2018 Volume 67 Issue 3 Pages 398-402
16歳男性。発熱と腹痛を主訴に入院となり,症状と画像検査の結果から腸間膜リンパ節炎と診断された。治療は欠食と輸液およびClarithromycin(CAM)内服にて開始した。しかし,腹痛と発熱が持続するため,翌日にLevofloxacin(LVFX)の内服に変更し軽快,7日後に退院となった。入院時の血液培養から2種類のグラム陰性桿菌が検出され,院内での同定検査によりSalmonella sp.およびYersinia enterocoliticaと同定された。Salmonella sp.は外部機関の解析によりSalmonella enterica subsp. enterica serovar Gabon O7: l, w: 1, 2と同定された。Y. enterocoliticaは至適発育温度が25℃前後であり,非選択分離培地35℃培養のみでは検出が困難なことがある。本症例では,臨床からの情報により本菌らを疑って選択培地および培養温度を追加することで分離検出を行うことが出来た。臨床との患者情報の共有および原因菌の一般性状を考慮して検査を進めていくことの重要性を再認識した一症例であった。
非チフス性サルモネラ感染症(non-typhoidal salmonellosis; NTS)およびエルシニア感染症は主として菌に汚染された食肉や飲料の経口感染による胃腸炎症状が主体の人獣共通感染症である。ヒトに病原性を示すSalmonella属菌の多くはSalmonella enterica subsp. entericaであり血清型により約2,000種以上に分類される1)。また,Yersinia enterocoliticaはYersinia pseudotuberculosisと共にエルシニア腸炎の原因菌とされ,急性胃腸炎だけでなく,回腸末端炎,虫垂炎,腸間膜リンパ節炎,関節炎など血流感染を起こす場合もある2)。Yersinia属菌は0~45℃と広範囲で発育可能であるが,至適発育温度は25~28℃と低温である。今回,腸間膜リンパ節炎患者の血液培養よりSalmonella enterica subsp. enterica serovar GabonおよびYersinia enterocoliticaを同時検出した症例を経験したので報告する。
患者:16歳,男性。
主訴:発熱,腹痛。
既往歴:特記事項なし。
現病歴:入院前日の朝から心窩部痛を自覚し,夜には悪寒も自覚。入院日朝に微熱と腹痛が持続するため,近医を受診し炎症所見も認め,当院紹介となった。
疫学的情報:食事歴 1週間前に焼肉店での食事。
入院時身体所見:体温37.9℃,脈拍103回/分,血圧126/76 mmHg,呼吸数18回/分,酸素飽和度97%(室内気),臍下,右下腹部に圧痛あり,その他に特記すべき所見はなかった。
1. 入院時検査所見 1) 血液検査所見炎症反応を認めた他は,有意な所見はなかった(Table 1)。
血液学的検査 | 生化学的検査 | ||
---|---|---|---|
WBC | 11.6 × 103/μL | TP | 7.5 g/dL |
RBC | 4.76 × 106/μL | ALB | 4.3 g/dL |
HGB | 14.5 g/dL | AST | 47 U/L |
HCT | 41.6% | ALT | 64 U/L |
MCV | 87.4 fL | LDH | 206 U/L |
MCH | 30.5 pg | ALP | 439 U/L |
MCHC | 34.9 g/dL | CRE | 0.81 mg/dL |
PLT | 234 × 103/μL | BUN | 13.9 mg/dL |
CRP | 4.67 mg/dL |
胸部単純レントゲン所見:異常陰影なし。
腹部CT所見:虫垂の腫大なし。回盲部を主体に直径17 mm大までの腫大リンパ節が散見され,腸間膜リンパ節炎が示唆される。回盲部の腸管の浮腫状肥厚がやや目立つが,腸間膜リンパ節炎に伴う変化であると考えられた(Figure 1)。
入院時腹部CT画像所見
白矢印:回盲部に直径17 mm大の腫大リンパ節
入院当日,腸間膜リンパ節炎と診断され,欠食,維持輸液に加えて,血液培養採取後にClarithromycin(CAM)400 mg内服にて経過観察とした。しかし,翌日にも腹痛,発熱も持続するためLevofloxacin(LVFX)500 mg内服およびアセトアミノフェンの追加併用とし,入院3日目には解熱,その後腹痛も改善,入院4日目から食事を開始した。血液培養および便培養からSalmonella sp.およびY. enterocoliticaが分離されたため,LVFX内服は継続とした。その後,食事は通常食でも腹痛はなく,血液培養の陰性確認と下痢の再燃も認められないため,入院7日目で退院とした。退院後もサルモネラ菌血症を呈していたことよりLVFX内服は14日間継続とした。その後,再燃は認めていない。
血液培養ボトルは好気用(FA plus)ボトルと嫌気用(FN plus)ボトル(シスメックス・ビオメリュー)にて2セット採取し,バクテアラート3Dシステム(シスメックス・ビオメリュー)を用いて培養した。採取後2日目に1セット(好気ボトルのみ)が陽転,4日目に残りの嫌気ボトルおよび他方の1セットが陽転した。血液培養液をグラム染色(neo-B&Mワコー:和光純薬工業)したところ,大きさの異なる2種類のグラム陰性桿菌が認められた(Figure 2)。分離培養はNAD加5%ヒツジ血液寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン)を35℃5%炭酸ガス培養,SS寒天培地(栄研化学)を35℃および25℃好気培養,アネロウサギ血液寒天培地(コージンバイオ)を用いて35℃嫌気培養を行った。SS寒天培地35℃培養では無色透明で中心部が黒色のH2S産生のコロニーが25℃培養ではH2S産生コロニーに加えて,無色透明のコロニー2種が分離された(Figure 3)。
血液培養 培養液のグラム染色像(×1,000)
黒矢印:太く濃い赤に染まったグラム陰性桿菌
白矢印:小さく淡い赤に染まったグラム陰性桿菌
24時間,25℃培養後のコロニー
上:ヒツジ血液寒天培地,下:SS寒天培地
同定キットrapidID32E(シスメックス・ビオメリュー)を用いて行い,Salmonella sp.およびY. enterocoliticaと同定された。Salmonella sp.はサルモネラ免疫血清「生研」(デンカ生研)O群別試験によりO7群に凝集を認めた。その後,外部機関(BML株式会社)より,サルモネラ免疫血清「生研」(デンカ生研)およびサルモネラ相誘導用免疫血清「生研」(デンカ生研)でのO群およびH群別試験でO7,H1: l, w,H2: 1, 2と判定されS. Gabonと同定された。また,便を入院2日目に採取,SS寒天培地25℃好気培養からY. enterocoliticaがセレナイトシスチンブロス(日本ベクトン・ディッキンソン)増菌後のSS寒天培地からSalmonella sp.が分離された。
薬剤感受性検査は米国Clinical and Laboratory Standards Institue(CLSI)のM100-S22に従い,微量液体希釈法にて最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。S. GabonおよびY. enterocoliticaはともに各薬剤に良好な感受性を示した(Table 2)。S. Gabonについてはナリジクス酸によるディスク拡散法を実施し,感受性があることを確認した。
Antimicrobaial | S. Gabon | Y. enterocolitica | ||
---|---|---|---|---|
MIC (μg/mL) |
判定 | MIC (μg/mL) |
判定 | |
Piperacillin | 4 | S | 4 | S |
Piperacillin/tazobactam | 4 | S | ≤ 1 | S |
Ampicillin/sulbactam | ≤ 1 | S | 4 | S |
Ceftriaxon | ≤ 1 | S | ≤ 1 | S |
Ceftazidime | ≤ 0.5 | S | ≤ 0.5 | S |
Cefepime | ≤ 0.5 | S | ≤ 0.5 | S |
Cefmetazole | ≤ 1 | S | 4 | S |
Aztreonam | ≤ 0.5 | S | 1 | S |
Imipenem | ≤ 0.25 | S | ≤ 0.25 | S |
Meropenem | ≤ 0.25 | S | ≤ 0.25 | S |
Amikacin | 4 | S | 4 | S |
Minocycline | 2 | S | 1 | S |
Levofloxacin | ≤ 0.25 | S | ≤ 0.25 | S |
Ciprofloxacin | ≤ 0.25 | S | ≤ 0.25 | S |
S: susceptible, I: intermediate, R: resistant
サルモネラ感染症はチフス性サルモネラ感染症(typhoid salmonella; TS)と非チフス性サルモネラ感染症(non-typhoid salmonella; NTS)に分類される。NTSは一般的に胃腸炎として知られているが,ときに腸管外感染(菌血症や尿路感染,骨髄炎など)を起こし,幼児や若年者では罹患率が高い3)。今回検出されたS. Gabonは1966年にヘビの糞便から分離されたO7群のNTSと報告されている4)。本邦でのヒトから検出されたNTSの血清型は1980年代ではO9群のS. EnteritidisおよびO4群のS. Typhimuriumの検出が多かったが,S. Typhimuriumの検出数は減少し,2000年以降ではS. Enteritidisに次いでO7群のS. InfantisやS. Thompsonなどの検出が多くなっている5)。また,本症例のようにO7群のNTSで血流感染を起こしやすいものとしては,S. Choleraesuisがあげられる。しかし,S. Choleraesuisの特徴として他のNTSと異なり硫化水素非産生である点でS. Gabonと鑑別可能である6)。PubMedや医中誌などを用いて検索した限りではS. Gabonによるヒトでの感染報告例はなく,非常に稀な血清型であった。
腸間膜リンパ節炎は,右下腹部痛を主症状とし,急性虫垂炎との鑑別が重要となる。腸間膜リンパ節炎を起こす原因細菌としてY. enterocoliticaは代表的なものである。ヒトに病原性を示す菌は特定の血清群および生物型の組み合わせに限られ,O3(生物型3,または4),O5,27(生物型2),O8(生物1B),O9(生物型2)群などである7),8)。O8群は病原性が強く敗血症など重篤な症状をきたすこともある9)。しかし,O8群は北米地域に多いとされており,本邦では近年O8群の感染が報告されるようになってきたが,以前より検出菌の血清型の多くはO3群である8),9)。本症例においても検出菌はO3(生物型3)であった。
本症例における感染経路は1週間前の焼肉での食事が感染時期および食事内容から最も疑われたが,同席した者からは感染症状を来した者はおらず,アウトブレイクの報告もなかった。
Y. enterocoliticaは世代時間が40分と他の腸内細菌科細菌に比べ非常に長いため,発育は遅く,至適発育温度も25℃前後と一般的な菌と発育温度が異なるため,通常の検査では検出が困難である。Y. enterocoliticaの選択分離にはCIN寒天培地やマッコンキー寒天培地,SS寒天培地などが用いられる。マッコンキー寒天培地やSS寒天培地では25℃,48時間の培養で1~2 mm程度の乳糖非分解のコロニーを形成する。CIN寒天培地では48時間培養でマンニットを分解して直径1 mm程度の赤色のコロニーを形成する。CIN寒天培地は選択剤としてセフスロジン,ノボビオシン,イルガサンが含まれており,他の腸内細菌科細菌の発育を抑制し,Y. enterocoliticaの選択分離に適している。しかし,Yersinia腸炎を疑う症例に使用する際には,Y. enterocolitica O3群や同じYersinia属であるY. pseudotuberculosisにおいて一部の菌株で発育抑制を受けることを考慮する必要がある7),9)。本症例では,臨床からの腸間膜リンパ節炎という病名と食事歴からサルモネラやエルシニアなど腸間膜リンパ節炎を生じる起炎菌が疑わしいという情報に加えて,血液培養液のグラム染色において,同じグラム陰性桿菌であっても形や染色性の違いによって,複数菌種の存在が疑われた。血液培養のサブカルチャーにヒツジ血液寒天培地に加えてSS寒天培地に25℃,35℃と2つの培養温度を加えることでS. GabonおよびY. enterocoliticaの検出が可能であった。
今回,腸間膜リンパ節炎患者の血液培養からS. GabonおよびY. enterocoliticaを同時検出した症例を経験した。Y. enterocoliticaは通常の35℃培養のみでは検出が困難なため,腸間膜リンパ節炎や回腸末端炎など本菌が疑われる症状がある場合には積極的に選択培地と低温培養を加え検査を進めると共に,臨床との患者情報の共有が重要であると思われた。
なお,本論文の要旨は平成29年度日臨技九州支部医学検査学会(第52回)(2017.10.22,長崎市)で発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。