Japanese Journal of Medical Technology
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Technical Lecture
Clinical sequencing for comprehensive genomic profiling for cancer called “CLHURC”
Emmy YANAGITARyosuke MATSUOKAHideyuki HAYASHIHiroshi NISHIHARA
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2018 Volume 67 Issue 1 Pages 131-141

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Abstract

北海道大学病院では2016年4月に「がん遺伝子診断部」を設置し,業務を開始した。がん遺伝子外来,診療,患者採血,核酸抽出,ライブラリー構築,シークエンス,遺伝子解析,チームカンファレンス(cancer board),遺伝カウンセリング,結果報告をすべてインハウスで行っている,院内完結型網羅的がん遺伝子解析(Clinical Sequence System in Hokkaido University Hospital for Cancer Individualized Medicine:CLHURC検査)を目的とするクリニカルシーケンスを実施する専門部署としては,国内初となった。次世代シーケンサー(next generation sequencer; NGS)を用いて独自でパネル化したがんドライバー遺伝子変異のうち最大160種類を網羅的に解析している。CLHURC検査では,患者の血液と病理組織検体から核酸を抽出し,NGSで遺伝子解析を行っている。検体は検者血液からの正常DNAと腫瘍細胞を含むホルマリン固定パラフィン包埋切片から腫瘍細胞DNAを対象としているため,検体の取扱いが重要ポイントの一つである。従来,ホルマリン固定検体からの核酸抽出は,ホルマリンの影響によりDNAの断片化が進むため,良質なDNA抽出は困難であるとされてきた。また,遺伝子解析の解釈や,遺伝子情報の取り扱いなど,様々な管理や体制が必要となる。今後,クリニカルシーケンスが導入されていく中で起こり得る課題を見据えながら,現在,運用しているクリニカルシーケンス「CLHURC検査」の取り組みを報告する。

I  序

次世代シークエンサー(NGS)の開発・導入により,断片化された核酸を利用したゲノミクス解析技術が飛躍的に発展したことで,ゲノム研究のみならず,臨床検査として行う遺伝子診断のパラダイムシフトが起こり,個々の症例における分子発現・遺伝子変異プロファイリングを元にした分子標的治療薬の適応を行う個別化医療(precision medicine)の確立が急務の課題となっている。がんの増殖,浸潤に最も関連する遺伝子(ドライバー遺伝子)に関する報告が増えつつあり,我が国は優れた基礎研究の成果が得られているが,疾患との関係性についての研究が遅く,臨床への応用が進んでいない。しかし,個別化医療の臨床への応用が期待されている。

がんに認められる遺伝子異常には,発現・変異・挿入・欠損・増幅などが含まれる。ヒトには約2万3千個の遺伝子の存在が明らかにされたが,がんの発症や進展,薬剤の有効性に関わる遺伝子は20~400個程度と考えられている1)。日常検査として,これらをNGSを用いて検査・解析することをクリニカルシーケンスと呼ぶ。現在,分子標的治療薬の開発が進み,それにともなう遺伝子検査を行う施設が増加している。しかし,医療としてNGSを用いて網羅的ながん遺伝子検査を実施するためには,「検体品質の確保」「検査システムの精度管理」「解析報告書の解釈と対応」「遺伝子診断の技術者・医師の育成」「遺伝子診断に基づく個別化治療体制の整備」などの課題をクリアする必要があり,これが臨床応用を遅らせる要因となっている。

北海道大学病院では2016年4月に「がん遺伝子診断部」を設置し,「がん遺伝子診断外来」を開始した。院内完結型クリニカルシーケンスを実施する専門部署としては,国内初の取り組みとなった。NGSを用いて独自でパネル化したがんドライバー遺伝子のうち160種類を網羅的に解析するクリニカルシーケンスを,DNA抽出・ライブラリー構築・シーケンス・遺伝子解析の工程すべて,インハウスで行う施設である(Figure 1)。

Figure 1 

クリニカルシーケンス CLHURC検査工程図

腫瘍由来DNAはFFPEや未染色標本からHE染色標本を作製し,病理医がマッピング,腫瘍含有率を算出。マッピングされた部位をトリミングまたはLMDで病変部を切り抜いて,核酸抽出を行う。患者血液から正常DNAの抽出を行う。ライブラリー構築を行い,シークエンスへ進む。解析はMSS社で行い,報告書をもとにチームカンファレンスを行い結果報告となる。

従来から,遺伝子検査は血液や体液などからの核酸抽出が主流であり,病理学的検体では凍結切片からのDNA抽出が主流であった。ホルマリン固定パラフィン包埋切片(formalin fixed paraffin-embedded; FFPE)からのDNA抽出は,ホルマリンによりDNAの断片化が進むため,良質なDNA抽出は困難であるとされてきた。さらにFFPEの検体では,ホルマリン固定とFFPEの保管期間中に,ランダムにDNAのシトシン(C)が脱アミノ化されて,ウラシル(U)へと変換されることが分かっており,シークエンスによってC > TまたはG > Aの変異として検出されることが報告された2)。しかし近年,試薬や機器の開発や改良が進み,FFPEからでも良質なDNA抽出や置換された塩基の除去が可能となっている。

今後,クリニカルシーケンスが導入されていく中で起こり得る課題を見据えながら,今回,当施設で運用しているクリニカルシーケンス「CLHURC検査」の取り組みについて報告する。

本研究は北海道大学病院自主臨床研究審査委員会にて承認を得ている(自016-0260)。

また全ての患者において受診時にインフォームドコンセントを得ている。

II  方法

1. プレアナリシス段階

検査精度を向上させるためにCLHURC検査では患者白血球由来の健常DNAと,病理検体からの腫瘍組織由来DNAをそれぞれシーケンスして結果を比較することで,腫瘍特異的な遺伝子異常を正確に捉える仕組みをとっている。

DNA配列解析に最も重要な条件は「すべてのサンプルから高品質な一定のDNAを使用すること」にある。

クリニカルシーケンスは,検体摘出から包埋までのプレアナリシス段階と,薄切以降のアナリシス段階に分けられる。ホルマリン固定パラフィン包埋組織検体の取り扱いについて病理組織検体取扱い規程が日本病理学会から提示されており,プレアナリシス段階である固定条件が核酸の品質に影響を及ぼすことが知られている3)

他院からの患者の遺伝子解析も実施するため,他院で作製されたFFPEからの核酸抽出を行う場合はアナリシス段階からの作業となる。検体採取前など,検体の固定から携わる場合は,PAXgene Tissue System(Pre AnalytiX社)による固定を行い,PAXgene Tissue System固定パラフィン包埋切片( PAXgene Tissue System fixed paraffin-embedded; PFPE)を作製している。PFPEによる方法は,HE染色標本及び免疫組織化学染色により組織像を確認した上で,凍結材料と同等レベルの良質な核酸の抽出を行うことが可能であると報告されている3)。一方,採取した血液はPAXgene Blood DNA System(Pre AnalytiX社)にてDNAの安定化と保存を行う。

2. アナリシス段階

腫瘍部を含むFFPEやPFPEからの核酸抽出用の切片の採取方法は2通りあり,ロール状に薄切した切片をそのままの状態でチューブに入れる方法と,未染色標本を作製したのちに,目的の部位を剃刀刃で削り取る方法がある。

まずHE染色標本を作製し,すでに診断された内容を病理医が再度確認し,組織切片上における有核細胞数中の腫瘍含有率を確認する。癌細胞の含有率が少ない場合は,腫瘍細胞由来DNAの割合が低くライブラリー構築が困難となる可能性があるため,未染色標本を作製したのち目的の部位のみを削ぎ取る方法や,レーザーマイクロダイゼクション(LMD,Leica MICROSYSTEMS社)にて必要な病変部だけをレーザービームで切り取る方法を用いて,可能な限り腫瘍含有率を上げる。薄切では,手袋,マスクを着用し,1検体薄切するごとに手袋,ミクロトーム替刃,切片を拾うために使用する濾紙,水槽の水を新しいものに交換し,コンタミネーションを防ぐ。

切片は生検で5 μm厚を5~7枚,手術材料は5 μm厚で3枚程度用いる。その後,自動核酸抽出装置QIA symphony SP system(QIAGEN社)にてシリカゲルによる精製と磁性粒子による操作で核酸抽出を行う。入手可能な検体がバイオプシー検体のみの場合など,腫瘍細胞由来DNAの割合が低い場合や検体が少量の場合は,カラム法を用いたAll Prep DNA/RNA FFPE kit(QIAGEN社)で用手によりDNA抽出を行う。

さらに,当院ではクリニカルバイオバンクを設置しているため,核酸抽出後のFFPEやPFPE,未染色標本を全て−80℃保管し,その後の追加検査にも対応できるよう核酸の品質が低下しないよう対策している。

3. ライブラリー構築

当院で使用しているNGSは逐次合成によるシークエンス反応(sequencing by synthesis)を原理としている。逐次合成とは鋳型DNAに相補的なDNAの合成を行い,合成反応によって新たに取り込まれたヌクレオチドの種類を逐次に同定することで,元の鋳型DNAの塩基配列を再構成する仕組みである4)

CLHURC検査では,特定遺伝子のexonの一部を解析するターゲットシーケンスであり,核酸断片に対してPCRプローブを用いてマルチプレックスPCRを行い,核酸配列を解析するアンプリコンシーケンス法としている。

ライブラリー構築はPCRセットアップ,サンプリングおよび精製,PCRアンプリコンの解析,DNAの平滑末端化,A付加(アデニル化),アダプターライゲーション,ビーズによる精製,ライブラリーのPCR増幅,増幅後の精製,ライブラリー解析と同じような作業が続き,煩雑な工程となる5)Figure 2, 3)。

Figure 2 

PCRアンプリコン法による操作工程図

核酸抽出後,ライブラリー構築,次世代シーケンサーによるシーケンスと続く。

Figure 3 

構築後のライブラリーの構造

断片化されたDNAにシーケンス開始のためのプライマーを結合させ,サンプル区別のためのバーコード配列を付加させる。最後にフローセルへの接合を行うアダプターを結合させる。

アンプリコン法では,正しく構築されたライブラリーのみ確実に次世代シーケンサーによるシークエンスのステップで反応が進むために,PCR増幅工程が不可欠となる。これによりサンプル由来DNAは,100 ngの微量かつ断片化の進んだDNAでも検査が可能となり,通常の病理診断に用いた生検の残余FFPEブロックでも検査が実施可能となる。

工程が非常に煩雑なため,トラブルが発生する可能性が非常に高い。各トラブルを防止するため我々は以下の対策を行っている。

1) コンタミネーション防止対策

PCR産物(低分子DNA)は空間を介して他のPCR準備段階にコンタミネーションする可能性があるため,プレアナリシス段階とアナリシス段階の操作を区切られた別の部屋で行い,ライブラリー構築はクリーンベンチ内で行う。PCR産物の保管は使用する冷蔵庫や冷凍庫も分けており,他のものと同じ場所には保管しないようにしている。

2) ピペッティング操作教育訓練・トレーニング

取り扱う液量が少量のため,ピペッティングの誤差が生じやすく,核酸やPCRアンプリコンやライブラリー濃度に差異が生じやすい。そのため,十分なdepth(冗長度)が得られず解析結果不良の原因となる。

この対策として,メーカーが主催しているハンドリングセミナーに参加し,正しいピペット操作や知識をもって,ライブラリー構築を行うためのトレーニングを実施する。

3) 操作ミス防止対策

類似した操作や,繰り返し操作が多く,試薬の添加や作業工程の間違いや欠落が生じやすく,ライブラリー構築が不完全となる場合がある。

対策として,全工程においてチェックリストを作成し,確実に1つずつの工程を行う。

4) クロスコンタミネーション防止対策

同時に複数の検体を取り扱う場合に,クロスコンタミネーションを防ぐため,試薬と検体を分注する際は,検体は最後に取り扱い,同時期に複数の検体チューブの蓋が開くことのないよう操作する。

5) 試薬の取扱い・管理

酵素や試薬の正しい取扱いや保管条件は厳守し,Lot番号や使用期限の管理を行い,品質管理に努める。

6) 磁気ビーズ操作の訓練

下記3点より磁気ビーズ操作は再現性と正確性が得られるまで訓練を行う。

・反応条件の変化による最適な標的ゲノム増幅およびリアルタイムPCR性能に必要な酵素活性の効率低減の可能性がある残留蛋白質,塩類,夾雑物の除去

・シークエンスの特異性に影響を与える残留ビーズの除去

・アダプターモノマーやダイマーの除去

7) index間のコンタミネーション防止対策

同時に複数の検体をシーケンスするため,個々のDNAの識別を目的としたバーコードindexを付加する際,異なるバーコードindexをピペッティングするたびに手袋を交換することでクロスコンタミネーションを回避している。

8) シーケンサー解析でのキャリーオーバー防止対策

NGSでは,前回のランで流したサンプルが,次のランにコンタミネーション(キャリーオーバー)する。キャリーオーバーの割合は,次亜塩素酸ナトリウム溶液を用いたLine Washで0.001%だが,低頻度の変異を検出するなど,高感度が必要なアプリケーションの場合は問題となる可能性がある。そのため,前のランと次のランで使用するバーコードindexは異なるものを使用する。また月毎に行うことが推奨されている約1時間の洗浄操作も次のラン直前に毎回必ず行っている。

4. 品質管理(quality check)

作業工程中の抽出核酸,PCRアンプリコン,ライブラリーの品質チェックを行う。

品質チェックには定性(サイズ)と定量(濃度)が必要となる。抽出核酸の品質は,FFPEの場合にホルマリン固定条件や,摘出検体の固定までの時間などの影響を受け,ゲノムDNA(gDNA)の分解が大きく十分な核酸増幅がされなくなる。gDNAの分解度(断片化)はDNA Integrity Number(DIN)として2200 Tape Station(Agilent Technologies社)で計測する。DINは断片されていない状態では10となり,断片化が進むにつれ数値が小さくなる(Figure 4)。さらに,二本鎖DNAの濃度は蛍光定量にてQubit 3.0 Fluorometer(Thermo Fisher Science社)で計測し,PCRアンプリコンでの必要な核酸量を算出している。また,PCRアンプリコンは,特定の長さで増幅されているか2200 Tape Stationで測定する。さらに,ライブラリーの品質は2200 Tape Stationで塩基長,Qubitで濃度を計測し,NGSへのアプライ量を算出している。

Figure 4 

2200Tape StationによるDIN測定結果

a:DIN 9.8の検体分析データ。

DIN 9.8の検体ではDNA長17,089~> 60,000 bpにピークがあり断片化されていないことがわかる。

b:DIN 3.0の検体分析データ。

DIN 3.0では154~283 bpと1,743~2,110 bpにピークがあるが,分布範囲が広くなだらかなグラフを示している。DNA断片化が激しく,様々な長さのDNA断片が存在することがわかる。

c:DIN 9.8とDIN 3.0の検体での電気泳動のゲルイメージ。

DIN 9.8の検体では断片化されていないDNA片が全体を占めており> 48,500 bp位置でバンドが非常に濃い。DIN 3.0の検体では様々なサイズに断片化されたDNAを含み,バンドがスメア様になっている。

抽出核酸のDINが3.0以下では,正しくPCR増幅ができないため,使用するDNA量を増やしてPCR増幅を行う。それでも増幅が困難な場合は再度検体の摘出が必要となる。その際,核酸の品質を保てる固定液PAXgene Tissue Systemを送り,固定液に検体を入れた状態で返送してもらう。抽出したDNAの濃度が低い場合は,真空状態で水分を除去し核酸濃度を濃縮させてから使用するなどの工夫を行う。

品質が不良の場合は,原因が検体の状態なのかPCR増幅不良なのかライブラリー構築不良なのかを特定し,原因となる工程から再度やり直すため,各品質評価時の最低値を定めており,常にPDCAサイクル(Plan:計画,Do:実行,Check:評価,Act:改善)を実施し,検査精度の維持に努めている6)

5. 記録

検体の取り扱いからシークエンスまでの全行程が,解析結果に影響を及ぼすため,DNA抽出,ライブラリー構築,シークエンス,使用試薬の全ての記録を残している。DNA抽出ではnano dropで測定したDNA濃度,2200 Tape Stationで測定したDINを,ライブラリー調整作業記録として,各作業の作業日と作業者を記録している(Figure 4)。ライブラリー構築やNGSで使用する試薬はLot間による差が生じる可能性があり,試薬のLot番号と使用期限を記録し,NGSで使用する試薬カートリッジやフローセルは,個々でバーコードが異なるため,各バーコードも全て保管している。NGS終了後は,二次解析時に影響を及ぼすクラスター密度(k/mm2),クオリティ値30以上の塩基割合(%),パスフィルターを通ったクラスターの割合(%),塩基数を記録している。

6. 遺伝子解析

北海道大学病院が三菱スペースソフトウエア(MSS)社と共同で開発したCLHURC検査は,最大160種類のがん遺伝子の全エクソン領域(coverage 95%)を対象としている。

解析にて導かれたリード(核酸断片)はMSS社が構築したパイプラインによって不良リードを除去し,信頼性の高い領域のリードだけを選択してマッピングする。最終的にコールされた遺伝子変異・欠失・挿入・置換などの異常は,COSMIC,ClinVar,CiVICといったグローバルゲノムデータベースを参照することで,臨床的あるいは生物学的な意義についての注釈付記(アノテーション)が行われる。遺伝子のコピー数変化についても,健常DNAと比較することにより,loss of heterozygosity(LOH)や増幅の検出が可能となる。

近年,注目されている免疫チェックポイント阻害剤の有効性に関わることが知られているマイクロサテライト不安定性(MSI)および変異数(mutation rate)についてはメガベース当たりの体細胞変異数を用いて算出し,薬剤の有効性の指標を示している。

最終的に作成された解析報告書には,遺伝子変異の臨床的意義が高い順にmajor,minorに分け(Figure 5),既存のデータベースに報告されていない変異はVUS(variants of unknown significance)群として記載されるとともに,dbNSFPというデータベースを利用して,アミノ酸変異による蛋白構造変化から蛋白の機能異常が起こる可能性を赤~青色(赤:蛋白の機能異常が起こる可能性が高い)で表示することにより,その遺伝子変異の重要性を示している7)Figure 6)。

Figure 5 

CLHURC検査結果報告書(一部抜粋)

70歳台,女性,乳癌。最終的にコールされた異常は,COSMIC(http://cancer.sanger.ac.uk/cosmic),ClinVar(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/clinvar),CiVIC(https://civic.genome.wustl.edu)といったグローバルゲノムデータベースを参照し,注釈付記(アノテーション)を行う。遺伝子変異の臨床的意義が高い順にMajor,Minorに分け表示している。

Figure 6 

VUS(variants of unknown significance)情報

VUS群はdbNSFP(http://varianttools.sourceforge.net/Annotation/DbNSFP)というデータベースを利用して,アミノ酸変異による蛋白構造変化から蛋白の機能異常が起こる可能性を赤~青色(赤:蛋白の機能異常が起こる可能性が高い)で表示することにより,その遺伝子変異の重要性について推測している。

7. Cancer board

週1回開催するチームカンファレンスには,解析を行った医師,ライブラリー構築を行った臨床検査技師,バイオインフォマティシャン,がん薬物療法を専門とする腫瘍内科および外来化学療法部の医師と臨床遺伝専門医,遺伝カウンセラーに加え,各臓器別の診療科の医師にも同席を依頼し,15~20名で全症例の遺伝子プロファイルの検討を行っている。最終的な遺伝子プロファイルの解釈とその異常に基づく治療法選択を検討し,その結論に基づいて外来で患者への推奨治療の説明を行っている。

このとき病理医は,HE標本での組織像と腫瘍含有率,病理診断についての説明を行い,臨床検査技師は検体の状態やDINや核酸濃度の値について検査精度の説明を行う。腫瘍含有率は,遺伝子解析でのvariant allele fraction(VAF)の値からLOHなどを読み取るために有用となる。VAFやcopy number variation(CNV)の異常が検出された場合には,免疫組織化学染色などの形態学的方法による蛋白質発現の有無と一致しているか調べ,その妥当性を評価している。

さらに,病理医が全症例のHE標本をバーチャルスライドで保存している。月に1回,当部署の病理医,がん薬物療法専門医,臨床検査技師,バイオインフォマティシャン数名で集まり,保存したバーチャルスライドのHE標本画像と,過去に報告した全患者の遺伝子解析結果を振り返り,更新され続ける遺伝子解析情報と薬剤・治験情報をもとに再度カンファレンスを行っている。

8. 結果説明

カンファレンスが終了次第,外来にて結果説明を行う。Germline情報開示を希望している患者は結果報告を行う前に遺伝カウンセラーによるカウンセラーを受診してから,結果説明となる。

9. 体制

検査結果は原則として本人の承諾がない限り第三者には開示してはならず,第三者からのアクセスも許されない。本邦においては「ゲノム医療実現推進協議会」で最優先事項

1.信頼性と質の確保された臨床検査検体を用いた各種オミックス解析の品質・制度の確保(保証)および実施施設の体制(クリニカルバイオバンク)の構築

2.遺伝カウンセリング体制の整備

3.ゲノム情報および患者情報の包括的な管理

が挙げられている。

我々は,クリニカルバイオバンクの設置による検体の品質確保,遺伝子解析結果の開示・報告のための遺伝カウンセラーによるカウンセリング体制を整えている。さらにゲノム情報については患者情報の取り扱い・検体受付・核酸抽出・ライブラリー構築,シークエンシング,cancer boardは,指紋・顔認証で登録された人物のみが出入り可能な施設で行うため,情報漏洩対策も万全である。

また,一般社団法人日本衛生検査所協会が「日本版ベストプラクティス・ガイドライン」に示された要件を基に「遺伝子関連検査の質保証に関する見解」を2013年5月に公表した。①施設認証②検査の質保証③検査従事者の水準・資格④職員に対する教育⑤リスクマネジメントが要件であり,我々は①CAPに沿ったラボ整備と運営②標準物質での再現性確認③遺伝子検査関連セミナーへの参加,技術習得のための研修会への参加,遺伝子検査関連の資格習得④ライブラリー構築からシークエンス,シーケンサーの取扱いなど,試薬・機器メーカーに依頼し,職員全員参加の研修⑤PDCAサイクルを軸として,各パートで繰り返しQCを行い,一定の品質での遺伝子解析結果を得るなどの取り組みを行っている。

III  今後の課題

網羅的がん遺伝子検査によって,治療対象となる遺伝子変異が見つかる確率は,悪性黒色腫で75.9%,肺癌で50.0%と続く報告がされている(K-ras変異を含まない)8)が,試薬や機器の治療薬の開発が進み,その確率は高まる傾向にある。しかしそれには,検査自体の精度や管理体制を整える必要がある。

NGSを用いた臨床診断,臨床研修が進む中,現状では統一された方法論が確立されておらず,ライブラリー構築方法も解析の解釈方法も各施設で独自に行われている。また,抽出されたDNAやライブラリー構築工程においてのDNAの測定基準や,DNAやライブラリーの品質基準が定められておらず,クリニカルシーケンスが多くの施設で実施されるようになれば,品質管理をどのように行い,統一していくのかが課題となる。FFPEからの遺伝子解析の場合は,特に品質管理が難しく,組織固定条件が品質に影響を及ぼすため,固定条件からのプロトコール統一が理想的である。しかし,現在のFFPEは,組織摘出時から遺伝子解析を見据えて作製することは少ない。現状では,免疫組織化学を行うことを見据えており,HER2検査などについては推奨プロトコールが存在する9),10)。固定条件や,パラフィンブロックの作製,ブロックや未染色標本の保管方法など免疫組織化学と遺伝子解析で,用いるFFPEの条件をどこまで擦り合わせていけるのか,または遺伝子解析に用いるFFPEの条件が免疫組織染色においても良好な染色結果が得られるのかなどの基礎的検討を重ね,FFPE作製プロトコールを確立していく必要がある。

分子標的治療薬は日本では原発臓器別に使用可能な薬剤が決められている11),12)Table 1)。しかしながら,2006年にHER2遺伝子(HER2/neu, c-erbB-2)エクソンのミューテーションが確認され,ハーセプチンで腫瘍が縮小した肺癌症例が報告されたことから,現在,臓器別ではなく遺伝子異常に基づいて薬剤が選択されるべきだという考えが提言されている13),14)。これこそが現在,検査を受ける患者にとって最大の問題となっており,一刻も早く遺伝子異常別での治療や薬剤が保険適応となることが望まれる。

Table 1  遺伝子異常と分子標的治療薬の対応
標的遺伝子 バイオマーカー 治療薬
HER2 HER2遺伝子増幅 トラスツズマブ
ER ER発現 タモキシフェン
PARP BRAC遺伝子変異 オラパリブ,ベリパリブ
BCR-ABL BCR-ABL遺伝子 イマチニブ,ダサチニブ,ニロチニブ
EGFR KRAS遺伝子変異 セツキシマブ,パニツムマブ
EGFR EGFR遺伝子変異 エルロリニブ,ゲフィチニブ
ALK EML4-ALK遺伝子 クリゾチニブ
BRAF BRAF遺伝子 ベムラフィニブ

IV  今後の展望

2016年4月1日から12月31日までに,CLHURC検査を受けたがん患者は86名。そのうち,がん発症原因となった遺伝子異常(actionable gene alteration)を検出した割合は約90%,何らかの治療薬剤と関連する情報が得られた割合は約半数にのぼる。得られたがん遺伝子プロファイルに基づく推奨治療を実施しているのは16名となっている15)。CLHURC検査で発見される遺伝性疾患もあり,germline情報開示の希望がある場合は,認定遺伝カウンセラーによる遺伝子カウンセリングを受診後に,結果を開示している(Table 2)。

Table 2  CLHURC検査で発見される可能性のある遺伝性疾患
遺伝子名 疾患名
BRCA1/2 遺伝子乳癌卵巣癌症候群
TP53 リ・フラウメニ症候群
PTEN PTEN過誤腫症候群(Cowden病)
MLH1/MSH2/MSH6/PMS2 Lynch症候群
APC 家族性大腸ポリポーシス
MEN1 多発性内分泌腫瘍症1型
RET 多発性内分泌腫瘍症2型,家族性甲状腺髄様癌
MUTYH MYH-関連ポリポーシス
STK11 Peutz-Jeghers症候群
VHL フォン・ヒッペル・リンドウ病
SDHB 遺伝子パラガングリオーマ,褐色細胞腫症候群
TSC1/TSC2 結節性硬化症
WT1 WT1関連Wilms腫瘍
NF1 神経線維腫症2型
RB1 網膜芽細胞腫

CLHURC検査では,患者のがん細胞にみられる遺伝子異常が明らかとなり,がん遺伝子プロファイルが判明することで,治療効果が期待できる国内で承認済みの治療薬の情報,治療効果が期待できる国内で臨床試験(治験等)中の治療薬の情報,治療効果が期待できる国内未承認であるが海外で承認済みあるいは臨床試験(治験)中の治療薬の情報提供が可能となる。また,治験への早期エントリーが可能となる。

現在,腫瘍部のDNAをFFPEやPFPEから抽出し,コントロールとして血液から健常DNAを抽出し解析しているが,今後はLiquid Biopsyが導入されるようになると,血中循環がん細胞(circulating tumor cell; CTC)のDNA(circulating cell free DNA; cfDNA)からDNA解析が行え,血液を採取するだけで,健常DNAと腫瘍由来DNAの両者が得られドライバー遺伝子解析が可能となる。血中のCTC存在量が少なく,サイズが170 bp程度であるなどの課題もあるが,10 ng~20 ngのPCR増幅可能なDNAがあれば0.1%程度の変異も検出可能であり,我々のようにPCR産物が150 bp程度の長さとなるようなプライマーを設計すれば,問題なく解析できる。これが実現すれば患者にとって低侵襲であり,固定条件など多くの要因によるDNA品質の劣化などを考慮する必要がなくなり,精度管理や統一プロトコールの作成がシンプルかつ容易になると考えられる。

今後,多くの癌患者がクリニカルシーケンスにより治療や治験を受けられることが期待される。

謝辞

稿を終えるにあたり,ご指導いただきました国立がん研究センター中央病院 病理科・臨床検査科 遺伝子検査室の若井進先生,柿島裕樹先生に深謝いたします。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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