2018 Volume 67 Issue 2 Pages 228-232
近年,小児を中心にマクロライド耐性Mycoplasma pneumoniaeが増加しており,内科領域においてもその報告が増えている。当院小児科にてマイコプラズマ肺炎を疑い,ジーンキューブ マイコプラズマ・ニューモニエにて測定し得た患者を対象とし,イムノクロマト法との比較,マクロライド耐性遺伝子変異保有率およびマクロライド耐性遺伝子変異検出の臨床的効果について検討を行った。今回の検討ではイムノクロマト法の感度は14.7%と,判定結果に大きな差が認められた。また,マクロライド耐性遺伝子変異保有率は20.6%と既報よりも低く,地域差および施設機能差と考えられた。さらにマクロライド耐性遺伝子変異の有無を報告することが,抗菌薬の変更に繋がっており,結果の運用方法には今後更なる検討が必要と思われる。ジーンキューブ マイコプラズマ・ニューモニエはM. pneumoniae検出だけでなく,マクロライド耐性遺伝子変異の有無についても迅速に検出でき,M. pneumoniae感染症診断において有用と考えられた。
肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae,以下M. pneumoniae)は,小児から成人の幅広い年齢層における市中肺炎の原因微生物として重要な病原体である。近年,M. pneumoniaeによる感染症の臨床上の問題として,発熱などの症状が遷延し肺炎など重症化する症例が増加していることが挙げられ,その原因としてマクロライド系(以下,MLs)抗菌薬に対する耐性化が指摘されている1)~3)。
急性期の診断には遺伝子検査が最も優れているとされており4),5),国内におけるM. pneumoniaeの遺伝子検査用診断薬としては,loop-mediated isothermal amplification(LAMP)法を原理とするLoopampマイコプラズマP検出試薬キット(栄研化学),およびPCR法を原理とするジーンキューブ マイコプラズマ・ニューモニエ(以下,ジーンキューブMPN,東洋紡)の2製品が市販されている。このうち,ジーンキューブMPNはM. pneumoniaeのDNAを検出することを目的とした検査試薬であるが,その特徴の一つにMLs耐性を引き起こす23S rRNA遺伝子の2063番目および2064番目の変異の有無を検出可能な点が挙げられる。この特徴を利用し迅速なM. pneumoniae検出に加えMLs耐性の推測が可能になると考えた。そこで今回我々は,小児M. pneumoniae感染症におけるジーンキューブMPNの有用性をイムノクロマト法(以下,IC法)との比較,MLs耐性遺伝子変異保有率及びMLs耐性遺伝子検出の臨床的効果について検討したので報告する。
2015年11月から2016年3月までの間に当院小児科にてM. pneumoniae感染症を疑った患者157例(男性81例,女性76例,年齢:0~17歳)を対象とした。
2. 方法対象より得られた咽頭擦過スワブ検体を材料とした。M. pneumoniaeの検出はマイコプラズマ核酸キットであるジーンキューブMPN,IC法としてマイコプラズマ抗原キットプロラストMyco(LSIメディエンス)及びイムノエース マイコプラズマ(タウンズ)を用いた。IC法は2試薬を用いたが検体の重複はない。検体採取部位は咽頭後壁とし,ジーンキューブMPN法及びIC法それぞれに1本ずつ咽頭採取用スワブを用い採取した。ジーンキューブMPN法,IC法2法はそれぞれ添付文書に従い実施した。
MLs耐性の有無の報告が臨床経過に影響するかを検討するため,M. pneumoniaeが検出された症例において,MLs耐性遺伝子変異の有無と抗菌薬の検査前投与及び結果報告後の抗菌薬の変更について患者診療情報を後方視的に検討した。
当研究は市立敦賀病院倫理委員会の承認を得た(病総第520号)。
GENECUBEを用いたジーンキューブMPN法の陽性数は157例中34例(21.7%)であった。IC法の陽性数は5例(3.2%)であり,ジーンキューブMPN法と大きな差が出る結果となった。ジーンキューブMPN法を基準とするとIC法の感度は14.7%,特異度は100%であった。また,陽性的中率は100%,陰性的中率は80.9%,全体の一致率は81.5%であった(Table 1)。年齢階級別の陽性例は,1歳未満が6例中0例,1~5歳が95例中13例(13.7%),6~10歳が39例中17例(43.6%),11歳以上が17例中4例(23.5%)であった。また,ジーンキューブMPNで陽性となった34例のうちMLs耐性遺伝子変異は7例(20.6%)で認められた(Figure 1)。さらに,ジーンキューブMPN陽性であった34例の臨床的背景を示す(Table 2)。M. pneumoniaeが検出された34例のうちMLs耐性遺伝子変異のない27例については,MLs系抗菌薬の検査前投与が3例(11.1%),MLs系抗菌薬以外のM. pneumoniae治療薬への変更例はなかった。一方,MLs耐性遺伝子変異のある7例については,MLs系抗菌薬の検査前投与が1例(14.3%),MLs系抗菌薬以外のM. pneumoniae治療薬への変更が6例(85.7%)あった。変更された抗菌薬はminocycline(MINO)が1件,tosufloxacin(TFLX)が5件であった。
GENECUBE | Predictive Value | ||||
---|---|---|---|---|---|
Positive | Negative | Total | |||
IC | Positive | 5 | 0 | 5 | PPV: 100.0% |
Negative | 29 | 123 | 152 | NPV: 80.9% | |
Total | 34 | 123 | 157 |
PPV: positive predictive value
NPV: negative predictive value
Total concordance rate: 81.5%
Sensitivity: 14.7% (5/34)
Specificity: 100.0% (123/123)
Resistant gene detection shown by distribution of macrolide-resistant strains by age
n = 34 | No resistance gene mutation n = 27 |
Resistance gene mutation n = 7 |
---|---|---|
Gender (male/female) | 11/16 | 4/3 |
Mean age, years (range) | 6.7 (1–13) | 6.1 (2–11) |
Hospitalization rate (%) | 3 (11.1%) | 0 |
Referral rate (%) | 13 (48.1%) | 4 (57.1%) |
No. (%) of patients with prior prescription | ||
Macrolides | 3 (11.1%) | 1 (14.3%) |
β-lactams | 1 (3.7%) | 2 (28.6%) |
No. (%) of patients treated with effective antibiotics | ||
Macrolides | 5 (18.5%) | 0 |
Minocycline | 0 | 1 (14.3%) |
Tosufloxacin | 0 | 5 (71.4%) |
感染症診断のgold standardは分離培養法であるが,M. pneumoniaeは栄養要求性が厳しく特殊な培地を必要とする上に,長期の培養時間を要するため一般には行われていない4)。また,抗体価測定による血清診断法も用いられているが,急性期の抗体価陽性所見のみでは診断が困難な場合が多く,ペア血清での抗体価が基本となるため,迅速な確定診断は難しい。急性期の診断には遺伝子検査が最も優れているとされるが,臨床現場に広く普及しているとは言えず,利用可能な施設は比較的規模の大きい施設に限られる。その他の検査法としては抗原検査(IC法)が上市されており,近年導入施設が増えている。本研究においてジーンキューブMPN法とIC法の判定結果に大きな差を認める結果となった。増幅工程を経るジーンキューブMPN法と迅速診断法であるIC法の感度を単純に比較すべきではないと考えるが,検体採取方法が与える影響を考慮しなければならない。検体採取における留意点としては,M. pneumoniaeの増殖部位でない咽頭から採取した拭い液を検査材料としていること,咽頭内の採取部位が咽頭後壁であるか咽頭扁桃であるかによってM. pneumoniaeの検出率に大きな差を認めることが挙げられる6),7)。ジーンキューブMPNおよび各IC法の添付文書には咽頭後壁を採取部位とする記載があるが,小児を含め反射等の影響により容易ではない。よって,検体採取時に咽頭後壁から十分量の検体が採取できず,検査材料中の菌量が少ないことが判定結果に差を認めた原因と考える。IC法には今後より高い検出感度を期待するが,検体採取部位や測定原理からはジーンキューブMPN法を含む遺伝子検査法を用いることが正確なM. pneumoniae診断に繋がるものと思われる。
MLs耐性のM. pneumoniaeが初めて分離されたのは2000年であったが8),その後年を経るごとにMLs耐性株の割合が急速に上昇している。2006年の時点ではM. pneumoniaeの耐性株が約3割に達しており3),さらに2008年~2012年にかけて行われた研究では,分離されたM. pneumoniaeの65.7%がMLs耐性株の可能性が高いことを示す結果が報告されている9)。M. pneumoniaeのMLs耐性は,23S rRNA遺伝子のdomain V領域に変異が生じることによって引き起こされることが知られている。これまでに報告されている遺伝子変異は,23S rRNA遺伝子の2063番目,2064番目,2617番目のいずれかの塩基の変異であり,報告されているほとんどが2063番目または2064番目の変異である3),4),8)~10)。M. pneumoniaeの薬剤感受性を確認するには薬剤感受性試験が必要であるが,前述の通り分離培養には時間を要するため,診断に使用する目的で薬剤感受性試験を行うことは現実的ではないと考える。一方,23S rRNA遺伝子変異を確認する方法には,シークエンス解析を用いる方法や,融解曲線解析によって変異の有無を確認する方法がこれまで報告されており11),12),薬剤感受性試験よりも短期間でMLs耐性の有無を推測することが可能であると考えられる。今回の研究では,MLsの耐性率は約20.6%にとどまり,従来報告されているMLs耐性率とは大きな乖離があった。小児におけるMLs耐性M. pneumoniaeは年々増加し2011年には80%に達したとの報告がある2),3)。成人においてもその頻度は未だ多くはないものの,増加傾向にあり約35%との報告がある13)。一方,今回の研究ではこれらの報告よりも低い耐性率であったが,これは地域差だけでなく施設機能差の影響が考えられる。既報の多くは大学病院や高次医療機関を中心に行われているが,これらの医療機関を受診する患者には,クリニック等の地域医療機関からの紹介や転院の患者が多く含まれうる。MLs系の抗菌薬の前投与によってM. pneumoniaeのMLs耐性化が促進されるという報告もあり4),14),大学病院や高次医療機関の患者は抗菌薬を前投与された例が多いと考えられ,これが既報でMLs耐性が高率になっている理由であると考えられる。当院小児科は地域の特性上,一次医療機関としての機能も果たしているため,よりMLs耐性M. pneumoniaeの現状を正確に反映しているものと思われる。
MLs耐性遺伝子の有無を報告することによる臨床への影響を抗菌薬の変更により確認したところ,耐性遺伝子変異ありと報告した場合には多くのケースで抗菌薬の変更がなされていた。M. pneumoniaeによる肺炎治療の第1選択薬はMLsとされており,MLsが無効で抗菌薬の投与を行う必要があると判断した場合にはTFLXあるいはMINOの投与を考慮するが,8歳未満にはMINOは原則禁忌とある。TFLXの使用は抗菌薬適正使用の観点から,MLs耐性M. pneumoniaeによる肺炎で治療が必要な場合にのみ限定し,ルーチンの使用は控えるべきともある4)。さらに,MLsの臨床効果は投与後2~3日以内の解熱で概ね評価できるとされ,抗菌薬の継続投与が必要な場合にのみ限定しなければならない4),15)。今回,TFLXやMINOに変更された症例について精査すると,臨床症状よりもMLs耐性M. pneumoniae検出の結果を基に変更されているケースが多く,オーバートリートメントである可能性も考えられた。しかし,MINOに変更された1例では,3日間のazithromycin(AZM)投与でも解熱せず,抗菌薬変更2日後に症状の改善を認めるといった臨床的に抗菌薬変更が有用であった症例もあり,MLs耐性遺伝子変異の迅速な報告については臨床とその運用を検討する必要がある。一方,M. pneumoniaeは数年から10年程度で流行型が変化することが観察されており16),流行型の変化に合わせMLs耐性M. pneumoniaeの検出率が変動することも予想される。さらに,近年MLs耐性M. pneumoniaeの検出率が低下傾向にあるという報告もあり17),疫学的な視点からもMLs耐性M. pneumoniaeの検出は継続していくべきであろう。
M. pneumoniae感染症の診断方法は様々なものがあるが,その特性を理解し用いることが重要である。今回の結果からは,IC法を使用する際,検体採取部位によって検出感度が大きく損なわれる可能性が示唆された。ジーンキューブMPNはM. pneumoniae検出だけでなく,MLs耐性遺伝子変異の有無についても迅速に検出し得,M. pneumoniae感染症診断において有用と考えられた。
本論文の要旨は第65回日本医学検査学会(2016年9月,神戸)で報告した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。