2018 Volume 67 Issue 1 Pages 84-89
バイオバンクとは医学研究に活用する目的で患者の生体試料(組織の一部,血液や尿など)とそれに関連する臨床情報を合わせて収集・保管する組織である。近年,国内外で様々なバイオバンクが設立され,各機関の運用目的に合わせて生体試料収集が行われている。京都大学医学部附属病院では2013年9月からキャンサーバイオバンク(Cancer Biobank,以下CBB)事業を立ち上げ,がんセンターを受診する患者のうち,同意の得られた患者の生体試料の収集を開始した。病院併設の利点を生かし,患者の経時的な臨床情報については電子カルテと連動する独自のデータベースで一元管理している。CBB開設当初は2診療科でスタートしたが,現在は計10の診療科が生体試料の採取,保管にCBBを利用している。2015年4月からはCBBのインフラを活用し,がん細胞の遺伝子を網羅的に解析するクリニカルシークエンス検査(OncoPrimeTM)も導入している。現在CBBは,①患者に対するバイオバンクの同意説明補助やバイオバンク用採血オーダー入力を担当するコーディネーター1名 ②生体試料採取後の処理から保管,DNA抽出作業,匿名化処理等を担当する生体試料管理担当者2名 ③臨床情報入力作業担当者1名 ④クリニカルシーケンス担当者2名の合計6名のスタッフが担当している。本稿では,CBB事業の立ち上げから現在の運営体制状況について紹介する。
近年,ヒト生体試料と関連する臨床情報を収集保管し,新薬や新しい検査法の開発,更には治療効果や副作用の予測といった個別化医療の研究に役立てることを目的としたバイオバンク1)と呼ばれる施設が国内外で増加している。バイオバンクが多様なヒト生体試料を収集し,匿名化処理,保管管理までを一貫して行うことにより,研究者は生体試料収集の手間に煩わされることなく,研究目的に合わせて必要な生体試料をバイオバンクから受け取り,研究利用することが可能となった。
今回,京都大学医学部附属病院がんセンターにおけるキャンサーバイオバンク(Cancer Biobank,以下CBB)事業の立ち上げから現在の運営体制状況について報告する。
従来,研究のために使う生体試料についてはその同意取得から,生体試料の採取・保管・管理のすべてを研究者自らが行わなければならなかった。そのため目的とする生体試料の収集に時間を要し,さらに研究者の異動等に伴いせっかく収集した生体試料が有効に活用されずに無駄になってしまうことも少なくなかった。そこで,京都大学医学部附属病院がんセンターでは,同意書の取得から,生体試料の採取・保管・管理までを専属のスタッフがサポートし,研究者の要望に応じて生体試料を提供することのできるCBB2)を2013年9月に立ち上げた。病院併設という利点を活かし,患者の経時的な臨床情報についても電子カルテから抽出し,データベース化を行っている。開設当初は消化器内科,がん薬物治療科の2診療科のみで稼動させたが,院内におけるCBBの認知度が高まるにつれ参加診療科も増加し,現在は放射線治療科,耳鼻科,肝胆膵移植外科,消化管外科,皮膚科,呼吸器内科,小児科,血液内科を加えた計10診療科が生体試料の採取,保管にCBBを利用している。臨床情報に関してもCBBでは電子カルテと連動したサイバーオンコロジーと呼ばれる独自のデータベース3)に,CBBスタッフである臨床情報入力作業担当者がカルテから治療内容や副作用等の必要な情報を入力することで,経時採取される生体試料と関連する臨床情報を一元管理できる体制を整備している。2013年10月からは,内視鏡検査時の生検検体の保管も開始した。2015年4月からはがん細胞の遺伝子を網羅的に解析するクリニカルシークエンス検査(OncoPrimeTM)4)を国内で初めて自費診療として導入し,これまでに150症例を超える検査を実施している。2016年6月からは検診棟の開院に伴い,健常者の血液検体の保管も行っている。
CBBへの同意書は,院内共通の「生体試料の保管と将来の研究利用に関する説明文書」を用いている。本同意説明文書はfront-door consentのコンセプトで策定され,CBBの目的や将来の研究への提供の可能性について記載がなされている。これまで院内で手術や生検時に用いられていた「病理組織材料の診療目的外使用に関する同意書」も2015年10月よりこの同意書に統合された。開設時から2017年2月までのCBBへの同意者数の推移をFigure 1に示す。CBBで収集された生体試料はゲノム解析を含むあらゆる臨床研究に利用可能となっており,従来のように研究毎に説明同意を取る必要がなくなったため,患者・医療従事者双方の負担軽減に繋がり,迅速な研究遂行が可能となった。
月別同意者数と累計同意者数の推移
現在CBBの運営は,①患者に対するバンクの同意説明補助やバンク用採血オーダー入力を担当するコーディネーター1名 ②検体採取後の速やかな検体処理から生体試料の保管,匿名化処理作業等を担当する生体試料管理担当者2名 ③副作用を含めた臨床情報入力作業担当者1名 ④クリニカルシーケンス担当者2名の合計6名のスタッフが担当している。スタッフ全員が看護師もしくは臨床検査技師の資格を有している。
CBBでは治療前後に経時的に血液検体を収集しており,大きな特徴の一つとなっている。治療法により採取ポイントは異なるが,化学療法を受ける患者は計5回(治療開始前,治療開始1,3,5,12ヶ月後),手術は計3回(手術前,手術後1回目の診察時,手術後1年),内視鏡治療は治療前後の計2回採血を行っている。
これらのバンク用採血はコーディネーターが電子カルテ上で患者の診療用採血オーダーにバンク用採血オーダーを追加することでCBB専用の採血検体を採取しており,検査残余検体の利用は行っていない。採血は通常診療と同様に,医師,看護師または採血室の臨床検査技師が行っている。
採血後の採血管は院内の通常診療と同じ検体搬送用経路で,冷却された状態で生体試料管理担当者のもとへ届けられ,冷却遠心後,血漿部分を2次元バーコード付き試料チューブに分注し,匿名化後に−80℃の冷凍庫で保管される。また血漿分離後のbuffy coatからDNAの抽出を行い,匿名化後に−80℃の冷凍庫で保管管理している。これら血液関連の生体試料の一部は神戸にある外部専門施設に保管を委託し,バックアップ体制を整えている。
2. 組織検体内視鏡検査時の診療目的の生検採取に合わせて,バイオバンク用に追加で生検組織採取を行っている。採取後の組織は直ちに液体窒素で凍結し,生体試料管理者の元に搬送される。その後匿名化を行い,−80℃の冷凍庫で保管管理している。
以上生体試料の流れについてFigure 2にまとめた。
生体試料保管・払出の流れ
2017年2月末時点までのCBBへの同意者数は1,957名,非同意者数は86名,同意撤回は3名で,同意取得率は95.6%となっている。収集している生体試料の種類と保管数はTable 1, 2に示す通りである。
種類 | 保管試料数(本) |
---|---|
全血 | 1,421 |
血漿 | 38,782 |
全血DNA | 17,283 |
血漿DNA | 2,574 |
組織(癌部) | 29 |
組織(非癌部) | 786 |
凍結組織DNA | 709 |
胸腹水 | 9 |
合計 | 61,593 |
がん種別 | 登録症例数 |
---|---|
大腸 | 406 |
肺 | 310 |
胃 | 288 |
食道 | 277 |
膵臓 | 221 |
胆道 | 84 |
肝臓 | 80 |
頭頸部 | 29 |
小児 | 21 |
その他 | 303 |
合計 | 2,019 |
保管されている生体試料は以下の手続きを経て,払出を行っている。
まず研究者にCBB試料利用申請書を記入してもらい,それを元に申請者と生体試料保管管理担当者で直接面談を行い,実施予定の研究について医の倫理委員会の承認の有無,必要な生体試料の種類,払出希望日等を確認する。がん患者の診療は複数の診療科が連携して行うことが多いため,利用申請のあった診療科だけでなく,保管生体試料と関連するすべての診療科に連絡し,生体試料利用についての承諾を得ている。その後,研究者とCBBの間で生体試料払出に関する契約を締結することによって,研究者が申請した生体試料を受領する流れになっている。生体試料の提供は京都大学医の倫理委員会が承認した研究を行う研究者と定めており,外部機関への提供も共同研究契約を締結していれば提供は可能である。払い出した生体試料の数も2015年は169本,2016年は432本,2017年は164本(2月末時点)と年々増加しており,今後も利用数が伸びることが予想される(Figure 3)。
年別提供試料本数
バイオバンクは研究目的のために運営されていることから,臨床検査のように外部精度管理制度が整備されていないのが現状である。一方,検査室における分析エラーの中で最も多い原因は,測定するまでの生体試料収集から保管までの管理に起因するという報告もある5)。そのため,生体試料の品質管理目的で,生体試料の採取から凍結保管するまでの時間,遠心条件,処理温度等の情報をSPREC(Standard PRE analytical Code)と呼ばれる共通のコードで管理することも既に海外では試みられており6),7),当院でも他の施設と共同でSPRECの導入を検討している。またCBBでは,IBBL(Integrated BioBank of Luxembourg)が実施している生体試料の外部精度評価を活用している8)。IBBLから送付されてくる血液から当院で抽出した全血DNAや血中遊離 DNAの品質,当院で測定したDNA濃度と純度の精度,当院で採取した血液から精製した末梢血単核球細胞の回収率などについてIBBLの外部評価を受け,いずれも品質良好との評価を得ている。一方,CBB運用開始時に保管された生体試料は−80℃での凍結保存期間が3年を経過しており,生体試料の長期保存による品質低下についての評価は今後の課題である9)。生体試料を保管しているフリーザーは非常用電源に接続され停電にも対応しており,年1回点検作業を行っているが,保存生体試料の経年劣化を判定するための測定用試料の設定は無く,保管されている生体試料の長期保存の影響は不明な点が多い。また,試料種によっては−80℃の凍結保存より液体窒素中での保管が望ましいと報告されているものもあり10),今後保管する生体試料の種類により更なる保管設備の整備も必要である。
開始当初は生体試料の収集を大きな目標として保管を進めてきたが,保管試料数の増加に伴い,CBB保管生体試料の研究利用申請への対応,払出業務に割かれる時間も増えてきている。今後も限られたスタッフで質の高い生体試料保管管理業務を維持するためには,自動分注機の導入や,匿名化作業の簡便化等,システムの効率化を推進することが重要と考えている。
京都大学医学部附属病院で,2013年9月よりキャンサーバイオバンク(CBB)を立ち上げた。現在10診療科が参加し,保管生体試料の数は着実に増加している。一方,保管生体試料数の増加や保管生体試料種の追加,さらに研究目的での生体試料払出など業務は拡大する一方であり,限られたスタッフで質の高い生体試料保管管理業務を維持できるようシステム効率化に取り組んでいる。
なお,本論文の要旨は第63回日本医学検査学会(2016年9月,神戸)にて発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。