2018 Volume 67 Issue 1 Pages 124-130
我々はAnaerobiospirillum succiniciproducensによる血流感染症の1例を経験した。症例は80歳男性。イヌを屋内で飼い始めた頃より咳と咽頭痛が見られ,その後に発熱と食欲低下も出現したため当院を受診した。胸部レントゲン,胸部CTで右下葉に浸潤影が認められ肺炎の診断で入院した。入院時に採取された血液培養検査で嫌気性らせん状グラム陰性桿菌を検出し,16S rRNA遺伝子解析の結果A. succiniciproducensと同定された。症例患者は入院時に細菌性肺炎としてSulbactam/Ampicillin(SBT/ABPC)の投与で治療を開始し,血液培養検査の塗抹検査結果報告後は血流感染症に対する治療として抗菌薬を変更せず投与期間を延長した。抗菌剤投与期間を終え,全身状態が改善したため退院した。本邦における本菌による血流感染症例は少なく稀とされるが,今後も同定に至るまでの検査方法や感染症治療成績を蓄積していくことが重要と考える。
Anaerobiospirillum属菌はカタラーゼ陰性オキシダーゼ陰性嫌気性らせん状グラム陰性桿菌である。本属菌は1976年に初めて数匹のビーグル犬の咽頭と便,腸から検出され1),1990年には複数のネコやイヌの糞便から検出されている2)。本属菌はA. succiniciproducensとA. thomasiiの2菌種がヒトに感染症を起こすことが知られており,A. succiniciproducensが血流感染症や下痢症を起こし3),A. thomasiiが下痢症を起こす4)とされている。
今回我々はイヌを飼っている患者の血液からA. succiniciproducensを検出した症例を経験した。本邦において本菌による血流感染症の報告は稀である。その理由のひとつとして16S rRNA遺伝子の塩基配列解析を行えない細菌検査室では同定することが困難であることが考えられる。本症例の臨床経過と本菌の特徴に加え,類似菌や過去の症例報告を比較し,16S rRNA遺伝子の塩基配列解析に至る前に本菌を推定できる可能性を報告する。
患者:80歳男性。
主訴:咳嗽・咽頭痛・発熱・食欲低下。
基礎疾患:甲状腺機能低下症・痛風・糖尿病。
既往歴:急性膵炎・胸膜炎・結核性胸膜炎・肺炎。
現病歴:2015年X月中旬から咳嗽と咽頭痛が悪化し,症状が改善せず翌月上旬に発熱と食欲低下を起こしたため当院を受診した。胸部レントゲン,胸部CTで右下葉に浸潤影(Figure 1a, b)が認められ,肺炎の診断で入院した。
a: Chest X-ray at the time of admission b: Chest CT at the time of admission
入院時身体所見:体温38.1℃・血圧144/77 mmHg・脈拍90回/分・呼吸音:右下背野背側に水泡音を聴取。
入院時臨床検査所見:Table 1参照。
Haematology | Clinical Chemistry | ||
---|---|---|---|
RBC | 394 × 104/μL | TP | 6.8 g/dL |
Hb | 13.9 g/dL | AST | 45 U/L |
Hct | 39.8% | ALT | 28 U/L |
PLT | 11.5 × 104/μL | CK | 46 U/L |
WBC | 66.6 × 102/μL | ALP | 221 U/L |
Neut | 86.7% | BUN | 14.6 mg/dL |
Lymph | 7.7% | CRE | 1.04 mg/dL |
Mono | 2.7% | Glu | 171 mg/dL |
Eosino | 2.7% | Na | 138 mEq/L |
Baso | 0.2% | K | 4.3 mEq/L |
Cl | 102 mEq/L | ||
CRP | 2.63 mg/dL | ||
UA | 10.6 mg/dL | ||
HbA1c | 6.2% |
臨床経過:入院時に細菌性肺炎を疑い,Sulbactam/Ampicillin(SBT/ABPC)1.5 g × 4/dayの4日間投与予定で治療を開始した。第2病日に入院時に採取した血液培養よりらせん状グラム陰性桿菌を検出した。細菌検査室から臨床医へ塗抹結果を報告し,臨床医は入院時よりもさらに詳しく病歴聴取と身体診察を行った。その結果,患者の両腕にイヌによる咬傷や掻破痕があることと症状が出現した頃からイヌを屋内で飼い始めたことが判明した。抗菌薬は変更せずに,血流感染症治療のため投与日数を14日間に延長した。抗菌薬投与が終了し,全身状態が改善したため退院した。
入院時に血液培養検査を実施した。好気用BacT/ALERT SA培養ボトル(シスメックスビオメリュー),嫌気用BacT/ALERT SN培養ボトル(シスメックスビオメリュー)の各2本の2セットを自動血液培養装置BacT/ALERT3D(シスメックスビオメリュー)で培養した。培養1.60日(38.4時間)で4本中1本の嫌気用BacT/ALERT SN培養ボトルのみ陽性となるピークグラフを示しその後下降するセルグラフを示した(Figure 2)。残りの3本のボトルは5日間培養を行ったが陰性であった。
Growth chart by automatic blood culture system BacT/ALERT 3D
陽性となったボトルから培養液を分離剤入り試験管へ抽出し,3,000 rpmで5分遠心分離すると血清を含む培養液は溶血していた(Figure 3)。その上澄みをなるべく除去し,分離剤付近のサンプルをフェイバーG「ニッスイ」(日水製薬)でグラム染色したところ,大型のらせん状グラム陰性桿菌を認めた(Figure 4)。サブカルチャーでウマ血液寒天培地(極東製薬),CA羊血液寒天/マッコンキーEX(日水製薬),ポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地(栄研化学)を用いて,25℃,35℃,42℃の好気条件下と,ウマ血液寒天培地,ポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地を用いて,25℃,35℃,42℃の嫌気条件下と,ウマ血液寒天培地,ポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地を用いて42℃の微好気条件下と,ウマ血液寒天培地,ポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地を用いて35℃の5% CO2条件下の培養を行った。発育が認められたのは35℃,42℃の嫌気培養と42℃の微好気培養であった。培養1日目に発育したコロニーの特徴は表面平滑でやや隆起した辺縁明瞭な直径1~2 mm前後の半透明湿潤円形(Figure 5)であり,ウマ血液寒天培地とポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地の両培地ともに溶血はなく培地によるコロニーの差はなかった。しかし,培養2日目にポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地上でのみβ溶血を示した(Figure 6)。
The sample after 5 minutes centrifuge separation at 3,000 rpm
Gram stained smear
Colonies of A. succiniciproducens grew on a horse blood agar culture medium cultivated for 1 day at 42°C
Colonies of A. succiniciproducens grew on a sheep blood agar culture medium cultivated for 2 days
分離したらせん状グラム陰性桿菌のカタラーゼ試験ならびにオキシダーゼ試験は陰性であった。自動細菌検査装置VITEK2(シスメックスビオメリュー)を使用し測定したが同定不能であった。菌生化学的同定キットBD BBLCRYSTAL ANR同定検査試薬(Becton, Dickinson and Company)を使用し測定した結果,アルギニン,グリシン,アラニン,リジン,フェニルアラニン,ロイシン,p-n-p-β-D-ガラクトシド,p-n-p-α-D-グルコシド,p-n-p-N-アセチルグルコサミニド,L-プロリン-p-ニトロアニド,p-n-p-β-D-グルコシドが陽性を示したが同定不能であった。16S rRNA遺伝子解析を行った結果,相同性によりA. succiniciproducensと同定された。
4. 薬剤感受性試験ウマ血液寒天培地で一夜培養させた本菌をパールコアトリプトソイブイヨン培地‘栄研’(栄研化学)に懸濁させ菌液を作り,その菌液をポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地に塗布し,KBディスク‘栄研’(栄研化学)を用いて35℃18時間嫌気培養でのディスク拡散法を実施した。判定は腸内細菌科の判定基準を用いて,Ampicillin(ABPC)とPiperacillin(PIPC)に対して耐性(R)と判定し,Sulbactam/Ampicillin(SBT/ABPC),Cefmetazole(CMZ),Imipenem/Cilastatin(IPM/CS),Minocyclin(MINO)に対して感性(S)と判定した。Nitrocehin discs(BD)を用いてニトロセフィン法を行った結果,陽性であった。
本菌による血流感染症報告例は本邦では2007年5),2014年6)と本症例の3例である(Table 2)。海外ではアメリカで1975年から1986年に22例あり,そのうち7例は本菌による死亡例である7)。1987年以降,本邦を除いて多数国で少なくとも19例の報告がある。本菌の血流感染を発症した患者の多くがアルコール依存症,悪性腫瘍,糖尿病,口腔の不衛生といった健康上の問題を抱えていたとされる3)。また,患者がイヌと接触していたことにより本菌に感染した可能性が示唆される報告がある5),6),8)。本症例もイヌとの接触で感染し,基礎疾患である痛風以外はコントロールができていたが,食欲低下のため体重が減少していたことなどで免疫力が低下し発症した可能性がある。
Case | Year | Age | Gender | Underlying-disease | Companion animal | Treatment | Prognosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2004 | 71 | Man | Cirrhosis, Liver cancer, Diabetes-mellitus | Dog | MEPM | Death |
2 | 2012 | 61 | Man | Hypertension, Hyperlipidemia | Dog | SBT/ABPC | Improved |
3 | 2015 | 80 | Man | Hypothyroidism, Gout, Diabetes-mellitus | Dog | SBT/ABPC | Improved |
MEPM: meropenem
本菌による血流感染症は重症化して致命的になる場合がある7)。本症例は血液培養検査で菌が検出された時点で臨床側が血流感染症に対する治療として抗菌薬投与期間を4日間から14日間へ決定し,細菌検査室側が菌名同定に時間を要するため先に薬剤感受性試験結果を臨床側へ提供したことで抗菌薬を変更せずSBT/ABPC 1.5 g × 4/dayの14日間投与と治療が定まった結果,過去の改善症例6)と同一抗菌薬治療を行えており治療ができたと考える。
本菌の類似菌としてCampylobacter jejuniやBrachyspira pilosicoli,Desulfovibrio desulfuricansがあるが,Table 3に表すように生化学性状が異なっており,菌体の大きさも異なっている。本菌の菌体の大きさは長さ×直径(3.87~7.5 × 0.38~0.92 μm)9)であるのに対し,C. jejuniは(0.5~5 × 0.2~0.8 μm),B. pilosicoliは(6~8 × 0.2~0.3 μm)10),D. desulfuricansは(約3 × 0.5 μm)11)である。
A. succiniciproducens | C. jejuni | B. pilosicoli | D. desulfuricans | |
---|---|---|---|---|
Blood cultures growth: | ||||
anaerobic | + | + | + | + |
aerobic | − | − | − | − |
Hemolysis (sheep) | β | β | Weak β | − |
Catalase | − | + | + | − |
Oxidase | − | + | + | − |
Hippurate-hydrolysis | − | + | + | − |
Nitrate- reductrion | − | + | + | + |
Urease | − | − | − | + |
αGLU | + | ND | ± | ND |
βNAG | + | ND | − | ND |
βGAL | + | ND | + | ND |
αGLU; α-glucosidase, βNAG; N-acetyl-β-glucosaminidase, βGAL; β-galactosidase, ND; no data
本症例で本菌の特徴が2つあり,自動血液培養装置BacT/ALERT3Dのセルグラフ(Figure 2)とサブカルチャー培地による溶血差である。自動血液培養装置BacT/ALERT3Dのセルグラフは菌が発育した場合,菌が産生する酸性物質により血液培養ボトル内が酸性化することで上昇のみを示すグラフとなる。本症例で上昇した後に下降するグラフを示している(Figure 2)のは本菌が発育する際に酸性物質とアルカリ性物質を産生するためであり,増殖の初期は血液培養ボトル内を酸性化させるが,その後に血液培養ボトル内をアルカリ性化させていることが原因と考えられる。このため,自動血液培養装BacT/ALERT3Dのセルグラフ(Figure 2)は本菌の特徴と考えられる。もうひとつの特徴はウマ血液寒天培地とポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地のサブカルチャー比較で嫌気培養2日目にポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地だけが明瞭に判断可能なβ溶血(Figure 6)を示したことである。我々は本症例での本菌しか検証はできていないが,自動血液培養装置が陽性を示す原理とウマ血液寒天培地,ポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天による継代培養を数回行った結果も溶血差はあったため本菌の特徴であると考える。
厚生労働省の衛生行政が報告している本邦のイヌの登録数では1例目5)が起きた2004年では急増しており,本症例の2015年までに急激な変化はない。一般社団法人ペットフード協会の第10回(2003年度)全国犬猫飼育調査率ではイヌの室内飼育率が室外飼育率を上回ったと報告しており,ペット(愛玩動物)と呼ばれていた時代からコンパニオンアニマル(伴侶動物)と呼ばれる時代へ変化するとともに,ヒトがイヌと接触する時間が長くなっていることを示している。2004年の症例5)以降,伴侶動物数に大きな変化はみられないため,2012年の症例6)と2015年の本症例の他にも本菌による血流感染症が起きている可能性は否定できない。今後も伴侶動物のイヌが減少する可能性は低く,このイヌから本菌による血流感染症が起きると懸念される。
イヌやネコと接触歴のある患者の血液培養から大型のらせん状グラム陰性桿菌が検出された場合はカタラーゼとオキシダーゼ陰性,α-glucosidase,N-acetyl-β-glucosaminidase,β-galactosidaseが陽性1),4),12)であることに加え,自動血液培養装置での成長曲線の変化と,サブカルチャーでウマ血液寒天培地では溶血がなく,ポアメディアミューラーヒントンSヒツジ血液寒天培地でβ溶血を示せば,16S rRNA遺伝子の塩基配列解析を行えない細菌検査室でも本菌を早期に臨床側へ推定報告し過去の症例報告を提供することが治療上重要なことと思われる。本菌を早期に同定することは抗菌薬の選択にも関わるが,感染の媒介となる動物との触れ合いに対しての注意を臨床側が患者へ情報提供でき,再発を防止することが可能となる。
本邦における本菌による血流感染症例は少なく稀とされるが,早期に本菌を同定できる方法と共に治療方針も定めるためには今後も同定に至るまでの検査方法や感染症治療成績を蓄積していくことが重要と考える。
本論文の要旨は第65回日本医学検査学会において発表を行った。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。