2017 Volume 66 Issue 6 Pages 709-714
症例は30歳代,男性。2015年7月に左の精巣腫瘍の腫大を認め,BEP療法(Bleomycin Etoposide Platinol(Cisplatin))を開始した。しかし,BEP療法は効果なく放射線治療を開始した。尿沈渣検査では,放射線療法前から尿細管上皮細胞が排出されていたが,これはBEP療法のシスプラチンの影響であると考えられた。放射線照射後の尿沈渣検査では,巨大な尿細管上皮細胞が排出されていた。照射前では,巨大な尿細管上皮細胞が排出されていなかったことから,放射線の影響が考えられた。放射線により腎症を発症すると,高血圧や溶血性尿毒症症候群を呈することもあり,治療困難で予後不良となる。未然に防ぐためには,巨大な尿細管上皮細胞の排出が持続するようであれば放射線腎症も考慮して鏡検し臨床に報告することが望ましい。
尿細管上皮細胞は,糸球体腎炎やネフローゼ症候群などの腎実質疾患患者尿で高率に認められ形態も様々である。腎疾患以外でも腎虚血または腎血漿流量減少や種々の薬物などによって腎障害を起こした場合にも高率に認められる。今回,われわれは放射線療法中の患者尿に,巨大な洋梨・紡錘型の尿細管上皮細胞の排出を経験したので報告する。
患者:30歳代,男性。
家族歴:特記すべき家族歴なし。
既往歴:特記すべき既往歴なし。
現病歴:2015年7月に左の精巣腫瘍の腫大を認め,8月に高位精巣摘除術施行。その後肝転移,リンパ節転移を生じた。9月と11月にBEP療法(Bleomycin Etoposide Platinol(Cisplatin))療法が開始されたが,効果なくパゾパニブを開始され,12月に放射線治療が,腰椎と左腸骨に行われた。疼痛軽減目的でオキシコンチンを処方された。
放射線照射後に初めて提出された検体の臨床検査結果をTable 1に示す。CRPが高値を示し,蛋白尿を呈していた。尿沈渣検査では,赤血球と尿細管上皮細胞が少数排出されていた。尿細管上皮細胞については,洋梨・紡錘型が主体で角柱型も排出されていた。経時的変化をTable 2に示す。CRPの上昇や尿細管上皮細胞の排泄増加が認められた。
血算 | 尿定性 | ||
RBC(106/μL) | 3.62 | 色調 | 黄 |
WBC(103/μL) | 4.11 | 比重 | 1.031 |
Hb(g/dL) | 11.2 | 蛋白 | 1+ |
Plt(104/μL) | 15.7 | 潜血 | − |
生化学(血清) | 尿沈渣 | ||
蛋白(g/dL) | 6.4 | 赤血球 | 1–4/HPF |
アルブミン(g/dL) | 3.8 | 尿路上皮細胞 | 1/1–4 HPF |
CRP(mg/dL) | 4.13 | 硝子円柱 | 1/5–9 HPF |
クレアチニン(mg/dL) | 0.6 | 尿細管上皮細胞 | 1–4/HPF |
eGFR(mL/min/1.73m2) | 126.6 | 角柱型 | 1–4視野中1個 |
放射線 | 2015/12/11 15日前 |
2016/1/6 12日後 |
2016/1/20 26日後 |
2016/2/3 40日後 |
2016/2/17 54日後 |
2016/3/2 68日後 |
---|---|---|---|---|---|---|
赤血球(106/μL) | 2.85 | 3.62 | 3.60 | 3.66 | 3.93 | 2.73 |
白血球(103/μL) | 1.46 | 4.11 | 4.94 | 4.92 | 7.73 | 6.57 |
Hb(g/dL) | 8.7 | 11.2 | 11.2 | 11.2 | 12.3 | 8.3 |
Plt(104/μL) | 13.9 | 15.7 | 17.6 | 15.7 | 16.0 | 4.2 |
蛋白(g/dL) | 5.9 | 6.4 | 6.6 | 7.1 | 7.5 | 6.1 |
アルブミン(g/dL) | 3.4 | 3.8 | 3.6 | 3.9 | 4.0 | 3.0 |
CRP(mg/dL) | 0.81 | 4.13 | 8.64 | 4.77 | 17.96 | 13.19 |
クレアチニン(mg/dL) | 0.60 | 0.60 | 0.61 | 0.54 | 0.38 | 0.57 |
eGFR(mL/min/1.73 m2) | 126.6 | 126.6 | 124.3 | 142.1 | 208.7 | 133.9 |
尿色調 | 麦藁 | 黄 | 黄 | 麦藁 | 麦藁 | 黄麦 |
尿比重 | 1.027 | 1.031 | 1.030 | 1.026 | 1.030 | 1.025 |
尿pH | 6.0 | 5.5 | 5.5 | 5.5 | 6.0 | 6.0 |
尿蛋白 | 1+ | 1+ | 1+ | ± | 1+ | 1+ |
A/C比(mg/g·Cr) | 80 | 150 | 80 | 30 | 150 | 150 |
尿潜血 | − | − | − | − | − | − |
赤血球 | 1/1–4 HPF | 1–4/HPF | 1/1–4 HPF | 5–9/HPF | 1/1–4 HPF | 1/1–4 HPF |
尿路上皮細胞 | なし | 1/1–4 HPF | 1/5–9 HPF | なし | なし | なし |
硝子円柱 | 1/40 LPF | 1/5–9 LPF | 1/30 LPF | 1/1–4 LPF | 1/20 LPF | 1–4/LPF |
尿細管上皮細胞 | 5–9/HPF | 1–4/HPF | 5–9/HPF | 1–4/HPF | 1–4/HPF | 10–19/HPF |
角柱型 | 1/1–4 HPF | 1/1–4 HPF | なし | なし | 1/1–4 HPF | 1/1–4 HPF |
尿細管上皮細胞の排出とeGFRおよびアルブミン・クレアチニン比(A/C比)の経時的変化をFigure 1に示す。eGFRは正常範囲であった。A/C比と尿細管上皮細胞の排出は,ほぼ相関していた。放射線照射12日後の尿沈渣像では,角張りはあるが細胞質が均質状,辺縁はシワ状,核は型押し状となっているので尿細管上皮細胞であると判断した(Figure 2)。照射68日後の尿沈渣像では,細胞質の辺縁構造がギザギザし,表面構造が不規則顆粒状を呈する鋸歯型の尿細管上皮細胞のみが排出されていた(Figure 3)。
臨床検査結果の経時的変化②
尿細管上皮細胞の排出とeGFRおよびアルブミン・クレアチニン比(A/C)の経時的変化
矢印の太さは各尿細管上皮細胞の排出割合を示す。
放射線照射12日後の尿沈渣像(×400)
洋梨・紡錘型尿細管上皮細胞
a:無染色 b:Sternheimer染色
放射線照射68日後の尿沈渣像(×400)
鋸歯型尿細管上皮細胞
a:無染色 b:Sternheimer染色
免疫組織化学法を行い,今回排出された尿細管上皮細胞が,洋梨・紡錘型の尿細管上皮細胞が起源であることを確認した。CD10は,糸球体上皮細胞と近位尿細管上皮細胞を,EMAは遠位系尿細管上皮細胞を,ウロプラキンは分化した表層の尿路上皮細胞を認識する。陽性は茶褐色を呈するので,今回の細胞は遠位系の尿細管上皮細胞であることが確認できた(Figure 4)。
免疫染色(洋梨・紡錘型尿細管上皮細胞の起源)
CD10は糸球体上皮細胞と近位尿細管上皮細胞を,EMAは遠位系尿細管上皮細胞を,ウロプラキンは分化した表層の尿路上皮細胞を認識する。陽性は茶褐色を呈する。
今回の症例では放射線の照射により,大きい細胞では60 μmもある巨大な洋梨・紡錘型の尿細管上皮細胞が排出されていた。放射線照射前より尿細管上皮細胞は排出されていたが,これはBEP療法のシスプラチンの影響であり,シスプラチンは尿細管障害性があるため,尿中に排出されたことが考えられた。さらに,放射線照射後の尿沈渣像では巨大な尿細管上皮細胞が排出されていた。照射前では,巨大な尿細管上皮細胞が排出されていなかったことから放射線照射の影響が考えられた。
今回排出された尿細管上皮細胞(a, b)について,尿路上皮細胞(c, d)と比較した(Figure 5)。巨大化した尿細管上皮細胞は,尿路上皮細胞と細胞質の辺縁構造や表面構造が類似し,鑑別に苦慮することも少なくない。しかし,今回排出された尿細管上皮細胞は,細胞質の辺縁構造が不明瞭でシワ状,表面構造は均質状,核は型押し状となっており,比較対照である尿路上皮細胞は,細胞質の辺縁構造が明瞭で角状および多陵形,核は白血球大で細胞質の表面構造は,漆喰状および紙やすり状を呈していることから鑑別が可能であった(Figure 5)。
尿細管上皮細胞と尿路上皮細胞の比較
辺縁構造と表面構造で鑑別可能
a:尿細管上皮細胞 無染色
b:尿細管上皮細胞 Sternheimer染色
c:尿路上皮細胞 無染色
d:尿路上皮細胞 Sternheimer染色
円柱はヘンレ上行脚や遠位尿細管から分泌される,Tamm-Horsfall Protein(THP)とアルブミンが凝固沈殿し,尿細管腔を鋳型として主に遠位尿細管や集合管で形成される1)。放射線腎炎の臨床症状である蛋白尿2)とpHの低下により円柱が形成され,尿細管腔の拡張と尿細管上皮細胞の平坦化により洋梨・紡錘型が形成され,尿の再流にともない剥離排出されたことが考えられた3)。経過とともに尿細管上皮細胞が小型化し,鋸歯型が増加したことについては,放射線照射から時間が経過したこと,抗癌剤の継続内服によるものだと考えられた。
腎臓は放射線の感受性が高い臓器で20 Gy以上4),シスプラチンの使用では耐容線量が低下し放射線腎症を発症するといわれている5)。少量の照射では尿細管上皮細胞は変性や腫大を生じ,大量になると基底膜の肥厚や萎縮を生じる。円柱尿や蛋白尿を認め,急性期には顕微鏡的血尿,慢性期には尿流障害も生じる。高血圧や溶血性尿毒症症候群を呈することもあり,治療困難で予後不良となる。蛋白制限や血圧のコントロールも必要となり,末期腎不全に陥り透析が必要になってしまうこともある。放射線腎症を発症させないためには放射線照射時の腎保護や照射総量に留意することが大切である6)。したがって,尿細管上皮細胞の形態や排出数をモニタリングすることが重要と考える。
洋梨・紡錘型の尿細管上皮細胞は尿細管腔での円柱の再閉塞により剥離され排出する3)が,巨大になることはない。巨大な洋梨・紡錘型の尿細管上皮細胞が排出された時には放射線療法を行っている可能性が考えられる。放射線腎症を未然に防ぐために,巨大な尿細管上皮細胞の持続的な排出に注意して鏡検することが望ましい。
本研究は症例報告のため,本学の規定より倫理委員会の承認を得ていない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。