2018 Volume 67 Issue 2 Pages 265-269
単純性膀胱炎患者の尿培養からCO2依存性Escherichia coliを分離した症例を経験した。塗抹検査で多数の腸内細菌様形態のGram陰性桿菌と白血球によるGram陰性桿菌の貪食像が観察されたが,好気培養で菌の発育は観察されず,追加培養として5% CO2培養と嫌気培養を行ったところ,105 CFU/mLのGram陰性桿菌のコロニーが観察された。MicroScan Neg IDパネルを用いた全自動同定感受性装置MicroScan WalkAway96SI(ベックマン・コールタージャパン)による同定試験を実施したところ,菌の発育不良のため結果が得られなかったが,同時に行ったrapid ID 32 E(シスメックスビオメリュー)での同定結果はE. coli(同定確率99.9%)となった。その後,5% CO2ガス環境下で生化学的性状試験や質量分析計MALDI Biotyper,16S rRNA遺伝子配列を用いた同定検査結果も併せて,培養環境中にCO2ガスを必要とするE. coliであることが判明した。患者の治療経過は経口抗菌薬cefdinirの服用で症状が改善されたが,その後再び症状が出現し,経口抗菌薬fosfomycinの服用で軽快した。
Small-colony variants(SCVs)とはコロニーの極小化,発育の遅延,チミジンやCO2などの栄養要求性など様々な変異の生じた株の総称である1)。日常細菌検査の中で稀にSCVsに遭遇するが,SCVsは発育が遅く,微小コロニーを形成することから発育が見落とされることや,非典型的な形態や性状を示すことから菌種同定に至らないことがある。
今回尿培養から,好気培養では発育せずCO2ガス培養で発育性を示すEscherichia coliによる尿路感染症例を経験したので報告する。
患者:60歳女性。
既往歴:なし。
現病歴:患者は排尿痛や頻尿などの症状があり近医内科を受診した。膀胱炎の診断目的で,当施設に尿沈渣検査と一般細菌尿培養検査が依頼された。尿沈渣検査では白血球100個以上/HPF,細菌(3+),細胞質内封入体も認められ(Table 1),単純性膀胱炎と診断された。
赤血球 | 1–4/HPF |
白血球 | 100以上/HPF |
扁平上皮 | 1個未満/HPF |
細菌 | (3+) |
細胞質内封入体細胞 | (+) |
HPF: high power field(顕微鏡400倍1視野)
治療経過:経口抗菌薬cefdinirが7日間処方され,服用3日目までには症状改善が見られなかったが,続けて服用したところ症状は軽快した。抗菌薬服用終了から12日後,再び同様の症状が出現し,経口抗菌薬fosfomycinを7日間服用した後,症状は改善された。以降,医院への受診歴はない。
Gram染色による塗抹検査では腸内細菌を疑う形態のGram陰性桿菌が多数認められ,白血球による貪食像が観察された(Figure 1)。
尿検体からのGram染色像(×1,000,フェイバー法)
提出された患者中間尿検体を5%ヒツジ血液寒天培地とBTB乳糖加寒天培地(いずれも日本ベクトン・ディッキンソン,以下日本BD)を用いて好気環境下で35℃18時間培養したが,菌の発育が認められなかった(Figure 2a)。翌日,追加培養として5% CO2ガス環境下35℃18時間でチョコレート寒天培地(日本BD),嫌気環境下35℃18時間で変法GAM寒天培地(日水製薬)に培養した。その結果,チョコレート寒天培地と変法GAM寒天培地上にスムース型のコロニー(2+,尿中細菌数105 CFU/mL)が認められた(Figure 2b)。これにより分離株は発育にCO2ガスを必要とする菌株であると考えられた。また血液寒天培地のみにGram陽性球菌が数コロニー発育したが,尿中細菌数が102 CFU/mLであったため採尿時の汚染菌と判断した。さらに5%ヒツジ血液寒天培地とBTB乳糖加寒天培地を用いて,大気環境下と5% CO2環境下で対比培養を実施したところ,5% CO2環境下での培養でのみ菌の発育が観察された(Figure 3)。
初代分離培養結果
a.好気環境下で35℃18時間培養した5%ヒツジ血液寒天培地(左),BTB乳糖加寒天培地(右)。
b.嫌気環境下で35℃18時間培養した変法GAM寒天培地(左),5% CO2ガス環境下で35℃18時間培養したチョコレート寒天培地(右)。
培養条件での比較
上:5%ヒツジ血液寒天培地
下:BTB乳糖加寒天培地
左側:5% CO2ガス環境下,35℃,18時間培養
右側:好気環境下,35℃,18時間培養
5% CO2ガス環境下でBTB乳糖加寒天培地に増菌した菌を用いてプロンプトで菌液を調整し,MicroScan Neg IDパネルを用いた全自動同定感受性装置MicroScan WalkAway96SI(ベックマン・コールタージャパン)による同定試験を実施したところ,48時間後の判定で菌の発育不良と判定され,同定に至らなかった。再度MicriScan Neg IDパネルを用い,5% CO2ガス環境下で35℃18時間培養後にMicroScan autoSCAN4(ベックマン・コールタージャパン)で判定を行った結果,E. coli(同定確率99.9%,バイオタイプ77115012)となった。また5% CO2ガス環境下でBTB乳糖加寒天培地に増菌した菌を細菌同定検査キットのrapid ID 32 E アピ(シスメックスビオメリュー)を用い,メーカー手順に従い好気環境下で35℃4時間培養後に検査判定を行った結果,プロファイル66401054271となり被検菌株は同定確率99.9%でE. coliと同定された。
TSI培地(日研生物医学研究所)とSIM培地(栄研化学)を用いた生化学的性状確認試験をそれぞれ好気環境下と5% CO2ガス環境下で行った。その結果,好気環境下での培地には菌の発育は認められなかったが,5% CO2ガス環境下ではTSI培地でブドウ糖発酵性であり,乳糖もしくは白糖分解性陽性,ガス産生陽性と判定され,SIM培地でインドール陽性,運動性陽性であった。
以上の結果から主治医へは非典型的な性状を示すE. coliであると報告した。
同定菌名を確認するために,信州大学医学部附属病院臨床検査部に質量分析装置MALDIバイオタイパーによる菌種同定検査と16S rRNA遺伝子の塩基配列による菌種同定の検査依頼した結果,MALDIバイオタイパーでは同定スコア2.235でE. coliと同定され,16S rRNA遺伝子解析においてもE. coli ATCC 25922に対し99.4%(1,419/1,427 bp)と高い相同性を示した。MALDIバイオタイパーと16S rRNA遺伝子による同定試験では,E. coliとShigella sp.を区別することはできないが,前述の運動性とBTB乳糖加寒天培地での乳糖分解性を示す黄色コロニーの形成(Figure 3)から,本菌株は培養環境中にCO2ガスを必要とするE. coliであると結論付けた。
3. 薬剤感受性試験5% CO2ガス環境下でBTB乳糖加寒天培地に発育した本菌株をプロンプトで調整し,MicroScan Neg BP Combo1Jパネルを用いた全自動同定感受性装置MicroScan WalkAway96SIによる薬剤感受性試験を実施したところ,同定検査と同様,好気培養では菌の発育が認められなかった。再度Neg BP Combo1Jパネルを用い,5% CO2ガス環境下で35℃18時間培養を行った結果,グロースウェルに菌の発育が認められ,MicroScan autoSCAN4による感受性判定結果を得られた(Table 2)。Penicillin系抗菌薬とamikacinを除くaminoglycoside系,quinolone系抗菌薬,ST合剤に耐性を示した。
薬剤名 | MIC(μg/mL) | 判定 |
---|---|---|
Ampicillin | > 16 | R |
Piperacillin | > 64 | R |
Cefazolin | ≤ 8 | S |
Cefotiam | ≤ 8 | S |
Cefotaxime | ≤ 1 | S |
Ceftazidime | ≤ 4 | S |
Cefepime | ≤ 8 | S |
Cefoperazone | ≤ 8 | S |
Cefpirome | ≤ 8 | S |
Cefozopran | ≤ 8 | S |
Cefaclor | ≤ 8 | S |
Cefpodoxime | ≤ 2 | S |
Cefcapene pivoxil | 1 | S |
Cefmetazole | ≤ 16 | S |
Flomoxef | ≤ 8 | S |
Clavulanicacid/amoxicillin | ≤ 8/4 | S |
Tazobactam/piperacillin | ≤ 16 | S |
Sulbactam/cefoperazone | ≤ 16/8 | S |
Aztreonam | ≤ 4 | S |
Imipenem/cilastatin | ≤ 1 | S |
Meropenem | ≤ 1 | S |
Gentamicin | > 8 | R |
Amikacin | ≤ 16 | S |
Tobramycin | > 8 | R |
Minocycline | ≤ 4 | S |
Chloramphenicol | ≤ 8 | S |
Levofloxacin | > 4 | R |
Ciprofloxacin | > 2 | R |
Sulfamethoxazole/trimethoprim | > 2/38 | R |
Fosfomycin | ≤ 4 | S |
S: susceptible, I: intermediate, R: resistant
今回の単純性膀胱炎患者の中間尿から検出したE. coliは発育にCO2ガスを必要とするSCVであった。原因は不明であるがCO2ガスに関連する代謝に変異を生じたSCVと考えられた。培養同定するにあたり5% CO2ガス環境下・嫌気環境下での追加培養や5% CO2ガス環境下で生化学的性状検査を実施する方法が有用であった。一方で,好気環境であっても短時間で酵素反応を判定するrapid ID 32 Eアピでは正しい同定結果を得ることができた。また同様のCO2依存性E. coliでAPI 20 E(シスメックスビオメリュー)を使用して同定可能であったとの報告もある2)。したがってCO2依存性SCVsに対する生化学的性状による細菌同定検査では,細菌の酵素の働きは失活しないため,細菌同定検査キットアピ/ID32シリーズ(シスメックスビオメリュー)が有用であることが考えられた。
また同定検査でMicroScan Neg IDパネルを用い,5% CO2ガス環境下で35℃18時間培養後にMicroScan autoSCAN4で判定を行ったことについてベックマン・コールタージャパンに問い合わせたところ,CO2ガス環境下での検証は行っておらず結果の確証は得られないと回答を得た。そのため結果報告の際は注意が必要と考えられた。
SCVsの出現は抗菌薬の長期投与などが関与しているのではないかと考えられている3),4)。しかし,本症例の患者は単純性膀胱炎の診断で,既往歴はなく,抗菌薬の使用歴等は認められなかったため,本菌株が体内でどのように誘発されたSCVであったのかは不明であった。
本症例では経口抗菌薬cefdinirによる治療後,再び症状が出現したが尿培養は提出されていなかったため,起因菌は同一菌による再発か否かは不明であった。SCVsによる感染症では再発を繰り返す治療難渋例も報告5)されていることからも再発の原因菌は同一の菌による可能性が考えられた。
今回CO2依存性株を検出したのは当施設では初めての経験であり,文献等を参考にしながら慎重に検査を進めた。近年SCVsの報告は増えており,今後一法の検査法では検査に苦慮する場面に遭遇することも考えられる。そのような時に,種々の検査法の特性を理解し柔軟に対応することで,より迅速に正しい結果の報告ができるものと考える。
今回CO2依存性E. coliを分離した症例を経験した。塗抹検査で菌を確認でき好気培養陰性のときは,抗菌薬投与による死菌や嫌気性菌を疑うだけでなくCO2依存株などのSCVsである可能性もあることを考慮し,培養条件の変更や複数の同定法を組み合わせるなど,注意深く検査を進めていく必要がある。
菌株を同定精査いただきました信州大学医学部附属病院臨床検査部 春日恵理子先生に深謝いたします。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。