Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
A case of inhibitor-positive acquired von Willebrand syndrome that developed during treatment for cancer of esophagogastric junction
Ryoko NAKATAMihoko KUSHIBIKIShu OGASAWARATakenori TAKAHATAKensuke SAITOAtsushi SATOMidori SHIMAHiroyuki KAYABA
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2018 Volume 67 Issue 3 Pages 379-383

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Abstract

食道胃接合部進行癌からの大量持続性出血による貧血増悪と全身状態悪化にて入院中に,後天性von Willebrand症候群(acquired von Willebrand syndrome; AvWS)と診断された症例を経験した。症例は40歳代男性,腫瘍からの出血が持続し,連日の人赤血球液(照射赤血球液-LR「日赤」;Ir-RBC-LR)輸血を必要としていた。入院時には正常であったAPTT(28.3 sec)が入院第28病日に著明延長を示した(> 180.0 sec)。凝固第VIII因子活性が9%と低下していたため後天性血友病Aを疑ったが,第VIII因子インヒビターは検出されなかった(0.00 Bethesda Unit; BU)。同時に施行したクロスミキシングテストが37℃,2時間インキュベーション後で上に凸のインヒビターパターンを示したためインヒビター型のAvWSを疑った。上記検査情報を速やかに主治医に提供したところ,確定診断を待たずにステロイドパルス療法が施行され,速やかに出血は激減し全身状態が改善した。その後の検査結果よりAvWSの確定診断を得た。自施設で施行可能な検査と臨床症状から早期に治療介入し得た症例であった。

I  はじめに

後天性von Willebrand症候群(AvWS)は,後天的にvon Willebrand因子(vWF)が低下して出血傾向を生じるまれな疾患であり,基礎疾患としてリンパ増殖性疾患,骨髄増殖性疾患,循環器疾患,自己免疫疾患,悪性腫瘍等が報告されている1)~4)。AvWSにおけるvWF異常の原因としては,(1)vWFに対する抗体によるvWFのクリアランスの亢進または機能低下,(2)腫瘍細胞や血小板表面へのvWFの結合,(3)ずり応力亢進によるvWFの分解等が知られている5)。本症候群の臨床的認知度は高くなく,日常的な院内・外注検査では確定診断に至らないことも多いが,免疫学的機序で発症した場合は出血症状が強いため早期に適切な診断・治療が必要となる6),7)。今回我々は,食道胃接合部進行癌に生じた大量持続性出血による貧血増悪とAPTTの著明な延長からAvWSを疑い,ステロイドパルス療法により出血量減少と全身状態の改善を認めた症例を経験したので報告する。

II  症例

患者:40歳代,男性。

主訴:歩行時ふらつき,倦怠感。

既往歴:肺炎,気管支喘息。

現病歴:X − 2年(患者のプライバシー保護に配慮し記載)8月,食事が前胸部に詰まる感じを自覚し前医を受診。食道胃接合部癌,肝転移,肺転移(stage IV)と診断された。同年9月に当院腫瘍内科に紹介初診となり,化学療法(第1次~第4次:いずれも進行(progressive disease; PD))を受けていた。X年6月下旬より食欲不振,黒色軟便排泄と貧血進行を認めた。7月には歩行時のふらつき,倦怠感が著明となり連日Ir-RBC-LR-2(1袋)輸血を施行したが,徐々に自立座位保持困難・全身状態悪化を認めたため入院となった。なお,本症例は腫瘍熱と考えられる発熱と全身倦怠感のため,X − 1年2月から症状緩和目的で副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン換算で10~20 mg/日)が投与されていた。

1. 入院時検査所見

血液学的検査では,連日のIr-RBC-LR-2輸血にも関わらずヘモグロビン(Hb)6.2 g/dLと著明な貧血を認めた。血小板数は191 × 103/μL,APTTは28.3 sec(対照30.7 sec)と基準範囲内で,播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation; DIC)を示唆する凝固異常は認めなかった。また,その他の検査所見として原疾患ならびに大量持続性出血に起因する低蛋白血症(TP 4.2 g/dL, Alb 2.4 g/dL)やCRP高値(4.258 mg/dL)を認めた(Table 1)。

Table 1 

入院時検査所見

赤字:基準値以上 青字:基準値以下

2. 入院後経過

上部消化管内視鏡検査にて腫瘍からの持続性の出血を認めた。露出血管等は認めず,腫瘍全体からのoozingであったため内視鏡的止血術(機械的止血法)は施行不能で,止血目的にトロンビン2万単位の散布を施行した。出血が持続したため,第19病日からは局所への放射線照射が開始されたが治療効果が得られず,Hb 5~7 g/dLを維持するために連日Ir-RBC-LR-2を1~2袋輸血した。

また,入院当初より38~39℃台の発熱が持続しており,CT検査にて肝転移・肺転移の増悪を認めた。第28病日の血液検査で突然APTTの著明延長(> 180.0 sec)を認め(Table 2),当初主治医は肝転移に由来する凝固因子産生低下と出血による喪失を考えて新鮮凍結人血漿(新鮮凍結血漿-LR「日赤」;FFP-LR)輸血を施行した。しかし出血症状・検査データともに改善は見られず,血液検査部門から主治医に凝固検査の精査を提案した。

Table 2 

入院第28病日検査所見

赤字:基準値以上 青字:基準値以下

3. 凝固検査

1) 凝固第VIII因子活性・第VIII因子インヒビター

凝固第VIII因子活性が9%と低下していたため,後天性血友病Aの可能性を考えて第VIII因子インヒビターを測定したが検出されなかった(Table 3)。

Table 3  凝固因子関連検査
第VIII因子活性 9%
第Ⅸ因子活性 160%
第VIII因子インヒビター 0.00 BU

2) クロスミキシングテスト

クロスミキシングテストは患者血漿と混合試験用正常血漿「RD」(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を10:0,9:1,8:2,5:5,0:10の割合で混和し,混和直後と37℃,2時間インキュベーション後のAPTTを測定した。37℃,2時間インキュベーション後で上に凸のインヒビターパターンを示したためインヒビター型の凝固障害を疑った(Figure 1)。

Figure 1 

クロスミキシングテスト

3) vWF抗原量(vWF:Ag),vWF活性(vWF:RCo)

vWF:Ag 7%,vWF:RCo < 10%と低下していた。

本検査結果は外注検査のため治療開始後に判明した。

4) 抗vWF抗体検査

ELISA法による抗vWF抗体IgGが0.191(カットオフ ≥ 0.1)と陽性であった(Table 4)。

Table 4  vWF関連検査
vWF:RCo < 10%
vWF:Ag 7%
抗vWF抗体* IgG 0.191
IgM 0.003

* ELISA法で吸光度0.1以上を陽性と判定する。

本検査結果は奈良県立医科大学小児科学講座依頼のため治療開始後に判明した。

以上の結果から,免疫学的機序(インヒビター陽性)によるAvWSの確定診断を得た。

4. 治療経過

出血症状が強く,主治医は早期の治療介入が必要であると判断し,自施設の凝固第VIII因子活性,第VIII因子インヒビター,クロスミキシングテストの結果をもとに,確定診断前にステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000 mg/日×3日間)を施行した。治療翌日には自覚症状の改善と黒色軟便の減少を認め,治療3日目にはAPTTは43.4 secに改善した。治療前は連日のIr-RBC-LR-2輸血実施にも関わらずHbが5~7 g/dL台で推移していたが,治療6日目にはHbが9.4 g/dLに増加し,連日の輸血依存状態から離脱した(Figure 2)。本症例は,最終的には原疾患進行により緩和医療施設転院後逝去されたが,腫瘍からの出血はほぼコントロールできていた。

Figure 2 

ステロイドパルス療法実施前後のHb値とAPTT値の推移

III  考察

AvWSは先天性von Willebrand病と臨床像や検査所見が類似した病態を呈する疾患群である1)~4)。様々な基礎疾患や薬剤に関係して発症するが,本邦ではまだ認知度が低く日常的な検査では確定診断が困難であるため見逃されることも多い。厚生労働省委託事業血液凝固異常症全国調査平成28年度報告書では,14例の生存者が報告されているに過ぎず8),診断の参照ガイド9)等による積極的な啓発が必要である。AvWSのうち免疫学的機序(インヒビター産生)で発症した場合は出血症状が強く,早期に適切な診断・治療が必要となる6),7)

今回我々は,食道胃接合部癌の治療中に発症したAvWSを経験した。腫瘍からの出血が持続し,連日のIr-RBC-LR輸血を要していたが,入院第28病日の検査にて突然APTTの著明延長を認めた。当初,主治医は軽度の血小板減少(123 × 103/μL),PT延長(PT-INR 1.27)およびFDP(35.5 μg/mL),Dダイマー(10.8 μg/mL)の上昇から進行癌によるDICの合併や肝転移増大による凝固因子欠乏の可能性を考えていたが,これらの異常値は入院後より徐々に進行していたため,血液検査部門ではDICのみでは説明がつかないAPTT著明延長に着目し,精査を提案・実施した。

入院時のAPTTの値が正常であったこと,出血既往歴がないことから血友病A,血友病Bおよび先天性von Willebrand病は否定的であったが,凝固第VIII因子活性が低下していたため後天性血友病Aを疑い,第VIII因子インヒビターの測定とクロスミキシングテストを施行した。しかし,クロスミキシングテストで37℃,2時間インキュベーション後に上に凸のパターン(インヒビターパターン)を示したにも関わらず第VIII因子インヒビターは検出されなかった。検出感度以下の第VIII因子インヒビターの存在またはAvWSを疑い,外注検査にてvWF:AgとvWF:RCoを測定した。抗原量・活性値とも著明低値であったため精査を依頼し,抗vWF抗体IgGの存在が証明され,AvWSの確定診断に至った。

免疫学的機序によりAvWSが発症する場合の基礎疾患はSLEなどの自己免疫性疾患やリンパ増殖性疾患などの免疫異常を伴う疾患が多く,悪性腫瘍が基礎疾患の場合は腫瘍細胞に高分子,中分子のマルチマーのvWFが選択的に吸着される非免疫学的機序によるものが多いと報告されている5)。本症例の基礎疾患は悪性腫瘍だが,2年前から罹患していることから悪性腫瘍とインヒビター陽性AvWS発症の関連は不明である。非常に興味深いのは,本症例は出血症状が先行して当初はAPTTの延長が見られなかったことである。緩和治療目的で免疫抑制剤のプレドニゾロンが長期にわたって投与されており,抗体量がAPTTに影響を与えない程度にまで抑制されていた可能性が考えられた。原発巣・転移巣の増大のほか,入院第16病日から止血目的で原病巣への放射線照射が施行されたことによる腫瘍破壊が原因でインヒビターが検出可能力価まで増加し,APTT延長を示した可能性も否定できない。

当院は凝固第VIII因子活性,第Ⅸ因子活性,およびそれぞれのインヒビターを院内で測定しているがvWF:AgとvWF:RCoは外注検査である。自施設で凝固因子活性やvWFの検査を実施している施設は少なく,後天性血友病やAvWSの確定診断には時間を要する場合が多い。現時点では,抗vWF抗体検査は外注検査項目にないため,専門の研究施設・医療機関に精査を依頼しなければならないが,今後広く普及されることが期待される9)。今回我々は,APTT著明延長を認めた症例に対し,院内で一般的に施行されるクロスミキシングテストの結果から凝固インヒビター陽性の可能性を推定して臨床側に情報提供できた。インヒビターがAvWSの原因である場合には,後天性血友病等と同様に副腎皮質ステロイドが有効である可能性が指摘されている7),10)。主治医は最終結果を待つことなく早期に治療を開始し,速やかな止血と患者の全身状態改善に寄与できたと考える。

IV  結語

本症例は自施設で施行可能な検査と臨床症状から,インヒビター型の凝固異常症を疑った。クロスミキシングテストの臨床的有用性は高く,臨床主治医側への適切な情報提供によって早期治療介入に貢献できた。また,院内検査・外注検査・専門施設への依頼検査等,確定診断に至るまでの検査の進め方について貴重な経験を得た。

 

 

本論文の要旨は第5回日臨技北日本支部医学検査学会にて発表した。

本論文は当院倫理委員会の審査非該当項目のため,倫理委員会の承認を得ていない。

謝辞

抗vWF抗体検査を施行して下さった奈良県立医科大学小児科学講座の松本智子先生に深謝申し上げます。また凝固検査異常の精査ならびに本論文執筆にあたり弘前大学医学部附属病院輸血部の玉井佳子先生にアドバイスをいただきました。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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