2018 Volume 67 Issue 1 Pages 65-69
自己血輸血は同種血輸血に比べ副作用のリスクが低く,術中の出血に備えて貯血を行うことが望ましいとされているが,近年,自己血輸血が減少傾向であると報告されている。そこで,2007年から2015年の当院での輸血の実施状況を調査したので報告する。また,2012–2014年の自己血採血を行った患者を抽出し,患者背景,廃棄率,同種血使用の有無,採血前後の処置,血管迷走神経反応(VVR)の頻度の調査を行った。また自己血輸血を実施している主な診療科の動向について調査を行った。対象患者は367名671バッグであり,年齢中央値は39歳(8–91歳)であった。同種血の使用を回避できた割合は96.7%であったが,236バッグ(35.2%)が無駄になった。泌尿器科と心臓血管外科が自己血輸血を実施しなくなっており,2015年の自己血輸血は2007年と比較すると46.7%減少している。前立腺癌全摘手術患者においてロボット支援手術群で従来の開放手術に比べて出血量が有意に抑制されていた(150 mL vs 1,050 mL, p < 0.001)ため,泌尿器科では出血量の少ない手術法の導入が寄与していると考えられた。心臓血管外科では赤十字血液センターでの自己血MAP作製の中止が要因と考えられた。一方,整形外科では自己血輸血を積極的に採用し増加傾向にあるため,自己血輸血が今後減少から増加に転ずることが示唆された。
本邦における同種血輸血は核酸増幅検査(NAT)の導入や白血球除去等により安全性が向上しているが,ウイルス感染や不規則抗体産生,蕁麻疹等の輸血副作用のリスクは完全に排除することはできない。自己血輸血はウイルス感染や不規則抗体産生のリスクもなく,手術中に大量の出血が予想される際には,貯血式自己血輸血を行うことが望ましいとされている。近年本邦では,少子高齢化と慢性的な献血者不足から自己血輸血の重要性が再認識されており,その適正な実施体制確立のために2014年に貯血式自己血輸血管理体制加算が認められた1)。自己血輸血の安全性を高めるために日本自己血輸血学会から貯血式自己血輸血実施指針20142)が提唱され,そこには採血の際に起こりうる血管迷走神経反応(vasovagal reaction; VVR)等の副作用の予防策として,採血後は採血相当量の輸液を行うことなどが推奨されている。しかし,本邦における自己血輸血は,年々減少傾向であることが報告されている3),4)。そこで今回,当院の自己血輸血の実施状況を調査したので報告する。
鳥取大学医学部附属病院は病床数697床の特定機能病院である。2007年から2015年までの同種赤血球輸血ならびに自己血輸血(全血CPDA製剤および心臓血管外科ではMAP製剤)の実施件数を集計した。また,2012年から2014年に自己血採血を実施した患者を抽出し,疾患や術式,廃棄率,同種血輸血の有無,エリスロポエチン製剤(erythropoiesis stimulating agent; ESA)や鉄剤(経口・静注含む)の投与の有無,採血後の輸液の実施,VVRの頻度の調査を行った。また,自己血輸血を頻繁に実施している整形外科,女性診療科,心臓血管外科,そして泌尿器科の自己血輸血量の推移についても調査を行った。各種処置は1患者あたりの実施率を求め,VVRの発生頻度は採血1バッグあたりの発生頻度を求めた。同種血輸血の回避率は同種血輸血を実施しなかった患者の割合を求めた。廃棄率は採血バッグ数に対する廃棄となったバッグ数の割合を求めた。
また,泌尿器科の前立腺癌摘出患者における開放手術例とロボット支援手術について出血量や手術時間を比較した。出血量がごく少量と記載された症例は除いた。統計解析にはFisher’s exact testとMann-Whitney U testを使用し,これらの解析はSPSS 21(IBM, Armonk, NY)を使用した。なお本検討は鳥取大学医学部倫理委員会の承認済みである。
当院における2015年の自己血輸血は2007年と比較すると46.7%減少していた(Figure 1)。2012–2014年で自己血採血を実施した患者は367名(671バッグ)で,年齢中央値は39歳(8–91歳)であった。同種血の使用を回避できた割合は96.7%であった。2012–2014年の3年間で自己血採血時にESAが投与されたのは全体の17.7%(65名),鉄剤が投与されたのは46.0%(169名),輸液が投与されたのは5.4%(20名),採血中にVVRを引き起こしたのは1.9%(13回)であった。自己血輸血を実施されず,廃棄となったバッグ数の割合は3年間で35.2%(236バッグ)であった(Table 1)。
Annual changes of autologous (A) and allogeneic (B) blood transfusions in Tottori University Hospital
Departments | Obesterics and Gynecology | Orthopedics | Urology | Others | All |
---|---|---|---|---|---|
Patients, n | 174 | 152 | 9 | 32 | 367 |
Bags, n | 369 | 218 | 19 | 65 | 671 |
Age, median (range) | 36 (23–58) | 64.5 (8–91) | 64 (55–85) | 27 (11–64) | 39 (8–91) |
Female, n (%) | 174 (100) | 124 (81.6) | 2 (22.2) | 19 (59.4) | 320 (87.2) |
ESA, n (%) | 15 (8.6) | 41 (27.0) | 8 (88.9) | 1 (3.1) | 65 (17.7) |
Fe, n (%) | 107 (61.1) | 50 (32.9) | 8 (88.9) | 4 (12.4) | 169 (46.0) |
Fluid replacement, n (%) | 4 (2.9) | 9 (5.9) | 6 (66.7) | 1 (3.1) | 20 (5.4) |
VVR, n (%)* | 3 (0.8) | 9 (4.1) | 0 (0.0) | 1 (1.5) | 13 (1.9) |
Use of homologous blood, n | 4 | 8 | 0 | 0 | 12 |
Avoidance, % | 97.7 | 94.7 | 100.0 | 100.0 | 96.7 |
Waste, n (%)* | 150 (40.7) | 14 (6.4) | 3 (15.8) | 45 (69.2) | 236 (35.2) |
ESA, erythropoiesis stimulating agent; VVR, vasovagal reaction.
* A denominator is the number of bags.
同種血輸血の実施単位数は年々増加傾向にあるが,自己血輸血の実施単位数は2007年から2015年までほぼ横ばいであった(Figure 1)。2012年から2014年の3年間で174名(369バッグ)が自己血採血を実施し,年齢中央値は36歳(23–58歳)で,同種血輸血は97.7%で回避された。ESAが投与されたのは8.6%,鉄剤が投与されたのは61.1%,輸液が投与されたのは2.9%,VVRの発生は0.8%であった(Table 1)。
3. 心臓血管外科心臓血管外科は2007年に自己血輸血を172単位実施したが2008年以降は実施しておらず,代わって同種血輸血の実施単位数に増加傾向がみられた(Figure 1)。従来は手術予定患者の自己血MAPの作製を鳥取県赤十字血液センターで実施していたが,2008年に岡山赤十字血液センターへの製造業務集約化に伴い自己血輸血が行われなくなった。
4. 整形外科同種血輸血の実施単位数が2010年の264単位をピークに減少傾向にあるが,自己血輸血の実施単位数は2007年から2015年までに2.0倍に増加していた(Figure 1)。2012年から2014年の3年間で152名(218バッグ)で自己血採血が実施され,年齢中央値は64.5歳(8–91歳),同種血輸血は94.7%で回避された。ESAが投与されたのは27.0%,鉄剤が投与されたのは32.9%,輸液が投与されたのは5.9%,VVRの発生は4.1%であった(Table 1)。ESA投与の実施率は,40歳未満と採血回数が2回以上で有意に高かった(p < 0.01, Fisher’s exact test)(Table 2)。
ESA | |||
---|---|---|---|
+ | − | ||
Age* | < 40 | 22 | 6 |
≥ 40 | 19 | 105 | |
Number of collection events* | > 1 | 32 | 3 |
1 | 9 | 108 |
* p < 0.01, Fisher’s exact test. ESA, erythropoiesis stimulating agent.
自己血輸血の実施単位数は2009年の119単位をピークに年々減少傾向にあり,2013年には自己血輸血の実施が0件となった(Figure 1)。2012年から2014年の3年間で9名(19バッグ)で自己血採血が実施され,年齢中央値は64歳(55–85歳),同種血輸血は100.0%で回避された。ESA,鉄剤,そして輸液の投与実施率は,それぞれ88.9%,88.9%,そして66.7%と高く,VVRの発生はなかった(Table 1)。2010年にロボット支援手術が導入されたため,前立腺癌全摘患者を対象に,従来の開放手術とロボット手術とを比較検討した。開放手術群18例とロボット手術群61例で年齢中央値はそれぞれ72歳(60–79歳)と67歳(51–79歳)で有意差はなかった(p = 0.10, Mann-Whitney U test)。出血量中央値は,それぞれ1,050 mL(380–1,430 mL)と150 mL(5–900 mL)で,ロボット手術群で有意に少なかった(p < 0.001, Mann-Whitney U test)(Figure 2)。
Amount of blood loss for patients undergoing laparoscopic radical prostatectomy (LRP) or robot-assisted laparoscopic prostatectomy (RALP)
The amount of blood loss in RALP was significantly reduced compared to LRP.
*p < 0.001, Mann-Whitney U test.
当院での同種血輸血は2007年からほぼ横ばいであるが,自己血輸血の実施単位数が減少傾向であった。我が国における自己血輸血の減少の要因として,同種血の安全性向上,術式改良による出血量の減少が挙げられる3)。当院では,泌尿器科でロボット支援手術が導入された2010年以降,泌尿器科における自己血輸血が著しく減少した。泌尿器科領域におけるロボット支援手術と出血量に関する報告は多く5),6),当院でも出血量が有意に抑えられており,それが要因と考えられた。さらに,心臓血管外科では2008年に岡山赤十字血液センターへの製造業務集約化を契機に自己血輸血が施行されなくなった。一方,整形外科で自己血輸血はやや増加している。整形外科では自己血輸血の対象となる人工関節置換術や側弯症手術件数が増加していることが挙げられる。また,人工膝関節置換術,人工股関節置換術で輸血量が減少しているとの報告がある6),7)。当院では,整形外科領域における同種血輸血が減少傾向にあり,多くの症例で同種血輸血が回避されている結果を考慮すると,今後自己血輸血のみでコントロールできる可能性が考えられる。本検討では対象患者の95%以上で同種血輸血が回避されており,自己血輸血が安全な輸血医療に寄与していると考えられる。これらの結果より,当院における自己血輸血は診療科によって今後増加に転じる可能性が考えられた。
日本自己血輸血学会より貯血式自己血輸血実施指針2014が提唱されており2),輸液によりVVRを抑制できるとの報告もされている8)。当院では自己血採血は集約化しておらず,それぞれの診療科で採血を実施しているため,採血時の処置や副作用について把握できていなかった。今回の調査で,当院における自己血採血時のESAや鉄剤,輸液の投与が診療科によって異なっていることが判明した。泌尿器科では少数例ながらいずれの実施率も高く,これらの処置に対する意識の高さが窺えた。女性診療科では鉄剤の投与が61.1%と高かった。他の診療科と比較して採血時のヘモグロビン濃度に有意差は認められなかったが,周産期の若い患者が多いため,予防的に鉄剤投与が実施されていると考えられた。整形外科では,ESA投与が40歳未満や採血回数の2回以上の患者において有意に多く認められた(Table 2)。自己血採血におけるESA投与の保険適応が,800 mL以上の貯血とされていることに加えて,複数回採血される側弯症患者が若年であるためと考えられた。VVRの発生頻度は整形外科で多かったが,1患者において2回発生したケースが2例あったことが影響しており,採血の際は対策が講じられていた。VVRの原因は穿刺に伴う痛みや極度の不安,空腹,不眠に加え,若年者や低体重者に多いとされており2),8),整形外科でVVRを複数回発症したのはいずれも若年患者であったことが原因であると考えられる。日本自己血輸血学会の実施基準や本検討において輸液を積極的に実施している泌尿器科でVVRを認めなかった点を考慮すると,病院輸血療法委員会等で自己血採血の手順や前処置について統一させる必要があるかもしれない。
以上,当院における自己血輸血の実施状況調査について報告した。泌尿器科でのロボット支援手術の導入と赤十字血液センターでの業務変更が自己血輸血の減少に大きく関与していた。一方で,整形外科によって自己血輸血が今後増加に転ずることが示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。