Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
Availability of Li concentration measurement for patients with loss of consciousness
Mutsuko MORINAGASatoko FURUKAWAMisao OKAMOTOKatsunori KOHGUCHITakayuki TSUJIOKAKaoru TOHYAMA
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2018 Volume 67 Issue 1 Pages 113-118

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Abstract

リチウム(以下,Li)は躁うつ病の治療薬として広く利用されており,治療濃度域と中毒濃度域が接近していることから治療薬物モニタリング(therapeutic drug monitoring; TDM)の対象薬物である。またLiは腎臓から排泄されるため腎機能が低下すると中毒症状を出現しやすい。今回,当院高度救命救急センターへ意識障害で搬送され,腎機能低下を伴う高Li血症がみられた2症例について報告する。症例1は30歳代,女性で医療に対する精神的不安感から多剤大量服用した患者で,Li推定服用量は12,800 mg/1回である。来院時の血中Li濃度は13.2 mEq/Lと極高値かつ腎機能低下を認めた。持続的血液透析(continuous hemodialysis; CHD)約30時間後の血中Li濃度は1.2 mEq/Lまで低下し,CHD離脱後21時間後の血中Li濃度は0.8 mEq/Lであり,リバウンドを認めることなく第3病日に退院となった。症例2は80歳代,女性でLiの服用に伴い定期的に血中Li濃度を測定し治療域を推移していた患者で,Li服用量は400 mg/dayである。来院時の血中Li濃度は1.8 mEq/Lと高値かつ腎機能低下を認めた。輸液により意識レベルは改善し同日帰宅となった。以降,Liの服用は中止された。当院に意識障害で搬送され,毒劇物解析室に分析依頼があった患者の集計を行った結果,約17年間でLi服用患者は47例でそのうち19例(40.4%)が高値側の中毒域であった。意識障害で搬送された患者にLiの服用歴がある場合,Li中毒,腎機能低下を疑い,さらにLi濃度測定を行うことで診療に貢献できると思われる。

I  はじめに

リチウム(以下,Li)は躁うつ病,特に躁状態の治療薬として広く利用されており,治療濃度域(0.6~1.2 mEq/L)と,中毒濃度域(1.5~2.5 mEq/L)が接近していることから治療薬物モニタリング(therapeutic drug monitoring; TDM)の対象薬物として知られている。Liは中枢神経をはじめとした組織に移行しにくいが,一度中枢神経に入ると排出されにくいという特徴があり,これが毒性の発現や持続時間に大きく影響する1)~3)。また投与されたLiの90%以上は腎臓から排泄されるため,腎機能が低下すると中毒症状を起こしやすい。中毒症状は軽症時で嘔吐,下痢,意識障害,重症時には昏睡,痙攣に加え心電図異常や不整脈が認められ死に至ることがある。今回,当院高度救命救急センターへ意識障害で搬送され,腎機能低下を伴う高Li血症が認められた2症例について報告する。なお,血中Li濃度は原子吸光法(SHIMADZU AA-6800)で測定した。

II  症例1

患者:30歳代,女性。

主訴:意識障害。

既往歴:精神疾患(躁うつ病,人格障害,過食嘔吐)があり他院に通院中。

現病歴:800 mg/dayでLiの服用あり。来院前日の他院精神科受診時に主治医が変更となり,診察,面談が行われた。帰宅後,主治医変更により医療に対する精神的不安感が強くなり処方された薬を大量服用し意識がない状態で発見された。推定される服薬量は,リーマス12,800 mg/1回,デパケンR 5,000 mg/1回,セロクエル6,300 mg/1回,ラミクタール3,200 mg/1回,センノサイド384 mg/1回,ファモチジン169 mg/1回,インヴェガ 48 mg/1回,ロヒプノール32 mg/1回,ランドセン16 mg/1回であった。最終本人確認から意識のない状態で発見されるまでに12時間経過していた。

来院時理学的所見:Glasgow Coma Scale 1-1-1,体温39.6℃,血圧82/37 mmHg,心拍96/min,瞳孔対光反射あり。嘔吐,尿失禁,便失禁あり。

来院時検査所見:Table 1に臨床検査結果の一部を示した。WBC 21.35 × 103/μLと上昇,eGFR 28.4 mL/min/1.73 m2から腎機能は高度低下,動脈血ガス分析(O2 10 L)ではpH 7.409,PCO2 30.1 mmHg,PO2 244.2 mmHg,HCO3 18.6 mEq/L,BE −4.9と代謝性アシドーシスを認めた。また心電図検査では心室性期外収縮(PVC)が出現し,QT時間が0.561秒と延長していた。血中Li濃度は13.2 mEq/L,バルプロ酸濃度は165.8 μg/mLであった。尿中薬物スクリーニング検査トライエージDOA(BIOSITE)はベンゾジアゼピン類(BZO)が陽性であった。

Table 1  症例1の来院時検査結果
来院時データ 基準範囲
WBC 21.35 3.30~8.60* 103/μL
RBC 4.74 3.86~4.92* 106/μL
Hb 12.0 11.6~14.8* g/dL
Ht 38.4 35.1~44.4* %
Plt 326 158~348* 103/μL
Na 140 138~145* mmol/L
K 4.2 3.6~4.8* mmol/L
Cl 108 101~108* mmol/L
CRE 1.77 0.46~0.79* mg/dL
UN 13 8~20* mg/dL
UA 7.7 2.6~5.5* mg/dL
UN/CRE 7
eGFR 28.4 ≥ 90.0** mL/min/1.73 m2
pH 7.409 7.350~7.450***
PaCO2 30.1 35.0~45.0*** mmHg
PaO2 244.2 ≥ 80.0*** mmHg
HCO3 18.6 21.0~27.0*** mEq/L
BE −4.9 −2.5~2.5***
SaO2 99.1 ≥ 95.0*** %
Lac 10.13 0.50~2.00*** mEq/L
Li 13.2 0.6~1.2**** mEq/L
VPA 165.8 40~120***** μg/mL

* 共用基準範囲

** CKDガイドライン2012

*** 救急検査指針 救急検査認定技師テキスト「血液ガス」

**** 中毒百科「リチウム」

***** デパケン®R錠添付文書

臨床経過:Li推定服用量が12,800 mgであり,意識障害,腎機能低下が認められ,胃洗浄と持続的血液透析(continuous hemodialysis; CHD)が施行された。血中Li濃度13.2 mEq/Lは致死濃度域(3.5 mEq/L以上)4)を超えており,CHD開始後は2時間おきに血中Li濃度の測定を行った。時間の経過に伴い血中Li濃度は低下し,腎機能は改善した。CHD開始約30時間後(第2病日8:00)の血中Li濃度は1.2 mEq/Lとなり,開始33時間で一旦中止された。CHD離脱後21時間後(第3病日8:00)の血中Li濃度は0.8 mEq/Lと低下傾向を認めたので退院となった(Figure 1)。

Figure 1 

症例1の入院後経過

症例1における入院後の血中Li濃度とeGFRの推移

III  症例2

患者:80歳代,女性。

主訴:意識障害。

既往歴:うつ病,糖尿病。

現病歴:14ヶ月前より200 mg/dayでLiの服用が開始され,定期的に血中Li濃度の測定を行い0.3 mEq/Lでコントロールされていた。8カ月前に服薬量が400 mg/dayと増量されたが目立った副作用もなく経過していた。1ヶ月前の血中Li濃度は0.8 mEq/Lで以前に比べるとやや上昇しているが治療濃度域であり経過観察となった。その後,うつ症状が出現し食欲が低下,1週間前からは食事をほとんど摂取していない状態であった。来院日,自宅において朝から呼びかけに対して発声のみで会話ができなくなり,歩行困難および尿失禁が認められ救急搬送された(Figure 2)。

Figure 2 

症例2の検査結果推移

症例2におけるLi服用開始に伴う血中Li濃度とeGFRの推移

来院時理学的所見:Glasgow Coma Scale 4-4-6,体温36.6℃,血圧169/62 mmHg,心拍59/min。

来院時検査所見:Table 2に臨床検査結果の一部を示した。WBC 10.70 × 103/μLと上昇,eGFR 45.5 mL/min/1.73 m2から腎機能は軽度から中等度低下であった。HbA1Cは8.9%,尿検査ではケトン体反応が陽性となり,血中Li濃度は1.8 mEq/Lと高値であった。心電図検査ではQT時間が0.591秒と延長していた。末梢血液検査では,3ヶ月前はHb 11.8 g/dL,Ht 36.7%,来院時がHb 13.3 g/dL,Ht 40.1%と上昇していた(Table 3)。

Table 2  症例2の来院時検査結果
来院時データ 基準範囲
WBC 10.70 3.30~8.60* 103/μL
RBC 4.06 3.86~4.92* 106/μL
Hb 13.3 11.6~14.8* g/dL
Ht 40.1 35.1~44.4* %
Plt 182 158~348* 103/μL
Na 141 138~145* mmol/L
K 3.7 3.6~4.8* mmol/L
Cl 104 101~108* mmol/L
CRE 0.89 0.46~0.79* mg/dL
UN 19 8~20* mg/dL
UA 6.2 2.6~5.5* mg/dL
UN/CRE 21
eGFR 45.5 ≥ 90.0** mL/min/1.73 m2
HbA1c(NGSP) 8.9 4.9~6.0* %
Li 1.8 0.6~1.2**** mEq/L
U-ket 1+

* 共用基準範囲

** CKDガイドライン2012

**** 中毒百科「リチウム」

Table 3  症例2の末梢血液検査結果比較(3ヶ月前と来院時)
3ヶ月前 来院時
WBC 6.36 × 103/μL 10.70 × 103 /μL
RBC 3.80 × 106/μL 4.06 × 106 /μL
Hb 11.8 g/dL 13.3 g/dL
Ht 36.7% 40.1%
Plt 168 × 103/μL 182 × 103/μL

臨床経過:輸液(生理食塩水)に伴い徐々に意識レベルは改善し同日帰宅となった。以降,Liは休薬となった。

IV  意識障害患者におけるリチウム服用状況

当院高度救命救急センターへ意識障害で搬送され,毒劇物解析室5),6)に分析依頼があった患者の集計を行った。期間は1999年6月から2016年3月末までの約17年間を対象とした。分析症例数は1,437例で,Liの処方歴があった症例は47例,そのうち19例(40.4%)で血中Li濃度が1.5~13.2 mEq/Lと高値側の中毒域であった(Figure 3)。

Figure 3 

意識障害患者におけるリチウム服用状況

当検査室における年度別のLi服用症例数と中毒症例数

V  考察

Li中毒は,大量服用により起こる急性中毒と臨床用量(治療濃度)の長期使用により起こる慢性中毒とに分類される7)。今回の症例1は前者,症例2は後者と考える。

症例1は自殺目的で複数の薬物を大量に服用し意識障害になった事例で,Li推定服用量は中毒量を超えていた3)。意識レベルがGCS1-1-1と悪く,搬送から約5時間後にCHDが施行された。現在推奨されている血液透析(hemodialysis; HD)の適応条件は1)腎不全がある,2)重症の中枢神経症状がある,3)輸液負荷に耐えられない,4)急性中毒は血中Li濃度 ≥ 4.0 mEq/L,慢性中毒は ≥ 2.5 mEq/Lである2)

自殺目的で大量服用する患者では単剤服用は少なく多剤服用が多く認められる。この様な症例では,他剤の影響によりLi中毒に特異的な症状が出現しにくい場合もあり,臨床症状のみで中毒域に達したか判断するのは困難である8)。また,急性Li中毒では血中Li濃度と重症度の相関が乏しく1)~3),血中Li濃度が高値であっても中毒症状が全くないあるいは嘔吐のみという報告がある8),9)。これはLiが中枢神経を含めた組織内に移行しにくいという性質に関係しており,血中Li濃度が中毒域であっても組織のLi濃度が中毒域に達していなければ中毒症状が出現しにくいためである1),2)。しかし,一度組織に移行し蓄積すると,重篤な中毒症状が出現する2),9)。Liが組織に蓄積する要因としては,血中Li濃度が高値で,且つ曝露時間が長い場合が考えられる。本症例は9種類の薬剤を服用しており,Li中毒の症状がマスクされる可能性も考えられたが,Li推定服用量が中毒量を超えており,発見までの経過時間も長かったため,重篤な中毒症状が出現したのではないかと考えられた。また組織内のLi濃度が高値の場合,HDにより血中Li濃度は一時的に低下するが,組織から血中へとLiの移動が持続するため血中Li濃度は再上昇し,HD後6~12時間後に最高値になる。従って,HD後も2~4時間おきに血中Li濃度を測定し,HD後6~8時間後の血中Li濃度が1.0 mEq/L以上ならば再度HDを行うことが推奨されている1),2),4)。本症例は,CHDを行うことで血中Li濃度は徐々に低下し,腎機能の改善も認められ予後は良好であった。

症例2は定期的に血中Li濃度が測定されていた事例である。本症例は糖尿病の既往があり,HbA1c 9.0%前後で血糖コントロールは不良であった。また,来院時の尿中ケトン体が陽性,末梢血液検査結果は3ヶ月前と比較し,来院時はHb,Ht値が高値で脱水状態と考えられた。うつ症状の出現により水分摂取量が低下,さらに季節が夏であったことも重なり脱水が助長され,腎血流量が低下,結果,常用量の服用であったにも関わらず,血中Li濃度が上昇し中毒症状が出現したと思われる。Liは肝臓で代謝されず,体外排泄は腎機能に依存しているため,腎機能が低下すると血中Li濃度が上昇することがある。またLiは腎臓の近位尿細管でナトリウムとともに再吸収されるため,ナトリウムの再吸収が増加している低ナトリウム血症や脱水状態があると血中Li濃度が上昇する場合がある1)~3),10),11)。従って,Li服用時には血中クレアチニンや尿素窒素の測定と尿検査により腎機能のモニタリングを行う必要がある7)

当院では,意識障害で搬送された薬毒物中毒が疑われる患者検体について毒劇物検査室で分析を行い,検体提出と同時にLi処方歴を確認し,処方歴があった場合は 1時間程度で結果を報告している。約17年間に救急搬送された患者のうちLi服用患者は47例でそのうち19例(40.4%)が高値側の中毒域であった。

施設によってはLi濃度の結果報告までに時間を要し,HD施行の判断や終了のタイミング,またHD終了後のリバウンドの有無などの確認に苦慮していると報告がある9),12)

VI  まとめ

今回,高Li血症が意識障害の原因と思われた2症例についてまとめた。Li服用中の患者は,大量服用により急性中毒になる場合や規定量の服用でも脱水などから血中Li濃度が上昇し中毒症状が出現する可能性がある。意識障害で搬送された患者にLiの服用歴がある場合,血中Li濃度を測定することは原因解明に有用である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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