパ腫と考えられている2)。組織型はほとんどがB細胞型腫瘍であり,びまん性大細胞型が多く,その中でも非胚中心B細胞型は予後不良とされている3)。精巣悪性リンパ腫は大別して原発性と全身リンパ腫の一部分症とに分けられる。精巣原発とするには術後数年間再発の徴候がないことや,初発症状が陰嚢内腫瘤で精巣摘除後病理組織にて初めて悪性リンパ腫の診断がされたことなどの条件がある1)。本症例においては初発症状が陰嚢内腫瘤であったが同時期に全身のリンパ節腫大も認めていたことなどから,精巣が原発巣であるかは不明である。また,本症例は脾悪性リンパ腫の既往があり,再発か二次発生かの鑑別が問題となる。当時(2000年3月)の脾臓腫瘍の針生検材料による病理組織診断においてびまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断されていた。しかし,免疫組織学的診断においてはCD5,BCL-6,MUM-6が陰性であり,今回の精巣悪性リンパ腫とは異なっていた。また,症例は脾臓摘出より15年以上経過していることなどから二次発生的悪性リンパ腫が最も考えられた。超音波検査やCT検査で後腹膜リンパ節の転移が疑われた所見は,悪性リンパ腫の一部を観ていたものと考えられた。
陰嚢内容超音波検査は陰嚢の腫脹の原因を明らかにする方法として用いられており,腫瘤の有無,腫瘤の大きさや性状,カラードプラ法での血流評価は悪性腫瘍や良性腫瘍,炎症疾患などを鑑別するのに必要な検査である。正常精巣の超音波像は,線状の高エコーを示す白膜に覆われ,内部エコーが均質な卵円形の充実性パターンとして描出される。観察時は,必ず2方向での確認とともに,対側との大きさや形態における比較が重要であるとされている4)。陰嚢内血流は比較的遅く,精巣動脈を対象とする場合は流速レンジを10 cm/s程度にすることが必要である5)。精巣腫瘍の超音波像は組織型を反映した基本的傾向はあるが組織特有のパターンを持たない多彩な像を呈するとされている6)。精巣腫瘍診療ガイドライン2015年版においては精巣腫瘍の原発巣の診断には超音波検査が推奨グレードAで推奨されている7)。ガイドラインでは精巣腫瘍の多くは悪性腫瘍であり,低エコー域として検出されること,充実性の悪性腫瘍における高いvascularityを検出できるカラードプラ法は有用であることが指摘されている7)。本症例においても超音波検査を第一選択として行い,症状が有った左精巣だけでなく,無症状の右精巣に対しても低エコー腫瘤の存在を認め,カラードプラ法にて豊富な血流信号を検出することができた。
精巣悪性リンパ腫の代表的な超音波所見として①精巣の腫大,②地図状の低エコー域,③カラードプラ法の多血性が挙げられる5)。本症例において右精巣は診察時硬結を認めたが自覚症状はなく腫脹も認めなった。しかし,超音波検査において軽度な腫大と,精巣内部に低エコー域が地図状に呈する腫瘤を認めた。病巣を示す低エコー域と正常組織の境界は比較的明瞭であり,白膜の連続性も保たれていた。左精巣は無痛性腫脹を主訴としており,超音波検査においても明らかな腫大を認めた。精巣内部には低エコー域が斑状に散在,腫大した腫瘤により白膜の連続性は途絶していた。これらの所見は病理組織診断における腫瘍の白膜及び精巣上体への浸潤を反映したものと思われた。精巣悪性リンパ腫の腫瘍細胞の増生,浸潤パターンには結節型とびまん型がある。結節型は残精巣実質と比較的境界明瞭な結節腫瘤を呈し,びまん型は境界不明瞭で精細管周囲間質内を主に浸潤増殖を示し,残存精細管を比較的多くみるとされている1)。本症例では右は結節型を,左はびまん型を呈していた。左右の超音波所見の違いは,腫瘍細胞の増生,浸潤パターンの違いによる組織の状態を反映したものと思われた。
悪性リンパ腫のカラードプラ法の特徴的所見として血流信号を腫瘤内部に多く認め,特に腫瘍径の増大に伴い線状の血流信号が病変部の中心部を貫通することが知られている。これは腫瘤が柔らかく血管を取り囲むように浸潤性に発育するため血管の内腔が保たれ,圧排や変形に乏しいものと考えられている8)~10)。本症例のカラードプラ法では右精巣は,精巣周囲も内部への血流信号も非常に豊富であり,腫瘤内を貫く線状の血流信号を呈していた。左精巣も,同様に血流信号は豊富であったが,右精巣に比べ若干乏しい様に観察された。これは左精巣において組織の壊死が高度であり,腫瘍の血管侵襲を認めていたことなどが血流に反映されたものと考えられた。血流信号の波形解析からは腫瘍径の増大と最高流速の間に正の相関のあることや11),末梢血管抵抗の指標とされるpulsality index(PI)やresistive index(RI)の値が悪性リンパ腫では高値を示すという報告もされている9)~11)。今回はカラードプラ法での波形解析を行っていないが,波形解析を行い流速やRIなどの評価を追加することで,腫瘤内の血管構築に関する診断の付加価値が一層向上したものと思われた。
以上のことから,陰嚢内容超音波検査を行う上で,精巣内部の観察だけでなく精巣の輪郭や白膜の連続性を観察することや,カラードプラ法で血流評価をすることは腫瘍の存在診断や質的診断,進展度診断において有用な情報となり重要であると思われた。
本症例における陰嚢内容超音波検査は,無症状の精巣においても腫瘤の存在を認めたことや,左右の腫瘍細胞の増殖,浸潤パターンの違いの変化を超音波像で観察し得た点など,本疾患の診断の一助となったものと思われた。
両側精巣悪性リンパ腫の1例を報告し,若干の文献的考察を加えた。
本論文の要旨は第5回北日本支部医学検査学会にて発表した。
本症例は当院倫理委員会の承認を得ている。
本論文を執筆するにあたり,資料の提供,ご指導を頂きました竹田健康財団竹田綜合病院病理診断科の山口佳子先生,太田綜合病院附属太田西ノ内病院病理部の小田島肇先生に深く感謝申し上げます。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。