2018 Volume 67 Issue 3 Pages 347-352
2015年に筆者はオーストラリアの検査室を訪問した。オーストラリアの臨床検査の資格・制度,実際の検査室の現状について説明を受け,その後も関係者から詳しい情報を得たので,その内容を報告する。日本では臨床検査技師とひとまとめにされているが,オーストラリアでは臨床検査技師と生理検査業務を行う技師は区別され,資格も異なる。就労する為には定められた学部を卒業しトレーニングを積むなどの条件を満たさなくてはならない。日本の様に臨床検査技師国家試験は存在しない。また日本人の臨床検査技師の様にオーストラリア以外の国で臨床検査学を学んだ場合,オーストラリアで臨床検査に携わるには,専門の知識がある一定の基準を満たしていることを示さなければならない。その一つにAIMSの資格がある。今回,この資格の受験方法や試験内容についても紹介する。生理検査に携わるには,定められた学部の専攻課程を卒業すること,臨床検査技師国家試験がないことは共通しているが,生理検査ではさらに様々な資格や制度が分野別に存在する。他に,オーストラリアの臨床検査の現状の一例としてSEALSというニューサウスウェールズ州政府の運営する検査室の特徴をはじめ,検査の進め方や勤務の制度と現状についても紹介する。
2015年に筆者はオーストラリアの検査室を訪問し臨床検査に関わる資格・制度について説明を受けた。その後も,検査室関係者とのやり取りを重ね,様々な情報を得ることが出来たので,National Association of Testing Authorities(NATA)1)などのオーストラリアの機関の動きなどを加え本論にまとめる。オーストラリアの臨床検査技師は就労する為にどのような資格を取得しているのか,また,South Eastern Area Laboratory Services(SEALS)2)のランドウィック(Randwick)キャンパスの検査室を一例として挙げる。これらの情報は2016年12月時点のものである。
オーストラリアでは,日本の様な臨床検査技師国家試験はなない。また,国家的な臨床検査技師の登録機関もない。一般的にオーストラリアで臨床検査技師として就労する場合,オーストラリアやニュージーランドの一部の大学でMedical Science等の学士を取得する必要がある。学士の種類は様々でBachelor of Medical Science(Pathology),Bachelor of Science(Laboratory Medicine),Bachelor of Laboratory Medicine,Bachelor of Medical Laboratory Science,Bachelor of Applied Science,Bachelor of Biomedical Scienceなどが挙げられる。学士の習得後は,さらにNATAのトレーニングを積む必要がある。また,ほとんどの臨床検査技師はThe Australasian Association of Clinical Biochemistry(AACB)3),The Human Genetics Society of Australasia(HGSA)4),The Australian Institute of Medical Scientists(AIMS)5)などの機関・協会等に登録している。これらの機関・協会等にはフェローシップと呼ばれる特別のプログラムや部門別の試験があり,そこで,研鑽を積むと専門的分野を高度に追及する技術者となることができる。
1947年発足のNATAは臨床検査の標準化に大きな役割を果たした。NATAとは,オーストラリアの工業技術,産業や地理科学など多くの分野に渡り査察および技術基準の保証を行う機関である。1980年代から1990年代にかけて臨床検査の標準化に関する認定プログラムを導入した。そして,病院や検査室で働く医療従事者の質を一定の基準に保とうとする流れが生まれ,臨床検査の精度を管理する機関として,2006年にProficiency Testing Australia(PTA)6)が発足した。公的・私的を問わず,全ての病院の検査室はNATAに登録し,その検査室の職員はNATAに承認されなければならない。NATAは職員の資格や学歴を確認する。しかし,まだ臨床検査技師の資格を全国で統一するには程遠い。これまでに,国家的な臨床検査技師登録部局の設立の試みがあったが,最終的に全ての州の合意を得られることができず,国家的な組織の設立には至っていない。臨床検査技師の教育についても国家的な組織はない。
次に業務内容について,日本の臨床検査技師とオーストラリアのMedical Laboratory Scientistとでは大きな違いがある。Medical Laboratory Scientistは一般に検体検査業務を行う技師のみを指し,生理検査業務を行う技師はPhysiology Scientist,採血業務を行う技師はPhlebotomistなどと名称が違う。また,その為に別の資格が必要になる場合がある。オーストラリア以外の国の臨床検査技師がオーストラリアで働く場合も,NATAに承認される必要があり,さらに様々な条件を満たさなければならない。オーストラリア政府移民局は就労ビザ申請時に,AIMS認定の資格を必要条件として提示している。既にオーストラリアの就労資格を持っていれば,AIMSの資格がなくても,臨床検査技師として業務を行うことが可能な場合がある。ただし,AIMSの資格を取得し,オーストラリア政府の提示する他の条件を満たし,オーストラリア政府移民局より就労ビザを獲得したとしても,採用は病院毎に行われるので必ず就労できるものではないことは理解されたい。
このAIMSの資格試験について少し述べる。詳細はTable 1の連絡先に確認されたい。臨床検査の業務に直接的に関係するのは,Pathology Collector/Phlebotomist,Medical Laboratory Technician,Medical Laboratory Scientistの3種類のものがある。
Postal address |
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Australian Institute of Medical Scientists |
PO box 1911 |
MILTON QLD 4064 |
AUSTRALIA |
Courier address |
Australian Institute of Medical Scientists |
Unit 7/31 Black Street |
MILTON QLD 4064 |
AUSTRALIA |
Further Information |
Telephone: +61 7 3826 2988 |
Facsimile: +61 7 3826 2999 |
Email: aimsnat@aims.org.au |
Website: www.aims.org.au |
Pathology Collectorとは患者の自宅や施設から検体を回収する仕事である。Phlebotomistとは採血業務に携わるものである。なお,これらの資格はAIMS以外の方法でも取得可能である。
2. Medical Laboratory Technicianこちらは書類審査試験がある。オーストラリアのTechnical and Further Education College を修了したと同等の資格を持ち,受験から5年以内に2年間の臨床検査の現場で働いた経験があれば資格審査に応募可能である。Technical and Further Education CollegeはオーストラリアではTechnical and Further Education(TAFE)7)と知られており,これは政府が運営する職業訓練学校である。
3. Medical Laboratory ScientistAIMSが認定した大学のプログラムを履修し,その学士を有さなければならない(Table 2)。しかし,AIMS認定校の学士が無くとも,一定の条件を満たし,書類審査に合格すると The AIMS Professional Examinationの受験資格が与えられる。
Undergraduate Accredited Degree Courses |
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Central Queensland University |
Bachelor of Medical Science (Pathology) |
Charles Sturt University |
Bachelor of Medical Science (Pathology) |
Curtin University of Technology |
Bachelor of Science (Laboratory Medicine) |
Griffith University |
Bachelor of Medical Laboratory Science |
James Cook University of North Queensland |
Bachelor of Medical Laboratory Science |
Massey University |
Bachelor of Medical Laboratory Science |
Otago University |
Bachelor of Medical Laboratory Science |
Queensland University of Technology |
Bachelor of Medical Laboratory Science |
RMIT University |
Bachelor of Biomedical Science (Laboratory Medicine) |
University of South Australia |
Bachelor of Laboratory Medicine |
University of Tasmania |
Bachelor of Biomedical Science |
University of Technology, Sydney (accredited until December 2015) |
Bachelor of Biomedical Science—(AIMS accreditation requirement must be complied with) |
Bachelor of Science (Biomedical Science)—(AIMS accreditation requirement must be complied with) |
Postgraduate Accredited Degree Courses |
RMIT University |
Master of Laboratory Medicine—(AIMS accreditation requirement must be complied with) |
この試験は臨床化学,血液学,臨床微生物学,輸血学,臨床組織学の5教科からなるショートアンサー型の筆記試験で,制限時間は3時間である。試験は年に2回,3月と8月にオーストラリア国内外で開催される。それぞれの教科において50%以上の正解率が必須であり,設問全体の50%以上が合格基準となる。なお,最初の書類審査の料金はAUD 800.00で,筆記試験の料金はAUD 60.00である。
オーストラリアでは,一般的に臨床検査技師は検体検査業務を行う技師(Medical Laboratory Scientist)を指し,生理検査業務を行う技師はClinical Physiologist(Physiology Scientist)として分別される。このClinical PhysiologistとはLung,Cardiac,Exerciseなどの数種類の専門のカテゴリーの検査を全般的に行うことが出来る。しかし,生理検査においても,オーストラリアの国家資格というものは存在しない。生理検査分野の資格を登録制にしようと計画を始めた州も出てきているが国家としての統一には及んでいない。
病院で働いているClinical Physiologistは大学のMedical Science学部で生理学専攻を卒業している。その他の方法で生理検査に携わる場合,専門の学校で学び,diplomaやcertificateを取得する。専門の学校は通常は一つの専門分野ごとの短いコースである。例えば,Cardiac Technology(循環器検査)コースで心電図検査の資格を習得した場合,Cardiac Scientist,Cardiac Technicianと呼ばれ,病院で心電図検査を行うことが許可される。また,これらの資格取得する専門の学校はAustralian Quality Training Framework(AQTF)などの国や州の教育機関に登録されているもので,かつISO 9001に認定されていることが必須である。
就職の際は,雇用先である病院は,生理検査の教育やトレーニングを受けた証明である,学士,diplomaやcertificateがNATAの基準を満たしているかを確認する。採用後もNATAによりさらなるトレーニングを受ける。
大学の生理学専攻を卒業したClinical Physiologistは,全般的に生理検査を行うことが出来る。しかし,各専門分野のdiplomaやcertificateのみの資格をもつ生理検査業務を行う技師は取得した専門分野以外の生理検査を行うことは認められていない。
次に,生理検査の各専門別の資格名称や特色について述べる。
1. 肺機能検査肺機能検査を行うことができる資格の名称にはRespiratory Scientist,Clinical Physiologist(Lung Function),Certified Respiratory Function Scientist(CRFS)等があるが,ほぼ同じものを指している。通常,肺機能検査に加え,検査結果の解釈,検査機器のメンテナンス,検査の質の保証も行う。肺機能検査及び呼吸療法士に関する認定証を発行している機関はThe Australian and New Zealand Society of Respiratory Science(ANZSRS)8)である。CRFSもANZSRSが発行する。CRFSは,Respiratory Physiology Scienceの学士かそれ以上の学位を持ち,かつ1年以上の実務経験を持つもの,または,この分野の資格を持ち5年以上の実務経験年数を有するものが,さらにANZSRSの試験に合格をすることで,認定される。
2. 心電図検査心電図検査に関するものとしてはCardiac Scientist(Technician),Clinical Physiologist(Clinical Measurement),Certificate IV in Cardiac Technology in Australia等の資格がある。Certificate IV in Cardiac Technology in Australiaはオーストラリア政府の運用する職業訓練校で取得可能である。
3. 超音波検査,MRI検査超音波検査,MRI検査に関するものとしてはUltrasonographer(Sonography),Radiographer(MRI),Clinical Physiologistがある。
UltrasonographerはPost-Graduate Diplomaの超音波学科専攻を修了した者に対する名称で,その専攻課程はAustralian Sonographer Accreditation Registry(ASAR)9)に認定されている必要がある。また,この職に就くには ASARに登録する必要がある。
Radiographerはundergraduateの放射線学科専攻修了者に対する名称で,その専攻課程はMedical Radiation Practice Board of Australiaに認定されている必要がある。RadiographerはAustralian Health Practitioner Regulation Agency(AHPRA)10)に登録される。これらの機関への登録後は技術や知識の向上のためのプログラムなどに参加できる。
Clinical Physiologistは現在のところ,他の特別な資格がなくても超音波検査,MRI検査を行うことが出来る。しかし,近年は,これらの検査では画像診断学分野の専門技術者として認められつつあり,より専門的な資格が求められるようになってきている。以上の点は他の生理検査と違う点である。
South Eastern Area Laboratory Service(SEALS)はのニューサウスウェールズパソロジーの一つで,ニューサウスウェールズ州政府が運営する非営利の臨床検査を提供する機関である。24時間365日運用で,検査結果を多くの医療機関と共有,連携し,訪問検体回収などの様々な医療サービスを行っている。
今回は,SEALSのなかでも主要な役割を持つシドニーのランドウィックキャンパスについて紹介する。この検査室はSydney Children’s Hospital,Prince of Wales Private Hospital,Prince of Wales Hospital,The Royal Hospital for Women,Eastern Heart Clinicと隣接しており,検体数は生化学検査だけで1日約1,000件を扱っている。検査室は,解剖病理学,血液検査,遺伝子検査,生化学検査,微生物学検査,アンドロロジー検査(不妊治療に特化)に分かれている。血液検査室ではアフェレシス療法にも力を入れている。検査室によってStaff Specialistと分類されるProfessor,A/Professor,Doctor,Laboratory Manager,Senior Hospital Scientistなどの現場責任者を筆頭に,Hospital Scientist(Laboratory Scientist),Laboratory Technician,Pathologistなどの様々な職種のスタッフが働いている。
1. 検査の流れSEALSは,院内外からの検体を扱っている。搬送方法は,院内の検体はScud Systemという,エアシューターのような装置で検査室に送られてくるものと,担当者が直接搬送するものがある。院外からの検体はSEALS専属のクーリエと呼ばれる配達人が持ってくる。ルートと時刻が決められてあり,検体の回収と配達を行う。検査室に到着した検体は,中央検体受付で受付処理を行う。検体番号は,西暦と各ラボの頭文字と数字の組み合わせで付けられる。例えば,2016年のランドウィックキャンパスの検体は,16R123456Pのようになる。
検体の緊急度合いは,Urgent,Super Urgent,Life Threateningなどに分別されてリクエスト用紙の記入欄に記される。緊急病棟からの緊急検査の結果報告までの時間は,Urgent は90分,Super Urgentは60分との取り決めがある。検査結果はE-Medical Record(EMR)というシステムで管理される。正式な報告書は原則として印刷物が発行される。また,異常値などは直接,病棟の医師や看護師に電話報告される。
2. 業務,福利厚生雇用の募集は,ニューサウスウェールズ州政府のウェブサイトのHealth Pathologyのページに掲載されており,ここから応募可能である。施設名,担当検査業務,雇用形態について募集の段階で詳しく決められている。同じ施設においても労働シフトは違う。生化学検査室の例では全てが8時間のシフトで,デイタイムは始業時間が6時,8時,8時半,10時,14時半からと多様である。イブニングタイムは二人体制で,16時半~1時,ナイトタイムは0時半~8時半を一人で行う。ランチブレイクは1時間で勤務時間と扱われず,給料は発生しないが,ティーブレイクは20分でこちらは勤務時間に含まれる。福利厚生は,産休は給料が発生する期間とそうでない期間があり,最長一年まで取得可能である。また復帰後は子供が5歳になるまで時間短縮勤務制度がある。年次休暇は4週間,それとは別に病気休暇は2週間までを取得する権利がある。
オーストラリアの臨床検査技師業界は,国家的に統一されたシステムはないが,それらの必要性は認識されつつある。医療関連施設は全てNATAに登録することが義務づけられる。臨床検査技師の教育についての国家が運用する組織はないが専門分野で働くにはNATAが表示しているトレーニング基準は満たさなければならないという規定がある。更に臨床検査技師の中でも各分野の専門性を高めるべく,その分野の学会へ属しフェローシップとしてキャリアを伸ばしている者も多い。学会独自のトレーニングコースや筆記試験を通過することでその学会のフェローシップになることができる。この試験は難しく,通常何年かの実務経験を必要とする。
これまで述べた通り,オーストラリアには臨床検査技師国家資格はない。NATAは組織として,各臨床検査技師が一定の基準の能力をもつことを保証する為に,学歴や資格の確認,トレーニングを行っている。ほとんどの臨床検査技師は,それぞれが専門分野の学会に登録し,知識を深めている。それらの学会は,会員がより高い技術を追求し研鑽を積んでいくことができる仕組みが整えている。
今回,オーストラリアの臨床検査を紹介した。制度や資格は日本と違いがあれども,両国の臨床検査技師が日々,知識や技術の向上に取り組んでいることは共通している。
稿を終えるに当たり,オーストラリアの臨床検査制度についてご説明頂いたQueensland大学John A Duley博士,Queensland Technology大学Steven Weier先生,およびSEALS Pathologyのスタッフの方々に加え,執筆の際にご助言を頂いた神戸常盤大学医療検査学科 坂本秀生教授,北陸大学医療保健学部医療技術学科 寺澤文子教授,済生会吹田病院臨床検査科長 酒井恭子先生に深く感謝を申し上げます。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。